崇永記 作:三寸法師
〜1〜
足利兄弟が揃って昇進し、源姓武家の征夷大将軍による新幕府の正式な開闢を迎えてから約三週間が経ち、京では驚くべき事態が起こっていた。特に政権中枢で動揺したのが副将軍の直義だった。
幕府の関知せぬ間に、
「直義様。この一週間の間に発行した文書、まさか無効に……」
「そうです!正しい元号の用いられていない文書になど従えぬと言われれば、反論は難しい!改元の噂は今日この日を境に風より早く地方に伝わる筈!この混乱の根源、如何に対処するのです!?」
「……」
(持明院統の方々は……業を煮やされたか。兄上が将軍になっても改元に後ろ向きであったから。そのため、内々に話を進められて)
誰がこんな事態に至ると予想できていただろう。そもそも持明院統の北朝が、敵対勢力の
文官たちを目の前に、直義は申し訳なさと恥ずかしさでいっぱいになっていた。彼らとは、建武政権の鎌倉将軍府発足時に招聘して以来の付き合いだ。源氏貴種論を高々と掲げながらも、
謂わば、彼らは今や、
「綸言汗の如し*1……我々の発行する文書は、武家の王者たる
「!……では、訴訟沙汰になれば」
「改めて対応しよう。ただし、この一週間の間に下した決定の変更はしない。こうすれば、文書上の元号の誤りを理由に訴える者も現れなくなる。既に元号は変えられ、文書も出てしまった。慌てて効力を停止すれば、それこそ恥の上塗りだ。権威が余計に傷付く」
内心の動揺を抑え、直義は毅然と文官たちを統率する。幕府の二頭政治は今後十年以上続くが、開幕早々に出鼻を挫かれていた。
だが、副将軍・直義の責務は大きい。殆どの業務を兄・尊氏に代わって遂行し、幕府もとい天下の政を動かさなければならない状況になっている。かつての建武政権の鎌倉将軍府時代より昵懇の仲である旧来の文官たちと力を合わせ、幕府政治に取り組んでいた。
「だが、改元を知ってしまった以上、今日以降の元号の誤りは文書の信用のためにも許されん!建武五年ではなく、暦応元年!もしも今後の文書で取り違いがあらば、真贋を疑われて然るべきだ!」
「「「は!」」」
本来冷静沈着な文官たちが落ち着きを取り戻し、再び粛々と政務に取り組み始めると、直義は兄・尊氏の元へと向かった。今回の改元について腰を据え、じっくり話し合うためである。既に尊氏は恩賞権と要職任命権を除き、殆どの仕事を直義たちに任せ、田楽などの遊びに勤しんでいる。ここ最近は部屋に篭り切りという話だ。
将軍邸の尊氏の自室に向かう道中、直義の表情は険しくなった。
その掲げる信条「婆娑羅の要らぬ世」と相容れない、婆娑羅大名の代表格たちが丁度、将軍との拝謁を終えたばかりらしかった。
「これはこれは弟殿。膨大な文書作成業務で疲れておいでか」
「強くない身体で無理すると、直ぐに壊れちまいますぜ?」
「二階堂殿から聞いておりますぞ。何でも持明院統の方々が幕府に知らせもせず、改元しておられたと。ほに勝手な御話ですなァ」
「……師直、師泰。それに道誉も」
ここぞで譲りがちなきらいのある直義は持明院統の強硬改元に申し訳なさを覚えている。しかし、これ程の規模であれば、同じ政権内でも様々な主義主張があるものである。とりわけ足利幕府は武家政権で、皇室権力ですら畏れない我の強い連中が集まっていた。
何せ、持明院統諸共の六波羅探題撃破、つまり北条政権の滅亡に寄与したかと思えば、次は
必ずしも全員が全員、直義の如き親朝廷派とは限らない。持明院統より入手した
「どうやら弟殿も此度の改元、寝耳に水であったとか」
「……今から兄上に問い質すところだ。兄上は正二位・大納言で公卿としても改元に十分関与できる立場に居る。何の話も届いていなかったとは考え難い。師直、本当にお前も知らなかったのか?」
「ほう。
「師直!それは違う!改元は朝廷の聖事で、兄上は将軍と言うより公卿として関わって然るべきだった!あくまでそういう話だ!」
「……訂正を。侮られているのは幕府ではない。
「ッ!……何を」
はっきり突き付ける師直の言葉に、副将軍の直義は憮然とした。
だが、大人しい直義の怒りも子犬の震えとしか、今や天下最高の名将の
「以前、弟殿に教授した筈だ。まさか天下の副将軍がお忘れではあるまいな?
