崇永記   作:三寸法師

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琵琶マスが新種認定されたそうで。機会あれば食べてみたいです。


◆8

〜1〜

 

 

 対岸は混戦模様だ。細川・仁木軍に続けて師泰軍が突入するも、然程圧倒し切れていない。今までの関東足利党や土岐・小笠原らの奮戦のおかげで、南朝(北畠顕家)軍に対して数的優位であったにも関わらず、それを半ば投げ捨てるかのような将兵の散発的投入、もとい出し惜しみを行う高師直(総大将)の采配に問題があるような気がしてならない。

 しかし、その一方で、師直の弟の師泰は大きな戦果を得ていた。

 新田党の実力者、堀口貞満(美濃守)を何と一撃で斬り落としたらしい。

 

 

「かつて関雲長は曹軍時代、袁本初の主力武将の顔良・文醜両名を瞬殺したというが、それにも匹敵し得る戦果だ。まさか堀口貞満(美濃守)が斯くもあっさり逝くとは……分からぬものだ。青野ヶ原合戦で()()少弼(頼遠)の武名が轟いた事で、三年前の戦(矢作川合戦)で京極や吉良ごと、()()()()()()を撃退した貞満(堀口美濃守)の評価も相対的に高まっていたというのに」

 

 

「……関雲長は兎も角、世の中意外とそんなものかもしれません。足利軍でもこれは必ず史に名を轟かすに違いないと思っていた御仁が存外呆気なく死んだところをこの数年、何回も見てきました」

 

 

「然りだな。だが、それを差し引いても……主君(新田義貞)の子どもを守るために戦死した堀口貞満(美濃守)、敵将ながら見事なり。ましてあの将(堀口貞満)は病であったとも聞く。少し前までは病没したのかとも噂されていた」

 

 

「その主君(新田義貞)の子ども……徳寿丸は既に父兄を思わせる猛将の風格があるようです。それに北条軍から弧次郎の救援が。息を吹き返して師泰軍に猛反撃の構えです。我々も参りましょう。時を逃さず」

 

 

「はン、言えてるな。弧次郎が救援とは丁度良い。その不在を突いて時行(中先代)の首を獲る。さすれば、徳寿丸軍も今度こそ瓦解する筈」

 

 

 今や変装して専属女騎として師冬の傍らにいる俺も、間も無く出陣である。師冬が率いる軍勢の支度ができ次第、渡河を始める。

 尤も、その支度とは穏やかではない。総大将としてなのか養父としてなのか分からないが、態々(わざわざ)猶子(師冬)の率いる兵を支度する師直の挙動がどうに不審だ。自陣の奥で、景気付けの酒を用意している。

 合理主義の執事自らとなるとドーピング剤でも入れているのか。

 もし尊氏様のものなら原液を独占したいところだが、酒に混ぜられてはそうもいかない。未だアルコールの摂取は無理だ。解毒できず思考力が僅かでも悪化した場合、困るのは何も俺に限らない。

 

 

「貴方は飲まないんですよね?一応、非合理を盾にできますし」

 

 

「合理主義サマサマか。ま、理由としちゃ十分だ。最悪、師直殿が将兵らに酒を振る舞う時だけ雲隠れし、出陣してから合流する」

 

 

「……どうぞご勝手に。縦横無尽の移動は貴方も得意でしょう?」

 

 

「まぁな……にしても、師冬殿。一端の武将を名乗るなら、自分で率いる将兵の支度くらい、自分でした方が良いぞ。冗談抜きにさ。配下に任せるならいざ知らず、義父にやって貰うのは少し体裁が」

 

 

 ここ最近、師冬は三河守を名乗っている。二年前の比叡山延暦寺攻略戦以来、数々の戦で参謀将校以上の役割を担い、既に実力を認められている筈なのだが、まだ高一族の部将の域を出ないのか。

 本来、自前の軍団を用意できるようになっても良い頃合いだ。

 

 

「確かに吉川たち*1も厳密には義父上(師直様)の差配で私に預けられているようなもの……ただ、個人的には甲賀衆のような存在が欲しいところです。天狗衆も決して悪くないのですが、組織力で物足りなさを感じます。それに彼ら(天狗衆)まで引き継がせて貰えるかというと……」

 

 

「微妙か?やっぱ実子ではない出自が最終的に響いてくると?」

 

 

