崇永記   作:三寸法師

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◆4

〜1〜

 

 

 まごう事なき怪物になっていた。あの塩冶高貞のゴタゴタがあってから四年もの間、姿を見せなかった幼馴染、佐々木惣領の三郎(氏頼)の姿が恐ろしくて仕方なかった。生き物としての格が違い過ぎる。

 単純な武力なら私の父兄では比べ物にならないだろう。あれが当代の武家政権の若手で三指に入る武将の出立ちなのだ。その事をまじまじ思い知らされた。婆娑羅といっても、所詮は武力ありきのものに過ぎない。至上の武力の前にはたとえ神力あっても無理だ。

 

 

「亜也子。今の三郎……違うか。廷尉様の馬廻衆の子たちって」

 

 

「うん……皆、昔の師冬と時行(相模次郎)の中間ぐらいの感じの子だよね」

 

 

「うげぇ」

 

 

 先日の脇屋義治たちによる暗殺未遂事件において、犯人たちが東坂本に拠っていたことで、近江国守護の三郎(氏頼)は延暦寺への警戒を強めている。あの比叡山に攻め込む案が再び浮上したという事だ。

 このおかげなのだろうか。私は長らくの山城(佐々木城)の座敷牢生活から開放されて、再び娑婆(しゃば)に戻る事ができた。三郎(氏頼)曰く、一定の兵力さえあれば純粋な武力だけで十分陥落させられるが、それでも今の時期に大損害を出したくないらしい。そこで私の力が要るとの事だ。

 何と虫の良いヤツだろう。だが、どんな反発もあいつの耳には届かない。私の個人的感情と近江武士の数千数万の命のどちらを天秤に掛けるべきかと問われれば、有無を言わず従わざるを得ない。

 あいつの狡猾さは父上ほどでないにせよ、流石は佐々木信綱公の子孫と讃えるに足るものだ。私は瞳に光なく人里に降り立った。

 

 

「しかも髪型、あれ尊氏様の寵童の饗庭って子と同じらしいよ」

 

 

「もういいわ」

 

 

 今の三郎(氏頼)の趣味趣向に興味はない。亜也子(望月甲賀三郎)の話を適当に(あし)らう。

 妾と言っても実態は碌でもなかった。要は京極家からの人質に他ならない。私が惣領(六角氏頼)の手に囚われる代わりに、京極家が一族代表のような顔をして幕府政治に携われる。大体こんな筋書きだろう。

 もう私も齢二十だ。亜也子の出身の信州のような田舎の場合は知らないが、京や南近江のような人の多い都会では齢二十の女なんか十分に年増の類だ。子を産んだ事もないのだから、再婚なんて芽も皆無だ。第一、塩冶夫妻の事があったから、三郎(氏頼)はそこの辺りに前より増して神経質になっている筈だ。恥をかかされたと感じれば、たとえ誰が相手であれ、強硬手段に出るだろう。私は当然のように殺される。恐らく親父(京極道誉)は上手く話をつけて生き延びるだろうが。

 結局、三郎(氏頼)が京極家に牙を剥く未来を回避するためには私が囚われのままでいるしかない。やるせない思いでいっぱいになった。

 

 

「そういやさ、魅摩。首のところどうしたの?腫れてるけど」

 

 

「……何でもないよ。その気になれば、人より早く回復できる」

 

 

「へぇ……」

 

 

 これでも昔は婆娑羅で通した身だ。転んでもただでは転ばない。

 明るい昼に拝謁を賜る際、顔に()()()と化粧を施して首はそのままなら、六角党たちは異常に気付くだろう。さて、彼らがどう反応したものか。しかし、私は甘く見ていた。彼らの持つ敵愾心を。

 

 

見ろ、道誉の娘。あれは首を絞められたな

 

 

はン。当然だろうさ。お館様を差し置いて京極家ごときが天龍寺供養で目立とうと企むから、娘があんなザマを見るのよ。いい気味だ

 

 

「ッ……!」

 

 

 亜也子に連れられて三郎(氏頼)の居室に向かう間、私は歩きながら両手を震わせた。微かに聞こえる六角党の囁き声が憎たらしかった。

 今に見ていろ。私は内心、そう溢した。親父がこの有り様に見て見ぬフリをしているとするならば、何かしらの魂胆あっての事に違いない。もしかしたら本気で六角家を獲る気なのかもしれない。

 近年、六角家は嫡流筋という事に奢ってか、中央政治への関与を控えている。対延暦寺になると私の参戦を促そうとする三郎(氏頼)の考えから推測してみると、今後の内紛を見据えて力を温存しようとしている事は明白だが、どうも未来視を過信してやいないだろうか。

 

 

「殿様。失礼します。魅摩様をお連れしました」

 

 

「ああ、通せ」

 

 

