崇永記   作:三寸法師

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今日から暫く、食事の度に師直を思い出すことになりそうです。


◆9

〜1〜

 

 

 策は成った。涎入りの茶を飲んで俺の言った通り、舌を完全に噛み切って鮮血を噴き出す敵三人の姿を見て、俺は片手を翳した。

 合図を受けて動き出したのは亜也子と師冬に化けていた師直麾下の天狗両名だ。ここからは時間との勝負である。いつ顕家が報復の矢を射ても可笑しくない。天狗に身体を掴まれ、後退し始める。

 ただし、他にも対策がある。強弓の射手は何も顕家に限らない。

 俺は確信していた。このままの勢いで敵軍を完封できるのだと。

 

 

「良いか!敵も味方も、戦記に記せ!三年前に無謀な乱を起こして天下を混沌に導いた諸悪の根源、北条時行はこの近江国守護の佐々木六角千寿丸の説いた道理を聞き、真の仇敵に他ならない南朝に媚び売り、尊氏様を逆恨みする事の愚かさを悟って、郎党たち共々、自らその命を絶った!これが平氏末裔の辺鄙(田舎者)共の末路であるぞ!」

 

 

「「「おお!!!」」」

 

 

「ッ……千寿丸。その代償は大きいぞ。余の弓を喰らうが良い!」

 

 

筑前守(佐々木顕信)、防ぎ矢を致せ!」

 

 

「御意!」

 

 

 同族で尚且つ西国一の弓の使い手として名高く、湊川合戦では惜しくも豚カツ(細川顕氏)の士卒の管理不行き届きの弊害を喰らった佐々木顕信(筑前守)の存在は大きい。奥州(北畠顕家)軍との交戦に備え、近江国へ招いたのだ。

 北畠顕家の報復の矢と佐々木顕信の守りの矢が衝突する。俺は天狗たちに両脇を掴まれたまま、鉄砲の弾と弾とが丁度ぶつかり合ったという西南戦争の情景を連想し、そのまま自陣に辿り着いた。

 

 

「宗家。お身体の具合は?」

 

 

「問題ありません、道誉殿。念の為、爪で舌から少しだけ気付けの血を出した上で、必要に応じ復唱を織り交ぜ、敵の言葉を尊氏様の命と誤認する危険を潰しました。では、後顧を……師直殿は?」

 

 

「兄者ならもう帰ったぜ。指揮は師冬に任せるとよ」

 

 

「!?……真ですか、師泰殿」

 

 

 弟の師泰曰く、兄の師直は京で尊氏様の食事を作るため、勝利が確定したこの地(黒血川周辺)での合戦の指揮を師冬に委ねたのだという。勿論、天狗の化けた師冬ではなく、正真正銘……と言って良いのか分からないが、かつて逃若党の彦部吹雪であった高師冬が新指揮官だ。

 しかし、これでは話が違う。足利家執事の師直が指揮を預かるならいざ知らず、師冬であれば、俺が指揮を取るのと変わらない。

 正直に言って、俺は軍才において師冬に劣るとは微塵も考えていなかった。家柄は言うに及ばず、個人の武力も今や同じ話である。

 

 

「ささ、宗家。名目上の総大将として御旗を振るお役目をございますれば、早急にお口の治療を。身体を張って、時行とその郎党二人を葬った尊きお口ですからなァ。魅摩のためにも跡を残しては」

 

 

「いえ、道誉殿。こんな傷、神力であっという間に回復可能です」

 

 

「おお……お見事」

 

 

 年内にも元服できようかという今、神力の操作に困る事はない。

 ただ、前に聞いた師直の言葉が気になる。あたかも元服すると神力に翳りが見えるかの如き口振りだった。また、寵童の活用次第でその翳りを抑え、むしろ高めることが出来るようにも聞こえた。

 本当にあれは冗談だったのか。前執事の高宮の報告にあった寺院で行われているという慣習を踏まえれば、軽々に判じられない。

 選択の時は近い。尊氏様の貴きお姿を幻視する。ただ、兎にも角にもこの戦で敵軍を掃討し、憂いを除去しなければ始まらない。

 

 

「敵が北条を騙し討ちしやがった!黙って居られん!」

 

 

「続けや続けぇ!」

 

 