「猶子ですからね……義父上(師直様)は"無能な血縁より有能な他人"という合理主義を掲げておられるとはいえ、本来、相続権は無しという立場です。加えて最近、義父上(師直様)は公家の女たちに夢中になり始めているようで……母親の高い身分は優良な教育環境に直結しがちです。もし同じ実力でより若く、公家と血縁のある高貴な実子が居れば、そちらが優先されます。その誕生を義父上(師直様)は十年待つでしょう」

 

 

 意外と見えているだろうか。師直の次の将軍執事という目標達成ありきとはいえ、将来の展望を師冬は十分に考えているらしい。

 師直にしろ師泰にしろ将来の軋轢が生まれる可能性に無頓着なきらいがあるとはいえ、後進育成に余念がない性質なのは書籍の流入傾向を鑑みても明らかだ。師冬以外にも次世代候補を様々用意しているに決まっている。師直は言わずもがな、師泰も隙あらば後進にねじ込むべく、虎視眈々と言ったところだろう。どうせ観応の擾乱で目論見は大破するのだろうが、執事家は実に意欲旺盛である。

 高兄弟のやり方は俺とは違うが、師冬との距離を詰める好材料なのは間違いない。佐々木惣領の後ろ盾というカードのため、師冬が尽力しているのは見ての通りだ。俺はそれを元手に復活しよう。

 

 

「つまり、少なくともその間、天狗衆の引き継ぎは絶望的か」

 

 

「ええ。俄かに覆し難い実績を今の内に築いた上で、内乱を切り抜けるに有用な忍び組を用意しておかなければ……甲賀郡に隣接する伊賀国守護職でも頂ければ良いんですが。あの国は狙い目です」

 

 

「!」

 

 

 本来、俺は近江国守護の職にあるべき身だ。当然、隣国の伊賀国の事情も詳らかに把握している。ましてあそこは戦国時代に忍びの一大聖地となる。遠い未来、我が六角家が掌握すべき地なのだ。

 南北朝時代も始まったばかりの今、伊賀国も揺れている。それまで九十年近く任国の一つとしていた千葉氏が昨年(建武四年)秋、仁木氏の武将*2に変更されたのだ。あくまで佐々木一族内の守護交替に留まった近江国と異なり、伊賀国は名門中の名門──足利政権樹立に尽力したとはいえ、忌まわしき平氏の血脈──の外様武将・千葉氏が排除された格好である。以後、足利に連なる武将内で軍功を誇示しての守護争奪戦に発展する可能性は、小国ながら存分に考えられた。

 

 

「師冬殿がお隣さん……うん、悪くないな」

 

 

「誤解なきよう。分かっていると思いますが、貴方が甲賀衆を結成させた手口が隣近所(伊賀国)であれば通用し易いと思ったまでの事です」

 

 

「どうだろ……ま、まずは軍功を挙げる事よ。仁木氏は足利一族ながら庶流過ぎて明らかに執事家(高一族)よりも格落ちだが、守護国を奪うとなれば、相応の軍功が要る。中先代の首、まさに()()()()()だ」

 

 

「譲ってくれるんですね?今回は」

 

 

「ああ。師冬殿の伊賀国守護職のためなら惜しくない」

 

 

 伊賀国は混沌極まる国だ。師冬の才覚を以てしても、そう簡単に統治できると思えないが、仮に師冬が伊賀忍者の集団を結成できようものなら望外の喜びである。観応の擾乱で師冬が義父(高師直)の巻き添えになった場合、そのまま吸収するも良し。敢えて独立させた上で影響力を持つも良し。どちらにせよ当家(六角佐々木家)に利がある形にできる。

 北条時行(中先代)が前よりどれだけ成長していようが、元逃若党の師冬(吹雪)が討ち取れると思っているのなら任せよう。昔の手癖は十分に分かっているだろうし、今の北条軍の力も墨俣川で交戦した高重茂(義叔父)の談話や自身の般若坂合戦における経験から把握しているに違いない。

 

 

「だが、師冬殿。もしお前が(時行)との一騎討ちに専念するなら──」

 

 

「……指揮を任せます。腕の立つ寵姫という体裁なら多少の無理があっても通せますし、何より貴方の指揮能力自体は信頼に足る」

 

 

「へへん。任された」

 

 

 意気込みを新たにし、俺は頬当ての裏で得意げに笑みを溢した。

 しかし、直ぐにドヤ顔は困惑の嵐に変わった。師直の用意した兵たちの挙動が可笑しい。目の焦点が定まらず、口から涎がダラダラ垂れ落ちている。まるで野獣だ。それも薬を山のように盛られた。

