崇永記   作:三寸法師

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◆10

〜1〜

 

 

 城下が俄かに騒がしくなっている。かなり久々に殿様が帰ってくるのだ。しかも、幕命で出兵準備まで行うらしい。事前に伝えられた殿様の命令曰く、「亜也子(望月甲賀三郎)()()()()()を離れ、いつでも出られるようにしろ」というのだから、敵将は相当な大物に違いない。

 普段は京住まいの殿様が本拠地・佐々木荘に到着するまで残り何刻もないという頃、私は城の座敷牢の目の前に顔を出していた。

 長い座敷牢生活が祟ったせいで、そこに居る者の顔は(やつ)れて髪の色艶も悪い。殿様の血で書かれたという呪符か何かのようなものが座敷牢の扉に幾枚も貼られ、脱出の気力さえも沸かないようだ。

 

 

亜也子(望月甲賀三郎)、何の騒ぎだ?これ。剣呑な雰囲気が漂ってきてるけど」

 

 

「……殿様がお帰りだって。反乱討伐に備えてさ」

 

 

「へぇ……敵は伊勢国の南朝武将・北畠顕能かい?大嵐で東国行きを断念して、父兄たちと離れて北畠氏の本拠地で抵抗してるって話だったけど……はン。四年前に三郎(あいつ)が無理に自分でやろうとせず、私をして(南朝)軍船団を沈めていたら、今日(こんにち)の戦は無かったのによ」

 

 

「さぁ……魅摩、どうも伊勢国討伐って訳じゃないらしいよ」

 

 

 一昨年(暦応三年)の十月下旬の殿様に比叡山総攻撃中止を命じるついでに下した命令により、魅摩が佐々木城の座敷牢で()()()()されるようになってからというもの、主に私が監視役の務めを任されている。

 ただ、私は甲賀衆所属の忍たちの訓練された妻女や甲賀望月党の人員を使う事ができる。偶にそうした者たちに監視を任せ、山を降りて訓練に勤しむ傍ら、一定の情報が耳目に入っていた。例えば、幕府(足利政権)による伊勢国の(南朝)軍対策だ。この間まで北朝の伊勢国守護(高一族の直義派武将・師秋)()()策士(道誉)が助ける陣容だったらしいが、この間から追加で足利一族の勇将の仁木義長も派遣されているそうだ。その後、幕府軍は勢いを得て連戦連勝で、顕家(規格外貴族)の次弟の北畠顕能は風前の灯という話だ。

 

 

「はン。どうだか。顕家の弟だったら、長兄の如き化け物じみた弓の腕が無いにせよ、同じ兵法の心得があって何ら可笑しく無いよ。仁木義長の派遣で武力の補強はできたかもしれないけど、たったそれだけで、一年も親父(京極道誉)を手こずらせた敵将(北畠顕能)が今更そう簡単に負けるとは思えないね。よしんば敗北しても、早々に立て直す筈だよ」

 

 

「……今に分かるよ。少なくとも今回の遠征先が伊勢国じゃないっていうのは確かな筋の話だから。魅摩だって分かるでしょ?苦戦の京極軍の尻拭いのため惣領の殿様が出陣する形になろうものなら、六角党の皆が道誉様に非難轟轟。でも、その様子は見られない」

 

 

「……そうだね。前に曲がりなりにも京極家が近江国守護職を一時奪ったせいで、六角家における親父の評判は取り返しがつかない程に悪くなってる。二年近く私がここに閉じ込められても、誰も解放するよう、三郎(主君)に提言しないくらいなんだ……塩冶高貞(判官)のせいでいよいよ絶望的さ。六角党の連中は、内心気落ちの御当主サマに同情しきりだ。憎い憎い京極道誉の種から産まれた私じゃなくてな」

 

 

「……」

 

 

 詳しいところは私も長らく殿様に会っていないため、(つぶさ)に把握できていないが、分家の有力大名の死で、かなり深刻なまでに心が傷付いたらしい。幕府に怪しまれないよう配慮して少しずつながら、殿様が京の六角邸勤めの侍女の数を減らしつつあるという話が密かに囁かれている。代わりに増えているというのが馬廻衆の数だ。

 蓋を開けてみると、殿様は主に吹雪(師冬)のような色の髪を双状に結んだ風の稚児らで周りを固めていた。ただ、殿様の顔色に特に問題があるようには思われなかった。むしろどこか生き生きしている。

 

 

甲賀三郎(望月亜也子)……見ない間にまた数段デカくなったようだな」

 

