崇永記   作:三寸法師

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▲3

〜1〜

 

 

 興国年間(西暦1340〜6年)も終盤に差し掛かり、南朝勢力の衰退は目に見えて明らかだった。そうした中で、東奔西走して南朝勢力の立て直しに苦心惨憺した武将がいる。かつての播磨国の豪族・児島高徳(備後守)である。

 ある時は脇屋義治(義助の子)を押し上げ勢力確立を図ったり、ある時は丹波国の北朝方守護代(仁木頼章の配下)を唆して反乱を起こさせたり……こうした活動は枚挙にいとまがなく、親王や公卿を除けば、間違いなく、この時期の南朝軍で高徳(児島備後守)こそ最も精力的に活動した人物であると言えた。

 

 

「義治様。拙者は譜代の郎党ではございませぬが、亡きお父上の奮闘に胸を打たれました。必ずや新田一族を再び源氏棟梁の座に」

 

 

「ああ。真に将軍になるべきは我が従兄弟の義宗殿。関東は義興殿が抑えて、俺は西国を……父上たちの遺志は俺たちが受け継ぐ」

 

 

 京の足利政権だけでなく、南朝武将にも確実に世代交代の波が来ている。新田一族では当主の義貞やその弟・脇屋義助が亡くなり、新当主の義宗を庶兄・義興と脇屋義治が支える構図に変わった。

 一方、信濃国では宗良親王が姿を現していた。それまでの越後国や越中国での振興活動に限界を感じ、身の危険もひしひしと迫っていたため、中部地方各地の南朝武将と連携を取り易く、更に峻険な山々による天然の要害が魅力の幽境・大河原に移ったのである。

 

 

「殿下。お待ちしておりました」

 

 

「時行……関東の親房卿の大望は破れてしまったが、まだ信州から天下を動揺させた中先代の力がある。早速だが、これからの方略を話し合いたい。余は先帝の悲願実現を何一つ、諦めておらんぞ」

 

 

 宗良親王が大河原へ移った時期は、本人の歌集『李花集』から察するに、興国五年(西暦1344年)春の事であったとされる。丁度、師冬(高三河守)が常陸国の残党軍の春日勢を討ち、一仕事終えて関東執事の職を退く事になった頃とほぼ同時期である。言い換えれば、青野原の敗将たち(上杉憲顕と高重茂)が両執事でも問題ないほど、北朝の関東支配が磐石になった頃合いだ。

 今になって宗良親王が信濃国に現れたところで大勢に支障なしという認識は、直義(副将軍)師直(将軍執事)ら足利幕府首脳陣の共通のものだったに違いない。実際、小笠原氏の方からわざわざ大河原に攻め込む事はなかったと同時に、宗良親王自ら貞宗(信濃国守護)を攻める事もまた無かった。

 何しろ貞宗はこの時、京暮らしである。その後継者の政長もまた在京であったようだ。興国六年(西暦1345年)正月以降、宗良親王と別の親王*1が地元豪族を率いて越後国の沼川へ進出したが、大河原からの加勢のないまま敗れ去った。結局、南朝軍の連携はまだまだお粗末極まり無かった。宗良親王も時行(相模次郎)も依然、雌伏状態を強いられていた。

 

 

「時行……この大河原は大軍の侵入を許さず、防御は万全。盆地は肥沃で、悠に千騎近くを養えると申すが……そもそも人がいなくては詮方ない。東海、北陸、そして東山も、在地の義士には既に余の声を掛け尽くし、今から新たに加わる者は誰一人としておらぬ」

 

 

「どうか今暫く御辛抱ください……殿下、以前より伊豆国で隠遁の我が祖母・覚海円成と誼を結び、敵の情報が僅かですが、耳に入ってきております。北朝では京極道誉(妙法院焼き討ち)塩冶高貞(美女騒ぎ)土岐頼遠(院か犬か)と不祥事が相次ぎ、副将軍(足利直義)執事(高師直)の間で亀裂の兆しが。いずれ必ず足利氏の政権は更なる内紛で揺らぐに違いなく、今は力を溜める時です」

 

 

「だと良いが……覚海円成。鎌倉幕府の時代、その威名は京にも聞こえていた。今なお健在だったとは。生活の方はどのように?」

 

