崇永記   作:三寸法師

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▲9

〜1〜

 

 

 焦りのせいかも分からない。不覚を取った。新田軍の主力武将、堀口貞満(美濃守)が交戦相手の高師泰とのすれ違い様、渾身の一撃を浴びせられて今にも息絶えようとしていた。胴体に深傷を負わされた上、おまけに落馬したのだ。助かる見込みは万に一つも無いだろう。

 主君(新田義貞)の庶子の徳寿丸が、今より冥土へ赴く郎党への花向けをと年齢差も気にせず、師泰(敵の猛将)に立ち向かう。すかさず美濃守(堀口貞満)の身体が側近たちの手で後方へと下げられ、地に仰向けになった。前線の混戦模様を心配になり、美濃守(堀口貞満)は口から血を溢しながら状況を尋ねた。

 

 

「父上、話してはなりませぬ!」

 

 

「貞祐……見ての通りだ。父はもう助からん。師泰の大薙刀に臓物を抉られた。それより教えてくれ。若殿は戦っておられるのか?」

 

 

「はい。冥土の()()()()をと申され、そのまま……」

 

 

「どこまでも……貞祐(掃部助)。あの様子、北条軍から助太刀が?」

 

 

(この致命傷で父上は……何という胆力、観察眼。ああ、無念だ)

 

 

 死の間際、天下の名将・堀口美濃守(貞満)は冷静さを取り戻していた。

 その息子の貞祐(掃部助)は心の内で嘆く。徳寿丸(主君の幼子)の守り役という重責と三月前の般若坂合戦を思わせる劣勢に対する焦りが、偉大な父(堀口貞満)の判断力を損わせていた。それさえ無ければ、あるいは万全の状態であったなら、(堀口貞満)は決して高師泰に遅れを取らなかったであろうにと。

 武運の不足を惜しむ心も程々に、貞祐(堀口掃部助)は父貞満(美濃守)の言葉に頷いた。

 

 

「祢津が参りまして。祢津は今や北条軍麾下最強の武将。全く北条(相模)時行(次郎)はどこまでお人好しなのか。ご自身の部隊とて、いつ強敵に破られてもおかしく無い状況ですのに。まして我ら新田党は──」

 

 

「五年前の鎌倉滅亡の実行犯……その通りだ。あの時、我ら新田党は誰しもが滾っていた。遥か昔に落ちぶれて困窮の淵にいた我々が気付けば、坂東武者たちを従え、天下の北条、更には源頼朝以来の武家の都を攻め滅ぼし、歴史に名を残そうとしていたのだから」

 

 

 もうあれから五年が経つのか。四十余年間の人生の幕引きを目前に控え、堀口貞満(美濃守)は在りし日の新田軍の絶頂期を思い起こした。

 記憶が鮮明に蘇ってくる。当時は日本国中で持明院統の年号の正慶が有効だった。その正慶二年(西暦1333年)五月二十二日と言えば、丁度今から五年前。幾日を掛け、長らく難攻不落を謳われた鎌倉を陥落させ、最後の得宗・北条高時以下の要人を揃って死に至らしめた日だ。

 だが、美濃守(堀口貞満)にとって最も印象深かったのは、類い稀な功を成したあの日ではない。その前だ。小手指原で鎌倉方の総大将の北条泰家を撃破し、その勢いのまま大軍で鎌倉へ押し寄せた日である。

 

 

『よーし!鎌倉は目前だ!一気に攻めるぞ!』

 

 

『殿の仰せの通り、これより我らは鎌倉攻めに移る。不祥この新田家執事・船田義昌が陣立てを各々方にお伝え致す!よくよく心して聞かれよ!此度、我らは三方向より鎌倉(北条政権)を攻め滅ぼす!すなわち、極楽寺坂、巨福呂坂、化粧坂の切通なり!異存あるまいな!?』

 

 

『『『応!!!』』』

 

 

