崇永記   作:三寸法師

148 / 202
◆1

〜1〜

 

 

 北野天満宮の祭りの日、佐々木一族の我らをどういう訳か隣国の土岐氏の者と誤認してくれたらしい殿上人の醜態が、郎党たちや行き交う人々を笑わせた。斯く言う俺も胸が空いた気分になった。

 これなら手持ち無沙汰に紅葉の枝を弄ぶ事もあるまい。同行人の同族武将・京極秀綱(源三判官)の眼前で、俺は紅葉の枝を道に投げ捨てた。

 乾いた着地音が響く。瞬間、道誉の嫡男の秀綱(源三判官)が僅かながらに肩を震わせる。勿論、俺はその挙動を訝しみ、同時に思い出した。

 

 

「ん?そう言えば、秀綱殿。先程、何か言い掛けて無かったか?」

 

 

「は……宗家。今は康永二年の秋にございます」

 

 

 康永二年(西暦1343年)秋、一世一元の制が影も形もない中世につき、元号はコロコロ変わっている。今の「康永」にしたって、法勝寺が焼けてしまったからと改められた元号なのだ。もし二十一世紀だったなら、そんな事のための改元で税金を使うなと一部で非難轟轟だろう。

 しかし、祭りの日だから一緒に遊ぼうと誘ってする話だろうか。

 

 

「応。それが如何したか?」

 

 

「尊氏様は京極佐々木家をお赦しになり、元は塩冶殿の領国であった出雲国の守護職を与えてくださりました。既に暦応年間の分家どもの罪は水に流されたものと考えます。ですが、宗家は今も御不快に思っていらっしゃるご様子です。宗家、罪の赦しを乞います」

 

 

「……」

 

 

 誰が聞き耳を立てているとも知れぬ京の路傍でよくもそんな話をするものだ。俺は呆れて舌打ちしそうになるのをぐっと堪えた。

 京極家後継の秀綱の魂胆が透けて見えたのだ。だが、秀綱はこれでも郎党が傷付けられたと分かるや否や、寺の若宮を惨殺する程度には胆力のある人物だ。衆目のあるところでなら、俺が無闇矢鱈と感情を剥き出しにしないとでも踏んだのか。というより、何か俺が下手に発言すれば、人前で恥を掻かされたと逆上するつもりかもしれない。今は室町時代初期なのだ。その理屈も存分に通り得る。

 だが、俺は佐々木惣領(六角家当主)だ。分家の跡取りの賢しい真似に屈する訳にはいかない。先程のみっともないドジっ子殿上人と違うのだ。

 

 

「俺が不快に思ってるとする、その根拠は何だ?」

 

 

「……お戯れを。我が妹・魅摩の処遇にございます」

 

 

「ミマ……ああ、はいはい。思い出した」

 

 

 あの神力持ちの破廉恥娘か。俺は嘆息して内心、そう溢した。

 大方、仮に京極家の娘が依然、佐々木城で幽閉されたままであると外に漏れた場合、人聞きが悪く道誉の面子に関わると言いたいのだろう。謂わば、道誉の出雲国守護就任に伴う待遇改善要求だ。

 ふと比叡山総攻め中止命令の切っ掛けとなった、尊氏様からの祇園社領に関する注意書きが脳裏を過った。あの書面には手間を掛けさせるなという尊氏様の御意思が微かに含まれていた。そのため、俺は総攻めの鍵と見ていたミマを佐々木城の座敷牢に閉じ込める事により、謝意を示したのだ。あれから三年が経とうとしていた。

 

 

「思い出ッ……失礼、取り乱しました。宗家、我が父は貴方様のお気持ちを慮って何も申しませぬが、正月ですら会えないとなると、我が京極佐々木家が軽んじられているようで、不安になります」

 

 

「……秀綱殿。一つ確認したいのだが」

 

 

「は」

 

 

「俺はそなたら京極家を重んじ、幕府政治への関与を任せている。また、確か以前、道誉殿(貴殿の御父上)から了承の旨があった筈であるぞ。にも拘わらず、その言い草。この()()への指図と捉えるべきなのか?」

 

 

「!?」

 

 

 身体の成長に伴ってかなり低くなった地声で告げる。秀綱は言葉を失い、護衛として同行の佐々木氏の若党たちが皆一様に硬直して間もなく、秀綱を睨んだ。よもや序列を逆転させる気ではないだろうかと。佐々木惣領の座は依然、六角家当主の我が掌中にあり。

