崇永記 作:三寸法師
〜1〜
傘下の忍び組織である甲賀忍軍から信濃国における北条時行再起の第一報が持ち上がってより、半月が経って全貌が見えてきた。
遠江国に配置している人員によれば、宗良親王は未だ井伊氏の庇護下にあるらしい。流石に後の徳川四天王の実家というだけあって地力があるのか、井伊氏の誇る堅城である大平城が仁木義長軍の攻勢に依然
しかし、誤算もあったようだ。師冬経由で貞宗が非戦協定相手の諏訪頼継に疑念を持ち始めたせいで、頼継は半ばヤケクソ気味に時行と手を組み、担ぐべき南朝皇族を欠きながら挙兵したらしい。
「取り敢えず、援護射撃がてら甲賀衆に命じ、当代の諏訪大祝は盟約を破る俗世間の姦雄だと方々に噂を広めさせてやったわ。喜べ、亜也子。いや、真の諏訪明神たる甲賀三郎よ。これで大徳王城の時行と頼継の元に集まる信濃武士は激減するだろう。元より京の諏訪円忠*1は足利方だ。諏訪氏が結束を欠いた今、
「勝てない筈がない。でしょ?殿様」
「ああ、そういう事だ。そもそも
「うっわ、凄い懐かしい……ごめん、殿様。ちゃんと思い出すね。何だったかな……確か、かなり汚い字で書かれてるけど、中身は
「そう言えば、帝に提出する記録の草稿という話だったな。という事は今の吉野朝廷に清書が……去年の後醍醐臨終の後、河内国から二千騎を率いて参内したらしい
「どうだろう……逃げを理解していない者が書き留めを読んでも誤用するから他人に見せるなって話だったような。楠木
既に
恐らく
しかし、楠木氏後継の
「忘れたか?後醍醐の帝は余計な仕事が最も得意だ」
「あ」
劣勢で楠木正成に洛外での迎撃を強要したり、大した戦績のない公家たちを
どうせ生前に
戦略や戦術の発展は日進月歩だ。このご時世の守護大名なら多くが源平の名将たちに勝てるだろうし、後の戦国武将に及ばない可能性は十分に考えられる。大徳王城の
要するに、
「話を戻そう。亜也子、信濃国の事情を確認しておきたい。かつてあの国で生まれ育ち、諏訪神党の中核で各地の内情を様々に見聞きしただろう?覚えている限りで構わん。情報を擦り合わせたい」
「勿論良いけど……殿様、もしかして加勢しに行くつもり?」
「……必要ないとは思うが、念の為な。練兵も本腰を入れ直す」
この決断が思わぬ方向で功を奏した。信濃国とは別の地域へ刃を向ける事になったのである。その地域とは即ち、北陸の越前国。
呆気ない新田義貞の幕引きから二年程が経ち、残党たちが意外な巻き返しを見せていた。否、巻き返しどころの話ではない。越前国の形成は逆転した。再び南朝の圧倒的優位に回帰したのである。
〜2〜
天下の人々に尋ねれば、頼重も顕家も居ない
ただ、今回の越前国の情勢変化には意外と言えば意外で、そうでないと言えばそうでなかったという矛盾した心境が正直あった。
亡き義貞の弟・脇屋義助の交戦相手の
「高貞殿はどう考える?脇屋軍は吉野のヒゲオヤ、ゴホン。後醍醐先帝の崩御で奮起したと巷で噂になっているが、それだけであまりにも大き過ぎる
「……宗家。
「成る程、畑か。確かに。まだ生きていたのかと思ったものだが」
京の六角邸で、分家の守護大名・塩冶高貞と縁側で席を並べて、庭における我が弟の四郎や高貞の長男などの子どもたちによる蹴鞠を眺めつつ、俺は南朝軍の破竹続きの北陸事情に思いを馳せる。
老将・畑時能は相撲をすれば坂東最強、馬の扱いは人間離れして疲れ知らず、水泳術はまさに神業、弓の腕は弦を鳴らすだけで樹上の猿をも落とし、優秀な戦略眼と強靭な精神力を持っていると評判である。おまけに戦で
聞けば、畑時能は一昨年の主君の戦死以来、極めて数の激減した
「全く。あれ程の実力があるなら、義貞が生きていた頃に本領発揮しておれば、天下の趨勢は違うものになっていたかも分からんぞ。かつて俺は
「もしかすると老い先短い自分が若い者の活躍の場を奪っては先行きが暗いとでも考えたのかもしれません。ですが、義貞が死んで
「北朝の越前国守護の
「宗家。それこそ……
「うげ……十分に有り得るな」
出雲国・隠岐国の二ヶ国守護・塩冶高貞は田舎大名然とした風貌の割に、武勇だけでなく知力をも兼ね備えている。その指摘は的を射ているように感じられ、実に耳が痛かった。尊氏様の「鬼切」や「鬼丸」への所有欲が数年経ち、その抜群の人望と思わぬ形で合わさって、我が従兄妹伯父の
