フィークス・G・リコイル   作:桃玉

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第9話

<Takina side>

 

電話に出なかったら確認しにいくのでちゃんと出てくださいと言ったのに千束からの応答がない。

いやな予感が頭をよぎる。

携帯を忘れたとか、どっかに落としたとか、病院内だから切らないといけなかったとか、こんなくだらない理由だったらいいのに……

私が念を押したのにこんなことが原因であるはずがない。

 

私の足はみんなを置いて飛び出した。

後ろから声がした気がするが振り返る余裕すらない。

不安感と焦燥感が足と脈拍を早くする。

私は医院内に入っても足を止めるどころか加速させる。

虱潰しに病室を見て回るが何処にも千束がいない。

どうしてどこにもいないのか、不安が不安を呼び、手足が震えてくる。

 

そして、千束のいる部屋を見つけた。

そこには千束以外の影も見え、ソイツが千束を昏倒させたと決めつけ躊躇なく発砲した。

目覚ましにしても五月蠅いくらいの音が鳴り響くのに千束は一向に起きない。

私が動揺した一瞬の隙を見て犯人は逃走した。

 

それでも私にはどうすることもできなかった、間に合わなかった。

 

山岸先生の病院の一室、激しく散らばる窓ガラスだったもの、そして、いくら揺さぶろうとも、いくら呼ぼうと開かれない千束の瞼。

 

「千束っ……! 千束っ! 起きてください……ッ!」

 

昨夜、冬も近づき冷え込む暗闇中、温かな光を背に、千束に多分初めてのプレゼントをあげた。

最近は忙しさのあまり業務的なことしか話せなかったが、やはり千束は可愛くて儚げな雰囲気を纏っている。

そんな彼女たちと一緒にこれからも毎日変わりない日々を過ごすと思っていた。

そう思っていたのに、この状況は……あまりにも理想から離れすぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Chisato side>

 

手術で眠らされて、冷たい水の中、一人漂ってた私を引っ張り上げてくれた温かい手。

私の手にその温もりが伝わって、意識が浮上し出す。

前にも同じようなことあったな……あのときは心臓の手術でヨシさんと先生が引っ張ってくれた。

辺りは日が沈みかけ、私の髪は夕日の色に染まる。

そのまぶしい光に照らされて目がゆっくりと開いていく。

 

「……ぉ、おぉ? お揃いだな……」

目を開けると霞んで見えたがそこには一瞬全員が揃っていた。

病院のベッドで私の手はたきなと鈴仙の二人に握りしめられていた。

意識がまだはっきりしない。

なんか変なやつに何かされて眠くなって、それで……後は何があったんだろう。

何もわからない状況だけど、みんなの心配そうな目を見てただ事ではないと理解する。

山岸先生が「起きてそうそう悪いわね」と触診を始める。

 

「眠剤の影響でしばらくダルいかもだけど……」

「……私、何された……?」

「あの女……心臓に高電圧流して二度と充電できないようにしやがった……。単純だけどよ、効果的な最高の破壊方法よ」

 

つまりそろそろお迎えが近づいてるってことで、鈴仙との約束を破ることになるのか……

昔から覚悟していたがいざそのときとなるとやっぱ来るモンがあるなー。

 

「マジか……。あとどれくらいもつ?」

「幸い、充電は満タン……もって二ヶ月、動かなければもうちょっともつわ」

「二ヶ月って……何が二ヶ月……」

 

たきなが気づいてないように振る舞う。

そりゃそうだ、私だって誰かと別れが迫っているって言われても信じたくない。

こんなに冷静なのも今まで向かい合ってきたおかげだしね。

心配そうに私を見るたきなに先生が残酷に事実を突きつける。

 

 

「余命だ」

 

 

****

 

 

昔々、先天性心疾患の女の子がいました。

その子は十歳前にして長く生きることはできないと言われました。

でも、そこに救世主さんが現れたのです。

なんと十年くらい動いてくれる世界に一つだけの心臓をくれるそうです。

活発な女の子は自分がもう少し長生きできるかもしれないと喜び、その救世主さんと約束しました。

救世主さんが私を助けてくれたように、私は私の使命を私の命を使って果たそうと。

 

「ちょ、どこ行く?」

「あの看護師を始末しに行ってきます」

「いいの……」

「ですがっ……!」

「いいの。……もともとそんな長くなかったから……」

 

長くなかったからこそ、私は誰よりも、みんなと今を楽しく生きようって一日一日を生きるんだ。

今までも、残りも。

 

