<Chisato side>
眠る鈴仙を抱えて車に乗り込む。
死んだように眠るその手を握り、温かさからようやく生きていることを実感することができるくらい存在感と生気が希薄で、手を離した瞬間にどこか手の届かないところにいなくなってしまうのではないかと不安になるほどだった。
「……千束、鈴仙は起きそうか?」
「いんや、全然。人の気も知らないで夢の中よ」
「そうか。……今日はこのままリコリコに泊まらないか? 鈴仙に何かあった後で心配だ、私もおまえも、そうだろう?」
「そうだね、ありがと、せんせー」
車の運転席から声だけが聞こえてくる。
私はこの手から大事なものがこぼれ落ちないか心配で先生の方を見ることなく声だけ返した。
夕日も沈み、冬の暗くて寒い、冷たい風の夜が降りてきた。
****
あれからずっと眠りっぱなしの鈴仙を寝かすため、お店の座敷に敷き布団一枚、私と鈴仙が入り込み吐息が混じり合う。
離したくない、離せない、その思いが距離を縮める。
鈴仙の髪の毛を優しく触りつつ言葉を切なさとともに吐き出す。
「鈴仙……どうしてこんなムチャしたの」
今言っても聞こえないのに何言っているんだ私と自虐的になっていると鈴仙が寝返りを打ち私に背を向ける。
思わず手が鈴仙から離れる。
「もしかして、起きてる……?」
「……。ごめん……」
「……それじゃ何もわかんないでしょうが」
意識を失ってから時間にして三時間ほどか、短い睡眠時間だけど目がいつ覚めたのか、どうして無茶したのか、わからない。
後ろから鈴仙を抱きしめ、肉がない身体の感触に辛さを覚える。
まるで、自分のことなんて、命なんてどうでもよく、私の大切なものを粗末に扱われた気がして思わず零れる。
「命を粗末にするやつは嫌いだ……嫌いだよ……」
声がつまる。
大好きな人に嫌いだよだなんて……心が締め付けられ、声が続かず、代わりに声にならない甲高い音が漏れる。
鈴仙の背中に声を当ててもなかなか返事は帰ってこない。
一番辛いのは鈴仙だってことはわかっているのにそんな言葉を出してしまったことを後悔するがしばらくするとようやく声が返ってくる。
「……私も嫌いだよ、他人のことばかり大事にして自分をどうでもいいって、そんな千束が大好きで……大嫌いだ。期待を裏切って私より先に、みんな死ぬんだ……千束だってそうなんでしょ」
「……何いってんの、私が死ぬわけないだろー?」
人間は例外なくいつかは死んでいなくなってしまう。
私だって、鈴仙だって、誰だって別れが訪れることから逃れることはできない。
なのに私の口からはそれを否定する無責任な言葉が出てしまう、自分だって長い命ではないのに。
だって私の中にある……
「心臓。……壊れるんでしょ」
「どうして……知って……」
不意を突かれ心臓が飛び上がる。
鈴仙の荒ぶる感情の奔流が濁流のように流れ込んでくるようで、その悲しみと苦しみと心の痛みを嫌でも理解してしまう。
「ミカさんとの話、聞こえたんだ」
「……」
「私は、千束とずっと、ずっと一緒にいたいのに……」
<Reisen side>
「千束が自分の命を大切にしないから、どこかにいなくなっちゃいそうだったから、それが辛くて苦しくて堪らないんだ」
私はずっと独りだった。
DAに拾われる前は誰の手も借りず、仲間もできず、ただ互いに利用し合う非依存的な関係ばかりで愛を知らなかった。
DAに拾われたとき、私は依存的な関係を知ってしまった。
無償の好意と善意が心地よかった。
でもそれは絶対的なものじゃなくて……
だから千束と出会って、無償の愛が不変であるかもしれなくて期待したのに、現実はこんなもんだった。
そんな現実から逃避しようとして、結局失敗したのが私。
希望が絶望に変わり、夢が悪夢へ変わり、幻が現実へ飛び出し、現実と非現実の境目さえ認識できなくなる。
千束に背中から抱きしめられて温もりを感じられる今、千束が生きていることに嬉しい気持ちと希望を感じ、でもそれと同時に心臓の脈がないことも感じ辛さが増す。
今日の千束は本音の中に嘘が入り交じる、嘘だらけだ。
でも次の言葉に虚は混じらなかった。
「バカ鈴仙。そう言うのはもっと早く言えよ。それに私だって早死にしたくはないわ」
「本当に……?」
千束が死にたくない。
その言葉が何故か希望に聞こえて、千束の目を思わず見る。
「……そりゃ、私だってできるなら長生きしたいよ、本当に。でも十年で終わってたかもしれない命が奇跡的に今まで繋がれていて……後もう十年生きられることになったとき、そこで欲張れなかった。有り難いことだって満足して、私が生きた証を残せれば、救われた命で私も誰かを救えれば、それでいいかなって」
私の知らなかった千束の内側が曝け出されていく。
どうして千束が人を殺めずに命を救うことを選んだのか、本音が私の心に染みていく。
「でも私はやっぱり欲張りだ……。誰かじゃなくて大事な人、鈴仙のことを救いたい。誰かの記憶に残ることだけじゃ満足できない。鈴仙とたった十年じゃ足りない。ってね」
いつの間にか嘘と本当を見抜けるようになってた私の耳には本当の言葉しか入ってこない。
嘘偽りない、真っ白な本音を素直に受け入れられればどれほど楽なのかわからない。