 当時、鎌倉攻めには小笠原貞宗や三浦時明、結城宗広……他にも挙げ始めればキリがない程、多くの他氏族の強者たちが北条滅亡で期待できる所領や功名への欲に目をギラつかせ、参戦していた。

 仮にも名目上の総大将が足利義詮(千寿王)であった手前、当主の義貞を含めた新田家の者たち、名将の血を引く他家の武将たちにも広くチャンスがあり、一体誰が栄えある鎌倉攻めの方面軍の大将三名に名を連ねるのかと皆が固唾を飲んで、船田義昌(新田家執事)の言葉を待っていた。

 果たして結果はどうであったか。あれから五年もの歳月が経ち、この石津で息絶えんとする今、美濃守(堀口貞満)は興奮と共に振り返った。

 

 

「斯く言う拙者も……御自ら化粧坂方面軍を請け負われた大殿(義貞様)や極楽寺坂方面軍を担当された又次郎(大舘宗氏)*1殿と並ぶ形で、巨福呂坂方面軍を任され、天下に名を轟かせる事が出来た。身に余る武名、まさに感無量だった。拙者が真に誉れとするのは吉良や京極、土岐を蹴散らした矢作川の戦いではない。あの鎌倉攻めに他ならないのだ」

 

 

「父上……父上の大業はこの貞祐が引き継ぎます。新田一族本家の方々を支え、必ずや京の足利尊氏を滅ぼし、新田一族こそ源氏嫡流に相応なのだと世間に知らしめます。だから、どうか安らかに」

 

 

「そう気負うな。父を見よ。大殿や亡き執事(船田義昌)殿に及ばぬ我が武の程を忘れ、師泰に一騎討ちを挑んだ挙句、この様だ。貞祐(掃部助)、お前は拙者のようになってはならぬ。何よりお前は不意討ちこそ得意だが、正々堂々とした武士らしい戦に不向きだ。良いか、策を授ける」

 

 

「ッ!……お聞かせください、父上」

 

 

 とうとう貞祐(堀口掃部助)は堪え切れなくなり、言葉に涙の色が混じり出す。

 対して父・貞満(堀口美濃守)は血の混じった咳を溢しつつ、先々への予見を基に今後の息子が歩むべき道を示す。若殿こと徳寿丸は強く、然程心配あるまい。死が迫った今、誰より心配なのは我が子(堀口貞祐)であった。

 

 

「ゴフっ……この大戦、たとえ勝てたとしても、尊氏の本軍と戦う程の余力は残らぬ筈だ。早晩、南へ退く事になろう。貞祐(掃部助)、以後の若殿(徳寿丸様)のお世話は兄弟に任せよ。お前は吉野で帝の御側近くに控え、有事に備えるのだ。奇襲で敵の総大将を討つ機会を窺え。それだけでなく、帝の監視も怠るな。決して(新田家)が無茶を言われぬように」

 

 

「!?」

 

 

 ハッとして貞祐(堀口掃部助)は挙動を止めた。(堀口貞満)は明らかに、かつて独断で足利尊氏との講和へ走った後醍醐の帝を必死に阻んだ貞満自身の過去だけでなく、今の顕家軍の惨状を見て、将来を懸念している。

 二年前の軍神(楠木正成)にしろ、上級貴族の顕家にしろ、身分や実力如何を問わず、後醍醐の帝から無茶振りをされ、窮地に追い込まれた。

 いつの日か、誰が再び南朝上層部の判断の犠牲になるか知れたものではない。また、それが新田家の者であってはならない。帝を制止した貞満(堀口美濃守)の子である貞祐(堀口掃部助)が、吉野朝廷で目を光らせ、ここぞという時に再び諫言できるよう、準備しておけと言われているのだ。

 無論、これはこれでかなりの重責である。しかし、貞祐(堀口掃部助)は軍才で自らの及ばぬ領域にいる父の言葉を粋に感じ、徐ろに首肯した。

 