 敵は雪崩を打つように進撃を開始している。指揮も何もあったものではなく、兵の一人一人が頭に血を上らせている状態である。

 あの状態の兵たちを以て、名将たちが一堂に会する決戦を勝利に導ける武将は決して多くないだろう。士気が高いのは良い事だが、あれだけのレベルまで達すると逆に使い熟すのが難しいものだ。

 根っからの本能型の武将の新田義貞はさることながら、この俺も可能だと思うが、公家将軍の顕家は多かれ少なかれ本能型の気があるとはいえ、どうなのか。踊る舞台を用意したのは我ら北朝軍だ。

 

 

「むぅ。敵軍が誤解したままなんだが……時行たちは俺の道理を説く言葉で己が()()()()()を恥じ、北伐中の諸葛亮と対峙した曹魏の司徒王朗の如く憤死したというのに。そうですよね、道誉殿?」

 

 

「……は。そういう事になるよう取り計らっておきましょう」

 

 

「忝い。あーあー、敵が時行たちの屍を乗り越えて行く」

 

 

「宗家。嚢沙背水の陣、その本領はここからです」

 

 

 かつて韓信が採ったという策「嚢沙背水の陣」は、山を後ろに川を前にという定石に反するものである一方、後の『太平記』で道誉の提言として詳しく記される。楚漢戦争で活躍した名将の韓信の故事を引用する道誉の言葉で、北朝軍は決戦の方略を固めていた。

 しかし、この直後、俺たちは驚いた。顕家が鏑矢を放ち、興奮する兵たちに冷や水を浴びせる形で、即時撤退を命じたのである。

 狙いは恐らく仕切り直しだろう。焦って決戦を挑むのではなく、別の地で態勢を立て直してから、再戦を図る心積りに違いない。

 

 

「殿!敵が退いていきます!我らの陣容に恐れ慄いたようです!」

 

 

「はン。顕家の野郎、このまま戦えば、全滅すると悟ったか」

 

 

「そのようですなァ……加えて、北陸の南朝(新田義貞)軍の状況が万全ではないと知ったのやもしれません。ただ、敵の動きに気になる点が」

 

 

「敵軍が殆ど南に向かって踵を返している事ですか?北畠氏が伊勢国に地盤を持っている事を考えれば、妥当な判断と思いますが」

 

 

「本当にそれだけですかな?宗家」

 

 

「……成る程、密かに北へ向かう敵の小勢。北陸勢(義貞軍)への合流を志すとなれば新田党の筈ですが……確かに、それにしては数が少な過ぎるような気が。まさか徳寿丸が軍を二手に分けたのでしょうか」

 

 

 幾らかの悔しさを覚えながら、俺は疑問と推察を口にする。

 悔しいと思う点は主に二つだ。一つはこの地での討伐が叶わなくなった上に、敵が南北に軍勢を分けたため、兵糧の準備不足という事情もあって、追撃しても牽制レベルが限界だという点である。

 もう一つは道誉より注意力が浅い事を露呈してしまった点だ。

 幾ら戦の経験値という点においてもまだまだ俺を上回っている腹黒坊主が相手と言えど、これでは本家の当主として不甲斐ない。

 

 

「いずれ分かる事でしょう。宗家、それより若い師冬殿が功を逸って追撃命令など下さぬよう、釘を刺しておかねばなりますまい」

 

 

「ですね。(師冬殿)は出世欲が常人よりも強い。一見、背を見せた敵を討つ好機ですから、幾ら師冬殿が賢明でも、判断を誤りかねません。ただ、総崩れを起こした敵ならいざ知らず、一部将に過ぎない時行や弧次郎らが戦闘不能に陥っただけの顕家軍を、短期決戦上等の心積りであった我が軍が無闇に追えば、猛反撃に遭うに違いなく」

 

 

「……その通りかと。逆に此方が釣り出されたとあっては」

 

 

「笑い話にもなりますまい。では、師冬殿を説得して参ります」

 

 

 後から考えれば、この時あっさり道誉の勧めに乗ったのが間違いであったのか。反転攻勢など多少のリスクを承知で、疲れの溜まった顕家軍に追撃戦を仕掛け、趨勢を決定付けるべきだったのか。

