崇永記   作:三寸法師

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◆5

〜1〜

 

 

 近江国守護の俺がほぼ投げやり気味に比叡山総攻撃の中止を命じてから五十日程度が経ち、室町幕府は十二月も半ば近くになって漸く我が一族の庶流である京極父子の奥州遠流を正式に決定した。

 死罪に次ぐ重い処罰が下される結果にはなったが、婆娑羅大名の道誉が郎党たちの仕返しとばかりに山法師共と事を構えて妙法院を燃やし、その息子の秀綱が同所で修行中の若宮を惨殺したにしてはまずまずの落とし所を得る事ができたと言えよう。鎌倉時代の悪しき先例*1を踏まえれば、尚更だ。これならば、俺も佐々木惣領として幕府、というより直義たちの決定を甘んじて受け入れられる。

 別に道誉たちが官位を剥奪されようと至極どうでも良い話だ。

 比叡山と諍いを起こしても足利政権は殺させないという確かな例が出来たのだから。どうせ道誉たちも数年内に戻って来る筈だ。

 

 

「魅摩。引き続き、お前にはこの座敷牢で過ごして貰う。お前や京極家を贔屓したと内外に思われては敵わぬからな。ま、実家の密使に耳を貸した罰だと思えよ。来年の春が過ぎた辺りで再考する」

 

 

「……密使って鷹狩りの誘いの話?私、それ断ったんだけど」

 

 

 幸か不幸か、俺は何年も前から道誉の娘と腐れ縁のような間柄となっている。昔は婚約者同士だったが、加冠の儀で俺が烏帽子親の尊氏様に()()婿()()()と望んだ結果、魅摩は側妾で収まっていた。

 それについて魅摩は水に流すと言った上、実際に心中でも構わなさそうにしていた。だが、元々二年前(西暦1338年)の夏に魅摩の実家の京極家が近江国の覇権を我ら六角家から一時的に奪っていた事による痼りが潜在していた上、直前になって比叡山総攻撃を中止した我が命に不信感を募らせていたらしい。だが、不信感自体は俺も同じ話だ。

 

 

「だろうな。当時、妙法院の辺りに強風が吹いたと聞いて怪しいと思ったが、よくよく考えてみれば、お前が現場に居れば、半端に建仁寺の一部施設に延焼する筈がない。火が妙法院だけに収まるか、あるいは建仁寺も全焼するかだ。だが、俺はそこに対して腹を据えかねているのではない。俺の留守中に密使が来ていたなら、留守居の五郎(千金丸)か補佐の我が父上にでも突き出すべきだった。違うか?」

 

 

「ああ、そうだね。あんたの気性の荒さを忘れていたよ。将軍のとぼけたような書状一枚で、千載一遇の攻撃機会を捨てる癖にね」

 

 

「あ゛?」

 

 

 十月半ば以来の牢獄生活でやけが回ったのか、どこか顔のヤツれている魅摩の命知らずな減らず口に、俺は思わず殺気を放った。

 これが周りの郎党たちの目がある場所で、無礼のために恥辱を与えられる形となっていれば、間違いなく処断しているところだ。

 一体この幼馴染をどうしてくれようか。形式上は俺の側妾扱いである上に、その父親が今や重罪人の道誉だ。如何なる手段も排除する理由がない。にも関わらず、魅摩は更に挑発を仕掛けて来た。

 

 

「お、やんのか?三郎。今なら親父の報復も怖くないからね」

 

 

「……お前はもう少し言葉を選ぶ賢さがあると思っていたが」

 

 

「はン。今のあんたに選ぶだけの価値があるのかよ」

 

 

「ほざくな。俺は惣領。お前は分家の娘。選んで当然だろうが」

 

 

 互いに気持ちが冷めて時間が経っている。今や心底思うのだ。

 魅摩とは所詮、血の繋がりであったり幼少期以来の袖の振り合いであったりが無ければ、赤の他人に過ぎなかったのだと。要するに大して相性の良い相手ではないのである。これが二十一世紀の男女であれば、とっくに別れていたに違いない。いや、中世の今でも関係が消える男女も居るには居るが、俺と魅摩の場合、完全に血筋がそれを阻んでいた。二人の破局が一族分裂に直結するのだ。結果、このように人目の無いところで口論するのが関の山であった。