 ハッとして、師冬の方を見る。タネを察した。彼らは尊氏様の兵なのだ。逡巡する。やるしか無い。師直の采配によって文字通り尊氏様の意に染まっている兵卒を如何に用い、軍功を成すべきか。

 痛烈一閃、冷たく滾るようなものが心の奥に生まれた気がした。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 出陣直前、ただ一瞬の雲隠れの間にまた雲行きが怪しくなった。

 兵のみならず、師冬の様子まで可笑しくなったのだ。仮面の隙間から覗く瞳、どうにも焦点が合わない。原因は言うまでもなく足利(武蔵)()()()によって用意された酒、もとい混ぜられた尊氏様の体液に違いないだろう。常人では正しく血肉に出来るまい。本音では俺が独占したいところだが、酒に混ぜられては今の摂取は望むに能わず。

 だが、やり用はある。今の師冬の体内にある器では尊氏様の神力が溢れている。勿論、俺から見ればかなり物足りない量であるが、吸い出してやれば、多少は快感に浸れよう。俺の出陣前の景気付けはこれで良い。いや、むしろこれが良い。しかも一石二鳥だ。

 

 

「師冬殿、これで夜まで安定する。粘っこい()()()()()()を得意とするヤツがどう小細工しようと関係無い。大将首、必ず獲れよ」

 

 

「ええ、勿論。今や(南朝)公家将軍(北畠顕家)の手先に成り下がりし時行殿が大将と呼ぶに足るものか、首を傾げざるを得ませんが。それにしても極め付けは今の貴方です。魅摩殿が見れば卒倒するでしょうね」

 

 

「知るか。膿を吸い出すようなもの。医療行為だ。意識すな」

 

 

 ゴクンと飲み込み、口から少し溢れたものを舌で絡め取って余さず神力を摂取する。差し詰め、後世の小学生に有りがちな牛乳一気飲み気分だ。ある意味では腐った牛乳並みに酷い匂いも含めて。

 だが、風味はこの期に及び問題でなかった。軍功こそ最優先だ。

 口元を拭き、頬当てを付け直しながら、俺は思考を巡らせる。

 時行の首を師冬に獲らせた後は俺の番だ。わざわざ女装してまで参戦したからには必ずや顕家の首を獲る。そして、本来我が手にあるべき近江国の覇権を取り戻すのだ。あの京極家の者どもから。

 

 

「膿……モノはいいようです。さぁ、行きましょう」

 

 

「ああ!」

 

 

 手早く()()を済ませて、再び陣営の裏手から出る。いよいよ兵たちを纏め、渡河を開始するのだ。言わずもがな、狙いは時行(中先代)だ。

 今回の北朝軍総大将の高師直が出陣命令の際、俺たちに補足して言った狙いによれば、時行軍を崩した上で、大軍を川の南岸に突入させるらしい。突破口とやらに拘るのであれば、まずまず有効な戦術だろうか。尤も、俺は今でもこの戦は力押しこそ良策だったと思っているのだが。この不満は当然、師冬には筒抜けらしかった。

 

 

「せ……今は咲耶でしたね。総大将が如何なる作戦を立てようと、実際に正解不正解を導くのは前線の兵。この道理をお忘れなく」

 

 

「はン。()()()が言うと説得力が違う」

 

 

「昔の話ですよ。所詮は……貴方の彼女(魅摩殿)への好意と同じように」

 

 

「ぶっ!師冬殿、お前……お義父上(師直殿)に似てきたな」

 

 

 人の心は移ろいゆくもの。一途な心は世の中に無いとまでは言わないが、希少なものだろう。大体誰かの元カレ元カノである二十一世紀の"好いた腫れた"を鑑みれば、明らかであるように。揺るがないものは、例えば俺の尊氏様への崇拝、もとい信念だけで良い。

 別離がどんなものか、時行たちに叩き付ける。あくまで合戦全体では前座に過ぎない引導渡しのために、師冬軍は凄まじい勢いで突進した。対する北条軍は対応し切れていない。御左口神(肉食軍師)弧次郎(猛将)の不在が効いているのか。飛車角落ちという言葉が脳裏を過った。

 

 

「攻めろ!攻めろ!悪魔の末裔たる平氏の一団(北条家残党)を打ち砕け!」

 

 

「な!敵にも娘軍師が……!?ていうか、何だ!?あの武力!?」

 

