崇永記 作:三寸法師
〜1〜
六波羅探題が滅んで五年が経った。頑なに北条氏への忠義を曲げなかった
しかし、ふと我に返ってみると今の……
「来世で必ずや仕え直したし。あれはそれだけ……」
「千寿丸殿。これでも未だ皆の前に姿を現さぬおつもりですか?」
「はッ。母上は、勝手に死んだ者のために我が意を曲げよと」
「ッ……あくまでそう言い張るおつもりですね?」
「いえ、この
表向きは郎党の諌死、その実は粛清。この筋書きを以て、六角家の郎党たちに分を超えた余計な言動は死を招くと示そう。俺は幾年に亘って自分を支えた者の死をこの際、利用し尽くす気でいた。
ただし、
我が弟を擁立し、南朝に与する方向に行かれては元も子もない。
「取り敢えず、遺体は燃やしておきましょう。あまり放置して蛆が沸いても偲びない……ん?あら?もしかして火と相性悪い?俺?」
「……千寿丸殿?」
「何でもありません。遅かれ早かれ燃やさねば。この際、火葬も含めて母上に段取りをお任せします……母上、斯様な結果に終わってしまった以上、本来郎党のみならず、家を守るべき貴女にも責任を負って頂きたいところですが、免じておきます。私への口出しは以後も無用。この家の未来は全て私の判断に基づくと考えられよ」
「責任……それを言うなら千寿丸殿!貴方は!」
「我が責任は是が非でも守護職を取り戻す事に尽きる。これ以上、足利政権に罪を着せられないような形で……考えが有るのです」
建武五年の夏も半ば……今後の天下の趨勢を占う一戦が始まろうとしている。南朝軍総大将は"規格外貴族"北畠顕家、対する我らが北朝軍総大将は"完璧執事"高師直。兵力は
この戦、庶流の筈の京極家が近江国守護の軍として参じる一方、嫡流の六角家は
「ですが、
「師冬殿。元々、貴殿の出した条件だろ?表向き俺が自発的に謹慎している間、お前との接触は予め女装した上で行うようにとさ」
「口調!……女装中、普段と変えられては如何です?」
「え〜、婆娑羅風の女騎が普通の口調だとチグハグ感出ない?」
一応、今の俺が参陣する間、師冬の
女装自体は決して好き好んでやらないものの、誤って文化祭のミスコンにエントリーされた時のように、やむを得ぬ場合は力を尽くして成果を得る。正直、今世でも優勝ものという自負はあった。
ただ、師直や師泰の趣味を考えた場合、高一族の若者の
「チグハグなのは……全く疲れますね。大体、誰も婆娑羅風にしろなんて言ってませんよ。魅摩殿とも違うように感じますが、一体どなたの真似なんです?いつの間にか第三の女が居られたので?」
「言い方……んん?前世の女?」
「……いつの時代にそんな装いの方が居たと申されるんですかね」
「まぁ鎌倉以前には居ないだろうな」
「大体、
「それは知らん」
「……三年前の六月の格好で良かったんですが。それなら
「う〜ん。あれでガチガチの奥州軍との戦に参加するのはねェ」
「はァ。あまり調子に乗らないでくださいよ?条件はちゃんと呑んで貰いますし、何より後二年もしたら絶対似合ってないですから、その格好。そうだ。名前は何としておきます?氏は良いとして」
「え?……六花で良いんじゃないの?六角だけに」
「お尻パンパンしますよ?」
「うわ、怒った……冗談。"咲耶"で良いよ、何となく」
こうして、ふと朧げに浮かんだ名前と本来禁制の婆娑羅風の装いで俺は北朝軍主将の一人、高師冬の側に女装して居座っている。
腕を組んで歩くのも特段、抵抗は無かった。お互いに尊氏様に尽くす者同士、呼吸が合うのだろうか。差し詰め二人三脚感覚だ。
「なぁ、師冬。
