フィークス・G・リコイル   作:桃玉

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第5話

<Reisen side>

 

今日も何事もなく喫茶リコリコの仕事が終わり、お客さんも帰り、明日の依頼について確認をする。

いつもだったらミカさんやミズキさんの説明を聞いたり、情報担当の二人が作成した資料を眺めたりするだけなので千束はろくに話を聞いていないことが多い。

しかし今日に限っては違った。

何故か千束がセンターポジションを陣取り意気揚々と話し始める。

 

「今回の依頼内容を説明しよう! とぉ~ても楽しいお仕事ですよぉ~! うふふふっ…

…!」

「い、いぇ~い……」

 

いつも以上にテンションが高い千束にタジタジになりつつ、一応乗っておく。

他の人員はノリが悪く、こそこそ話をして態度も悪い。

そんな人たちに声をかける。

 

(……ねえ、なんでこんなことになってんの、千束?)

(ミズキさんが説明しないのですか? 私もう読みましたけど)

(今回やたらヤル気なのよ。なんせ千束が好きそうな依頼だからねぇ……)

 

千束が好きそうな依頼とは何なんだろうか……

まだ仕事内容に目を通していない私は頭にはてなを浮かべる。

今から話し始めようとする千束を無視して小声で話す私たちにプリプリと怒った咎める声が飛んでくる。

 

「ちょいちょいちょい! ちょい、そこっ! 私語はしない!」

「は~い……」

「そして、そこのリス! ……ゲームしてない?」

「聞いてるよ」

 

まあ、やる気のあることはいいことなので、説明を聞きたい私はそのままテンションの高い千束を放っておく。

改めましてと、千束は咳払いをして話し始める。

要約すると依頼人松下さんと言い、72歳男性、日本人。過去に妻子を何者かに殺害され、自分も命を狙われ、アメリカに避難し、現在ALSで自身では動けない状態。去年余命宣告を受け、東京を見て回りたい。とのこと。

 

「要するにっ、まだ命を狙われている可能性があるのでボォディガードします! 行く場所はこっちに任せるらしくって、私がバッチしプラン考えるから!」

「なぜ狙われているのですか?」

「それがさっぱり! 大企業の重役で敵が多すぎるのよぉ~。その分報酬はたっぷりだから!」

「……千束だけじゃなくミズキも好きそうな依頼だぁ」

「いいじゃない、お金はいくらあっても困んないでしょ」

「旅のしおりでも作ろっか?」パチンッ「それだ」

 

クルミの提案に千束は指を鳴らし答える。

まるでアニメで見た修学旅行前の中学生、高校生の様にはしゃいでいる姿を見て、だんだんとこちらのテンションも上がってくる。

夜、眠れるといいなぁ……。

 

 

****

 

 

翌朝、千束とクルミが書き上げた旅のしおりをチェックし準備ができた。

いつも夜更かしパラダイスでも肌質のよいの千束は早寝早起きでもしたのか、それともやることをやって満足したせいか、いつもにも増してお肌がツヤツヤしている。

鼻歌をふふふ~ん♪と歌っている千束に対してたきなは平常運転、武器の最終確認等をしている。

対して案の定若干寝不足気味の私はいつも眠いのに今日は倍眠い。

それもこれも千束と東京観光できるという楽しみがあったせい……でも今日は目一杯楽しもう!

……と意気込んで楽しみにしてたのに。

 

「どうして私とミズキさんで行動なんですか!?」

「オイテメェ! 私と一緒は嫌だってかぁ?」

「いや、そうじゃなくて、私も二人と一緒に観光したいです~!」

 

私を除いたリコリス二人が楽しい思いして、私だけなんか仲間はずれにされたような気がして不満なのである。

いや、こうなった理由は理解している。ミカさんやミズキに対するただの八つ当たりでしかない子供のような行為をすることに申し訳ない気持ちもあるが、それ以上に残念な気持ちがあふれ出す。

どうやら不満を持ってるのは私だけじゃなく千束もみたいで、机に突っ伏しブーブーと文句を垂れる。

 

「いや~、ホントは私も三人一緒がよかったんだよぉ? だってその方が楽しいしー。…… でもぉせんせーがぁ」チラッ

「うっ……すまない鈴仙、来るかどうかわからない敵に対してリコリスのような守ることに特化してないボディーガードは二人で十分、と言うか三人は過剰戦力だ」

「そもそも敵に近寄られる前に対処した方が護衛対象の安全が保たれる。逆に敵が近づけば近づくほどリスクが高くなる。……そこでボクの出番だ。街中のカメラとドローンで千束周辺に存在する危険人物をこのウォールナットが割り出す。後はお前らの出番だ」

