天狗の戯れ   作:葦名ご当地アイドル弦ちゃん

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戦闘シーンは難しいですね……。そんなわけで初投稿です。


十話 

 

 

 

 

 事態は十分程前──A組生が黒霧によって散り散りにされた場面まで遡る。

 セントラル広場で死柄木率いる敵連合の先兵と戦っていたイレイザーは多勢に無勢ながらも着実にその数を減らしていき、残り数人というところまで善戦していた。 

 悪名を上げるため、ヒーロー社会への復讐のため。様々な思いを抱いて襲撃したはずのヴィラン達もプロとチンピラの力量差を思い知らされ、その数は減る一方。勝てぬと悟り、破れかぶれの突撃をしてくる者すら現れた。

 

 雄英襲撃は失敗。ヴィランの全滅で終わろうとしている中、イレイザーは胸のわだかまりが消えないでいた。

 

 

(あの手男……一体何を企んでやがる……?)

 

 

 大半がイレイザーに立ち向かっていく中、離れた位置からただ観戦するだけに留まる男が一人。

 死柄木という男はまるでショーでも楽しむかのように愉快げな笑みを浮かべて戦いを眺めているだけだった。

 

 

(あいつが主犯なのは確定だろう。だが、自分達が不利だってのにあの余裕はなんだ……?)

 

 

 ヴィラン側が不利な状況の際に余裕を見せるのは何も珍しいことではなく、切り札を持っている、他に仲間がいるなどパターンはいくらでも考えられる。

 ただ、死柄木という男に関しては他のヴィランとは毛色が違うような気がしたのだ。

 

 

(……あの大男が関係してるか?)

 

 

 死柄木に護衛するように佇む脳ミソ男が目に留まる。

 背丈はオールマイトと約同寸で全身が黒い肌で覆われた筋骨隆々の体躯が特徴的だ。至るところに裂傷が残り、痛々しい姿ではあるが、それでもなお圧倒的な存在感を放っていた。

 

 オールマイトを殺すと宣うだけあって相当強力な個性持ちであることには間違いない。

 しかし、奴の虚ろな表情からそれ以上の情報は読み取れなかった。

 

 

「さすがプロヒーロー……。有象無象共じゃ相手にならないな……」

 

 

 イレイザーの耳に死柄木の囁き声が聞こえた。

 

 

「にしても単身で乗り込んできたのは生徒に安心感を与えるためか? カッコいいなあ、カッコいいなあ。……ああ、壊したいなあ

 

 ──ゾワッ

 

 

 全身に悪寒が走り、鳥肌が立った。

 やはり、こいつは危険だ。何か嫌なものを感じる。

 そんなことを考えながらイレイザーは死柄木に目標を切り替えて動き出した。

 

 

(こいつはここで捕らえる!)

 

 

 こいつさえ捕らえればその他の仲間は烏合の衆に過ぎない。

 そう思いながら死柄木を目標に捉え接近していくが、死柄木は嗤っていた。

 

 

「おっ、俺と殺り合おうってのか? いいのか? こいつを後回しにして──」

 

 

 そこまで聞こえた瞬間、イレイザーの頭部に強い衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……何が起きた?)

 

 

 頭がぼんやりする。

 脳を強く揺らされた時の感覚が痛みとなって全身を駆け巡る。視界も思うように定まらず、腹の底から気持ち悪いものがかけ上がってくるのを感じた。

 

 

(ああ、そうか

 

 ……あの大男にやられたのか)

 

 

 その答えに至るまで時間は掛からなかった。

 頭の奥から痛みが沸き上がり、意識も混濁している。このままでは不味いと起こそうにも身体全体に重りを乗せてるかのように力が入らない。

 そしてこんな状態に陥らせた張本人たる大男はすぐ側で悠然と佇み、こちらをじっと見ていた。

 

 

「どうだイレイザー? これが対平和の象徴改人、脳無の力だ」

 

「っ、ぐあぁぁ……!!」

 

 

 右腕が握り潰された。

 ミシミシと音を立てて軋む腕からは血飛沫が上がり、骨の砕ける音が響く。

 苦痛に顔を歪めるイレイザーを見て、死柄木は楽しげに語り出す。 

 

 

「個性を消す個性……。素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前にはただの無個性だもの。それ、片腕も折ってやれ」

 

(ま、まずいッ……! ッ~~……!!)