 幕府中枢に道誉が喰い込んだところで、一族内では嫡流筋の六角氏が上回る。その事を如実に示しているかのような一幕だった。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 あれ以来、喧しくする者も皆無になった。煩わしくない日々というのは実に快適である。ただ観応の擾乱に備えるだけで十分だ。

 そう思っていたところ、青天の霹靂と呼ぶべき事案が発生した。

 

 

「尊氏様に姿形が酷似した若者……何だ?それは」

 

 

「は。近江国の各関所より次々と注進がございまして。特に怪しいところはない故、規定通り通行料を払って貰って通したと。その名前は今熊野と申すらしく、どうも昨晩は鏡宿に泊まったようで」

 

 

 配下からの報告に俺は首を傾げた。尊氏様の顔自体は前線の物々しい御自害未遂のため、知れ渡っているが、かと言って似ている若者がいると関所の者たちがこぞって報じるとは、尋常ならざる事態である。あまりにも似過ぎて尊氏様の縁者としか思われないため、無理に止める訳にもいかず、守護への報告に留めたのだろうか。

 何しろ俺は近江国守護にして将軍の加冠を受けた身だ。一介の関所の門番たちより、その辺の融通が幾分効くというものだろう。

 

 

「今熊野……聞いた事がない。尊氏様の御子は昔、竹若丸様が御内人どもに惨殺された上、義詮様以外は皆西国生まれ。無論、副将軍に子は居ない。となると庶流の家の子か?他人の空似の線は?」

 

 

「いえ、受け答えから確かな知性が感じられたと。衣の紋も明らかに足利家の家紋・二つ引両を連想させるものであったそうです」

 

 

「……何か引っ掛かる」

 

 

 足利氏は大氏族だけあって、かなりの人員がいるが、足利兄弟に風貌が似ている者は稀だ。例えば、斯波氏や渋川氏の者でも違いが感じられる。遠縁同然の豚カツ(細川顕氏)の場合、話にもならないだろう。

 この時、俺は先の記憶と関係無しに酷く嫌な予感を覚えていた。

 

 

「殿。如何致しますか?」

 

 

「藪を突いて蛇を出すのも困るが……今の俺は検非違使だ。その今熊野が不埒の輩であったとしても、京で捕縛する事ができよう」

 

 

「……では、近江国は通すのですな?」

 

 

「やむを得ん……守護国で足利氏の縁者を不当に害したとなれば、尻拭いが効くまい。これを機にまた他の者に変えようという話になりかねん。だが、令外官の検非違使として白昼堂々素性を尋ねた上でなら、その心配はない。伊庭。その者の動向、逐一知らせよ」

 

 

「は!」

 

 

 結論から言えば、俺はこの時の判断をかなり後悔する事になる。

 翌日、その青年は京に姿を現した。成る程、関所の者たちが通すだけ通して報告だけ寄越す訳だ。明らかに尊氏様を彷彿させる。

 とはいえ、全く知らない者だ。これでも中先代の乱の後に暫く鎌倉にいた身だ。本当に足利氏の縁者なら、そこで見かけた事くらいある筈だが、全く覚えがない。職務質問は十分に業務の範疇だ。

 

 

「そこの者、止まれ!旅人か?見掛けぬ顔だな?」

 

 

「……(オレ)か?」

 

 

「我こそは佐々木判官なるぞ。貴様、その衣は何ぞ?将軍家の二つ引両を割った紋、何と不吉である事よ。何処の田舎で贖った?」

 

 

「母上からの戴き物だが……その齢。貴殿が近江国守護の──」

 

 

「……ほう。よくぞ見破った。()()()()()なぞ世に数多おるのに」

 

 

 視線が交わり、俺は冷や汗を掻いた。これは他人の空似なのか。

 眼前の青年は風貌ばかりか、雰囲気まで尊氏様にそっくりだ。

 歳は俺とほぼ同世代のようだ。となると、尊氏様の亡き兄の高義の遺児という線は歳が合わないため、まず考えられない。そもそも関所の報告による今熊野という名前自体、明らかな幼名である。

 推定だが、齢十五を超えても未だ元服を済ませていないらしい。

 

 

「佐々木六角氏頼殿。貴殿は将軍の烏帽子子であると聞いた」

 

 

「詳しいな。近江国で聞き込みでもしたのか?知らんけど……それで?」

 

 

