崇永記   作:三寸法師

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第拾壱章 北畠顕家の死
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〜1〜

 

 

 建武五年(延元三年)二月、奥州武士を主力とする顕家軍は不破関を破っての近江国への乱入を諦め、南下して伊勢国で休息場を求めている。

 しかし、顕家軍はそれまでの東海道で関東足利党の度重なる妨害に遭ったように、拠り所である筈の伊勢国でも北朝軍の執拗な邪魔立てに頭を悩ませた。美濃国から追っ手がやって来たのである。

 

 

「おのれ、土岐軍……頼遠以外にもあのような猛将が!」

 

 

「顕家ェェェ!貴様の剛弓も、この頼康には通じぬようだなァ!?だから、お祖父上(土岐氏惣領)に申し上げたのよ!叔父・頼遠と七百騎の兵だけで戦わせず、一族総出で迎え撃てば、奥州軍も木っ端微塵と!」

 

 

 この武将、土岐頼康は一騎当万とされる頼遠の甥である。頼遠が青野原合戦のただ一戦で広く名を馳せた一方、頼康は丹念に経験を積み続け、後に美濃国や尾張国に加え伊勢国の守護職をも兼任し、土岐一族の最盛期を築くようになる室町時代初期屈指の諸侯だ。

 混乱(観応の擾乱)期に外様大名ながら半済令の恩恵を近江国の六角家と同様に受けた事からも分かるように、尊氏や義詮から絶大な信頼を受け、逆に義満期になるとその強大さ故、幕府の警戒対象となった*1

 何はともあれ、顕家は不破関からの撤退後、腰を落ち着ける場所を得るために南下しながら、敵方(北朝軍)の散発的な妨害に苦慮している。

 

 

「南部、宇都宮。迎え撃て……これも師直の差し金か。的確な頃合いを見計らって、美濃国からの追撃部隊や現地の北朝方がイヤらしく襲って参る。早々にどこぞで巻き返しを図りたいところだが」

 

 

「顕家卿。ここはいっそ南伊勢、それも大河内まで退がってみては如何でしょう?あそこまで退けば、足利政権、特に師直の影響力にも翳りが出ましょう。頼康軍も糧秣の維持が厳しくなる筈です」

 

 

「……そうだな、春日。大河内城は北畠氏の拠点で、立て直しが必要な我が軍に有利だ。あそこまで退かざるを得なくなるのは甚だ遺憾だが、やむを得まい。気力を充実させた上で、西へ進路変更だ」

 

 

 遠路を駆け、顕家は南伊勢の大河内城(本拠地)に入り、一時態勢の立て直しに入った。この月の中旬にはその南北の川、すなわち櫛田川と雲津川の流域で、南朝軍と北朝軍の間で繰り返し戦闘が発生した。

 一方、伊豆北条党は主君(時行)以下三名が各々の舌を酷く噛み切る重症を負ったため、五日もの補給と観光の許可を顕家(総大将)から得ていた。

 

 

「痛ッ……滲みる」

 

 

「くそッ!千寿丸のせいで、御馳走(伊勢海老)も碌々食えたもんじゃねぇ」

 

 

「……舌が使えないだけで、これ程不便になるとは」

 

 

 舌は比較的治りが早いものだが、不破関で自害を強いる神力使い(千寿丸)の言葉で見舞われた大惨事の影響は未だ時行たちを蝕んでいた。

 日々の良質な食事を摂取し、健康を維持するために舌は必要不可欠である。時行たちは命こそ執事の雫たちの尽力で取り留めていたものの、食事が苦行となっていた。肉体労働に励む武将にとってある意味致命的な事態である。そんな彼らを尻目に一人の少女が夢中になって食事に励んでいた。元天狗衆でチョロインの夏である。

 

 

「んん〜。美味ぁ」

 

 

「ほれほれ、これも美味いぞ」

 

 

「うわっ、おい!クソを近付けるな!汚いぞ!」

 

 

「……俺らが苦しんでるのに、気ままに舌鼓打ちやがって」

 

 

「まぁまぁ。夏も今まで気苦労重ねていたんだ。大目に見よう」

 

 