 

 

 今度は左腕がへし折られた。小枝を折るかのように簡単に、躊躇なく。あまりの激痛に悲鳴すらあげられない。

 両腕の骨を粉々にされたおかげで指先の感覚がなくなり、捕縛布を握る力が弱まる。脳無はイレイザーの頭を掴むとそのまま地面に叩きつけた。

 

 眼窩底骨折。鼻骨、前頭骨への亀裂。

 人体の急所ともいえる頭蓋骨に度重なるダメージを受け、ついに限界を迎えた彼の意識は徐々に遠退いていく。

 意識が朦朧としてる中、第三者の声が聞こえた。

 

 

「死柄木弔……」

 

「黒霧。13号はやったのか?」

 

 

 13号の足止めと生徒の排除。それが黒霧の役目だったが、当の本人はバツの悪そうな表情を見せる。

 

 

「……行動不能に出来たものの、生徒一人に逃げられました」

 

「は? 黒霧、おまえさぁ……」

 

 

 死柄木は苛立ちを募らせながら、首元を掻く。皮膚が裂け、血が滲み出ても尚ガリガリと掻き続ける。

 

 

「はあー……黒霧、お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしてたよ……」

 

 

 呆れと怒りが入り交じったような声色。ミスをした部下とそれを叱る上司のようだ。

 

 

「チッ、さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ……あーあ、ゲームオーバーだ、帰ろ」

 

(帰る…? 今帰ると言ったのか……?)

 

 

 これだけのことをしておきながら、帰還という選択を入れてきた死柄木に怪訝な目を向けるが、イレイザーにとっては朗報と言わざるを得なかった。

 

 生徒全員の安否が不明で13号は負傷、自身はこの有り様。

 

 ヒーローが敵の気まぐれに救われるなど情けないことこの上ないが、それで引き上げてくれるなら好都合だった。

 だが、死柄木の口から発せられた言葉は期待を裏切るものだった。

 

 

「けど、その前に平和の象徴としての矜持を少しでも──」

 

(狙いは……緑谷達か……!)

 

へし折って帰ろう

 

 

 距離を詰め、手を伸ばす死柄木。"崩壊"させる手は蛙吹の顔に──。

 

 

 

 

「──竜閃」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 広場に着いた二人が見たのはまさしく惨劇の一言だった。

 脳無に乱暴されるイレイザー、負傷した13号、蛙吹を"壊そう"とする死柄木。

 これらの事態を見てからの一心の行動は早かった。

 

 

「──しぃ」

 

 

 腰を深く落とし、左手は鯉口、右手は柄に添える。

 抜刀術における基本姿勢。だが、そこから生み出されるのは理外の御技である。

 

 

「──秘伝・竜閃」

 

 

 技量を極めた者だけが辿り着く剣の極致。 

 それを体現した斬擊の帯が抜刀と共に一閃された刀身から放たれた。

 

 狙いは死柄木ただ一人。頭を獲れば後のことはなし崩しに終わる。

 そう考え竜閃を繰り出した一心だったが、寸前のところで死柄木を守るように脳無が割り込んだのが見えた。

 直後、轟音。煙が晴れると右腕が千切れ欠け、胴体が袈裟懸け状に切り裂かれた脳無の姿があった。

 

 

「ぬぅ、しくじった」

 

 

 『脳無の邪魔がなければ死柄木を殺れたものを』と悔し紛れに愚痴をこぼしながら納刀する。

 しかし、そのおかげで脳無がイレイザーから距離を置かせることに成功し、二人はその隙にイレイザーの元に駆け寄った。

 

 

「…じい、さん……」

 

「おう、生きとったか。にしても随分手酷くやられたのう」

 

 

 手は拉げ、顔の穴という穴からは流血。医学知識のない一心から見ても瀕死の重傷と言わざるを得ないほどの容態だ。一刻も早く治療を受けなければ、命に係わるだろう。

 

 

