フィークス・G・リコイル   作:桃玉

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第10話

<Mizuki side>

 

「やっぱもう終わりにしようかね…………リコリコは閉店しますっ! へっ!」

 

千束の声が静かな空間に響きわたる。

 

たきなも鈴仙もいない今、ここには千束以外全員大人(ロリババ擬き含)、店ん中はいつもの活気はなく、静か。

たきながDAに戻ったこと自体は問題じゃない、リコリスが親のところに帰省した、それだけ。

 

そんな静かさを紛らわせるように千束は盛り上げようと声を出し、走り回り……

あんなに激しく動き回る千束を見ていると心臓がいつ止まるかを考えて、何かイライラしてため息が出る。

 

千束の心臓の寿命が近づいていたことも、いずれその頃には閉店することも知っていたし、そろそろじゃないかと予感してたけど、それでも千束は私の妹みたいな存在……ではないにしろ近所のうるさいくらい元気なガキと毎日話していれば情が移る。

それにたきなが頑張っている中動かないのは女が廃るってもんよ。

と言うわけで AI を駆使し、クルミと協力してちょっくら情報収集をしていたが、ちょっとばかし周囲に注意がいかないくらいに集中してたせいで千束に私たちが心臓について何かできないか模索していた現場を見られ、楽しさ以上の別の感情に気づかれてしまった。

 

 

「あんまり私のことでみんなの時間を奪っちゃうのはイヤだし、やっぱりここは最後まで楽しい場所じゃないとね!」

「千束はそれでいいのかよ……」

「うん、もともとそうする予定だったんだ。なんなら長すぎたくらい……ねっミズキ」

 

ちょっとリコリコ閉店までが短縮されたことにクルミも不満げな様子。

見つかってしまったせいだけど、もうちょっとここで楽しんでいたかったから、千束に少しでも楽しい思い出を増やしたかったから、千束に相槌を打つことが何か気まずかった。

だから千束に同意を求められて、確かにそうだけど……と言い淀み、おっさんにパスした。

 

 

****

 

 

千束にとって、この場所があったからこそ楽しい時間を過ごすことができた。

そんな場所を棄てると決めるのにどんな苦しみがあったのかもなんとなく想像がつく。

私自身も妙に長くいすぎたせいで居心地がよく、思い出が私をここに留まらせた。

でもそれは今日で終わり。

 

「さぁ~みんなもたきなを見習って自分の道を歩みたまえ……ヘイ、ミズキはどこ行くぅ?」

「……婚活サイトで知り合ったバンクーバーのイケメンにあいにいこうかしらぁ……?」

「わお、いいねぇ、どれどれ……うわムキムキだな」

 

千束は自分の時間を大切にしてほしいって……だったらオマエ自身も大切にしろよって言いたい。

でもそう言っても折れないのがコイツのいいところでもある。

 

千束に生きていてほしいと思って情報を探して、余計なお世話だったかぁ…… まあ、後悔しても良いことないってこの子から学んだ。

だから最後くらい後腐れなく別れてしまうってのも、私たちにはぴったりかもね。

しょうがないっちゃしょうがないけど……やっぱ腑に落ちないわ。

 

リコリコに二度と来ないってことはあのDAに行った連中とも挨拶なしに後生の別れか…… 寂しいわねぇ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Kurumi side>

 

「世話に、なった……」

「なぁに? そんな悲しい顔して……らしくないなぁ」

 

千束に最後の別れの言葉を告げる。

半年程世話になったところから離れるのは何かこみ上げてくるものがある。

次千束と会うことがもうないと思うと、心がモヤモヤと今まで感じたことのない感覚に陥る。

そうならないためにもあの時から、千束の心臓が壊れたと知ったときから最善を尽くしているし、最後まで手を尽くすが……

千束もボクも、一度決めたことだ、ここから追い出されるのは不満だが、悔いないように動くしかない。

 

ボクとミズキは空港に向かうためタクシーに乗り込む。

 

「ミズキも達者でな!」

「おうよっ! 鈴仙帰ってきたらよろしくって言っといて」

「もちのろんよっ!」

「……じゃ、ガキの世話(千束らの事)は任せたから」

「ああ」

「案なり迷惑かけんじゃないぞぉ? おっさんももう年なんだから」

「ヘイヘイ」

 

