崇永記   作:三寸法師

14 / 202
▲6

〜1〜

 

 

 諏訪に隠遁した時行が初めて自ら発掘して得た郎党が吹雪という青年である。元服こそしていないが、その文武の才は並の大人では遠く及ばない程に卓越しており、時行にとっては最高の軍師であり師でもある。

 

 

「……あの吹雪と互角?坊と変わらない年齢で」

 

 

「千寿丸。君はここまで」

 

 

 仮に、千寿丸に子どもの肉体にとっては大きな年齢差があるにも拘らず、並外れた才を持つ吹雪と互角に打ち合えている理由について尋ねた場合、彼は双方の使う刀の違いが大きいと答えるだろう。

 しかし、それを差し引いたとしても、千寿丸の腕前は逃若党の一員として信濃の数多くの武者を目撃した玄蕃に冷や汗を掻かせる程に優れていた。

 

 

「まさかとは思うが、京には千寿丸みたいなのがゴロゴロ居るって言うんじゃねぇだろうな?」

 

 

「……分からない。だけど、あの格好であんな動きが出来る武者は相当限られている筈だ」

 

 

 裾を捲って多少マシになっているとはいえ、女装していては動作に少なからず支障が出かねない。にも関わらず、年上の吹雪と互角に渡り合う千寿丸の姿に、こちらもまた女物の着物を身に纏う時行はただただ息を呑むばかりであった。

 とはいえ、一騎打ちというのは永遠に続くものではない。

 

 

「すまん!遅くなった!」

 

 

「若様、大丈夫!?」

 

 

「まさか……あいつらに不意打ちでも喰らわせたってのか。確かに戦闘力自体はそこまで期待できる訳ではないが」

 

 

 別口で仲間あるいは手下を潜り込ませていたのは千寿丸だけではない。激しく刀がぶつかり合う音に反応した弧次郎と亜也子が堪え切れずに出てきた。

 千寿丸は橋裏に潜ませた手の者があっさりやられたのではないかと思い、思わず舌打ちをした。

 

 

「悪いな、千寿丸。こっからは三対一だ」

 

 

「……別に構わん。百対一でも良いくらいだ」

 

 

「余裕ぶっていられるのも今のうちだよ!」

 

 

「待って!」

 

 

 得物を持って剣呑な雰囲気を帯びた面々に向かって時行が文字通り待ったを掛けた。

 このまま戦いを続けさせた場合、千寿丸が三人の誰かに斬られるか、あるいは三人を前にしてなりふり構わなくなった千寿丸が手合わせであることを忘れ、取り返しのつかないことを三人にしてしまうのではないかと思ったのだ。

 

 

「本当にすまない、千寿丸。こんなことさせるつもりじゃなかったんだ」

 

 

「あっそ。それで?」

 

 

「君のことは諦める。たけど、それはあくまで一時的なものだ。私が君を、六角の家を賭けるに相応しいと思ったら、いつでも声を掛けて欲しい」

 

 

「……時行」

 

 

「皆、帰ろう」

 

 

 時行の鶴の一声によって吹雪と弧次郎が刀を納め、亜也子が薙刀の穂に布を巻く。それを見た千寿丸も臨戦態勢を解除した。

 

 

「弧次郎と亜也子、だったか?橋の下に潜ませたウチの者たちを殺してはいないんだな?」

 

 

「ああ、少し傷を負ってるけどな」

 

 

「気絶させちゃったから、そこはゴメンね」

 

 

「……なら良い。生きているなら鍛え直せば良いだけだ」

 

 

 これにて一同解散。別れを惜しむこともなく時行が郎党たちを連れ、千寿丸に背を向けて去ろうとした瞬間だった。

 

 

「亀寿!」

 

 

「……千寿?」

 

 

「六角は今の政権を良しとはしない。聞かせてくれ。お前は後醍醐を倒した後、六角にどのような恩恵を齎すつもりだ?」

 

 

 月明かりが夜道を照らす中、千寿丸の方に振り返った時行が目を輝かせる。すぐに時行は千寿丸に駆け寄り、その手を取った。

 

 

「何でも望むものを言ってくれ。従三位か?将軍職か?」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 従三位に到達した武士など建武以前では一握りしかいない。いくら宇多源氏佐々木氏が名門で、藤原道長の舅であった源雅信の子孫であるとはいえ、実現困難も良いところである。

 また、言うまでもなく将軍など夢のまた夢。例えば征夷大将軍の場合、三代実朝が甥の公暁に殺されて以来、摂関家あるいは親王を将軍に据え、実権は北条氏が握るのが鎌倉の通例である。

 源氏であれば良いというものでは決してないし、そもそも得宗家として六角を従えていた北条が自らその関係を変化させる謂れはない。たとえ将軍がお飾りの職であったとしてもである。

 

 

(こいつ……まさか自分は太政大臣や日本国王あるいは関白になるとでも?それなら俺を従三位だの将軍だのにするというのも()()分からんでもないが、そんな野心家ではない筈だよな?)

