崇永記   作:三寸法師

103 / 202
▲5

〜1〜

 

 

 甘美なる京生活が祟ったせいか、尊氏が友人の道誉に連れられるがまま、田楽や連歌などに熱中する一方、弟の直義が足利家執事の高師直と喰い合う形で、当代の源氏政権の実務を担当している。

 元関東庇番四番組筆頭の一色頼行が九州において敗死してから半年以上が経った今、直義は関東方面に細心の注意を払っていた。

 

 

「関東に増援の準備……でございますか。直義様」

 

 

「差し当たり、越前国の新田義貞たちは脅威足り得ぬ。国府に入っている尾張(斯波)高経殿が杣山城の南朝軍を十分に抑えてくれている」

 

 

「はい。その尾張守(斯波高経)様は関東事情に憂慮しておられると」

 

 

「ああ。当然だろう。孫二郎(関東執事)は高経殿の御嫡男だからな。それに、顕家軍の進撃次第では他の地方の国人たちが旗色の変更を考える恐れもある。北陸とて今は落ち着いているが、予断は許されまい」

 

 

「……では、直義様。諸大名にはどのように御指図を?」

 

 

一先(ひとま)ず土岐頼遠や小笠原貞宗に準備させよう。孫二郎(関東軍)には長尾や桃井といった猛者たちが参じているが、それだけでは再び勢い付いた顕家以下の南朝武将らと対峙するのに些か心許ない。武力の補強が必要だ。土岐も小笠原も一癖ある外様大名だが、尾張足利家出身の奥州総大将(斯波家長)ならば、彼らも従おう。北陸出兵(金ヶ崎城攻め)の時のようにな」

 

 

「御意!早速、執事殿に方針を伝えます!」

 

 

 郎党が伝達のため足早に退室すると、直義は微かに息を零した。

 その隣には上杉重能が控えている。今や関東に居る憲顕の義兄で足利兄弟とは従兄弟の間柄だ。勿論、直義派武将の一人である。

 直義は常人と凡そ異なる風貌の上杉一族を殊更重用していた。

 元々が庶子の直義にとって外戚に当たる彼らは頼みの綱なのだ。

 

 

「……伊豆守(上杉重能)。高経殿に書状を。東国は心配無用。高経殿(越前国守護)におかれては眼前の新田義貞や脇屋義助たちとの戦闘に集中されたしと」

 

 

「はい。承りました……されど、直義様。信濃守(小笠原貞宗)殿はまだマシだとしても、弾正少弼(土岐頼遠)殿が若い家長殿に従いましょうか?確かに金ヶ崎城攻めでは家長殿の実父の高経殿に従っていたようですが……」

 

 

「ふ。伊豆守(上杉重能)、若いからと言って大名に舐められて終わりでは足利の麒麟児の名が廃ろう。孫二郎は一昨年元服したばかりでまだまだ若いが、統率能力を充分に備えている。今まで坂東や奥州を掌握していた孫二郎(斯波家長)に、土岐氏惣領(伯耆守頼貞)の七男坊を従えられぬ道理はない」

 

 

「お言葉、ご尤もです。私とした事が家長(斯波孫二郎)殿を侮っておりました」

 

 

 京の直義にも情報は遅れて届けられている。数え齢十六という若輩ながらに関東執事と奥州総大将を兼ねる斯波家長は、奥州軍の起死回生こそ防げなかったものの、依然として意地を見せている。

 八月下旬に満を持して関東に入って下野国や上野国などの南朝軍との連携を図る北畠顕家を相手に、粘り強く対抗し続けていた。

 

 

「……孫二郎はよくやっている。南朝方の当主(坂東一の弓取り)の戻った宇都宮家に亀裂を生じさせ、顕家軍の足止めを図っているようでもあるから、当面は大丈夫だろう。それよりも、今は別の事が気掛かりだ」

 

 

「は、直義様。何なりとご相談ください」

 

 

「うむ……以前、諸大名に通告した寺社領等の還付命令の件だ」

 

 

 この年(建武四年)の十月七日、足利政権は各地の北朝武将に実効支配していた寺社領や国衙領などの返還を命じている。直義は天下の秩序を守るために必要だと考えていた一方、少し時期尚早だったのではないかという念も拭い切れなかった。対して重能(上杉伊豆守)は首を横に振った。

 勿論、直義の言わんとしていた理屈も分かっている。武士とは土地ありきの存在である。東国において顕家軍の脅威が再燃した今、諸将の力の根源を弱らせる方針はそれ相応の危険を孕んでいた。

