崇永記   作:三寸法師

11 / 202
▲3

〜1〜

 

 

 二刀使いで文武両面に精通した最年長。それがここ最近、信濃で名を馳せつつある逃若党における吹雪の立ち位置である。

 まだ元服前の若武者である吹雪は平素より冷静なのだが、今この瞬間はそうも言っていられない。汗を掻いて息を荒くした幼い主人に市の路地裏へと連れ込まれたがためだ。

 

 

「どうされました?ついさっきまで京の都に目を輝かせていらっしゃったのに」

 

 

「居たんだ……昔の友が」

 

 

「え?」

 

 

 吹雪の主人は名を北条時行と言う。何を隠そう二年前に滅んだ鎌倉幕府の最高権力者・北条高時の嫡子である。

 その時行は幕府滅亡以来逃亡中の身であり、二年という歳月を信州諏訪での隠遁生活に費やしていた。

 

 

 しかし、各地で散発していた北条氏残党による乱が大方鎮められた結果、足利に仕える忍びである天狗衆による信濃への警戒がいよいよ最高潮に達しようとしていた。

 そうした状況を踏まえ、時行がこのまま諏訪に滞在し続ければ逆に危ないと判断した諏訪明神こと頼重は北条泰家と相談の上、敵の裏を掻くつもりで北条の要人が揃って京都に滞在するというある種の賭けに出たのだが──

 

 

(早速、主君のご友人と出くわすところだったとは……なんと危うい。ん?)

 

 

 数多く居る京都の群衆に紛れていてもその過程で顔見知りの人物と会おうものならそれこそ一巻の終わりである。

 冷や汗が額を流れるのを自覚した吹雪はふと"王の子"であった時行の友人だったという人物に興味を持った。

 

 

「我が君。ご友人というのは……」

 

 

「……近江守護六角時信の嫡男千寿丸。さっきあそこで串を頬張っていた子だ」

 

 

「!」

 

 

 関東出身である吹雪であっても六角佐々木氏については風の噂で聞いた覚えがある。宇多源氏の一角であり、鎌倉以来近江国を預かるれっきとした名門の血筋である。

 それと同時に、後学のため鎌倉幕府滅亡の経緯について調べる機会があった吹雪にとって六角家はある意味忘れ難い存在であった。

 

 

「私と千寿丸が会ったのはただの一度きりだ。けれど、私は千寿丸のことを今でも友だと思ってる」

 

 

 目を合わせずに言う時行の言葉に吹雪は心を痛めた。

 逃若党加入以前の吹雪にそのような者が居た覚えこそないが、友人にして臣下であった者が自らの母体を滅ぼした政権に仕えていて幸せそうな表情を浮かべていれば、平常心では居られないであろうことは容易に想像し得た。

 

 

「六角時信は誤報さえなくば最後まで鎌倉方に従っていた忠義の者です。その御子である千寿丸殿もきっと──」

 

 

「良いんだ、吹雪。千寿丸と会うのは足利を倒してからだ。さ、皆のところに戻ろう。これ以上離れていては心配させてしまう」

 

 

「……そうですね」

 

 

 慰めの言葉など不要だとばかりに気丈に振る舞う時行の姿に吹雪は心の内で更なる忠誠を捧げることを固く誓った。

 

 

 しかし、平素よりの空腹盛りが祟り、京に着く前から金欠に陥っていた吹雪は急ぎ金銭を用立てる必要があり、時行の許可の元で日雇いの人足仕事に勤しむこととなった。

 一方で雫たちと合流して清水寺などあちこち観光した時行は、女たちに誘われたまま姿を見せないゲンバを探しに、時行の知り合いである佐々木千寿丸は帰宅しただろうという読みの元、先程の市に再び姿を現した。

 

 

「どないしちゃったん。子狐ちゃん」

 

 

「無一文どころかもう借金百万円(二十貫文)やんか」

 

 

「きゃはは。雑っ魚ぉ。あたし、双六敗けたこと無いんだよねぇ」

 

 

 優秀な忍びであるゲンバこと風間玄蕃は身ぐるみ剥がされ、文字通り生まれたままの姿で正座し、盤を挟んで賭場の主である少女と向かい合っていた。

 

 

「ゲンバ!」

 

 

「双六!?まずい」

 

 

 この時代の双六とは立派な賭け事である。ゲンバは賭けに負けに負けたのだ。女たちに見られたまま全裸で双六することに覚えた興奮により倒錯したこともあって、得意の忍術で逃げる事も出来ない様子である。

 

 

