<Reisen side>
体中にしがみついてくる亡者の群れが殺せ、死ね、疾く去ねと恨み辛みを容赦なしに吠える。
その凶器は私の心の傷に深々と突き刺さり、抉り、潰し、痕に塩を塗り込む。
魂が悲鳴を上げているのに私以外みんな死んで、ヒトリシズカ。
そこに新たに加わった赤い影。
「どうしてっ! どうしてこんな酷いことするの?」
ごめんなさい……!
「私とずっと一緒って言ったよね?」
ごめんなさい…………!
「どうして約束を破ったの?」
ごめんなさい!
「鈴仙なんて……嫌いだ」
ごめん……………………ごめんなさい…………
その悲しい声に対して喉から血反吐が出るほど許しを請う。
それでも一切止まらないその声に、言葉に何か糸が切れた。
死者が私を引きずり込もうとして、生きる理由を失い、生への執着を諦め、その玉の緒を離そうとする。
手を離した瞬間、地獄に通ずる奈落へ、引きずり込まれる。
これで楽になれる、罰が罪悪感を忘れさせてくれる。
そう思っていた。
一筋の光が私の手をつかむ。
手に暖かさを感じ、上の方を見上げると眩しくて何も見えない。
なんで、どうして!
千束がいない世界に意味なんてない!
そう願っても手が離れない。
どうやら救世主はまだ私を生き地獄に縛りたいらしい。
私がその手を振り払おうとして、何か声が聞こえた気がした。
視界がどんどん眩しくなって……「ずっ しょ や く!」
そうか…………やくそく、だもんね
<Takina side>
静かな空間に響く銃声。
火薬の微かな香り。ケースに穴が開く。
そこに千束の心臓を壊した女も吉松も、鈴仙もいなかった。
代わりに鮮やかな赤色に目を奪われる。
笑顔で安らかに眠る、柵に居る少女。
赤い液体が止めどなく溢れ、全て彼岸花色に染まる制服と絨毯を見て絶望する。
怒りと悲しみに狂う。
鈴仙を追え、吉松を殺せと感情が殴りつけてくる。
その感情に脅迫され、吉松を追いかけ、仕留めれば生き返るのか。
どす黒い感情のままに行動すれば良いと、全身が訴えかけてくる。
千束、どうしてこんなに血が出ているのか。こんなにも安らかな表情なのか。
私はどうして一歩間に合わなかったのか。大事なものを他人が奪っていくのか。
何もかも失い、絶望し、感情渦巻く中、こんな悍ましい光景を否定したかった。
二人が死んでない、まだ助かると思いたかった。
だから私はその彼岸花を踏みつけ、赤の中に入った。
温もりを感じる、呼吸を感じる。
生きているのを感じる。
気絶しているだけだとわかり、安心して、嬉しくって、涙があふれた。
磔のように柵に固定された腕からは心臓の脈を感じない。
でもほんのり赤みを帯びているその肌は、血が通っていることを示す。
呼吸は安らかで、安静時と同じだ。
私は千束の拘束を解き、銃弾が撃ち込まれたと思われる場所を確認する。
そこには、赤い液体はべっとりついているものの、傷口一つない。
千束の胸にかかえられたケースを開けてみる。
開けた瞬間カランと金属音が鳴り、目を向けると銃弾が落ちていた。
穴の開いたケースに目をやると千束側には穴がなく、中に入っていたのは破れた輸血パックだった。
安堵と途切れた緊張は私の感情を増幅させ、銃弾の転がる音と千束の声が前に体を動かさせる。
「なに……してんの……?」
「……何でもないです」
「もしかして、泣いてる?」
「泣いてないです」
目覚めた千束の声を聞き、その胸に抱きつく。
心臓が聞こえない、でも生きてる。
殺意で冷め切った心が温かさを取り戻していく。
<Chisato side>
目覚めて早々たきなの熱烈タックルを受け、その周りはむせ返るほど血の匂いで満たされているこのカオスな状況にふらつきそうになる。
「そう言えば
「ちょ、ヨシさんイコール心臓みたいにいうんじゃない! それにその、必要ないんだ……」
たきなの言葉に思わずギョッとしてしまう。
もし私が動けない状態でたきなとヨシさんが鉢合わせていたらと考えると……恐ろしや。
とにかく、たきなに説明しようとして、なんか騙してたみたいで理由を言い出しにくくゴニョゴニョと尻すぼみしてしまう。
「千束が必要じゃなくても、私は……!」
「そうじゃないの……もう、持ってんのよ」
