崇永記   作:三寸法師

112 / 202
◆3

〜1〜

 

 

 建武五年の夏、劣勢の顕家軍が摂河泉(大阪平野)南部まで戦線を後退させていた一方、その別働隊の春日軍は今も男山(石清水八幡宮)で抵抗を続けている。

 金ヶ崎城の悲惨な有り様からは考えられなかったような南朝勢の()()()()には、目を見張らざるを得ない。というのも、少し前まで南近江の石山寺に居た俺は今、京周辺に戻っている。直義の了解を内々に得た上で、京の北の鞍馬寺に活動拠点を移していたのだ。

 

 

「明日、また戦見物に参られるつもりか?六角殿」

 

 

「……ええ、長尾殿。敵ながら春日顕国の防衛術は将来の参考になりそうでしたので。定石の活用だけであれ程までに粘れるとは」

 

 

「フ、六角殿は俺との稽古だけでは不足だと」

 

 

「個人の武力の強化だけ考えれば十分……いえ、それどころか有り難すぎる話です。ただ、私は大名。将才も磨いてこそでしょう」

 

 

 無双の勇将。知らず知らずのうちに尊氏様の期待を裏切っていた自分自身への失望以上に、石山寺へ視察しに来た直義の言ったこのフレーズを思い返し、心が弾んでしまうのが正直な本音だった。

 数多くの守護大名が討伐される義満(三代将軍)時代を思えば、俺の代での領国拡大は自重するべきだと心得ているが、軍才を延ばして尊氏様の一番の武将になりたいという思いを抑え切る事は出来ないのだ。

 

 

「尤も、上杉家執事の長尾殿(貴方)にも同じ事が言えると思いますが」

 

 

「ほう。ならば、貴殿の屋敷(佐々木六角邸)にある兵法書の一冊でもお譲り頂きたいところだ。実戦的な使い道に欠ける毘沙門天の小仏像でなく」

 

 

「ウチにある兵法書くらい、上杉家の蔵書にあるでしょう?足利流兵法でしたっけ?亡き家長(斯波孫二郎)殿に聞きましたが……あれを作るために()津洲(本国)にある既存のもの(兵法書)をありったけ収集した筈だ。何がどれに由来するかまで、上杉家執事の長尾殿なら熟知しているものかと」

 

 

「さぁて……六角殿、時間が惜しい。拙者は足利家の陪臣なれど、密かに直義様の閥に参じた貴殿を短期間で鍛えるよう主君・上杉様に仰せつかっている。こうして拙者がこの鞍馬寺に赴いている間は武力強化に注力して頂こう。()()()()()がある日は別と申せど」

 

 

「かたじけない……長尾殿」

 

 

 どう考えても戦国時代の軍神の先祖……もしくはその縁者としか思えない長尾景忠の武力は一線級だ。青野ヶ原合戦で祢津弧次郎との一騎討ちに敗れたという話が信じられない程で、仮にあの土岐頼遠と手合わせしても勝つ可能性が皆無という訳ではないだろう。

 現に今の俺にしてみても、長尾景忠との鍛錬は良い経験である。

 徒士戦で長尾相手に優勢に持ち込めるなら、得意の騎乗状態という条件付きにはなるが、いよいよ土岐頼遠とも一対一で勝ち目が生まれよう。そうなれば、外様最強という目標に大きく近付ける。

 直義は巧みだ。俺の目標を察して自派閥の上杉憲顕に口利きし、自軍の統率権をほぼ放棄しているも同然の俺のため、猛将・長尾景忠の貸し出しを図った。いつか大きく伸し掛かる()()になるのではないかという側近(六角邸)の懸念はあったが、贈った毘沙門天像でチャラにすれば良い。少なくとも後世の軍神(上杉謙信)には感謝されるに違いない。

 

 

「とはいえ、まさか貴方が指導役とは思いませなんだが、ね!」

 

 

「ンッ!……今は佐々木領の長尾郷を気にしておいでか。あそこはとうに先祖の手から離れた地。今後更に人手に渡るようなら拙者も考えようが、他に土地は幾らでも。上杉様への奉公が第一です」

 

 

「ぎッ!」

 

 

