人口300万人を超える新興都市神浜市。
現在、神浜市では政府主導の都市開発計画により、いたる所で工事が行われていた。
ビルからは鉄筋が擦れる金属音が鳴り響き、道路ではバックホウが地面を叩きつける砕石音が聞こえてくる。神浜に住む人々は、街の成長と発展、そして少しずつ活気づく神浜市を肌で感じることができた。
しかし、工事で多忙な神浜市のビル街の中心から少し離れた場所、駅から10分とかからない街のはずれ。開発途上である神浜市から取り残されたような、築40年越えのボロアパートの一室。
深夜2時に足の踏み場のないゴミだめで溢れた薄暗い部屋にひとり、画面と格闘する少女がいた。
その少女の名前は涼白ユリ。中学生でありながら学校に通わず、四六時中PC画面にかじりつき、銃弾飛び交う戦場へ潜り続ける重度のFPSプレイヤーだ。
◇
『今日はついてないですね……』
涼白は、パソコンに向かって独り言を言うと、声にならないうめき声をあげながら天を仰いだ。
その日、涼白は何もかもが上手くいかなかった。煽りに粘着され、味方は落ちて回線切れ、やっと粘着から解放されたと思った矢先、戦場が敵のチーターに荒らされ試合どころではなかった。
やることなすこと全てが裏目に出た。
しまいには近所のコンビニで同じクラスの人間にばったり出くわしてしまった。
最悪である。
涼白はゲーム機のコントローラーを投げ捨てるよう地面に置き、ボロボロの布団へ横になった。時刻は深夜3時をまわっていたが、エナドリから摂取したカフェインも相まって寝付けずにいた。山のように積み上げられた空き缶が、この自堕落な生活が今に始まったことではないことを教えてくれる。
『いつ頃からでしたっけ、学校にいかなくなったの』
三カ月ほど前からだろうか、涼白は学校に通わなくなっていた。一度行かなくなると行きづらくなり、最初は制服を着て学校の近くまで行くこともあったが、そのうち家から出ることも朝起きることさえしなくなっていた。
最後に学校に行ったのはついこないだのことのように感じていたが、壁にかけられた制服は衣替えがすんでおらず冬服のままであった。
なにも満たされず空虚な日々、一日があっという間に過ぎていく。学校に行けば、親がいればこんな状況にならなかったのかなと脳裏に過ぎったが、瞬時に振り払った。
結局のところ自分が変わらないとどうしようもないないのだ。
マウスカーソルではなく鉛筆の一本でも持って勉強すれば、深夜のゲームを止めて早く寝ればと思ったがそんな気になることもない……と、いつものように後悔と自嘲を繰り返す涼白だったが、この日、自身の人生が大きく変わるできごとが起こることなど夢にも思わなかった。
◇
『なにかいるんですけど』
どこからベランダに入ったかも分からない白い何かが窓の外でモゾモゾと動いていた。初めはビニール袋かと思っていた涼白だったが様子を見るにどうやら違うらしい。ネコだろうか生き物のようだ。
涼白が住んでいる部屋はボロアパートの最上階4階である。そして、ペット禁制でもある。どのようにしてここまで来たか涼白は不思議でならなかったが、この時、涼白は珍しいこともあるのだなといった程度の感想しか持ち合わせていなかった。
「────」
『これ、窓を開けて欲しいんでしょうか……』
それは、開けて欲しいようだ。少し右往左往していたかと思えば、自分を見つけるとじっとこちらを見つめてくる。涼白は家によく分からない動物を入れることに抵抗はあり、ぼさぼさの髪を掻きむしり少し悩んだが、家に招き入れることにした。
「野良か、どこの飼い猫か分かりませんが、明日大家さんにでも聞きますか……。最近、騒音で怒られたばっかりでできれば会いたくないんですけど……」
そもそも、涼白が住んでいるアパートはペット禁止である。ただでさえ騒音とゴミの山で大家さんに目をつけられているのに、ペットを飼っているなんて疑いをかけられてはいよいよ追い出されてしまう。
涼白は面倒に感じながらもこの生き物をどうするか考えることにした。
一方、白いイタチは涼白の気持ちもつゆしらず、部屋の物色を進めていた。そして、ゴミ屋敷の部屋を一通り周るとそれは話し始めた。
「涼白ユリ、聞いてるかい」
「……」
『こいつ、しゃべる!』
涼白は話しかけられた衝撃のあまり、目を白黒させながら固まった。猫ともイタチとも言えない白い生き物は、我が物顔で机をガサゴソ荒らしたかと思えば『涼白ユリ』と名前を呼んだのである。
当時の涼白には、何故自分の名前が知られたのか分からなかった。キュウベえが机の引き出しから学生証を見つけたことに気づくのは少し後のことになる。
