大英雄だけど陰謀とかムリすぎなので普通に働く 作:カラス男爵
これは一体、どういう事だ。
やたらと真新しいビルの前に私は立ち尽くしていた。
最近配属された我が社の新たな支店だが、支店のくせにどう見ても本社よりデカい。
「やったじゃないっすか!支部長を任されるなんて。しかも場所はあの学園都市、栄転っすよ!栄転!」
まだ入社して一年も経っていないにも関わらず何故か付いてきたコイツはヒューマンと偽って入社してきたエルフのララだ。
「…そうか、貴様の仕業だな」
「へ?、いやいや、何言ってんすか。平の女社員にそんな事できる訳ないっすよ」
「まさか、学園の首輪付きとはな。暗殺者が何故、私のところで働いているかと思えば私の監視か…まぁいい」
「えっ?あっ!ちょっと!どこ行くんすか!」
「忘れ物だ、剣を取ってくる」
瞬間、俺の後頭部をめがけて飛んで来たそれを振り向きざまに払い落とすと異常に身を低くして短剣を構えるララの姿があった。
服に仕込んでいたのだろう武器を無理やり引き抜いた事によってか一部分が破け、際どい格好になっていた。
「その構え、見覚えがある。ロクバルの残党がなぜ邪魔をする」
「へへっやべーっす、ぜってぇー勝てないっす…でも下がらないっす」
何か覚悟を決めたのか、額にかいた冷や汗を拭うとかなりの速度で切り掛かる彼女。
私はそれをさながら段差でも乗り越えるかの様に踏んづけた。
「背骨にヒビが入った様だな、大人しくしていろ」
「ぐぅ!ちくしょお、ちくしょう…姫様ぁ…」
短剣を蹴り飛ばされ、完全に無力化されてしまった彼女が突然泣き出してしまった。
こちらとしてはいきなり襲われた挙句、泣かれているので意味が分からない。
と言うか今は真昼で此処は普通に人目があるのでやめて欲しい。
仕方なく剣を取りに帰るのを一回諦めて、酷い服装でぐずっている彼女を引きずって支店のビルへ入る。
「おい、暗殺者の癖に回復魔法の一つも使えないのか」
動かない彼女に小声で呟くと、落ち着いたのか大人しく呪文を唱え始めたのでとりあえずの所は解決した。
とは言え受付がすごい顔で見ている。
社員証を見て不審者ではないと気付いてくれはしたが、それはそれとして説明に困る状況ではある。
「あの…あっ支部長!?、、これは一体?」
「…胸がデカすぎて通勤中に服が破けた間抜けだ。着替えさせて支部長室に来る様伝えろ」
咄嗟に答えたにしては悪くない回答の筈だ。
「え!?ええ!!…わかり、ました、、?」
学園都市の初日にも関わらず、部下に襲われた挙句、別の部下に変な目で見られている現状に頭痛を感じて目頭を抑えた。
暫くして支部長室で新しい職場を堪能しつつ仕事をしていると控えめなノックの音が聞こえたので入室する様伝える。
いつもと違っておずおずと入って来たララは何故か安っぽいメイド服姿だ。
「いやまて、なんだその格好は?」
「お願いします!何でもしますからゲオヒルト理事長を狙うのはやめて下さいっす!!」
意味がわからない、なぜ土下座するのか、なぜ私がゲオヒルトを殺さないと行けないのか。
そもそもメイド服はどこから?
頭が痛くなって来た。こんなに話の通じない奴じゃなかった筈なんだが?
「埒が開かん、私がなぜゲオヒルトを殺さないといけないのだ、そも殺されたとしてロクバルに何の問題がある」
「えっ!?じゃもしかして、やられ損っすか!?
あっいや!話します話しますので!
ええっと僕らは確かにロクバルの残党なんすけど…」
要点をまとめると彼女はラティウム連合王国に亡命したロクバル亡命政権のロクバル帝室お付きの新米暗殺者。
ロクバルの軍閥達に命を狙われるロクバル最後の皇女がパンゲニア学園に入学する事になったが、ゲオヒルト理事長が死んだり俺が学園都市に行かなかったりして混乱が起きれば皇女の命も危ないからと聞かされて今に至ると。
「つまりは完全にゲオヒルトに騙されたという事か」
「ええ!?でも確かに…」
何か思い当たる事があるのか、急に顔を青くするララ。
「確かにラティウムのお偉いさんに指示されたっす…」
「他国に唆されて動く暗殺者など三流以下もいい所だ。ロクバルの斜陽も極まったな。『栄光の影法師』を名乗るなら帝室にひっついていろ」
「わかりきった事を言わないで下さいっす!
