崇永記 作:三寸法師
〜1〜
建武五年の夏を迎えた。夏と言っても、旧暦基準の話で、二十一世紀のような蒸し暑さを感じるという訳ではない。逆に今年は妙に冷え込んでいるような感があり、為政者気分がすっかり染み付いてしまった立場上、飢饉が起こるのではないかと心配になる程だ。
折角、記念すべき尊氏様の将軍就任年に……という思いを拭い切れない。尊氏様の評判自体は、飢饉の原因を顕家軍征西に対応するための兵糧捻出に求めれば、落ちずに済むのが不幸中の幸いか。
ただ、今の俺には他人事なのかもしれない。失脚したのだから。
「道誉殿が近江国守護、その息子の秀綱殿が近江守……この新たな人事で、本当に近江国が纏まると思っているらしい。あの親子が全金属製何とかを持ち出して以来、彼らの近江国における評判はかつて無く悪化した。今更、箔を付けた程度でどうにかなるものか」
「
「
顕家軍の征西のため、畿内各地で南朝方が勢いを盛り返しているこの危急存亡の時、近江国守護職を解任され、失脚したも同然の俺は現在、幾らかの護衛を連れて南近江の石山寺に身を寄せている。
とはいえ、乳兄弟で最側近の青地重頼に溢したところで、何かが好転する筈もない。情けなくも、先日まで居候していた
「曹孟徳……
「忘れたか?高一族は源氏一門ではない。今後十数年、奴らが甘い蜜を吸うのを看過する気でいたが、ああして
「!……奪い返す手を新たに講じておいででしたか」
「勿論だ。京極父子の婆娑羅を逆手に取る。ま、あくまで万一のための策だ。性急に実行に移す由もあるまい。逆に世が乱れた状態では功を奏さぬ。さぁ、日暮れだ。甲賀衆に田楽の準備をさせよ」
「は!」
ここ最近のルーティンワークに組み込まれているのが田楽だ。
午前は武芸、昼過ぎは祈祷、夕方に田楽、夜はまた武芸である。
ただ、祈祷の間、口は忙しくても目などは暇になるので、それを活かして勉強ができる。授業中の内職と似たような要領である。
「だから、違う!そうではない!よく見てみろ!」
「「は!」」
「ここ、丹田!結局は丹田に力を入れねば、何も始まらん!」
「「はい!」」
「そんで、腕をヒュンってやって、足をバーンだ!」
「「???」」
田楽も決して遊びだけが目的ではない。甲賀衆もとい甲賀忍軍の者たちに仕込めば、それだけ諜報の幅が広がる。ゆくゆくは連歌を仕込んで、貴人たちの屋敷に出入りさせるのも手の一つだろう。
ただ、適性の見極めは欠かせない。ある意味、武士以上に適材適所が必要だ。忍びには万に通じる程の一芸の追求を求めている。
「さぁもう一度!……はぁ。亜也子が居れば、指導も捗ろうにの」
「……佐々木城より呼び出しますか?」
「戯言だ。今、あいつを軽々に野道に放てるものか」
「は」
可能な限り、神力を供給していたとはいえ、亜也子に対しての信頼が回復した訳ではない。
どうせ師冬も
それまでの間、良い気にさせてやろう。師冬との付き合いのためにも処分が叶わぬ歯痒さこそあれ、まだまだ使い道がある筈だ。
詰まるところ、顕家や時行の蠢動も一過性に過ぎないのだから。
「そうだ。先の甲賀郡の南朝軍との戦、甲賀望月党の働きは?」
「馬淵軍の指揮下に入り、よく戦ったと」
我が六角家の統治機構の一つに郡奉行制というものがある。
各郡に六角家の重臣を送り込み、代官のように機能させるという
その甲賀郡で起こった鮎川城での南朝軍との戦だ。先々月に俺の陣代の六角盛綱までも出陣して陥した筈の城ということもあって、馬淵家は危機感を覚えていた筈だ。無論、甲賀望月党も同様に。
「はン。連中、よもや亜也子のためにと意気込んだか」