 

「承知……拙者は拙者のできる仕事に全力で取り組んで参ります」

 

 

「……これで安心だ。これより父は死んだ仲間たちの元へ参るが、それは吉野朝廷が我が堀口家に借りを作った証。二年前の講和阻止と相まって、南朝に対して当家が発言権を持つ根拠となる。これぞ拙者の第一の遺産、置き土産と心得よ。()()()()ではないぞ?」

 

 

「ッ、父上……こんな時に御冗談を申されるとは」

 

 

「ふ。見よ、貞祐(掃部助)若殿(徳寿丸様)は何と武才に恵まれた事か。大殿(義貞様)や昨年戦死された兄君(義顕様)に全く劣っておられぬ。拙者が呆気なく敗れた高師泰を見事撃退された。無論、祢津殿らの助太刀あっての戦果だが……ああ、そうだ。今後のため、まだ若殿(徳寿丸様)にお伝えせねばならぬ事が」

 

 

(肉親や故郷の仇に固執せず、祢津殿を寄越された北条殿の姿を見て思った。仇とは所詮些末な事に過ぎぬのだ。若殿がこの先、小人(しょうじん)に陥れられず、大業を成就させるには北条殿の協力が必要だろう)

 

 

 さしもの名将も致命傷を受けていつ迄も話を続けているのは厳しいものがある。現に息がかなり細くなっていた。何とか徳寿丸(若殿)と再び言葉を交わせるようにと、貞満(堀口美濃守)は今一度気力を奮い立たせた。

 そのために思い起こすのはやはりあの日だ。たとえ今後の新田家のため中先代たち(北条時行軍)との協力が不可欠だろうと、鎌倉を滅ぼして北条政権を打ち砕くための時間が誇りだった事に変わりはない。乱世を懸命に駆け抜けた名将・堀口貞満に相応しい()()()()であった。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 惜しくも徳寿丸は守り役の仇討ちを完遂する事こそ出来なかったものの、数え八つにして強敵・師泰の顎に手傷を負わせていた。

 さしもの猛将・師泰は堪らず退却を決めた。とはいえ、転んでもタダでは起きぬ婆娑羅武将だ。徳寿丸に加勢して自身の傷の大きな要因となった弧次郎への意趣返しを働いた。このために呼び出されたのが、ここ最近"犬"としてこき使われている三浦八郎である。

 

 

殿(しんがり)でこいつらの追撃を防げ。見張りは残しておくからな。元お仲間と手抜き無しで殺し合え。(時明)の血筋のため懸命に働けよ?」

 

 

「「くっ……」」

 

 

 青野ヶ原の戦いにおいて戦う振りをしてやり過ごした三浦八郎と祢津弧次郎の両名だったが、今度ばかりは真剣勝負をしなければならないだろう。ただでさえ三浦家は昨年、時明の血を引く高継が従五位上に達するという順調な官位昇進と裏腹に、足利政権の侍所頭人解任により、北朝での立ち位置が予断を許さない状況だった。

 一方、弧次郎は額から汗を垂らす。既に北条本軍に敵が押し寄せているという情報は兵から耳にしている。女武者の秕も同様だ。

 

 

「弧次郎殿。このままでは旦那様が危険に」

 

 

「……いや、若ならそう簡単に死にやしねぇよ。たとえ師直が来ても俺は同じ事を言う。問題は吹雪……違うな。高師冬の方だが」

 

 

(あの師冬だって、心身共に万全な若を討ち取るのは厳しい筈だ。堀口と師泰みたいな番狂せは戦に付き物だが、師冬も今の北条軍の戦力を全て把握出来てねェ。特にアイツだ。分家の遺児の──)

 

 

 弧次郎たちが三浦勢との交戦で釘付けになる一方、肝心の北条軍は壊滅の危機に瀕していた。師冬に負けずとも勝てずにいる大将の時行は勿論、分家の持つ手勢と共に参じた友時も押されていた。