「持ってるって……」
「……人工心臓、もう手元にあるんだ」
「……はい?」
鳩が豆鉄砲食らったときより面白い顔してるたきなの返事は近くを飛んでいるヘリコプターの羽の音でかき消されそうになる。
近くを飛んでいるだけかと思ったらさらに近くに、寄せてきた。
ヘリコプターのドアから見覚えのある小さな仲間が声を張り上げていた。
「おーい! お前ら無事かー! ミズキがうるさいから早くこっちこーい!」
****
運転手のミズキ、情報担当のクルミ、そして私とたきながリコプターの中に集結する。
「うわ、お前ら血まみれじゃないか!? どうしたんだ!? めっちゃ生臭いぞ」
「乙女になんてことを!」
「私はすでに鼻が終わってるのでわかりませんが……そんなに酷いです?」
「実際かなり血生臭いわよぉ、物理的に」
「ミズキまでぇ……!」
軽々と鈴仙を背負って乗り込むと乗員から苦情という名の罵詈雑言が乙女としてのプライドを削る。
しかし血糊がベタベタするので早く仕事後のひとっ風呂に入りたいのも事実。
さっさと終わらせて帰ろうと鈴仙を隣に乗せ、ことの詳細を話した。
「はぁそゆこと! 帰ったらクリーニングだなこりゃ、出費嵩むわぁ……」
「あ、でもでもでもでもぉ、私一回殺されたからもうリコリスとして活動しなくても……」
「なぁにいってんだ。DAがあの現場把握してないとでも?」
「ちぇー……」
「まあワンチャンあったかもね~。でもそれだけみんなお前の生還を待ってたってことよ?」
「そう言われると悪い気はしない……かな? ってどうしたたきな、そんな難しい顔して?」
「いえ、ちょっと状況整理してただけです…………つまり、リコリコに心臓が届いて、帰ったら手術するってことで合ってますか?」
「ようやく理解したかね? たきなくn……あっ、はい、すみません、そうなります、はい……でもでもでもぉしょうがなかったんだよぉ、だってロボ太にヨシさんと鈴仙人質にしたって脅されてェ!」
大まかな事情を説明し終わってもたきなは冷ややかな目で私を睨む。
嫌われてしまったのかと思い必死に弁解しているとため息が聞こえてくる。
「全く、ひどい人です、千束は」
「よかったじゃないか、千束と一緒にいられて。ボクたちは取り越し苦労だったが」
「私のムキムキ返してくれないかしらぁ?」
「ほんとゴメンってば~! それに主犯は鈴仙だから!」
クルミとミズキにも半分ジョークで不満を言われ、私は泣き真似をする。
やれやれと首を動かすクルミが口を開く。
「まあ、大体の事情はわかった。もちろん、詳細は追々しっかりと尋問するとして……吉松と鈴仙はどこ行った?」
「わかんない。……目が覚めたらどっか行ってて」
「そうです、鈴仙にもたくさん話が……何の目的であんなマネしたのかとか聞かないといけません。どこまでが真実だったのかとかも……」
「……まあ言えることは鈴仙は私を殺したりしないよってことかな、絶対に」
「なぜそこまで信頼して……知ってたんですか?」
「ううん、でも約束だからね」
「それってどういう……」
「すまないが悠長な話は後で、今はそれどころじゃない。……DAは延空木のリコリスを処分するつもりだ」
クルミのパソコンからテレビのライブ中継が流れる。
そこには延空木に取り残されているフキ、サクラ、その他リコリスの姿が映っていた。
「……フキたちがヤバい!」
****
ミズキの説明を聞いてはっとリリベルのことが頭をよぎる。
大変なことになったと頭を抱える。
「昔は店まで通い詰めて千束にアタックしかけてたもんねぇ。全部突っぱねてたらしいけど」
「おいおい誰から聞いたそれ? 「おっさんから」その言い方は語弊を招くだろ……ラジアータは?」
「ロボ太が攻撃して使いもんにならない」
さらに頭を抱える。
リコリスの存在がバレたからこんなことになっている、つまり隠蔽できれば問題ないと思ってたのに……
今まで日本の治安を維持するために必須のAIがポンコツと化してるのなら情報を隠蔽することもできない。
しかし、そんな私が唸ってるのを無視してクルミは話を続ける。
「……これを延空木の制御室に差してこい。後はボクがなんとかしてやる」
「でもラジアータが無理なら偽装も……」