 かつて源義経が鞍馬寺で天狗たちと鍛錬したという伝承は多少の誇張あれ、確かなのだろうと今なら思える。天狗がどうという問題でなく、立地が大事なのだ。この山々で鍛える事に意義がある。

 長尾景忠は存外、上手さを併せ持った猛将だ。高低差のある場所での戦い方を心得ている。高所からの長尾の斬撃は受け流すので精一杯だ。すかさず距離を取って体勢を立て直さざるを得ない。

 

 

「くぅぅ……」

 

 

「どうされた?同じ外様武将、土岐頼遠の領域に足を踏み入れたいと伺っているが、今のままでは祢津小次郎すら対処は困難かと」

 

 

「はン。冗談。話を聞く限り、今の祢津の強さは柄の紐の絡繰に依存したもの……そんな小細工頼りの鼠輩に劣ってなるものか!」

 

 

「確か貴殿と祢津の二人の間には、三年前の相模川や腰越の合戦で交戦歴があると。成る程、同世代で特別意識するものか……ッ!」

 

 

 今も速さという点で、北条時行や祢津弧次郎に遅れをとっているとは思えない。言うまでもなく膂力であれば、前々からスピード重視の戦法だった彼らと比較にならない程、強くなっている筈だ。

 対して俺の理想は武に必要な全てに秀でていることだ。スピードもパワーも最上に至ってこそ、土岐頼遠を超越出来るのである。

 最初の足の踏み込みは思い切り強くして良い。その勢いを活かして相手に狙いを気取らせない程の速さの移動を繰り返す。程よく撹乱した頃合いを見計らい、斬撃を繰り出す。あくまでも峰打ちだ。

 

 

「ふ……味な真似をしてくれる」

 

 

「長尾殿、続けましょう。他にも山のように仕掛けたい手が」

 

 

 近江国で京極父子が権限を掌握し、本家当主の筈の俺が堂々と出陣できない今でも、後々を見据えての自分磨きは十分に出来る。

 上杉家執事の長尾景忠はそう遠からず、その主君(上杉憲顕)と共に関東へ戻るだろう。今だからこそ味わえる猛将の腕、存分に体感すべきだ。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 一時的とはいえ足利直義に近付く上で、ネックになると思われた者こそ、その対立(高武蔵)派閥の長(守師直)の猶子、高師冬だ。かつての逃若党軍師の彦部吹雪であった師冬は、俺について色々と知っているのだ。

 しかし、やり用はある。まして直義が石山寺で俺に言ったのだ。

 

 

『千寿丸、お前は師直の猶子、高師冬と甚く親しくしていたな』

 

 

『ああ、分かりますか。あの銀髪、どうにも心惹かれるもので』

 

 

『ほう。確か高師冬の銀髪は相模川の戦い以来のもの。馬に踏まれた精神的衝撃によるものだという噂を聞いたが……千寿丸、折入って頼みがある。引き続き、高師冬に近付いて貰いたい。特に高師冬の実父や実弟との逸話が聞けたのなら、是非私にも教えてくれ』

 

 

『は、はぁ……』

 

 

 間違いなく師冬はその正体を直義派に怪しまれている。あくまで高師冬とは、彦部吹雪が足利家執事・高師直の独断により、相模川で死んだ()()に代わって成りすましているに過ぎないのだから。

 その師冬(吹雪)と言えば、義父(高師直)からの信頼厚く、顕家軍が和泉国に撤退している今、主に男山(春日顕国軍)攻略戦に従事している。接触は思っていたより難しくなかった。師直が摂河泉方面(大阪平野)豚カツ(細川顕氏)救援のために出撃しているタイミングを見計い、変装して天狗(足利の忍び)の目を盗むのである。

 何故態々こうするのか。単に師直の嫌味(お小言)を聞きたくないからだ。

 

 

「千寿丸殿。夜半に遊び相手を呼んだという名分が使える時間だけですよ。あまり長引けば、私にまで()()()()()が来かねません」

 

 

「だァ、分かってる。分かってる。それで、今の戦況は?」

 

 

「昼間見られたように、変わらずです。これ以上はご希望の軍略の勉強にならないかもしれませんが、何か打開案はありますか?」

 

 

「……うーむ」

 

 