「……私、先帰ってるね」

 

鈴仙の背中を追いかけようとするたきな。

きっと鈴仙もたきなも苦しくて ツラくて たまらなくて……その理不尽を受け止める場所がないだけ。

 

「あいつを殺しても何も変わんないよ。……さ、私たちも帰ろうっ!」

 

たきなが私と一緒にいたいと思ってくれてるのも、私のために怒って悲しんでいるのも有り難いしうれしいことだけど、だからといってそんな風になんないで笑っていてほしい。

 

それに、今更追いかけたって、ソイツを殺したって私のことは変わらない、それに気づいて……

どうしても助からない私のために何かしようとするより自分のためになることに向かってほしい。

泣かないで、私と笑ってほしい。

最後までいつも通り楽しくね!

 

 

****

 

 

翌日の朝、体調はすっかり回復して昨日は何もなかったのではないかと思うほどだ。なら今日も楽しく一日過ごしましょー、と沈んだ気持ちを太陽の光を浴びて上げる。

 

店の服に袖を通し、バズった期間限定人気メニューが終了したため昨日よりは静かな雰囲気の中気合いを入れる。

でもイマイチ盛り上がりに欠ける。

それはお客さんが少ないからではない、真面目でアグレッシブな親友、たきなが今日はしおらしいから、長年ずっと一緒の妹、鈴仙がいないから。

私としては昨日のこと気にしないでほしいのに……

 

鈴仙とはあれ以降ずっと連絡がつかない。

鈴仙は私が二十歳で限界だって知ってたはずなのに、そんなにショックだったのかな……いや、約束を破った私に愛想尽きてしまったのかな。

もっとミズキたちみたいに楽しく幸せにおしゃべりしたいのにだっとしたら残念だけど、鈴仙が本当の意味で私から離れて生きられるならその方がいいのかも……

 

そんな日、楠木さんから渡したいものがあると連絡をもらった

DAに行くのは気が進まないけどしつこいから仕方なく行ってあげる

運転はミズキだ。

窓の外を見ながら行きたくないところに自主的に行くためため息をつく。

 

「たきな、意識しちゃってるね……」

「そりゃそうよ、でもそれ以上に重症なのは鈴仙よ? ……連絡ついた?」

「いいや、全然……あーあ、いつも通りにしてほしいんだけどなぁ。話さなきゃよかったかな……」

「ムリムリ。鈴仙見てりゃわかるでしょ。アレが普通の子供よ。……アンタのこと好きなんだから結局話しても話さなくても変わんないもんよ、ガキは」

「そういうもんかね……」

 

そんなことしゃべってると隣から爆音車がパラリラパラリラ煽ってくる。

私は銃をソッチに向け数発撃ち込む。

人が真剣に悩んでいるのに邪魔しないでほしい。

ミズキが「ガキね……」と煽ってきたやつを評していた、まったくだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Kusunoki side>

 

死期が刻々と近づく生意気な小娘(クソガキ)が私の部屋の腰掛けにかけていた。

本来なら労って休めとでも言うところだが司令という立場上そんな甘い言葉をかけることはできない。

 

「直死ぬにしては元気そうだな、妹の家出の方が深刻か?」

「耳が早いですねぇ……で、何ですか?」

「DAに戻れ」

「ゴホッゲホッ……もう死ぬんで体調がぁ」

 

どうせ戻らないっていうことは理解している。

ただの挨拶代わりというやつだ。

先日、いや先ほどまで健康そのものだったのがふざけて咳き込む様子は笑えないな…… だからそれを無視して話を続ける。

 

「真島が来たそうだな」

「二回会いましたねぇ」

「二度取り逃がした」

「それは私の仕事じゃないんでね……ここに来るのも最後ですしもっと楽しいお話ししましょうよ。……で、何くれるんですか?」

 

助手が腕時計を見る。

そろそろ時間か。

多忙を極める私に一リコリスに割いてやれる時間はそう多くない。

だがその提案に乗ってやってもいいかとさえ思っている、最後くらいな。

私は手に取ったカメラを静かに千束の前に置く。

 

「……何で楠木さんがもってんの?」

「情報漏洩のため回収しておいた」

「私ずーっと探してたのにー! ドロボー!」

 

