崇永記 作:三寸法師
〜1〜
「お見合い」という言葉を聞いて人々はまず初めに何を連想するものだろうか。何とも昭和以前の匂いを感じさせる婚姻準備の一つだろうか。生憎、俺はそれよりも──サッカーでも野球でも何でも良いが──球技における「お見合い」が真っ先に浮かび上がる。
今日も今日とて地図と睨めっこし、胡座の上で拳を握り締めた。
「一月以内に脇屋軍を片付けて凱旋する筈が……土岐とのお見合いの隙を突かれて、
「また言ってる。昨日も聞いたよ、それ……殿様。今、脇屋軍は御味方との戦で徐々に南に誘引されてるんでしょ?だから近く私たちも再戦だって言ってたじゃん。そんなにお怒りにならなくても」
「それはそうなんだが……
結果的に数週間で名将・
こうなれば、大軍を率いる上での課題は兵糧こそ第一だ。それもあって、俺の従兄妹伯父の
それに厄介なのがもう少し日が経つと、暦の上で冬を迎えるという点だ。降雪で街道が閉ざされた場合、特殊な対策をしない限り、糧道が断たれてしまう。既に二万騎が半年保つ程の兵糧は、我が守護代の馬淵義綱の指揮で既に杣山城に運搬されているが、雪解けまでの間、兵糧の減り具合を心配する日々が続くかもしれないと思うと否が応でも気が滅入ってしまう。金ヶ崎城の
こうした考えも知らず、後世の
「ねぇ、殿様。もしかしてさ、何か予感がしてるんじゃないの?」
「……亜也子。予感とはどういうことだ?」
「ほら。例えば、脇屋軍が別の場所に逃げ去ると思ってたりして」
「縁起でもないこと言うな。いや、俺が敵の立場なら思い切って中央突破するが。脇屋軍に先々月の勢いは既に無く、
今思えば、一昨年の脇屋軍に従軍していたと聞く、
現在の脇屋軍にこの二名が居るという話は聞かない事もあって、俄かに疑いが生じていた。逃若党の風間と祢津こそ、その二名だったのではないかと。二人に「信濃守」や「掃部助」が与えられる可能性や最近流行りの自称の可能性の如何を考慮してもだ。北条時行の部下が「信濃守」とは笑えない冗談にも程があるが、如何にも上流階級の機微を軽視しそうな風間ならば気安く自称しかねない。
また、顕家敗死後の残党軍一部の加わった男山の戦で、あの二人の活躍を何故か聞かなかった事も、今更ながら気になっていた。
「風間玄蕃……まだ信濃国の大徳王城が陥ちないのって絶対
「効果半減……だな。にしても、亜也子。お前さ、気付いたら戦術眼が良化したか?そこらの三流武将より余程使い物になりそうだ」
「へ?そう?……殿様のぼやき聞きまくってたせいかも」
「……おい。怪我の功名とでも言うつもりか?」
ここ最近、佐々木六角軍が前線で交戦せず、杣山城に駐屯して北の
薄々自覚はあったが、面と向かって嫌味を言われたと思うとピキリと来るものがある。案の定、亜也子は慌てて誤魔化し始めた。
「いや、そんな。勉強になってるよ?馬廻衆の皆もそう言ってる」
「はン。どうだか」
「殿様。そんなに拗ねないでよ。私だって昔から軍記はよく読んでたけどさ、殿様の話を聞いて、その経験が最近になって生きた知識になってきてるっていうか、勝負の流れが段々分かるようになってきた気がするんだ。さっき私の言った、殿様の予感もその一つ」
「んん?」
まるで覚えのない我が予感について亜也子が見透かしたかのように言ったところで、本当に分かっているのかと聞きたくなったが、その得意げな口振りには不思議と説得力があるような気がした。
そして九月二十三日、我が甲賀忍軍による国府周辺の両軍の戦況報告が新たにやって来て、俺は決着が付いた事を知った。同時に戦慄さえした。亜也子は神力を得て、勘が良くなっているらしい。
昨夜、
「確かに俺なら思い切って敵中突破するとは言った。だが、それはあくまで越後国方面を想定してのものだ。亜也子、お前まさか」
「ふふん」
「脇屋義助が美濃国へ逃げる事を読んだのか?」
「え?美濃国……何で?」
「……どうやら買い被りだったようだ。めっちゃ損した気分だ」
「?」
まさしく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする亜也子はさて置き、脇屋義助軍の末路は意外なものであった。誰が土岐頼遠の領国である美濃国へ
俺は顎に手を当て考えた。これからの脇屋義助たちが辿るであろう末路を。きっと碌なものにならない筈だ。理由は明白である。
「一応、脇屋軍の行き先は再度調べさせるが……美濃国であれば、きっと根尾の辺りだ。前に新田家郎党があそこから
「殿様。でも美濃国って……脇屋義助は正気なの?」
