崇永記   作:三寸法師

12 / 202
▲4

〜1〜

 

 

 忍びであるゲンバを除けば、逃若党に腕の立つ人間は三名が在籍する。すなわち、二刀流の吹雪、デカ女こと亜也子、そして御内人の血を引く弧次郎の三人である。

 今この場に吹雪が居ない以上、亜也子と弧次郎は二人のみで貴人である時行や執事の雫を護らなけらばならない状況にあった。

 

 

弧次郎。あの千寿丸って子、どう思う?

 

 

……一つ一つの動きが洗練されてやがる。まるで隙が無ぇ

 

 

 現状、敵方で時行の京都滞在を知る者は千寿丸のみ。場合によってはタイミングと場所を選んで抹殺することを視野に入れるべき状況だが、相手の地位や強さから勘案して安易に手を下すべきではないのもまた事実である。

 加えて──

 

 

『六角家は先の幕府と後醍醐の戦いにおいて最後まで幕府に与しようとしていた家です。京との戦の前に密かに誼を結んでおくのも手かもしれません』

 

 

 言うまでもなく、守護として近江国を掌握する六角家が新政権と北条方の戦いで旗色を変えるようなことがあれば、北条方にとって大いに有利である。

 結局、吹雪が一時離脱する前に皆で千寿丸の名を共有する場で発した提案は慎重を期する雫の諌めによって流れたが、弧次郎はどちらかと言えば吹雪の言葉に賛成の立場にあった。

 

 

(とにかく、今は千寿丸の動きに注意しておかねぇと)

 

 

 

 見れば護衛の武士の方はいざ知らず、千寿丸は魅摩や時行・雫と歩幅を合わせて歩く一方、武の心得がある弧次郎たちの動きに意識を払い続けている様子である。

 油断は出来ない。弧次郎は吹雪の早い合流を祈りたくなる心を抑えつつ、千寿丸への警戒を続けた。

 

 

「小泉長寿丸……諏訪大社の衛士の子?」

 

 

「う、うん。京周辺の諏訪神社に寄進のお願いに回ってる」

 

 

 言うまでもなく、嘘である。小泉長寿丸とは以前に諏訪で火災で焼け死んだ子の名前だ。頼重の勧めで隠遁生活開始後の時行の偽名として使っているに過ぎない。

 

 

「ふーん。諏訪大社の支社全国にあるもんね」

 

 

(諏訪大社の長寿丸て師匠が何か言ってたような……)

 

 

 魅摩とて道誉の娘である以上、嘘に鈍感な訳では決してない。まして彼女は京にある賭場の主人である。しかし、時行の嘘は頼重に鍛えられたせいで文字通り卓越した眼力を持つ貞宗すら騙す域に達して久しく、彼女に見抜けというのは酷な話だった。

 尤も、時行の素性を知る千寿丸は二人のやり取りをどこか冷めた目で見ていたのだが──

 

 

おい、ホントにあの千寿丸てヤツに付いて行って大丈夫なのかよ

 

 

仕方ねぇだろ。むしろ今はアイツが変なことしないか見張った方が良い

 

 

 後方では日和見主義者のきらいがあるゲンバが弧次郎に確認を取っているが、今更である。

 本来ならゲンバがこの場を離脱して直ぐにでも党の頭脳である吹雪に助言を乞いたいところだが、千寿丸の護衛の目もある現状でそれは難しかった。

 

 

 そんな中、魅摩や千寿丸と歩調を合わせる時行はふと前方を悠然と歩く武士の異様な姿に気が付いた。

 

 

「何て派手でデカい袴だ」

 

 

「今、京で流行ってる大口袴。ああいう型破りな格好や行いをするヤツは……婆娑羅って呼ばれてる」

 

 

「魅摩が奇天烈な服着てるのも婆娑羅?」

 

 

「そゆこと」

 

 

 年に似合わぬ巨大な体躯が自慢でお洒落に人並みの興味を持つ亜也子の質問に魅摩は朗らかな表情で肯定した。

 だが、無表情の雫が魅摩を指差した。

 

 

「露出狂」

 

 

「ぷっ!」

 

 

「うるせえ!当たり強いぞ田舎巫女!あと三郎!笑うな!」

 

 

「ごめんごめん……ま、魅摩姉がこんな格好(ナリ)してるのも無理ないことだよ。何せ魅摩姉の御父君ってあの佐々木道誉だから。諏訪の子でも名前ぐらいは聞いたことあるんじゃない?」

 

 

(おいおい、"名前ぐらいは"なんてもんじゃねぇぞ)

 

 

 かつての北条高時の側近で現在は雑訴決断所の奉行人である道誉の名は信州育ちの弧次郎さえ慄かせた。

 勿論、それ程の立場にある道誉を本人の娘の目の前で呼び捨てる千寿丸の言動が佐々木氏惣領としての立場を裏打ちするものであることは言うまでも無い。

 

 

 さて、普通なら考えられない豪華な二人のガイドに導かれた逃若党一行は後白河法皇ゆかりの三十三間堂を訪れた。

 

 

(いつ見ても懐かしい……修学旅行で来たなぁ)

 

 

おい、なんでアイツ案内人の癖して俺らより感動してんだ?