 何年か見ぬ間にところどころ様変わりした部屋に、三郎(氏頼)はいた。

 両隣を何人かの小姓たちが固めている。いずれも近江国出身と思われる容姿端麗な男の子たちだ。彼らのあどけなさが鼻につく。

 私の表情が強張る。何やら三郎(氏頼)にじっと顔を見つめられていた。

 どことなくぞっとさせる視線だ。侮蔑が込められているようで。

 

 

「大体分かった。亜也子、ミマを下がらせろ。今は用無しだ」

 

 

「え?殿様、もう?」

 

 

()()と俺は言った。分かるな?亜也子」

 

 

「は……は!」

 

 

「夕食後、また顔を出させろ。手慰みにはなるだろう」

 

 

 手慰みとはどういう意味か。悶々としながら私は念のために夕方まで備えを行う。相手をしろという話なら、応じざるを得ない。

 だが、実態はとても生易しいものではなかった。また首絞めだ。

 確かに婆娑羅は婆娑羅だが、私の身体がいつ果てるか知れたものではない。決して種を注ぐ訳でなく、一体どんなつもりなのか。

 再び絞められながら私は悟った。私の苦しむ顔がよほど惣領サマのお気に召したのか。三郎(氏頼)は久々に明るい場所で私の顔を見つめ直して思ったに違いない。この顔が腹黒坊主(京極道誉)に似ているようだと。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 この屈服具合なら座敷牢から出して問題あるまい。俺は手の力を微妙に調節して定量のプレスを掛けつつ、確信を持つに至った。

 ミマの解放は再び延暦寺を重要仮想敵とする事を意味している。

 だが、反逆されては面倒だ。そのため徹底的に思い知らせる。

 分家の出の妾風情では武勇満点の惣領に決して敵わないのだと。

 

 

「こんなものか……」

 

 

「ぷはッ!ハぁ、ハぁ、ハぁ」

 

 

「何てな!」

 

 

「げェェェ……」

 

 

 暫く会わない間に互いに姿形が変化した。この前も思った通り、闇夜だと再会のミマの顔は昼にも増し、実に道誉にそっくりだ。

 伊吹山(事実上の流刑先)からの帰京後も腹心面をして尊氏様の傍に居座る道誉に(ミマ)の姿を重ねてみると実に胸が空く。生殺与奪の権を握る快感だ。

 こんな夜を数十と繰り返した。うっかり昇天させる可能性にも思い至ったが、楽しさが勝った。合戦に通じるスリリングである。

 しかし、楽しい日々はいつまでも続かない。山法師どもは俺の想像を超えていた。その報を聞くや否や、俺は呆れて言葉を失った。

 

 

国師(夢窓疎石)への流刑要求……はァ?美濃部、確かなのか?それは」

 

 

「は。我々忍びも耳を疑いましたが」

 

 

「何と……あの腐れ坊主どもめ、正気を失ったらしいな」

 

 

 康永四年(西暦1345年)七月四日、山法師たちの調子は最高潮に達し始めた。

 既に完成の天龍寺において近く開催予定の後醍醐供養の行事に、イチャモンを付けてきたのである。彼らによれば、供養の際の光厳院出席の見合わせや夢窓疎石流罪に加え、天龍寺を犬神人こと下級神官たちの手で破壊する事を認めろという。まさに暴論三昧だ。

 諸悪の根源である故・後醍醐のヒゲ親父の供養を北朝総出で行う事に釈然としていなかった俺でも、彼らの暴論は看過できない。

 我が一族出身の夢窓疎石の流罪に至っては言語道断が過ぎよう。

 

 

「おのれ……美濃部、下がれ。引き続き探るのだ」

 

 

「御意!」

 

 

「弥三郎よ。直綱と定詮を呼べ。弟たちと相談したい」

 

 

「承知しました!」

 

 

 馬廻衆の一人の弥三郎(堀時貞)に命じ、二人の我が弟たちを呼ぶ。万が一の際の後継には三人目の弟の六郎を内々に指しているが、まだ若いというか少々幼いため、直綱(六角四郎)定詮(山内五郎)と話した上で意思を決める。

 顔を歪めるのが関の山のこの件に、佐々木氏として怒るべきか、冷静の直綱(六角四郎)と激情の定詮(山内五郎)の様子を見て判断しようという考えだ。

 

 

「兄者!これぞ好機です!今度こそ延暦寺を攻めましょう!」

 

 

「待て、定詮。兄上は……それほど怒っておられないので?」

 

 

「んん……まぁ。直綱よ、国師(夢窓疎石)殿の流罪、京の禅寺の棄却。これらは当然容認せざるものだが、天龍寺供養については元々快く思っていなかった。考えてもみろ。後醍醐なんぞより尊氏様の方が尊き御方である事は自明の理。これで何故に尊氏様がヤツの弔いをせねばならん?まして後醍醐の怨霊なんぞ、俺は怖くも何ともないぞ」