 

 

「その惣領サマが軽々に前言撤回して、名門一族・宇多源氏佐々木氏の威信はどこに行ったんだい?親父たちが妙法院を焼いて天下に示した佐々木一族の誇りが台無しさ。ええ?近江国の一族郎党たちは納得したとしても、中国四国の者たちはどう思うだろうね?」

 

 

「既に主だった者には言ってあるさ。あの時、師泰の息子が使者を務めていたが、どうにも心根が良くない。その者が何故か尊氏様にお頼みした八幡大菩薩の御旗ではなく、兵糧米に関する将軍直筆の命令書を持ってきた。このために俺は裏を勘繰って攻撃を中止し、遠流という落とし所に持ち込むべしと判断したとな……それをお前は何だ?単に俺がひよって中止したと本気で思っているようだ」

 

 

「チッ。じゃあ、延暦寺を挑発する位やったら?そこまでしたら、ちっとはあんたの言葉を信じる気になるよ。ほら、やってみ?」

 

 

「上等……別に延暦寺側が挑発に乗って攻めて来ようと構いやしないしな。五百騎のみで延暦寺の山猿どもを甚く辱めてくれるわ」

 

 

 あの道誉たちが京から東国へ流されるのであれば、必ず近江国を通るだろう。この際、人を選んで見送らせよう。指定の装いで。

 古典『太平記』は道誉の流刑に際し、見知った佐々木の家人や若党たちが駆け付けたと記した。その者たちは、こぞって猿の毛皮で着飾っていた。因みに、猿は延暦寺と昵懇の日吉大社の象徴だ。

 

 

「どうだ?道誉殿と謀った上で……山猿どもをコケにしてやる」

 

 

「……へぇ、良いね。だったら私に噛ませてよ。思い切り派手にするから。確認だけどさ、各宿の遊女を動かす程度は良いよね?」

 

 

「……好きにしろ。この氏頼の名に傷さえ付かない限り」

 

 

「はいよ。佐々木一族の誇りを天下に示す。塩梅は任せなよ」

 

 

「言っておくが、どんなに頑張っても、お前は来春まで座敷牢だ。何せ魅摩、お前が前言撤回は威信に関わると言ったのだからな」

 

 

「あー、はいはい。臨機応変に動けば良いさ」

 

 

 ガス抜き程度はさせてやろう。俺は惣領としてそう訣を下した。

 比叡山を力の限り燃やし尽くすなら兎も角、これなら気味悪く笑んでいた師泰息(高師世)に漁夫の利を得させるような結果にはなるまい。

 結局、道誉たちは近江国の街道を東へ歩むにあたり、休憩する度に酒宴を開き、遊女と大騒ぎした。表向きは佐々木惣領(六角家当主)の俺が関知していないという体で、延暦寺は言うに及ばず、幕府もとい直義たちの意思すら、罪人と程遠い()()()()を以て嘲笑ったのである。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 翌年(延元四年)正月半ば過ぎ、俺は本領の近江国ではなく、守護大名らしく京に居た。副将軍の直義に呼び出されたのだ。今は伊吹山に潜伏していると聞く京極父子に関し、話があるのだろうかと身構えた。

 武力で揃って中途半端だが、直義たちの側近も居合わせている。

 しかし、蓋を開けてみれば少し違った。真っ先に去る年末より出征中の豚カツ(細川顕氏)に話が及び、俺は首を傾げて頻りに目を瞬かせた。

 

 

「あの豚カ、ごほん。顕氏殿は今更苦戦しているとか。大和国の今後にも関わる故、興福寺が随分苛立っていると市井に広く噂が」

 

 

「そうだ。敵将は三輪神社の神主・玉井西阿だ。同じ南朝武将でも北畠顕家に比べれば何枚も格落ちするが……幾日経っても敵徒鎮圧が成る兆しは見られない。それ相当に厄介という事なのだろう」

 

 

「はぁ」

 

 