 

 

さぁ……?

 

 

 人知れず前世を懐かしむ千寿丸の姿は神力使いの魅摩や雫の視界においては目の前にある数え切れないほどの仏像よりも眩く輝いているように見える。

 自然と二人は目を袖で覆う体勢となり、その姿が益々時行たちを困惑させた。

 

 

「あたしが見せたいのはここじゃなくて外の境内さ……三郎、あんたは見えなくても神力をちゃんと制御出来るようになりなさい」

 

 

「んなこと言われても無理なものは無理なんだわ」

 

 

「はぁ……田舎巫女、諏訪の人間のあんたは何か対処法知らないの?」

 

 

「……知らない」

 

 

 そんなやり取りの末に一行はお目当ての場所に到着した。目敏くも亜也子が早速、妙ちくりんな箇所に気が付いた。

 

 

「境内の隅の軒下に矢が刺さってる。何これ?」

 

 

「その矢はね、120m(三十三間)先の境内の先から射られたものさ」

 

 

「従二位様……北畠顕家卿の手によってね。数多くの武士たちが尽く狙いを外す中、あの方は涼しい顔で全てお当てになった」

 

 

「……嘘だろ」

 

 

 武の心得がある弧次郎は公家である顕家がクリアしたという課題の難易度がはっきりと分かる。

 

 

 本来、120m(三十三間)もの距離がある的に命中させるには山なりに射らなければならないが、寺の軒下でそれをすれば構造の問題からどうしても的の手前に当たってしまう。

 となると直線軌道の矢を放たざるを得ないが、そうするにはかなりの強弓を引ける凄まじい腕力が必要だ。

 

 

「本当さ。俺は見たよ。この目でしかと」

 

 

「……三郎殿は」

 

 

 長寿丸こと時行が言い掛けたことに少しばかり黙り込んだ千寿丸はゆっくりと首を横に振る。その様子を千寿丸以上に思い詰めた顔をした魅摩がジッと見ていた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 近江守護の任にある千寿丸が直接裁決すべき案件が持ち込まれたという報せが入ったことで、初日の京都ツアーがお開きになった逃若党一行は六角邸へ斥候に向かったゲンバを除いて宿泊先である西園寺公宗の邸宅に戻り、工事現場より高い賃金と共に戻った吹雪と合流した。

 そして、時行の叔父で六角の話を聞いた北条泰家を交えた話し合いが行われるに至った。

 

 

「そうですか……そうなると六角の調略は難しいかもしれません」

 

 

「……どうして?」

 

 

 逃若党の郎党の中で屈指の頭脳を持つ吹雪が説明するに、見込みが外れたようであると言う。

 

 

 当初、吹雪は六角家が先の時代から有力だった名門として多少なりとも今の体制に不満を持っているものと睨んでいた。

 佐々木信綱*1の三男泰綱を祖とする六角氏はかねてより、同四男氏信を祖とする京極氏を尻目に惣領として代々守護の地位を継承してきた経緯を持つ。

 

 

「佐々木道誉が早くより討幕派に参じたことから、京極家は一気に地位を増しました。一方、六角家は近江守護の座こそ保ってはおりますが、ギリギリまで幕府方にいたことでやはり往年程の影響力はありません。ですので──」

 

 

 六角家にしてみれば今の京極家の栄達は面白く無いに違いないという推測が成り立ち、それを根底にして吹雪は先述の目論見を描くことが出来たのだ。

 

 

「しかし、現当主が道誉の娘と公然と親しくしていたとなれば、前提から崩れます。不満がなければ、六角に新政権を裏切る理由はありません。いや、あるいは六角家が既に道誉によって侵食されている可能性も考えられるでしょう」

 

 

 少なくとも親北条の立場を貫こうとした時信は既に表舞台から姿を消しており、新当主の千寿丸には娘である魅摩を介して道誉の息が掛かっている可能性が高い。

 そうでなくとも当主が幼ければ、幾ら重臣たちが献身的に千寿丸を支えているとしても、当世きっての謀略家である道誉が家中に介入する余地が生まれることは避けられまい。

 

 

「いずれにせよ、これ以上の千寿丸との接触は危険です。ゲンバの報告次第では直ぐにでも京都(ここ)を離れるべきでしょう」

 

 

「……若」

 

 

 便女である亜也子が心配そうに、考え込んだ様子の時行の愛称を口に出した。他の面々も口には出さずとも、時行の方をジッと見つめた。

 

 

「私は千寿丸の本心が知りたい。だから──」

 

 

