崇永記   作:三寸法師

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偶に参考資料を調べる過程で小笠原貞宗の位階が三位であったとするものを見掛けますが、将軍家の生まれでもなければ、精々四位までが限界ではないかという考えの元、原作にもある従五位下を採択しました。この事を予め踏まえた上でお読み頂けると幸いです。
同じ人物でも史料毎に記述が違うケースが往々にしてあり、先生方は大変だなぁと趣味(?)レベルから他人事のように見ております。


◆2

〜1〜

 

 

 年が明け、康永四年(西暦1345年)。観応の擾乱まで残り五年となった。直冬出現や師冬上洛を機に、俺は佐々木惣領として高一族に再接近する意思を固めたものの、露骨な直義派からの離脱はまだ控えている。

 師冬と相談の上で、当面は直義派閥の内情を探り続け、高一族にとっての我が価値を高める方針を採ったのである。師冬からしても自らの粘り強い交渉のお陰で、近江国守護を敵対派閥から引き抜く事ができたとあれば、高一族における発言力も更なる凄みを得るというものだろう。つまり、時間を置いて旨味を倍増させるのだ。

 ただ、俺としても一応の保険が欲しい。すなわち、罷り間違って高一族とも直義派閥とも敵対した場合に備え、持明院統の心象を改善したいのだ。道誉(佐渡判官)の妙法院焼き討ち事件以降、佐々木氏はどこか朝廷から腫れ物扱いされている感があったが、一族代々の先例から京の治安維持に携わる検非違使の一員になったのは僥倖だった。

 

 

「神妙にせよ!賀茂祭の最中であるぞ!」

 

 

「な!?検非違使!?」

 

 

「狼藉者め!大人しくお縄について貰おうか!」

 

 

 四月十九日、興福寺や東大寺の僧兵たちの不穏な動きのために上皇が欠席という物々しさで行われた賀茂祭において、複数人を刀で斬りつける不埒者が現れ、この俺自ら検非違使として捕縛した。

 この年(西暦1345年)、俺はそれまでの通称ではなく、先代当主(六角時信)と同じ大夫判官という立場で売り出し始めた。また、程なく従五位上として近江守も兼任する事になり、盤石の「太守様」らしい地位を確立した。

 

 

「差し当たり祝意を表するべきか?氏頼(大夫判官)殿」

 

 

師匠(貞宗殿)……全ては尊氏様のお引き回しのお陰です。尊氏様が源姓幕府を再興してくださったからこそ、大名たちが今までにない恩恵に預かれるというもの。尊氏様の恩威こそ史に刻まれるべきです」

 

 

「ふん。過度な謙遜は嫌味に聞こえるものぞ。足利幕府では同じ守護大名だが、そなたは弱冠二十歳にして、従五位下・治部大輔の儂を抜き去りおったのだ。羨ましい限りよ。もっと素直に喜べい」

 

 

 官位はこの時代でも何だかんだ大切である。力ある大名がこれを誇示すれば、地方武士たちは圧倒されざるを得ない。要は地盤固めの上で重宝するのだ。逆に言えば、官位の見込みも履歴もない武将はその分だけ苦労を強いられるという恐ろしい現実が存在する。

 ふと信州の守護大名・小笠原貞宗を前にして、遥か昔の名前を思い出した。この五年、かつての中先代こと北条時行(相模次郎)は表舞台に姿を現していない。型破り綸旨とやらの諸刃に気付いたのだろうか。

 今更どれだけの苦労を重ねようとヤツ(北条時行)は諸侯にすらなり得ない。

 持明院統と()()を戻せる由もなく、故後醍醐天皇より永遠に小勢力のままであれという呪縛を課せられ、一国の支配者になる道さえ絶たれたのである。つまり、時行(中先代)の戦いは見返りを得られないものになった。北条時行にしろ、風間玄蕃にしろ、祢津弧次郎にしろ、南朝軍と高師冬軍の戦いに終ぞ現れなかった事から考えば、彼らはこれ以上の悪足掻きの虚しさに気付いたしか考えられなかった。

 

 