ミズキとミカと千束の軽い別れの挨拶、血がつながっていないのに長年ともにしてきた者たちは家族のように、辛さを隠して最後の言葉を投げた。

タクシーのタイヤが回り出す。

隣に座るミズキは辛さや寂しさを顔に出さないが、それは大人である自覚がある故だろう。

 

「仕方ないだろう? ……千束の望みだ」

「何もいってないでしょ……」

 

もちろん言っていない。

ボクはエスパーやその類いじゃないがそれでも、ボクも、ミズキも、ミカも、たきなも、鈴仙も、きっと皆似たような思いだ。

一番千束との付き合いが少ないボクでさえ、不快感を覚えているんだ。

千束がいくら達観していても、ボクたちは最後までできることをやってやる、それまでは諦めない。

 

それにここからボクらが離れても、少なくとも千束のとなりにはミカが、この街のどこかで鈴仙とたきながDAの一員として活動している。

 

……鈴仙、オマエは上手く真島のところへ行けたか?

そして吉松と会えたか? ……相棒の危機だぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Erika side>

 

『武器取引、地下鉄襲撃、リコリス殺害、警察署襲撃、これらすべての首謀者が真島と呼ばれるこの男です』

DAの中、大きな集会所でこれから行われる大規模な作戦に参加する者に説明が行われていた。

皆が前方のみを注視する中、多分私だけがチラチラと後ろを気にしていた。

何故かというとたきながDAに戻ってきたから。

 

うれしい気持ちと申し訳ない気持ちが自分の中で渦巻き、気まずさのようなものを感じる。

久しぶりの彼女の顔はやけに厳しく、焦りが垣間見えた。

 

『世界を股にかける戦争屋だ。十年前にも我が国で目撃されている。皆もよく知っている、電波塔事件だ、皆殺しにしたと思っていたが……。真島は国内外複数のマフィアから依頼を受け、延空木を狙っている』

『その依頼者の一人を捕獲し、真島の潜伏場所が割れました』

『全力で攻撃する。見つけ出し、殺せ……』

 

司令からの命令に全リコリスが起立し、その任務に当たることへの意思を示す。

私も起立しその意を示すが、たきなは画面に映るあの時のファーストリコリスを見て眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Takina side>

 

作戦まで時間がある。

その間の時間に真島の依頼主を尋問してみた。

時間も足りないので許可を取らずに「私は人を殺しすぎたせいで一回ここをクビになってるんですよ」とか「外での生活にもう一度戻りたい」など、自分でも驚くほど冷ややかな声で脅しを行った結果、やはり裏にはアラン機関、吉松シンジがいる可能性が高いことがわかった。

 

……かつての自分なら許可を取らないこと、外の生活がいいこと、全部あり得なかった。

それもこれも千束たちのせい。

 

まだまだ足りないあの日常を取り戻すために、自分にできることは何だってしてやる。

まだまだ知らないことを教えてほしい、そのためなら手段なんて問わない。

そして、いよいよ真島のアジトに潜入するときが来た。

私たちの部隊の耳に別部隊からクリアの報告が順次入っていく。

そして私たちも警戒しつつ突撃して、無力化、もとい殲滅しようとするが、そこには人影は見られなかった。

サクラの「逃げられたッスねぇ」という言葉とともにクリアの報告を出そうとするが、それは妨げられる。

 

『よう、随分なご登場だな?』

 

突如、奥の方に見えるスクリーンに真島が投影されたからだ。

画面越しだからか、それとも歴戦の戦争屋だからかその顔にも声にも余裕が漏れている。

見ているだけでも気分が悪い、コッチは時間も余裕もないというのに……!

 

だが、その余裕は命取り。

司令が何でもない、一見意味のない話をしているが、ラジアータを駆使して発信元を特定するための時間稼ぎでしかない。

ただその会話の中にも何かヒントがあるかもしれないと耳を立てていると、気になる話に変わる。

 

「悪党はお前らだろ? ……それにここには一人で潜入してきた囮がいたはずだが、ソイツは一体どうした?」

「あー……あの白髪のちっこいのか!」

「あいつは中々に潜伏が得意なはずだが、どうやって発見した?」

「んなことどうだっていいだろぉ? 問題はそいつがどうなってるかって話だ……おおっと心配するな? 死んじゃいねぇ。ただ不法侵入者として丁重にお持てなしさせてもらっただけだ」