「安心せい、あとはわしがやる。お前さんは休んでおれ」

 

 

 一心の労りにイレイザーは起き上がれない身体を必死に起こすようにして首を横に振った。

 

 

「だめ、だッ……!  あのデカブツは危険だ……! あんたがいくら、強くても…! 抹消、もッ、効かねぇ…! せめて生徒だけでも……!」

 

 

 イレイザー・ヘッドの必死の訴え。

 合理性の塊たるこの男がここまで狼狽えながら止めに入ろうとしている。あの大男が如何に脅威的なのかを表すには十分な説得力だ。

 そんなイレイザーの心配を他所に一心は笑みを浮かべる。全てを任せてしまうような、気持ちのいいはにかみだった。

 

 

「心配はいらん。わしは強いからのう。

 

 葉隠、相澤を安全な場所に避難させい。わしは奴等に灸を据えねばならん」

 

 

「は、はい!」

 

 

 イレイザーを引きずって避難させる葉隠を見送ると一心は鯉口を切りながら脳無を見据えた。

 その横で苛立ちを募らせている死柄木。やはりぶつぶつと独り言を呟く様は不気味一色だ。

 

 

「ああ、もう……なんなんだ……。オールマイトはいねぇし、ガキは殺し損ねるし……今日は厄日か、あぁ?」

 

 

 癇癪を起こし、地面を蹴りつける死柄木はまさに感情を制御しきれてない子供のそれ。だた違うのは子供特有の残虐性のみが洗練されているところか。

 気が済んだのか、こちらに向き直った死柄木は怒りの形相で睨んできた。

 

 

「おいクソジジイ……、今の完全に俺狙いだったよなぁ? ヴィラン相手ならなにやってもいいってかぁ? あぁ……ダメだ……我慢できない……お前は絶対に殺す……!!」

 

「……待ってください、死柄木弔。あの老人は只者ではありません。刀の間合いに入れば、いくら貴方でも無事では済まないでしょう。本来の目的をお忘れですか!?」

 

「うるさい! こんなにコケにされて引き下がれるか! 粉々に消してやる!」

 

「死柄木弔!」

 

 

「……む?」

 

 

 言い合う二人を他所に一心は脳無のことが気掛かりのようでそちらに目を向けるとあることに気がついた。

 

 

 (傷が治っておる……)

 

 

 竜閃は高い威力と中距離に対応出来る葦名流の秘伝技。

 当たれば大抵は即死するが、それを受けていながら脳無は悠然と佇んでおり、右腕も元通りに復元されていた。

 何がタネがあると訝しんだ一心は探りを入れることにした。

 

 

「おい、死柄木ッ!」

 

 

 一心の呼び声に死柄木は振り向く。

 

 

「いい年して子守り付きか! 情けないのう!」

 

 

 ──プッツン。

 あからさまな挑発だが、プライドの高い死柄木を怒らせるには充分な煽り文句だった。

 

 

「あのクソジジイを殺せェェ! 脳無ゥ!!」

 

「グルぅあァァぉォっ!!」

 

 

 脳無が動いた。

 常人離れした身体能力による突進は重機関車の如く、一歩踏む度に床を破壊し、地を揺らしながら迫ってくる。

 だが、その程度で臆する程、剣豪は柔ではない。一心は再び居合の構えをとる。迎え撃つ技はもちろん──。

 

 

「竜閃」

 

 

 再び剣波を飛ばすものの、脳無はそれを真っ向から受け止め、肉片を振り払いながら迫る。物言わぬ怪物らしく、痛みすら感じてない様子だ。

 そこで一心は見た、傷が徐々に塞がっていくことを。

 

 

「なるほど……回復系の個性か?」

 

「"超再生"だ! こいつのおかげで脳無の身体を傷つけることは誰にも出来ねぇ! そのまま叩き潰せェ!」

 

 

 並の人間、いやプロヒーローでも指折りの者しか反応出来ないであろう速度に加え、竜閃を耐え抜いた体躯から生み出される圧倒的パワー。

 その二つが合わさったことでオールマイトを彷彿させる一撃が一心へと襲いかかる。誰も彼もが先のイレイザーのようにボロ雑巾のようにされると思ったことだろう。

 