「ああ、そんなポンコツ……
ウォールナットに任せろ」
クルミの非現実的な言葉が私を突き動かす。
世界最高峰のAIをポンコツと一蹴りしてしまうその言葉は虚勢にも見える、しかしその自信は実力の裏付け。
謎多きリコリコのハッカーはメンバーの誰よりも小さいが、今の背中は誰よりも大きく感じた。
信用してるから私たちは迷うことなく延空木に足を踏み入れた。
<Reisen side>
体の頭、目、足先、至る所から嫌な汗を流し、鼓動が煩いほど激しく鳴り響き、嗚咽を漏らしながら私の目は覚める。
自分が生きていることに対する気持ち悪さ、死んだ人に対する吐き気がするほどの罪悪感が食道を上り、出しても出しても出し切れない。
これがいつも通りの私だ。
ことあるごとに記憶がフラッシュバックし、殺人が魂を切り裂く。
目が開いた瞬間、私の瞳に映るのは一面の赤黒く染まった花。
自分を見てもその赤色に染め上げられた穢れた両手、赤を吸い上げた白いシャツが目に映る。
自分が撃ったことによる惨状だと認識してただでさえ至る所から嫌な汗を流し、鼓動が煩いほど激しく鳴り響き、嗚咽を漏らす体が、感情が、魂が悲鳴を上げる。
私が殺したんだ、大切な人を。
夥しいその光景を見て自分が悍ましく、吐き気が喉まで昇る。
意識は耐えられずに朦朧として、また悪夢に逃げようとする。
無意識は銃を体に突きつけようとする。
悪夢の中なら、死後の地獄なら、あそこならみんなが私を痛めつけてくれる、罰を与えてくれる。
それだけ辛いのに、表面的に罪悪感が拭われるからそこに逃げ込みたかった。
でも、まだ逃げるときじゃない。
やるべきことが、ある。
私の皮膚に伝わる暖かさが、千束がそう教えてくれる。
「……約束、したもんね」
亡き人々の悲痛な声が私を押しつぶし、胃がひっくり返りそうになる。
しかしそれを無理矢理押さえつけて死ぬほど重い体を持ち上げる。
弾がきれてスライドも引き金も動かないその銃をようやく手放す。
奇妙な悪夢から覚め、千束が生きていることを実感する。
それでも、私が撃った弾丸を千束に向けたのには変わりない。
その行為はずっと自分を責め続け、涙が流れ出る。
それでもこれが最善だった。
後悔なんてしてやるものかと、一歩、また一歩と足を前に踏み進む。
まだ終わりじゃない。
****
「異変の元凶をとっちめないと……ってか? リコリス?」
電波塔の中、足を一歩ずつ踏んでいると、声が聞こえ、それが歩みを止めさせる。
そこには切れたワイヤーを散らし、待ち構える人物がいた。
先ほどまで何の音もしない静かな空間だったのに、先に見つかるとは最悪だ。
「確かに、ここでアンタを捕まえれば一件落着ってね」
「仲間を裏切るなんて罪なやつだな」
「千束のこと? それともアンタたち? どっちでもいっか、私たちは利用して、利用される関係でしょ。元から仲間じゃない答える義理もない」
「違いねぇ……だがこれも何かの縁だ。楽しもうぜ会話を」
ニヤリと真島が凶悪な笑みを浮かべ、そのまま背中を見せゆったりとした動きで階段の方へ動き出す。
本来ならここで仕留めたい、しかし真島の耳のせいで私の隠密は意味をなさない、それに距離があり私は丸腰だ。
攻撃の意思を示した瞬間に痛いじゃ済まない反撃がくる。
でも、私がしなきゃいけないことは千束の熱狂的ストーカー二人を近寄らせないことだけで、一人はもう遠ざけることに成功したからそれ以上焦る必要も頑張る必要もない。
話に付き合ってそれで終わるなら、残りわずかな寿命を延ばす心臓手術まで時間を稼げるなら問題ない。
千束は強いから万全の状態なら負けることなんてない。
だから次に繋ぐためにもおとなしくその後ろを淡々とついて行く。
「ねえ」
「なんだ?」
「どこまで降りる気」
「決戦にピッタリの場所だ」
真島が立ち止まり、手を大きく広げながら振り返った。そこはショウケースのような物以外にも赤い粉と銃が散乱していた。
「ここは……」
「お前の相棒と殺り合った、謂わば原点回帰だ」
ゆっくり歩いたせいでもう夕日が沈みかけるような時間。
天井が高く上側にしか窓のないこの場所は、確かに私と真島にとってピッタリの戦場だ。
うげぇ、本当に戦わなきゃいけないの?
