崇永記   作:三寸法師

102 / 202
大沢たかお祭りなんてものでゲラゲラ笑っていたら、ふと師直でもそれらしくなるのではと思っていたのが先週のハイライトです。


◆4

〜1〜

 

 

 建武四年も夏を過ぎようとしていた頃、六角家当主(佐々木惣領)の俺は同族の少女の魅摩を連れ、一目散に本拠地(佐々木荘)を発って京へ移動していた。

 夏過ぎと言っても、旧暦の季節認識に基づく話である。有り体に言えば、暑さ真っ盛りだ。当然、同じ馬に二人乗りしようものならますます暑い。だが、俺も魅摩も今はそれどころではなかった。

 

 

「何なんだ、あの腹黒坊主は!本拠地を甲良に移転させてからというもの、三日に一度はウチ(佐々木荘)に押し掛けやがって!暇なのか!?」

 

 

「雑務の多くを私の長兄(京極秀綱)に任せてるし、付き合う相手も京ほど居る訳じゃないから、その分時間も有り余ってるんでしょ……だけど、正直あれは予想外だった。もっと他にやる事ある筈だってのに」

 

 

「お前の顔を見るっつう名目で、本家(ウチ)の屋敷に入り浸ろうとする位だからな……遠回しに迷惑だって言っても、まさに馬耳東風だ」

 

 

 本拠地移転直後で防衛システムを見直す必要があるという理由から道誉はここ暫く近江国で過ごす時間が増えているのだが、まるで意味が無い。我が佐々木荘の六角邸へ来ても、特に軍政の話をするでもなく、魅摩を交えて俺と食事を摂るのみで帰路に着くのだ。

 はっきり言って俺も魅摩もウンザリしていた。当代随一の腹黒の身で親バカの演技をして一体何の得があるのか、理解不能だ。

 

 

「はン。三郎、あんたがこの私を人質代わりにしようとしたのがバレてたんじゃないの?残念だったねぇ、目論見が外れてさ」

 

 

「お前が人質?……機能するのか?婆娑羅大名(佐々木道誉)相手にさ」

 

 

「……どうだろうね。今の私には何とも言えないよ」

 

 

 絶対自分にそれだけの価値があると内心思っているだろうという言葉を俺は呑み込んだ。何も単純なデリカシーの問題ではない。

 以前より道誉が娘にどこまで情というものを持っているものか、疑問視していた。もし持っているなら、まともな護衛の十数人とは言わずとも、一人や二人程度は平時から付けていた筈なのだ。

 しかし、実際の道誉が娘の神力を利用し、己の謀略に役立てた回数は数知れず。腕利きによる御守りも無しに、諍いから刃傷沙汰への発展も十分に起こり得る賭場の仕切りを一任する有り様だった。

 これが父親のする事なのか。まだ時信(俺の父親)の方が幾分マシだろう。

 

 

「ちょっと。何よ、その目は。三郎の癖して、一丁前に私を憐れんでんじゃ無いでしょうね。だとしたら余計なお世話でしかないよ」

 

 

「ほーん。魅摩姉、"三郎の癖して"とは随分な言い草じゃないか。まさかとは思うが、俺が一族の惣領だという事を忘れたか?」

 

 

「よく言うよ。惣領だって言うなら、私の親父(京極道誉)相手にドシっと構えて欲しいもんだね。情け無い。私を連れて京へ逃げ出すなんてさ」

 

 

「うっわ。言っちゃいけない事はっきり言いやがった!こいつ!」

 

 

 今回の件で、当家(六角佐々木家)の郎党たちの京極家に対する警戒心は最大限に高まっている。ただでさえ道誉は京極家が初めて手にした守護国の若狭国を斯波家兼(家長の叔父)に明け渡しているのだ。次に道誉が狙うのは代々六角家(佐々木一族嫡流)が継承してきた近江国守護ではないかと見る向きは強い。

 また、晩春(金ヶ崎城決戦後)に師冬の発した警告を本気にすべきかもしれないという思いも消し切れずに居る。あの時は真に我ら(六角家)を喰らうのは一体どちらかと思ったものだが、情勢が予断を許さなくなっていた。

 

 

「俺だって、父上(先代)さえ壮健ならまだ力を蓄えるのに専念できて……いや、泣き言でしか無いな。これは。兎に角、尊氏様を想う気持ちで誰にも負けるつもりは無い。喩えお前のお父上が相手でもだ」

 

 

「張り合うところか?それ……ま、良いや。三郎、本気で馬を飛ばしなよ。あんたが本気になって馬を走らせるの、久しく見てない」

 

