ディストピア世界にTS転生したら、管理する側の上位存在だった 作:見てます見てます
私は若干の罪悪感を覚えながら私が普段利用している仕事部屋に入り、席に着くなり肩を落とす。
ものすごい脱力感に襲われているが、我慢しながら現在の状況について改めて整理していく事にする。
そもそも、今回新たなる【天使】として生まれる事となった彼女、ルナエルの現在を把握しているのは私1人だけだろう。
【天使】の誕生を察知する事が出来るのは【熾天使】だけなので、だから彼女が生まれる事となった『繭』には私以外の目撃者はいない。
ただ、現状のルナエルの居場所を知らないだけで、彼女の誕生の事を知っているものは少なくとも1人いるのは間違いないのだ。
━━鶏が先か卵が先か。
しかしこの場合は鶏が先という話。
この都市のどこかに【人類】に自らの羽根を植え付け殺害し、【天使】に変貌させた者がいることは間違いない。
そしてこれは私の常識からは外れた状況なのも確かだ。
『祝福』。
【人類】を愛した【天使】が行う行為。
悍しい独占欲をモチベーションとしてされる凶行。
だからこそ、
彼女の誕生を愛する者がいなかった。
『祝福』を施した【天使】は姿を消し、代わりに一体の【天使】のみが残されていた。
前提としてそもそも『祝福』をするのは狂った個体であるという事を前提にしたとしても、あの現場の状況には違和感を覚えてしまう。
……現場について、思い出そう。
ルナエルが見つかったのは現在建築中のビル、そこの空き部屋の一つだった。
犯行を行なった者はどうしてそこを選んだのだろうか?
私から見つかる時を遅らせるために、無駄だとしても別の異空間とかに移動してそこで『祝福』をしようとは思わなかったのだろうか?
あるいは、そうせざるを得ない理由があったのだろうか?
……しかし、【熾天使】以下だとしてもある程度万能な上位存在である【天使】がやむを得ない状況というのが私には想像ができなかった。
「少なくとも、事件が起きた時にこの都市に新しく【天使】が入り込んできた痕跡はなかった。だから、従って『祝福』を行なったのはこの都市に元々いた【天使】なのは間違いない」
そして、それら【天使】が各々アリバイを持っている事も、私は知っている。
【天使】の繭が発生した事を察知した時点で都市内にいる【天使】の力を気づかれないように私の管理下に置き、異常な事をした時点で察知出来るようにしていた。
……異常は、なかった。
そしてそれぞれ【天使】は事件現場の遠くにいたし、だから物理的なアリバイもある。
いや、それ以前の問題だ。
私はこの都市で『祝福』する事を禁じていて、だからその予兆がないか一定周期で【天使】相手にバイタルチェックを施していた。
その精神に異常が発見された時点で危険と見做し、追放する予定だったが、しかし今の今までそれを実行する事はなかった。
そして【天使】がいきなり狂って【人類】に対して『福音』を通り越して『祝福』をするなんて━━
「あの、ルシエルさん?」
と、そこで恐る恐るといった感じにルナエルが姿を表す。
私はひとまず悩むのをやめ、それから「どうかしましたか?」と彼女に尋ねる事にした。
「いや、その。確かにこの世界の常識は受け入れ難いけど、だけど命の恩人であるルシエルさんにあたるのは間違ってたなって」
「別に大丈夫ですよ。私だって昔、あなたと同じような事をしましたし。ただ、あなたは私と違いただの【天使】ですので、あくまで慎重には行動してくださいね?」
「ええ、分かったわ」
と、彼女はそこで私が悩んでいた事に気づいたらしく「どうかしたの?」と尋ねてくる。
適当にはぐらかそうかと思ったが、しかし彼女の意見を聞くのも悪くないと判断し、一から状況を説明してみる事にした。
「なる、ほど?」
ルナエルは顎に手を置き、考える素振りを見せる。
「その、【天使】は人を愛すると独占するために、マーキングみたいにその人の身体に羽根を埋め込み、同じ【天使】にしてしまう、と」
「愛するというか、ただ狂うだけですよ。だから何かしら予兆があったはずなのですか、しかしながらその前兆もなく━━」
「別に、予兆はなくてもおかしくないんじゃない?」
と、彼女は言う。
「つまり━━一目惚れだったんじゃないかしら」
その言葉に私は呆け、そして同時になるほどなと思った。
その発想はなかったと言うより、私の中では既に【天使】というのは化け物みたいな存在のカテゴリに入っていたので、人間らしい挙動をとるとは思っても見なかった。
「確かに、かなり傍迷惑な話ですが。衝動的に人を愛して凶行に及んだという可能性はあります」
「よね?」
「ですが、それでも犯人が現場にいなかったという事の説明は出来ません。というより、貴方が発生した時点でその場にどの【天使】もいなかった事を確認済みです━━ゆえに、これは一種の不可能犯罪みたいになっているのです」
犯人が物理的にその場にいない事。
しかし、その事も彼女の口から正解らしい推論が吐き出される事となった。
「じゃあ、こんなのはどうかしら? 例えば、犠牲者━━というか、私ね。
その発想は。
「なる、ほど……凄いですね、全然その可能性は考えていませんでしたよ」
あるいは、まだ人間らしい思考を残しているからこそ思いつけたのだろうか?
なんにしても、それならば可能だ。
確かに【天使】の手ではなく犠牲者が自分の手で【天使】の羽根を自らの身体に物理的な手段で植え付けたのならば、犯人である【天使】とは関係のない場所で【天使】の『繭』が発生する事だろう。
「問題は、それが本当に本人の意思かって事だけど。この世界って魔法みたいなのがあるんでしょう?」
「ええ、そうですね。ですからその人が操られていたという可能性は十分にあり得ます」
「だとしたら━━犯人はきっと、ここまでこうなる事はきっと分かっていたのだと思う。そんな犯人がする事は、一つ」
ルナエルは人差し指をピンと立てて見せながら言う。
「きっと━━この場所を訪れて愛した存在である私を見にくるんじゃないかしら?」