「鈴仙ッ! 鈴仙はどこにいるっ!?」

「戻れ、任務中だ」

 

真島の発言に思わず前に飛び出してしまう。

司令に命令されるが、リコリスである前に、友人を心配する一人の人間としていてもたってもいられなかった。

 

「おお、黒い方! 久しぶりだなぁ、お前はこっちに戻ってたのか……」

「鈴仙っ! 鈴仙はっ!?」

「おうおう、落ち着けぇ、大丈夫だっつってんだろ。今は別の場所にいるから元気な姿は見せられねぇが、そんな心配ならさっさと助けに来てやってくれ?」

「……どうやら、その様子だと失敗してくれたようだな。だからといって作戦に支障はない。覚悟するんだな真島」

 

こいつの言葉を信用するのもどうかと思うが、だからといって鈴仙を助けようとしても居場所もわからない今はどうすることもできない。

だからといっておとなしくしてもいられない。

私は会話を引き延ばすように、有益な情報を入手するために続ける。

 

「吉松はどこっ!?」

「お前もヨシさんか、人気者だねぇ!」

「私はあなたに興味はないっ! 吉松の居場所を……」

「俺もお前の方には興味ねぇよ。ま、ゆっくりしていってくれ。じゃあな」

「待てっ!」

発信元の完全な特定に失敗。

鈴仙が捕まっていることを仄めかす発言。

ただし、真島の言葉を信用するなら無事であるようなのでそこは不確定要素ではあるものの安心した。

だか、ただでさえ千束のことで一杯一杯であるのに心配事は増えるばかり……

 

そしていよいよオープンセレモニー当日、同時に真島討伐のため緊張がはしる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Chisato side>

 

テレビの電源が消え、冬だから外の音も静かで、ほのかな照明の明るさが楽しくて上がった気分を落ち着かせる。

ミズキたちと別れて、もうこの場所ともお別れの準備をしなくちゃいけない。

今まで大事に使ってきた私物たちを箱に詰めていく作業中、ふと記憶がよみがえる。

私がまだ小さい頃、先生が若い頃の写真が厚い表紙をめくると現れる。

次々にめくっていく。

昔飼っていた柴犬のリキとの写真、鈴仙が来て初めて妹ができたとはしゃぐ私、先生のコーヒーが苦くて舌を出して渋い顔をする私とそれを見て笑う二十代前半のミズキ………………最後の方にはたきなも含めた集合写真。

まだ一ヶ月は生きる予定ではあるのに走馬灯のように在りし日の幻影が鮮明に脳内再生される。

……楽しかったなぁ。

 

「ねえ、先生……これからどうするの」

「まず明日は不動産屋だな」

「そうじゃなくって……アルバイトとか雇ったりして続けないの? 鈴仙もいるし」

「……続けない」

「どうして?」

「……千束がいたから楽しかったんだ。いなくなったらつまらない。辞めるって言うなら店も終いにするさ」

 

コーヒー豆をしまうその背中には哀愁が漂っていた。

 

 

****

 

 

日の光も消え、ロウソクのような暗いくらいの光が窓ガラス越しに見える。

外の気温も白い息が出るほどだ。

今日が最後というわけじゃないのに寂しい気持ちがどんどん大きくなる。

どうせならみんなで閉店祝いに~乾杯~! とか言って、まだ飲めないけどお酒とか飲んで、おいしいもの食べて、酔っ払いを介抱したりして、しんみりとした雰囲気じゃなくて楽しく終わりたかったなぁ。

先生に呼ばれて施錠の準備をする。

 

「この店とも、ちゃんとお別れしないとなぁ……」

「……あまり、無理するな」

「さすが先生、何でもお見通しかぁ……そりゃ、寂しいですよ」

「……コーヒー、どうだ?」

 

昔と変わらない不器用さで、でも愛情のこもったその言葉はやっぱり嬉しいな。

 

 

****

 

 

不動産屋さんに行ってきた。

先生がいろいろな手続きを済ませたが、すぐに売るわけでも、私たちが離れるわけでもないのでそのままリコリコに帰ってきた。

 

天気は晴天で引っ越し日和!