 

 

 主人の性格を知る逃若党の面々は興奮した時行の言動の原因についてある程度察するものがあり、これは一体どうしたものかと顔色を悪くして頭を抱えた。

 一方、褒賞の例として極めて大それたものを挙げた時行の意図を今一つ測りかねた千寿丸は、そっと時行の前に片手を翳した。

 

 

「流石にそこまでは……ただ」

 

 

「ただ、何だ?」

 

 

「聞いても驚くなよ?」

 

 

 千寿丸の念押しに時行は頷いた。しかし、それでも躊躇したのか暫く逡巡した後、ようやく千寿丸は口を開いた。

 

 

「……六波羅探題。その座を寄こすって言うなら、賭けに乗るだけの価値はある」

 

 

「ああ!約束する!」

 

 

 一連のやり取りに、政治または西国を知らない亜也子たちは首を傾げた。具合が悪いことに、この場で千寿丸以外に彼の要求がどれだけ大きいのかを正確に理解していた者は、かつてとある学校で文武を学んだ吹雪だけだったのである。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 一日の旧友を味方に付けてあからさまに機嫌を良くした時行は帰るや否やすぐに眠りについた。

 しかし、翌朝になって話を聞き、難色を示したのは時行の叔父である北条泰家である。何とも奇妙なことであるが、彼の額には「やりすぎ」という文字が浮かんでいた。

 

 

「六波羅探題は西国の武士たちを管理する幕府の要職。それを頼重殿らと何の相談もせず、六角の当主に約束してしまうのは幾ら何でも……」

 

 

「叔父上……」

 

 

「おいおい、旦那。幕府再興前から皮算用かよ」

 

 

 かつて北条氏らしく権力闘争に闘魂を燃やした泰家は不安そうに見つめる時行に観念したのか、理を説き出した。

 

 

「儂は幕府を再興したとして、かつてのように要職を北条氏一門で独占できるとは思うておらん。だが、六波羅探題に関しては話が別だ。朝廷との繋ぎ役でもあるのだぞ」

 

 

 後鳥羽上皇による承久の乱が終結してより京都守護の代替組織として置かれた六波羅探題は、西国武士の監督以外にも朝廷の監視をするための組織としての色も強い。

 加えて、六波羅探題は赤橋や大仏といった北条一族の中でも若く有能な人材が就くものとされてきた。経験者の多くが執権や連署といった更なる重職を担っていることが良い例である。

 

 

「分かるか?時行。六波羅探題は西を盤石にするための替えが効かない要石。それを六角に与えては、いつの日か北条と六角で天下分け目の争いをすることになりかねんぞ」

 

 

「……」

 

 

 昨日の、果ては何年も前の千寿丸の姿や彼と交わしたやり取りを思い返した時行は俯いて黙り込む。見かねた弧次郎が主人に代わって口を開いた。

 

 

「ってことはよ、泰家様。千寿丸は俺らの弱味につけ込んで、無理難題を要求してきたってことか?」

 

 

「ああ、そういうことになる。だが、難しいのは我々は下手に断れんということだ。一度了承した手前な」

 

 

 現在の時行たちは生殺与奪の権を千寿丸に握られている状態にある。もし今になって断れば、千寿丸が意趣返しせんと時行たちを奈落に落とす可能性が生まれてしまうのだ。

 

 

「申し訳ありません、叔父上。千寿丸の才なら六波羅を任せられるだろうと、先走ってしまいました」

 

 

「いや、才があるから逆に怖いというか……うむ、済んでしまったことだ。今は六角を味方に付けられたことを喜ぼう。めでたい。よくやったぞ、時行」

 

 

 今度は「祝い」という文字が泰家の額に浮かんだ。実際、西国地域に楔を打ち込めたという意味で、六角と誼を結ぶことができたことは捲土重来を期す北条側にとってかなり大きい。

 特に、千寿丸は尊氏や師直に近しく、加えて稀代の謀略家である道誉の宗家にあたる人物でもあるので、政権側の動きを察知しやすい立場にある。一概に切り捨てがたい旨味が千寿丸にはあるのだ。

 

 

「話は終わりましたかな?」

 

 

「公宗卿」

 

 

 泰家たちが話し合っていた部屋に入ってきたのは面長の顔に美しく描かれた眉がよく映えた西園寺公宗である。この屋敷の主人であり、北条との縁が西園寺家の生命線であったことから在京する泰家と時行を匿っていた。

