<Reisen side>
「おはよ~ござま~す!!」
「おはよう。そろそろ開店だ、急いで着替えてこい」
「は~いアイサー!」
今日も千束の元気のよい挨拶とともにお店の札がOPENになる。
さっきまでミカさんに相談みたいなものに乗ってもらってた私もスイッチを切り替え、気合いを入れる。
こぢんまりとしたお店だけど明るくて可愛らしい千束に魅了されて、今では常連さんが両手では足りなくなりそうなくらい。
コミュニケーションの場として千束直々にゲーム大会やおしゃべりを開催するので癒やされる客が続出中。
でも辺りが暗くなり始め、店の看板がCLOSEになって、常連さんたちもそれぞれの帰路につき静かになっていく。
「さて、今日はこれで終いだ、二人ともお疲れさん」
「お疲れ様です!」
「おうよ! お疲れぃ!」
後は着替えて帰るだけなんだけど帰る間際、千束がミカさんに引き留められる。
何でもアラン関係の話? だそうだ。
アラン機関とは千束を支援してくれたいい人の組織らしく、私には縁のない組織だけどもし会えるんだったら千束の恩人に会ってみたい。
「千束。私もその救世主さんに会ってみたいな……」
「そうだね……私も会いたいよ。まあだからDA抜けてここで働いてるんだけどね!」
その言葉に含まれる意味を知らないけど、きっと自由なここで働きながら探してるんだと勝手ながら解釈する。
千束は元気よく振る舞い、「ちょっとかかるみたいだから先帰ってていいよ、そんじゃ」と言い残し店の中に戻って行った……けれどやっぱり一緒に帰りたい。
独り外で東の空が暗くなっていく様子を眺めながら時間が過ぎるのを待つ。
静かな空間だからか、意識せずともドア越しに二人の声が聞こえてくる。
<Mika side>
店のドアが閉まり、私と千束だけの空間ができあがった。
「それで先生、用事って? もしかして救世主さん見つかったの?」
「残念だが違う。……鈴仙は帰ったか」
「うん……ってなんでそんなこと聞くの、鈴仙に関係のある話?」
図星を突かれ思わず視線をそらしてしまう。
それは数少ない人のみ知る千束の秘密の一部を打ち明けてしまったことに対するばつの悪さからか、千束の眼差しが私にはまぶしすぎたのか……わからない。
私の口が慎重に開かれる。
「……今朝、心臓について聞かれた、お前のな」
千束の動揺が伝わる。
鈴仙に対して一度も話したことのない自分の秘密を知られていた、つまり隠していたことがバレた。
そのことに対する不安があるのかもしれない。
「せんせ……鈴仙はどうしてわかったの」
「わからない、聞かなかったからな……。ただ、気づいたのは昨日今日だろうな」
私は詳しい事情を知らないし彼女たちが話してくれるまでは知るつもりもない、踏み込んでは行けない境界に触れないように。
けれど千束の顔を見るに腑に落ちるような何かがあったのは明白だ。
千束の口から何があったかは語られなかったが、代わりに別の質問が飛ぶ。
「どこまで、話したの?」
「病気と人工心臓のことくらいだ」
「私の、いや、人工心臓の寿命が後10年もしないうちにってのは……」
「それはまだだ」
私の言葉に千束はあからさまに安堵の息を漏らす。
「そっか……よかった。鈴仙にこんなこと言ったら絶対落ち込むもん。それに人間ならいつかお別れの時が来る、でもそれはいつだかわからないでしょ? ならそれまでは楽しくないとね! そうでしょ?」
「ああ、そうだな」
「さっすがせんせー、わかってる!」
どうしてこんなにも愛らしく純粋な子がこんな残酷な運命を受けいなければならないのか、そう思うほどに千束の言葉が胸に突き刺さる。
千束もそうだが鈴仙も自分の痛みを蔑ろにしている気がする。
他人の痛みや死に敏感で自分の辛さや死にはなびかないその心にどこか不安定さを感じる。
私の手は無意識に千束の白い髪を撫でていた。
「ちょ、せんせー、くすぐったい~!」
「あ、ああ、悪い……。だが、いつかは言うべきだろうな……」
「そう、だね……。いつか、その時にね」
私なんかまだまだ子供なのに、目の前の彼女はすでに大人になってしまったのか……
複雑な思いを胸に私はまたもう一杯、苦みの強いコーヒーを口に運んだ。
<Reisen side>
厚い雲が重なる。
灰色の入道雲から雷鳴が轟き、夕立が私の肩に降り注ぐ。
私は家に着いてもなお弱まることのない雨音。
少しでもいいから紛らわせたいという気持ちで千束の選んでくれた映画を見るがその内容は一切頭に入ってこない。
それは私の余計なものまで聞いてしまう耳のせい。
『人工心臓の寿命が後10年もない、人間ならいつかお別れの時が来る』