 

「……お互いにね。殿様、楽器の腕は鈍ってない?」

 

 

 試しに亡き塩冶様の妻・顔世様を連想させる問いを投げ掛ける。

 顔世様は元宮女らしく芸事に関して、田舎育ちの私がとても太刀打ちできない程、秀逸だった。特筆すべきは琵琶の演奏だろう。

 ただ、殿様はまるで顔世様の事など記憶にないとでも言うように得意げで、道中ずっと握っていたらしき()()を見せつけてくる。

 

 

「この胡桃。これで成長した身体でも問題なく扱えるだけの器用を再び得た。早いものだ。お互い齢十七か……だが、女子でまだデカくなるとは」 

 

 

「?……殿様?」

 

 

「何でもない。久し振りの佐々木荘……聞いていた通り、かつての賑わいを完全に取り戻し、六年前の陥落の影はもうどこにも無い。皆!今回は母上らに会う程の時間的猶予は無しだ。良いな!?」

 

 

「「「は!」」」

 

 

 我らが主・佐々木六角氏頼(近江三郎)様は御健在なりと郎党たちが漏れなく確認し、安堵の息を溢した。とはいえ、感傷に浸っている余裕も無いだろうという事で、僅かな者たちによる会合が早速催された。

 殿様の弟君たちや守護代ないし、それに匹敵する武将たちの十人足らずが膝を突き合わせる。その輪の側に甲賀者の代表として法体の私が座った。今も座敷牢の元婚約者・京極魅摩を差し置いて。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 美濃国の土岐氏が族滅の憂き目に遭えば、近江国の我ら佐々木氏も決して対岸の火事では居られなくなる。同じ外様大名として見捨てられる筈がない。軍議の場でまず初めにこの認識を共有した。

 これが分かっていないと話にならない。今後も建武式目の文意に反して政権を京に置き続ける足利氏にとって、近江国や美濃国に外様大名が君臨し続ける事がどんなに脅威か。決まりきったシナリオとはいえ、一旦足を踏み外せばどうなるか知れたものではない。

 初代将軍の尊氏様は気にも留めないだろうが、義詮以降の足利将軍はどう思うだろうか。美濃国・近江国にそれぞれ外様大名がいるなら容易に挿げ替えられずとも、片翼では掌を返すが如き筈だ。

 

 

我ら(佐々木一族)と土岐氏は差し詰め、比翼の鳥だ。分かったな?今後二百年近くはそうあると思え……土岐氏を喰い破って良いのは(まむし)のみ」

 

 

「ま、蝮……?」

 

 

「兄上。それは土岐氏が毒殺で滅びるという事ですか?」

 

 

「解釈は任せる……我らの子孫が土岐氏を喰う分には別に構わん」

 

 

「……ともあれ、皆!殿は土岐氏滅亡が今でないと仰せだ!」

 

 

「「応!」」

 

 

 予め京で話を通した者たちの一人という事もあるが、やはり馬淵義綱は守護代というだけあって、よく我が意を汲んでいる。定期的に近江国と京を行き来させ、構造上の権力の偏りが起こらないよう防いでいるとはいえ、信頼のおける部下である事に変わりない。

 守護代(馬淵義綱)の一声で皆の表情から困惑の色が消えた。さぁ、ここからである。彼らは一緒に建武の乱(危ない橋)を乗り越えた仲間だ。今回も共に危険を乗り越え、我らが安泰の未来を掴むべく励もうではないか。

 

 

「予め言っておく。この件で近江国の留守を預かりし者たちを責める気はない。万が一、責を負うべき者が居るならば、それは当主の俺に他ならん。仮に我が身に何かあれば、六郎に託したい。九州の大友氏で若輩の四男が家督を継いでいたようにな。五郎(山内定詮)は既に之を承知してくれているが……四郎(直綱)、お前もまた呑んでくれるな?」

 

 

「はい。我が才能の限界は知っております。逆に安心致しました」

 

 

「そうか……では、この場に集っている皆に告げよう。土岐頼遠(弾正少弼)殿は俺が逃した。俺自身の判断で、直義が諸々の決定をするより前に頼遠(弾正少弼)殿を京から逃し、我が近江国を密かに通過させ、本拠地(美濃国)へ返したのだ。頼遠(弾正少弼)殿は今、反乱を画策している。直義(弟殿)排除のために」

 

 

「「!」」

 

 