 王の子らしく凛々しい顔で言い放った時行の言葉に一同は頷く。

 その様をどこか得意げな表情で見つめた泰家の額に浮かんだ「やるぞ」の三文字が外から差し込む夕陽に照らされていた。

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 六角家の邸宅は二十一世紀で言うところの烏丸御池駅の近くにある。そもそも六角家自体、佐々木泰綱が文字通り京都の六角と呼ばれる地域に屋敷を構えていたことに由来するのだ。

 

 

「武王、太公に問うて曰く──」

 

 

「我が君、失礼致します」

 

 

「何だ?入れ」

 

 

 夜であるが故に蝋燭の明かりを利用して、大陸との交易で日本に流れてきたという漢籍を素読していた千寿丸の元に側近の一人である武士が現れた。

 

 

「曲者を捕らえましてございます」

 

 

「曲者?何処の者だ?」

 

 

「甲賀衆によれば、信濃の風間玄蕃ではないかとのこと」

 

 

「は?……いや、よくやった。彼の者たちには褒美をくれてやる。どれ、我が首を狙った者の顔を見てやろう」

 

 

 一体何をしているのだと心の内で呆れながら千寿丸は手に持っていた本を閉じて枕元に置き、布団から立ち上がって廊下の方へと歩みを進めた。

 

 

「成る程。風間玄蕃てヤツは成り済ましが得意か」

 

 

「!?」

 

 

「確かにあの者たちは甲賀出身で家臣たちからは甲賀衆と呼ばれてる。だが、詰めが甘い。俺の目の前で使う正式名称は別にある。そこまでは調べられなかったか」

 

 

 年に似合わない色気を醸し出した千寿丸は側近の姿に化けて中座していたゲンバに近づき、その顎をクイっと持ち上げた。

 驚きのせいだろうか。ゲンバは固まって動けない。

 

 

相模次郎(北条時行)が俺に何か用があるんだろ?申せ」

 

 

「……子の刻(深夜0時)に賀茂大橋で待つ……だそうだ」

 

 

「……分かった。委細承知したと、そう伝えろ。行け」

 

 

 言い終わるや否や千寿丸はゲンバの顎から手を離す。

 それから直ぐにゲンバの姿は六角邸から見えなくなった。

 

 

「子の刻か……仕方ない」

 

 

 密会に普通の護衛を連れて行く訳にも行くまい。縁側で口笛を吹いた千寿丸に答えるかのように、庭に一人の下男が現れた。

 

 

「今宵遅く下鴨神社に参拝する。選り抜きの者を少数だけ連れて行きたい」

 

 

「……御意」

 

 

「無事に帰れた暁には今さっきの失態は赦してやる。良いな?」

 

 

「はっ」

 

 

 用意に掛かるべく音も無く去った下男の男を見送り、千寿丸は奥の籠に入った着替えの類を漁る。あれでもないこれでもないと悩んだ末、再び二本の指を柔らかな唇へと近付けた。

 

 

──子の刻、下鴨神社付近

 

 

 深夜の洛外ともなれば人通りは滅多にない。

 実際、吹雪とゲンバの二人のみを伴った時行と橋の裏に手の者数名を忍ばせた千寿丸の両名は人目を気にせず、面と向かい合う格好になった。

 

 

「それで──」

 

 

「……」

 

 

「何で俺ら二人揃って女装してんだ!?女装して来るならそう言って欲しかったんだが!?」

 

 

「……すまない。直前になって女物の衣を着て行くよう言われたものだから」

 

 

 髪を下ろして艶やかな女物の着物を着た時行の脳裏では意気揚々と女装を勧める西園寺卿の姿が蘇った。それに悪ノリした叔父や逃若党の一部メンバーの押せ押せムードに抗し切れなかった結果がこれである。

 

 

「まぁ、やってしまったモノは仕方ない。かく言う俺も女装してここに来たんだ。さして本気で文句がある訳じゃないさ」

 

 

「……そう言って貰えると助かる」

 

 

「御託はいい。さぁ、まずは何から話そうか」

 

 

 北条相模次郎時行と六角近江三郎千寿丸。月光に照らされた女装姿の幼い少年たちが橋の上で向き合う場を形容するのに相応しい言葉が何であるかは言うまでもない。

*1
鎌倉幕府初代将軍源頼朝と懇意であった佐々木秀義の孫




《12巻発売記念おまけ》

──年収は?

「現状、一万貫(5億円)は軽く超えてるな。引退した父上と幼い弟たちの分も稼がないといけないからさ」

──官位は?

「……まだ貰ってない。そもそも元服してないし」

(年収は文句なし。官位は将来に期待するとして、姿形と立ち振る舞い、頭脳は○。家柄十分で武勇も弧次郎に劣らない。奇行癖という悪条件を差し引いたとして──)

「ちょっと待て。これ何の話だ?」

──え?うちの郎党の見合い相手にどうかと思って

「ざっけんな!」

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