 これまで虎視眈々と元鞘、すなわち師直の軍に戻る機会を伺っていた夏だったが、玄蕃の妨害で望みは露と化した上、その説得に心を打たれ、逃若党に身を置き続け、現在は刺身を楽しんでいた。

 玄蕃は睨んでいる。元天狗衆らしい技能を習熟し、思考停止から解放された夏は、今後必ず役に立つ筈だと。同時に玄蕃は抜かり無かった。軍師の雫と相談の上、師直に偽情報を流したのである。

 勿論、その際に夏の投降チャレンジを利用した事は内密である。

 

 

「雫、師直には具体的にどんな情報を?玄蕃の言った通り、夏の投降が本物だったと分かれば、彼女が持ち込んだ情報(内部情報の覚書)が玄蕃によって擦り替えられた虚報だなんて、あの師直でも考えまいと思うが」

 

 

「……兄様の傷の意趣返しを。これで現近江国守護・千寿丸が失脚しても良し、狙いは南近江(甲賀郡)を通っての京攻めだと師直が信じ込んでも良し。どちらに転んでも、顕家軍に利があるよう計らいました」

 

 

(私の軍師は……何て抜群の頭脳。遥か彼方まで全てお見通しだ)

 

 

「そりゃあ良い。千寿丸にはいつか落とし前をと思ってた」

 

 

 時行は妹同然の雫の深謀遠慮に瞠目し、弧次郎はほくそ笑んだ。

 実際、南伊勢の大河内城に拠る顕家軍の当面の狙いは、北へ行けば京に、南へ行けば吉野に辿り着く奈良だ。敵方の目が近江国に釘付けになる間、奈良を経由して京へ奇襲を掛ければ、一気に持明院統を抑え、足利政権を崩壊させる事も決して夢ではないだろう。

 

 

「これなら新田義貞の協力も要らねぇな。徳寿丸(義貞の次男坊)には悪いが」

 

 

「いや、弧次郎。今、新田義貞は北陸で尾張(斯波)高経と交戦中。それだけでも意味がある筈だ。噂に聞く豊島河原合戦を思い返しても」

 

 

家長(斯波孫二郎)の親父でしたっけ?若。その高経って将は」

 

 

「うん。北朝屈指の指揮官らしい。実力は極み付きだと顕家卿が」

 

 

 この頃、新田義貞はそれまでの顕家が北陸に親王たちと共に進軍すれば勢力挽回も可能だという目論見が外れ、足利方のストッパーである()()高経軍を独力で撃破する方針に已むなく切り替えた。

 再合流した新田四天王の畑時能をして細呂木で挙兵させ、敵将(斯波高経)への撹乱とし、鯖江合戦へと持ち込んだのだ。なお、時行たちは未だ知る由もないことであったが、義貞(新田本軍)はこの合戦でやっと勝利を収めたものの、越前国における勢力回復と北朝方(斯波高経軍)の残兵排除に専念せざるを得ず、本格的な上洛に動き出すのはまだまだ先の話となる。

 

 

「兄様。顕家卿は無茶な要求をするつもりだった新田義貞に今も呆れています。あまり当てに出来ません。南から京を攻撃するしか」

 

 

「……ああ。京を陥せば、亜也子や吹雪の現状も漸く分かる」

 

 

(黒血川で二人の偽物(亜也子ちゃんと吹雪君)の姿にまんまと騙されて、神力も無しに敵将に従ってるのは何故って考え込んだせいで、兄様たちの出馬を止められなかった。軍師の私の失策。もうあんな失態は許されない)

 

 

「やっとですぜ、若。当初の想定より遥かに多い兵数で挙兵できたと思ったのが、今や二千余騎。ですが、京攻めで功を立てれば」

 

 

「新たな鎌倉将軍府の執権に……そうだったな。雫」

 

 

「はい。宇都宮家があの始末(御家分裂)で、新田家も関東統治が困難と建武新政で曝け出し、結城様が殺人鬼(シリアルキラー)となると、もう兄様しか適任が」

 

 

 雫は主君・時行の婚姻相手探しと並行しつつ、取らぬ狸の皮算用を軍師らしく練っていた。天下を顕家たち南朝の有力者たちに譲る事になろうとも、関東の覇権奪還を諦めていなかったのである。