 今の言葉でこの場の皆は改めて秘密を共有する仲間になった。

 だが、話はまだ終わっていない。むしろここからが味噌である。

 

 

「もし頼遠(弾正少弼)殿が婆娑羅諸将と通じて直義(弟殿)の武力排除を企てた場合、勝算はかなりあるだろう。だが、勘違いするな。俺はそのために(弾正)(少弼)殿を逃したのではないぞ。土岐惣領たるべきは頼遠(弾正少弼)殿ではなく、その甥の頼康(刑部少輔)殿だ。新惣領を推し上げるための第一歩に過ぎん」

 

 

「第一歩という事は……続きがあるのですな」

 

 

「そうだ、伊庭。だからこそ、俺は噂を流すと同時に、直義(弟殿)に吹き込んだのだ。頼遠(弾正少弼)殿が南朝に通ずるつもりではないかという真っ赤な嘘をな。そんな話は知った事ではないが、これで直義(副将軍)をして頼康(刑部少輔)殿宛ての将軍御教書を得る事ができた。叔父(土岐頼遠)と反目するべしと」

 

 

「「おお……!」」

 

 

 これは土岐頼康(刑部少輔)にしてみれば渡りに船だろう。頼康(刑部少輔)から見た叔父の頼遠(弾正少弼)は目の上の()()()()でしかない筈だ。あの武将ならきっと(弾正)(少弼)が居なくても、自分で奥州(北畠顕家)軍を破れたと言い張るような気概を有しているに違いない。早く惣領になりたくて仕方なかった筈だ。

 政治力において頼康(刑部少輔)は決定的に叔父(土岐頼遠)を上回る。義経(九郎判官)頼朝(鎌倉殿)にやられたように如何なる名将も政治で負ければ、対抗する術はない。

 そこへ将軍御教書が到着すれば、勝敗は火を見るより明らかだ。

 戦で荒技を使う以前に、土岐頼遠(弾正少弼)は優秀な(頼康)に惨敗を喫する。

 

 

「皆はこれより戦支度を。副将軍の同意がある故、一味と幕府に思われる事はない。美濃国へのこけ脅しのためだ。大軍を集めよ」

 

 

「「は!」」

 

 

「……して、兄様(あにさま)はこれより」

 

 

「よくぞ聞いてくれた、定詮(五郎)。美濃国を陥すには調略が欠かせぬものと相場が決まっている。俺は行くぞ。絶賛渦中の美濃国へ!」

 

 

 佐々木惣領(六角家当主)としても将軍(尊氏様)の烏帽子子としても為すべき事を為す。

 幸い、盤上は俺の思うがままに進んでいる。このまま落ち着いてやりさえすれば、林檎が木から落ちるように自然と成るだろう。

 パズルを埋めるような快感がこの身に走る。美濃国はいずれ半済令の対象となる国の一つだ。その国主には頼遠(弾正少弼)より頼康(刑部少輔)が相応しいと誰もが言うに違いない。観応の擾乱のための試運転は上々だ。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 案の定、密会の場で頼康(刑部少輔)は乗ってきた。ただ、やはり新土岐惣領に相応なだけあって、決して簡単な人物ではないようであった。

 というのも、僅かな情報だけで企みに気付いたらしかったのだ。

 

 

「この俺が気付くという事は、御舎弟殿も同様で、尚且つ御辺を泳がせている可能性がある……叔父(土岐頼遠)の粛清は全く構わぬが、そこがちと懸念材料だな。将軍の御教書ありとはいえ、叔父(土岐頼遠)以外の赦免を約束するものではなかろう。政治で叔父(土岐頼遠)の挙兵を阻止したとしても、天下万民に我が誠意を示せる訳でもなし。さりとて正面衝突は土岐氏全体の力を大いに損なう。それこそ副将軍の狙いなのでは?」

 

 

「厳密に言えば、否定できません。されど、これより更なる一手が控えております。頼康(刑部少輔)殿、どうかここはお任せ願えませぬか?」

 

 

「六角殿……分かっておられよう?他人に自らの生殺与奪の権を握らせる事がどれだけ危険か。生憎、副将軍は我が一族の命運を握らせるに値しない。六角殿とて同じ思いであろうよ。根本的に副将軍を信じておられぬのだ。御辺の魂胆如き、軽く透けて見えるぞ」

 

 

 鎌倉以前から付き合いのある氏族には分かるらしい。塩冶高貞(判官)が滅んだ件で俺は将軍執事の師直だけでなく、副将軍の直義にも沸々怒りを抱いているという事を。猪肉を食べさせて密かに桃井軍への同行を許した程度で、有耶無耶にできると思ったら大間違いだ。