 いずれにせよ、数日分の兵糧のみ持つ見切り発車で大軍を不破関の西に集めていた俺たちは、ここで顕家軍が伊勢国に向かって進路を変えるのを黙って見過ごす他なかった。ここから佐々木一族の運命の歯車が狂い出す。口惜しくもこの時、俺の心は弛緩していた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 結局、「黒血川の戦い」は大した戦闘に発展せず、幕を下ろす結果となった。後世における関ヶ原の戦いだけでなく、大昔にも壬申の乱で大友皇子と大海人皇子による天下分け目の戦が繰り広げられていた地であったにも関わらず、消化不良で胸がすっきりしない。

 ただ、不満は師冬の方が強いらしい。腹黒策士(佐々木道誉)の不安視は当たっていた。師冬は叔父(高師泰)と相談の上、追撃する気漫々だったのだ。

 

 

「だーからさ、遠征用の兵糧の準備が無いのに、近江国の国境の地の利を捨てて、遠くまで追ったら、絶対返り討ちに遭ってたって。とりあえず現地の北朝勢に妨害させときゃ、それで十分だろ?」

 

 

「差し当たっての近江国の軍勢の損耗抑制を優先するなら、そうかもしれませんね。ですが、北東に新田、東南に北畠という懸念材料を抱えて、尊氏様が安心できると本気で思っているんですか?」

 

 

「ぐ……ど、どうせ吉野の敵首脳部(南朝政府)が無茶な命令を下して、顕家軍はまた直ぐ動き出すに違いない。伊賀国を通過して、甲賀郡に攻め寄せたところを要害を利用して、迎撃し直せば良いだけの話だ」

 

 

「その頃には土岐殿たちが死力を尽くして与えた顕家軍の損耗は軽くなっているでしょうがね。国人たちも一体どう動くものやら」

 

 

 功名心に駆られていた割に、師冬の言葉は存外筋が通っていた。

 黒血川で勝負を決め切れなかった結果は土岐軍や小笠原軍たちへの引け目になり得る。何やら手抜き感のあった三浦軍は別だが。

 

 

「ん、そうだ!甲賀郡に敵が攻め寄せたら、土岐殿たちに伊勢国を攻めて頂こう!そうすれば、囲魏救趙の理屈で敵も動揺する筈」

 

 

「戦が終わって以来、貴方(千寿丸殿)にしては向かっていく気持ちに欠ける気がしますが……原因は何でしょう?時行殿への騙し討ちですか?」

 

 

「おい、師冬殿。変な言い掛かりは止めて貰おうか」

 

 

「……口ではそう言いますが、実のところ、図星みたいですね」

 

 

「万全を期したいんだっつの!尊氏様の天下のために!」

 

 

「万全ですか……千寿丸殿はここ一番でヤマを張る度胸をお待ちの筈です。一体何を弱気になっておられるのやら。分かりませんね」

 

 

「弱気……俺が?はン、まさか」

 

 

 時行に対する罠場であった茶会を思い出して欲しい。いつ顕家の矢が飛んで来るとも知れない戦場で、実績のある亜也子や得体の知れない仮面男の師冬に化けた天狗たちを足利家執事より借り受け、張りぼての備えや緊急時の脱出手段としたのみで俺は勝負に出た。

 これを度胸ある行いと呼ばずして何と言うか。そもそもヤマ張りにしても、諏訪の巫女(逃若党の雫)の待機を読んだり、天狗たちに聞かれても問題ない会話内容になるよう誘導したりと、功を奏しているのだ。

 

 

「俺は勝てる賭けはするが、そうで無い賭けはせん。それだけだ」

 

 

「では、魅摩殿の博打は?」

 

 

()()()()()()から俺はやらない。双六とかな」

 

 

「ならば、闘茶は?かなりお好きだと伺いましたが」

 

 

「闘茶は一端の感覚の持ち主なら真っ当に楽しめるものだ。賭けだと抜かす連中は舌や鼻が腐っているんだ。直義(弟殿)とか、直義(弟殿)とか」

 

 

「……良いでしょう。戦後の食事のご馳走でチャラとします」

 

 

 それはチャラも何も割と日常茶飯事ではないかと思うも、本音の言葉を飲み込んだ。一応、師冬は足利家執事(高武蔵守師直)が新たに選んだ実質的な迎撃軍の指揮官だっのだ。その判断を名目上の総大将の俺が曲げさせた事に変わり無い。下手に話が拗れれば、彼ら(高一族)との遺恨に繋がるかもしれない。十数年後を見据えれば、それは避けたかった。