仕方ないんすよ、、ロクバルから逃げる際に多くの皇室が殺されて、今ロクバル亡命政権の正当性を示すのはこれから御入学される皇女だけっす。
後は殆どラティウムに頼りっきりで皇女の護衛は僕なんかより歴戦の先輩方が担当してるっす」
「成る程、つまり貴様はロクバルが差し出した生贄というわけだ。貴様らは本来、常に三人行動、にも関わらず貴様一人なのは一番生贄に適した役立たず…待て、なぜ泣く」
「事実でもい"っでい"い"ごどどわるい"事があ"るんずよ"っ!!」
目の前で泣き喚いているコイツは少なくとも数時間前まで本気で俺を殺そうとしていた暗殺者であるにも関わらず、今ではなぜか安っぽいメイドコスプレをして俺の前で土下座している。
学園都市に来て早々これでは痛んできた胃を抑えながら頭を抱えるのも仕方がないと言う物。
「うんざりだ。貴様はゲオヒルトに伝えろ…」
伝言を書いたメモを渡した後、いまだに半泣きのララは有給を消化して今日一日休みとなった。
勝手に有給を使われて何やらしょぼくれている暗殺者に対して聞いてない事があったのを思い出し、問いただす。
「なぜ、メイド服を着ている。そもそも何処から引っ張り出したのだ?」
「これっすか?買ってきて貰ったっす。受付の人に部長に色仕掛けするからエッチな服買ってきてって言ったんすけど。
まさか部長がメイド好きとは思わなかったっす!」
…どうしてそうなる、私は誰かに自分の癖を公言する様な人間では無いし、そもそもその様な高尚な趣味は持っていない。
何よりも数分前まで殺そうとして刃を向けられた相手が色仕掛けに応じると言う考え方も信じられない。
「その様な趣味は無い、会ったとしてもそれは受付の趣味で私のでは無い」
「ええぇマジっすかー?じゃあ下着見られ損じゃあ無いっすか」
下着?まさか外で着替えたのか?バカなのか?いや、普段はそんな非常識な事はしない。
いや、あぁそうか…
「これだから長命種は…」
「どう言う意味ですか?」
「そのままの意味だ、エルフ。ついでだ、なぜ耳を切ってまで人の振りをしている?」
ララの耳はあの特徴的な尖ったエルフ耳ではなく、エルフらしからぬ人間の様な丸い耳であり、一見すればそれが施術によるものだと分からない。
「…いやぁエルフって珍しいじゃあないっすか、ロクバルだと人種とか民族ってかなり面倒なんすよね。だからまぁ、ヒューマンだったら何処にでもいるんで色々と楽なんすよ」
「随分と丁寧な施術を受けたな、、ロクバルの民族事情は計り知れん、これ以上深入りはしない」
かつてはラティウムをも上回る大帝国として君臨していたロクバルはその広大な版図を統治し世界の半分を手に入れたとすら噂されたロクバル王家だったが、ロクバルが工業化に後れ戦争に負け始め、王家の力が弱まると徐々にその栄光は陰りを見せ、移民や他宗教に寛容が故に発展してきたロクバルは手の施しようにないほどに問題が山積みであった。
しかしエルフという種族は国を持たず、原生林を探してさまよう流浪の民というのが周知の事実だ。そんなエルフですら組織に属するために四苦八苦しているというのはやはり何物も不変では無いのだろう。
「そういえば剣を持ってくるって言ったっすよね?剣ってあの剣っすか?」
「その剣がどれの事を指すのかは知らないが、飾りもしない剣を買いはしない」
「うげっ。てことはあの剣っすよね。大戦中ずっと振り回してたあの剣っすよね?」
「そうだが?あれは私の一部でもあるのだからそう易々と手放せはしない」
「うう、このままじゃ学園都市が更地になっちまうっす、、」
「私を何だと思っている、早く報告しに行け」
何やら頭を抱えてふざけたことを抜かすララを支部長室から蹴りだし、窓の外へ目を向けた。この無駄に大きい支店の最上階にある支部長室の窓からは学園都市の発展具合がよくわかる。
古今東西の建築様式で建てられた建物は学園都市の多様性を表していたが、学園を囲むように連立する大企業の無機質なビル群はまるで生徒を閉じ込める檻のようで、その中にはどれほどの利権が絡んでいるのか想像しただけで顔を顰めずにはいられない。
ラティウムの首都に差し迫る程に発展しているが、それは各国の支援があってこそのもの、企業の利権に国々の思惑、このような場所で剣一本で立ち向かうにはやはり心もとない。
学園都市第一理事長室、そこは最重要機密であり、ごく一部の学園都市関係者にしか知らされないラティウム選任の理事長室。
ラティウム選任の理事長には期限がない、つまりはゲオヒルト理事長の私室でもあるのだが、室内にはひどく質素で大きな机と椅子、そして卓上に一つの古臭い受話器しか置かれていなかった。
まるで、いつ誰が使う事になろうとも変わらず使える様にと、担当者がいつ死んでも構わないと言った程である。
空虚な理事長室にノックの音が響き渡り、理事長は入室に許可を出す。
中に入って来たのは鉄面皮を思わせる様な冷たい顔以外に特徴のない男で、草臥れたスーツに皺の残る革靴はどこにでも居る会社員にしか見えない。
しかし、この場所に訪れると言う事は最重要機密を知る一人に間違いはない。
「ロクバルの影から報告が」
「そうか、それで?サーはいつ来るのだ?教務課長」
「いえ、サー・ランスロットから伝言があるとの事。あなたを狙う事はないし学園都市でも大人しくすると。
…しかし一つだけ、代わりにこれから帯剣するとの事です。
率直に申しますと、貴方が死んでくれた方が私共としては大変、楽になりましたな、理事会では黙って起きますか?」
「いいや、各国にも責任を分けてやろうじゃないか。何より、剣を持っている事を報告していないとバレる方が不味い」
サー・ランスロットと直接会ったあの日以来に白い歯を剥き出しにしてクツクツと笑う姿は、この学園都市と言う巨大な伏魔殿を統べる1人として相応しいほどに悪辣に輝いて見えた。
「よし!電話をする。教務課長は出ていけ!」
教務課長と言われた鉄面皮の男は命じられた通りに退出をすると足早に遠くへと離れていく靴音が聞こえた後、丁寧に受話器を取った。
「…はい…ええ、理事長は以前私です…はい、教務課長では無く…じきに円卓も集まるでしょう…はい…パンゲニア学園は今日、正式に始動します…クク…ええそうです。ランスロットは剣を捨てていません…では」
きっと未曾有用の事態を引き起こす学園都市は生徒という名の最後のピースを取り込みゆっくりと動き出すだろう。
例えそれが災禍の再来になろうとも誰にも止められない。