心身がズタボロで早くおうちに帰りたいし、戦うにしても無手の私はかなり不利だ。
「本来なら俺の初めてを奪ったアイツと決着つけたかったが……今回は二番目のお前で勘弁してやるよ」
「うわ、キモッ! 主語が抜けるだけでこんな嫌な言い回しになるなんて……そんな怖かった? 子供相手に?」
「正真正銘化けもんだよ、オマエらは……」
「千束のかわいさがわかんないなんて残念な人。……それで、戦うんだったら私の武器、返してよ」
「ああ、この玩具のことか? 駄目だ。裏切者に返す理由がねえ」
「フェアじゃないと思うんだけど」
「いや、フェアだぜ? オマエにこれを渡した瞬間俺はお陀仏だろ? これでようやく血肉沸く戦いができるってもんよ」
「ブー!」
流石にすんなりと返してはくれなかったか……
近くで聞けば普通の人でさえ失神する恐れのある大きな音を放つあの武器、私も真島も耳がよすぎるが故に使われたら危険すぎる。
音を鳴らすためだけに作られたソレは私たちが離れていようと鼓膜を震わせ、過剰な信号を私の脳に伝える。
それでも上手く使用しない限り一発で失神することはないと思うけど……真島の凶悪な笑みが不安を煽る。
その真島が服のポケットに手を突っ込み、携帯を取りだした。
それを指で押すとタイマーのようなものが動き出す。
「何、ソレ……?」
「時限爆弾だ……延空木のな。ついでだが、今お前の相棒たちは延空木だ。電気を落とせばハッカーどもも手出しできねぇだろ?」
「ブラフ?」
「そう見えるんだったらそうなんだろうなぁ?」
つまり、千束のところに行かせないように時間稼ぎしてたら逆に千束の命を掴まれた。
私の考えを逆手にとられたこの状況に焦りが額から滲み出る。
こうなったら真島を倒すか、そのタイマーを止めるかでもしない限り千束どころかたきなまで死のカウントダウンは止まらない。
今まで距離を詰めることをしなかった私は危険を顧みずジリジリと無意識に距離を詰め出す。
「ソレこっちに渡してくれない?」
「ようやくやる気になったくれたみたいだな? それと誰が渡すか」
「どうしても?」
「……そんなにほしかったら、奪ってみなぁッ!!」
「うぐッ……」
真島が私に向けて音をとばす。
遠くから適当に撃ってもその武器では失神までは至らないし致死性もない。
しかし私の良すぎる耳は、指向性の強いその爆音を捉え、その音が身を突き刺す、銃より質が悪い。
脳に過剰に送られる信号が頭を揺らし、体が崩れ落ち、片膝をつく。
「なんだ? もう終いか? ……んな分けないよなぁッ!!」
「がっ……!」
真島が数秒おきに引き金を引く。
その度に音の弾が私の耳を貫き、蹌踉めかせる。
実弾だったら躱せたものを……距離が離れているため音の弾が壁となり、ダメージが蓄積されたこの言うことを聞かない体では躱せない。
なかなか効果的な使い方をしてくるじゃない……と減らず口も叩けない。
どんどん脳への負荷が蓄積され、このままでは身が持たない。
本当なら自分の最大の強みである耳を塞ぎたくはなかった。
でも今それが弱点なら……震える手を押さえつけ、音を防ぐためにヘッドホンを装着する。
真島が用意したアラン機関作成の遮音器は素晴らしいことに外界の音をほとんど遮断する。
小さな音ならほとんどすべて、大きな音でも半減くらいはしてくれる。
音の弾のみ頭に残るがそれ以外の音はない暗闇に近い世界。
ほとんど何も見えない……普通なら。
聞こえない分視覚が研ぎ澄ます。
周囲から放たれ、反射し、私の目に入る僅かな電磁波を頼りに何とか真島のいる位置を割り出す。
「いいのかぁ? お前の強みがゼロだぞ」
真島の口が動くが何を言っているのかわからない……
しかし真島が私の武器から自前の拳銃に持ち替え、私の肩に狙い澄ますのがわかった。
きっとヘッドホンの遮音の前ではその武器が効果的じゃないことに気づいたんだ。
そして引き金が引かれる。
拳銃の音は聞こえない。
でも私の体は半身に開かれ、そのすぐ横を銃弾が通過した。
驚いている様子の真島に向かって飛びつくように身を投げ出した。
体格差は圧倒的、でもこれだけ近づけば……
「終わりだよ」
私は一発、手を打ち鳴らし、敵の意識を刈り取った……かに思えた。