それに一般の人は待ちに待った延空木のお披露目も今日だ。

お店は閉めちゃったから今日は注文を取ることなくゆっくり過ごせそう……カランカラン

 

「ちょ、店の前の張り紙何よっ!? 閉店しちゃうの?」

「いやぁ、ちょっと私用d……」

 

ゆっくり過ごせ……カランカラン

 

「マスターッ! 閉めちゃうのかい!?」

 

ゆっくり……カランカラン

 

「閉店なんてやめようよ!」

 

ゆ……カランカラン

 

「マジでぇっ!? どうしたんだ急に!?」

 

つ、つかれたぁー……

私と先生だけなのにいつも通り常連さんがやってきて、閉店を悲しみ、抗議するため一向にゆっくりできなかった。

でも、なんかうれしいなあ……

 

太陽も空高く登り切り、いよいよ延空木のオープンセレモニーが始まる頃合い。

多くの人がその話題に夢中である一方、私は先生の指示を受けて店の倉庫の高い場所にある荷物を下ろす。

足の悪い先生に無理させないようにとミズキに言われるまでもなく手伝うが、長年触っていないのか埃被っていた箱を持ち上げた瞬間埃が舞い上がり、思わず咳をしてさらに舞い上がり……そんな散々な状況で先生に文句をつける。

 

「いつから触ってないのよぉ……ライフル?」

「いいや、武器じゃない……お前のだ、開けてみろ」

 

先生が布で丁寧に埃を払い私にその木箱を渡す。

私の物といっても細長いような形状の箱に何が入っているのだろうと皆目見当がつかない。

年代物かと恐る恐る慎重に開けるとそこには温かな色合いの白い着物が収められていた。綺麗に輝いて見えるその初めて見る絹に一度も手を通したことがなく、疑問を浮かべる。

 

「着物……?」

「そう、お前の晴れ着だ。……成人式にはちょっと早いがな……お、おい……!?」

 

うれしい!

その感情が胸の奥底からあふれ出す。

抑えきれないその感情のせいで先生の胸の中に飛び込む。

今もなお収まらない喜びが頬を伝って先生の服を濡らしていく。

 

成人できるかわからないのにその着物がずっとこの場所に眠っていたってことは、先生が昔用意してくれていたってことで、大人になるって信じてくれてたってことで……

その何年も前の贈り物(想い)が今私の手に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Mika side>

 

「先生! ご感想は?」

「素敵だよ……すっかり大人の女性だな」

「いやぁ~…………ありがと、せんせ!」

「お前に感謝されることなど何もできなかったさ」

 

着物を着て大人の階段をまた一段上った気がするその顔は、目元が少し赤くはれていた。

その代わり、とびっきりお天道様みたいな笑顔だった。

千束はうれしいと喜んでくれるが、私は心の片隅に複雑な気持ちがある。

……もう千束には時間がない。

たきなが自ら DA への復帰を打ち明けたように、私もその気持ちを、シンジとの過去を今打ち明けるべきだなと覚悟を決めた。

 

「千束……シンジのことで話すことがある」

 

初めて出会ったとき、千束のことなんか都合のいい道具のようにしか見ていなかったこと。

私がシンジに手術を頼んだのは利益のためだったということ。

だから千束の命はリコリスの現役期間だけでいいと思っていたこと。

そしてそのときのシンジと約束について……私は深く息を吸い込み、覚悟を決めて口を動かす。

 

「……彼女を最強の殺し屋として育ててくれ、と言われたんだ」

「うそ……うそうそ。だってヨシさんは人を助ける救世主だって……。じゃあどうして……?」

 

俯いたまま無言を貫く。

千束にとって受け止められないような重い話だったから……

 

「言えなかったッ! お前の中でどんどん大きくなっていく彼への憧れは、いつ消えるかわからない命の支えの力となっていたッ! いつしか生きる希望そのものとなっていたそれは眩しく、儚い……!」

 

ただの言い訳だ。

今の千束を見ればわかる、もっと早く打ち明けるべきだったことくらい。

その方が今みたいに苦しまず、悲しまず、ラクになれたはずだ。

でも怖かったんだ、娘に嫌われるのが怖かった、崩れ落ちた憧れのせいで死に急いでしまうのではと、怖かった

……!