「千束とたきなは松下さんを案内、敵が来たら遠ざける。鈴仙とミズキはが有事の際に対処できるように……つまり敵が近づく前に迎撃できるように別々の方がいいんだ。それに…

…」

「……わかってます。この中で隠密行動が得意なのは私だけだし、姿を見せないように立ち回る裏方の方が何かと便利なんでしょ、私は」

「そういうことだ。……すまないな、終わったら甘い物用意しておく」

「約束ですよ?」

 

私はそう言い、荷物を背負う。

外から車のエンジン音が聞こえ、その車が店の前で止まった。

 

 

****

 

 

「お待ちしておりましたぁ~!」

 

ドアが開く、待ちに待ったその瞬間に千束は喜びをあらわにし、待ちきれずに駆け寄ろうとする。

しかし扉から現れたのはいかにもボディーガードのようなゴツい黒のスーツを着込んだ男性だった。

千束が一瞬戸惑った様子を見せるが、扉の後ろから車椅子に乗り、ゴーグルと呼吸補助の器具をつけ、動かない老人が入ってくるとその戸惑いは消える。

 

「遠いところようこそ」

『少し早かったですかね。楽しみだったもので』

「あ、いえ、準備万端ですよ! 旅のしおりも完璧でぇ~す!」

「千束、データにして送っとくわ」

『助かります。……後はこの方たちにお願いするので下がっていいですよ』

 

その男性の指を見ると痩せ細っており、ピクリとも動かず、機械音声、しかし肉声と同じ自然な発声で会話し、電動車椅子で移動し、呼吸補助器をつけている。

その老人、松下さんは歓迎の言葉を聞いた後、その言葉を聞いたボディーガードの方は軽く頷き去って行った。

 

『今や機械に生かされているのです。可笑しいでしょう』

「そんなことないですよ! 私も同じですから」

 

そう言って千束は手で胸にハートマークを作る。

初めて会った日から千束に足りなかった生命の鼓動。

 

『ペースメーカーですか』

「いえ、まるごと機械なんです」

『人工心臓ですか』

「え……ど、どういうこt……」

 

たきなが思わず驚き、口を開け、クルミも知らなかったようで、機械をいじる手はそのままに千束の胸のあたりを興味深いと凝視する。

しかし千束の細部まで書かれた計画によると時間は押しており、その質問に答えられるような時間はない。

 

「よし、しおりのデータ送れたぞ~」

『おお、これは素晴らしい』

「では~、東京観光しゅっぱ~つ!!」

「あの、千束の今の話って……」「たきな~行くよ~!」「は、はい!」「ミズキ、車ぁ!!」

 

一人は元気よく車椅子を押し、一人は事実を飲み込めないまま外に出て行く。

今まで千束の秘密を知らなかったから、なんとも言えない表情を浮かべるたきなだが、まあ、いきなり衝撃的な事実を知ったら不安になるのも当然だし、一部動じてない仲間を見て疎外感を覚えるのも無理はない。

ドアから出て行くその後ろ姿を見届けて、私とミズキは千束たちの周辺の警戒をするために行動を開始する。

 

「まだ、話さないつもりだったのかな……」

「……必要なかっただけだ。千束に任せればいい」

「ボクに説明しろ」

 

ミカさんがそう言うなら私からも何も言うまい。

誰にだって隠したいものや、秘密にしたいことの一つや二つあるものなんだから。

……それにしても松下さん、どこか違和感のある人だったなあ。

違和感は車椅子でもなく、流暢に会話している機械音声でもなく、普通と何も変わらないその存在自体。

そこに松下さんがいるのにいない感じがした。

ただの勘みたいなものだけど、伝えておくべきかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Mizuki side>

 

千束とたきなが松下さんを連れて東京観光に行った。

今回の依頼内容は千束が言っていた通りガイド兼ボディーガード。

しかし、ワ・タ・シとクルミの情報操作によりその事は隠蔽、秘匿され、日本に着いてそうそう狙われる可能性は低いと考えられる。

つまり、松下側とリコリコ側に漏洩がなければ危険性が低く、それなのに高額報酬なのである。

私と鈴仙はいつでも想定外の事態に備えようと気を張りつつ、車に乗り込み待機する。

何事もなく終わればいいのだが……

 