「"殿"は今も付けてください……そうみたいですよ。忍びの方々から聞いたんですか?よく働いてくれますね?今の貴方のために」
成る程、師冬の指摘は的を射ている。今の俺は近江国守護職を解かれた身で、甲賀郡の豪族たちが一斉に六角家ではなく京極家の方に靡いてたところで、然程不思議なき状況だ。実際、先の甲賀郡における戦で、忍軍棟梁ながらも表向きは一豪族の山中道俊でさえ、内々の許可申請はあったが、
ただ、一週間以上前、堺湊に溶け込ませ、数人単位で情報収集に当てている忍びたちから、思わぬ好機に乗じて風間玄蕃を捕獲し掛けるも不首尾に終わったと報告があったように、依然精力的に働いてくれていた。俺の知る未来が大雑把なのは、
尤も、理由が必ずしもそれだけではない事を、俺は知っている。
「ハハ。幽閉中も彼らの飲みたがるものは作ったからな。おっと、何かは聞かないでくれよ?俺の沽券に……ん、私って言わなゃ」
「
「そうだな……師冬殿、やっさしい〜!咲耶、凄い嬉しい」
「ん゛ん゛ん゛……もっと自然に出来ないんですか?」
「注文多いなァ」
摂津国天王寺にいる間、早くこの状況にも慣れたいところだ。
いざ開戦すれば、余裕も無くなる筈だ。久々の戦で湧き立つ興奮を制御しなければならないのだから。兎に角、習うより慣れろ。
この精神で実地練習だ。すると不意に見知った気配が近付いて来るのを感じた。どういうつもりか再び
「あ、あんたたち……何してんのよ。こんな白昼堂々と」
「おや、魅摩殿。済みません、今取り込んでいるもので」
「はン。取り込み中だって?……ならさ、はっきり言ってやろうじゃないの。高
「辱める……何を言っているのか、分かりませんね」
「
どうやら魅摩は怒っているようだ。目敏くも我が変装を見破っているらしい。俺が腕組み相手の師冬を連れて遠ざかるよりも早く、目の前に現れて、あれやこれやと言う。まさか
また、魅摩に話し掛けられ、自分なりに工夫を重ねて行った女装潜入が台無しだ。現に周りの将兵たちが目を丸くして見ている。
多少の無理を承知した上で、取り繕うための演技をしなければ。
「ねぇ、師冬殿。こわい〜……その女さ、師冬殿の知り合い?」
「は……?」
「大丈夫ですよ、咲耶。貴方が心配する事は何も」
師冬の手が肩に置かれる。あたかも我らは一心同体とでも言わんばかりの勢いだ。ただし、前世の身体の強度であれば、肩が粉砕されていたのではないだろうかという程、師冬の握力は強かった。
とはいえ、今世は今世だ。師冬の握力など諸共しない。もしも今の俺の肩を砕きたければ、土岐頼遠でも連れてくるべきだ。俺の武力は確実に伸びている。思わず嬉しくなって、微笑が浮かんだ。
〜2〜
あの後、迫真の演技に憤慨したらしく、修羅場に遅れてやって来た
我が守護職失陥の鬱憤が多少なりとも晴れた一方、師冬は仮面の裏で汗を垂れ流しているらしい。盛んに亜也子を推し上げ、反京極の方針を唆しておきながら、今更何を日和っているのだろうか。
「千……咲耶。あそこまで真正面から喧嘩を売れとは」
「しゃー無し。だって、ずっとムシャクシャしてたんだもん」
鎌倉幕府滅亡に加担し、打倒建武政権に参加してまで足利氏を頂点とする源氏政権の樹立に勤しんだところで、近江国守護職を失ったとあらば、俺の面目は丸潰れである。まして直義辺りが自ら預かるというような措置ならまだしも、
はっきり言って、今の俺は京極家に対して忸怩たる思いがある。
娘の魅摩は無関係というチャチな考えは決してすまい。例えば敵に矢で射られた際、その矢を恨まずに居られるか。答えは否だ。
「百歩譲ってそうだとしても、もう少し穏便に遠ざけた方が良かったのでは無いですか?