 

「言った方がよかったのか!? お前の生き方は間違えだッ、殺しを続ければシンジはまたお前を助けてくれるとでも……言えばよかったのか!? 教えてくれ……千束……!」

 

ついにすべてを話しきった。

嫌われても仕方ないとわかっていても震えは止まらない。

精神は少年からまるで変わっていない。父親らしいことは何一つできなかった。

こんな不純な私は父親であるべきではなかった……そう考えて心を裂こうとしたとき、千束の言葉が聞こえた。

 

「……私に決めさせてくれてありがと。それ聞いてたら多分私は負けて、仕方なくリコリスの仕事して、嫌なことは全部先生とヨシさんのせいにして……そんなのぜっっったいに嫌。それにこの仕事もこのお店の全部私が決めたこと! その話を聞いても私のしたいようにやらせてくれた先生とヨシさんへの思いは変わらない。二人とも私のお父さんだよ……。それが一番嬉しいって感じがする」

 

慰めではない、本心からの言葉に不甲斐なさが、情けなさが、眼から流れ出す。

 

「すまない……」

「ほらも~先生泣かないで! ……この千束はどう? 好き?」

「ああ、ああ……! 自慢の娘だ……!」

 

窓からこぼれる太陽の光が千束をより綺麗に華やかに照らす。

着物を、今の自分自身を見せつけるようにクルクルと回る彼女の姿は、儚い幻影などではなく、眩しいくらい光を放つ太陽そのもので、私の愛する娘として実にしっかり地を踏みしめていて、喜びが頬を伝った。

そんな彼女を見て全てをこの子のために尽くせると思った、最愛の恋人を手にかけようとも。

 

 

****

 

 

先生がコーヒーをとって置いたカップに注ぎ入れ、そのまま奥の部屋に片付けの続きをしに行く。

そのとき、表から声が聞こえてきた。

 

「すみませーん! 宅急便でーす!」

「はいはい、今行くのでちょっと待っててください。……千束、頼んだ」

「ほいほーい。お仕事ご苦労様~! うわっとおもっ!?」

 

引っ越し前みたいな状態なのにここに配達なんて何だろうと疑問に思いつつも配達の人から割れ物注意の印がある段ボールを受け取る。

先生も心当たりがないようで杖をつきながらゆっくりこちらにやってきた。

 

「先生の?」

「いいや? ……開けてみるか」

 

そう言って巻かれたテープを剥がすと黒いアタッシュケースのような物が出てきた。

その物を見て先生の目が変わり、額から汗がにじんでいた。

 

「やっぱり先生のなの?」

「どうやら、そうみたいだ……」

「誰から 誰から!?」

 

私は気になって尋ねるが先生の顔は何だか怖い。

先生の手によってゆっくりとその中身が露わになる。

その全貌を見た瞬間、私は周囲の状況を確認できないくらいの混乱に陥った。

 

「なに……これ……」

「……」

 

それは金属のようなものでできた、握りこぶし大の、管がついた…………

 

 

人工心臓だ。

 

 

****

 

 

私が最初に感じたのは喜びではなく、疑問、疑念、驚愕、不信感、そんな嫌なものだった。

今まで使っていた自分の人工心臓が壊れて割とすぐのことだ。

先生が教えてくれた、ヨシさんとの約束を知ってしまった今、素直に救世主さんからの贈り物だと思うことができず、実用に足る人工心臓なんて作れない、作るにしてもアランチルドレンが何とか四苦八苦してその先に作り出されるモノ、そんなものが今目の前にあるのが理解できなかった。

 

ただし、箱の中に入っているものはそれだけではない。

そこにはメッセージカードが一緒に入っていた。

 

『おめでとう千束。

君の新たな人生の始まりは、

(ちさと)の死によって完成した。

君の幸せを心より願う。』

 

その紙には斜線で修正された後があり、余白には『優曇華院より、愛を込めて』と走り書きされていた。

この優曇華院とは何なのか、(ちさと)の死によって新たな人生が始まったとは何なのか、救世主さんからの贈り物なのか、何もかも疑問で理解できなくて、自分が後もう少し長生きできるかもしれないことに喜び以上に驚きがやってくる。

 

それでも、私の今の心臓を、もしヨシさんが何とかしてくれようとして送ってきてくれたのだと思うと嬉しさが徐々にわき上がってくる。

 

「……先生、コレって」

「……アラン機関のものだ」

「やっぱりヨシさんからだよ! やっぱり私のこと、ヨシさんも認めてくれてたんだ! こんなことだったら閉店なんて言わなきゃよかった~……」

「だが、これを送ってきたのは……」

 