 しかし、時行の胸中には不安があった。高時たちの政権を幼いながら肌身で感じていただけでなく、中先代の乱で頼重や泰家たちが鎌倉占領後、何に励んでいたかを思い出し、憂慮していたのだ。

 

 

「雫、統治にも文官たちが必要だ。北条の生え抜きはもう数が残っていない。大江(長井)、二階堂、三善(太田)……こういった人材たちは足利家の掌の上。京攻めで彼らの身柄を確保できなければ、私たちでも」

 

 

「……安心してください、兄様。覚海尼様を頼って統治を学めば、私も父様(諏訪頼重公)に劣らず補佐できます。何よりそれが執事の本業です」

 

 

「勿論、君の有能さは私が最もよく分かっているつもりだ。ただ、政治には人手が……関東だけでも一人で回し切れるものじゃない」

 

 

 中先代の乱を振り返った時、多くの将兵が尊氏に寝返った原因を探ってみると、頼重や泰家たちの気丈な働きにも関わらず、論功が十分に行き届いていなかった事が挙げられる。その実、武士というのは多くが現金な生き物だ。大半が赤松氏のように報恩不行き届きに目くじらを立てる。忠臣は少数だからこそ貴重がられるのだ。

 いつまでも神力に責任転嫁していては御家復興は厳しいだろう。

 ただ、弧次郎は主君(北条時行)の憂慮の裏に何があるのか勘付いていた。

 

 

「若……その大江(長井)、二階堂、三善(太田)ってオレも聞き覚えのある名門ですけど、確か三年前、京で千寿丸の野郎に建武政権への反旗を持ち掛けた時、あいつが誘おうって安請け合いしていた家なんじゃ」

 

 

(そう。六角家はあの三家と繋がりがある。だけど、兄様には)

 

 

「……雫。君の策で千寿は足利政権で居場所が無くなった筈。今、彼を誘えば、また我々の王業に乗ってきてはくれないだろうか」

 

 

「兄様。まず無理です。千寿丸は自分の見てる未来に確信を持っています。三年前も薄々そんな予感がしていましたが、今ならはっきりと言えます。彼は何があっても足利尊氏を敵に回さないかと」

 

 

「あの、若。言わせて頂きますが、黒血川でどれだけ無茶苦茶言われたか、忘れたんですか?千寿丸の野郎は最近よく聞く源氏貴種論を本気で信じ込んで、皇室への敬意も失った本物の賊臣ですよ」

 

 

「……」

 

 

 バッサリ甘さを指摘する郎党たちの言葉で、時行は項垂れた。

 海の方を見る。港の船の数々のずっと先に伊豆国や相模国の海が広がっている筈だ。慣れぬ装いをして、自分の故郷の鎌倉を五郎正宗の元を訪れていた千寿丸と共に巡った一日の記憶を想起した。

 様子を見兼ねたのだろうか。弧次郎が不意に時行の肩を掴んだ。

 

 

「しっかりしてください!若!」

 

 

「ッ!?」

 

 

「若は御自分の便女を敵将(六角千寿丸)に奪われたんです!男なら奪い返してやるくらいのつもりで戦わないと、天下以前の話でしょうよ!?」

 

 

「……そうだな。すまない、不覚にも私の決意が揺れていた」

 

 

 それから三人を静寂が襲った。港町独特の潮騒の気配が漂う間、同時に考えていたのだ。亜也子は果たして無事なのだろうかと。

 だが、その時間も何時迄も続かなかった。他の郎党が来たのだ。

 

 

「若君、只今戻りました。兵糧の目処、十日分は付きそうです」

 

 

「駿河四郎。これで何とか奈良まで保ちそうか?」

 

 

「問題なく。それと彼ら八百騎に斥候役を買って頂き──」

 

 

 愛する子どもたちを故郷に残した駿河四郎が片手で指し示す。

 その先には時行より幼いながら風格漂う武将の姿があった。

 

 

「ご安心ください。伊賀国までの道順、険しかれども大した敵は」

 

 

「良かった!師直の手は回っていないな!」

 

 

「はい。もしや南近江勢が居るかとも思いましたが、杞憂でした」

 

 

「……ああ。疲れただろう?海の幸を楽しんでくれ。友時殿」

 