「手間が省けた。(オレ)は今熊野という者だ。氏頼殿、検非違使の勤務中に申し訳ないが、是非この(オレ)を将軍にお取次ぎ願えぬか?越前局の息子が参った。そう足利御兄弟または高・上杉家にお伝えを」

 

 

「ん、ん〜?」

 

 

 有無を言わせぬ迫力が尊氏様を想起させ、俺は折れてしまった。

 さて、当時まだ俺は直義を見限っていなかった。塩冶事件で高兄弟と距離があるため、まず直義に尋ねてみる事にしたのである。

 今熊野も越前局も今まで噂すら聞いた事もないが、取り敢えず確かめてみよう。こうした(ぬる)い判断がいよいよ拙かった。眼前の今熊野もとい後の直冬こそ、諸悪の根源だったのかもしれない。その事に気が付いた時には既に遅かった。足利直冬は将軍(尊氏様)に拒絶されておきながら、幕府に副将軍(足利直義)の後継として迎え入れられたのである。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 直義だ。将軍の尊氏様が「嫌な匂いがする。好かん」という発言で暗に起用は外敵を利するだろうと不安を口にしたにも拘わらず、副将軍の直義は己が養子という将来多くの権限を譲渡され得る立場を用意し、庶長子の直冬を推し上げたのだ。今回ばかりはいよいよ見損なった。直義は正気を失ったのか。これで鎌倉の義詮(次期将軍)が枕高くして眠れる筈がない。少し前の官位昇進の歓喜が瞬く間に吹き飛んだに違いない。正五位下など俺にとってはまだ先の話なのにだ。

 返す返すも口惜しい。直冬が近江国を通った際に、漠然とした嫌な予感を信じて、密かに葬っておくべきだった。今熊野なる不審者が守護大名として名のある足利庶流の子であれば、後々面倒だという杞憂を抱くべきではなかったのだ。お陰で最悪の結果が出た。

 

 

「そもそも内々に聞いた事によらば、実のところ越前局とはかつて将軍と()()()()()を交わした女房に過ぎぬという話だ……尊氏様がお忘れなのを逆手に取って、直義(弟殿)が越前局は昔の側室だと吹き込んだのだ!師冬殿、これまで直冬が何処に居たか知ってるか!?」

 

 

「……いえ、知りませんが」

 

 

「東勝寺だよ!北条氏の菩提寺で侍童をしていたらしい!しかも、北条高時たちが自害した日も変わらずな!これで何が側室の子か!竹若丸様を思い出せ!東海道で不幸にも諏訪・長崎氏に遭遇して惨殺されし哀れな庶子だ!竹若丸様と今熊野!この待遇の差よ!」

 

 

 関東執事の任を終えて西国に帰還の師冬(高三河守)に対して捲し立てる。

 方や伊豆山権現からの脱出の手筈が用意された竹若丸、方や同じ鎌倉在住でも赤橋登子(執権の娘)の胎より産まれし嫡男・義詮を優先するという方針によって東勝寺で置き去りの今熊野(足利直冬)である。十年以上も前の討幕時から違いは明らかだろう。しかも、中先代の乱から箱根竹下合戦までの間、今熊野の名は全く耳にしなかった。足利氏から忘れ去られていたのである。それを何故か、直義は今更遇している。

 そもそも東国の南朝勢力が朽ち、足利幕府が揺るぎなくなった時になって今更現れた直冬に問題があるだろう。あれでは伝説の宝くじだか万馬券だかの当たった途端に寄り付く自称親戚のようだ。

 何の魂胆があるにせよ、副将軍(足利直義)義詮(次期将軍)の不安の種を拾って発芽させたのは事実だ。直義(弟殿)はもう駄目だ。この際、塩冶高貞の事件を水に流してでも、再び高一族に近付こう。師冬上洛はその好機だ。

 

 

「氏頼殿……試みにお尋ねしますが、足利直冬の才覚の程は?」

 

 

「……何だ?京の高一族は冷遇の直冬を嘲笑った立場だぞ。直冬に如何程の才覚があろうと、合理主義の将軍執事(高武蔵守師直)殿は買うまいよ」

 

 

「大体分かりました……直冬の実力は佐々木惣領の貴方より上と」

 

 

「おい!そんな訳ねェだろ!」

 

 

「冗談です。ただ、副将軍の考えは察しが付きます。きっと渋川(刑部)(大輔)や斯波家長(陸奥守)といった若き戦没者らが生きていれば担う筈だった役割を直冬なら一身に担える。そう見込んでの養子取りでしょう」