そのカメラは千束を支援したアランの胡散臭い金髪から依頼されて回収したものだ。

私個人として思い出の品を取り上げ、破壊する意味はないと思うが。

もちろんソイツに言われなくても上がそう指示を出していただろうが特に弁明する気も起きないので言わせておけばいいと次の話題を提示する。

 

「近く、大規模な真島討伐作戦を行う。お前も参加しろ」

「……冗談きついね」

 

やはり駄目か。

それに思った以上に殺人に対する忌諱が強い。

戦闘が得意なだけに残念だ、苦手で使えないようなら情報部にでも左遷してやったのに。

長く務めていると精神が自己防御しようと悪人を殺すことを善と感じたり、何も感じなくなる、でなければ落ちこぼれ、死ぬか、精神が壊れるのだがな……ミカ、貴方にとってこれは成功だったのか?

 

それはともかく DA の司令として千束にはそれなりの仕事をしてもらわなければ、上の連中らにも他のリコリスたちの面目を保てない。

私やミカといったDAの物もアランの者も千束の腕を買っている。

 

「多くの者がお前を優秀なリコリスにするために尽力した。ろくに役割も果たさず死ぬんだな」

「……私の思う役割は楠木さんとは違うよ」

 

ああ、知っているとも。

でも建前でもそれを言わなくてはいけない。

 

「話は終わっていない、座れ」

「……たきなをここに戻してあげて! あと、鈴仙を探して。そしたら考えなくもなーい! ……ああ、コレありがとー」

 

私の制止を無視して退室する千束の背を見送る。

まあ、これでいいだろう。

 

「司令、時間が押しています」

「そうだな、休憩を終了し開始しよう」

 

私は再び椅子に腰を下ろし情報の入力を始めた。

『錦木千束の真島討伐作戦の参加拒否につき、井ノ上たきなを真島討伐作戦のためDAへの復帰を……』

『さらなるアジトの情報収集が必要につきイナバに……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Reisen side >

 

私はいつも一人で、理不尽を受け止められなかった。

ただひたすら嫌なことから目を反らし、不運から逃げ、現実から消えようとしていた時、千束と出会った。

どうにもならないからってただ嘆き藻掻くばかりで、受け止めることなんてできず、動けない私を千束は希望が見える水面まで引っ張りあげてくれた。

受け入れて、全力、それが大事って教えてくれた。

絶望と理不尽の冷たく暗い海を足掻くばかりじゃなくて泳ぐ方法を教えてくれた。

 

それでも上手く泳ぐことがなかなかできず、そもそも千束に甘えて泳ごうとすらしなかった。

荒く白波立つ水面は幾度となく私に被さり、肺に入り込む。

その度に千束が引っ張りあげてくれた。

 

そのせいで私は理不尽を、千束の運命を、自分の弱さを受け入れているつもりになっていた。

千束は弾を避ける能力があるし、強いから私より長生きするって、現実を見ようともせずに目をそらしていた。

 

そして今、そのループが絶たれた。

千束が手を引っ張ってくれず、私とともに沈んでゆく。

口から溢れる(あぶく)がゆらゆらと儚く上り消失する。

ふと、千束と一緒ならこのまま沈んでもいっかと自暴自棄な思考が脳内を巡る。

突きつけられた現実を、理不尽をようやく直視して、結局受け入れられず、諦めようとした。

 

でも、諦めなかった、約束を思い出した。

たきなに、生きると約束したんだ。

千束を支えるって約束したんだ。

誰も私の前で殺させないと決めたんだ。

だから私は足掻くのを止めない。

最後のその瞬間まで、何があっても止まらない。

 

私の携帯に一通のメールが届く。

 

『From:DA

To :Reisen Inaba 件名:真島

DAに寄りつかないお前は知らないだろうが奴のアジトが割れた。

その情報を送ってやる。

潜入先行調査を実施してもらうためのものだ。

有効に活用しろ。

極秘につき、本来口頭で伝達が望ましいがアホが戻ってくるなど期待してない。

代わりにたきなを選抜しておいた。』

 

思い立った矢先のことなので思わずニヤリと笑ってしまう。

きっと私の自由に行動しろと言ってるんだ。

ならば行くしかないだろう、真島のところへ。

そしてあの人と会わなければ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Mika side>

 

千束の心臓の件、私は最も愛してきた二人に嘘をついてしまった。

この心に映る雨も雲も私が自分に課した罰なんだろうな。

 

私は冷たい雨を見ながら煙を噴かす。

そんな私の前にコーヒーが差し出されたことに気づく。

その不器用で苦くて濃い、かつての私のような味だった。

 