 しかしその渾身の一撃を、一心は剣一本で難なく受け流した。

 

 

「……は?」

 

 

 予想外の事態に驚きの声をあげる死柄木。心なしか脳無も動揺しているようにも見えた。

 

 何かの間違いだ。それを証明するためにも脳無は再度、一心に殴り掛かる。

 常人なら当たれば粉微塵になる拳打だが、これまた顔色一つ変えず受け流す。さらにもう一発繰り出すも再度対処される。

 自信たっぷりだった攻撃を三度も攻略されては敵サイドに暗雲が立ち上りつつあった。そしてトドメの一発と言わんばかりに、隙だらけになった脳無の腹部目掛けて強烈な斬擊を放った。

 

 

「しぇあッ!」

 

 

 葦名流、『綻び』。瞬きを置き去りにする4連撃が脳無の肉体を斬り刻む。

 神速の剣技で再生させる暇も与えぬよう一心は猛攻を仕掛けたつもりだが、それでも致命傷にはなり得ないのか、斬られた側から傷口が塞がっていく。

 

 

(回復が早いのう……!)

 

 

 このままでは埒が明かないと考えた一心は一度横凪ぎを浴びせた後、後方に飛び退いた。距離を置いた一心に脳無は追ってこようとはせず、その場で佇むことを選んだようだ。

 

 束の間の休息。

 

 眼前で行われている高度な戦いに一同はここでやっと一呼吸置くことが許され、視線を好き勝手に交差させた。

 

 

「す、すげぇ戦いだ……!」

 

「やっぱり葦名さんって強ぇんだな……!」

 

 

 常人離れした二人の攻防、そのレベルの高さにA組一同は驚くばかりであった。

 一方、死柄木はこめかみに青筋を浮かべながら一心を睨みつける。

 

 

「本っ当になんなんだ、お前ェ……ッ! なんで脳無と張り合えるんだ……! オールマイトに匹敵する改造人間だぞ……! 一体何の個性だ……?!」

 

「無個性じゃ」

 

「嘘つけェ! 無個性で脳無に張り合える訳ねぇだろうが……!」

 

 

 まあ、概ねその反応が正しいだろう。

 

 とはいえ、一概に一心が有利とも言い難かった戦況だった。 

 何せ、一心の肩が微かに揺れている。正確に言えば呼吸が乱れつつあった。

 御歳60代半ば。寄る年波は確実に剣豪の身体を蝕んでおり、常に最盛を目指す一心の身にデバフとして襲いかかっていた。

 長期戦が敷けない。それが一心が今抱えている弱点である。

 

 対して脳無はダメージこそ負ってるものの、回復力の高さがそれを上回っている。あの回復力に限界がないとすれば、このまま戦っても千日手になるのは目に見えていた、が──。

 

 

「行くぞォ、脳無!」

 

 

 まだ息も整いきれてないというのに何故か前に出た一心。

 これには脳無も応戦し、一心の脳天目掛けて拳を振り下ろす──が、これを弾き、返す刀で脇腹を抉りつけた。

 しかし脳無は止まることを知らない。負傷も気にすることなく、二度、三度と猛攻を繰り返す。

 まさに狂戦士。痛みも恐れを知らぬ脳無の頭にはもはや一心を殺すことしか考えていなかった。

 

 そこから巻き起こったのは防御をかなぐり捨てて殴打に励む脳無といなしの中に一筋の好機を見出だして攻撃に転ずる一心という竜虎相討つが如き構図。一歩も引かない両者の攻防を見て、誰かが呟いた。

 

 

「な、なんか葦名さん……笑ってない?」

 

 

 ラッシュの真っ最中の一心にもその呟きは聞こえていた。

 

 ──わらってる? わしがか? かかかっ。そうだ。嗤っているとも。

 

 

 剣が加速する、さながら飛燕のように。 

 

 

 ──むしろ嗤わずにいられるものか。

 

 

 刀身が唸る、まるで嵐のように。

 

 

 相対する者全てを一太刀、二太刀の内に斬り捨ててきた。

 そして斬る度に思う、もっと斬りたいと、もっと遊びたいと。

 

 しかし悲しいかな、それに見合うだけの相手がいなかった。

 

 

(感謝するぞ、死柄木よ……)

 

 

 彼がお供に連れてきたのは斬っても斬ってもたちまち回復する不死身の怪物。言い換えれば無限に試し斬りが行える肉達磨。

 

 剣技の研鑽にこれほどうってつけの存在が他にいるだろうか。

 

 

 ──否! 