師匠(貞宗殿)。近江守自体は京極家後継の秀綱や先に死んだ塩冶も経験しています。まだまだ道半ばですよ。以前、北朝に帰順した元敵将の千葉殿は従四位下……いずれは私もその高みに到達しなければ」

 

 

「従四位下か。これも時代の移り変わりよ。鎌倉幕府の頃には御家人の従四位下なぞ、そう気安く考えられなかった。それが今や名実ともに武家の棟梁の足利宗家でなくとも、有力大名が幾らでも()()を目指せるようになった。老い先短き儂には些か厳しそうだが」

 

 

「何を仰る。師匠(貞宗殿)ならば明日にでも」

 

 

「……あって追贈よ。官位の夢は息子(政長)にでも任せるわ」

 

 

 結果的に実質一代で信濃国最強にのし上がった小笠原貞宗(治部大輔)は従五位下の位階のまま、数年と経たずに生涯の幕を下ろす事になる。

 その代わりとは言い難いが、豚カツ(細川顕氏)がかつての強敵・北畠顕家との度重なる交戦の軍功に免じてか、従四位下・陸奥守になった。

 閑話休題、天下きっての弓術師・小笠原貞宗の寿命が迫りつつある事は本人の痩せ具合を見ても嫌でも察せられる。聞けば、五年以上も前から体調を崩し始め、回復力が相当低下しているらしい。

 

 

「氏頼殿。成長痛とやらも二十歳になって、すっかり良くなったであろう?今宵、我が屋敷に来て、政長も交えて酒を飲まぬか?」

 

 

「酒……ですか。その、来年の十二月二日まで待って頂く事は?」

 

 

 亡き家長(斯波陸奥守)のような天下一品の才子に劣るところがないとは言い難いものの、それでも当世に生まれ落ちる前から成績競争を通じ培った知性の自負は未だに崩れていない。実際、夢窓疎石のような高僧は勿論、唐渡りの僧とも何一つ不自由なく話を付けられる程だ。

 だが、後世の科学的根拠による禁酒をおいそれと破って、頭脳が劣化しては今後どんな支障があるか知れたものではないだろう。

 驚く貞宗には申し訳ないが、たとえ相手が誰であっても、こればかりは自分のため、そして近江国の臣民のため、譲れないのだ。

 

 

「なぬ!?以前、八幡大菩薩に二十歳になるまでの禁酒を誓ったとは聞いているが、それは昨年末に終わった話であろう!?なぜ来年の十二月二日までダメなのだ?これっぽっちも分からぬぞ!?」

 

 

「ああ……いえ、この世に生まれてから二十年という意味で考えておりましたもので……師匠(貞宗殿)。酒はまだダメですが、弓矢の方を久々に見て頂けませぬか?器用さもすっかり取り戻したので、威力も精密性も師匠(貞宗殿)や顕家に見劣りせぬものになっているかと存じます」

 

 

「……何を言う?見たところで今更教える事など無いではないか」

 

 

「まぁまぁ、そう申されず。弟子の成長を再びご確認くだされ」

 

 

 五年後に迫る観応の擾乱を待たずして、小笠原貞宗の如き百戦錬磨の名将たちが老衰のため逝ってしまう事は薄々予感している。

 どうやら当の貞宗本人も同様であったらしく、甲信各地に点在している所領を昨年(康永三年)十一月十二日、嫡男の政長に譲り渡していた。

 もしまだ何か一つでも学べる事があるのであれば、貞宗存命の間に得ておきたい。尊氏様のため、足利家の嫡流筋のため、次世代を担う武将としての使命感のようなものかもしれない。副将軍の直義が将軍執事の師直を除いた瞬間、師冬と共にその喉笛を狙おう。

 鎌倉の義詮(次期将軍)率いる大軍を本隊とし、俺と師冬が直義・直冬親子討伐のための露払い役でも担おうか。こうした皮算用を立てながら、俺はもう残り幾許あるか知らない弓術の師(小笠原貞宗)との時間を味わった。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 四月二十六日、尊氏様が新しくお作りの寝殿に移られたという事で挨拶のために顔を出した帰り、俺は目立たず師冬と合流した。

 六角邸の離れで(ささ)やかなお泊まり会を催そうという趣向である。

 普段、佐々木惣領の俺が未だ直義派の振りをしている分、こうして密かな会を設けて、情報を擦り合わせておこうという算段だ。

 

