崇永記 作:三寸法師
〜1〜
北朝方は京極佐々木家の令嬢かつ
「佐々木六角千寿丸は家庭人として最悪の部類なの!近江国守護職交替で絶対八つ当たりされたでしょ!認めなよ、魅摩ちゃん!」
「いいや、違うね。近江国守護職は
「ん?んん、そうだね。勿論拙僧はそのつもりだよ。魅摩」
「ほれ見ろ。雫、よく聞きなよ?そしたら、
「な!……魅摩ちゃん。ファーは穢れの元だから、本当に止めた方が良いと思う。相手が病気になっちゃう……あ、でも魅摩ちゃんたちからしたら、
「テメェ!もっかい言ってみろ!」
(((何なんだ、これは。本当に此処は戦場か?)))
姦しい言い争いに両軍の武将や兵士たちは困惑し切りである。
伊豆北条党きっての子煩悩、長崎駿河四郎は生々しい話に視線が定まらず、一方で
(明らかに
「父上、これは流石に……
「っ、そうだね……魅摩、分が悪い。退くぞ」
「ちょ!父上!話はまだ終わってな──」
「大丈夫さ。この道誉、身内の受けた屈辱は百倍、千倍にして返す主義だよ……
「……チッ」
この石津・阿倍野の一帯で勃発した
この内の一つが、山陽の雄である赤松軍だ。ただし、当主の円心は
とはいえ、赤松一族は多士済々だ。例えば当主次男の
「では、
「お任せを。佐々木軍とは箱根の戦でも共闘した間柄。
「……その
「何の。海には讃岐国水軍部隊、陸には武田殿らの軍も居られる。彼らと連携して堺から狙えば、
他でもない堺こそ
今まで散々、
『さて、次はお前が行け。豚……あ、違った。細川。その太さで何が細川だ。笑わせる。豚の汚名を返上したくば、死ぬ気でブヒブヒ川を渡れ。いい加減結果出して下さいよ。太い太い細川くうぅん』
「ぬううううううう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜舐めるな、師直ォ!」
その特質を見抜いた師直の計算など毛筋の先程も知らない
後に足利兄弟の生母、上杉清子が実家への手紙に記す。文面を信ずるにこの一戦、細川
〜2〜
戦模様が激しさを増すに連れ、千寿丸は着実に昂り始めている。
「何故だ……何故、攻めあぐねている?見ておれんぞ」
「細川殿らが堺湊を攻撃しに行くも、街中に伏せていた名和義高軍並び郊外から突如現れた伊達軍の妨害で不発……敵に地元豪族の岸和田氏も居るとなれば、あまり当てにできないかもしれません」
(おのれ……情報源を明かせんから、師冬を通じて堺湊の現状を師直に伝える手も取り止めざるを得なかったせいもある。歯痒くて仕方ない。立場さえ有らば、軍を率いて今度こそ顕家との決着が)
「チッ。
「ええ。完全に味方の狙いを読まれてましたね。しかも、あの山車の暴走は、堺湊の周りの土地が普段の人々の頻繁な往来で踏み固められているという性質を考慮したもの。単なる兵書読みに留まらない優秀な軍師、それも春日に代わる何者かが居るという証です」
「……目論見が外れたな。春日が男山で別行動の今、敵軍の賢者は
(それともお前か?楠木正行……否、違う。アイツは生前の
女騎の咲耶、もといそれに扮する千寿丸が顎に指を添えている。
身体に湧き上がる戦士の疼きをヒンヤリとした頬当ての質感で抑えつつ、思考を巡らせるが、はっきりとした答えは出なかった。
すると師冬が徐ろに口を開いた。眼差しの奥に燻るものがある。
「もしかすると……雫かもしれませんね」
「え?雫ってド変態執事の?まさか」
(あり得ない。半年程前に降ったばかりの
「ほんの戯言です。そう考え込まず。
「あはは……数年の間か。頭の良い人間が勉強に励み、潜伏期間を合宿のそれと捉えれば、基礎は充分仕込めようが……ん?人間?」
千寿丸と師冬が顔を見合わせる。方や女装中で、方や仮面男という奇妙な組み合わせだが、他の将兵たちは距離の近い二人に決して触れてなるものかと、完全に腫れ物扱いを心に決め込んでいた。
それはさておき、師直軍は今回の戦に三つの使命を帯びている。
第一は当然、敵総大将の北畠顕家を討ち取る事で、第二は
「なぁ、雫って結局、物の怪?土着神?何だっけか?」
(もし神が
「……何にせよ神力の塊みたいですね。物の怪と捉えるか、土着神と捉えるかは余人の
「
(必要に応じ斬撃を無効化する
頬当ての裏で、千寿丸は吐息を溢す。守護職剥奪で尊氏への崇信が揺らぐ事態には至っていなかったが、京極家への不信感は魅摩にも含め、暴発していた。こればかりは感情の成せる問題だった。