でも人工心臓の寿命があるという事実は私を否定的な考えへと誘う。
「……それが叶わないから、私に黙ってたんだ」
「そう。そうだったのかもしれない。でも、今は違うよ?」
千束の瞳に目を奪われる。
細められた目はキラキラと月の光を反射して美しく、紅く輝いていた。
「私は諦めない。まだまだ生きてみんなと楽しい思い出をどんどん数え切れないほど作るって、今決めた! 何年だって、何十年だって生きてやるって! ……だから鈴仙も私と一緒に生きて?」
あの時から千束がどこか手の届かないところにいってしまうのではないかと不安だった。
でも千束の嘘のない言葉を耳で、誠な瞳を目で感じるとその不安は確かに心を燻りつつけるけども、それでも初めて千束と出会ったときくらいまでには悲愴の炎は落ち着きを取り戻す。
「いつか死ぬときまでずっと……?」
「うん、約束」
千束が小指を差し出す。
指切りの由来はかつて、指を切り落とし、それを以て固く約束を結び、違えようものなら針を千本と飲ますという儀式めいたものだ。
今でこそ小指を結ぶ形式だけど、私は本当にその約束を守ることができるのか、どうすれば守れるのかわからなかった。
「……でも、具体的にはどうするの? 新しい心臓でも探してみるつもり?」
「……いや、まだ決めてはないかな。そうすぐ死ぬわけじゃないしね。……でも、鈴仙が私を支えてくれれば、ね?」
「全然計画性皆無じゃん……」
ここまで言ってのけて計画性がないとは呆れた人だけどそれでこそ千束っぽい。
それに千束との約束をする上でどうすればいいのかも、一人で悩んで結局解決せず今に至って長らく時間がかかったけれど、千束の言葉でようやくわかった。
「……わかった。私が千束の心臓見つけてあげる! だから勝手に死なないでね? 大船に乗った気持ちでドンと構えてて、私が迷わないように灯台みたいにちゃんとね」
「言っただろ、死なないって。それにしても大船とは大きく出たね! こんなボロボロな船、沈没しそうで傍にいないと安心できないぞ?」
「なら、もし沈んだときは引っ張り上げてくれればいいよ、今日みたいにね」
「それもそっか」
私の小指が千束の方に導かれ、絡まる。
私の虚勢を千束の本音が包み込む。
額をくっつけて瞳を閉じると無意識に意識が暖かさに包まれていった。
過去の幻影が悪夢として現れても、幻聴が私の魂を切り裂こうとしても、私はもう痛みを痛みで紛らわさない。
千束が近くにいるだけで、抱きしめられるだけで幸せを感じられて、それだけで十分痛みは和らぐから……
<Chisato side>
翌日、私のまぶたを通して朝日が目を、コーヒーの香ばしさが鼻を刺激する。
手に意識を向けると何か温かくて小さいものの感触があり、安心した。
重いまぶたを開けてむくりと上体を起こすと布団がズレ、冬の肌を刺すような寒さが体にやってくる。
隣の方を見ると鈴仙が体を丸めて寒そうにしていた。
もう少し寝かせておいてやるか、お寝坊さんめ……と思っていたのだがふと枕元に視線を移動させると、そこには鈴仙を叩き起こさねばいけない理由があった。
朝だからそこまで張りもなければ元気も大きさもない声を鈴仙にかけながら優しく肩を揺らす。
「鈴仙、鈴仙、おはよー。ねえって、起きてちょっと見てよ」
「ううん……おはよ。……どうしたの?」
「ほらこれ見て」
私は布団をかけ直しかけた鈴仙の腕をとり指を指してその視線を誘導する。
ただでさえ朝弱い鈴仙は全く眠気がとれない様子だがその指の方を見るとちょっとまぶたが開かれる。
「今日はクリスマス! 手紙には、ええっとなになにぃ……鈴仙当てだって!」
「……私、今年はいい子にしてなかったよ。いい子じゃないからもうちょっとだけ寝かせて……ムミャムミャ」
結局今までの睡眠不足が祟ったか再入眠する鈴仙。
さすがに起こさない方がよかったかと思いつつこの部屋にいるもう一人の人物に声をかける。
「……そんなことないと思うけどな……ね、せんせー?」
すぐそこのカウンターでコーヒー豆をひいている先生がまだ寝かしておいてやりなさいというように肩を竦める。
先生は私たちの眠りを邪魔しないように静かに朝の準備をしていたのだろう。
ちなみにだが私はサンタさんの正体を知っている。
一度どころじゃなく何度もクリスマスイブの晩からクリスマスの日までかけて寝ずに張り込もうとして失敗していた私だけどフキがサンタは先生だって言ってたから間違いない。
そのときにきっとサンタさんは何人かいて先生はDA専門のサンタをしてるんだと私の名推理を話したときに鼻で笑われたのは今でも覚えているが真相は闇の中だ。
「ちなみに私の分は……?」
「千束は大人のレディなんだろう? ……冗談だ。その袋の中に一緒に入れてある」
一瞬シュンと悲しい表情になるがすぐに戻り、今年も先生からのプレゼントをもらえてうれしくって私はニィと笑う。
一体どんなものを選んでくれたんだろうとワクワクが止まらず袋の中身を確認したい衝動に駆られる。
「先生、開けてもいい?」
「もちろん」
リボンをほどき中身を確認して、真っ先に視界に入ったのは私と同じフクロウのペンダントだった。