 

 

「直義様。新田義顕(越後守)たちの戦死で天下は静謐と見る向きは私含めて確かにございましたが、顕家軍の南進で再び崩れ去ろうとしているのもまた事実です。先の北朝武将たちへの命は各地に残存する旧勢力が顕家軍、ひいては南朝に靡くのを防ぐ有効な一手でしょう」

 

 

「そう言って貰えると気持ちも楽だ。だが、懸念は他にも──」

 

 

「直義様、失礼します。近江国守護、佐々木(六角)近江三郎(千寿丸)様が面会を求めておられます。只今、広間にてお待ちして頂いておりますが」

 

 

「言及しようとした矢先に……伊豆守(上杉重能)、六角も懸念材料の一つだ」

 

 

「!?」

 

 

 南近江に君臨する六角佐々木家は後年、近隣の旧寺社勢力への対抗姿勢を露わにし、幾度も諍いを起こす事になるが、幼君の千寿丸を頂くこの年(建武四年)、既にそうした傾向が見られるようになっていた。

 驚く重能(上杉伊豆守)を連れて謁見の間に赴く傍ら、直義は経緯を口にする。

 

 

「還付命令後、北朝武将らと寺院仏閣等の間で、訴訟沙汰が噴出する事は予想していたが……六角千寿丸も例外ではない。未だ幼稚な奴の凶暴さは分家の道誉(京極判官)を凌ぎ得る。当然のように寺社領を己の物の如く実効支配していた。例えば近隣にある東寺領の荘園をな」

 

 

「東寺領を?まさか去年の合戦で我ら足利軍が世話になった事を忘れた訳では……六角殿も手勢と共に参陣していた筈でしょうに」

 

 

 この前年に比叡山延暦寺の力を借りる新田軍と対峙して京で戦闘を重ねる間、足利軍は東寺に本陣を置き、持明院統の仮皇居としても借りていた。無論、北朝は感謝の念を示して然るべきだろう。

 だが、六角家当主(佐々木惣領)の千寿丸も足利方武将の一人として政権の意向に従うべきところ、実際に行っていたのは恩を仇で返す行為だ。

 後に義弟(上杉憲顕)に育児放棄されたも同然の二人の兄弟(能将と憲将)を預かって手ずから養育した程の人情を備える重能は困惑の色を隠せなかった。

 

 

伊豆守(上杉重能)。諸大名にとって土地こそが第一だ。しかも、六角千寿丸は外様大名。()()()()に心服していても、()()()に忠誠を誓っている訳ではないだろう。その点では京極や土岐たちと変わるまい」

 

 

「はぁ……して、東寺から訴えがあった後はどのように?」

 

 

「本来なら即刻還付するよう六角に言いたいのは山々だが、ヤツには既に延暦寺や興福寺への備えを内々に命じてある。やむを得ず、持明院統と示し合わせた通り、和与を命じる事にした……だが」

 

 

「だが、と申しますと……」

 

 

「引き延ばして有耶無耶にしようという魂胆だろうな。六角は」

 

 

 呆れたような溜め息と共に、直義は自らの推察を言葉にする。

 実際、千寿丸がこの件に関して歩み寄る姿勢を示すまで、ここから更に時間を要した上、和与成立後も供出を渋り続けたという。

 後年、道理を知る武将として上級貴族から高く評価される千寿丸はこの点において、清廉潔白な直義と相性の良い筈が無かった。

 

 

「気苦労、お察し致します……ただ、であれば今日は何用で直義様の元を訪れたのでしょう?六角は分家の京極同様、高一族派閥に近い武将の筈。藪を突いて蛇を出しに来た訳でも無いでしょうに」

 

 

「……会ってみれば分かる事だ」

 

 

 果たして謁見の間に直義が姿を現すと、千寿丸は直ぐ近くに控える従者らしき者と呼吸を合わせ、稲穂のように首を深く垂れた。

 慇懃さ自体は西国の上級武家らしく品があるらしい。そこだけは評価すべきかと心の内で思った直義は頭を上げるように命じた。

 

 

「……」

 

 

「どうした?なぜ頭を上げぬ?」

 

 

 しかし、千寿丸は頑なに頭を上げようとしない。チラと直義の側近の上杉重能(伊豆守)を見るだけで、直義の言葉に従おうとしなかった。

 直義たちは悟った。どうやら人払いを求められているようだと。

 

 