****
真島の身体が私に触れる前に仰け反り、倒れかけ、私の身体も慣性と自由落下により真島の後を追う。意識の波長を乱すことで感覚を狂わせ、最終的に意識を刈り取るこの技術はほとんど防ぐ手段はない。
あるとすれば、私のように事前に音を何らかの手段で防ぐか、あるいは……
仰け反った真島の頭が私の額に激しくぶつかる。
反りを利用したその一撃は重く、私を吹き飛ばした。
「……ぶねぇ。飛ぶとこだった」
「……くっ」
「お前、三半規管弱ぇな。バランスは大事だぜ? バランスを一瞬崩したら最後、形勢逆転だ」
膝や片手を床についてもふらつく思考は体の方向を不明瞭にする。
もう片方の手で頭部を押さえることで何とか意識を保つが、吹き飛ばされた勢いでヘッドホンは外れ、形勢逆転を許してしまう。
頭突き直前の真島の口には僅かに血が流れていた。
「舌でも噛んだ痛みで無理矢理意識を反らした……?」
「ビンゴ。残念だったな、後ちょっとだったのによ」
「ぜんぜん、残念じゃない」
「負け惜しみか?」
確かに、ここで倒しきれなかったのは体力的にも精神的にもキツい。
千束ならいざ知らず、私ではよけることができない距離で銃口の照準を合わせる真島。
絶体絶命と感じる状況でも問題はなかった。
何故なら今さっきまでヘッドホンをつけていたせいで聴覚がいつもより鋭く敏感に小さな音を拾う。
その耳が階段を駆け上がってくる二人の足音を捉えた。
「……チッ、足止め失敗か。この勝負は引き分けにしといてやるよ。バランスブレーカーのお出ましだ」
「私としては私の物、返してほしいんだけど?」
「わーったわーった」
警戒を緩めない真島がヘッドホンを拾うと代わりに私の武器を置いて窓の方へ動き出す。
もちろん、私は普通の銃なら躱せるため武器の方へ向かって距離を詰める。
真島の妨害も何のその、頬をかすめ、髪の毛を抜ける銃弾。
体をかすめ、囮を通り抜け、
私が武器を手にしたとき、真島はヘッドホンをつけ、窓付近に到達していた。
このまま逃がしたらまた私たちに付きまとわれる可能性がある。
でも私の音弾は真島には届かない。
どうしようなんて悩む暇すらない。
私は武器の音量をマックスにする。
これならもしかしたら届くかもしれない、真島を止められるかもしれない。
叶うかどうかもわからないけど、躊躇なんてしてられない。
照準を、意識の波長を合わせ……
……引き金を引いた。
指を僅かに動かせただけなのに、私の脳が爆ぜるくらいの大爆音が耳を劈き、私の意識は飛んでいく。
顔が下がるときに見えたのはドアを蹴飛ばして飛び込んでくる私の大事な人たちだった。
<Mika side>
千束の晴れ着姿を見たとき、
失うことでもたらされる悲しみがある。同時に失うことで得られる幸せがある。
歩を止め、縋り、忘れていく幸せな過去。前を向き、手を取り、膨らむ幸せな未来。
私の腕は世界を幸せにするのには小さすぎた。
誰か一人だけの幸せを願うので手一杯だ、だが……
君が娘のために生涯を捧げるというのなら、私も娘のために生涯を捧げよう。
君が人殺しで全て幸福にするというのなら、私は人殺しで一人を幸せにする。
私の覚悟が鈍る前に……千束を任せるという言葉に報いるために、私たちの大事な大事な宝物を私の手で守って見せよう、愛する者を傷つけてでも。
そう思っていたのに……
「狂わせられたな……私もお前も、あの二人に」
<Yoshimatsu side>
私がアラン機関の一員となったとき、世界に才能を届けることが使命であり、そうすることで神に近づくことが自分の幸せなのだと信仰を捧げた。
不幸がなく、与えられた幸せを享受することで私の人間性は喪失し、信仰に従うことで崇高な精神へと高められた。
だから今もアランの信念を信じて疑わない、才能を届けることが善であると信じているし、それこそが世界平和のためにもなると確信している。
だが、千束やミカと会うとその考えがすべて正しいのかわからなくなる。
長く忘れていた
最初のうちはそのエゴをアラン・アダムスの理念に則って行動に移していたが……
愛おしさが規則を破らせ、会いたいと願っているのに、これ以上近づいてはいけないと警笛が鳴る。
その音はアランとしての自覚からか、それとも信仰が崩れ去ったと同時に自我もまた崩壊の一途をたどるからか、何故かはわからない。
確かなことは私が神に信仰を捧げているとき、アランチルドレンに支援をしているときにのみ神を通して世界中に幸福を届けられ、私に還元されること。