 

「いや、南条。違う。私には分かる。あれは……吹雪!君は!」

 

 

「……」

 

 

 この俺が女騎の咲耶に扮して頭に血を昇らせた兵士たちに波長を合わせて手足のように使う傍ら、時行と師冬……否、吹雪の元主従による一騎討ちが始まろうとしていた。決別の様が鮮明になる。

 時行は知ったのだ。師冬が自分の意思で此処(戦場)にいるという事を。

 

 

「我が野心は名門・佐々木氏すら呑み込む」

 

 

「え……?」

 

 

「そう。私は佐々木千寿丸すら屈服させた。時行殿、我が心身を高めるための次なる(稚児)は貴方です。まずは四肢を斬り落とし──」

 

 

「あ゛あ゛〜!」

 

 

「「「う゛お゛お゛お゛お゛お゛〜!!!」」」

 

 

 不特定多数の耳に時行と吹雪(師冬)の会話が徒らに聞こえないよう雄叫びを上げる。直ぐ様、師冬麾下の武士たちが雄叫びに呼応した。

 元主従二人(時行と吹雪)の刃が交差する。流石に一撃では終わらないようだ。

 伝統的な一騎討ちも最近では大して行われなくなりつつある。

 鎌倉時代から室町時代にかけて、集団戦を重視する方向に移行しているのだ。遅かれ早かれ、槍を持った歩兵部隊が有効になる日が来るだろう。外様最強武将を志す身として対策を講じるべきか。

 

 

「時行殿。三年前の夏、京で尊氏様に誘われていましたね。自分の寵童にならないかと。屈辱だったでしょう?昔は確実に従えていたと思っていた源氏棟梁(足利尊氏公)からの言葉は。あの経験、今でも尊氏様への反抗心の大きな要因、ひいては貴方の戦う動機になっている筈だ。だからこそ、苦杯を喫す思いで実の父親(北条高時)の非を認めて後醍醐の帝に頭を垂れ、足利政権打倒のために再び挙兵した。そうですね?」

 

 

「違う!いや、確かに尊氏は憎いが!」

 

 

「おい、師冬殿!その尊氏様のお誘いの話について詳しく!」

 

 

「咲耶。後で話してあげますから、少し黙っててください」

 

 

「さ、咲耶だって?」

 

 

「……ふん」

 

 

 時行の困惑の色に嘆息するも、俺は女騎に扮する客将らしく借りた兵たちと共に敵を討つだけだ。顕家の首を獲る、もしくは敵本隊の撃滅まで、彼らの息が続くよう戦いながら常に算段し続ける。

 その時、敵の一人の若武者が、武器を振るう我が前に躍り出た。

 

 

「そういう事か、六角(佐々木)千寿丸。よもや我が姉上の名を騙るとは」

 

 

「……誰、お前?長崎駿河四郎?いや、多分違うな」

 

 

「……私の顔など覚えてもいないか。所詮、時行殿の顔を忘れた尊氏の同類。本家の方々の話で、そんなところかと思っていたが」

 

 

「本家?となれば……すなわち、お前は北条一族の分家」

 

 

普恩寺(北条)友時……亡き六波羅探題北方・北条仲時の子。かつて貴方を義兄殿と呼び慕った松寿丸と言えば、お分かりか?人でなし」

 

 

 双眸に強い復讐心を宿した若武者は細い剣を携えている。本質的な戦闘スタイルは「疾風蜂」の斯波家長と同じだろうか。俺は直感的に察知した。この戦場においても武将の嗅覚は健在であった。

 だが、全く嬉しくない。逆に眉を(ひそ)める。情報自体は把握していたとはいえ、昔蹴飛ばした筈の()()()()が、再び我が前で健在という光景に。顕家を討つ前に片付けよう。これは競争だ。師冬(吹雪)()()()を討つが早いか、それとも……俺は改めて武器を握り締めた。

*1
この頃、高師冬の指揮下にあったとされる武将に吉川経久という武将が確認される。

*2
仁木義覚(義直)義長の甥(頼章の子)で、悪党"服部持法"の鎮圧のため、建武四年(西暦1337年)七月に伊賀国守護に就任し、暦応二年(西暦1339年)十二月まで同職に留まった。この服部持法は「当国名誉大悪党張本」とも言われた梟雄で、同国の東大寺領を侵略し、義覚(義直)の後任の桃井直常の圧力さえ寄せ付けなかった程だったという。

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