閑話休題。ここは戦場だ。皮算用に没頭していては急な事態に対応出来なくなるものだ。実際、この合戦は次のステージに移行しようとしている。剛腕の将、師直が新たに命令を発したのである。
「
「ヒョウっ!ヒャハハハ!やっと血が見れるぜ!」
遂に仁木
奇声を上げ、
後年にも天下を揺るがす勇将の突撃に対し、
〜3〜
歯軋り音が響く。千寿丸は頭に血が昇って
どうやら女騎に変装している身である事を失念しているようだ。
様子を見兼ね、師冬が後ろから抑えるが、今の千寿丸は興奮してそれだけで鎮め切れるものではなく、遂に叫び出してしまった。
「言わんこっちゃない!数で圧倒しているのに、兵をあんな散発的に繰り出して敵を利す軍略があるか!あのデカ鼻もぐもごもが」
(((やっぱりこの頬当て娘、まさか)))
「
「はっきり申し上げて、以前にも聞いたことがあるような」
「というか、
「何でもありません。さぁ、咲耶。頭を冷やしに行きましょう」
「もぐもがもご」
頬当ての隙間から手を突っ込まれたまま、師直軍の陣営の裏手へあたふた連行された千寿丸は、師冬に両の拳を擦り付けられる。
丁度二束の揃う髪が狙われなかったのは、尊氏への配慮なのか。
「み、耳が……!」
「貴方は!何も考えていないようですね!」
「いやいや、普通に采配しときゃ、こんな手こずらずにさァ!」
千寿丸は捲し立てた。兵力でかなり有利な以上、ちまちま突破口などと言ってないで、正面から数を頼みに押し潰す方が理に適っていると。もし策を施すにしても別働隊に側面を攻めさせる程度で十分であり、それより気を衒っても敵軍の
実際、先鋒の畠山軍は全体の半分にも遠く及ばない数で攻めた結果追い返され、次鋒の細川軍は突破口を作った後、西からの攻撃軍と息を合わせて堺湊占領を狙うも、敵軍の抵抗に阻まれていた。
「ついさっきも勇将・
「……確かに勢いを削がれて尚、包囲殲滅されていない仁木殿の武には本来の底力を感じます。ですが、それでも貴方は起用法に問題があった故、仁木殿が真価を発揮できず、敵の策に嵌ったと?」
「如何にも。これは攻城戦に非ず。野戦だぞ?万単位で揉み潰す方略なら、敵のあの策は不発に終わっていたさ。だから、小細工と言うんだ。だが、開戦以来、各々数千騎程の部隊を順番に繰り出すやり方に終始しているから、敵方の策略が次々嵌り、両軍の差が徐々に縮まっている。このままだと敵の軍師の思う壺だぞ。師冬殿」
「ほう。敵の軍師の思う壺か。その軍師とは誰だ?娘」
「「!?」」
興奮する女装中の千寿丸とそれを嗜めんとしていた師冬という陣の裏手にいる二人の虚を突くように、声を掛けてきた者がいる。
他でもない足利家執事にして此度の
陣幕からひょっこり顔を出すようにする師直の姿で二人の心臓は縮み上がる。尤も、二人とも大なり小なり顔を隠す身なのだが。
「も、師直様……私も目下、心当たりを捜索中です」
「……師冬。その娘は中々面白い事を言う。そうは思わぬか?」
「……は。だからこそ私の側女に」
「ふん……確か咲耶と言ったか?噂は耳にしている。
「はい。師冬殿には優しくして頂いております……」
(この完璧執事め……気付いてるなら早くそう言え。どこまでも底意地の悪い。この格好で万一あっても六角家に累が及び難いからこその変装だと察しての言葉なら、その限りでもないんだけどさ)
千寿丸は前に直義から近江国守護職剥奪の裏にある師直の意図を聞かされ、頭で理解しているものの、
どんな叱咤激励の意図があろうとも、師直の教唆こそ職を失って尊氏との距離が離れた原因に違いないと責任転嫁しているのだ。
「師冬、お前は我が猶子ながら趣味が俺と違うようだ。とはいえ、調教はしっかりやるべきだな。特に尻をよく叩いておくべきだ」
「お望みとあらば、今すぐにでも」
「良い、戦中だ。お前たちが裏でシッポリやっている間に、戦況がまた一つ動いたぞ。
(新田徳寿丸……義貞の次男坊!確か堀口
(矢作川の戦いでは堀口軍にしてやられた。今回はどう転ぶ事か)
千寿丸にしろ師冬にしろ、幼将の徳寿丸よりもお守りの堀口
しかし、師直の言葉で二人は直ぐにそれどころでは無くなった。
「師冬、それと小娘。お前たちは師泰と別に北条軍を狙え。時行が自軍の猛将の祢津小次郎を
「「は!」」
前線を見渡せる本陣へ師直が戻り、師泰軍の最新動向の把握に努める傍ら、千寿丸は張り切って堂々と武器の素振りをし始める。
石津、または阿倍野の戦いは新たな局面へ向かおうとしていた。