 

「ならば、口を閉じてろ。舌を噛まないようにな」

 

 

「ん……」

 

 

「そいや!」

 

 

 振り落とさないよう魅摩の腕を脇でそっと固定した上で、手綱を思い切り握り締める。愛馬と呼吸を合わせるのは俺の十八番だ。

 京へ向かって駆け始めた矢先、とても追い付けないから加減するよう慌てて懇願する従者たちの声が後ろから聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 薄々予感していたが、近江国の拠点だけでなく、京の六角邸に詰める者たちにも京極家の動静を不安視する風潮は広がっていた。

 表向き友人として六角邸を訪れ、俺と幾月か振りに顔を合わせた師冬も案の定、当家(六角佐々木家)におけるそうした傾向を悟ったようだった。

 何時ものように山盛りのお椀を片手に持ちながら話を重ねる。

 

 

「米原から甲良……ざっくり言って、六角佐々木家の本拠地までの距離が半分程度になった訳ですか。一気に詰めて来ましたね」

 

 

「ああ。早朝に出掛ければ、とろとろ歩いても昼飯時には間に合うという距離よ。全くとんだ迷惑だ。当面、俺は京でやり過ごす」

 

 

 同族の道誉はもはや単なる京周辺の有力武将ではない。尊氏様の傍らに侍り、権謀術数を巡らせる切れ者だ。要は中央政治の動向を左右し得る立場にある。しかし、それは得てして不安定である。

 嫡流筋の六角家()と違い、所詮は庶流に過ぎない京極家(佐々木道誉)が中央での存在感を一度失えば、復権はそう容易く無い。今は本拠地移転の直後で国元に居ても、暫くすれば京に戻らざるを得なくなるのだ。

 詰まるところ、根本的なブランド力で両家の間には高い壁が横たわっている。京極家の優勢も一時的なものに過ぎないのである。

 

 

「良いんですか?貴方(千寿丸殿)が近江国に居ない間に、道誉が豪族共を取り込んでも。ご存知の筈ですよ。京極家が多賀大社に寄進した件」

 

 

「……チ。流石は師冬殿。痛いところを突いてくれるな」

 

 

「いえ、私も迂闊でした。ですが、義父上(足利家執事)道誉(京極判官)に無警戒過ぎる」

 

 

「うげぇ」

 

 

 去る六月二十一日、道誉は在地の社の神官たちを味方にすべく、師直に掛け合って、足利政権の寄進承認のために根回ししたと聞いている。愛知川以東の坂田郡の掌握に躍起になっている証拠だ。

 元より京極道誉には軍事指揮の分野で北近江の権益を譲る格好になっているが、あの腹黒坊主はそれだけでは不満足らしかった。

 

 

「師冬殿。俺とて歯痒いのだぞ?道誉の目があんな近くにあっては表立った敵対行動なんて望むに能わず。それどころか日々の振る舞いすらも()()()()()()()()やも知れず、息苦しくて仕方がない」

 

 

「お察しします。ですが、あたかも逃げるように上洛されたのは悪手でしたね。今頃、近江国では一族内外から千寿丸殿の胆力について疑問視されている筈ですよ?何もかも道誉の思うがままです」

 

 

「グ……し、知った事か。多少の後ろ指は戦働きで黙らせる」

 

 

 苦し紛れの虚勢を張ってみせるが、師冬には無効でしかない。

 逆に呆れたとでも言いたげに、溜め息を吐かれる始末であった。

 

 

「どこの誰と戦う気ですか?越前国の新田ですか?九州の菊池や阿蘇ですか?それとも奥州の北畠?どれも千寿丸殿の出る幕ではないでしょう?ついこの間の反乱(守良親王軍)でさえ、未出馬(一族郎党任せ)だったのですから」

 

 

「……あのな、師冬殿。暫く親王はお腹いっぱいだわ。正直言って尊氏様との御約束が無ければ、頭を下ろしていたところだぞ」

 

 

「亜也子、もしくは義父上(高師直)ですか?それ程の心苦しさの原因は」

 

 

「言わせるな……て、あれ?お前知ってんの?師直殿の件」

 

 

「ええ。御本人(義父上)が得意げに。恒良親王は今も獄中ですよ」

 

 