 

 伊勢国での休息も後から振り返れば、一瞬の出来事に過ぎない。

 北条勢を含む顕家軍は南伊勢を発って伊賀国を通り、二月二十一日には宇都宮軍を別働隊とした挟撃策を使って、奈良を獲った。

 吉野から四条軍の加勢を受け、ターゲットはすぐ北の京である。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 その頃、足利直義は危機感を募らせていた。婆娑羅武将の多く集う高師直の派閥が増長し、顕家対策が急務の現状でも自身(鎌倉殿の実弟)への殺意を感じるのだ。彼らに比べ、直義に従う武将は圧倒的に少ない。

 しかし、決して味方が居ない訳ではない。とりわけ上洛してきた関東足利党の諸将は戦に弱い直義にとって心強い存在だと言えた。

 こうした武将たちでも特に武勇に秀でていたのが桃井直常だ。

 

 

「次の顕家戦の先鋒!俺にやらせてくだせえ!!」

 

 

「よかろう。関東からの汚名の数々、死ぬ気で返上しろ」

 

 

「へいっ!ありがとうごぜーやす!」

 

 

 掛け合った相手の師直が敵対(直義)派閥の一員である自身に大任を任せた理由は恩賞も与えず使い潰す事にあると知らない桃井直常だが、そんな事はどうでも良かった。共に遥々東国から上洛した上杉憲顕や吉良満義も亡き同志・斯波家長の遺志を受け継ぐ壮士である。

 彼らから麒麟児の孫二郎(斯波家長)の最期を聞き、直義は堪らず感涙した。

 

 

(そうだ……孫二郎のためにも、引き下がったままでは居られん。私は私の思う理想の統治を京で実現する。そのために……ん?)

 

 

「直義様。あそこに居られる少年はもしや」

 

 

「無論、佐々木六角殿だ。民部大輔(上杉憲顕)。最近、毎日ここ(足利屋敷)に足を運んでは暗い顔をして、兄上にお会いせずに帰る奇行を繰り返している」

 

 

「!……あれが噂の。声を掛けても良いですかい?直義様」

 

 

「?別に構わないが……」

 

 

 護衛対象の直義の許可を貰い、直常はその少年武将に近付いた。

 千寿丸の顔は見るからに窶れ、目の生気を失っている。直義たちが気味悪がって遠巻きにしている程に。ただ、久しぶりの上洛である憲顕(上杉民部大輔)は武士について研究する科学者らしく興味を持っていた。

 一方、千寿丸は声を掛けて来た桃井直常を誰より気味悪がった。

 

 

(うっわ、何この髪型?番長?実物初めて見たんだけど。最悪だ。前世じゃずっとこの手のヤンキーと無縁の名門に居たのにさ)

 

 

「おい、無視してくれんなよ。六角サマよ?」

 

 

「……つかぬ事をお聞きするが、ここへは正規の手続きで?」

 

 

「あん?そりゃ民部大輔(上杉憲顕)サマの同伴だからな」

 

 

(民部大輔(上杉憲顕)……元庇番でも家長(斯波孫二郎)と特に仲の良かった変な耳の持ち主だったな。青野原合戦で徳寿丸(義貞次男)と宇都宮の連合軍の返り討ちに遭ったというが、その同伴者の割にコイツは悲壮感が無い。それに何やら強そうだ。目視した限り、死んだ渋川や岩松に全然劣らない)

 

 

 奇妙に感じた千寿丸は脳内に広がる武将辞典を引き始める。

 乱世でも目の前の武将に匹敵するほど高い武力の持ち主は限られているだろう。千寿丸は訝しみながら、ヤンキー(仮)に尋ねた。

 薄々その正体に勘付いていたものの、髪型が異様過ぎたのだ。

 

 

「はぁ。それで、私に何か用でしょうか?鎧から察するに、関東から上洛されたばかりかと存ずるが、我が領土の南近江で何か?」

 

 

「……チ。面倒な壁があるな。齢十三の坊々じゃ仕方ないけどよ」

 

 

「か、関東武将がよくぞ私の齢をご存知で……」

 

 

(キモいキモいキモい。何コイツ、男に漫画みたいなナンパされる趣味は無い!否、女でも断固拒否だけど!尊氏様、お助け候え!)