「かもしれません。殿、既にお聞き及びと存じますが、その戦で馬淵軍はこれ以上、京極家の好きにさせてはならじと抜け駆けを」
「情勢変化で心乱れ、寺院に引き篭もってしまった不甲斐なき主の復活のためにか……いやはや、嬉しいな。うん、本当に嬉しい」
若手たちの田楽の練習を眺めつつ、俺は己の言葉を噛み締めた。
視界がボヤける。後ろの側近たちが一様に額ずく気配がした。
もっとこの気持ちを噛み締めたい。しかし、そうは転ばない。
悲喜
「ご歓談中、失礼を。殿、急ぎの報告が」
「何?……その様子だと、山法師どもでは無くか?」
「はい。足利直義が密かに此方へ参ろうとしている由」
「
「は」
顎に手をやり、俺は思考を巡らせる。大阪平野で顕家軍と足利軍が度々交戦する目下、一時は自らの出陣をも考えていた直義が態々お忍びでこの南近江にある石山寺を訪れる目的は一体何なのか。
しかし、結局は考えるまでも無い話であろう。俺は目を瞑った。
「
「是非も無し。私は道理に従い、尊氏様を天下に推し挙げると決めたのだ。
敵軍の脅威がある現在は勢いが今一つだが、直義は室町幕府最初期に副将軍となる者だ。弱将の弟が尊氏様と並んで二頭政治とは極めて
用が済めば、頃合いを見て離れれば良い。これから副将軍にまで昇り詰める直義の影響力を借りて、半年やそこら足らずで
それだけあれば恩知らずと誹りを受けずに済む
「では、田楽は中止して──」
「何を言う?
「は、はぁ」
「だが、来客時の手筈通り、人員は変えておこう。直義に
この時、俺は思い浮かべていた。戦国時代、織田軍が上杉謙信軍に敗れたという手取川合戦の後の秀吉だ。豊臣秀吉は当然ながら源氏でないにせよ、あのレベルの出世譚だと却って敬服に値する。
無許可の前線撤退後、謹慎中に敢えてどんちゃん騒ぎして信長の勘気を逃れたという秀吉の処世術、これを下敷きにしてみよう。
〜2〜
現在、畿内の南朝軍と言えば、主に二つだ。第一は大阪平野各所で北朝方と交戦中の北畠顕家の本隊、第二は京の喉元に当たる
軍事指揮権の実際を師直に委ねざるを得なくなり、東寺を拠点に後方支援に徹する構えの直義は方々の寺社に祈祷を命じている。
この南近江、もっと言えば勢多近郊にある石山寺もその一つだ。
「佐々木六角千寿丸……寺に入り、反省するものかと思えば」
「おや、これは直義様。石山寺へお越しとは……てっきり東寺の本営か
この石山寺の境内を住職の案内に従って歩いていた直義の表情は穏やかではない。どうやら怒りよりも呆れの方が大きいようだ。
無論、この反応は想定済みである。素知らぬ顔で尋ねたのだ。
「この石山寺で行われている祈祷の視察……と言ったところで信じまいな。様子を見に来た。国の軍事指揮権を放棄させられ、守護の立場さえ返上させられた君のな。だが、何だ?この有り様は?」
「見ての通り、田楽です。聞いておられませんでしたか?」
「その程度は見れば分かるし、無論事前に把握していた……どういうつもりだ?多くの将兵が前線で血を流している今、
「直義様。本当にそうでしょうか?」
「……何だと?」
昨年末の亡き斯波家長が俺の枕元に化けて出た夜、何故か夢に二十一世紀の教師の如き装いの直義が現れた衝撃で、今まで抱いていたイメージが一変し、それと共に理解が進んだような気がする。
前世で塾の内職を適宜していた頃を思い出す。直義を教師のようなものと考えれば、転がし方も前よりずっと分かるというものだ。
「私が解任された理由の一つに、師直殿が敵に居た内通者の密書から