 交戦相手の咲耶が女装中の身でありながら圧倒的な武力を誇ったのである。友時と同時に他の北条残党たちにも武器を振るった。

 幼子故の身軽さで友時は免れていたが、大人の北条党の武士たちは次々と斬撃の犠牲になっていった。その中で、咲耶もとい千寿丸は嘲るような笑みを浮かべた。歪んだ顔が双房の長髪に映える。

 

 

「姉の名前か……へぇ。俺は運が良いらしい」

 

 

「?……千寿丸、貴様。どういう意味だ?」

 

 

「何、簡単な話さ。松寿丸、今は友時か。六波羅のお姫様としか認識していなかったお前の姉の名など、自分の郎党の名前と違って覚えていなかったが、家と無関係の一武人として師冬軍に身を置くために女装するにあたり、不意に浮かんできたのだよ。そのお陰で、お前を釣り出せた。俺にとって忌むべき存在でしかない六波羅残党を駆逐するべく、俺は今此処に居る。つまり、友時。お前だよ」

 

 

 ペラペラと喋る傍ら、千寿丸は唸り声を上げる。尊氏の神力を盛られた事で我を忘れている師冬麾下の将兵たちへの指示である。

 極めて大雑把だが、千寿丸の意思に彼らは着実に呼応していた。

 

 

「忌むべきだって……?千寿丸!姉上との婚約を忘れたか!」

 

 

「名前も覚えてなかったのにさァ……もうこの世に居ないヤツとの婚約が何だって?大体、嫌で嫌で仕方なかった話だよ。滅び行く家との縁、しめ縄と同じだ。死んでくれて清々したさ!昔の女なんてそんなものよ。ま、お前の姉の場合、女とすら見てなかったが」

 

 

「お前ッ!というか、死んだって……行方不明の筈じゃ」

 

 

「……ふーん。やはり知らなかったんだ?俺に言わせりゃ普恩寺(北条)松寿丸が生き延びて元服していた方が不思議なんだが。どんな手品を使ったのやら。探題跡地にも遺体は見つからなかった筈なのに」

 

 

 古典『太平記』は六波羅探題北方の北条仲時と妻子たちの別れの様子について読者の涙を誘うよう描く一方、その後の妻子たちの行方までは記していない。ただ、仲時の遺児の松寿丸が元服して友時となり、南北朝分裂後に上野国や伊豆国で挙兵した事は確かだ。

 友時は忸怩たる思いで呟く。その瞳に宿した意思は強靭だった。

 

 

「千寿丸。貴様があの時、暗躍していたらしいと元足利軍の忍びに聞いた。彼女も詳しくは東国に居たため知らないらしいが、今振り返ってみれば、思い当たる節は幾つもある。本当に口惜しいぞ」

 

 

「チッ。北条め、裏切った忍びをよくも傘下に入れたものだな」

 

 

 吐き捨てながら、千寿丸は内心で冷や汗を掻いた。師直のヤツはとんでもないミスを犯したと。北条軍に天狗衆に関する詳細が渡ってしまっては、どこで足元を掬われるのか知れたものではない。

 交戦の真っ只中である現在、機を伺って師冬伝いに足利家執事(高武蔵守師直)へ報告するタイミングは当面の間、期待できまい。この合戦に暗雲を落とさなければ良いのだが。そんな危惧を千寿丸は抱いていた。

 

 

「どの口が言う、裏切った大名の千寿丸。玄蕃(狐面)に聞いた。お前は忍びを使うらしいと。だが、あの時調べたか?貴人の輿の内訳を」

 

 

「……大体察した。仲時(父親)に無断で持明院統の誰方(どなた)かの輿に潜り込むとは大したヤツだ。昔からお前は人の懐に入るのが上手かった」

 

 

「懐に入っても、どんな企みがあるか昔の私では分からなかった。だけど、お前の内に隠れ潜む怪物について、今の私は知っている。それを討つ日をずっと待ってたんだ。こんな風にするために!」

 

 

「ッ!」

 

 

 瞬間、大勢を薙ぎ払うための一撃を繰り出す千寿丸の僅かな隙を突かんと友時は一気に距離を詰める。敵の懐に入り込む算段だ。

 千寿丸の今の武器は長物である。極度の近接戦に向いていない。

 

 

(獲った!父上!蓮華寺の仇を!母上、姉上!今報いて見せます!)