 

「おや。魅摩殿は未だおられぬのですか」

 

 

「はン。師冬殿、あやつは少なくともこの俺が尊氏様の御息女を頂くまで謹慎させる。因りて、その話は結構だ。飯が不味くなる」

 

 

「……では、寵童・饗庭命鶴丸の話でも」

 

 

「止めろ。もっと不味くなるではないか」

 

 

 言うまでもなく、征夷大将軍の尊氏様と顔を合わせる事自体は喜ばしい限りなのだが、気付けばその隣にいた饗庭命鶴丸……あれは率直に言って、顔も見たくない。尊氏様近くの寵童の存在は決して今に始まった話でないものの、あの()()()()は腹に据えかねる。

 何というか、虫が好かないのだ。どことなく蘇秦や張儀のような縦横家*1の匂いを感じる。舌先三寸で君主を酔わせる類の輩だ。

 

 

「清々しい程の同族嫌悪ぶりですね……尊氏様のお側に侍るあの少年が妬ましくて仕方ないのでしょうが、命鶴丸を見ていると十年前の貴方、千寿丸の姿を思い出します。丁度、()()で関連性が」

 

 

「あのな?こじ付けは良いが、俺と命鶴丸では家格が違い過ぎる。俺には佐々木氏嫡流の地盤があるが、ヤツは身一つだ。同列にされるのは甚だ心外だぞ。あれが守護国を得る望みはかなり厳しい」

 

 

 大名同士の守護国の獲得競争は年々熾烈になりつつある。少し前の話で言えば、一昨年(康永二年)の八月に腹黒坊主(京極道誉)が如何なる手練手管を用いたのか、足利一門の山名時氏(伊豆守)が讒死の高貞(塩冶判官)に代わって治めていた出雲国を得たかと思えば、同年十二月にその時氏(伊豆守)が新たに丹波国の守護に任じられた。前守護の仁木頼章(左京大夫)の不始末──守護代(萩野朝忠)が突如として南朝に転向し、討伐対象になった──につけ込んだのである。

 佐々木惣領(六角家当主)の俺には代々の近江国があるため、争いにほぼ無関係で居られるが、治国の上で頼るべき一族郎党を欠く命鶴丸が獲得競争の列に参じたとして、果たして勝算があるのか。無理があると言わざるを得ない。有力武将の仁木頼章(左京大夫)でさえ、(萩野)(朝忠)の裏切りのために丹波(守護)国を失った。寵童仲間たちが大人しく命鶴丸に従い、その郎党に甘んじるとも思えない。彼らも相応に自我が強い筈なのだ。

 当世で持たざる身から大名クラスに成り上がった叩き上げの武将といえば、元雑兵の桃井直常の名が浮かぶが、あれは極めて稀な例だろう。大体、桃井直常と饗庭命鶴丸ではタイプが違い過ぎる。

 

 

氏頼(大夫判官)殿。身一つから関東執事になった者も居ますよ」

 

 

「……お前は師直(将軍執事)殿の猶子というか、前伊勢国守護の師秋(高土佐守)*2殿の弟に成りすましているから、また違うような気が……兎に角、俺と命鶴丸を一緒にするな。顔は知らんが、破壊力がまるで違う筈だ」

 

 

「破壊力……成る程、武将の凄みに直結する部分ですね。膂力は間違いなく、佐々木氏歴代の名将たちの血を濃く引く氏頼(大夫判官)殿が勝るでしょう。尤も、命鶴丸も弓馬術に特段優れていると聞きますが」

 

 

「……引き立て方次第だな。どれだけ潜在能力で際立つものがあったとしても、延々と寵童をやっているようでは武将として独り立ちする機会を失う。とりわけ命鶴丸には俺や亡き家長(斯波陸奥守)と違い、万が一の際の支えになる郎党が不在だ。それでは育つものも育つまい」

 

 

「そう言えば、命鶴丸の元服の予定は尊氏様の御意向で全く決まっていないと聞い「ん゛ん゛ん゛?」いえ、何でもないですよ?」

 

 

