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倒れていた。耳鳴りがひどく、目もよく見えない。
反射的に立ち上がろうとした。しかし足に鈍痛が走って、立ち上がることだけに一〇秒も使ってしまった。
体全体が痛い。至近距離で受けた爆風が、体のあちこちにダメージを与えている。しかし、私の損傷は大したことはないはずだ。私が受けたのは衝撃だけだから。
服が切れていて、血がにじんでいる。それくらいだ。
砲弾が空気を切り裂いて過ぎ去っていく甲高い音が、いくつもいくつも聞こえてきて、それが、誰かの声をさえぎっている。
周りでいくつもの水柱が立ち、シャワーのような水をかぶる。
私の頭の中はお姉さまのことでいっぱいだった。
航空爆弾が直撃した。無事であるはずがない。
「お姉さま!」
叫ぶと、後ろから「ここです!」と聞こえ、振り返る。
だが、よく見えない。
目をこすって、目を細め、ようやく見えた。
そこに、横たわった金剛がいた。艤装の砲塔は、だらしなく下を向いて、機関部から炎がちらついていた。金剛の腹部当たりの服はずたずたに引き裂かれ、血がお姉さまの服を真っ赤に染めていて、その範囲は信じられない速度で広がっていた。
背中のあたりが爆弾か艤装かわからない破片が無数に突き刺さっていた。
金剛はぐったりとしていた。意識がなかった。
やはり。と思った。
「援護を!」
神通が叫ぶ。
とっさに当たりを見回した。鈴谷と摩耶、神通が、敵の戦艦や巡洋艦をけん制していた。
金剛お姉さまに近づいて確認したかった。しかし、私が今金剛の所に行ってしまってはいけない。すぐそこに敵の戦艦と巡洋艦がいる。何としてでもこれを倒さなければ、私ももろどもお姉さまも沈みかねない。
一瞬のためらいがあった。
だが、今は、金剛お姉さまを守らなければならない。
「神通さん。お姉さまを連れて下がっていてください。私が正面を張ります」
「了解」
敵は何隻残っているのか。五水戦は逃げられたか。
戦艦を二隻はやった。戦艦はあと二隻。巡洋艦も四隻程いたと思う。残りが駆逐艦十二隻。どれだけやれたのだろうか。さっとあたりを見渡す。霞の周りに三隻。霰が霞のフォローに回っている。霰についている敵はいないようだった。陽炎と不知火が、二人で五隻の敵と戦っていた。四隻撃破。駆逐隊は大丈夫だ。
お姉さまは神通に任せて、鈴谷を私のフォローに回すべきだ。
敵巡洋艦が自由だ。二隻は駆逐隊に向かって、二隻と戦艦二隻がこちらに向かっている。
五水戦は見当たらなかった。すでに沈んだか、または撤退に成功したようだ。
小銃はスリングがまだ肩にかかっていた。マガジンを捨て、予備のマガジンを装填する。ボルトを少しだけ引いて、チャンバー内に弾があることを確認する。
主砲の装填は終わっていたが、一番砲塔が動かなかった。
艤装の大部分にダメージが入っている。機関が少しおかしい。砲塔旋回速度も遅い。射撃管制装置は完全にだめだった。
全員のめさないと気が済まなかった。かたき討ちだ。
心の底から湧き上がってくる怒りを自覚すると、どこからともなくアドレナリンが分泌され、全身の痛みが引いていくのが感じた。
「摩耶さん、鈴谷さん、いきます!」
機関を最大戦速へ。波を蹴って思いっきり飛び上がった。
敵戦艦は驚いてこちらに照準している。着地と同時に面舵を切る。敵の弾がすぐ左を抜けていった。電探カチューシャと髪、耳が少しが吹き飛ぶ。
敵が撃った。あとは十分に詰め、主砲を叩き込めばやれる。
そう考え、ゆっくりと主砲を敵に向ける。敵は笑っていた。
弾を残しているのか?
