ディストピア世界にTS転生したら、管理する側の上位存在だった 作:見てます見てます
魂という概念の事を勿論この世界の生物達、特に【天使】達はしっかりと熟知していて、私がその事を知っているのも彼女達からその事を教わったからだ。
教わったというかもはや強制的に叩き込まれたというか。
【熾天使】でなかったら恐らく同族であったとしても普通にバラバラに解体されていたかもしれない、貴重な資料として。
そうでなくてもいろいろと魂を直接『触られたり』、それはもういろいろとされたのだから。
それだけ珍しい貴重種だという事だ、私という生物は。
とはいえそれはもうとうの昔話であり、今はちゃんと【熾天使】としての役割を全うしている。
一つの都市を運営して【人類】を管理している訳だったが、とはいえその匙加減がなかなかに難しい。
【人類】だった頃の私は自らの行動に対して疑問を抱いているし、しかし【熾天使】としての私は今の状況に不満を抱いている。
もっと、人間さんを愛するべきだと肉体が叫んでいる現状で、それでも魂は【人類】を自由にすべきと叫んでいる。
しかしながら私にも体裁やら立場というものがあり、ていうか何なら【熾天使】であろうとも変な事をして【天界】の秩序を乱すものならば容赦なく制裁を下される事だろう。
今の私が出来る事と言えば曖昧な事をやってお茶を濁す事のみ。
そしてそれは【人類】の事を出来るだけ健康的に管理する事だった。
毎日毎日それぞれ同じ時間に起こし、バイタルチェックをして食事をとらす。
しばらくの休憩のち運動、おやつタイム。
その後しばらくまた運動した後に昼ご飯、お昼寝をした後におやつ、また運動。
……運動は労働かエクササイズかどちらかを選択できるようにしたかったが、しかしながらそれは可哀そうと他の【天使】に文句を言われたので、仕方がないので午前中は労働で午後はエクササイズをさせるという事になった。
そして太陽が沈む時間帯になったら帰宅、ご飯を食べてから入浴、その後に睡眠魔法できっちり夢を見ない深い睡眠を取って貰う。
私の都市は、こんな感じに動いている。
うーん、なかなかにディストピアが極まっているなと思ったが、しかしながら天使達からは時折やはり人間さんが可哀そうとクレームが入る。
幸福度はしっかり基準をクリアしているのだったが、しかしながら【人類】が傷つくリスクがある事をしているのはやはり不安なのだそうだ。
本当にもう、自分達がずっと人間さんの事を抱きしめてすべてをやって上げる!
イヤ、そんなこと言われても健康には太陽光と汗を流す運動、おしゃべりなどコミュニケーションも大切なのですが。
とはいえ、そこら辺の常識で語れないのが【天使】らしいというかなんというか……
いっその事それこそ人間さんの方から文句の一つでも言って貰いたいのだが、しかし現状みんな『幸せ』な状態なのは間違いないし、わざわざ不満を漏らす人がいないのも事実。
みんな、笑顔が絶えない。
幸福、なのだ。
そして【天使】達はそんな人間さんの事を見て笑顔になり、幸せになり、戯れに連れ去り、『福音』を施す。
……『福音』。
【天使】のみが扱える特殊な魔法だ。
彼女達の特殊な歌声、それを耳にした人間さんの身体を根本から変えてしまう。
知能はただただ幸福を常に出力するだけの器官に成り下がり、目の前にいる【天使】に対して多大な依存心を抱くようになる。
強力なものだと手足の機能が低下したり、内臓すら弱めてしまう『福音』もある。
実に恐ろしい、しかしそれをされた人間さんはみな一様にして幸せになっている。
まあ、幸せしか感じられないというだけなのだが。
と、まあ。
そんな訳で私は現状なあなあに済ませていて、そしてそれに対して都市に生息している【天使】達――とはいえその数は五体と少ない――は、私の管理が杜撰で酷いモノだと鬱憤を抱えているみたいだった。
理由は例によって「私のやっている事は人間さんへの虐待行為だ」との事。
……まあ、それはその通りかもしれないなとは私も思った。
♪
「……」
「お待ちしておりました、フラエルさん」
私は今日、その私に対して少なからず不満を抱いている【天使】の一人。
フラエルを招いていた。
とりあえず彼女達の言い分や不満を聞いておいてそれを反映する格好だけでも取っておかないと厄介な事になると判断したからだ。
それこそ彼女達はただの【天使】であり力で言えば私よりも数千倍ほど弱いが、しかしながら私よりも強い【熾天使】達にチクられたら困る。
彼女達が普段いるのは都市の『どこにでもある』場所である。
そもそも人間のように規則正しい生活を必要としない、ただ自由気ままに生きていける彼女達は、言ってしまえばどこにでもいられる。
だから元々彼女達の姿は、昔はもっと化け物染みたものだったらしい。
丸い羽毛に包まれた物体に巨大な目玉、車輪の付いた翼が八つ。
言語で説明するのならば、そんな感じ。
しかしながら、彼女達は【人類】に興味を持ち、愛するようになった。
そして【人類】から好感を抱かれるようその姿を真似るようになった。
……今の彼女達の姿は、そんな経緯があって出来上がった。
話を戻そう。
「一応以前にも申し上げましたが、人間さん達はある程度の適度な運動を欲しています。より正確に言うのならば、その肉体は一定間隔で稼働していないと衰える――いえ、退化していくと言うべきでしょうか?」
「それは以前も聞きました。しかしルシエル様、私は納得できないのです」
フラエルは紅茶を優雅に啜った後、如何にも不満ですと言わんばかりの表情を浮かべながら言う。
「肉体が衰え、退化していくというのが人間さんがそれを望んでいるからに決まっています。そもそも、動かなければ動けなくなってしまうという明らかな欠陥を抱えているのならば、それをもう撤去してしまうのが正しいと私は思います!」
【熾天使】である貴方ならばそれが可能でしょう?
彼女の問いに対して私は苦い顔をしながら返答する。
「……私は、ええ。フラエルさん、私も人間さんの事を心から愛しているが故、その事を検討した事は何度かありました。しかしながら、私は人間さんのナチュラルな欠陥がある事も含めた造形美の事も同時に愛しているが故、それに踏み切る事が出来ないのです」
「ああ、そう言えばルシエル様は芸術を嗜んでいたのでしたね。確かにそれならば、人間さんの肉体に対して異なる感想を抱いているかもしれません」
「はい、ですが皆様が私が行っている政策に対し不満を抱いているのも事実。そして私にも説明義務ががあるとは思いますので、もしまた不満などがありましたら遠慮なく申し出てください」
「ええ、分かりました」
と、来た時よりも幾らか晴れやかになった表情で彼女は退出する。
完全に姿が消えた事を確認した私は「ふう」と息を吐き、肩を下ろす。
つ、疲れた……