 

 

「はい、ざんね〜ん」

 

 

「!?」

 

 

「俺がいざとなれば素手を使う事、時行(本家当主)に聞かなかった?」

 

 

 何と無情な事に友時の刀の突きは千寿丸の(チョキ)で止められた。

 千寿丸は微笑む。そのまま、友時の股間へ蹴りを突き上げた。

 

 

「グぁぁぁっ!」

 

 

「はい、これで北条の種馬を一匹潰したと。戦場に牡馬を連れて行くなら、予め去勢しておかなきゃダメよ。こんな事になるから」

 

 

(つっても、今の時代では難しいけど。俺もそうはやらないし)

 

 

「師冬殿、()()()()をそっちに投げる!上手く活かせよ!そら!」

 

 

 いつか足利幕府の誇る最強武将にならんと欲する千寿丸の武力はかつて顕家に本拠地を陥された頃に比べて遥かに強大であった。

 その武力に北条勢の多くが戦慄した。まして千寿丸は女装中だ。到底一介の小娘と思えぬ武力は巴御前も斯くやという程だった。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 空中へ蹴り上げられた友時の鎧に長物の石突を引っ掛け、千寿丸は巧みにかっ飛ばした。狙い通り、師冬の近くへ悶絶する友時の身体が吹き飛ぶ。阿吽の呼吸で師冬はすかさず友時を討つ構えだ。

 しかし、それも北朝方二人(千寿丸と師冬)の咄嗟の計算のごく一部に過ぎない。

 

 

「友時殿!?」

 

 

(今だ!師冬、決めたれ!これなら時行を討てるだろ!ただ一撃で友時を蹴り殺すのではなく、下の機能不全程度でパスして、お前の手柄をアシストせんとする我が心意気、無駄にしてくれるなよ!)

 

 

(時行殿……貴方の()()()()()()、ここいらで潮時です)

 

 

 今や北朝(足利政権)の有力者の高師冬は二刀流である。かつての主君との決別と今の仲間への協力の二足草鞋を履くためにピッタリな剣だ。

 直後、師冬軍は相変わらず我を忘れたままだが、対する北条軍が悲鳴を上げた。北条の貴公子たちが二刀の串刺しになったのだ。

 

 

「よくやった、師冬殿!刺突が二人の腹部を貫いた!こればかりは幾らゴキブリ並みの生命力があろうと……う゛お゛お゛お゛!」

 

 

「「「う゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」」」

 

 

 戦場に千寿丸の咆哮が鳴り響く。一斉に師冬兵が呼応し始めた。

 その流れに沿って師冬軍は殆どの武士たちが我を失っているにも関わらず、組織的な動きを見せる。千寿丸が東を見て破顔した。

 

 

「宇都宮の爺さんよ。()()()()()()()の救援、一足遅かった」

 

 

「……!」

 

 

(今は顕家の首級のため、態勢を一時立て直したいが、宇都宮軍に堅実な攻めをされては厄介だ。ここは挑発で乱戦に引き摺り込む!乱戦の最中であれば、名将との合戦でも俺の指揮が十分に通じる)

 

 

「ま、頃合い良く来たところでという話だが。所詮お前は二年前、足利方に一時降って何の役にも立たないどころか、要害の守備で山法師共に敗れたジジイだ。精々ババアの粥に恋焦がれてろ!全く口惜しい。こんなクソボケが父上(先代)より世間に評価されていたとは」

 

 