「ミズキさん、ちょっと……」

「……あ? どしたの。トイレならそこのペッt……」

「ちゃうわ! ……そうじゃなくて、気づいたことがあって、今回の依頼ってかなり危険…

…です」

「何よ急に……いつもの勘ってヤツ? まあ、そうねぇ、アンタがそう言うってことはそうなのかもしれないけど私たちもそんなこと織り込み済みで準備してるの、何のためにアンタの寂しそうな顔を見てると思ってんのよ……」

 

これ程の金額、何か裏があるのではと感じるが、貴重な収入源を逃す手立てはない。

念には念をと今回は3グループに分けての行動を計画した。

 

護衛担当の千束とたきな、情報収集と指令担当のミカとクルミ、危険が近づく前に対処する担当の私と鈴仙。

おっさんの計画は毎度いいセンスだと思う。

観光を楽しみにしていた鈴仙には残念だが諦めてもらうほかない。

本当はガキらしくはっちゃけて貰うのが良いのだが……

 

「確かにそうだけど……そうじゃなくて松下さんが……松下さんじゃないかもって」

「ハァ……? どうゆーことよ」

「その、松下さんが喋ろうとして音声を出してるような気がしないっていうか……」

「わかりづらいわっ! ……つまり、車椅子に乗ってる松下は誰かに操られてるって言いたいわけ?」

 

鈴仙がコクリと首を縦に振り肯定する。

本当かどうかはともかくとして、だとしたら目的がわからない……

 

「一応ミカさんにも伝えたのですが、作戦自体は続行で警戒を高めて当たってくれって…

…」

「……おっさん」

『ミズキ、鈴仙の言うとおりこの依頼、どうも裏があるかもしれん。だが今のところ問題はない。気をつけてくれ当たってくれ』

「……りょーかーい」

 

やっぱりそうそういい依頼などない。

何事もなく終わればいいなどとフラグを乱立させた過去の私を殴りたい。

思わずため息が出る。

 

私たちの目を欺く情報操作、真の目的もわからない正体不明の依頼人。

かなり面倒くさいのに引っかかってしまったと思わずにはいられないが、途中で止めたとして正体不明が変に対応してきたらそれこそ面倒くさい。

おっさんもそれをわかってて決めたのだろう。

 

今更引き返すことはできない、賽は投げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Chisato side>

 

浅草の雷門や七夕祭りなどなど回って松下さんも満足してくれて私も大満足!って言ってもまだ半分、隅田川を流れる船の上で景色を満喫してもらおう!『もし娘がいたら……一緒に観光したかったです。こんないいガイドさん、そうはいませんから』

「えへへ、ありがとうございます。私も……お父さんみたいに大切な人がいて、でも会いたいのに会えないから、寂しいです」

『千束さん……。……よければ、今日だけ親子みたいに楽しみませんか? 爺と孫みたいな年の差で、嫌でなければ』

「そんな、うれしいです! ありがとう、お父さん! ……なんて。……ちょっと休憩しましょう。楽しいことはまだまだ続きますよ~!」

『ええ、ありがとうございます。千束……私は向こうで休憩を取っておりますのでお気になさらず、ゆっくりしていてください』

 

次のステップに入る前の一時休憩。

松下さんを視界内に入れつつ休憩がてらたきなとお喋りタイムだ!っとその前にたきなが買ってきたジュースを口に含み、喉を潤す。

 

「……喜んでもらえてるみたいでよかったですね」

「私、いいガイドだって! 才能あるかも~!」

「依頼者の警護が優先ですよ……鈴仙がこの場にいないのは残念ですが」

「そうだね……みんなで来たかったね。そしたら私のガイドで楽しんでもらうのにな~」

 

もちろんわかっている、これは遊びではなく仕事であると。

しかし、一度きりの人生、一度きりのこの瞬間をいっぱい楽しまんと勿体ない。

それに私たちが楽しんで、松下さんにも喜んでほしい。

まあでも、やっぱり鈴仙がいないのは何か物寂しさを感じる。

次はここにいない鈴仙と先生とミズキとクルミ、それから救世主さんもみんな一緒に来れるといいな……

そう思っているとたきなの視線が私の胸に向いているの気づく。

 