 

 時には戦場で刀を振るう宗良親王は、特に優れた和歌にも現れているように、本来なら乱世と縁遠い優雅な心の持ち主であった。

 同じ父母を持つ亡き長兄・尊良親王と似ていたのかもしれない。

 

 

「御心配ありがとうございます。尊氏の正室が北……赤橋家の出である事から、直義が気を利かせて援助してくれているようです」

 

 

「そ、そうか……それは何よりだ。うん、何よりだ」

 

 

「?」

 

 

 噛み締めるような宗良親王の口振りに、時行は小首を傾げた。

 このような日々がいつまで続くのだろうか。老齢の覚海円成の余命は残り一、二年も無いだろう。こうしたところに思わぬ知らせが舞い込んできた。南朝で言う興国六年(西暦1345年)も夏になっての事である。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 北朝の康永四年(西暦1345年)五月三日夜、直義邸に足利幕府の諸将が集った。

 将軍の座こそ尊氏の掌中だが、謂わゆる()()()()()()()以外の実務は弟の直義の仕事だ。矢継ぎ早に指示を飛ばし、多くの武将たちが出払って後、義理の子の直冬が副将軍・直義の元に近付いた。

 

 

「義父上……まことでしょうか。京周辺に数百騎ずつ敵兵が潜伏しているというのは。潜伏期間中の食糧、方々の関所の通過、他にも様々な問題があるかと。正直言って、敵が何を考えているやら」

 

 

「そうだな。無謀にしては今し方お前の言った諸問題を解決し過ぎている。だが、直冬。よく覚えておくのだ。今回の敵は背水への焦りが大きいかもしれないが、世の中にはそうした武将も存在する。知恵があっても、有り余る蛮勇のために無謀を働くような輩だ」

 

 

「……そんな者が」

 

 

「ああ。そうした類の輩は、得てして自分が文武両道の良将であると信じて疑わぬ。あの近江国守護の佐々木六角氏頼(大夫判官)のようにな」

 

 

「!」

 

 

 京に来て暫く、直冬は悟っていた。諸将の自分への()()()()を。

 実父・尊氏に受け入れられない事を不憫に思った直義の采配で、副将軍の後継に据えられたが、大名たちはこれを快く思っていないらしい。直冬の素質への見込みを差し引いても、直義が私情で大事を決定したと考えられているのだ。そして、それはあながち間違っていなかった。副将軍として考え直さざるを得ない状況である。

 特に近江国守護の氏頼(大夫判官)の視線はあからさまに直冬への敵意に燃えていた。尊氏の狂信者にとって直冬は受け入れ難い存在なのだ。

 

 

「義父上。あの氏頼(大夫判官)の視線は露骨に訴え掛けています。将軍や義詮(御嫡)()の邪魔をしてくれるなと。決して激情を口には致しませぬが」

 

 

「腹に一物ある事は確かだろうな……六角は西国武士の代表格で陰謀もできるだろうが、それでも分家の京極道誉には及ばぬ。特に激情を抱えているのであれば、お前への視線にも確かに現れよう」

 

 

「は……申し訳ありませぬ。この火急の折にオレの事で煩わせて」

 

 

「良い。お前は兄上の実子、私の義息だ。もっと堂々と振る舞え。そうすれば、六角も自ずと従うようになる。それは次代の義詮殿のためにもなろう。お前こそ将来の足利一門の、幕府の大黒柱だ」

 

 

 数年前の婆娑羅武将らの暴虐を機に、直義は外様大名でも高一族でもなく、足利一族がもっと強い力を持つべきだと感じていた。

 鎌倉幕府の源氏将軍が三代で滅んだ理由に思いを馳せる。簡単な話である。頼朝(初代将軍)身内(義経たち)の粛清に躍起になるあまり、北条氏のような非源氏の御家人の台頭を招いたからだ。北条義時や泰時による政治制度への敬意こそあれ、再興の源氏将軍の足利宗家が第二の北条(高一族など)に取って代わられるシナリオは是が非でも防ぎたいと思っている。

 

 

「直冬。未来の幕府の大黒柱のお前に聞きたい。此度の不埒者はどうすべきだと思う?是が非でも捕まえるべきか、逃がすべきか」

 