 男山(石清水八幡宮)奥州軍(南朝方)別働隊の主将、春日顕国の指揮は至って武経七書のような基本(兵法書)に忠実だ。今なら分かる。少し前まで春日が主君(北畠顕家)と共に戦っていた間、奥州軍の傾向を分析した結果、序盤の立ち上がりが後半の戦ぶりに比べ、鮮烈さに欠けるように思われた理由が。

 きっと開戦当初は春日顕国の知る兵法知識に従い、盤面を進めていたのだろう。場が温まり次第、顕家の突飛な考えが戦場を支配して勝利するのだ。これだけ考えれば、春日顕国が武将として主君(北畠顕家)に劣っているようにも思える。だが、防衛戦ならば話が変わろう。

 現状が物語っている。春日顕国が要害に籠もり、定石を遵守して守りに徹すれば、極めて厄介な存在になると。幾ら桃井軍の般若坂での奮闘に対する恩賞不行き届きがあったせいで、北朝武将の大半が攻略戦への従軍を躊躇っているとはいえ、男山(石清水八幡宮)攻防戦開始から何十日経っても戦闘が治まらないとは、一体誰が考えただろうか。

 

 

貴方(千寿丸殿)の策で男山(石清水八幡宮)奪還が叶えば、義父上(師直様)に復職嘆願できますよ」

 

 

「と言われてもなぁ。どう考えても今の戦況、厳しいって」

 

 

 高・桃井軍に加え、武田軍や島津軍までもが攻撃して尚、(石清水)(八幡宮)春日軍(南朝勢)の脅威は消えていない。源氏の聖地である石清水八幡宮の施設への無体が難しい以上、()()()または兵糧攻めの二択に絞られようが、いずれの手法も埒が明かない。男山(石清水八幡宮)守備(春日顕国)軍が自ら撤退するよう差し向けられれば楽なのだが、典型的な()()()()()だ。

 越前国の新田義貞軍の動きも気になる。京を空け、敵軍を誘い入れるという軍神(楠木正成)流の防衛策は目下の現状に合っていないだろう。

 

 

「このままだと……結局どこかで尊氏様に御出馬を願うしか」

 

 

「いえ、これでも快方に向かっています。案の定、新田義貞は北陸で遠征準備に手間取り、北畠顕家も和泉国に押し込まれ、勢力挽回に専念せざるを得ず、数多の合戦を経て顕家(総大将)さえ傷を負った有り様だとか。恐らく次の大戦で勝負が決まります。近江国の京極(佐々木道誉)軍や山陽の赤松軍にも御足労を願い、顕家を討つ運びになるでしょう」

 

 

「道誉殿はこの際百歩譲るとして……赤松軍を前線に召集して本当に大丈夫なのか?あまり大きな声で言えないが、彼ら(赤松氏)って元は顕家と同じ大塔宮(護良親王)の派閥だっただろ?いずれ幕府で要職を得る一族……だと思うが、今は国元で静観させた方が無難ではあるまいか?」

 

 

「そうですかね?円心殿の三男、則祐殿は高名な護良親王の股肱之臣でしたから、その危険があるかも知れませんが、他の赤松氏は親政下の冷遇を恨んでいるので、裏切りの心配は……ただ、義父上(師直様)に確認ぐらいはしておきますか。九州の南朝方が上洛を試みる恐れがあるようなので、あまり山陽勢(赤松軍)を動かしたくないのも確かです」

 

 

「九州……?あそこの南朝方と言えば、阿蘇軍や菊池軍か」

 

 

 去年、元関東庇番四番組筆頭の一色頼行が九州で戦死していたと聞き及ぶが、現地の北朝方は大友氏や少弐氏らの他軍が健在だ。

 ただ、問題は亡き頼行の弟で九州探題の一色範氏だ。どうにも求心力に欠けるらしい。ひょっとすると解任も有り得る程である。

 これで後の四職の一柱、一色氏の当主というのだから驚きだ。

 正直、俺の方が上手くやれる筈である。尤も、俺はあくまでも中央の武将で、九州のような場所は左遷先としか思えないのだが。

 

 

「千寿丸殿も義父上(師直様)と同じ忍び使い。何か探っていませんか?」

 

 

「えぇ……?九州方面は全然手が回ってないぞ。はっきり言って」

 