「調べたぞ……もっと早く言えよな」

「ふっ、それで、天下のウォールナットは何かわかったか」

「現状お手上げだ。どこを漁っても消した跡しか見つからない。……それでアランを直接知る人間から聞こうと思って慣れない茶など淹れてみたわけだが……。なあ……お前も気づいてるだろ、サイレント・ジンの件、千束の心臓を壊した女、黒幕が吉松である可能性に」

 

もちろん気づいている、むしろ気づかないわけがない。

しかしそれを千束のいる手前で話すことなどできなかったのだ。

 

きっかけがあった。

それは十年前のこと。

 

「はじめまして……」

 

友人のシンジと初めて会い、幼い千束の訓練映像を見せた。

シンジは化け物のような戦闘技術に喜び、その直後倒れた彼女を見て顔をしかめ、長くない千束の命を助け、才能を世界に届けようとした。

ただ仕事の関係で、千束のことをただの殺しの道具として見ることしかできなかったあの頃の私は千束の死を一リコリスの死として見ることしかできなかった。

 

そして機械仕掛けの心臓を見た。

十年ほどが寿命のそれは今すぐに死にそうな彼女の唯一延命の手段だった。

リコリスの現役は18くらいまでだ。

だからあのリコリスもそれだけ生きて死ねば組織のためになるだろうと、そう思って。

 

だが、その考えは変わっていった。

 

私とシンジは似たもの同士だった。

裏の仕事をしている。

隠し事が多い。

好きな者が同じ。

その他にも似ているところがあり、似ていないところもあった。だからアイツと一緒にいることが素晴らしく楽しく嬉しかった。

そんな彼と親友でもなく、兄弟でもなく、親子でもなく、ただ家族のようになりたかった。そんな時にアイツは、シンジは「DAじゃない。君自身に頼んでいるんだ……千束はもう私たちの娘じゃないか」と。

その時私の考えは以前のような冷徹さをなくし、千束を道具としてではない、初めて娘として見たんだ。

だが、そんな幸せも続かない。

 

「成功だよ! ミカ!」

 

無事手術が成功し予後も問題なさそうだった。

だからシンジはアランに従い置き土産を残して、私たちから姿を消すしかなかったんだ。

灰色の雪の降る中を歩くその背中を見送ることしかできなかった。

 

「さよならだ」

 

彼はアランの信念に従って正しい行動をなそうとした。

私もDAの指導教官として正しい行動をなすべきだった。

だが、シンジにも、千束にも絆されてしまった私は、銃は人を殺すためのものじゃない、助けるためのものだという考えを否定することができなかった。

君が私をそそのかしたせいだと言えればどれだけよかったか……

 

今の外は冷たい雨が降り、玄関からずぶ濡れになった鈴仙が静かにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Takina side>

 

DA復帰の辞令が届いた。

知らせに来たフキとサクラ、そしてクルミはよかったじゃないかと喜んでくれていたが、なぜか待望であるはずなのに笑みは浮かばなかった。

 

千束と仕事をした。

いつも通りの千束なのにもう少ししか会えないと思うと胸が締め付けられる。

そんな中の仕事はやはり身が入らず、千束に走らせてしまう。

走らないでくださいッ!

そんな私の願いを無視していつも通りに激しい動きをする。

 

千束と少しでも一緒にいたいという気持ちは無意識に表れ、その無意識がその願いと反対の行動をする。

千束の命を私が削るのがどうしようもなく嫌だ。

それなのに思うようにいかない……

そんな私の心を天気が映し出したかのように制服が、髪が雨粒で濡れていく。

そんなこと気にせずに私の帰るべき場所、リコリコに足が進む。

 

店に着くと何か悲しい声が聞こえ、歩く気力もない私は壁にもたれかかり、隠れるようにその話、千束と店長と吉松氏の過去を聞いた。

千束の過去を今まで知らなかった、知ろうともしなかったことに怒り、教えてくれなかったことが信頼されてないようで寂しく、何より不甲斐なかった。

 

 

突如音が鳴る。

その方を見ると鈴仙が……覚悟を決めた目で扉を開け、私たちの前に現れた。

 

「鈴仙ッ! 聞いてたのかッ!? ……いやそれはいい、今までどこに……クルミ、タオルを!」

「ああ!」

「ミカさん……」

 