 

「……捕まえるに越した事はなくとも、無理をする由もないかと」

 

 

「ほう。建武の新政の時代の暗殺未遂事件について知ってなおか。あの時は京から北条泰家が逃げ延び、直後に大乱が起こったぞ」

 

 

「さりながら、当時とは状況が違います。足利幕府の政治は大名たちのやり過ぎこそあれ、新政のように不満を持たれている訳ではありません。しかも、(南朝)の勢力は下火も下火です。昨年十月、武蔵国の国府に新田義興が突然現れた時も、撃退してなお無風でした」

 

 

(……ものの考え方は兄上と同じか)

 

 

 尊氏本人は頑なに否定するだろうが、直冬とは姿形も気性もそっくりで親子関係を疑う余地はない。直義の琴線に触れる要素だ。

 微かに直義の表情が綻んだ。直冬の判断は尊氏と同じだろう。

 

 

「では、侍所の細川たちに全て委ねるべきか?直冬」

 

 

「はい。捕まえられれば良し、捕まえられずとも正体ぐらいは突き止めてくれましょう。どうせ犯人は南朝武将の誰かでしょうが」

 

 

 無理押しに拘らない事は、名将の条件の一つである。直義が予見した通り、将軍実子の直冬は父・尊氏に劣らぬ名将に成長する。

 しかし、それが本当に幕府のためになったかどうか。こればかりは真の意味で将来を予見せざる直義の想定外だったに違いない。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 佐々木惣領(六角家当主)氏頼(大夫判官)は苛立っていた。配下の忍びたちをして東坂本に敵の拠点があるらしいという事を突き止めたまでは良かった。

 しかし、幾ら近江国守護とはいえ、その国の全てに力が行き届くという訳ではない。特にこの東坂本は比叡山の支配地域だった。

 

 

「今更、守護不入どうこう言われる筋合いはない……だが、守護が大名に成長してなお、大犯三箇条は基本の業務だ!まして東坂本に敵将が潜入の疑いあり……これで捜査しない訳には参らぬぞ!」

 

 

「何てヤツだ!足利の時代になって守護はあちこちで調子に乗りまくりる!近江国の民は何故こんな二重規範の輩を神よ龍よと!」

 

 

「このッ……!山法師、よもや()()南朝に通じておるか!」

 

 

「何だと!?聞き捨てならんぞ!佐々木氏頼!」

 

 

「なら、敵将を早く差し出せ!居らぬと申すなら証を立てよ!」

 

 

「チ……暫時!暫時、待たれよ!」

 

 

 近江国最強の佐々木氏と比叡山延暦寺には積年の怨恨がある。

 分家の有力大名の道誉(佐渡判官)は妙法院焼き討ちのただ一件で有名だが、惣領の氏頼(大夫判官)は以後、更なる揉め事を継続して積み重ねていった。

 古典『太平記』によれば、康永年間(西暦1342〜5年)に京を騒がせた一件の犯人たちは東坂本から逃げたのだという。そして、彼らの行き先は──

 

 

「足利兄弟に高・上杉も標的だった!?何という無茶を……他はともかく、尊氏に暗殺は無理だと私の先例が……脇屋殿、児島殿」

 

 

「お前があの中先代……七年前、義興殿がたいそう懐いておられたと聞いている。撤退に手を貸してくれたことだけは礼を言おう」

 

 

「義治様。お話は程々に。東坂本から水路でここまで逃げる事が叶いましたが、まだ足利方の所領です。信濃国までまだ道のりが」

 

 

(東坂本では今頃、山法師が佐々木氏と揉めている筈。この間に北近江を抜け、美濃国、更に信濃国へ……義治様の西国制覇の夢は幻に消えてしまうが、背水の身としてやれる事はやったつもりだ)

 

 

「して、時行殿。この後は?」

 

 

「ああ。弧次郎」

 

 

「……それなんですが、若。何か熱田大宮司のとこから密使が」

 

 

「熱田……?尾張国の?予定にないぞ」

 

 

 東坂本から信濃国まではかなりの距離があり、近江国の佐々木氏や美濃国の土岐氏の目を掻い潜って逃げるためには周到な事前準備が必要だろう。しかし、新田氏も児島氏もこれらの国に地盤を欠いている。となれば、ノウハウのある誰かが手を貸していた筈だ。