 

「……まぁ大して当てにしていませんでしたが」

 

 

「む。そう言われると腹立つ」

 

 

「それより千寿丸殿。貴方、よく赤松氏が敵と内通する恐れがあるのではと言えましたね。今の貴方も一応、嫌疑がありますのに」

 

 

「"一応"な?お前もあの馬鹿げた絵を信じる訳ではないだろ?そもそも今まで散々、源氏政権の再臨を志して苦心を重ねた俺に対し、何と()()()()()()事を。見るに耐えないド変態()()()()め……」

 

 

 ここで言う()()()()とは、敵方の御左口神(諏訪の雫)と味方の師直を指す。

 正直、師直への憤慨をその猶子(高師冬)に隠し立てする由はあるまい。

 適度に不満を持っているアピールをしないと逆に害意を怪しまれかねない上に、高師冬もとい彦別吹雪も決して高一族に愛着がある訳ではないだろう。出世のための踏み台としか思ってない筈だ。

 むしろ師冬が次世代における高一族内の紛争という()()()()()()将来を見据えるなら、俺の持つ不満を魅力的に感じるに違いない。

 

 

「結局、貴方(千寿丸殿)が黒血川で余計な口出しをしたせいで、一時的に立場を剥奪されただけですから。今後、私の言葉を遵守する事ですね」

 

 

「……お前だって俺の撤退案に最終的に同意してたがな」

 

 

「ええ、そうです。ポロッと本音が漏れてますよ?」

 

 

「大した話ではない。言ってみただけだ、師冬殿」

 

 

「そうですか。ただし、申し上げた筈です。義父上(師直様)が話を聞いて納得するかどうかは別問題だと。要するに、貴方(千寿丸殿)の自業自得です」

 

 

「ぬぅ」

 

 

 攻め気を欠く姿勢を問題視されていたという話は、直義の言葉で理解している。若く有望な選手でも消極的な姿勢でチャンスを自ら手放したり逆に窮地を招いたりすれば、先発(スタメン)の座を剥奪して頭を冷やさせるのと似たような理屈だろう。ただ、納得と共感は別だ。

 近江国守護職は六角家当主(佐々木惣領)が連綿と継承し続けるという慣例が、室町幕府誕生直前に打破された。これでどうして皆に顔向け出来るだろうか。特に実父の時信だ。あの先代当主(六角時信)は後継者の俺と違って確かに見抜いていたのだ。佐々木(京極)道誉が隠し持っていた企みを。

 

 

「千寿丸殿。時に京極父娘への愛想は今や」

 

 

「……あると思うか?アイツらは()()()。師冬殿の言った通りな」

 

 

 当時は適当に相槌を打つ他なかった、金ヶ崎城落城後の師冬の言葉も思い返せば、かなり真実味を帯びているように感じられる。

 真偽の見極めがそう簡単に出来ない時代柄、讒言は面倒事を意味するため、表向き聞く耳を持ったとしても、不愉快でしかないが、偶にこの手の()()()()()()()()が混ざっているところが厄介だ。

 疑心暗鬼で動揺するせいか、魅摩が言うには神力由来で働くらしい勘も、上手く作用しない。ただ、その魅摩ですら今はどうか。

 

 

「ええ、そうです。魅摩殿も貴方(千寿丸殿)の許可を得ず、自らの一存で父親(道誉殿)の元へ戻り、鮎河城(甲賀郡)の合戦に従事したそうで。この分だと恐らく」

 

 

「師直殿と顕家の決戦に参じるのだろう?御左口神対策のために」

 

 

「十中八九、いえ。間違いなくそうなるでしょうね」

 

 

「……いらつくなァ

 

 

 夜の軍営でボソッと微かな言葉を呟いた。正真正銘の歯痒さだ。

 今のままでは、尊氏様にも一族郎党にも立つ瀬が無い。本当に俺の元へ還されるのだろうか。疑念とやり切れなさで一杯になる。

 近江国守護職という確かに自分の掌にあった地位が、今では遠く思えてしまう。魅摩も魅摩で煩わしい。一体何を考えているやら知れたものではなかった。目論見通り、直義を利用して復活が叶うのだろうか。佐々木惣領という肩書きが酷く空虚なものに思えた。

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