伊豆守(上杉重能)、下がれ。他の者たちもだ」

 

 

「……は」

 

 

(直義様はお世辞にも猛将とは言えぬ。幼齢でも時信の血を引く千寿丸なら素手で暗殺できてしまうやも……いや、流石に無いか)

 

 

 内心葛藤するところがあったらしい重能(上杉伊豆守)やその他の武士たちが退室すると、千寿丸は漸く頭を上げて、後ろの従者に目配せする。

 直義は不審に思った。その従者の手はとても一端の武者のものと思われない老人の手だった。だからこそ、重能(上杉伊豆守)たち同様の退室を求めなかったのだが、他に何か特筆すべき点でもあるのだろうか。

 しかし、その従者が己の髪に手を取って引っ張ると直義は表立って戸惑った。どうやら千寿丸の来訪には相当な裏があるようだ。

 

 

「む、夢窓国師……?態々このような方法で来られずとも」

 

 

「直義様、此の度は」

 

 

「ん?」

 

 

 困惑し切りの直義の言葉を遮るように千寿丸が口を開く。

 直義は想起した。夢窓疎石は佐々木一族の出身であったと。

 カツラを取った夢窓疎石は惣領(六角千寿丸)の振る舞いにバツが悪そうだ。

 

 

「す゛み゛ま゛せ゛ん゛で゛し゛た゛ー!!!」

 

 

「!?!?」

 

 

 思わず耳を塞ぎたくなる程の大音量が辺り一帯に木霊する。

 京の街に棲む鳥たちが一斉に後の濁りを気にせず飛び立った。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 八月十九日に顕家軍が白河関から侵入して以来、関東では南朝方と北朝方の一進一退の攻防が繰り広げられている。かつては稲妻のような神速により、奥州から近畿に向けて一気呵成に進軍した顕家であったが、知将の斯波家長はそう簡単に倒せる武将ではない。

 一方、北畠顕家はせっかちである。やっとの思いで再び関東地方に進出してから三ヶ月以上が経っているにも関わらず、未だ下野国で足止めを喰らっている事に苛立ちを覚えずに居られなかった。

 

 

「もう真冬だ。家長(斯波陸奥守)のあの手この手に苦戦する間に、東海地方や近畿では迎撃態勢が整っているに違いない。越前国の新田軍の動向も気になる。家長の実父(尾張高経)相手に巻き返していれば良いのだが……」

 

 

「顕家卿。その新田ですが、義貞の次男の徳寿丸に軍勢を率いさせた上で、畑と堀口の両名を副将に据え、此方に遣わすそうです」

 

 

「北陸道を行かせず、我らに加勢させるか……だが、此処にきて上野国や越後国からの援軍は膠着状態の打破に御あつらえ向きだな」

 

 

 吉野の朝廷から上洛を催促され続けている今、何時迄も苦戦を続けている訳にはいかない。もし再び奥州に抑え込まれるような事になれば、顕家や義良親王の威光もいよいよ通じなくなるだろう。

 金ヶ崎城での合戦で自害ないし捕縛という憂き目に遭ったらしい親王たちの二の舞は是が非でも避けたい。だからこそ、新田家も当主の義貞ではなく、顕家の方を優先して軍勢を遣わすのである。

 

 

「伊達、隣国の常陸国の戦況は?」

 

 

「今なお御味方(南朝方)の劣勢です。やはり常陸国は佐竹軍(北朝方)の力が根強く、先々月(十月)に春日卿が赴かれて戦った何日もの御苦労が水の泡です」

 

 

「致し方あるまい。常陸国に未だ味方(南朝勢)が残っていただけでも有り難い話よ。兎角、今は目の前の下野国を突破しなければ始まらん」

 

 

「は」

 

 

 ここ数ヶ月、下野国こそが南朝方と北朝方の入り乱れる地だ。

 二年前の中先代の乱で足利軍に味方した小山軍はこの十二月初旬に至り、顕家軍が利根川に達するための最後の壁となっていた。

 しかし、顕家の目の前に立ちはだかった敵は小山軍に限らない。

 

 

「……申し訳ございませぬ、顕家卿。下野国の抑えは我ら結城一族にお任せ頂いていたにも関わらず、斯くも御手を煩わせてしまい」

 

 

「良い。家長が一枚上手であっただけだ。余とて宇都宮家に離間工作を仕掛けられるとは想定外だ。どうして結城(お前)を責められよう」

 

 