 

 

 ──今こそ葦名流躍進の時! 我が剣は更なる高みへ昇る!

 

 

「滾ってきたぞぉッ! 脳無ゥッ!!」

 

「がォアぁァァァぁぁッっ!!」

 

 

 裂帛を叫びながら一心は斬り、脳無は殴り返す。 

 両者の攻防が激しさを増していく中、渾身の一撃がぶつかり──両者共に弾かれた、その刹那。

 脳無の強張っていた筋組織が一瞬弛んだのを、剣豪は見逃さなかった!

 

 

「ひとぉつッ!」 

 

 

 一太刀目は横一閃。左から右へ大きく薙いだ斬撃は体勢を崩してる最中の脳無の左腕を裁断した。

 宙に飛んだ己の腕を見て、脳無は雄叫びをあげた。

 

 

「ァ゛アぁァアアぁ!!」

 

 

 左腕の敵討ちと言わんばかりに残った右腕を振るう脳無。

 だが、一太刀目で腕を斬り飛ばした時点で一心は次の動作に移っていた。

 

 

「まだまだぁ!」

 

 

 ニ太刀目。振るってきた右腕を見切った後、真っ向からの斬り下ろしで真っ二つに斬り飛ばす。

 その間、わずかコンマ数秒の世界。

 十の字を描いた斬閃は脳無の両腕を瞬く間に断ち斬り、彼奴を哀れな生達磨に仕立て上げたのだ。

 

 

「葦名流、十文字ィ!」

 

 

 『わしの十文字は修羅の腕すら斬り落とす』。昔、一心は酒の席でこう嘯いた。

 

 宙で黒光る左右の腕が何よりの証左だろう。

 

 

「がぁっ、ァ゛あァぁぁアァァァっっ!!」

 

 

 両腕を失った脳無は無表情ながらも慟哭の声をあげた。いくらでも替えの効く肢体を持ってるとはいえ、一方的に両腕を断たれた事実は化物にとってショックが大きかったらしい。

 その後ろで全てを見ていた死柄木がこの日一番の半狂乱ぶりを晒すように叫んだ。

 

 

「なんだよッ、このジジイ……! 脳無の腕を斬るなんて……! ショック吸収を上回るぐらいの剣速で斬ったって言うのか……! チートがぁ……! それに何をしてる脳無! さっさと腕を再生し──」

 

「そいつは無理な話じゃ」

 

 

 台詞に被せるように一心は死柄木の言葉を遮った。

 

 

「"復元"でも"元通り"でもなく、"超再生"と名付けるということは傷が治る仕組みは常人のそれと同じということ。細胞が組織を形成し、損傷した箇所を修復する……。ならばそれをさせなければよい。こ奴の細胞は斬られたことにすら気づいておらんのよ」

 

 

 時代劇の殺陣シーンでありがちな『斬られたその拍子後に傷が開き、崩れ落ちる敵』はどこまでいっても時代劇特有の表現法に過ぎない。

 斬られた後も何事もなかったように振る舞うことなど出来るわけもなく、実際にはおびただしい量の血を吹き出し、あまりの激痛にその場で悶え苦しむことだろう。

 

 刃物とはそういうもの、人体とはそういうものなのだ。

 

 

 だが、時として人はその限界を越えなければならない。

 

 一心が放った十文字はただの十文字に非ず、これまで培ってきた剣聖としての技量を最大限まで叩き込んで味わわせたもの。

 刃筋に一片のブレもなく、抵抗による刃速の鈍化もなく、宙を切り裂く鎌鼬が如く筋繊維を走るように斬り進んだ白刃はその道中の細胞達に斬られたことを知覚させぬまま両腕を裁断させることに成功した。

 

 そのおかげで脳無に眠る"超再生"の個性は発動することに至らず、断面は元からそうであったようにただただそうあり続けていた。それはまるで侵入されたことに気づかないセキュリティシステムのように。

 

 常人の考えた妄想(アイデア)は超人の手によって現実(リアル)になるのだ!