凡庸な私が直接幸せと愛を贈るなど何と烏滸がましいことか、ということだ。
だからあの二人の前にも偽物の愛しか贈れない。
そのはずなのに二人は私の信仰ではなく私自身に笑顔し、嬉しそうで幸せそうで楽しそうで……
高められた
だから私が私でなくなる前に、精神が崩壊する前に、
最後に私の命を持って世界のためになれれば……そう思っていた。
****
人工心臓が壊れた。
二度と手に入らないほどの代物の代用などなく絶望の淵に立たされる。
娘を失った。
神が授けた深紅色のワインが身から零れ、息絶え、高潔な魂が天に召された。
それは私が千束に肯定したかったことなのに、今はそれのせいで絶望に突き落とされる。
彼女がイエス・キリストのように神の子ならば復活してくれるのだろうか……否だ。
いつまで経っても底を見せることのない深い悲しみが世界をセピア色に変える。
その温かみのない世界を一人、刑罰執行前の罪人のように歩いていると前から杖の音が聞こえてくる。
「……シンジ」
その人に返事を返すことなどできない、顔を合わせることもできない、視界に入れることすら。
どの面下げて対面しているのか自問自答する。
その人の声が続く。
「……死んだんだな、千束は」
「……ああ、逝ってしまったよ」
ミカの目を見るとその瞳には涙と悲しみと、寂しさがあった。
その瞳がさらに私自身の過ちを自覚させ憔悴させる。
「お前がなにをしようと、この結末は、娘の親不孝は変えられなかった。そうだろう?」
「ミカ……違うんだ! 私が、私が……ッ!」
私が殺したも同然だ。
親不孝者? いや私が彼女を不幸にさせた。
そう言おうとする私をミカは壁に押しつけ黙らせる。
「それ以上言うな……千束は、長生きできたんだ、この10年間、幸せだったんだ」
「だが……だが……ッ! 私はもう……」
私が黙って心臓を渡していれば、殺しを肯定しなければ、鈴仙も、千束も、あんなことには……
それもこれもアランの規則を、神の意志を無碍にしたせいとでも言うのか……
彼女がアランの意志に背いて歩いて行くことを決めたのなら、少なくとも一度きりでいい、一度きり殺してくれれば後は自由になれるんだ、それだけで私は救われるんだ千束…………そう願うこと自体が過ちだというのか…………
ミカの腕に縋り付いた私の手は行き場をなくし、だらりと下に落ちる。
「無意味な信仰とあの子に縋る私を、どうして愚かだと怒ってくれない……どうして私を殺そうとしない」
「殺してしまったらあの二人に顔向けできないさ。……最後、千束はどんな顔だった」
千束の顔が鮮明に私の眼に焼き付き、娘を看取るなんてしたくなかったという思いで天を仰ぐ。
結局私の精神は崩れるほど高みにはおらず、人間性も隠しただけだった。
平凡なただ人間に戻った私は酷な現実を目の当たりにして、何もできなかった。
「寂しそうな……それ以上に幸せな顔をしていた」
「そうか……」
ミカが私から目をそらす。
眼鏡は夕日に当てられ白く散乱し、その奥の黒い眼が見えなくなる。
「情けないが子供の成長を親は手伝えない。親がいないところで大きく成長し、いつの間にか羽ばたいて飛んでいってしまう……世界を創造するのはその子供たちなんだ。彼女らの幸せの選択を邪魔してはいけない」
「あれを、あの最後を、あの子の幸せと認めていいものか……」
「それを決めるのもまた彼女たちだ」
それでも私は己の過ちを、許せない。
だが自身で己を罰したところで自己満足にしかならない、いくら自傷しても満たされない。
人の思いを受け入れることで初めて罪悪感が拭われる。
私の中で神が死んで人の思いをようやく受け止められる。
だからミカ、その手で私を殺してくれ、私のエゴに付き合ってくれ。
「私を殺してくれ、君の手で……」
しかしその願いは届かず、ミカの大きな背中が遠ざかっていく。
「駄目だ。そして私もまだ逝かない。今死後の世界に行ったら怒られてしまう」
「そうか……無理を言ってすまない」
それでも私の自殺願望は止められない、千束に会って話したい気持ちが止まらない。
だからここでお別れだ、ミカ。
「では私は君より一先ず先に行かせてもらうとしよう」