「あ、お仲間?残念っ。こいつはもううち(・・)の物〜。じき業者が引き取りに来る。借金返し終わるまで比叡山の奥で強制労働さ」

 

 

 郎党の主人としてこの状況を見過ごすことなど出来はしないとばかりに即座に身を切ることを決断した時行が雫や弧次郎たちに声を掛けようとした瞬間だった。

 

 

「田舎より出てきた者を女たちを使って金品や着物を毟り取った挙句、その身柄を売ろうとするとは。それがお前たちのやり方か」

 

 

「!?」

 

 

「誰!?」

 

 

 盤を境に向かい合う二人の周囲に控えていた女たちが次々と声を上げた。

 突如として賭場に現れた笠を被った齢十前後と思わしき男の子は得意げに片手を笠にやったままの体勢で顔を見上げた。

 

 

「お前たち、俺の顔を見忘れたか?」

 

 

「「!?」」

 

 

「三郎様!?」

 

 

「うっへ〜。何それめっちゃ婆裟羅〜……じゃないわ!?何、邪魔してくれちゃってんのよ!?」

 

 

 ようやく場を乱されたことに気付いた魅摩は千寿丸に対して抗議の声を上げた。ここは己の独壇場であって、たとえ千寿丸でも介入してはならない場所なのだ。

 

 

「あのさ。田舎武士でも大人相手だったら、そりゃ止めないよ。流石にそれは自己責任だから。けど、元服前の無知な子を捕まえて金を毟り取るなんて道義から外れ過ぎじゃない?」

 

 

「ぐっ……」

 

 

「ごめんね。うちの遠縁が失礼して……あ」

 

 

 盤面を挟んで立っていた時行と千寿丸の目が合った。視線が交差することどれだけの時間が経っただろうか。

 思わず硬直して頬を染めた二人が幾千の時より長いと感じたその時間は雫と亜也子が時行の、魅摩が千寿丸の身体を抑えたことで終わりを迎えた。

 

 

「何、男の子同士で見つめ合っちゃってんのよ!?初恋か!」

 

 

「若、しっかりして!」

 

 

「……」

 

 

 慌てた様子の亜也子と無言の雫からの圧力によって時行は平静を取り戻した。それと同時に、あらぬ疑惑に憤慨した千寿丸が魅摩に反発し始めた。

 

 

「あのさ、お前まさか男同士で恋愛成立するとか思ってる?だとしたら荒唐無稽にも程があるんだが?」

 

 

「……そんなだから非常識て言われるのよ」

 

 

「はぁ?」

 

 

 中世に生まれて十年近くが経つと言うのに千寿丸は未だ衆道について知らない様子である。魅摩の後ろに控えし女たちは初心な近江国守護に微笑まざるを得なかった。

 

 

「……ッ!もう良い!帰る!後はお前の好きにしろ!」

 

 

 この行動が羞恥心から居ても立っても居られなくなったせいによるものかは本人のみぞ知ることだが、千寿丸による突然の宣言に慌てたのが時行である。

 

 

「助けてくれるんじゃなかったの!?」

 

 

「高貴な家の者から毟り取ろうが俺にとっては預かり知らん!」

 

 

「きゃはは!ざんね〜ん。当てが外れちゃったね〜。さ、どうする?」

 

 

「くっ……皆、金を」

 

 

 ゲンバを助けるべく鶴の一声を発した時行は雫たち三人を含めた四人分の小遣いを纏めて盤の上に音と共に置いた。

 この男気ある時行の行動や郎党の結束ぶりに魅摩や千寿丸は目を見張る。

 

 

「昨日上京して右も左も分からない田舎者なんだ。すまないが、これで解放してもらえないか」

 

 

「……やーだねっ。戦の敗けは戦で、賭けの敗けは賭けで返すのが道理だよ。返して欲しいなら、あんたが双六盤(そこ)に座ったら?あんたが負けたらそこにいる三郎の伽をしてもらうから」

 

 

 無論、この暴論に黙っていられないのは千寿丸である。

 

 

「は!?魅摩姉、勝手に決めんな!」

 

 

「何よ。勝手にしろって言ったのはあんたでしょ」

 

 

「と、伽……」

 

 

「おい、き……お前は双六の規則知ってんの?とてもそうは見えないんだけど?」

 

 

 何故だか頬を染めて呟く時行に千寿丸は憤慨したが、あわや彼の幼名を言い掛けたことで、慌てて話題を転換した。

 

 

「双六はよく知らない。教わりながらで良いのなら」

 

 

「兄様!」

 