 恐らく守護大名たちは今後、天下人の傍らで容貌無双を誇る命鶴丸の出世の経過を注視するだろう。確かに命鶴丸が無事その才能を開花させれば、それこそ蘇秦や張儀の如き存在になる可能性は十分にあろう。だが、()()()()()()()()とはよく言ったものである。

 誰かしらが讒言を試みるなり罠に嵌めるなりして、特筆する程でもない家格でありながら()()()()()()()()になり得る命鶴丸の出世街道を阻もうとするに違いない。特に道誉(腹黒坊主)辺りは警戒しそうだ。

 何しろ後世の本多正信のような将軍の知恵袋という点で、頭脳明晰な命鶴丸とキャラが被り得る。きっとどこかで手を打つ筈だ。

 

 

「何にせよ……命鶴丸はいずれ限界に直面する筈だ。家柄も地盤も欠く人間が武家社会で上へ登るのは至難だろうよ。猿でも鼠でもあるまいに。城持ち大名か官位持ちになるまでに何か失態でも犯そうものなら、挽回の機会はそう与えられまい。下手したら斬首で終わりだぞ」

 

 

「家柄と地盤は立身出世に必要不可欠……耳の痛い話です」

 

 

「安心しろ。師冬殿は佐々木惣領の俺が支援する。さぁ、今宵も枕を並べて語り明かそう。俺たちが将軍家を支える日を夢見てな」

 

 

 康永四年(西暦1345年)現在、尊氏様の寵童筆頭格の命鶴丸は数え歳で言うところの齢十一、近江国守護の俺は齢二十である。現状、出世レースでは佐々木惣領(六角家当主)の俺の方が俄然圧倒的に有利だが、後方から命鶴丸が一歩一歩迫りつつあるような気配を感じるのは確かだ。恐らく擾乱で幕府軍同士の潰し合いが深刻化した時、命鶴丸は抜け目なく第一線に踊り出ようとする筈だ。その際、俺は如何に対処すべきか。

 今後五年以上続く直義派と師直派の争いばかりでなく、決着後の幕閣の有り様も含めて考えなければなるまい。三管領や四職など限られた知識を頼りに、思考の海に深く沈みゆくばかりであった。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 南朝の劣勢は明らかである。源宗治*3死後も薩摩国で対島津軍の方略を実行中と噂の懐良親王はいざ知らず、東国では南朝軍が次々と降伏し、昨年(康永三年)(十月)には新田義興(左兵衛佐)が突如として武蔵国の国府に現れたものの、関東執事(上杉憲顕や高重茂)の軍勢にあっさり撃退されたという噂である。

 だが、何とも呆れた事に、(南朝)首脳は自棄っぱちになったらしい。

 康永四年(西暦1345年)五月三日、直義邸に麾下の諸将が密かに召集された。

 

 

「ッ!?氏頼(大夫判官)殿も義父上の派閥におられたのか!?」

 

 

「……何だ?意外か?直冬殿」

 

 

「ああ、いや……何となく違うような気がして」

 

 

「?」

 

 

 二振りの刀を腰に差す若武者の言葉に対し、俺は表向き怪訝な表情を浮かべる。だが、実のところは背中で冷や汗を流していた。

 というのも、直冬に実父の尊氏様譲りの勘があるのではないかと疑ったためである。既に師冬の口振りなどから、次期将軍の義詮が凡才である事は察して久しい。一方で、直冬は年齢だけでなく才覚もまた嫡男(足利義詮)を凌駕しているようだ。明らかに将来の火種だろう。

 

 

「直冬殿……鎌倉で塩冶判官の噂を聞いた事は?」

 

 

「!……それでか。氏頼(大夫判官)殿、鎌倉においてはずっと鍛錬に勤しんでいた故、残念ながら塩冶殿の事は聞いておらなんだが、京で桃井から話を聞いた事がある。執事(師直)のやり方は卑劣だ。到底許されるものではない。氏頼(大夫判官)殿は誰より道理を知っておられるのだな。だから、外様大名ながら義父上の派閥に……その心意気にオレも賛成だ」

 

 

「それはそれは。ただ、誤解なきよう。この佐々木六角氏頼はあくまで副将軍と将軍執事殿の間で諍いが起こらぬに越した事はないという考えだ。肝要なのは尊氏様にとって有益か、無益か。将軍の加冠を受けて久しいが、常にそれこそ天下の道理だと心得ている」