ずっと外から話を聞いていたのか、制服とパーカーは重く水が床に溜まる。

冷たく凍えた青白い指先が黒い肌に触れる。

その小さな手を大きな手が遠慮がちに包み込む。

 

「暖かいね、ミカさんの手」

「そういうオマエは冷たいな……」

 

しばらくゆっくりとしたときが流れる。

冷たい空気が温度を交換する二人の間だけ温もる。

 

「ミカさん、私に贈ってくれた花の名前、覚えてる?」

「ああ、もちろん、忘れるはずない……大切な娘の名前なんか忘れるものか」

「……私ね、不幸な人を幸せに変えたいんだ。ミカさんと千束がしてくれたみたいに、苦しんでる人の前に立ってあげて、救いたいんだ、千束を……!」

「……ああ」

 

手が顔から滑り落ちる。

黒い顔肌に手のひらについていた水の跡が走る。

二人には幸せなような、寂しいような、得も言えない表情が宿っていた。

 

「だから私、真島のところに行ってくるよ」

「……そうか」

 

鈴仙は重くなったパーカーと紺色を脱ぐ。

その小さく折れそうなほど細い体の上に見えるのは白いシャツとスカートのみ。

 

「ホレ」

「ああ、ありがとう。……あ、あと伝言頼める?」

「なんだ、言ってみろ……ああ、わかった」

鈴仙はクルミからタオルを受け取ると一通りの水気を拭い、「よしっ」とやる気に満ちあふれる。

千束への伝言だろうか。

それを伝え終えると傘を片手にリコリコから飛び出した。

 

「行ってきます、みんな」

 

彼女はもう目的を見つけ出し、行動しようとしていた、ここで隠れて動こうともしない私とは違かった。

躊躇している間に鈴仙が遠く私の手の届かないどこかへ行ってしまったような気がして肩が震える。

鈴仙がいなくなり、店内は物寂しく暗く寒さで凍てつくようだ。

店長は椅子に座り込み顔をふさぐ。

 

「やれやれ、まつたく自由奔放な娘もいたもんだな、ミカ?」

「そうだな……」

「ところで……預かった伝言、聞くか? たきな」

 

クルミの声で私の心臓が、ミカさんの顔が飛び上がる。

いつからバレてたのだろうなんて考えすらなく、無気力に姿を現す。

 

「見てたのか……っ!」

「すみません……」

「それで? 聞きたいか?」

「……はい」

「……鈴仙がDA に戻るそうだ」

 

言葉がつまる。

鈴仙にも作戦に参加しろと来たのか。

私はまだこんなところで震えて動き出せないで、何より千束と一緒にいたくって鈴仙の後を追いかけられない。

 

「私も……復帰の辞令が来ました」

「……きっとボクを狙ったのも吉松だし、真島ともつながっているはず……。つまり真島を捕らえれば、千束の心臓についてわかるってことだ!」

 

クルミの言葉、それはいくら手を尽くしても得られなかった希望を聞いても天気は雨、地も固まらない。

 

「やったじゃないか! 吉松の足取りが辿れない以上、動きが派手な真島を辿った方が早い……DA 復帰はチャンスだ! ……どうした」

「……断ろうと思ってました」

 

クルミが一瞬目を見開くが、すぐにその目は私から外される。

 

「……千束との最後の二ヶ月、だからか」

 

私に直接幸せを分けてくれた人との残り僅かな大切な時間をずっと一緒にいたかった。

それは鈴仙こそ、強く思っているはずなのに、千束から離れることを選択したんだ。

あの臆病な人が走り続けているのに、私だけどうして止まれようか。

 

「私戻ります……千束が生きる可能性が少しでもあるなら……」

「復帰について私から千束に言おう」

「いえ、自分が言います。……時間を、ください」

 

私が、自分自身のために(やりたいこと最優先で)、私らしく千束と決別するために。

これからのこと、決して後悔はしたくない。

決意と覚悟をしなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Chisato side>

 

「いらっしゃいませ~っ! いらっしゃ~せぇっ! ヘイっらっしゃっせーっ! ヘイヘイヘイっらっしゃいま……」

「じゃかましいっ!」

「ああ、ゴメン! ……はあ」

 

同僚が二人もいない店内は嫌に静かで気を紛らわせるためにも声を出していたらミズキに怒られた。

普通なら少なくても片方はいるのになぁ……今日休暇の連絡があったたきなはともかく、鈴仙はどこに行ったのやら……

そのことが頭をグルグル駆け回ってやること手につかない。

まあ、そもそも暇だから何もしてないんだけど。

 