 存在すら思い出したくもない規格外貴族・北畠顕家が戦死して早くも三年が経とうとしているが、かの石津の戦いで高師直と同等の活躍をしたと将軍生母(上杉清子)らの人々に言わしめてた細川顕氏は、何と言うべきか、当時より武将偏差値が低下しているような気がする。

 要は弱体化したのだ。大和国の地元系武将に過ぎない西阿とやらに手間取っている現状がその証左である。確かに昨年(延元三年)十二月に南へ出陣して奈良入りしておいて、この一月の半ばを過ぎるまで時間を掛けて西阿の鎮圧が終わらないとは、戦前の武将番付からすれば、考えられない事態だろう。現に直義ですら渋い表情をしていた。

 

 

「して、どうするのです?副将軍。援軍を送るおつもりで?」

 

 

「……その通りだ。六角軍を出動させたい」

 

 

「!」

 

 

 まさに思わぬ話だった。大和国とは意外な出兵先である。昨年丁度俺が尊氏様の書状を受け取る前日に落城の憂き目に遭っていたらしい北条時行と諏訪頼継の信濃国は兎も角、未だ根尾城で土岐軍相手に抵抗しているらしい脇屋義助の美濃国が考えられる派遣先だろうかという想定は、ここに崩れた。だが、むしろ望むところだ。

 既に畑時能は昨年十月下旬(二十七日)に気力が尽きたと聞く以上、越前国における足利(斯波)高経(尾張守)との共闘は望むべくもない。であるならば、土岐頼遠と細川顕氏の二択だ。生憎、傍若無人の土岐頼遠(一騎当万)とは、この俺も出来るだけ共闘したくない。我が郎党を土岐頼遠(一騎当万)の投げ技の弾に使われては困るからだ。まだ豚カツ(細川顕氏)の方が気性的にマシだろう。

 この時、俺は後に豚カツ(細川顕氏)との共同作戦でどんな苦心をする羽目になるのか全く予見せず、呑気に眼前の戦の気配に息巻いていた。

 

 

「もし本当に西阿なる敵将がそこまで厄介であるなら……それこそ尊氏様の烏帽子子、佐々木六角氏頼の出番です。この氏頼が直ぐにでも南征して顕氏殿の尻を叩き、成果を挙げて見せましょうぞ」

 

 

「氏頼。何を勘違いしている?」

 

 

「……はい?」

 

 

「確かに六角軍を出動させたいと言ったが、何もお前を動かすとは言っていないぞ。今回、用があるのは先代の近江入道(六角時信)殿の方だ」

 

 

「な、何と!?」

 

 

 瞬間、俺は怒髪天を突く勢いで半立ちになり、それを見て周りの斎藤利泰をはじめとする副将軍(足利直義)の側近たちが刀の鍔に手を掛けて、一対多の睨み合いとなった。戦力的に俺一人で十分蹴散らせる。

 だが、今から彼らと乱闘に及んでは、駆け付けた尊氏様のお叱りを喰らわないとも限らず、「落ち着け」という直義の言葉に引き下がるしかなかった。すぐに直義が冷静にこんこんと理由を説く。

 

 

「考えてみろ。討伐のために用意した大軍を帰国の後も武装解除させないばかりか、怨敵殲滅のため動かそうとする武将に当分出征させられると思うか?今、お前に出陣させれば、延暦寺はどう思う?それにお前の軽率な号令のせいで信条を曲げ、道誉への処罰を躊躇させられた私の身にもなれ。今後、五年は遠征できると思うな」

 

 

「……延暦寺の濃ゆい内通疑惑は、まだ消えた訳では」

 

 

「だったら尚更、近江国守護のお前を動かす訳にはいかないな」

 

 

「むぅ」

 

 

 結果、暦応四年(西暦1341年)一月二十日、直義の命により我が父・佐々木六角近江入道時信が軍を率いて南下し、豚カツ(細川顕氏)の西阿討伐に加わる。

 長らく隠居していた大名(六角時信)を参戦させる直義の異例の采配だった。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 どんなに尤もらしい理屈を並べられたところで、不満なものは不満である。六角軍を率いて戦うのが俺ではなく、足利氏から然程信頼されていなかった筈の先代(六角時信)であるとは、他に何か用事があるならまだしも、到底受け入れ難い。現に先代当主(六角時信)の南征開始から約一月半が経った今でも、いや、今だからこそ納得できていないのだ。

