大英雄だけど陰謀とかムリすぎなので普通に働く 作:カラス男爵
優雅にデザートを召しあがろうとしている殿下を横目に、口に含んでいた料理を飲み込み、急いでナプキンで口を拭いて食堂に入ってきたボストクの皇族に近づいて行く。
「 失礼、ボストク皇太子殿下でございますでしょうか。ラティウム王太子殿下から話があると」
話を遮るかの様に王笏の石塚が床に叩きつけられ、威嚇する様に硬質的な音を響かせる。
装飾のためだけにあるかと思われた黄金のハルバードは自分が見上げる程に大きいその体躯を持ってしても大きいと言って差し支えない大斧であり、何よりも驚いたのはその大斧が実用に耐えうる代物である事だろう。
一見黄金でできているかに思われた刃は使用した形跡があり、メッキが剥がれている事でその下には無骨な、ただ丈夫であるだけの鋼鉄が見え隠れしていた。
「如何にも、余こそがアルトゥール・グロズヌイ・ボストク。ボストクの皇太子であり、災害の大君である。
余の右手の大斧は我が父イヴァン皇帝より賜りし軍権と王権の象徴。即ち、余は新たなるボストク皇帝であるぞ。平に伏せよ」
再び王笏を叩きつけてガツンと音を立ててこちらを見下ろす姿には一切の容赦は無く、自らに不敬を働く輩を断罪せんと激怒している。
『落ち着きなさい、バカ皇帝』
その様な状況であっても臆する事なくボストク語で話しかける者がいた。
その耳から熊の獣人である事は分かるが、その体躯は少女と呼べる程に小柄、どう考えてもアルトゥールが少しその気になってしまっては命が危ういだろう。
『…姉上、余は既にボストクの皇帝である。ボストクの覇道を汚す事も、貶めさせる事も会ってはならない。
そしてそれを、それを赦してはならんのだ!!』
弾ける様な炸裂音が響き渡る。周囲に陶磁器の破片が散乱し、またもや食堂内は騒然とし始めた。
何と言う事か、少女がアルトゥールの頭部めがけて皿を投げたのだ。
『宮殿をとられ、国民に裏切られ、おめおめと逃げた皇帝に威厳などあるものか!!船大工に学んだ初代皇帝のように慎ましくなさい!!』
丸太のような太い脚をその折れてしまいそうな枝の様な脚で何度も蹴り付けている。
それをアルトゥールは何とも罰が悪そうな顔で頭を掻いており何やら途方に暮れている様子。
そんな修羅場の中、殿下は何をしているかと言えば優雅に食後のティータイムを勤しんでいた。
流石にこのままでは不味いだろう思って助けを求めてその対面に座っていたロクバルの皇女に目をやれば露骨に目を逸らされ、その視線の先にいる殿下を通せと言わんばかりだ。
「失礼、愚弟が迷惑かけてしまいました。当方は自身の身の振り方を弁えているつもりです」
少々ボストク訛りのあるラティウム語で告げる、ここのテーブルよりも小さな少女が愚弟と告げるのは間違いなく、後ろでとんでもない圧を放っているアルトゥールの事だろう。
つまり、彼女はボストクの皇女であり、アルトゥールの姉という事になる
「いえ、問題ありません。失礼ですがお名前は?」
「申し遅れました。私、ソフィア・グロズヌイ・ボストクと申します。愚弟共々、今後、生徒会役員として身を置かせて頂きます」
「でしたら、生徒会室に出席していただけると良かったのですが」
「ええ勿論、招集があれば直ぐに伺いますわ」
「ふむ?された筈では?でなければ殿下が直々に食堂には来ないでしょうし」
確認を兼ねて殿下を窺えば、嫌そうな顔をしてからようやくこちらに顔を出す。
「失礼する、ボストクの皇族と見受けられるが生徒会からの招集に応じなかったのはいかな了見か?」
「はい?いえいえその様な連絡、、受け取っていませんわよね?」
ソフィア皇女が訝しむ様に見上げるのは弟であるアルトゥールである。
先程まで悪鬼羅刹もかくやかと思うほどの圧を放っていたアルトゥールは露骨に視線を逸らし、ボソボソと呟く様に口を動かす。