 

 

「!?……つまり、亡き庇番衆主力たちの後釜か!」

 

 

 前関東執事の師冬による目から鱗の話で、俺は十年前に一時的に訪れた鎌倉将軍府の情景を思い出した。思えばあの時、直義は権限豊かな今と比較にならないほど生き生きしていた。その理由は明白だろう。義季(刑部大輔)家長(陸奥守)らの才能の発芽に希望を抱いていたからだ。

 しかし、彼らはもうこの世に居ない。中先代の乱で渋川義季や岩松経家(兵部大輔)、今川範満(刑部少輔)、鶴子ちゃんが討たれ、九州の犬塚原合戦では一色頼行(右馬権頭)が戦死し、最も若い家長(斯波陸奥守)が顕家軍との戦で命を落とした。

 そうした者たちに代わり、直冬はプロスペクト武将として期待されている。文武で抜群の才があると聞いているとはいえ、この見方は意外だった。てっきり直冬が上洛早々、何らかの手段──例えば隠し持った神力──で直義を洗脳し、副将軍の後任の座を得て幕府の大権を握ろうとしているのではないかとも疑っていたのだが。

 

 

「ん?師冬殿、もし本当にそうであるとするなら……渋川義季や岩松経家に纏めて匹敵する武力、今川範満顔負けの突破力、石塔範家のたゆまぬ努力、一色頼行の男前、斯波家長級のキレのある頭脳。これらを直冬が兼ね備えている事にならないか?怪物染みてる」

 

 

「彼らの子弟が今後、直義派として活動するものか要審議ながらも健在ですし、そこまで直冬一人にテンコ盛りとは思いませんが……尊氏様の()()()()にして、直義が自らの後継にと見込む男。これに怪物の気がない筈がないでしょう。ただ、次世代競争で負けるとは思いません。この私が西国に呼び戻された事自体が理由の一つ」

 

 

「……確かに今やお前の評価は春日を凌いだ。あれは桃井や武田・細川ら幕府軍主力を男山で迎撃し続け、結果として師直殿に火を用いさせた名将だったが……成る程、直冬が敵う相手ではないな」

 

 

「ええ。外部の敵が殆ど片付いた今、春日討伐は間違いなく大きな実績です。ですが、次世代競争で直冬に引けを取らない理由は他にもあります。お分かりですか?直義は大きな過ちを犯しました」

 

 

「……それは?」

 

 

「直冬を迎え入れ、結果……直義は現外様最強武将を失いました」

 

 

「!」

 

 

 瞬間、俺は歓喜に打ち震えた。師冬が東国に居た間、俺が直義に接近していた事がバレているのは些細な話だ。初めて外様最強武将と呼ばれた。六角壬生で俺の刃が届く前に自ら戦意喪失の頼遠(弾正少弼)の在りし日の姿が脳裏を過ぎる。長らくの目標が漸く叶った気分だ。

 そうだ。頼遠(弾正少弼)と同じ芸当は今の俺なら可能だ。しかも、より進歩した形で叶えられる。もう誰にも負けない。たとえ顕家が十万騎の蛮兵と共に地獄から舞い戻ろうと、今の俺なら必ず勝利できる。

 

 

「師冬殿……素晴らしい。素晴らしい!やっぱお前こそ"冬"だ!」

 

 

「尊()様が()みとする武将……貴方は齢十九になり、その諱名に違わぬ力を手に入れた。私と貴方が組めば、足利直冬など恐るるに足りません。いずれ()()()が第二代将軍執事となる。その時、貴方が外様最強として私を支える。この布陣で天下を席巻するのです」

 

 

「ああ!一緒に尊氏様、及び二代将軍・義詮様を盛り立てよう!」

 

 

 思わず師冬の両手を取り、為すがまま振っていた。観応の擾乱の先にある景色がどんなものなのか、具体的に予想図が描けるという訳ではない。ただ、尊氏様から嫡男(足利義詮)にバトンが渡されるという事は確かだ。我らが働き盛りの歳になり、義詮政権を盤石なものに。

 新たな目標を見定める。直義も師直も擾乱という荒波に呑まれて死ぬが、俺たちは生き残る。佐々木惣領(六角家当主)の俺が「武」を、高一族の後継の師冬が「文」を担おう。酒も無く、夢物語に酔いしれた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。