「今朝、言ってたことって本当ですか?」

「あ、心臓のこと? 本当だよ、最初は鼓動無くてびっくりしたんだけどすごいのよコレ!!」

 

昔この心臓をくれた、救世主さん。

もう顔は覚えていないけどリコリスの仕事柄、殺人をしなければならない、人も心も殺さないといけなかった私に新たな心をくれた。おかげで救世主さんのように人を助けることで人を幸せにしたいと思っていいんだって思えるようになれた。

本当に感謝してもしたりないその人に思いを馳せているとたきなの手がこちらに伸びて、私の胸に触れた。

それだけなら良かったものの、いやよくないが、さらに手を這わせようとするのを察して手で胸を隠しながらビックリ仰天する。

 

「ちょちょちょ!? 公衆の面前で乳を触るな、乳を!!」

「確かめようと思って……」

 

たきなの非常識な行動に心がドキドキする。

たきなや鈴仙みたいな仲いい同士だとあんまり恥ずかしくないが、やっぱ人前では……ないよなぁ。

今度一般常識というものをたきなに叩き込もうかと画策していると無線から声が聞こえてきた。

 

『ちょっと二人でイチャつきすぎじゃない? 二人だけならともかくみんないる中で乳繰り合うのは……』

「わわ、ごめん! ってイチャついてねぇから! それにいつから聞こえてた!?」

『最初から。状況確認のために無線つけたら面白くなりそうだったから黙ってたんだけど ……一緒に行きたかったのに何やってんだちさとぉ! こっちは酔っ払いと一緒なんだから二人のとこに混ざりt』

『酔っ払ってねぇよっ! 昨日から禁酒中じゃボケぇ!』

『ほら典型的な酔っ払いの酔っ払ってませんアピール!』

『なにおーっ!? きs……』

 

無線から苦情が飛んできて、余計恥ずかしくなる。

鈴仙には悪いと思ってるし、残念だとも思っているが……

 

「どっちかって言うとそっちの方がイチャついてるじゃんか……」

『『イチャついてねぇよッ!!』』

 

酷いとばっちりもあったもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Mika side>

 

クルミと千束の周辺を飛び回るドローン映像により監視を続ける。

ミズキとの緊迫した会話とは裏腹に千束はずいぶんとガイドを楽しんでいる様子が見える。

 

「あれだけ運動して問題のない人工心臓があるとはね……。DA の技術開発部のサーバーを覗いてみたいなぁ」

「覗いても無駄だよ。DAの技術ではないんだ」

「やっぱりあれか? 噂のアラン機関……」

「君に秘密は通じないか……」

「つまり命と引き換えに世界への使命を与えられた……。千束の使命はなんだい」

「それは千束が決めることだ……」

 

アラン機関が言うには「才能、神からのギフトを持つものは生まれながらにして使命を持っている。それを援助するのがアラン機関の役目。才能を世に届けることこそが私たち、ひいてはアランチルドレンの幸せ」らしい。

だが私はそうは思わない。

その使命は天才の自由を、希望を、要望を、必ずしも叶えるようなものではない、ある種の束縛だ。

 

千束たちの方に、この依頼の危険性を伝えずにおいて正解か、気づいた時点で知らせておくべきだったか。

人生は選択の連続だと言うが私はその選択をまた誤ってしまったのだろうか……

 

しかし、過去の過ちを顧みようと現状は解決しない。

私にできることをする。

船の上の千束たちを見つめる怪しい影を見つけ、その影を監視した。

 

「怪しいやつ。調べると……ジン、暗殺者。その静かな仕事ぶりからサイレントジンとも呼ばれている。ベテランの殺し屋だとさ」

「……やつとは知り合いだ。15年前まで警備会社でともに裏の仕事をしていた。私がリコリスの訓練教官にスカウトされる前だ」

「どんなやつ?」

「本物だ。……サイレント、確かに仕事中やつの声を聞いたことがないな……」

 

かつての仲間が敵として姿を現すことになるとは……

ここにサイレントが現れたのは偶然か、それとも何者かによる陰謀か。

それを確認することは叶わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Reisen side>

 

「30メートル先にやつを確認。こっちは顔がばれてない。発信着付けに行くよ」

「了解」

 

ミカさんからの指示によりサイレントと呼ばれる暗殺者を追跡して残す距離はあとわずか。

ミズキはさらに距離を詰め、私は発信器をやつにつけようと発信器発射装置の準備をし、自動車から身を乗り出そうとするが運悪く橋の下の死角で射線が通らない。

 