先生が何かを答えかける、しかしそれはお店の固定電話からの音と外で鳴り響く警報で遮られた。

先生は固定電話の受話器を取る。

同時に私の電話からも着信の音が聞こえる。

それは以前のようなたきなの三分間クッキングの音楽ではなく、現在のたきなと同じ通常の無設定の着信音。

久しぶりに声を聞けること、閉店しなくて済むこと、もう少し長生きできることを早く伝えたかった。

だからすぐに携帯を手に取り、たきなではない誰かからの着信であることを知った。

少し警戒しつつ、画面を見た。

 

 

そこには縄で拘束されている鈴仙とヨシさんがいた。

 

 

****

 

 

私の携帯の画面には鈴仙、そしてヨシさんが拘束されている様子が映し出された。

固定電話からは楠木さんの声がする。

 

『今すぐ本部に来い。我々と一緒に真島を討て』

『お前が延空木に近づけばこいつらの命はない』

『お前のようなリコリスが必要な状態だ。多くの命がかかっている』

『お前のようなリコリスに来られると都合が悪いコイツら二人の命がかかってるんだ』

 

『変なことするなよ? ずっとお前らを見ているからな』

 

通話が終わる。

外を見上げると十に及ぶと思われるドローンがこちらを監視していた。

先生が苦しそうな声を出す。

 

「……罠、だろうな」

「でも! 見殺しになんかできない!」

「……ああ、鈴仙を、助けにいこう」

「鈴仙だけじゃない、ヨシさんもだよ」

「だが! 話したろう……シンジは」

「鈴仙には!! …………勝手に消えて勝手に無茶して言いたいことがいっぱいだし、ヨシさんも……先生のこと疑ってるわけじゃないけど、心臓を、チャンスをもう一回くれたってことは何かあるって、そう思わない? だからちゃんとヨシさんと会って直接聞かないと、でしょ?」

「……武器庫の弾丸が処分できそうだな? ありったけ持ってこい。 延空木はたきなとフキに任せよう。あの二人も私の優秀な教え子だしな」

「うん!」

 

そうだ、二人とも私の大切な人たちだ。

罠だろうと何だろうと乗り越えて助け出す!

延空木は日本の治安を維持して平和を守るみんなに任せて、私は私の大切な人を助け出して守りきってみせる。

 

私は着物を箱に収め、アタッシュケースの隣に置く。

この二つは二人のお父さんからの贈り物。

未来の私に内側と外側に必要なもの。

だけど今は今、すぐには必要ない。

それらを置いて、私はリコリスの赤を纏う。

戦いに必要なものを身につける。

 

すぐ助けに行くから……待っててね、鈴仙、ヨシさん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Majima side>

 

目の前にさっき捕まえたアランのヨシさんと女がいる。

なぁに、うちのロボ太にかかれば居場所の特定から襲撃の手はずまで簡単なことよ。

んで尋問にかけたんだが……

 

「……おまえらの関係は大体把握した。……悲しい勘違いだな。憧れのヨシさんがこんなヤツだと知ればどんなにがっかりすることか……心底同情するぜ。まあ、おかげで俺は電波塔で命拾いしたわけだが。……だが、気にくわねェことがあったからって手ェを出すのはアランのルール違反だろぉ? 大丈夫なのかぁ?」

「……彼女が道を違えたのは私のミスだ。責任を果たす」

「ははっ! 答えるつもりもねえか! ……俺もアイツと同じだ、思うがままに生きてる。だからここで思うがままにアンタをぶっ殺すかもだ」

「それがアランのためというのなら、喜んで命を差しだそう」

「気色悪ぃやつだ……おまえら DA と同じだな。こそこそ隠れて自分勝手に正義を振りかざして裏で操ろうとする……DAの後はおまえらだ、アラン機関」

 

ってなわけで収穫はなしだ。

今のうちに情報を手に入れたかったがうまくいかねえもんだなぁ。

床に寝そべってる女も口を割らねえ。

それに延空木のオープンセレモニーまであとわずかだ。

こんなところで道草食ってるわけにもいかない。

 

「……質問をいいかな?」

「ああ゛ん? 俺たちのには答えねえのに答えるとでも思ってんのか?」

「君と、君の隣にいる……鈴仙ちゃんと個別で話がしたい」

「そんなの勝手にし………………めんどくさい野郎だ。おい、解いてやれ……」

「で、ですが!」

「問題ねえ、さっさとほどいて連れてこい」

「は、はい!」

 