「それは聞いた。だが、それと田楽がどう繋がる?逆ではないか?田楽は在りし日の堕落した北条高時の姿を思い起こさせかねん」
「ええ。野心ある者が楽しむものではないのですよ。田楽は」
直義は頭がキレる。この時代では珍しい程、理知的なタイプだ。
だが、これも考えものだ。理知的な人間は思考を誘導し易いものと相場が決まっている。簡単なアシストさえしてしまえば良い。
「寺に逃げ込んだ挙句、田楽に
「はい。まさしく。よくぞお分かりで」
「……君は一族の夢窓国師をはじめ、方々の知識人たちに潔白を証明するよう必死に求める書簡を送っていると聞いた。師直に有らぬ疑いを掛けられ、陥れられたと。だが、はっきり言おう。勘違いも甚だしい。時行の南朝への降伏文書を夢窓国師が仲介した一件を感知するや否や、本人連れで君は謝罪に述べに参ったではないか」
「……ん?」
あのふざけた春画擬きは大した原因では無いとでも言うのか。
そんな筈は無い。あの絵画の製作者が誰なのか、俺は師冬から推察を聞いて、討滅を願っているというのに。戦国期に宣教師は日本の神々を悪魔と表現したらしいが、
「どうやら君は守護交代の訳を少しも分かっていないようだな」
「ッ!」
ここで俺は思い至った。直義は対立派閥トップの筈の師直の提言した近江国守護の変更に乗り気だったのではないかという事に。
しかし、俄かに信じがたい。曲がりなりにも直義は山法師対策のために六角家が有用だと考えていた筈だ。その直義が、今年になって慣例破りも同然の近江国守護の変更を後押しするものなのか。
それそも解任理由との辻褄が合わないだろう。何故なら──
「千寿丸。君の言った解任理由は
「と、闘志や覇気が?っ、俺からアイデンティティを奪っておいて良くも……惣領の誇りを傷付けられて、如何に保てと仰る!?」
「藍電……?ゴホン、話を戻そう。保つも何も無いではないか?」
「……黒血川の合戦で即刻追撃に移るべきだった。直義様もそう本気で申されますか?兵糧がどれだけ大事か、天下の宰相にならんと欲す貴殿は、どの諸将よりも知っている筈だ。腹が減っては戦はできぬとはよく言ったもの……あそこでの追撃策は無謀だった!」
嚢沙背水の陣を敷き、しかも敵軍の後方から襲う手筈の
よしんば、嚢沙背水の陣で散っていた幾万の
かと言って、距離を適当に保ちつつの散発的な追撃が功を奏していただろうか。無理だ。実際を見よ。顕家の決断で南伊勢まで退がられて、師直らの目論見は結局ご破算になっていたではないか。
しかし、俺の確信はすげ無く打ち破られた。他ならぬ目の前の直義の一喝で。恐らく時行も
「そう!まさしくその気弱な考えが問題だ!」
「!?」
「二年前、
直義は主張した。幼くとも誰より闘志を燃やして自然と周りを奮い立たせていた六角家当主だからこそ、昨年に至るまで、如何なる事態が起ころうと、近江国守護を他の誰にも委ねていなかった。
新田・楠木・北畠の連合軍のために足利勢が畿内から一時追い出されようと、道誉や貞宗が近江国でどれだけ敵軍と戦おうとだ。
「兄上に関しては言うまでもあるまい!だが、今のお前は何だ!?戦う顔をしていない!兄上の愛の鞭に気付かず、小細工を弄するために遊んで見せるだと!?元服を今年にも控えた身で、論外だ!」
「……この俺が
初めてかもしれない。
要するに"懲罰交代"だったのだ。近江国の舵取り役を
もう日が落ちて、夜を迎える。田楽の音も鳴り止み、誰も彼もが静まり返っている。俺は震えが止まらなかった。俺の尊氏様への畏敬の念は本物の筈なのだ。呼吸が苦しく、ただひたすら治まるのを待っている。今までになく弱将・足利直義が大きく見えていた。