 帰京直後に目の前で尊氏様の神力が恒良親王(南朝の皇太子)の身体に注がれて新田義貞たちの真の動向が明らかになった事は今も記憶に新しい。

 まさか尊氏様の御涎が拷問にも効果的とは想像だにしなかった。

 だが、驚きだったのは効用のみに限らない。行きつく果てというものを知らない師直の合理主義だ。二十一世紀を知る俺から見ても古今あれに匹敵する者が一体どれだけ居るのかという程である。

 

 

「だと思った。にしても、得意げって。あの自称完璧執事は」

 

 

「自称はしてないと思いますが……千寿丸殿の愕然とする顔が甚く痛快だったようです。曰く、あの斯波家長に勝るとも劣らずと」

 

 

「微塵も嬉しくない……だが、尊氏様の寵愛さえ有れば!」

 

 

「そう言えば、千寿丸殿。少し見ない間にまた一回り大きくなりましたね?その分であれば、再来年には私より背が高くなっておられるのでは?よくそれで御方の寵愛に依存できますね?よしんば西国武士らしい美丈夫になっても、尊氏様の好みからは外れる筈です」

 

 

「ッッッ……ぐうの音も出ない」

 

 

「……ま、私には然程関係のない話ですが」

 

 

 悔しさからギュッと拳を握り締める俺に対する師冬の突き放すような言葉が追い討ちのようになって精神ダメージを加えて来る。

 まさか良かれと思って重ねた鍛錬の成果がこんな形で仇になるとは想定外だ。もしや速さの向上に全てを懸けるべきだったのか。

 

 

「とはいえ、千寿丸殿は歴とした佐々木惣領。このまま道誉(分家当主)の後塵を拝するのは全く面白くないでしょう?その後、亜也子とは?」

 

 

「……可能な限り、飲ませられるだけの体液を飲ませて実験を」

 

 

「は……?」

 

 

 さしもの師冬もこれは流石に想定外だったのか、もうお馴染みの野心を漲らせた顔を崩し、正気を疑うような視線を向けてくる。

 ただし、俺も言い分が無いでもない。全ては尊氏様の御為に。

 結局のところ、俺の脳裏ではこの標語こそが第一であったのだ。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 秋も深まった頃、俺は再び本拠地の佐々木荘へと戻っていた。

 案の定、道誉は長く政権の中心地の京を空けられず、甲良(京極領)には幾人かの子息たちが居るのみだ。彼らは道誉と違い、兄弟姉妹(はらから)の魅摩を訪ねるという名目で、六角邸に出入りするような無粋はしない。

 しかし、俺の気は晴れていない。原因は奥州の情勢にあった。

 

 

家長(孫二郎)……マジで何してんだ。あいつ」

 

 

「?……三郎、その書状は?私が知らない方が良いヤツ?」

 

 

「んん。北方軍事で異変がな……だが、これ程の大事は耳に入れておくか

 

 

 殊勝にも軍政に口を出すまいと心掛け、俺と師冬の食事会に顔を出さないようにする程の魅摩でも、知っておくべき事案はある。

 かつての庇番衆の面々を主力とする斯波家長や上杉憲顕ら関東足利党はそれまで北畠顕家の奥州軍を霊山城に押し留め、あと一息で根絶やしに出来るところまで追い詰めていたにも関わらず、去る八月十一日、三万余騎にまで勢力を回復させた敵軍の挽回を許した。

 そして同月十九日、北畠顕家は先の上洛戦と同じく義良親王を神輿に担いで南進の末、白河関を破って下野国(北関東)へと乱入したのだ。

 

 

「つまり、あれだ。いつかのお前(魅摩姉)の双六と同じさ。あと一回丁度の目を出せば勝ちの場面から、凄い勢いで差を詰められている状態」

 

 

「やかましいわ!……大体さ、聞いた話もっとヤバいでしょ?」

 

 

「まぁな。八万余騎が迎撃のため出陣したらしいが、家長(斯波陸奥守)自らの指揮ならまだしも、上杉憲顕(民部大輔)と高重茂(大和守)の将才では……南部や結城だけでも手に余るだろう。彼らの強さは去年の戦で散々身に染みた」

 

 

 まず上杉憲顕は公家の血を引くだけでなく、合戦の勝敗より実験の成否に重きを置くなど、闘争心に欠けている武将である。戦歴を鑑みても、義兄の上杉重能の方が数段上回る筈だ。また、重茂の方に至っては高兄弟でも最弱で、最も得意なのは文官仕事である。

 対して南部師行と結城宗広はどうか。両者共に言わずと知れた歴戦の名将であり、対抗可能な武将は北朝でも多くはないだろう。

 勝敗は目に見えている。戦は数ではなく、大将の力量次第とはある程度の実力者ならば誰でも知っている話だ。足利の麒麟児こと斯波家長がその道理を知らない筈がないのだが、どうにも妙だ。