 

 なおも頬を赤らめつつ盤に向かって座った時行の姿に普段は物静かな筈の雫は狼狽えた。一方、このままではマズいとなお一層慌てたのが千寿丸だ。

 

 

「おい、このままじゃ俺が男抱くことになっちゃうだろ!俺が代わりに打ってやるから……!」

 

 

「良いじゃん、三郎。初めての相手が可愛い子でさ」

 

 

「魅摩姉!」

 

 

 どういうつもりなのかと千寿丸は魅摩をキッと睨んだが、魅摩はプイッと顔を逸らすばかりである。後方の女たちはニヤニヤしながら二人の様子を見守った。

 

 

「兄様どいて。私が打ちます」

 

 

「雫!」

 

 

 雫と呼ばれた少女は諏訪頼重の娘である。魅摩と同じ神力の使い手として時行が打つより勝算が有ると見込んだのだ。

 

 

「きゃはは、泣けるねぇ!主従愛?兄妹愛?良いぜ。良いぜ。やってやるよ、田舎巫女。敗けたら伽の役目はあんたがやりなよ?」

 

 

「もちろん」

 

 

 手を叩いて大笑いした魅摩に対して、雫は毅然とした態度を崩さない。たとえ雫が敗北した際に払う代価が幼少にして穢れを知ることであったとしてもだ。

 同じ郎党の仲間として見ていられないと弧次郎が脅しの言葉と共に腰の刀の束を手で叩こうとした瞬間、千寿丸が自分自身を指差しながら魅摩に迫った。

 

 

()()()俺の意思は!?」

 

 

「何よ。意気地なし。男もダメ、女もダメなら誰なら抱けるってんだい?若ちゃんにしろ田舎巫女にしろ容姿は最高級の上玉だってのに。それとも生涯童貞を貫く(修羅の道)ってか?仮にも──」

 

 

「誰もそんな事言ってない!」

 

 

「……なら黙って大人しく見てな。さて、小煩いのは放って置いて始めよっか。田舎巫女なんぞが本格的なルール(きまり)は知らないでしょ。一番簡単な"柳"で良いよ。ほれ、振りな。京から極楽へと行ける賽だよ」

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 双六の種目の中でも「柳」は最も単純である。全ての駒を端まで進めた方が勝ちであるが、丁度の数で端に着けなければ余った分だけ戻るという制限もある。

 二十一世紀の住人としての記憶を併せ持つ千寿丸からして見れば、"前世"における数学の問題を思い出させる種目であった。

 

 

(流石は魅摩……何という強運。博打なんて闘茶以外碌に嗜まない俺でも分かる。魅摩は賭け事に関してはほぼ敵無しだ)

 

 

 転生者としての自覚を持つ割に頑なに神力といった"オカルト"を認めたがらない性質を持つ千寿丸は巫女相手であっても無双する魅摩の強運ぶりに舌を巻いた。

 

 

「ねぇ、田舎巫女。あたしって勘が良いんだよね。兄様兄様言ってるけどさぁ。兄じゃないっしょ?後ろの若ちゃん。なのに身代わりで自分の身を賭けるてことは……そうさね。男として好きとか?」

 

 

「……?」

 

 

 神力の性質に通じていない千寿丸が囲碁でもないのに魅摩が盤外戦術を使っていることを妙に思う。

 一方、諏訪頼重の娘として神力とは何たるかを知る雫はコトンという音と共に筒を双六盤に置き、涼しげな顔で微笑んだ。

 

 

「ううん、全然。主君だから身代わりになるのは当然だけど、男性としては全っ然の然」

 

 

「そっかー。じゃあ、この勝負。あんたワザと敗けちゃった方が良いんじゃない?ここに居る千寿丸、こんな成りしてるけど、現職の近江守護だよ。つまり、名門六角家の当主。言い換えれば、宇多源氏佐々木氏の惣領さね」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 瞬間、弧次郎や亜也子は勿論、伸びていたゲンバや平静さを保つことに努めていた雫ですら魅摩の言葉に動揺した。

 ゲンバを除く逃若党の面々に時行の知り合いとして千寿丸の名は共有されていても、顔を知っていたのは吹雪のみ。まさか注目の的になっていた時行がこの場で郎党に告げる訳にも行かず、その吹雪が席を外していたことがここに来て災いした格好だ。

 

 

「ほら、三郎。戦場でやるみたいに名乗りを上げたら?」

 

 

「やぁやぁ我こそは……て、誰がやるか!?お前、良い加減にしろよ!?」

 