「……無論、覚えている。お前は言った。朝廷を尊重し過ぎたためであると。だが、お前はこうも言った筈だ。それ故、皆の恨みの捌け口となって鎌倉幕府は滅んだと。お前のやり方では結局、皆に恨まれるぞ。改元の権すら思うがままにすれば、将軍は佞臣なりと万民の謗りを受ける。まさか改元を取り消させろとは言うまいな」
「ほう。弟殿はよく分かっておられる」
「師直!お前!」
(まさか……そんな真似、出来る筈が無い!かつて後醍醐の帝の
「弟殿。副将軍がそれ程の威勢を見せなかったせいで、朝廷は隙ありと見て改元を強硬したのです。今後はこの
室町幕府初期は足利氏覇業成就の黄金パターンを踏襲し、
師直たちを通す形で、直義は縁側の内へと移動した。決して物理で押し除けられた訳ではなかったが、高兄弟の猛将ならではの威圧感が弱将の直義を怯ませた形だ。道誉はそのお零れに預かった。
ここで直義が三人を呼び止めた。婆娑羅武将たちはまるで睨み付けるかのように顔だけ振り返る。直義は気後れしつつも尋ねた。
「待て。師泰、道誉、お前たちが持っているものは?首桶か?」
「ほう」
「クク……」
「弟殿。もしかすると
「何?……お前たち、はっきり申さぬか。特に佐々木道誉。お前には再三に亘り、吉野を攻略すべしと軍令が出ている筈だ。先々月の半ば以来な。もう九月四日だぞ。何故ここで油を売っている?」
「その件なれば、ご安心を。今月十日にも吉野攻めに掛かるべく、つい昨日、朽木たちに上洛を催促したばかりにございますので」
(このッ……もう四度目だ!仏の顔も三度までという諺を知らぬと申すか!閏七月十六日、八月十六日と同二十六日。道誉の上洛催促に朽木たちが応じる気配は微塵もない!どういうつもりだ!?)
結局、三人の婆娑羅武将たちの答えは曖昧で、直義は踵を返して訝しみながら、
瞬間、直義は血相を変えた。部屋には尊氏以外にもう一人居る。
千寿丸である。目は焦点が合わず、恍惚としている。着物は慌てて着たかのように乱れていた。目と鼻の先の尊氏と同じように。
一体いつ頃から二人はそうしていたのだろうか。今にも卒倒するかのような心地で、直義は途方に暮れた。自分たち実務家のところに北朝の改元連絡が届かなかった経緯が見えてきたからである。
〜2〜
北朝の改元が公のものとなってから一週間後、今度は
不幸中の幸いは、義良親王の命に別状が無かったことだろうか。
一報は間も無く吉野に届けられた。吉野の後醍醐天皇は以前群臣の前で吐血する程、死期が迫っている。その側に、ある女性が寄り添っていた。古典『太平記』をして「便佞」と言わしめる阿野廉子である。義良親王はじめ多くの皇子たちを産んだ、時めく女だ。
「そうか……口惜しい。口惜しいぞ。天は朕を見放したか!」
「陛下、どうか気をお鎮めください。お身体に障ります」
「廉子よ。これでどうして天を恨まずに居られよう。
この後醍醐の帝の予見した通り、東海道などの各地に漂着した南朝軍を狙って、北朝軍がそれぞれに襲い掛かった。例えば、江ノ島では九月十三日、漂着した南朝船二隻が拿捕された。この他にも事例が数多あり、東国平定計画の頓挫は火を見るよりも明らかだ。
さしもの後醍醐の帝も気落ちしたらしい。自身にそう長く時間が残っていない事を悟っており、北畠顕家や新田義貞の相次ぐ訃報に次いで、帰京の望みが更に薄らいだ事を
「ここ最近、感じるのだ。隆盛の鎌倉幕府を倒した時に朕を後押しした天運が、今は
「されど……義良親王は御無事でした。陛下、皆の噂をお聞き及びでございましょうか。数多くの船が揃って行方不明になる一方で、義良親王の船だけが天に守られ、伊勢国に帰ったのだと。きっと天照大神が親王を導き賜うたのでございます。これぞまさに天意と申せるのではないでしょうか?聖運は未だ尽きておられぬのです」
「……義良は今も天に助けられている!」
(そう。恒良も成良もそれぞれ皇太子と征夷大将軍になりながら、
この阿野廉子の口八丁により、彼女の息子の義良親王の奥州下向は中止され、皇太子に据えられた。後の後村上天皇である。なお、伊勢国では老将の結城宗広もまた陸に戻って、再出港の機を伺っていたが、程なく病死して地獄に堕ちたと古典『太平記』は記す。