『橋の下に入られた……上からは確認できない。ミズキの方は?』

「柱の横で止まった」

「物陰で撃っても当たりません」

 

私が状況を伝えようとすると一発の銃声と、それに伴い弾と機械がぶつかる音、無線からは砂嵐の音が聞こえ、ドローンが破壊されたことがわかる。

 

「クソっ! ばれてるっ!」「うわっととっ?!」

 

慌てて車を撤退させるミズキ。

いきなり急加速したものだから窓の外に放り出されそうになるが踏みとどまる。

 

「ミカ、どうするっ!?」

『距離を離したらミズキはドローンの用意を、鈴仙は発信器を付け、攻撃に移れ』

「「了解!」」

 

もしミズキ一人だけで千束たちに私が混ざってたら状況は大変だっただろうと思うと不幸中の幸いだ。

何としても千束のプランを成功させるために私は重い装置から発信器を外し、発信器本体と武器を持ってサイレントの元に行く。

ガイドの邪魔はさせない!

 

 

****

 

 

私は気配をくらませ対象の気配に忍び寄る。

本当なら遠距離から発信器をつけられたら良かったのだが何年も遠距離射撃をしていない私は近づいてやる方が確実で、自分の戦闘スタイルの利を押しつけられる。

 

歩きながら誰かを探しているジン、それはミズキか、私か、それとも両方か。

少し離れた地点で「ミズキ~急げ~。ドローンがなきゃ何もできないぞ~」「あんたもっ、現場に来てっ、サポートしなさいよっ!」というやりとりが微かに聞こえるがジンは気づかない。

音を抑える技術はあちらが上だが、聴音については私の方が一つ上らしい。

それでも聞こえているこちらからすると気づかれていないかドキドキしてしまう。

 

そんな心臓を落ち着かせ冷静な状態で標的を見る。

前方のみでなく全方位をくまなく確認し、物音を立てずに警戒様子は流石プロだというほかない。

しかし、私の技術を駆使すれば……

徐々に距離を詰めていく。……10m、……5m

もう自分の攻撃の有効範囲内、発信器をつけるより攻撃した方が確実だ……ヘルメットがないならの話だが。

ヘルメットがあることでこめかみの辺りを狙えないし、服は防弾で効かない可能性があり、何にせよ一撃で無力化は困難だ。

私は攻撃を一度諦め、発信器をつけ撤退する。

 

「発信器つけました。攻撃は失敗しそうなのでしないで様子見します。これからどうしますか」

『よくやった。ミズキもドローンを展開できたようだ。そのまま追跡できるか?』

「距離を50mで維持中、問題ないです」

『もし状況が整っていれば再度攻撃を試してくれ』

「了解」

 

50m、私が音をなくし、気配を消して近づくのに10秒もいらない。

ジンが隙を見せ、人のいないところに行ったとき、確実に仕留めてみせる。

……もちろん殺しはなしで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Takina side>

 

『今、鈴仙が暗殺者ジンに発信器をつけた。美術館の中に入るぞ。ミズキが迎えに行くからそこに行ってくれ』

「……了解」

 

クルミからの連絡に千束は命を優先するためか凜とした顔つきで返事をする。

普段だと悲しんだり、残念がったりするのにそのような表情がないのはそれだけ真剣なのだろう。

 

それにしてもどうして私たちの居場所がわかるのだろうか。

どこかで千束のしおりの情報が流出した線も、発信器をつけている線も、内通者がいる線も考えにくい。

とにかく護衛任務の方が最優先、すぐに考えを切り替える。

 

『ジンが美術館の内部に潜入した。鈴仙も近い距離にいるが油断は禁物だ。ジンが仕掛けてくるのに備えろ』

 

店長の声で緊張感が増す。

おおよその位置は把握できているが相手はプロ。

気を引き締めてミズキさんの車がある方へ移動する。

 

『今道路に車を着けた、ジンに車も顔も割れてるから気づかれないうちに早くっ!』

 

ミズキさんの言うとおり急ぎたい気持ちはあるが、車椅子を押すため移動の速さはそこまで早くできない。

現在広い館内の三階にいる私たちは到着まで後4~5分はかかるだろう。

それまでに車を発見されなければ問題ないが、もし発見された瞬間銃弾でタイヤに穴を開けるなどして移動手段を制限するだろう。

 