すぐさま後進一杯。取り舵を取る。敵が一発だけ発砲する。敵の弾が右足をえぐる。立っていられなかった。右に倒れる。右足の踏ん張りがきかない。手が海面についた。左舷の主砲で敵を照準。撃つ。敵は上半身を吹き飛ばされて倒れた。
機関を後進から停止へもどす。
右足の外ももから元気に血が噴き出していた。とっさに止血帯を足の付け根に巻き、きつく縛り上げる。
手負いの戦艦がこちらに照準していた。
私は小銃を出して、戦艦に向けて射撃をする。槓桿が手前で止まる。主砲の装填は終わらない。マガジンを捨て、予備を探り当て、装填する。ボルトリリースレバーを押し、ボルトを前進させる。
その時、甲高いジェット機の轟音があたり一面に響いた。
とっさにその方向を見ると、青いペイントに一枚の垂直尾翼を備えた、単発機が見えた。F-2戦闘機。グローリー隊だ。
そして、目の前にいた戦艦が、文字通り木っ端みじんに吹き飛んだ。
二番機が続いて爆弾を落とす。残りの敵が吹っ飛んだ。
「榛名さん!魚雷!右舷!」
後ろから、だれかが叫んでいた。駆逐艦が抜けてきて、私に魚雷を発射したらしかった。
動かないと。立たないと。右足に力が入らない。なんで動かないんだ。立て。立て。立て。右舷を見る。雷跡は五つ。すぐそこに近づいていた。
左足を何とか海面に突き立てて、前進一杯に入れる。取り舵を取る。それで何とかのろのろと動き出した。こんな時に機関の調子が悪い。加速しない。
体ごと砲塔を回して魚雷に照準する。発砲し、海面に大きな水柱が上がる。その衝撃で、何本かの魚雷が爆発した。
今度は小銃で撃った。一本が爆発した。あと一つ。当たらない。三〇発すべて撃ちきる。
魚雷は、直撃コースにあった。後5メートル。避けられない。
右舷の艤装を、盾にして海面に構える。
直後に衝撃が襲う。艤装が壊れていくのが、はっきりと感じた。
やられた。
視界が暗い。息苦しい。
沈むと思った。爆弾の爆風と一六インチと魚雷を食らったのだ。
耳が聞こえない。
血が流れだしていく。こんなに血が流れているのに、体が一方に軽くならない。重い。もう、腕を動かすのでさえ億劫だ。
目が、瞼が閉じられていく。私はそのまま、意識を手放した。
*
しかし、なんだか感覚がはっきりとしない。上下の感覚が怪しかった。視覚にもやがかかっていて、ここがどこなのか検討もつかない。
私は部屋にいた。お姉さまがいた。
「榛名」
私を呼んでいる。
「榛名、しっかりしなさい」
お姉さまが呼んでいる。声音はとても優しく、でも意味はそうではない。
頭の端で、これは夢だ。と、認識していた。
連鎖的に思考が弾ける。
作戦行動中だった。戦闘中だった。戦闘中に気絶したのだろうか。そうだ。魚雷を食らって、私は死にかけているのだ。
*
目を覚ます。
隣に誰かがいる。
「榛名さん!」
この声は、神通だ。神通がなぜそこにいるのだろうか。私は、神通にお姉さまを連れて離脱するように言ったはずだから。この場にはいないはずだった。
「敵は、他のみんなはどうなりましたか」
「金剛さんがすべて片付けられました。第三艦隊、全員無事です」
「お姉さま、が?」
お姉さまは、戦闘不能で海域を離れたのではないのか。
「途中で気を取り戻し、戦場に引き返しました」
「あなたも引き返すことなかったのに」
「ごめんなさい。それで倒れている榛名さんを見つけ、金剛さんが残った敵をすべて倒しました」
「勝った、のですね」
「私たちの勝利ですが、すぐに帰らないと、金剛さんが危険な状態です」
そうか。お姉さまが。
「わかりました。私は無理なので、旗艦を鈴谷さんに移します。鈴谷さん、応答してください」
『こちら鈴谷、どうぞ』
「これより帰投します。旗艦をあなたに預けるので、指示をお願いします」
『了解。鈴谷、旗艦を承りました。艦隊、原速。進路三五〇』
エピローグ
その後、艦隊は救難ヘリやUS-2により鎮守府に帰投し、高度な医療処置が必要な榛名と金剛はすぐさま必要なものを備えた施設へと移送された。
金剛は一命をとりとめたが、いまだ意識が回復する見込みはない。榛名は命に別状はなかったが、精神的な負担がおおく、艦隊に復帰するのに時間を要するものとされる。
戦闘の結果、分離した深海棲艦の戦闘群は全滅。それに伴い敵空母打撃群は引き返し、伊豆諸島の奥深くへと帰っていった。しかし五戦隊は6隻中4隻を失うという結果に終わり、また第三任務部隊も主力戦艦二隻が大破し、その後回復に時間がかかるというものであり、全体としてみると痛み分けの結果に終わった。
また、五戦隊で生き残った二人の艦娘は、それぞれPTSDを発症しており、療養にのため隊列を離れた。そのため、五戦隊はこれで解散となった。
五戦隊の壊滅と主力戦艦二隻の実質的な喪失は、戦力比に劣る人類側にとっては手痛い痛手となり、これをもとにこの戦闘は実質的には敗北だとするものもいる。