 しかし、譲れない一線というものはある。近江国の将兵が主力の軍勢で、佐々木惣領の俺でなく、所詮は足利家の家人に過ぎない高一族が総大将と名乗るのは承服できない。家長父(斯波高経)と似た理屈だ。

 

 

「ただ、義父上(師直様)を納得させられるかはまた別ですよ?」

 

 

「え゛……お前が納得してるなら、それで引き下がるんじゃ」

 

 

「どうでしょうね。そんな甘いものではない気がします」

 

 

 暫くの間、顕家軍が再び不破関まで戻らない事を確認してから、およそ五万騎の北朝軍は近江国の東の国境から撤退を開始した。

 そして京に戻る直前、師直からお呼びが掛かった。既に近江国の軍勢の多くはそれぞれの土地に戻っている。今の兵馬は一万騎余りに過ぎない。それでも多過ぎるので、俺たち武将は少数の護衛だけを連れて、師直が待っているという街外れの寺院へ足を運んだ。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 果たして師冬の予見は当たっていた。師直はかなり怒っていた。

 その証拠に、師直が待機していた寺院の御堂に見慣れない物体が置かれていた。上から下まで金属で出来ている。俺は瞠目した。

 

 

「師直殿。こんな変わった仏像……ここにありましたか?」

 

 

「仏像では無い、千寿丸。これは謂わば試作品だ」

 

 

「し、試作品……?」

 

 

「左様。未だ幼稚で図体が完成していないお前なら、適していると見込んだのだ。これを名付けるなら、そう。全金属製千寿丸だ」

 

 

「何て?」

 

 

 まるで意味が分からなかった。どうしてあの師直がこんな無駄に金銭を要するブツを、それも俺を模して像を作ったのだろうか。

 呆然とする俺の姿を見て、師直は好機とばかりにニヤついた。

 

 

「今だ。捕らえろ」

 

 

「「は」」

 

 

「……ッ!?師直殿、血迷ったか!?」

 

 

 師直の擁する武臣たちが俺の身柄を抑える。反応の遅れが祟り、反撃は出来そうにない。俺の郎党たちにも刀が向けられている。

 こうなってはどうにも出来ず、俺は唖然としたまま、膝を地面に突かせられた。それを見てから、師直が近付き、見下ろして来た。

 

 

「黙れ、この童蒙が。時行たちに舌を噛み切らせただけで満足して帰すなど、尊氏様の家臣にあるまじき行いだ。爪が甘過ぎるぞ」

 

 

「え?」

 

 

「千寿丸。舌を噛み切っただけで、人は死なぬ。そんな事すら知らなかったとはな。オマケにみすみす隙だらけの時行たちを敵に連れ帰らせて、治療の暇を与えるとは。これでは単に敵に神力を幾らか渡して帰らせたようなものだ。内通を疑われても致し方あるまい」

 

 

「内通、そんなバカな!?師直殿、冗談にも程がありまする!」

 

 

「ならば、これを見ろ。時行たちの間に忍び込んでいた元天狗衆が我々と接触しようとして失敗し、逃げ帰る間際に残した絵図だ」

 

 

「なッ!何ぞ、これは!?」

 

 

 天狗衆の所属者が時行たちに紛れ込んでいたというだけでも驚きだったが、師直の突き付けた絵は確かに俺を動揺させた。これが平時であれば、まず突き返していたような絵、つまり春画である。

 二人の子どもが妖しく絡み合っている絵で、酷く悪寒がした。

 

 

「一人は時行、もう一人はお前だ。お前が後ろで時行が前。そして御丁寧にこうある。千寿丸のファー気持ち良すぎだろ……とな」

 

 

「ま、まさか師直殿……俺と時行が繋がっているとお疑いで?」

 

 

「巧く言うではないか、千寿丸。流石は詩歌管弦に公家並みに通じた西国武士、とでも褒めると思ったか。言葉巧みに天狗や瓶を借り受けた挙句にこの様とは。しかも、師冬の追撃命令に待ったを掛けたらしいな。敵の色香に惑わされて甘さが出るのみならず、要らぬ口出しまでする位なら、全金属製の方が余程良いというものよ」