 

「きゃはは。ま、て事はだよ。田舎巫女にとっては一生で一度きりの玉の輿のチャンス(好機)って訳さ。どう?これでもまだ勝つ気ある?」

 

 

(((えげつねぇ……)))

 

 

 だが、魅摩の言う玉の輿とは雫にとっては全くもって興味の無い話である。何せ雫の近くには六角家の当主より遥かに高貴な身の上の若君が居るのだ*1

 

 

「……雫」

 

 

「兄様。膝に寝て」

 

 

 急な提言に当然ながら時行は戸惑ったが、雫を信頼する亜也子の勧めもあってその意に従った。

 

 

「魅摩ちゃん。兄様にはね、力になってあげたいだけの身の上や仕えるだけの価値がある将来性があって、何より暗愚な主君に巡り合う人が多い中でこんな優しくて郎党思いの主君に出会えたのは凄い幸せ」

 

 

(……何だ?)

 

 

 雫の膝の上で神力に当てられ、安らかに眠った時行の姿を千寿丸は訝しんだ。

 それに構わず、雫は己が話を進める。

 

 

「だから私たち郎党は命に代えても兄様を護るの。それと、一つだけ噓ついてた」

 

 

 そう言い切った雫は自身の膝で眠る時行の唇に口付けをした。当然、ぐったりとしたゲンバを除く子ども四人の目は皆一様に文字通りの点と化した。

 

 

「大好き」

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

「上がり」

 

 

 時行が目覚めるのと時を同じくして勝敗は決した。魅摩の敗けで雫の勝ち。逃若党は執事の身体を張った活躍によって見事、ゲンバの回収に成功した格好である。

 

 

「魅摩姉……その、残念だったな」

 

 

「……」

 

 

 相当悔しがっているのか、千寿丸による慰めの言葉など聞こえていない魅摩は一向に顔を強張らせたままだ。

 だが、その場を立ち去ろうとする雫を見て、魅摩はすぐに目前の双六盤を横に蹴飛ばした。その片手には見事な装飾が施された宝剣が握られていた。

 

 

「待てよ。このままタダで逃がすわけにはいかないねぇ」

 

 

「おい、魅摩姉!」

 

 

「そう慌てんな三郎。みっともない。ほら、若ちゃん」

 

 

 すわ刃傷沙汰かと身構えた千寿丸を逆に諭し返した魅摩は破顔一笑といった面持ちで宝剣を時行に投げて寄越した。

 

 

「あんた等、中々の婆娑羅じゃん。気に入ったわ」

 

 

「あ、そういう……方々よ。要するに、その宝剣を売った金で豪遊して来いという事らしい……にしても魅摩姉てこういうのホント気前良いよな」

 

 

「仮にもあたしに勝った奴等を端金で彷徨かせたら京極の名に傷が付くでしょ?そうだ。こいつ等、三郎の屋敷に泊めてあげたら?」

 

 

「「え……」」

 

 

 再び時行と千寿丸の目が合った。勿論、直ぐに二人とも各々隣の少女の手によって視線を逸らすことを強要される。

 

 

「ねぇ、本当にあんたにそっち系の趣味はないのよね!?」

 

 

「だから無いって言ってんだろ!」

 

 

「……兎に角、この話は無し!分かった!?」

 

 

「なら最初から無茶苦茶言うな!」

 

 

 全く……と呟いた後、千寿丸は逃若党の面々に向き直った。

 

 

「重ね重ね我が遠縁が大変失礼した。代わりと言っては何だが、京で何か困ったことがあったら何時でも我が六角邸を訪ねて来て欲しい。王侯の礼を以って歓迎しよう」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 あからさまな社交辞令の言葉に時行の返事は自然とぎこちないものになったが、魅摩からすれば単なる緊張としか思えない。

 故に、特に気に留めるようなことはしなかった。

 

 

「そうだ。三郎、どうせこの後あんた暇でしょ?雑事全部馬淵のおっさんに丸投げしてるもんねぇ」

 

 

「いや、これから帰って稽古や学問しないと──」

 

 

「けっ。そんなの日が暮れてからでも出来るでしょ。ほら、行くよ。若ちゃん一行のご案内だ」

 

 

「……はいはい」

 

 

 あけすけな魅摩の物言いに千寿丸は半ば投げやりに恭順の意を示した。それから戸惑いの表情が浮かぶ時行の顔をチラ見し、またすぐ別の方向へと視線を逸らした。

*1
なお、北条家は元を辿れば伊豆の片田舎の小さな豪族である

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