いずれにせよ、南朝の勢いは今度こそ簡単に息を吹き返せないところまで、削がれ切っていた。宗良親王と共に遠江国疋馬宿に漂着した北条時行及びその一行も気落ちせざるを得なかった。現北条軍最強武将の弧次郎は引き攣った笑いと共に下手な冗談を溢した。
「昔、頼重様が言ってたぜ。何を言ってるか分からねェと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。頭がどうにか……してるな。兎に角、恐ろしいものの片鱗……いや、それ自体を味わった」
「弧次郎……?」
「おいおい。錯乱してやがる」
祢津も風間も男山の春日軍敗退以来、北陸の脇屋軍から離れて急ぎ南下し、北条軍本隊に戻っている。だが、東国行きのための船団が沈没するなど、想定外も良いところで当惑頻りになっていた。
だが、立ち止まってはいられない。弧次郎は一瞬だけ目を瞑る。
「何でも無い。だが、その程度で諦めねェだろ?若」
「あ、ああ」
(何とか励まそうとしてくれてる事は分かる。弧次郎は根っからの大将だから。それに比べ私は……昨年末の
上陸後、遠江国の今川軍の迎撃隊を何とか撃退したが、前に
例えば、高師冬辺りが数千騎を率いて押し寄せるだけで、今の宗良親王傘下の時行たちは壊滅しかねない危機的状況なのだ。当然、郎党たちは動揺している。判断力確かな玄蕃さえ、今はどうか。
「嵐の前、空の向こうに飛んでいく首を見た」
「首?」
「おいおい。何の怨霊話だ?海の上の話だろ?それ」
「ま、聞けよ。坊、弧次郎。その直後に嵐が来たんだ。怪しいと思わねェか?俺は噂の雫の最期を思い出したぜ?確か尊氏が千寿丸にその辺の首を宙に蹴らせただけで雷雨が来たんだろ?なら、何か冥利のある首の一つや二つ千寿丸が蹴るだけで、あんな大嵐が──」
「もう結構!!!」
唐突な高い叫び声に時行たちは肩を震わせた。今まで本家の軍に大人しく従っていた分家の少年武将・普恩寺友時の堪忍袋の緒が遂にキレたらしい。友時はズカズカと北条惣領の時行に詰め寄る。
その気迫は亡き父・仲時の心が覇王・項羽と比べられたというだけあって鬼気迫っている。弧次郎は
(こいつ……まさか窮地に乗じて北条氏惣領の座を奪おうと!?)
「時行殿。私は伊豆国へ向かいます」
「……友時殿。何かお気に障る事でもあったか?」
「貴方自身より側近方の問題です。口を開けば神力、神力。いつまで諏訪氏の庇護下気分なのですか?我々は何と戦っているのです?神でしょうか?いいえ、違います。足利や佐々木の賊将共です」
友時の声は高い。まだ若い上、
故に周りによく響く。辺りの百騎に満たぬ北条党が耳を傾けた。
「時行殿。私はまだ男のつもりです。よって、敵に如何なる神仏が憑いていようと恐れない。しかし、貴方たちはどうです?敵に神力あらば、負けも嵐も已む無し。そう考えているように映ります」
「ならば、友時殿。共に諏訪へ!行けば、分かって貰える筈だ!」
(いや、これじゃ逆効果か。友時殿は意固地になっている。敵の神性を恐れているからこそ、必死に否定する事で奮起しているんだ)
「出来るか!時行殿。生存第一の貴方と違い、私は一瞬の徒花に終わろうと、敵と戦って散る事を選ぶ。どんな数的不利をも恐れない勇ましさこそ、我ら北条氏に必要です。この場に居る、我こそは男と思う勇者たちよ!この北条友時に着いて参れ!敵と戦おう!」
「「「応!」」」
「「な……!?」」
(おい、マズいぞ。今の若にこれだけの離脱者は痛過ぎる!)
三年前に名を馳せた
一先ず伊豆国へ兵を帰郷させ、再出征前に休ませるなり妻子持ちらを残すなりしておこう。そんな時行の淡い展望は、呆気なく崩れ去った。生き急いだ友時は
しかし、乱の結果は目に見えていた。瞬く間に三十七名の同志たち共々捕縛され、北条友時は護送先の鎌倉にて処刑される。刑場は時行と尊氏の因縁の地である竜ノ口。ここ数ヶ年で土豪レベルまで衰退した北条氏にとって、あまりにも痛恨極まる犠牲であった。