「急報!せ……咲耶さま!大変です!師泰軍が撤退を!」

 

 

「……師泰撤退?はァ!?」

 

 

 どうやら北条党救援のために駆け付けたらしき宇都宮軍に対し、挑発し始めた矢先の衝撃的な知らせである。千寿丸は耳を疑う。

 各戦場に散っていた甲賀忍軍の一人からの情報だ。虚報の匂いは感じられない。だが、信じ難い情報だった。あの如何にも猛将然とした師泰が撤退を選ぶとは。まさに敗退を招き得る判断である。

 

 

(戦死……は無いにしても、重症を負わされたか!?まさか弧次郎のヤツが青野ヶ原で長尾を退けるに飽き足らず、あの師泰までも)

 

 

「ハハ……弧次郎がやってくれた」

 

 

 息も絶え絶えの時行の呟きが気になり、千寿丸はチラと見た。

 すると今度は目を疑った。串刺しになって高々と掲げられていた筈の敵将両名の身体が何と地面に放り出されていたのである。

 

 

「お、おい!師冬殿!折角お前が時行と友時の腹部を突いたのに、刀から離したら、また逃げられて治療されるかもしれんだろ!?」

 

 

「あ、すみません。せ、ゴホン。咲耶。宇都宮公綱軍が来たのに、私の手が塞がっていてはマズいでしょう?代わりの名刀も直ぐに用意できませんし、こうするしか。それとも貴方一人で公綱を?」

 

 

(グ、確かに……流石に綱切(一族の名刀)無しで公綱(坂東一の弓取り)擁する紀清両党(宇都宮軍)の相手は)

 

 

 女装して足利軍に潜り込んだ手前、千寿丸の装備は決して彼の実力を完璧に引き出せるものではない。一応、千寿丸なりに戦闘との両立を考えての装備だが、それでも完全武装との隔たりがある。

 握り拳を作り、千寿丸は己の腿に打ちつける。思い切り叫んだ。

 

 

「全く、何が渡河戦だ!数的有利はどこへ行った……そもそも大和川とかいう川さえこの世に無くば、我らの完勝であったのに!」

 

 

「……咲耶。貴方、何を言って」

 

 

「だって、そうだろう!大和川なんてものが無ければ、師直殿は突破口に拘って各部隊を散発的に繰り出す愚行を犯さなかった!」

 

 

「はァ……咲耶。この辺り(石津・阿倍野)に大和川なんて有りませんよ?」

 

 

「……冗談キツいて。朝令暮改どころの話と違うぞ」

 

 

 唐突な師冬の諌めに反論の気力を無くし、千寿丸は後ろを見る。

 師冬の言葉は正しかった。京都に修学旅行で来るような記憶を持つ千寿丸は知る由もなかった事だが、確かに二十一世紀では堺や石津の付近を通る形で大和川が流れているものの、それは江戸時代の大規模河川工事による成果だ。中世の大和川とは、現柏原市*2の一帯で平野川と合流し、そこから北の淀川へと向かう川であった。

 つまり、中世の今、堺近くの石津や阿倍野で南朝軍と北朝軍が決戦を演じるような大河川が存在する道理は端から無いのである。

 

 

「川が……無い?は?へ?俺は今まで夢でも見ていたと?」

 

 

──蝶だ。蝶が居るぞ。我を気持ち良くさせる鱗粉をばら撒いて。ああ、どこへ行く。我を置いて行くなど有り得んぞ。蝶よ、待て。

*1
新田義貞や脇屋義助の義兄弟。当主の義貞に先んじて稲村ヶ崎から攻撃を試みるも失敗し、大仏軍ないし長崎氏・諏訪氏に討ち取られた。子に建武の乱などで幾度も名を馳せた氏明、顕家軍に従って佐々木城を攻めた幸氏など。

*2
大阪府南東部で奈良県との県境にある。八尾市や藤井寺市、羽曳野市に隣接。

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