<Reisen side>
耳がおかしく鳴り始めた事件の後、私は仲間を置いてなりたくもないセカンドリコリスに昇格した、ただ独り。
他の仲間は死地に置き去りにされ、別れの挨拶もないまま私の前から姿を消した、私は仲間と一緒にいたかっただけなのに。
そしてフキさんの「アイツらはもう戦えない。十分すぎるくらい戦ったさ」という悲しげな声からすべてを察して、私の中に声がまた増えた。
誰かを消すたびに声が増え、精神が擦り切れ、耳がおかしくなる。
辛さから目を背けるためにあの人たちの名前はもう忘却の彼方、思い出せない。
それでも声を忘れることができず、名前も知らない影が、私を優しくしてくれた人たちが幻として現れる。
睡眠時間がじりじりと減っていき、ついには銃弾を人に向けて放つこと自体に恐怖を抱き、ついには本部から支部へと左遷された。
その左遷されるとき、楠木司令から人を殺さない歴代最強のリコリスがいると聞いてほんの少し心和らいだ。
そして千束の戦闘を見たとき、その圧倒的な強さと優しさが私の辛さを大きく緩和させた。
これ以上ツラさを背負わなくていいという抑圧からの解放、何より仲間を失わなくて済むという依存にも似た安心が私を満たした。
だけど現実は残酷で理想とは異なり、千束は心臓の寿命で長くない。
それを聞いた私はもう、どうでもいいやって、現実に嫌気がさした。
元々惰性で生きてきただけで、一度現実を諦めていた。
そんな私の頭に千束を助ける方法を探すなんて選択肢は思いつかず、回避する方法などないと決めつけ、どうすることもできず他人を使って自分を痛めつけるようになった。
他人を傷つけることで自分の心を痛めつけ、辛くて苦痛を伴う自傷行為が千束に対するそれ以上の精神的な辛さを紛らわせる。
その行為でしか日常を取り返せなくなっていく。
もちろんそんな日常は長続きするわけもなく、自虐は日を重ねるごとに加速していく。
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人助け、日本の平和維持という名の自虐を始めた頃、私は夜になるとDAの依頼を勝手に要望し、週にだいたい一回程度、実弾を誰かに一発浴びせ、千束と接しているときに感じる寂しさと悲しさとを紛らわせていた。
昔は当然のようにやってきたことだし、相手は悪人、これ以上おかしくなりたくなかったから拒んできたけれど破滅願望という名の狂気に呑まれ躊躇も情け容赦もなく、ただ引き金を引き無慈悲に脳漿を炸裂させる。
それをするたびに酷い現実から遠ざかり、寂しさと悲しさが紛れ、夢幻に逃げられた。
辛さを辛さで紛らわせ、人を殺しただけ、人が死ぬのを見るだけ、それが悪夢となり蓄積されていく。
撃っては傷つき、慰めては傷つき、傷つけては傷つく、そんなループが繰り返される。
最初の頃はいつもより少し寝れないくらいだった。
仕事に支障もなく、二人に心配かけないように平常通りに過ごすことができていた。
でも最近は悲しさが消えない。
幻聴も消えない。
寝ても覚めても受け入れがたいツラさだけが目の前を埋め尽くす。
眠気がピークに達しても寝れず、睡眠薬を飲んでも効き目が日に日に悪くなり、過量摂取しても効果はなく、DAの仕事の頻度も増すばかり。
逆に目眩や眠気、頭痛、不安、幻覚、悪夢が増し、吐き気で目を覚ますことすらある。
食欲が減り、空の胃からは酸が逆流し、肋が浮き出る。
耳が過敏になり、眠い頭に響き渡り、そのせいで頭も回らない。
今日もその回らない頭で辛さに蓋をし、私にもみんなにも見えないように目をそらし、一人になったら蓋を閉め直す。
<Reisen side>
千束にカチューシャを貰った。
嬉しい反面隠れていた悲しさがジワリとしみ出す。
最近私の変化に気づきつつあるのか、千束もミカさんも変に心配してくる……大丈夫って言ってるのに。