「ただ脱出するだけなら案外悪くない。海上を塩冶家水軍部隊が封鎖して、北陸道の南に我が六角軍、北に高師春ら加賀勢がいると考えた場合、美濃国が脱出先としては手頃だ。越後山脈に慣れた脇屋たちであれば、山道を越えていくのは存外容易だろう。まさか自分の領国に逃げられるとは土岐頼遠も考えず、警戒は薄かった筈」
「……それって自分たちの領国に来たら絶対に狩る自信が土岐頼遠にあったからじゃ。幾ら脇屋義助が天下の名将でも、流石にさ」
「無論だ。新田四天王最強の篠塚が武力を補填し、脇屋義助があの手この手で工夫したところで、百戦もすれば必ずどこかで土岐
「じゃあ、脇屋たちが美濃国をさっさと通過して、信濃国か尾張国に逃げるなんてのも無理だよね。体力的に続かないだろうしさ」
「ああ。どこかで休息を取らないと。だが、その間に土岐
後になって考えれば、俺の予測は半分正しく、半分誤っていた。
確かに、脇屋義助と篠塚重広は平茸の敗戦後、脱兎の如き勢いで美濃国根尾城へ落ち延び、
その後、
何はともあれ、亡き
「それより気になるのは畑だ。他の敵将はどうでも良いが、あいつとは本当に決着を付けて明日を迎えたい。明確に畑を超えたと証明しておかなければ、同じ馬術自慢として釈然としないまま日々を甘受する事に。今を逃せば、二度と雌雄を決する機会はない筈だ」
「畑……新田四天王の畑時能って確か四年前、山陽で新田軍を待ち構えてた時、別働隊の将だって殿様が大騒ぎした武将だよね?」
「言い方は引っ掛かるが……その通りだ。報告によれば、どうやら脇屋や篠塚たちが東南へ逃げる間、畑が
畑時能への対抗意識を燃やし、脇屋軍の動向について更なる裏取りができ次第、俺は六角軍の兵の大半を杣山城の抑えに残した上で北へ向かい、高経軍に合流するつもりで準備して、実際その通りになった。
十月に入り、畑の逃げた先も絞り出す事ができた。土岐頼遠は美濃国へ帰ったが、まだ
しかし、こうした目論見は直ぐに崩れ去った。
〜2〜
十月六日に親父たちの起こした妙法院放火事件は、夜空を赤く照らす炎や京・白川の辺りに木霊する猛々しい鬨の声のため、その夜のうちに京を揺るがせる大騒ぎとなった。一方、京極家出身の私は佐々木惣領の側妾という体裁の元、ここ何ヶ月も江南で人質同然の生活を送っていたが、とある嫌疑を掛けられた。当時業火を煽る強風があったため、神力のある私が関与していたのではないかと。
なまじ事件前に鷹狩りに来ないかと密使が来ていたため、その嫌疑も徒らに否定し難い。
「魅摩殿。軍中の息子より通達があるまで、この草庵に住んで貰う運びとなった。世話は今まで同様、目賀田家の者に申し付ける」
「……は。義父上のご厚情に御礼申し上げます」
「分かっていると思うが、今回の道誉殿たちの凶行と我が六角家が無関係であると示すための一時的措置だ。これを理由に佐々木一族の近江国支配権を足利氏より取り上げられる事を、何より避けねばならぬ。愚僧は千金丸と共に京の動静を注視しつつ、遠征先の氏頼の決定を待つつもりだ。我々が御父兄を助けられぬ可能性については予め覚悟しておいて貰いたい。現佐々木惣領の妻なればこそ」
「……」
妻という言葉もほぼ名ばかりだ。
ただ、二年前に近江国守護を巡って一族同士で対立したと評判の六角家と京極家のために、私も
成長する毎に烏帽子親の尊氏様に似る
そう思っていたところ、意外な事が起こった。
「魅摩……出てきて。殿様がお召しだよ」
「亜也子。いや。甲賀三郎、白装束に着替えた方が良いかい?」
「?……さぁ。多少は察せるようになったけど、今でも殿様のお考えが何でもかんでも分かる訳じゃないよ。分かる事は殿様こそ神様という道理だけ。殿様の予言通り、南朝の
「……惣領に仕えているに過ぎない一介の便女風情に
佐々木荘内の軟禁先から解放され、私は主の
上座と下座に別れて座り、明確な序列の差が現れている。成人済みの佐々木惣領の
「これより再出撃し、我が近江国の大軍を率いて謀反人を討つ」
「……!」
「先日、脇屋義助の居た城を攻め落とした際、二年前の比叡山延暦寺の南朝との内通を示す書状が見つかった。脇屋軍と延暦寺が手を結んで、当時男山に籠りし春日軍を救援せんと図ったものである。これにより、比叡山延暦寺の尊氏様への翻意は明らか。脇屋軍討伐は終わっていない。近江国守護として脇屋軍と通ずる延暦寺を討たねばならぬ。既に
予想は概ね当たっていた。
佐々木惣領としても、近江国守護としても、勢い目覚ましい同族の京極家と古来より因縁ある比叡山延暦寺ならば、前者を選ばざるを得ないと知っているのだ。今後、