 本来なら尊氏様をお止め申すべき立場であるところ、あの副将軍が桃井・山名の両将に命じて塩冶を討たせたようなものなのだ。

 

 

「……これは異な事を。私は将軍の烏帽子子です。直義(弟殿)の下に付いて陪臣のようになるつもりは毛頭無い……外様大名の矜持と思って頂きたい。頼康(刑部少輔)殿、今こそ明かしましょう。諸家の頭(外様筆頭)にして貴方の御祖父君・土岐頼貞(伯耆入道)殿が生前、この佐々木惣領(六角家当主)に遺した言葉を」

 

 

「……お祖父上が?」

 

 

 以後、土岐家当主になろうという者に、大体一回りほど世代が下とはいえ、佐々木惣領の俺が遅れを取るばかりでは宜しくない。

 人を動かすには()()が存分に効果を発揮するものだ。今回の俺のモチベーションに今は亡き諸家の頭(土岐頼貞)の遺志が関わっている事は間違いないのだ。頼康(刑部少輔)の後押しにこれほど優れたものはないだろう。

 

 

「くそッ……嘘か誠か、代表的な西国武将の御辺の目から判断するのは極めて危険だが、本当の事のように思える。それに、仮に本当の事だとして……お祖父上。それなら叔父上を経由させる等という面倒な事はせず、俺に疾くと家督を継がせれば良かったものを」

 

 

「全くです……と言いたいところなれど、今思えば、頼貞(伯耆入道)殿は頼遠(弾正少弼)殿が不満に思って南朝へ走る事を恐れたのやもしれません。翻って貴殿は決して南朝降伏のような浅慮を働く御方では決してない」

 

 

「ハハ……叔父上の武力のみならず、この俺の天下一品の見識すらも家督相続の仇になったって?笑えねェ。笑えねェよ。六角殿」

 

 

 きっと土岐頼康(刑部少輔)は気が気でない筈だ。その額を抑えて嘲笑う言動から分かった。叔父(土岐頼遠)の前代未聞の蛮行によって、本来の血脈から言えば家督を継げた筈の自身を含め、一族郎党全てが存続の危機に晒されている。今まで抑えられていた筈の頼康(刑部少輔)の動揺が、ここに来て見え隠れしていた。その祖父(土岐頼貞)の話が思わぬ形で功を奏したのだ。

 今の頼康(刑部少輔)の感情は多少覚えがある。俺だって道誉の妙法院焼き討ち事件を知った時は忸怩たるものがあった。高貞(塩冶判官)の時も然りだ。

 

 

頼康(刑部少輔)殿。覆水盆に返らず……叔父君の行動は公のものになって、北朝の幕府(足利政権)への抗議で副将軍は本気になっている。あの執権政治狂は本気で族滅する気だった。きっと今もそうしたくて仕方がないに違いなく。ただ冷徹に正義執行の機会を虎視眈々と狙っている」

 

 

「……単刀直入に聞きたい。御辺の考える族滅回避の方法は?」

 

 

「我が一族の国師を動かしまする。頼康(刑部少輔)殿におかれては、ただ叔父君の挙兵を差し押さえ、出頭へ導くだけで十分。佐々木軍が護衛に付くと思えば、頼遠(弾正少弼)殿も納得するでしょう。その記憶にもある筈ですから。夢窓国師は鎌倉幕府の頃、土岐氏の世話になった事が」

 

 

 南朝降伏の噂が立った以上、頼遠(弾正少弼)は理解している筈だ。婆娑羅武将たちと手を取り合い、幕府の実権を狙う考えは実現不可能なものになってしまったと。そこへ夢窓疎石やその出身氏族である佐々木軍からの仲介の申し出となれば、必ずや乗ってくるに違いない。

 否、乗らざるを得ない。土岐頼遠(弾正少弼)の野望は早晩終わるのだから。

 一騎当万の剛将だが、決して頭は悪くなく、和歌の腕も歌集選出レベルで顕家(規格外貴族)より上手い。落とし所を探る手がある事を理解している筈だ。それを俺と頼康(刑部少輔)が共同で謀り、逆手に取ってくれよう。

 数十日後、間も無く年末というタイミングになり、土岐頼遠(弾正少弼)(ようや)く武力による抵抗を諦め、夢窓疎石の臨川寺を訪れる事にした。

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