千束がハグをしようとしても今の私は穢れてて、千束に強く抱きしめられただけで簡単にガラスが砕けるように心も割れてしまうのではないかという不安な状態で、受け入れられず、両手を突き飛ばすように前に出し、拒否し、店の外にかけだした。
私の辛さに蓋をしてくれる誰かを探して……これからDAの依頼を受け、港へ向けてフラつく足取りで歩き出した。
目的の場所に着くと見張りの男どもが中に侵入させないように両サイドに立ち塞がっていたけれど、私はその横を気づかれないようにすり抜ける。
今回の依頼内容は麻薬及び銃火器の違法密輸グループの殲滅。
この二人は雇われの傭兵で、倒してもかまわないけど、余計な手間や犠牲を出すのは駄目だと私の歪んだ理性が止める。
天は人の上に人を造らずとは誰の格言だったか、生まれたときは皆平等だということが真実なら、この命の選別を天は許すのか。
実につまらないわかりきった答えを無視して、主犯の元までたどり着く。
ざっとすれ違った人は数十人という小規模のグループだ。
主犯を討てば自然消滅、あるいは一斉に検挙されるだろう。
私は震えが止まらない腕を押さえつけ、実弾が入っているその冷たい鉄の塊を、狙われているとも知らない敵の心臓に向け、引き金を引いた。
いつもならこの一撃ですべて終わるのに、今日は日に日に大きくなる手の震えのせいか、狙いが外れ肩を撃ち抜いていた。
苦痛で叫ばれどんどん足音が近づいてくる。
主犯が肩を手で押さえながら私が潜む暗闇に銃を構える。
この人を殺してこの場から引かないともう数十人がやってくる。
私は数人程度ならまだしも、千束みたいに弾丸の嵐を避けきることはできない。
だからもう一発撃って逃げないといけないのに狙いが定まらない。
震える手を押さえつけようとするたび呪いのような幻聴が再燃する。
どこを向いても一面辛さの海。
傷口に塩水がしみ、涙の味さえわからない。
それを紛らわせるためにさらに傷ができ、辛さに溺れる。
もう泳ぐには疲れすぎて、傷つきすぎた鉛のような心身は亀裂が生じ、海に溺れても足掻くことさえ止め、誰かに引き上げられた。
****
「なにやってんの!」
「……ちさと、おねえちゃん?」
目の前が辛さで見えなくなってた私は正気に戻る。
いつの間にか千束に抱き寄せられ、その抱きしめる腕には痛いくらい力が入っている。
視界は千束の胸に覆い尽くされ何も見えない。
「わたし、どうなってた……?」
「それはむしろこっちが聞きたいくらいだよ……。とりあえず、帰ろっか」
「……うん」
頭が働かず何が何だかわからない。
ただ千束の手の温もりだけが鮮明に感じられ、生きていることを実感することができた。
その温もりを感じながら私は意識を飛ばし、体をそのまま委ねた。
<Chisato side>
「おっと、と……」
鈴仙が倒れ込みそれを支える。
耳を澄ませば寝息が聞こえ、他のバイタルサインも簡易的に確かめると正常だとわかり胸をなで下ろす。
きっと寝不足やストレス、疲労が祟って寝てしまったのだろう。
「先生、鈴仙捕まえて、それで寝ちゃったからお迎え頼める?」
『了解した。今向かうから外の近くで待っててくれ』
「はーい……」
私は鈴仙と荷物を抱え敵がわんさか倒れている現場を離れる。
幸いにも誰一人として死者は出ていない。
あの時少しでも鈴仙の元に到着するのが遅ければどうなってたか考えただけでぞっとする。
もちろん実弾入りの銃で鈴仙が敵を殺めてしまうことに対する嫌悪感もあるけど、それ以上に鈴仙が死んでしまうことに対する恐怖の方が大きく、安心のせいで涙が零れそうになる。
どうして鈴仙は独りでこんなことをしていたか、実弾を使ったのか、寝れなくなるまでストレスを抱え込んでいたのか、何も正しいことはわからない。
でも私は鈴仙を抱きしめたときに骨張って想像を絶するほど病的な軽さを感じ、その折れそうなほど痩せ細った彼女に問い詰める気持ちにはなれなかった。
ただ辛いなら打ち明けてほしい。
それで和らぐなら問題を解決できなくてもその辛さを共有してほしい。
愛しさと悲しさを感じながら私は負ぶいつつ歩いた。