狂ったあげく面倒くせえヤロウだ…… こうなったらとことん利用してやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Reisen side>

 

「鈴仙ちゃん、あのケースは……」

「さあ? 真島は後で持ってくるとかいってましたけど」

「それはよかった、あれは大切な物だからね」

 

私とシンジさんは拘束された状態で電波塔に囚われていた。

あの一時的に縄をほどいてもらったとき、吉松さんは千束に殺してもらえるように胸を切り開き、心臓を捨て、人工心臓を入れ、縫合したと私に教えてくれた。

一瞬衝撃が走るが、私はそんなことで騙されない。

真島も興味なさそうに横を向いている。

というのもやはり人工心臓を持っていたかという安心感と、吉松さんの鼓動を聞き取れたためである。

とんだ茶番劇だ。

 

隙を突いて別のアタッシュケースに中身を入れ替え、銃などを重りとし、本物は千束のいるところへ郵送した。

とはいえ、現在のこのきっちりと縛られた状態はきつい。

こんな状態で吉松さんは雑談もとい……暇つぶしをしていた。

 

「それにしても、君には驚かされてばかりだよ」

「と言うと?」

「わかってるだろう? 君自身がアランチルドレンだったことも、真島君のところにいたこと、私を見つけるために手を結んでいたこと……それと私と同じ考えだったというところもね」

「……ミカさんも好きですが千束の方が好きですよ」

「ははは、どうやらそのようだ。しかし、そうではない。もっと本質的な、千束の才能を世界に送り届かないといけないという思想の話だよ」

「違います。たまたま行動が被っただけで……私としては真島と協力関係に持ち込んだアナタの方が驚きです」

「それは君も同じだろう、鈴仙ちゃん?」

「だから協力してないって言ってるじゃないですか。……真島が仲間みたいにしてくれたことなんて貧血でぶっ倒れた私に輸血パックをくれたことくらいだよ……。他は交換条件ってことで移動時に周囲の状況がわからないようにノイズキャンセリングされて……ってヘッドホンは貴方のせいだったね」

「優秀なアランチルドレンだからね、評価した結果だよ」

「私は……?」

「もちろん……私は君も評価しているよ。千束の相棒としてね」

「はあ……」

 

真島を褒めているのか、それとも私のことを皮肉っているのか、どちらにせよこの状況を良くする術は今のところ私にはない。

現在、周囲にあるのは私たちを拘束している縄、吉松さんが座っている椅子(私の分も用意してほしかった…… こんな扱いの差ひどすぎる!)、そして未使用の銃弾とハンドガン、その他諸々。

全て吉松さんの物で私が持っているものはヘッドホンのみとは…… まさか真島がこんなに融通の利かないやつとは思わなかった。

私の要望はほとんど通らず、私専用武器は奪われ、自衛手段がない、この格差たるや……

 

「鈴仙ちゃん、君の才能は、使命はなんだい?」

「……千束が来たら、教えてあげますよ」

「それは楽しみだ」

 

来ないでほしい。

そう願っても来てしまうんだろうなぁ……千束は。

 

 

****

 

 

そろそろ、延空木の催しが始まるのか、下の方からざわめきが聞こえてくる。

そしてカウントダウンが始まる。

0の声と同時に真島の中継が始まった。

それは日本の古い秩序が壊され、混沌がもたらされ、新たな秩序が形成されようとしているということで、つまり、真島の目的のひとつである「DAの壊滅による均衡(バランス)の再構築」のための行動が本格的に開始されたことを意味する。

 

見せかけの平和は街中に鳴り響く銃声によって崩されていく。

鉛玉によって肉から鮮血が流れ出ることで、それを皆が見ることで、いい意味でも、悪い意味でも変化が訪れる。

私は銃弾が肉を穿つ音が嫌いだ。

発砲音も不快に感じる。

でも耐えられる、我慢できる。

ただひとつ、我慢ならない音は、人が人でなくなるときの音だ。

 

そんな音が街中に響き渡る、そう考えただけで空っぽの胃が嫌悪感を吐き出そうとする。

でも、私の覚悟はそれでも揺るがない。

銃の反動を感じる、それだけで苦しくて死にそうになる自分と他人は今日で終わりにする。

私が私の好きな人と、その人の大事な人を生かすために。

 

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