『ジンの背後 10m程まで接近できるけど、人通りが多いとこ通ってる。人がいないところに誘導お願いできますか?』

「私に任せてください!」

「ちょ、たきな!」

 

私はわずかに汗が滲む手のひらを握りしめ囮役を買って出た。

千束を無視したのは悪いと思うが今までの仕事と違うこと、警護することに不慣れな私がその役に適任だと判断する。

人を打つより守る方が難しいとは知っていたが、こんなにも難易度が違うのかと実感し、いくら人を守りたいからといって後手に回るのは自分にとって悪手であると考えた結果でもある。施設内の車椅子を拝借し目立つ位置かつ、すぐに人がいないところにいけるルートを模索し、そのルート通りに移動した。

 

後ろから事前に知らされてなければ気づかないほどうまく隠された気配を感じる。

うまく釣れたみたいで一安心するとともにいつでも銃を撃てるようにスタンバイしておく。

いよいよ人気のない通路に突入し、緊張感が少し増す。

しばらく歩くと先ほどまで騒々しいほどだったのに一気に静かな空間へなる。

 

『ナイス、たきな』

 

静かな空間だからか無線からの小さな囁きだったのにも関わらず鮮明に聞き取れた。

そして敵を迎え撃とうと後ろを振り返ると銃声のようなパンっと爆ぜるような、弾けるような音が聞こえとっさに低姿勢をとり、体を物影に隠そうとする。

敵が発砲したのかと思い反射で行動を起こしたが、実際に見た光景は敵が銃を持っている姿ではなく、男が倒れ伏し、代わりに鈴仙は男の頭に向けて銃を構えている姿だった。

 

「ミッションコンプリート! なんちゃって」

 

少女の笑顔、撃たれた暗殺者。

チグハグな状況で五感が狂ったのか、不思議と戦いの、血と鉄と火薬の匂いはしなかった。

 

 

****

 

 

『ジンをやったのか』

 

いつの間にか私の後ろに松下さんが佇んでいる。

とっさに走って行った私を心配して見に来たのだろうか。そのさらに後ろにはこちらに走っている千束とが見える。

でもそれ以上に不可解なことが目の前で起きていた。

 

流血、外傷が見られない……以前鈴仙の戦闘を見たことがあるが、日が暮れており、よく見えなかったが千束と同じ非殺傷弾を使っているものだと思っていた。

しかし非殺傷弾の痕跡、赤い粉末がない……つまり鈴仙は銃弾を使わずにジンを倒したということになる。

ただの屍のように物言わず動かない男に近づいて確認してもバイタルサインは正常そのものだ。

「いえ、まだ生きてます」

『……私の本当の依頼はジンを殺してもらうことだ。ジンを殺してくれ』

 

瞬間静けさが訪れ、空気が凍てつく。

松下さんの依頼は警護と観光案内であったはずが本当の依頼内容を伏せていた。

私も現在の情報を理解しきれず、一体なぜ、どうして……と、疑問が浮かんでは消える。

鈴仙の目が鋭く、険しい表情になり、千束の顔には動揺が見られる。

 

『ソイツは私の家族を皆殺しにした。生き延びればきっと、生きている限り何度だろうと狙ってくる』

「じゃ、じゃあ一度リコリコに戻r……」

『私には時間がない。千束、私は君のペンダントの意味を知っている。君には使命があるはずだ。殺すんだ。殺してくれ……。本来なら私の手でやるべきだった……しかし病が体を蝕み、ついに叶わなかった。君はアランチルドレンのはずだ。何のために命をもらったんだ。その意味をよく考えるんだ』

 

私は何も動けなかった。

ただ、千束の悲しそうな顔を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Reisen side>

松下さんの中人物は間違いなくアラン機関の関係者だろう。

そうでなけでれば本人でさえ知らない千束の使命を知っているはずがない。

松下さんの言葉に千束は悲しそうな、申し訳なさそうな表情で答える。

 

「松下さん、私はね……人の命は奪いたくないんだ。私はリコリスだけど誰かを助ける仕事がしたい。これをくれた人みたいにね」

『何を言って……千束?』

 

予想外の言葉だったのか松下さんは動揺したような声色だ。

きっと千束は松下さんの「家族を殺された、復讐したい、憎い……」という感情と考えを理解し、悲しんだ上でそれはできないと申し訳なく思っている。

自分を苦しめてでも優しくあり続ける彼女を見ていると自分がどれほど無力なのかを痛感する。

 