 

 

「咄嗟の思いつき故多少の懸念もあったが……我ながら上手くやったものよ!」 

 

 

 さらに高速の二連撃が脳無の両太股に叩き込まれ、両膝から先の両脚が斬り落とされた。

 その場に転がる脳無を見て、誰かが短い悲鳴を上げるも一心は一度笑うと死柄木の方へ向いた。

 

 

「脳無は斃れた。お主らも大人しく投降してくれればこれ以上の荒事はせぬと約束しよう」

 

「クソジジイがぁ……! 誰がすr」

 

「なら死ね」

 

「死柄木弔ッ!!」

 

 

 怒りで我を失っていた死柄木は放たれた竜閃に一拍動くのが遅れ、寸でのところで黒霧に救われる形になった。

 もしも黒霧が"ワープゲート"を所有していなかったら、今頃死柄木の上下半身は泣き別れしていたことだろう。事実、死柄木の後ろにあったモニュメントは綺麗に切り裂かれていた。

 

 近づけば直で斬られ、離れていれば刃波が飛んでくる。

 手の下しようがない。事態を重く見た黒霧は苦渋の決断をせざるを得なかった。

 

 

「もはや、これ以上の長居は不要です…… 撤退しましょう……」

 

「は……?」

 

「我々の負けです……」 

 

 

 黒霧の敗北宣言に死柄木は食って掛かる。抗議だけで黒霧を殺してしまいそうなほどの勢いだ。

 

 

「ふざけるな! まだ負けてねぇ……! こんな……ッ、ヒーローでもなんでもねぇジジイなんかにッ……! こんなの認めてたまるか!!」

 

「落ち着いて……! 冷静に考えてみてください! 手駒はほぼ全滅、脳無はあのザマ。残った私達だけで雄英生徒とあの老人に勝てるとお思いですか? これから応援に来るオールマイト他プロヒーロー達も相手にして……」

 

「ッ……!」

 

「今回負けじとも最後に(ヴィラン)が笑えばよいのです。我々はここで止まる訳にはいきません」

 

 

 しばらく押し黙っていた死柄木だったが、ゆっくりとその場に立ち上がった。その目にはもう怒気の色はない。あるのはただ純然たる悔しさのみ。 

 命令を受けずとも黒霧はワープゲートを開く。襲来した時とは違い、闇は二人を包み込める分しかなかった。

 

 

「この借りは必ず返す……覚えてろクソジジイが……ッ!」

 

「毎度の事ながら捨て台詞だけは立派よのう」

 

「……! ……ッ!!」

 

 

 暴れ始めた死柄木を宥めるように急いでワープゲートを閉じる黒霧。

 闇が閉じきるその間際、死柄木は最後にこう言い捨てた。

 

 

「──次は殺す……ッ!!」

 

「こっちの台詞じゃ、阿呆めが」

 

 

 恨み節を最後に闇は完全に霧散し、その場に取り残された一心と脳無。

 先程までの喧騒が嘘のように静まり返った場で一心は血振りし、刀身に異常がないのを確認すると納刀する。

 

 

「……やれやれ。年はとりたくないのう」

 

 

 久しぶりに動かした肩を回しながら生徒達の安否を確認しに、まずは広場に向かう一心であった。

 

 

 

 

 

 





オールマイト「ショック吸収があるならその上からねじ伏せよう!」

一心「超再生があるなら使えないように斬ってやろう」

似た者同士。さすが師弟♡ 





・葦名流『綻び』

 秘伝・葦名流無心流に記された抜刀術。納刀から高速の四連撃を繰り出す。

 夢か現か、一心は竜とも闘った。
 遥か果て、小人の都。そこに棲む闇を喰らう竜との死闘の末に会得したという。
 朧げな記憶だが、その技は確かにその身に刻まれていた。


 元ネタは『ダークソウル3』の『綻び刀』の戦技。

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