「何よ、ため息なんて。アンタらしくないじゃない? もしかして妹の姉離れで寂しいんでちゅかぁ?」

「んなわけ……」

 

口では強がるが案外そうなのかもしれないなぁ。

何せ何年もずっと、それもたきなが来るまではべったり離れずにいた可愛い妹の姉離れだ。

初めは離れ離れになることが嫌で私にべったりだった鈴仙が懐かしい。

しかしその思考は隅に追いやられる。

カランコロンとお店のドアから音が聞こえたから、私は元気よくお客さんをお出迎えしようとしたのだが……

 

「いらっしゃいま……ってたきな? お、おお、おかえりぃ……?」

 

そこにいたのは今日はお休みをとっていたはずのたきな。

しかも、私服姿。

普段の趣味が銃弾の装填作業と言っていたあの合理の申し子、たきなが制服ではなく私服……珍しいこともあるもんだなぁ。

 

「……ちょっとお話いいですか?」

「お、おおぅ」

 

いきなり来て早々お話がとはこれいかなる要件かと身構える。

たきながそんな私に紙を一枚突き出すように、押しつけるように渡す。

 

「出かけましょう」

 

 

****

 

 

いつも私の気の赴くままに行動してるからたきながわざわざしおりまで作って遊ぼうとするのは新鮮で、最近ずーっと忙しくて、それが終わったと思ったらみんな悲しい顔するしでたきなとこうやって遊ぶのは本当に久しぶりだから嬉しくて嬉しくってたまらないっ!

そんなわけで急いで私服に着替え、たきなに腕を引かれながら最初の、初めて私たちが一緒にお出かけしたと言っても過言じゃない、ショッピングモールにやってきた。

 

「最初はここか~……寒くないの?」

「これ、千束が選んだやつですよ?」

 

それは知ってる。

なにせ初めてたきなの服選びで選んだやつだ、忘れるわけない。

問題は今は10月が終わり、半袖では秋というか冬の寒さが肌を刺すということ。

 

「夏服だろそれ。他にないの?」

「無いです」

 

服の無頓着さはあの頃から変わっていないんだなと思うも何だかそれがたきならしくって、しょうがねぇなぁと口では言いつつ温かい気持ちになる。

服を選びまくって着せ替える。

どんな服でも似合うから余計時間がかかる、でもそれが楽しくてたまらない。

夏来たときは鈴仙も一緒だったなぁ……

昔買った服を大事にしてくれて嬉しかった、でもいくらサイズがキツキツじゃないからってずっと同じのはどうかと思って古いのを捨てて新しいの買って。

全く違う二人なのに何か共通点を見いだして面白いなと思っているとピピピとアラームの音が聞こえる。

たきなの携帯からの音で、何かと思っていると「時間です。次いきましょう!」とまた腕を引っ張られた。

えぇ~っ!? まだコート選んでないのにぃ……!

 

 

****

 

 

その後も次から次へと面白いところに引っ張りだこ。

ゲームセンターでクレーンゲームしたり雑貨屋によって見たり、おいしいスイーツ食べたり。

とっても楽しいんだけど急いで食べたせいでほっぺたをリスみたいに膨らませないといけなくなった、その理由は「秘密です」らしい。

でも向かってる方向はあの水族館の方向だからわかりやすい秘密で、でもそんな可愛らしい隠し事をするたきなが好きでニヨニヨしてしまう。

 

ようやく着いた、と思ったら残念ながら今日は臨時休業。予定が崩れて唖然とするたきなを今度は私が引っ張る番!

たきなに楽しませてもらったんだから今度は私がたきなを楽しませないとね、と釣り堀に糸を垂らす。

まあ、自分もしっかり楽しむ、トラブルを楽しむのが私流だからね。

 

「……釣れないですね」

「釣れないねぇ……」

「……楽しいですか?」

「楽しいよ、たきなと居ればさ」

「……」

 

ピピピとまた音が聞こえる。

さっきまで私の手を引っ張っていたのに行きたくないような、そんなたきなが見える。

もし楽しくて、時間が経つのが早くて、それを惜しんでるなら嬉しい。

でも電車に乗り込み夕日に照らされるその横顔には寂しさが浮かんでいた。

 