家族同然の大切な人の言葉が頭を何度も何度も残響し、昔の忘れたくても忘れられない嫌な記憶を想起させた。
その忌まわしくて忘れたいのに、忘れようとしても決して離れずつきまとう死者の呼び声、這い寄る悪夢に堕ちていく。
****
私は子供だ。
だから戦場では戦わずに隠れてやり過ごすことしかできない。
誰かが一発撃つと肉塊が倒れ、赤い液が溢れ、静かな空間になる。
敵も味方面した人も誰一人として残ることなく、そこに立っていたのは私だけ。
そんな私はDAに拾わた。
それまで大人の人にばかり囲まれて育ち、最近になってようやくDAに拾われた私は、他の孤児と上手く話も合わせられないし慣れない環境と思想だったせいで居心地の悪さを覚えながら過ごしていた。
でも、フキさんを含め、一部の人はそんな私にも根気よく付き合ってくれた。
本当に優しい人たち。
……さんは私のことをペットか何かだと思っているのか鉢合わせるたびになで回された。
……さんは気さくで知らないことがあったら教えてくれた……嘘もあったけど。
……さんも面白い人だった、芸人さんみたいで相方の人といつもじゃれ合ってて。
………………
そんな人たちと話しするうちに、私は初めて仲間という存在に気づけた。
何だか心がぽかぽかして、心地良かった。
そんな仲間たちと何度か一緒に任務をした。
時にはケガをしたり、失敗もあったけどあの時の私は心から笑っていた。
しかしそんな幸福は意図せず、いとも容易く崩れ去ってしまう。
そんな事件があった。
それはファーストリコリス数名が参加する、任務は大規模な麻薬の密輸現場の制圧。
サードリコリスである私たちが成功すれば昇格のチャンスだ。
つまりそれはリコリスとして育てられてきたみんなにとっては親に認めてもらえるのと同意義である。
みんなセカンドリコリスに昇格したくて、ワクワクして、銃のグリップを持つ手に力が入っていた。
私は昇格に関してほとんど興味がなく、強いていえばみんなとおそろいがよかったから頑張ろうくらいに考えていた。
ファーストリコリスたちは僅かに戦い前の緊張はあるものの冷静沈着。
その様子を見ていると今回もきっと成功するだろう、そう思っていた。
まだ十歳にもなっていない私はかなり小柄で敵と真っ向から殺りあっても勝ち目がない。
だから私を含めた数人は敵の死角から後方支援を担当していた。
私は息を殺して、教えられたように人のため、世の中のために銃を持ち、暗闇に潜る。
しばらくすると先頭集団の銃声が聞こえ、戦いの火蓋は切られた。
****
戦場は想定以上に過酷を極めた。
頭上を行き交う弾丸の嵐。
次々と倒れる瓦礫と人。
私は生きるのに必死で自分の危機以外には目もいかない。
銃弾がコンクリート壁を打ち砕き、破片が目に飛んでくる。
幸い眼球には当たらなかったが額が切れたか、目の中にどろりとした赤が混ざり何も見えなくなる。
代わりに生存本能により耳の感覚が研ぎ澄まされる。
誰かの血と肉が一帯にまき散らされる音が聞こえた。
誰かの骨がライフル弾によって粉砕され、コンクリートに体から離れた肉がボトリと落ちる音が聞こえた。
誰かの臓物が鋭利な刃物によって引きずり出されるおぞましい音が聞こえた。
………………
私はその誰かみたいになりたくなくて物陰から動けない。
辛うじて動く指先が危険を排除しようとし、音と不明瞭な視界を駆使して私に向かってくる対象を合わせ、引き金を引く。
同時にリコリスの花が咲いた。
何の音もない静寂が支配する空間。
そこには私のみが立っており、床には敵味方関係なく入り交じるどす黒い液体、それから物言わなくなった骸が横たわるのみ。
臆病な私は警戒を止められず…………否、銃口を向けた先に倒れていた一人の仲間を見て硬直して動けなかった。
もう名前は忘れてしまったけど、その少女の喉にはナイフが刺さったままであり、それとは別に肩の辺りに血が滲んでいた。
私が弾丸を放ったその先に倒れていたということは、自分のせいで肩を……という嫌な考えがよぎる。
その時、その少女の手がピクリと動く。
(まだ生きてる!?)
私は重い足を全力で動かしその少女の元にかけよる。
おびただしい量の出血に、喉に刺さったナイフのせいで弱々しく、もう絶対助からない。
そんな名も知らぬ、しかし味方のリコリスが何かを伝えようと口をパクパクと動かす。
ほとんど唇も動かず、喉の隙間から血と声にならなかった声が混ざり合う。
だから何も言っていないはずなのに、私にはこう聞こえてしまったんだ。
あなたのせい……
この時から私の耳はおかしく