「師冬殿ぉ?今更ゴタゴタ言わないで貰えますぅ?既に賽は投げられたんですよぉ。顕家の首を獲ってあの親子に投げつけないと」
「うわ……
「はーい」
身体を引き寄せ、仮面越しに耳元へ囁く師冬に空返事する。
師冬の手を握って、だ。呆れたのか、師冬はため息を吐いた。
「はぁ。この後の
「大丈夫、大丈夫。何とかなるなる」
「今日に関しては貴方が油を注いだ事、忘れないで下さいよ?」
「ああ。燃えるなぁ。顕家の首、何が何でもあげてやらぁ」
「口調」
決戦の日取りは五月二十二日である。話によれば、敵は
わざわざ負け筋を用意するとは、正気の沙汰では無い。神との噂に違わず、雫が未来視で知識を得て鉄砲を量産させていたとかいう裏事情が仮にあれば話は別だが、そんな道理は通らないだろう。
何せ俺さえ鉄砲はおろか火薬の製造法まで覚えがないのだから。受験で選択するつもりのない科目の授業中、先生が雑談していたような気はするものの、どうせ塾の内職を優先していたのだろう。
ともあれ、決戦の日を迎え、俺は口角を上げていた。予め取り寄せた頬当てをしている手前、目さえ制御すれば平静を装えよう。
「師冬。その女騎……本当に大丈夫か?」
「
「……女の好みにとやかく言うまい。ただし、俺の命令は絶対だ」
「は。尊氏様の御為にも必ずや敵を駆逐します」
「その意気だ。明日の朝までに帰京するぞ。
完璧執事は相変わらずだ。尊氏様の食事の用意に余念が無い。
きっと最期の瞬間まで尊氏様に思いを馳せるのだろう。しかし、尊氏様への想いでこの俺が負けるとは思わない。すぐに栄えある近江国守護の地位を奪い返し、かの御方との約束の日を迎えよう。
生け贄は北畠顕家の首級だ。二年前の佐々木城における借りもまだ完済していない。必ず顕家の首を獲って女装を解除し、佐々木六角千寿丸として堂々と名乗りを挙げてやる。そう固く決意した。
〜3〜
開戦の地は石津・阿倍野の一帯である。大和川という名前の川を挟んで両軍が南北に対峙した。大坂の陣の合戦図にそんな川あったかなと一瞬思うも、南岸の河口付近に堺湊がある事から、地理的にある程度の
先に
「
「え゛」
「顔半分を隠しても丸分かりです。ただ、今の貴方の立場は
「……はぁい。承知してまぁす」
ただ、あくまで少しだけだ。代々の近江国守護であった俺と一代が二年間だけという伊勢国守護の畠山
言い換えれば、実力で元の地位を奪い返す他ない
「まずは耐え……取り敢えず川面に身体を隠し、敵の矢をやり過ごす気か。顕家軍は以前の堺浦攻撃の際に数多くの物資を掠奪したと思いきや、肝心の武具が不足していると聞いた。とりわけ矢が」
「ええ。
「……やるな、完璧執事。効果は抜群!な、師冬殿!」
「いや、この程度で興奮しないでください」
「まぁまぁ、そう言わずに」
開戦からそう時間の経たない内に、
苦し紛れか、敵は河原の天然資材を活かした投石に切り替えた。
「はン。あんなの武器で弾き返せば問題ない」
「
「は?
「ちょっと!身バレ発言は控えてください」
「そうだった……あ、マズい。
前線は思わず危険球退場とでも言いたくなるような戦況だった。
「奥州兵の肩がかなり強いですね。しかも撃ち返す矢、ひいては反撃の芽を
「敵将の顕家が天下三指に入り得る弓上手だからな……序盤は弓矢の使用を我慢するのも理解できる。ただ、火矢ならその限りではないような気も……敵軍が再利用する前に燃えたら済む話だろ?」
「だとしても言うのが半日遅いですね……それと口調」
「む……もう、こんな感じでいかないか?帳尻合わせも面倒だし」
「遂に匙を投げましたか。早晩こうなる気はしましたが」
「決着は昼過ぎまでなんだろ?
「それもそうかも知れませんね。ただ、顕家の首が必須条件です」
「ああ……な!?顕家め、奥へ引っ込むつもりか!」
前線の水際対策は当面問題ないと判断したか、顕家は自陣深くへ下がっていった。この動きに対応すべく、師直は狙いを変える。
河口から部隊を突入させ、脇腹を突く腹だ。ただ、顕家軍は吉野朝廷の支援工作でもあったか、伊予国で著名な
無論、
「どうやら始まるようです。貴方の
「……そだねー」
河口際から突入を試みる足利軍に対し、海上から南朝方の水軍による威嚇射撃が敢行される。その時、
この合戦が終わると、足利兄弟の生母である上杉清子が実家に書状を送る。曰く、八幡・住吉の加護で敵船六艘が焼け沈んだと。
今更ですが、同族の武将が複数出てくる手前、官位や通称をルビ機能交え多用しています。全部が全部という訳ではありませんが。
例えば、原作では直義が上杉憲顕に対して端的に苗字呼びしているところ、この作品では同重能の言及機会の方が多いくらいなので、憲顕を
単純に通称や官位混じりの方が格好良いという個人的センスによる理由もあります。改めてこの機会にご承知おき頂ければ幸いです。