「芳賀禅可め。当主(公綱)を見限り、北朝に味方するとは……彼奴さえ居なければ、以前のように素早く下野国を抜けられたのですが」

 

 

 奥州(顕家)軍の主将の一人、伊達行朝がそう溢すのも無理はない。

 紀清両党(宇都宮軍)の重鎮の芳賀禅可の裏切りで、宇都宮家は分裂した。

 すなわち、父親の公綱と息子の加賀寿丸の対立構造が完成したのである。勿論、この裏で敵の知将(斯波家長)が糸を引いていたのは明白だ。

 

 

「芳賀の動きは変幻自在……再び帰順させるのは難しかろうな」

 

 

「顕家卿、吉野朝廷から遣いが。御人払いを求めておられます」

 

 

「春日……良いだろう。結城!伊達!南部!」

 

 

「「「は!(نعم!)」」」

 

 

 十二月八日、下野国を南下する顕家軍は遂に小山城を捉えた。

 それから小山城では大将捕縛まで熾烈な合戦が繰り広げられた。

 ただし、その間に総大将(北畠顕家)が愛妾の松姫を連れ、離脱していたとは誰が考えよう。向かった先は伊豆半島、侍王子の隠れ家である。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 下野国で北朝方が危機に陥っていた頃、奥州総大将にして関東総大将の斯波家長は鎌倉に居た。顕家と同じく、家長もまた担ぐべき御輿を抱えている。後の室町幕府二代将軍の足利義詮である。

 しかし、家長の目から見てその才は物足りないと言う他に無い。

 

 

「敵の大軍が徐々に南下している。家長、そちも上杉たちと同じく(高大)(和守)たち八万騎の迎撃軍に加わると聞いた。その話は本当か?」

 

 

「……はい。利根川にて迎え撃つつもりです。義詮様、ご安心を。南岸の武士たちは全て味方(北朝方)です。次の戦で顕家の首を御前に」

 

 

「うむ……家長、そちだけでも此処に残ってはくれまいか?」

 

 

「……理由をお聞かせ願えますか?」

 

 

 齢七つと幼い義詮からの懇願にさしもの家長も声色が低くなる。

 言うまでもなく北畠顕家は配下共々強敵である。また、新田徳寿丸の名の下、四天王の畑時能や矢作川合戦で名を上げた堀口貞満が北関東経由で顕家軍に合流するらしいという情報も入っている。

 彼らに対抗するには上杉憲顕や長尾景忠らの人造武士、そして高重茂らの面々だけでは厳しい。斯波家長(奥州総大将)の参陣が不可欠なのだ。

 勿論、この状況で鎌倉防衛策を採るのは気が引けた。利根川以南に敵が居るならまだしも、今は戦禍のせいで人々の心が足利から離れるのを防ぐためにも、鎌倉の外で勝ちを求めるべきだろう。

 

 

「ふ、ふ……」

 

 

「ふ?」

 

 

「不吉だからだ!」

 

 

「不吉……いつの間に占い師のお知り合いが」

 

 

「家長も見れば分かる!誰か!結び直して持って参れ!」

 

 

 果たして義詮の命令で持ち込まれた物品に家長は目を丸くした。

 片方は笹、もう片方は紐で結われた袋である。しかし、家長は即座に見抜いた。これは誰かが警告するために送った品であると。

 

 

(笹は北畠の家紋、笹竜胆。つまり、顕家軍だ。それともう一つは紐で中身を括っている。挟撃の示唆か。義詮様に袋の謎解き(要らぬ入れ知恵)をしたのは周りの側近の誰かだろうから別にして……問題は贈り主だ)

 

 

「成る程。ところで、何処のどなたから贈られたのでしょう?」

 

 

「近江国!六角佐々木家の当主(三郎)殿だ!あの者は未来が見通せると前にそちも申しておったではないか!そち宛の品を先に見てしまったのは謝るが、これはどう見ても不吉ではないか!なぁ、家長!」

 

 

(千寿丸(アイツ)……なら素直に密書に(したた)めれば良いものを!変に小洒落た真似をしようとしたな!これだから西国武士はいけ好かない!)

 

 

 尾張足利家出身の家長は再従兄弟(六角千寿丸)の余計な気遣いに地団駄を踏みたくなるも、もう齢十七だ。そこまで感情的になる歳ではない。

 気慰みに近江国からの品を手に取って開封を試みる。中に入っていた小豆を掴んだ矢先、紐から抜けるような匂いを嗅ぎ取った。

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