「……どうしても逝くというなら千束に晴れ着を持って行ってやってくれ。買ったのに着ないまま逝ってしまった……全てが終わったら受け取りにきてくれ」
「ああ」
そのまま背中が見えなくなる。
さよならも言わずに私の目の前から消えていく二人の家族に涙がこぼれる。結局、怒りもせず、罪を許さず、さよならも言わず、家族が消えていった。
さよならは言わない、現世だろうと黄泉の国だろうと二人にまたどこかで出会えることを信じて。
この身を捧げて、贖罪が終わったとき、皆が幸せに包まれることを信じて。
<Chisato side>
結局、延空木での一連の騒動は私たちの働きで収拾した。
そして真島とは何の因縁か、またしても完璧な決着はつかなかった。
私たちが制御室をなんとかギリッギリで奪還し、邪魔してくるフキになんとか対応して、クルミが何かよくわからん映像を配信し、一連の報道を延空木オープン記念アトラクションの報道であったとカバーし、事なきを得た ……と思ったら最後に停電するし、なんか真島はワイヤーから脱走してたし、鈴仙との一騎打ちしてたし、助けに行こうとしてもヘリコプターは墜落しかけて使えんし、エレベーターも停電中で予備電源の無い旧電波塔のいっちばんてっぺんまで階段で往復することになったし…………まあ、細かいところを話すとさらに長くなるが、なんやかんやあってリコリスの隠蔽に成功し、真島の行方は未だ不明という結果に落ち着いた。
そんなわけで私は花のリコリス、錦木千束。幼なじみ……ではないけど親友の井ノ上たきなと延空木の任務に行って、緑髪の男の怪しげな誘導に引っかかった。100階は優に超えるだろう階段を往復するのに夢中だった私は、
背後から近づいてくる疲労と睡魔、
私は気を失い、目が覚めたら…………
胸元が縮ん激痛に襲われていた!
心臓を変えても
心臓は、いつも一つ!
……まあ、痛いのは心臓置換手術のせいだけど。
そんなアホな妄想をしていると病室の扉が開く。
「千束、見舞いに来たぞ」
「せんせー!」
先生の手にはフルーツの盛り合わせがあった。
まだ 2、3 日しかたっていないのに私の甘いものを食べたい欲求は限界突破してかりんとうでもいいからと看護師さんにせがみたい気持ちでいっぱいだった。
「先生! ナイスチョイス! 早く私にこれくれくれ!」
「落ち着きなさい、今むいてやるから慌てるな、体に障る」
至極まともな意見だが私のお腹がキュルルとなる。
私が少しだけ顔を赤らめると先生の顔はどこかうれしそうだ。
「なに? ニヤニヤしちゃって……」
「いいや、何でもない……ただ元気そうでよかったと思っただけだ」
「乙女のお腹の音で判断するのはいかがものかと」
「すまんすまん」
「……なんか、救世主さんに助けてもらったときのこと思い出すなぁ」
「そうだな」
先生と二人きりで病院のベッドから眺める外の景色は雪だったな、今は晴れだけど。
「ヨシさんはどこ行ったの?」
「……きっとまた、才能を探しに行ったのかもしれない」
「そっか……もう、会えないのかな」
「生きていれば、いつか」
「そう、だね! ……ありがと、先生。……あーあ、もっと話したいこといっぱいあったんだけどなぁ」
****
少ししんみりとした空気が病室を満たすが、急にドアが開きその湿った空気が吹き飛んでいく。
「お~い、元気してるか~」
「どーせ元気よ、あのじゃじゃ馬は」
「誰がじゃじゃ馬じゃ!」
「ほ~れ見たことか」
「お、ミカもいたのか!」
クルミとミズキがこの無機質な場所を明るく変える。
病室にはやかましいくらいだがリコリコの雰囲気を感じて私も負けじと立ち上がろうとしてしまう。
もちろん、先生に止められたが。
「にしても危なかったわ、あの時少しでもクルミの仕事が遅かったら私たちどうなってたことか」
「お前らが乳繰り合ってんのが悪いんだぞ」
「誰が」「乳だなんて、卑猥、卑猥よぉぉお!」
「ミズキうっさい! てか見てたの!?」
「もちろん、このウォールナットを侮るなよ?」
「ミズキさんミズキさん、ここに盗撮盗聴のプロが!」
「んなの今更よ」
「あれぇええ!?」
この流れだとクルミに流れ弾が行くはずだったのに……
なぜか失敗して作戦はさておき、ここまでリコリコのメンバーが揃うと、残り二名ほど足りないのが気になる。
だからドアノックが聞こえた後、扉が開き、そこにいた人物に……
「あら、みなさんお揃いで、今いいかしら?」