 

 

 だが、尊氏は来ない。それどころか桃井直常がもそっと近付く。

 ここが本国であれば無礼打ちも視野に入り得る状況だが、生憎とここは京で、しかも尊氏の屋敷だ。刃傷沙汰は決して出来ない。

 

 

「そりゃ知ってるぜ。アンタ、亜也子の同輩だろ?」

 

 

「……ん?」

 

 

「くァーッ。しっかし、ガキはガキ同士で、しっぽりヤってろって事か?女弁慶(望月亜也子)は幼い佐々木惣領(六角千寿丸)と同世代なんて話を聞いてなきゃ、ガツガツ行けたのによぉ。子ども相手じゃそうも行かねェ。当時齢十の女児にベタ惚れして、追い回したとなったら(桃井直常)の名が廃る」

 

 

(うげぇ、こんなのがあの桃井直常?調べが甘かったか?これは)

 

 

 一応、千寿丸もここまでの関東足利党と北畠顕家軍の戦況経過について配下から報告を受け、桃井直常の勇名自体は把握していた。

 ただし、彼の奇抜な髪型についてはその限りでなかったようだ。

 

 

「あのー、感傷に浸っているところ申し訳ないが、貴殿が噂に名高い桃井殿なのは分かりました。ただ、女弁慶こと亜也子とは」

 

 

「聞いてくださるか?六角サマよ。忘れもしねェ。あんたサマが黒血川で、俺が鎌倉で討ち漏らした北条時行(あの武将)の乱があった三年前だ」

 

 

(む、これ長くなるヤツ……)

 

 

 ここで千寿丸は思い出した。死んだ再従兄弟の家長(斯波孫二郎)の霊魂が枕元に立った際に、この手合いの存在を仄めかしていなかったかと。

 しかし、桃井直常の話は千寿丸の予想に反して簡潔であった。

 

 

「はー。成る程、当時の桃井殿は一兵卒で、岩松殿や石塔殿と敵陣を急襲した際、敵方の亜也子の姿に一目惚れしてしまったと」

 

 

(あいつ(亜也子)やっぱりモテんのか。俺のところじゃ全然そんな気配が無かったけど、郎党たち(六角家臣団)がどうぞどうぞと俺に言うせいか?これ)

 

 

「そういう事だ。六角サマよ。だが、俺もいつまでも未練がましくしてらんねェ。やる事も出来たし、俺は別の嫁サンを探さなきゃなんねェ。お前サマはお前サマで、亜也子を幸せにしてやってくれ」

 

 

「幸せ?……俺も桃井殿も考えるべきは尊氏様のみの筈。いつでも豚カツを食べられないこの時世で何を腑抜けた事を申される?」

 

 

「と、豚カツ……?」

 

 

「ブヒ?」

 

 

 その時、不思議な事態が起こった。千寿丸が剣呑な雰囲気を再び醸し出し、桃井直常がその言葉に困惑したところへ、豚カツこと細川顕氏が師直派(婆娑羅武将たち)の会話に疲れ、足利屋敷へ踵を返したのである。

 顕氏はプルプル震えた。人差し指で自らを差し、千寿丸に問う。

 

 

「ろ、六角殿はこの細川をいつでも食べたいと?」

 

 

「え?いや……脂肪が多過ぎるのはちょっと」

 

 

「な、何だ。豚カツとは兵部少輔(細川顕氏)殿の事か……アハハ」

 

 

(六角千寿丸……こいつはァ、ヤベェぞ。家長サマの話以上だ)

 

 

 建武五年の春、北朝の京では徐々に迫り来る顕家軍の脅威に多くの者たちが戦慄していた。しかし、立ち向かう勇将たちも居る。

 例えば、桃井直常が大和国般若坂で、続けて細川顕氏が天王寺で顕家軍を迎え撃った。しかし、それでも顕家軍は数こそ減らせど、全滅にまで至らず、上洛の機会を伺って、夏を迎えたのである。

*1
実際に頼康の後継者が幕府の追討を受ける。これが土岐康行の乱である。頼康の代でも京極高秀と共に義満政権の討伐対象となったが、弁明によって難を逃れていた。

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