「ボクの名前はキュウベぇ……何をしてるんだい」
涼白は必死になってキュウべぇスピーカーが取り付けられてないか探していた。喋らせるなら生き物に括りつけるしかないという涼白の考えとは裏腹に、生き物の身体を探れば探るほど、他の生き物にはないような異質さを感じることとなった。
『どうやって話しているんでしょうか』
『君とはテレパシーで会話してるよ』
『……マジで言ってます』
『本当だよ。ボクはウソはつかないからね』
「はぁ……そうですか」
目の前の現実に驚き戸惑っていたがだんだんと状況に慣れ始めると、見れば見るほど不思議な生き物に、彼女の好奇心を刺激した。なんの変化のない時間を溶かすような日々を過ごしていた十代の少女がキュウベえに興味を惹かれるのは自然なことだった。
「それで、私に何か用があるんですか」
「魔法少女になってほしいんだ」
「魔法少女、私が……またまたご冗談を」
涼白は、肩をすくめながらおどけて見せた。魔法少女という突拍子のない単語に驚いたが、ゲーム以外にもアニメや漫画のようなサブカルにも精通していたこともあったのか、大きな動揺はなかった。
ただ、ぼろ屋敷で過ごしていて将来の先行きの見えない涼白にとって、キュウベえのいう契約は天から降りてきた最初で最後のチャンスのように感じた。
「他に適任の子がいるんじゃないんですか、それこそ私よりキラキラした明るい子とか…。は、FPSが強いと魔法少女に向いてるのかな、確かにFPSにのめり込んでて第一次、第二次に詳しい女の子なんかいないよね」
「涼白、ゲームの強さも人類史の知識も魔法少女には関係ないよ」
「そういうことじゃないんですね」
「君には魔法少女になる素質がある」
「素質、素質ですか……」
どうやら、FPSのスキルは魔法少女の才能に全く寄与しないようだったが、初めて人生で肯定されたようで涼白は嬉しく感じた。
「願い事はあるかい」
「なんでも奇跡で願い事を一つ叶えることができる。なんだってかまわない、どんな奇跡だっておこしてあげられるよ」
「それと引き換えにできるのがソウルジェム、この石を持つものは魔女と戦う宿命を背負わなければならない」
「例えば不老不死とかってできたり……」
「できるよ」
「巨万の富を築いたり、死者をよみがえらせたり、異世界転生とか」
「異世界転生とはどういうことかな? 死ぬことで別の世界に身体を転移させるのかい、非合理的だよ」
「いいです、今のはなしでお願いします」
適当に無茶な願いを選んで言ったつもりだったがどうやら願いを叶えられるというのは本当のことのようだ。であれば、こちらも願いを真剣に考えなければならないと考え始めた涼白だったが、いざ一つだけ願いを決めようとするもどうにもいい案が思いつかなかった。
思いつくのは「億万長者」や「無病息災」のような安直な願いか、「100個奇跡を叶えられるようにして欲しい」という小学生が真っ先に思いつくようなくだらないものばかりであった。今の私にはどうやら何としても叶えたいような夢はないらしい。
「どういう願いが最善策なんでしょう、せっかくなら努力じゃどうにもならないようなものがいいですよね」
「それなら、不老不死や死者蘇生、過去をやり直しなかじゃないかな」
「うーん」
「不服かい」
「そういうのじゃない気がするんですよね」
涼白は、これだという願いを持ち合わせていなかった。不登校で親もいなかったが、逆に取り返しのつかないようなことはなく恵まれてるともいえた。
結局契約を決意した。ゲームしかしてこないで碌な人間関係も築けなかった自分にも自分にしかできない役割があり、世のため人のために動ける。それだけでよく願いなど涼白にとっては何でも良かった。
「エントロピーを凌駕したよ」
「君が今持ってるのがソウルジェムだよ」
「これが……ソウルジェム」
宝石に疎い涼白でもきれいだと分かるほどだった。恐らくこの宝石は値段はつけられないだろうなと思った。
「急に黙り込んで、どうかしたかい」
「いや、きれいだなと……」
そのソウルジェムの放つ輝きは、自分には少し眩しかった。
◇
涼白の生活は以外にも魔法少女になる以前と比べ、より充実したものとなっていた。ただ、いいことだけでは終らないのが魔法少女のつらいところ。
魔法少女になったものは願った奇跡の代償に魔法少女として魔女と戦う運命を課せられる。それは、涼白も例外ではなかった。
「反応的にはこっちのはず」
今は、夕暮れ。日が落ち始め、部活動をしていた学生も下校し始める夕暮れ時、魔女が活発化し始めた頃、魔法少女の活動も本格化し始まる。そして、涼白も神浜の路地裏を駆け回っていた。