『それではアラン機関は君を、その命を……』

「とりあえず帰りましょ? 松下さん?」

 

その木偶の坊は千束の呼びかけに答えない、ただの人形のように椅子に座っている。

千束は慌て、たきなもミカさんだろうか、連絡を取って指示を仰いでいる。

最中、私は機械から出された音声を思いだし、千束を悲しませたことに怒りを感じていた。

 

後に聞いた話によると……

ジンは松下さんの家族を殺害した過去はなく、そもそもジンは松下さんとの接点すらなかった。

ミズキさんによると松下さんを名乗るあの男性は先々週失踪した薬物中毒の末期患者で意識もない。

それにクルミの調査によると車椅子、音声は遠隔操作で、ゴーグルはカメラ。

 

松下さんが実在しないという事実。

誰が、何で殺させようとしたか、何のためにという答えの見つからない問い。

様々な思惑が夜の街に渦巻く。

複雑に絡み合う運命の赤(鮮血の彼岸花)、夜の街に銃声が響き、今、残酷な程儚く美しく、一輪の彼岸花が咲いた(一人のリコリスが死んだ)

 

「……あなたは何をしたかったの? 松 ン 」

 

その呟きは誰にも届かない。

 

 

****

 

 

今回の一件、クルミの時のように誰も死なずにすんだ。

それでもハッピーエンドで終わらず、不和を残す。リコリコに着いた千束は仰向けになって放心する。

九月は彼岸、静かで涼しい、沈んだ空気が喫茶店を渦巻き、風が風鈴を悲しく鳴らす。

 

「……いっぱいはなして、いいガイドだって言ってくれたのに。ぜぇーんぶ嘘かぁ……」

「いいガイドだって言うのは……嘘じゃないと思います」

「そうだね、楽しそうだったよ、あの時の声は」

「そっか……ありがと」

千束の消え入りそうな声が聞こえる。

いつものように嘘でも元気に振る舞う千束はそこにはいない。

健気さが自分自身を傷つけ、傷ついた心から悲しみがあふれる。

いくら私たちが元気づけようと言葉をかけたところで意味はなく、静かに夜が流れる。

 

千束に元気になってもらいたいのも無理をしてほしくないのも本心だ。

今の千束の中にあるネガティブな考えを否定したところでそれは今の千束自身を否定して無理矢理立たせるようなもので、仮に千束が表面的に元気になったとしても、心はどうだろうか。

疲弊して傷ついた心に寄り添うにはどうしたたらいいのか。

 

私は赤い制服を横から抱きしめた。

 

「……どーした? 急に抱きつくなんて……そんな寂しかった?」

「ぅるさい。そんなんじゃなくて千束が好きだから、こうしてるの」

「まったくもう……甘えん坊め」

 

甘えん坊じゃない、ただの幸せのお裾分け。

嫌なことは忘れなくってもいい、その嫌なことを覆い尽くすくらいの幸せがあれば。

千束の弱々しいため息のような呼吸が少しだけ安らかになった気がする。

たきなも横になり、徐に耳を胸に近づけ、そこに顔を埋めた。

 

「ちょ~い、ちょいちょいちょい」

「今は私たちしか見てませんよ。……本当に、鼓動……ないんですね」

「そうよ……すごいだろ」

 

目を見開き起き上がろうとするが私たちの体重で起き上がれない千束は観念したように天井を見上げる。

今日の嫌な出来事から立ち直れるくらいの幸せを贈れればいいのに。

その思いは強まり、私の腕はより一層力強く千束を抱きしめる。

千束は少しずつ元気を取り戻し、茶化すようににへらと笑う。

 

「なぁ~に、私のこと取り合ってるのぉ~?」

「そういうことではないのです……ただ、私にとって千束も鈴仙も大切な……」

 

秋風が吹き、鈴の音が綺麗に鳴った。

そのせいで物寂しさを感じる。

 

「大切な……ナニぃ?」

「なに……とは?」

「もっかい言って~!」

「聞こえてたくせに……二度も同じことは言いません」

「ああ、ごめん、ごめんって!」

 

大切な友人。

その言葉を反芻するたびにぽかぽかからだが暖かくなる。

この幸せな夜がずっと続きますように……

そのまま私は千束の腕枕で夢の世界へと堕ちていった。

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