 

 

「途中から聞いていましたが、何も難しいことはありません。泰家殿、ご存知でしょう?六波羅探題には北方と南方と二つも役職があるではありませんか」

 

 

「成る程。六角には南方の地位を与えておいて、より重要な北方は北条一門の誰かに任せるということですな」

 

 

「ええ。六角は探題の座を両方とも要求した訳ではない。これで万事解決です。それと、頼み通りに今現在の長井や太田、二階堂の状況を改めて探るよう家人に命じました」

 

 

「おお、かたじけない!」

 

 

「貴方の在京中に声を掛けるという訳には参りませんが、事を起こしてからであれば問題ないでしょう。全く、六角に声を掛けたのは僥倖でした」

 

 

 千寿丸が新政権への離反の意思を固めるにあたって時行に提案したのが、幕府の官僚であった二階堂らの取り込みである。

 いずれも六角とはこれまで婚姻による姻戚関係を築いてきた者たちであり、北条側に付く余地はある程度見込めるというのが千寿丸の言い分であった。

 

 

「さぁ、泰家殿。六角の取り込みはひと段落着いたことですし、再び()()()に取り掛かると致しましょう」

 

 

「ええ、全く。いやはや、しかし六角殿がよりにもよって今日近江に行かれてしまうのは残念だ」

 

 

「となると、()()()に誘うのは……」

 

 

「いやあ、厳しいでしょう。ただでさえ、どこに天狗の目があるとも知れぬ状況ですし、非凡とは申せども六角殿はまだ幼い。下手に()()()への助力を頼んで旗色を戻されても厄介ですし、今はそっとしておくのが良いかと」

 

 

「ふむ、それもそうですな。さぁ、行きましょう」

 

 

「ええ、そうしましょう。ああ、時行殿。今日も京を見物するのだろう?十分に気を付けられよ」

 

 

「ええ、叔父上もお気を付けて」

 

 

 この時、泰家と公宗が何について話していたのかは軍師である吹雪ですら要領をよく掴めず、ましてや時行や他の郎党たちは途中から碌に理解していなかった。しかし、生憎と時行は空気を読まずにあれこれ余計な口を挟むような性分の持ち主ではない。

 

 

 結果、時行は弧次郎や吹雪といった郎党と共に、大通りで待ち合わせる約束をした魅摩と合流するべく、西園寺邸を後にした。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 京に居ると魅摩に連れ出され、時行と合流させられる羽目になるからという理由で近江へ半ば逃げるようにして飛んだ千寿丸だったが、僅か五日目にして京へと舞い戻っていた。理由は明白である。

 

 

「悪かったな。うちでやる宴席のためにわざわざ京まで戻って来てもらうことになって」

 

 

「別に良いんだよ、多聞丸。ここから六角の本拠地まで数騎なら馬で一日掛からない位だし、そんな大した手間じゃないから」

 

 

 千寿丸と縁側に並んで座る多聞丸と呼ばれた少年はある程度あどけなさが残ってはいるものの、凛々しい顔立ちの持ち主である。

 

 

「それよりさ、久々に手合わせしないか?ほら、鹿肉を差し入れただろ?その代価としてさ」

 

 

「えぇ……まぁ台所に入られるよりはマシか」

 

 

「決まりだな」

 

 

 宴席を控えた屋敷の中で真剣を振り回す訳にも行かないため、山伏が使うような杖を構えて二人は向かい合う。

 

 

「「いざ!」」

 

 

 一方、庭において同年代の二人が激しく火花を散らす様を建物の陰から見つめる兄弟が居る。

 

 

「止めなくて良いんですか?兄上。もうじき他のお客人が来る頃合いじゃ」

 

 

「いや、少しの間二人の勝負を見てみたい」

 

 

「分かりました。では、義姉上が気付き次第、止めに入るということで」

 

 

「……」

 

 

 弟がその場を去って尚、兄は息子とその友人の手合わせの行方を注視する。天下有数の武勇を隠し持つ男の眼は手合わせをする当人たちの眼よりもずっと真剣味を帯びていた。

 二人とも普段は大人しい割にヒートアップすると手が付けられないという意味では似た者同士だ。実際、二人が杖を打ち合う音は時を追うごとに大きくなっていった。

 

 

「ちょっと、多聞丸!何してるの!?今日は宴席の日って知ってるだろう!?」

 

 

「もっ、申し訳ありません!母上!」

 

 

「あの、ご母堂。私が多聞を誘ったのです。あまり叱らないでやってください」

 

 

「佐々木殿、あまり()()()はなさらないようお願いします」

 