 去る二月二十九日、大和国阿部山において豚カツ(細川顕氏)先代(六角時信)らの北朝軍と西阿(南朝)軍の間で戦闘に発展したらしいが、結局決着付かずだ。

 

 

「この間の尊氏様の六角堂参詣時に何か言えれば良かったんだが、良き頃合いが無かったからなァ。執事(師直)殿はここ最近、病欠続きで当てにならないし、友人の道誉殿は畿内に姿無し。高貞(塩冶判官)殿、貴殿は文武両道で、将軍からの信頼厚かろう?何か口利きできまいか?」

 

 

「……宗家。幾ら何でも拙者には荷が重過ぎます。将軍への執り成しを御所望であれば、夢窓国師様の方が適任かと存じまするぞ」

 

 

「執り成しとは語弊があるな。それは両者の関係が悪い時に用いるべき言葉だ。俺と尊氏様は加冠の儀で結ばれた義理の親子。何なら将来の娘婿だ。前に光王様が女子であったなら、俺に嫁がせていたと仰った程さ。ま、実際にお鉢が来るのは十年先か二十年先か」

 

 

「その、憚りながら一つお聞きしたいのですが」

 

 

「ん?何だ?言ってみてくれ」

 

 

「尊氏様が御息女を宗家にお与えになられるまで他の女子、例えば魅摩殿や望月殿との間に子を設けられるご予定は……宗家も今年で御歳十六。そろそろ何かしら話があるかと思っていたのですが」

 

 

 分家の大名・塩冶高貞(判官)が切り出した途端、居合わせた郎党たちは時が止まったかのように固まった。その一方で、俺は彼らの挙動に構わず、心中で「出たよセクハラ」と眼前の田舎大名に溢した。

 庶流の有力者だからこそ却って口を噤むに違いないと油断した。

 ここは注意しつつ、さりとて流れるように牽制を入れ込みたい。

 

 

「音沙汰ないって?……何か近年、熱が下がっているっていうか」

 

 

「ね、熱?」

 

 

「……魅摩の父は仮にも罪人。亜也子もとっくに男として出家し、甲賀三郎を名乗る身。万一、子ができても、認めたくないなァ」

 

 

 今思えば、数年前の北条時行再挙兵で亜也子との、近江国守護一時交代で魅摩との関係が変化し始めたが、あの加冠の儀で尊氏様に娘婿の話を取り付ける事が叶って以来、異性そのものへの興味関心その他が綺麗さっぱり失せた気がする。要するに、尊氏様に首っ丈なのだ。性別を超越する神として尊氏様を崇敬し尽くしていた。

 座敷牢生活による魅摩の不在を良い事に、京の屋敷の自室に飾っている尊氏様からの頂き物の大鎧を見つめる。どれだけの静寂が流れていただろうか。長い時間が経ってやっと俺は冗談めかした。

 

 

「ま、高貞殿は高貞殿なりに気張られよ。俺は俺なりに考えがあるのだからな。顔世殿は今、御懐妊の身。折を見て何か贈ろうぞ」

 

 

「……は。恐縮にございます」

 

 

「ん」

 

 

 暦応四年(西暦1341年)の春、俺は戦場への疼きを心のどこかで抱えながらも、擾乱までの束の間の平穏を享受するつもりでいた。関東で師冬が南朝公卿の北畠親房や実績十分の春日顕国に苦戦を強いられているという噂はあったものの、南朝の抵抗は全国的にかなり限定的だ。

 そのうち病で寝込んでいると噂の師直も政務に復帰し、副将軍の直義との内紛の火蓋が再点火に違いない。そう思って過ごしていたある日、客人が京にある我が六角邸を訪れた。兼好法師である。

 

 

「お久しぶりです、法師。まずはお茶を一杯如何ですか?」

 

 