「……結局鈴仙来ませんでしたね。仕事中だから仕方ありませんか……」

「おお? もしかして私という彼女がいながら寂しがってたのかぁ? てか、鈴仙どこにいるかわかったの!?」

「いいえ。昨日 DA から連絡があったのですが、鈴仙は極秘の任務中で、どこにいるかまでは……それに付き合ってるのは私じゃなくてお二人ですよね」

「うぐっ、その件は誤解だってばぁ~!! 私と鈴仙は姉妹よ姉妹!」

「ふふっ、わかってます……まあ、鈴仙がいなくて寂しいというのはありますが、千束もでしょう?」

「いいのいいの、アイツのことなんて。メールの既読も付けないアホはほっときゃいいんですよーだ……」

「わかりやすいですね」

 

そうだ、別に寂しくて拗ねてるわけじゃない。

今日だってここに鈴仙がいればなぁなんて思ったことなんか数回しかない。

 

「まったく、反抗期なのか、世話の焼ける妹だよ、もう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Takina side>

 

時刻は21時、電車から出て、街を一望できる岬から冷たい夜空を見上げる。

最後はここでサプライズしたかったのに、天に見放されたのか。

 

「……何か待ってるの?」

「雪……九時になったら降るって……」

 

千束が勢いよく吹き出す。

今日は最初の方は良かった、予定通りだったから。

でも後半はダメダメで、私が計画した完璧な予定が狂って、結局千束に任せきりになってしまった。

それに今も期待を裏切られ、気分が下がる。

 

「神様は気まぐれだからなぁ」

 

これがもし神様の仕業なら、今日だけは最後なんだから余計なことしないでほしかった。

 

「……DAに、戻るんです、明日」

「おおっ! よかったじゃん! ……うれしくないの?」

 

わからない。

嬉しいけど、嬉しくない。

千束を救えるかもしれないけど、千束との時間がなくなる。

憧れに届くけど、拠り所から離れなければならない。

もし千束が後押ししてくれるなら……

 

「理不尽なことばかりです。そう思いませんか」

「……鈴仙も似たようなこと言ってた。誰かの幸せのために自分が不幸になるのは私たちリコリスの運命だって。……でもね、自分でどうしようもないことを悩んでてもしょうがない、受け入れて全力、だいたいそれでいいことが起こるって私は思ってる」

 

理不尽を受け入れる……か。

それができることがどれだけすごいことか。

私には重すぎて受け止められない現実をさも平然と受け入れている彼女の期待には応えられない。

私は千束に生きてほしいんだ。

 

「……それにたきなの計画は大成功してるよ……メッチャ楽しかったぜ!」

 

千束は意地悪だ。

敵を痛めつけるだけ痛めつけて、終わったら手当てする。

自分の意見を話すだけ話して、後は自分で決めなさいって。

過酷な道を教えて、その先にあるかどうかもわからない希望を示して、どうするって聞いてくる。

でも少なくとも元気が出た、勇気が出た、決意は変わらなかった、今日が楽しいって思えた。

 

「やったなっ!」

「……やったぜ」

 

互いの拳をコツンとぶつけ、私はDAに、千束はリコリコに、歩を進める。

暖かな白い雪が舞い始めても、もう言葉はいらない。

ただ精一杯出し切り、千束と一緒に……(私の願いを……)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Reisen side>

薄々吉松シンジが黒幕である可能性に気づいていた。

松下さんの時、ボイスチェンジャーのようなもので別人として振る舞っていたが、抑揚や話し方の癖など色々なところが吉松シンジのそれに似ていた。

バーでの密会の時、ミカさんとシンジさんの二人きり会話は全て聞こえていた。

殺しの才能、約束、千束への支援、それらを聞いたとき、私は背筋が寒さで震えた。

きっとこの人は千束の恩人で、味方で、敵だと気づいた。

そして今回、千束の心臓を壊した。

千束を殺すにしては回りくどすぎる方法は裏にシンジさんがいると気づかせてくれた。

 

裏に彼がいると知ってからは安堵を覚えた。

それは、いつも彼は静かに狂っていたけど、千束に対する期待と揺るぎない完全な善意がその瞳には宿っていたように感じていたことに裏付く。

松下さんのときも、密会後立ち去る際にも、害意は一切なかった。

だから今回も……と思うと冷静になれた。

 

シンジさんは千束を助けるためにこうした策を講じたのだと、直感的に思い、その真意は不明だけど一種の信頼が芽生えた。

 