 

 多聞丸の母親は気性が激しい。しかし、それはあくまで身内相手にのみ発揮する性質であって、幼くとも他家の当主を相手に強気に出るような対応は決してしない。

 これでも新興勢力ながら京でも指折りの実力を持った武士の奥方であるのだ。その程度の礼節は当然のように弁えている。

 

 

「申し訳ありません。それで、ご父君はいずこに?」

 

 

「少しお待ちを……あなた!居るんでしょう!?出てきなさい!」

 

 

 この屋敷では母親が実権を握っている。すなわち、かかぁ天下である。奥方の言うことは絶対であり、亭主が逆らう余地はない。

 

 

「……いやいや、良き勝負でござった」

 

 

「見てたならどうして止めないんですか!?」

 

 

 奥方による熱気のこもった追求に対し、亭主の方はただただヘコヘコするばかりである。見る者が見れば、間違いなく挙動不審で気持ち悪いと断定することだろう。

 

 

「河内判官殿。ご挨拶申し上げます」

 

 

「これはこれは佐々木殿。息子の相手をしてくださったようで、何よりでござる」

 

 

「何を仰る。むしろその逆でしょう。それと、此度の宴席のご招待、感謝申し上げます」

 

 

 当世を代表する英雄の一人、楠木正成。類い稀な戦術眼と采配によって軍神と謳われる彼は、元は出自不明の者ながら今では守護として河内や摂津・和泉といった要衝を任されている。

 足利尊氏や新田義貞に比肩する討幕の功労者であり、家柄以外では千寿丸が及ぶ相手でないことは明らかだった。

 後に足利尊氏と干戈を交えることになる楠木相手に千寿丸が親交を温めているのは、経済上の理由に他ならない。水銀を扱う楠木氏は近畿の経済圏に対して一定の影響力を持っているのだ。

 

 

「それで、尊氏様はいつこちらに?」

 

 

「そのことなんだが、千寿丸。尊氏様は本日、到着が遅れるとのことだ」

 

 

「へぇ。そりゃまたどうして?」

 

 

「聞いた話では、武者所(帝親衛隊)に行く用事が出来たとか。一昨日来た使者によると、戌の刻(19〜20時)にお越しになるそうだ」

 

 

「はぇ〜。そりゃまたご苦労なことで」

 

 

 武者所から楠木邸までは馬を飛ばさない限り、かれこれ小一時間程度は必要である。つまり、尊氏は夕暮れ時まで仕事をしてから宴に向かうのだ。

 

 

「今宵の宴席は京極殿や塩冶殿もお越しになる。一族同士、酒を酌み交わすが良うござろう」

 

 

「父上。お忘れですか?この千寿丸は齢20になるまで酒を飲まぬと誓った変わり者として有名ですよ」

 

 

「変わり者……?この俺が?」

 

 

「だってそうだろう?他にそんな誓いをする者なんて聞いたことがない*1

 

 

(確かに、六角千寿丸は人とは違うところがある)

 

 

 実のところ、千寿丸という人物は名将・楠木正成をもってしても今一つ掴みどころの無い人物である。酒の誓いのように訳の分からないことをするかと思えば、近江で琵琶湖の水運を巧みに利用しているという面もある。

 

 

「兄上。塩冶殿がお見えに」

 

 

「おお、そうか。後で伺うと伝えてくれ。佐々木殿、今のを聞いたでござろう?」

 

 

「はい。しかとこの耳で」

 

 

 塩冶高貞。代々出雲国を任され、元弘の乱における功績によって隠岐国の守護も兼ねる彼は、佐々木一族の傍流である。

 当然、千寿丸は佐々木一族のトップとして高貞のことをよく知っている。しかし、千寿丸は"前世の記憶"を持つ身ながら肝心の高貞に待ち受ける未来を何一つ知らずに生きていた。

*1
禁酒そのものは三代執権泰時が試みるも結局失敗に終わったという事例が存在する




主人公の名字について
 氏自体は宇多源氏なので「源」ですが、名字に関しては六角と元来の佐々木を使い分けます。当時の文書を某データベースなどで確認した際には、個人的な感想として佐々木の頻度が高いとは感じたのですが、基本的には六角で通すつもりです。
 一方、道誉や魅摩については原作で佐々木道誉、佐々木魅摩と示されているので、基本的にはそれに準ずるつもりです。ただし、登場人物が道誉や魅摩を佐々木の分流として認識していることを強く示したい時には京極と呼ぶ場合も十分にあり得ます。
 ただ、書く時の気分によって上記の方針が揺れる可能性については否定しません。そこに関しては予めご了承頂けると幸いです。
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