何と罪深い御方であろう。俺は恍惚として空を見上げる。そうしている間に気が付いた。屋敷の庭における蹴鞠が中断していた。
「ん?どうした、お前たち?蹴鞠には飽きてしまったか?」
「あ、いや、そのぉ」
「宗家!質問があります!」
我が弟の四郎が
弟への呆れ半分、分家の跡取りへの好ましさ半分。俺は促した。
「ふむ。言ってみよ。忌憚なく、な?」
「はい!さっき、宗家はひげ親父と言い掛けておられました!」
「ん?」
「ひげ親父とは!誰の事ですか!」
実に純真な質問に俺の挙動は止まる。その父親の
我が弟の四郎も同様だ。渦中の俺と高貞息の顔を見比べている。
俺はクスッと笑った。吉野の髭親父とは誰の事を指すか言うまでもないが、単なる髭親父ならこのご時世、色々と居る。俺の隣で息子の大胆さに戸惑っている田舎大名、塩冶高貞が良い例だろう。
「ふむ。俺が髭親父と言い掛けたと……良い耳をしているな」
「えぇっと……お褒めに預かり、光栄です……?」
「では、お前は誰の事を指していると思った?考えて申すが良い」
鉄扇をバッと広げて肘置きに
さて、どんな答えが返ってくるだろう。俺は楽しみで口角を上げていたが、流石に見ておらぬとばかりに
「宗家……お願いですから、もうその辺で息子にはご容赦を」
「応。戯れもここまでだな」
からから笑って俺は特に追求せず、場を収める事にした。これで
これも幼子の高貞息にとって良い経験だ。場に
〜3〜
既に近江国の軍勢は整えられている。京で尊氏様への出陣前の謁見を終え、俺は少数の兵を連れて佐々木荘へ馬を走らせていた。
「三郎、本当に私を従軍させなくて良いんだね?」
「ああ。脇屋軍と戦うのにお前の力は不要だ、魅摩。京の人質の役割も母上と四郎に任せた。お前は佐々木荘で留守を預かれ。尤も、主な差配は
「と言いつつ、私も人質でしょ。あんたが近江国を留守にする間、京極家が勝手をしないように。あまり意味が無いと思うけどさ」
相も変わらず魅摩は勘が良い。まだ尊氏様の娘を正室に迎えて婿になれる可能性があると見て、表向き側妾扱いの魅摩に人質の価値があると思われないように、俺の不在の間は京に置きたくないという意味もあるとはいえ、道誉の動きへの警戒こそ最大の要因だ。
俺が他所の国に大軍を動かす間、もし道誉が娘の魅摩の身柄を確保して裏切った場合、二進も三進も行かなくなってしまうのだ。
「南朝に走りさえしなけりゃ良いんだ。別に道誉殿が京で婆娑羅な振る舞いを致す分には構わない。建武式目なんぞ無効だ、無効」
「はン。そう言ってさ、押領した東寺領の米の支払いに関して院の決定に従うと直義様に約束したのは何処のどいつだったっけ?」
「何を言うか。建武年間の分の年貢支払いは免れたんだから十分な落とし所と見たまでの話よ。尤も、改元以来の支払い分にしたって確かに還付すると約束したが、現地の管理人がうっかり忘れてしまうかもなァ。ただでさえ軍務のための兵糧が要る時なのだぞ?」
「三郎……よくそれで自分は婆娑羅じゃないって言えるな」
寺社領の押領は守護大名の嗜みである。国下で他の武家の差し押さえを咎める場合がありながら、自分も別口で行うものだ。直義は謂わゆる『建武以来追加』*2で押領は厳罰ものであると唱えたが、それで室町時代の守護大名の成長を防げるものではないだろう。
大体、生真面目な直義が寺社領なんてものを認めるから、俺たち守護大名が押領して軍務の備えにする必要が生じるのだ。寺社という名の幕府外の利権集団を有り難がるからこうなる。岩清水八幡宮や禅寺のように有用なら話は別だが、東寺のような京で戦が起こった場合の拠点にしか使えない存在に、佐々木氏の得るべき近江国の米をくれてやるのは気が進まない。当然、
「ほんと寺社領が絡むと反直義様になるというかさ……そんなんで尊氏様の婿になれるのかねぇ?私はそれでも全然良いんだけど」
「魅摩……そんなお前に朗報だ。四ヶ月前に
「は?本当か?それ。三郎、眉唾話に踊らされるんじゃないよ」
「……確かに尊氏様がその場の気分で仰っただけなんじゃないかとは思っているけどさ。本当に気まぐれな御方だから。だが、その御言葉だけで十分俺の励みになる。この出兵だって、その一環さ」
今回の討伐軍は北陸から
まさしく誉れ高い戦である。これで粋に感じない武将がこの世に存在する筈が無い。魅摩の冷め切った視線を余裕綽々と受け流し、俺は