「あった、あった、ありました」
結界を見つけると頭から魔女の結界に飛び込み、入ると同時に変身した。
涼白の衣装は黒を基調とした軍服に白い手袋、黒いマント、胸の勲章、軍刀を腰に下げ、小銃を抱えていた。魔法少女より傭兵や指揮官といった言葉が合いそうな出で立ちであった。
涼白の変身した姿は普段のぼさぼさな髪にクマもなく、整った顔と長い銀髪、厚手の軍服からでもわかる胸に中学生にしては比較的背が高いことも相まってモデルのようでもあった。
容姿に気を付け、昼夜逆転も生活をせず引きこもらず学校に通っていれば恐らく世の男女からそれなりに好かれていたかもしれない。涼白自身も変身した姿にとても満足していた。
「これより作戦行動を開始します」
涼白はノリノリである。気分は戦場を縦横無尽に駆け抜ける一兵士であった。傍から見ればやや痛々しいのだが、当の本人は気分よく戦っていた。
どのくらい痛々しいかというと、味方がいないにも関わらず一人でハンドサインを出す程度には痛々しかった。ちょうど学年も中二なのでそういうことなのかもしれない。
不登校でゲーム三昧、人に誇れることがなかった涼白にとって、魔法少女は天職であり、戦闘センスもあったので、何もかも駄目な自分が誰かに必要とされ、誰かの役に立つことで自己肯定感が満たされていた。
彼女の魔法少女としての能力は
「煙幕をはって、攻撃しながら、回り込んで」
機動力もそこそこあり、
「リロードして」
汎用性も高く、
「これで、とどめ!」
器用貧乏にならずに済むような火力もあった。
涼白は、与えたダメージや戦闘時間によってより強力な武器や支援を呼ぶことができるというものであり、彼女がやっていたゲームの内容が反映された固有魔法であった。
涼白の戦いは武器のライフルで遠くからちまちま攻撃し、敵が倒せそうであればライフルと手榴弾で倒し、相手を倒せそうになければ強力な武器や支援を使用できるようになるまで持久戦に持ち込むのスタイルが彼女の基本戦術であった。
「これで終わり、GGです、お疲れさまでした」
苦戦することもなく終わった。1年もやっていても魔女の結界から出るまでいきた心地がしない。胸をなで下ろしながら地面に落ちているグリーフシードを回収した。
グリーフシードは魔法を使ったり、生活をしていくうえでたまっていくケガレを浄化する唯一の方法である。魔法少女にとって魔女狩りは仕事であると同時に魔法少女として活動していくうえで大切な活動でもあった。
そんなある日、
「少しいいかな」
「……あなたからは珍しいですね、キュウベえ」
数ヶ月ぶりにキュゥべえの方から珍しく話しを持ちかけられた。
現状、涼白とキュウベえとの関係は良くも悪くもなかった。キュウベえには人でいう感情というものが欠落しているらしい。
お互いに利用し利用されるビジネスパートナーのような関係という認識であった。
「二人と仲間になって欲しんだ」
「私が、他の魔法少女とですか……」
涼白はキュウベえの方を見向きもせずに、グリーフシードを手のひらで転がしながら眺めていた。
涼白は否定的だった。今のところ活動に支障がないこともあるが、涼白が特に気掛かりなのがグリーフシードの供給量と、人間関係である。
魔法少女にらテリトリーが存在し、無闇に他の魔法少女の縄張りに魔女を狩りに行くことはできない。よって、魔女を乱獲することは出来ないのはもちろんのこと、貴重なグリーフシードの取り分が減るというのは痛手になる。
また、魔女の落とすグリーフシードをめぐって人間関係でトラブルになるのはごめんだったがその不安な気持ちはすぐに消し飛んだ。
「小学生ですか……」
キュウベえの後ろには縮こまっている二人の少女がいた。
涼白よりも一回小さい子供だ。身長からしても小学生のように思われる。
「……」
「あの」
二人は怯えた様子でこちらを見てくる。二人は初対面の涼白相手に話しかけられず困っているが、涼白は涼白で、他人と碌にコミュニケーションが取れないためまごついていた。しかしながら、たとえ引きこもりであっても腐っても先輩魔法少女である。会話下手だが、意地をみせた。
「いい」
「えっ」
「みますよ面倒、それでいいんでしょうキュウベえ」
「涼白ユリ頼めるかい?」
「もちろん、二人もそれでよろしいですか」
「やっちゃん」
「ええ」
「よろしくお願いします涼白さん」
「ん、こちらこそよろしくお願いします」
三人で握手を交わした。この時涼白は、まだ小学生の二人を見て不安や心配もあったが、不思議とどんな困難や苦難も乗り越えられる、そんな気がした。