「……なんだぁ山岸先生かぁ」
「なんだとは何よ。せっかく連れてきたってのによ」
「まったく、サプライズの仕方うまいんだから、二人とも」
そこにいた二人のリコリスに嬉しくて少しだけ涙ぐんでしまった。
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聞いたことによると私は移植とその他真島に負わされた怪我、たきなは打撲くらい、鈴仙は外傷は酷くはないらしく、代わりに元からの痩せと真島の時に居候?してるときに食べられず、栄養失調での入院らしい。
現在の経過はみな良好で山岸先生曰くそろそろ退院も視野にという状況だ。
みんな元気だからめでたしめでたし……というわけにはいかない。
「そんでなんであんな無茶したか一から十まで聞かせてもらおうじゃないの?」
「そうですね、勝手に心配させて……千束が血だまりの中寝てたのを見て死んだと思い心が張り裂けそうにいなったのですから説明は必要です」
「うぅ……」
説明を聞くと真相が明らかとなった。
「ああー、
「…………ございません」
「たきな裁判長! この重罪人はDAの情報を利用して真島のところに赴き、共謀し、さらには人工心臓の窃盗、さらには殺人の偽装、これらを誰の相談もなくすべて一人で行いました! 判決を……!」
「判決ですか……そうですね……」
「どうかご慈悲を!」
「鈴仙なりの覚悟だったんだ、そう怒ってやるな」
「ミカさん……!」
「まあ、私たちを頼ってくれなかったことに関しては遺憾だがな」
「ミカさん……!?」
「これは調べれば余罪がたくさん出てきそうねぇ」
「そんときはボクの出番かな?」
「ちょ、クルミズキ!?」
「「んなコンビ名ないわ!」」
私を含めたみんなの言葉はもちろん、本心を交えつつ、冗談っぽい言い回しである。
その言葉に対して裏切られたかのような反応をする鈴仙だが、たきなが判決を決めかねて唸っている間に、椅子に座ったまま弱いところを突かれたとどんどんへなへなになっている。
そんまま判決が出るまで反省しとくんだな、ホントどんだけ心配したか……!
「……決めました!」
「おおっ!」
「主文、被告人を家族諸共島流しの刑に処する。執行猶予は設けず、半永久的に保護観察を受けること。 起訴された犯罪については有罪となるものの、リコリスであるためそれに対する刑罰は科されないものとする。以上異論は認めま……「ちょっとまったっ、異議ありッッ!!」……すん」
「認めま……なんだって?」ニヤニヤ
「認めんのか認めないんだかはっきりぃ! ほらセイ!」
私が人生に一回は言ってみたかったことトップ200には入っているはずの裁判中の「意義あり」。
たきなは予想外だったのか最後の言葉がおかしくなっている。
それを恥ずかしいと思ったのか少し顔を赤く染めているとクルミが笑いながら煽る。
ミズキも同調して、どんどんたきなの顔は赤くなっていく、さすがクルミズキ。
もう先生が持ってきてくれたリンゴより赤いのではないか?
たきなが耐えられなくなり、テーブルを叩いた……ガベルのつもりかな?
「それで千束さんっ!! 異論は何ですか!!」
「ええっ!? あぁ、えと……なんだk、ああそうそう!! 島流しは鈴仙一人だけで十分だと思います!!」
「それなら私も! 流刑は重すぎると思います!!
私と鈴仙が裁判長に詰め寄る。
しかし、その私たちにきょとんとした目で、疑問を投げる。
「でも、行きたかったんですよね?」
「「どこぉ?」」
たきながいたずらに成功した子供のように、にやりとする。
「ずばり……ハワイですっ!!」
「……あ、あの、それとも夢の国という所の方がよかったですか? 調べても夢の国という名称の場所は特定できなかったので、ハワイにしてしまったのですが……」
思わずベッドから、椅子から飛び降り、抱きついてしまう。
今まで短い人生を目一杯楽しみ尽くそうと思っていた。
でもまだまだ楽しいことは尽きないらしい。
「二人ともそんな激しく動いていいんです!?」
「いいのいいの! こんなところでくたばってたら楽しい時間がどんどんなくなっちゃう!」
「時間は有限! 楽しみは無限! そうと決まれば早速……!」
「「行こうッッ!! ハワイ(ワイハ)~~ッッ!!」」
最終話までありがとうございました。