 

 

「あ。でも阿波守(細川和氏)殿が出るなら話は別か……?」

 

 

「三郎、また関東に出陣なんて事にならないよね?」

 

 

「どうだか。越前国に新田軍が残存している以上、近江国守護の俺の東征はまず考え難いが、どうであれ引き続き注視しなければ」

 

 

「ふーん……ま、良かったじゃん。城の改修に着手しておいてさ」

 

 

「……ああ」

 

 

 夏過ぎに師冬から、当面の打開策として提示された佐々木城の改修工事がここに来て、思わぬ形で功を奏そうとしている。甲良へ拠点を移した京極家への牽制がてら、昨年正月に北畠軍の手で陥された砦もどきの城は正真正銘の巨大要塞に変貌しようとしていた。

 しかし、俺の憂慮は続いていた。冬を迎えてもである。城のある(きぬがさ)山の頂上付近から、先年の戦より復興して活気を取り戻した本拠地を見下ろし、溜め息を吐く。そこへ一人の便女が近付いた。

 

 

「亜也子。手伝いの方は一段落付いたのか?」

 

 

「うん。ねぇ、工期を見直してるって噂、本当なの?」

 

 

「さぁ?お前に話す事ではないな」

 

 

「……ふーん」

 

 

 度重なる()()のせいか、亜也子の容貌は様変わりしている。

 いつだったか、亜也子が京の住人に憧れてか、垢抜けたいなんて抜かしていた気がするが、今の彼女の姿は十分に派手だ。虚しくも婆娑羅禁止を掲げた建武式目に反するのみでなく、二十一世紀の都会の街並みを知る俺から見ても、お墨付きを与えられる程に。

 そんな亜也子が主君の俺の両頬を手で抑える。明らかに殺意あっての事ではなかったので、俺は何も言わない。もう諦めたのだ。

 

 

「ここでおっ始めるのと素直に喋るのどっちが良い?」

 

 

「……チッ。察しろ。工期変更だ。年末までに全てを終わらせるつもりでな。奥州で北畠顕家軍がいよいよ再上洛に着手した。東の戦況によっては遅かれ早かれこの一帯が天下分け目の合戦の舞台になるかもしれない。故に、急いで完了させなければならないのだ」

 

 

「……やった」

 

 

「全く、唯の便女は気楽で良いな……これでも為政者の端くれの俺は万一の戦後処理で頭を捻らせているのにさ。俺は麓に降りる」

 

 

「うん。じゃあ、また明日ね。殿様」

 

 

「ああ。言っておくが、さっきのは他言無用だぞ」

 

 

「分かってる」

 

 

 今の亜也子は佐々木城のある繖山で改修工事を手伝わせるという建前の元、閉じ込められている状況だ。本人は呑気なままだが。

 家人にして忍びでもある美濃部と目を合わせ、亜也子との距離が十分に確保できたと判断し、俺は密かに呟いた。馬鹿な女だと。

 

 

「盛られているとも気付かずに……ん?あれは」

 

 

 麓近くの作業小屋近くでポツンと立っている人物が視界に入る。

 目をぱちくりさせた俺は改めて周囲を確認し、急ぎ下山した。

 すると作業小屋から最側近の青地重頼まで出て来る。人払いは済ませたという彼の発言で、俺の表情が強張る。意地悪くもそれを見てから、三井の前任の執事の高宮が片膝を下ろして口を開いた。

 

 

「お久しぶりです、主様。さぁ、此方へお入りください」

 

 

「お、応。頼んでおいた調べ物、まさかもう」

 

 

「いえ、本日は別件で……お申し付け通り、数多の寺院仏閣に情報網を張り巡らせていたところ、夢窓国師様の動静に関し、看過しかねると思われるご報告が。私から直接申し上げるべきかと思い」

 

 

「何……?」

 

 

 果たして持ち込まれた夢窓疎石に関する報告というのは俄かに信じられないものだった。国師こと夢窓疎石は泳がせるという方針に反してまで俺の耳に届けられた情報だ。だが、相応の特報だろうと心構えをしていたにも関わらず、俺は表情を目まぐるしく変えた。

 ひりつく頬とひん剥く目。口を片手で押さえて、必死に堪えた。

 そうでもしないと今にも叫びそうだったのだ。どうしてこうなったのだと。それこそ佐々木城(この繖山)の山頂にまで響き渡る程の音量で。

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