「余はボストクの皇帝であり、生徒会長は王太子となれば、格下が先に挨拶をしにくるのが当然というもの」
「ッ!?ッ!!頭を冷やせバカが!!」
青筋を浮かべ、冷静さをかなぐり捨てた彼女は怒号と共に魔力を放ち始める。
心中を表すかの様な激しい魔力の余波は小さな台風の様で、その荒れ狂った力はアルトゥールの頭上に巨大な氷柱を形成する。
紫電を纏った氷柱は十二分に鋭く、アルトゥールよりも巨大であった。もしこれが落ちてしまえばそれだけで被害は計り知れない。
「魔法はダメだ!!今すぐやめろ!!」
珍しく焦った声で殿下が叫んだと思えば頭を劈くような甲高い警報が食堂中で幾重にもなって鳴り始める。
それに呼応するように他の生徒達が我先にと食堂から逃げ始め、周囲に完全に生徒がいなくなってすぐ、それは勢いを付けて落下し、真下のアルトゥールに直撃するかに思われた。
咄嗟に殿下を庇う為、殿下の前に立つと、突然激しい光が部屋中を照らし、強烈な熱波が吹き荒れる。
アルトゥールの頭上にあった巨大な氷柱はいとも容易く融解してその身体をずぶ濡れにするだけで済んだ。
彼女をよく知っている俺からすれば何のことはない、リズが火を吹いたのだ。
殿下を一瞥して、熱がる様子もなくただ困惑している事から無事であるとして、魔法を発動させたソフィア皇女に駆け寄る。
「ソフィア皇女!!落ち着いて下さい。」
「…いえ。申し訳ありません、落ち着きましたわ。憤りは感じますが」
深い深呼吸の後、眉間に皺を寄せながら腕を組んで更に深呼吸を重ねて魔力の嵐を鎮めていた。
真下にいたアルトゥールの方に目を移せばただ濡れている事を除いて怪我をした様子もなくむしろそばで倒れているリズを心配している様だ。
「余を庇うとは、バカな真似を…あの攻撃で死ぬ訳も無し、感謝などせぬぞ?」
「失礼、その女性は私の妹だ。手当するがよろしいか?」
「当然だ、義理は果たそう。ボストクの皇帝として相応の振る舞いを…その菓子の山は何だ?」
「手当です、愚妹の。ほら、いつまで伸びているのだ。さっさと立て」
デザートコーナーにあった砂糖とクリームとチョコソースのかかったカロリーの暴力みたいな菓子を丸ごと持ってきて次々に妹の口に押し当てれば、シュレッダーの様に消えていく。
「さっさと立て、加減すら出来ないのに火を吹くのは馬鹿としか言えない」
「甘すぎですわぁ!カロリーが取れればいいって訳じゃ無いんですのよ!!」
飛び上がる様に立ち上がり、元気よく振り回す尻尾を捌いている。
そんな中、甲高い警報の中で、規則正しい足音が食堂に入り込む。
「やぁ諸君、ご機嫌様!入学早々大規模魔法を展開しやがったのはどいつだ?」
ラティウムの軍服そのままに、勲章に紛れる様に学園の校章が付けられた軍人がプレートアーマーを装着した完全武装の兵士を引き連れて、取り囲むように陣形を組み始めた。
「バカな!?ラティウムの"一番槍"ではないか!まだこんなに残っていたのか!?」
先程の悠然とした態度を崩し、声を荒げたのはアルトゥールだ。
一番槍、そう呼ばれた陣形を組んでいる目の前の兵士たちのプレートアーマーは特徴的で、ワイバーンを思わせる意匠の新世代型の軽強化外骨格が使われたアーマーであると分かるが、全くの新しさを感じさせない。
多少の擦り傷や煤の汚れ、そして漂う気迫から歴戦なのだと教えられる。
そんな歴戦の兵士たちを引き連れる人物には見覚えがあった。
「教官!?お久しぶりであります!」
「うん?ヴィクトリア家の坊じゃないか。
そうか、そう、か、、貴様は!貴様なら!私がどれだけ規律・規則を重んじているかを知っているな?」
いつの間にか抜刀した目の前の人物は、自身が士官高等学校時代にいわゆる学年主任を兼ねていた実践訓練の教官である。
訓練の内容もさることながら、規律の厳しさに関しては規律違反に親を殺された男とした噂される程度には厳しかった。
「それで?今回の規則違反は貴様か?ん?