「おお、酔い覚ましにもってこい。氏頼君のお茶好きは不変だ」

 

 

「法師。ここで一首、詠んでくれても良いのですよ?」

 

 

「何と何と。氏頼君、酔っ払いの歌を御所望かい?」

 

 

 かの名著『徒然草』の兼好法師と直に会えるとは、前世で志望校の合格切符を勝ち取るためのツールとしてしか、古典を享受してなかった頃はまるで思いもしなかった話である。だが、それも十四世紀に生まれ落ちて十五年余り経った今では、随分慣れたものだ。

 だが、この時、兼好法師は我ら佐々木一族にとってとんでもない爆弾を抱えていた。無論、爆弾とはその通りの意味ではないが。

 

 

「ああ、美味い。六角邸の茶葉は他のものとは一味違う」

 

 

「それもその筈。茶葉は我が近江国で……て、この話確か前にも」

 

 

「うん、聞いたね」

 

 

「「ハハハハ!」」

 

 

 この兼好法師は、現職の近江国守護ながら若輩者の俺とも朗らかに話す気さくな人物だが、知名度に違わず、かなり多芸多才だ。

 歌にしろ文にしろ最上級のプロである。だが、個人的に何より特筆すべきだと思うのは、ずば抜けたコミニュケーション能力だ。

 かつては大覚寺統の皇族たちや鎌倉幕府の中枢と交わり、今では室町幕府の首脳陣……特に高師直と接近しつつあるらしい。兼好法師の俺の前で隠しているらしい一面から考えれば、得心がいく。

 元来、俺は例えば後世における豊臣秀吉のような好色家が得意でないのだ。光源氏も正直好きではない。しかし、兼好法師は事が事だからと今回、予め前置きをした上で、若い俺に胸襟を広げた。

 

 

「氏頼君。この最近、あらゆる遊び者が御病気の執事君のために屋敷へ赴いて気晴らしの芸を披露している事は聞いているかい?」

 

 

「え、ええ。確かに噂は……ですが、それが何か改まる理由に?」

 

 

「……それで呼ばれたと思って行ってみたんだよ。この兼好も」

 

 

「はぁ。法師。幾ら裏金積まれたんです?」

 

 

 兼好法師は真面目な直義とも交流があるにも関わらず、俗っぽい一面を持っている。それでいて数多の有力者と接点があるのだ。

 近江国守護の俺による一見笑えない冗談も余裕綽々と受け流す。

 

 

「ぶッ。裏金!大きな声では言えないなァ……話を戻すよ?何か歌でも物語でもしようかと思ったら、驚いた。恋文を書いてくれと言われたんだよ。執事君の代筆で。氏頼君、相手は誰だと思う?」

 

 

「……どこぞの姫君ですか?この京に姫君なんて腐る程居ますが」

 

 

「姫君……惜しいなぁ。元姫君なんだなぁ」

 

 

「んん?」

 

 

 何やらきな臭い。ここまで来て俺はとうとう碌でもない話を知るに至った。情報を提供してくれた兼好法師の手前、その場で怒りを爆発させるような真似はしない。だが、我が心はまさに烈火の如くであった。怒りの矛先は、足利家執事・高師直に向いている。

 身体が震え、歯軋り音が響き渡る。よもやよもやだ。あの師直が我が分家の名将・塩冶高貞の妻に懸想するとは。尊氏様のお世話係だからと言って、デカ鼻執事は調子に乗ってくれているらしい。

 高階(非源氏)の分際で高貞(塩冶判官)に恥を掻かせる気なのか。稀代の姦雄・高師直の悪名の主たる原因となる事件の足音が、着実に近付いていた。

*1
建久年間において佐々木一族(六角家当主)と延暦寺の間で千僧供料の貢納を巡って争いが生じ、山法師が屋敷に押し入り乱妨狼藉を働いたところ、佐々木定重が迎撃して当時としては極刑ものの神鑑破損に及んだ。

これが原因で「建久二年の強訴」が発生。源頼朝は延暦寺の要求を呑み、佐々木一族の配流を決める。定重は山法師の手に堕ち、唐崎浜で首を刎ねられ晒された。

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