 人材不足の南朝でそんなノウハウを持つ武将はかなり限定的だ。

 康永四年(西暦1345年)の暗殺未遂の後、犯人が信濃国へ逃げたという情報は遅れて尊氏の元に伝わった。その場で執事の師直や参謀の道誉は顔を見合わせ、阿吽の呼吸で決めた。さっさと退室してしまおうと。

 将軍邸の寝殿から退がり、道誉と師直の二人は徐に口を開いた。

 

 

「あの未遂事件から間もなく十年……でございますか」

 

 

「ああ。十年してまた暗殺未遂事件だ」

 

 

「……思い出されるでしょうなァ。将軍は」

 

 

 尊氏だけではない。二人の婆娑羅武将たちも思い出していた。

 残党らしく鎌倉の御代を取り返さんという北条氏による同時暗殺未遂事件の頃を。あの直後に中先代の乱が勃発した。足利尊氏が建武政権から離脱し、覇業を始めてから十年が経とうとしている。

 

 

「秋の天龍寺供養は盛大に執り行わねばなりますまいなァ」

 

 

「全くだ……後醍醐の供養で過去を完全に払拭し、足利新時代を官民揃って祝賀する。道誉殿、当日の重要任務を貴殿の御嫡男に」

 

 

「ほう……宗家はよろしいので?」

 

 

「……良い。いずれ氏頼(大夫判官)は我が派閥に戻って参ろう。今、役を任せても新たな見返りにはならん。それに氏頼(大夫判官)は将軍の信奉者。俺のように精神が成熟している訳ではない。後醍醐供養は酷だろうさ」

 

 

 秋に予定の天龍寺供養で尊氏の気持ちは再び晴れやかなものになるに違いない。道誉も師直も新たなステージに目を向けていた。

 一方、尊氏は寝室で憤怒の表情だ。秋まで待てないとばかりに。

 

 

「うぐ……ぐ……ふ」

 

 

「む〜」

 

 

(壬生から一人だけ脱出したという敵が使った手口、余人は地蔵菩薩が助けたのだろうと申すが……確か北条時行の一味に化け狐が)

 

 

 古典『太平記』に不可思議な話が収められるのは今に始まった事でもないが、脇屋義治たちによる暗殺未遂事件でも同様だった。

 曰く、香匂新左衛門という武蔵国出身者が地蔵菩薩になり変わっていたというのである。しかし、尊氏は視野狭窄に陥っていた。

 取るに足らぬ事でも中先代(北条時行)が関係しているように錯覚していた。

 

 

「た、尊氏様……お許しを」

 

 

「がぶり」

 

 

「!?」

 

 

 寵童の饗庭命鶴丸は身体を張って受け止めた。主君の怒りを。

 一方、尊氏の狂信者・氏頼(大夫判官)は本拠地に戻り、同じ様にしていた。

 惣領らしく我が物顔で佐々木城に押し入るや否やの出来事だ。

 

 

「おのれ……おのれ……延暦寺め、許さん……!」

 

 

「痛……三郎、苦しィ……」

 

 

「妾風情が俺を通称で呼ぶな!廷尉様だ!分からぬか!?」

 

 

 大夫判官以外に、唐風の呼び方の廷尉は氏頼(大夫判官)のお気に入りだ。

 体躯は昔と違って筋骨隆々。齢二十の勇将は一人の娘にとって脅威でしかない。魅摩は動揺のせいで神力にも縋れず、乞い願う。

 

 

「わ、分かったから……首、離してよ……」

 

 

「ぬ〜ん」

 

 

 元幼馴染の怯えの顔も微かな声も氏頼(大夫判官)の耳には入らない。あの時率いていた寡兵のみで東坂本の山法師の大軍と全面衝突するのは幾ら幕府の誇る若手有力武将でも無理があった。氏頼(大夫判官)は悔しがる。

 より自在に神力の使える魅摩を連れていれば。山法師相手に心の奥底でそう思った事が今の氏頼(大夫判官)には腹立たしくて仕方なかった。

*1
明光宮。亀山法皇の末子・恒明親王を父に持つとされる。

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