最悪は全員退学、と言いたいが、身分が身分なんでな、身柄を拘束するだけになるだろう。
喜びたまえ!入学早々楽しい学園生活とはおさらばだ!!」
わざと切先を床に滑らせて、恐ろしげな刃音を鳴らす教官がブチギレていることは手に取るようにわかる。
とは言え、大した理由もなく大規模魔法を展開するなんて無法が通ってしまえば治安なんてあったものではない。
「失礼、今回の事案は生徒会内にて手違いが生じたが故の事。目を瞑ってもらうが、構わんな?」
突然の殿下の立場相応の尊大な発言に、その人物を知っている兵士たちの間では少し気が緩んだように感じる。
しかしそれを一喝する様に納刀された教官の剣の鞘が床に突き立てられ、音を響かせた。
「なりません殿下。いいえ、生徒会長殿、貴方はあくまで学園の一生徒。
教員の指示に従え、今回の様な明確な不良行為を赦しはしない。
ああ、申し遅れました。私、ラティウム寮警備課長兼、突撃軍刀術教官を務めますウィリアム・スペンサーであります」
優雅な貴族礼をする教官を前にして空気は非常に張り詰る。
「すまないゲオルギウス、あれ賄賂とか無理だよね?何とかならないか?ここでボストクに恩を売った方が後々都合がいいし生徒会役員が拘束されるとちょっとまずい」
殿下が袖を強く引っ張って耳元で囁いた言葉には僅かな焦燥感と感じさせた。
とは言え、生徒会が一度も集まることもなく拘束となっては今後まともに運用していけるとは思えないのは確か。
正直打つ手なしであるが故での行為なのだろうが、生憎あの鬼教官から罪を何の償いも無く赦して貰える術など知らない。
いや、一つある。
しかしこの使い方が正しいとは思えないが、いずれ知れ渡ってしまうならばいつ使っても変わらない様にも思う。
「教官、これを…これで警備部長に取り次ぐ事は出来ますか?」
懐から取り出したそれをウィリアム教官に見せつけると、目を見開いて数秒だけ動きを止め、何度も剣を床に突き立てて見るからに動揺し始めた。
そしてその動揺は徐々に後ろで身じろぎ一つしなかった歴戦の兵士たちにも広がり始める。
「それは、、それはどういう意味だ?その
「ああ!その勲章、私も持ってますわ!」
リズが髪留め代わりに使っていた少しだけ意匠の違う勲章を見せ返すと更に動揺の声が大きくなった。
「…わかった、もういい。今回の件を不問にしてやろう、だが気を付けろ、その勲章の重さと意味するものをな」
剣呑な表情で睨みつけた後、ウィリアム教官が何処かに連絡すると警報が止まり、兵士を連れてどこかに去っていった。
あの士官高等生時代の教官を知っている身としてはこんなにも呆気なく身を引いて貰えるとは思わなかったし、なによりも思い返す限りあんなにも軽々しく渡された勲章があんな脅しを受けるほどに重要であるとまではさすがに考えなかった。
ふと、周囲のリズと俺を見る視線がなにやら険しいものに変わっている事に気が付いた。
「ゲオルギウス、そしてエリザベス、君達はその勲章の意味をどこまで知っている?そしてサー・ランスロットは何と言っていたんだい?」
「殿下、私の持つこの勲章はランスロットとして円卓に任命される際に渡された最初の勲章であると知っていますが、リズに渡されたものについては何も」
「だろうね、でなければ困るよ、あっちの方が大事だからね」
「待て!貴様らは『暗黒』のなんなのだ!?」
「『要塞潰し』だと!?我らがかの怨敵をどうして恨まずにいられようか!」
ロクバルの護衛は皇女を守る為か早々に食堂から離脱を試みていたが、アイセルは装飾用に腰に履いていたショートソードを引き抜いて踏み止まるせいで仕方なくあの独特の戦闘態勢に移行する。
ボストクの皇帝の方と言えば、斧を威圧の為に突き立てるのではなく、大きく振りかぶった状態で、一歩でも動こうものなら首を刎ねられてしまいそうでならなかった。
先程まで激昂していた筈のソフィアと言えばアルトゥールを盾に魔力を練っている様な素振りをしている。
助けてやった筈なのにどうしてこうも命を狙われなければならないのか、しかも隣に居るリズは何だか誇らしげに胸を張っていて、この状況に目が回りそうだった。
「まぁまってよ、今更復讐しても意味はないよ?それにほら、ちょうど席も空いたことだし、座って話すかい?」
「バカを言うな!知らぬふりをしても無駄だ!全て話せ!」
殿下の嗜める声もまるで響かず、今まさに一触即発の空気にある。
だが、殿下はそれを意に介さず近くの食堂席に座った。
「まぁまぁ、僕だって知りたいんだよ。どうせ長くなるんだ。座ろうよ」
続くように座るのはリズとアイセル、目の前で斧を振りかぶっているアルトゥールはゆっくりと斧を下ろして他の机を引っ掴んでその上にどかりと座り込むと、ソフィアもそれに続いて椅子に座る。
さぁ次は君だと言うような殿下の眼差しに答えるべく自身も椅子に座る。
「ふふ、まぁいいか。それじゃあ第一回生徒会閣議を始めようか」
一部は魔法の余波によって薙ぎ倒され、他の生徒が逃げ去り静まり返った食堂に初めての生徒会が開かれる。