そしてDAの真島討伐作戦の潜入調査には大きな意味がある。

正体不明のテロリスト、真島が持っていたペンダントはアランチルドレンの証だ。

つまりアラン機関の一員であるシンジさんと接触できる可能性がある。

だから私は真島から情報を聞くために、DA に先手を打たれる前に潜入先行調査という名目で真島と接触を図るしかなかった。

それがシンジさんと会うには最も手っ取り早いと信じて。

 

 

****

 

 

アジトであると思われる場所に到着するが、これはDAのためではない。

私の目的に何かしら絡んでくるのではないか、そう思いここに来たんだ。

 

私は慎重に潜入を開始する。

何やら警備がやたら薄手で、緊張感がない、アットホームな職場だった。

隣の壁越しに談笑の声が聞こえ、中にはゲームのような電子音すら聞こえる。

 

奥に進むにつれ薄暗くなり、不気味で趣味の悪い場所に感じる。そのさらに奥の方から真島と誰かの悲鳴のような声が聞こえる。

 

「ヤツが言っていた例のヨシさんって誰……?」

「い、いやぁ、さあ……しらな、し、知ってますぅ!! ヤツを支援したアラン機関のエージェントだっ! だからその銃を下ろしてくれぇぇええ!?!?」

「……やはりそうか。……ロボ太、作戦を思いついた」

 

そんな会話が聞こえてきてハッと息をのむ。

やはり真島は吉松シンジを、その居場所を知っている。

 

「え……? 作戦って? てか早くその物騒なの下ろせよぉっ!? 何だ、何なんだぁ!? もしかしてこの前のトランクスの話思い出して……」

「少し黙れ。別にお前に向けてるわけじゃねぇ…………なあ? そこにいんだろ、セカンド(二人目の)アランリコリス?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Majima side>

 

暗い場所から赤い目がユラユラ力なくやってくる。

デジャブを感じて思わず笑っちまった。

ロボ太が「何やってるんだ!? 撃たないのか!? ……ひえぇぇえぇっ!?」五月蠅ぇから足下に一発打って黙らす。

目の前にやってきた此奴は小動物かってぐらい心臓の音が五月蠅かった。

 

「すごいね! どうして……」

「わかったのぉ!? ってか? 俺が支援してもらった理由は耳とバランス感覚がいいからだそうだ……お前の相棒と比べりゃその才能がどんなもんかわかんだろ」

 

心底驚き動揺した表情、隠そうとしてるようだがその声の震えと鼓動を聞けばすぐわかる。

その顔はすぐに険しい表情に戻る。

 

「それはすごい。私たちは同格って訳ね?」

「ああ、やっぱお前もアランリコリスだったのな? ……フクロウのペンダントはどうした」

「捨てた。チャラチャラうるさいのよあれ」

「あっそ。まあ、オマエもアランチルドレンだって知れてよかったよ」

 

なんせ俺に恐怖心を植え付けてくれたこの世にただ一人しかいないヤツの片割れだかんな。

初めて戦ったときあの異様な雰囲気、アイツの相棒ポジ、コイツは本物だと嫌でも気づくだろありゃ。

それに加え俺の索敵を余裕で突破してくるんだ、これで一般人なら逆に萎えるわ。

答え合わせの結果正解でよかったよかったってな。

 

「そんで? 何しに来た、こんなところまで」

「……一応DAの依頼」

「んな建前はいいんだ、本音は?」

「アランと繋がってるから……とりあえず吉松シンジの居場所と人工心臓の手がかりがほしいってところ」

「あはっ!」

 

俺も大概狂ってると思っていたがコイツも結構なアホだっ!

そんなことのためにわざわざここまで命を賭けるなんて、死んだらそこで終わりだろうが!

 

「む、そんな笑わなくても」

「ああ、わりぃ……にしても傑作だ。なあ、何でそんなもんに命賭けてんだ? 心臓移植できないヤツでもいんのか?」

「秘密……それで? 吉松シンジの居場所は? あとそれ吐いたらアナタたちについて教えて? ……目的はなに」

「……秘密だ」

 

だが、俺とコイツの目的は何にせよやることは同じか…… アランに接触して敵対する。

ここで相手してやるのは被害出るし御免だ。

帰したら帰したで俺たちと敵対して、しかもアランチルドレン2対1はバランスブレーカにも程がある。

……うん、よし、決めた。

 

「なあ、手ぇ組まねえか?」

「冗談でしょ?」

「本気も本気だ。……ヨシさんの場所、知りたきゃねぇか?」

「……」

 

 

 

 

 

 

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