 

 

「有り得ない……護衛に借りた天狗たちは監視役をも担っていた。彼らに聞けば分かる筈!俺は彼ら(時行たち)に一切情けを掛けていない!」

 

 

「ほう。情けか。彼ら(天狗衆)曰く、お前は時行たちに『忠告』という言葉を使ったそうではないか。尊氏様を忘れたか?お前も結局、愚かで無能な父親(先代)と変わらない北条の手先だった証拠ではないのか?」

 

 

「ッ!」

 

 

 屈辱的な言葉を告げられ、俺は怒りで我を忘れそうになる。

 しかし、こんなところで佐々木惣領の俺が失態を演じられない。

 俺は心の中で繰り返し自分に言い聞かせた。足利家執事の師直はこんな()()()()()()離間の計に引っ掛かる武将ではない筈だと。

 

 

「六波羅討伐で私が如何に働いたか、師直殿はお忘れか?」

 

 

「……無論。尊氏様もそこはよく覚えておられよう。お前は実の父(六角時信)を捨て、尊氏様を崇める見上げた寵児だ。俺とて、徒らに佐々木惣領を傷付け、近江国を混乱させたくはない。故に死罪は免れる」

 

 

「死罪"は"……?」

 

 

「そうだ。死罪は無しだ。だが、お前の悠長な考えが、北陸と伊勢国の二方面に敵を抱えるという足利政権を根本から揺るがしかねない窮地を招いた。この窮地に、近江国守護が童蒙では困る。当面の間はこの全金属製千寿丸に総大将の役目を担って貰わなければならないだろう。暫くは師冬にでも……いや、そうだな。更に適任が居られた。俺は何も高一族(自分の氏族)に拘らん。無論、嫡流や庶流の別にもな」

 

 

「……どういう意味ですか?私を傀儡にするとでも?」

 

 

「クク……頃合いだ!入られよ!新たな軍勢指揮官だ!」

 

 

 師直の大声に呼応して、御堂の扉が軋む音を立てて開かれる。

 二月の夕陽が差し込むと同時に、見知った武将が入室した。

 

 

「道誉殿。そういう事だ。佐々木軍の総大将にはこの全金属製千寿丸こそが相応しい。道誉殿、補佐を任せる。暫くの間の話だが」

 

 

「やむを得ますまいなァ。南北に北畠軍と新田軍が居座るという非常事態が起こってしまった以上、近江国の命運は拙僧にお任せを」

 

 

「!……二人とも、何を言って」

 

 

 俺の顔から血の気が急に引いていくのが自分でも分かった。

 佐々木一族の結束に差し障るやり取りが眼前で行われている。

 しかし、師直も道誉も構わず、ただ淡々と話を進めていた。

 

 

「あまり長引くようなら、南朝に付け入る隙を与えないよう近江国守護の地位も道誉殿に委ね、指揮系統の整理を図るよう尊氏様に申し上げるつもりだ。道誉殿、六角家の差配は誰に任すべきだ?」

 

 

「千寿丸殿の血縁の盛綱殿なら収まりが付きましょうぞ。師直殿、全金属製の千寿丸殿のお世話はお任せを。我が娘が務めます」

 

 

「ああ、頼んだ。千寿丸、そう言う事だ。天下が再び平穏になるまでの間、辛抱しろ。自分の過ちをよくよく反省してみるんだな」

 

 

「反、省……?」

 

 

 建武五年という年は佐々木一族にとって殊更重要なターニングポイントとなる。道誉が建武政権の比ではない程飛躍し、嫡流の六角家と庶流の京極家の序列がいよいよ本格的に揺らぎ始めたのだ。

 伊勢国の顕家軍が、大和国を経て大阪平野の一帯に達し、四月になると、その兆候は天下万民の目にも明らかな程、顕在化した。

 十四日、これまで本家の六角家に代々任されてきた近江国守護職が足利政権の決定により、分家(京極家)当主の道誉の手に渡った。それだけでなく、その息子の秀綱が北朝(持明院統)から近江国の国司に任じられた。

 腹黒坊主(佐々木道誉)にとってこの状況は意図的だったのか、それとも棚から牡丹餅に過ぎなかったのか。それが分からない俺ではなかった。




次回より新章です。細川のブタ、三浦の犬、そして六角の……?
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