 

 

 虚実を織り交ぜた腹芸など、西国武将の俺には朝飯前だ。今回のケースで言うなら、後半の話は本音だが、前半の話は嘘八百だ。

 直義(副将軍)師直(将軍執事)が争い、尊氏様が漁夫の利を得て真の征夷大将軍らしく実権を掌握し、天下を支配する。これぞ理想的な結果だろう。

 毅然とした俺の口振りに、直冬は至極圧倒されたようであった。

 

 

「お、おお……氏頼(大夫判官)殿は無二の忠誠心をお持ちだな」

 

 

「どうも……語るに落ちたぞ。足利直冬

 

 

 高々(たかだか)この程度で()()()()()()とは、全く笑わせてくれるものだ。

 やはり近未来の敵の直冬に胸襟を広げる必要性は皆無だろう。

 何はともあれ、直義(副将軍)師直(将軍執事)も共倒れにならない限り、尊氏様は真の征夷大将軍、源頼朝公の再来になり得ない。観応の擾乱を以て二頭政治を終わらせなければ、二代将軍(足利義詮)の治世は穏やかならずだ。

 まずは目の前の厄介事を片付けよう。副将軍(足利直義)の面前に召集の武将たちが勢揃いした。どうやらこの京に外敵が入り込んだらしい。

 

 

「直義様、敵の陣容は?」

 

 

「数自体はそう大して居ないようだ……陰謀を暴いた師直(将軍執事)の言葉を信ずる限りはな。百騎単位で京周辺に各々が潜伏して撹乱。兄上やこの直義、それに高や上杉を夜討ちにしようという企みらしい」

 

 

 奇特にも草の根活動が趣味の吉良満義(左京大夫)を除けば、幕府の情報システムは基本的に師直(将軍執事)麾下の天狗衆の働きに依存する。直義は分かっているのだ。師直由来の情報にどれだけの信憑性があるものか。

 例えば、師直が虚偽の通報を寄越し、直義をして武将たちを動員させる事で、その派閥の実態を把握する……何ていうのも朝飯前の話だろう。潜伏の敵というのも幕府の対応を察知して逃走したという筋書きを用意すれば、わざわざ偽物を用意せずとも事足りる。

 ふと直義と目が合った。言外に尋ねられているのだ。近江国で怪しい動きがあるか知らないかと。俺は瞑目して首を横に振った。

 

 

「皆、心して聞け!師直の通報に加え、我が手の者を動かして京や白川の各所の敵の拠点は把握済みだ!まずは所司代に二百騎を預けて敵の隠密が潜んでいるという四条壬生の宿所を襲撃させる!」

 

 

「「応!」」

 

 

 相変わらず直義の手際は鮮やかだ。ここ最近、幕府業務の大半を引き受けているせいか、若々しい尊氏様と違って加齢の跡が目立ちつつあるものの、職務においては全くそんな気を感じさせない。

 程なく俺にもお鉢が回される。近江国守護として国境の動向により一層の細心の注意を払えという軍令だ。これは久々に京を出て、近江国に赴く事になるだろう。それに値するだけの用事なのだ。

 さて、この期に及んで京の平穏を乱そうと企む輩は果たしてどこの誰なのか。建武年間における同時暗殺未遂事件の時行(相模次郎)及び泰家(左近将監)でもあるまいに。武装を整え、俺は速やかに東へ移動を開始した。

*1
古代中国の思想家。六国の宰相の蘇秦は合従を以て秦国に対抗させ、秦国の宰相の張儀は連衝によって合縦軍を崩壊させたとされる。趙国の龐煖もまた縦横家の顔を有していたという。

*2
高一族出身でありながら直義派であった武将。系図上は師直の従兄弟にして師冬の兄に当たる。康永元年(西暦1342年)八月までに伊勢国守護を解かれ、仁木義長がその後任となっていた。

*3
顔世御前(塩冶高貞の妻)の兄で、臣籍降下した南朝武将。南朝における興国六年(西暦1345年)の三月に享年二十七の若さで亡くなっていた。

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