 

 

「「……」」

 

 

 恐らく山法師どもはこうした俺の本音を看破した上で、今回の暴挙に出ている。ある意味、山法師たちが南朝と内通していないという証でもあるからだ。確か前に東坂本で迫ったような気がする。

 そう、思い出した。二ヶ月前の脇屋義治による暗殺未遂事件だ。

 あの時、俺は敵将が東坂本に拠った事で、在住の山法師たちが協力しているのではないかと疑ったのである。だが、後醍醐供養を阻もうとする今回の彼らの行動を考えると、どうも違ったようだ。

 どちらにせよ山法師は邪魔だが、あれを思うと此度の件に関しては別にノータッチでも構わないような気がするのだ。流罪と言ってところで、道誉のように行った振りをするという手もある。何なら夢窓疎石に暫く佐々木荘に住んで貰い、近江国を佐々木氏公認で禅寺王国にする事もできる筈だ。延暦寺には最高の嫌がらせであり、俺にとっては後進育成の場が幾つもできて言う事なしであろう。

 

 

「勿論聞いた時は腹が立ったが、よくよく考えてみるとなァ」

 

 

「その……兄上。今回の件、認めさせては」

 

 

「なら直綱。聞くが……本当に彼らの主張が通ると思うか?」

 

 

「それは……流石に暴論が過ぎて無理かと」

 

 

「だろ?」

 

 

 今回の山法師たちの要求はいつにも増して道理を欠いている。

 言論の確かさより、これ以上の公武(北朝政権)による禅寺への厚遇に黙ったままでは延暦寺が忘れ去られるという本音が透けて見えるのだ。

 さながら他の子に嫉妬して騒ぎ、大人を困らせる幼子のようだ。

 俺と直綱(六角四郎)が肩を竦め合う。ここで次弟の定詮(山内五郎)が目一杯叫んだ。

 

 

「お二人とも何を悠長な!強訴にでもなって見てくだされ!古来、強訴が通らなかった事は無しとよく言います。下手すれば、禅の教えが日の本で禁止に!さすれば、兄様の宗教政策にも障りが!」

 

 

「そうなんだよなァ……強訴するなら潰す。これは必須条件よ」

 

 

 とりあえず強硬路線にいつでも移れるよう、軍備を整えておくべきだろう。定詮(山内五郎)の言葉に背中を押され、惣領の俺は命を下した。

 南朝軍への警戒で甲賀郡の守りにある程度の数は残さなければならないが、それでも他の守りを無視するなら大軍勢の動員は十分に可能である。軍船の用意も含め、守護代の馬淵義綱を呼んで準備に取り掛かるよう伝える。ついでにミマだ。居なくても勝ちはもぎ取れるが、擾乱に備え犠牲者数を抑制できる。幸い、ミマの心は俺に屈服済みだ。動員させるに何ら支障なく、心も動じる事がない。

 近日の夜のおかげで、活用を全くやましく思わなくなったのだ。

 着々と動き始めた矢先、副将軍の直義から使者が来る。よもや俺の動きを止めるつもりではなかろうか。そう思って眉を顰めた。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 よりにもよって最も会いたくない人物が来てくれた。直義の本気度を示すという事であれば確かに筋が通っているかもしれないが、それにしても顔の引き攣る人選だ。足利直冬が俺を訪ねてきた。

 正直、あまり我が佐々木六角軍の様子を将来の仮想敵の有力な一人の直冬に見せたくない。圧倒的な軍容を見せつけて震え上がらせるという手もあるが、恐らく通用しない。直冬は、伊達に足利政権の盤石が誰の目にも疑いようがなくなってから京に現れた庶長子でないのだ。そんなコケ脅しが功を奏するとは誰が思うだろうか。

 

 

「直冬殿。近江国の茶は堪能されたか?」

 

 

「ああ……実に良いものだな。佐々木六角氏の国の茶は」

 

 

「ふん」

 

 

 表向き有頂天を装いつつ、瞳は獰猛に潜在敵将(足利直冬)の姿を捉える。

 精々、今は直義の傘の元で有望株面をすると良い。いずれ擾乱が勃発すれば嫌でも知る事になる。誰が本当に尊く、誰が真に有望な将なのか。尊氏様と俺の前に、直義も直冬も早晩屈服するのだ。

 

 

「氏頼殿……ああ、いや。この呼び方だと紛らわしいから六角殿」

 

 

「……どうぞお好きに。斯波殿の御子息と紛らわしいのだろう?」

 

 

「……申し訳ない」

 

 

「いや、本当に気にせんで結構」

 

 

 どういうつもりか、足利(斯波)高経(尾張守)の三男の孫四郎は元服後、俺と同じ氏頼の諱名を名乗ってくれている。元々友好的故、然して糾弾しようとは思わないが、とはいえ、折角の諱名の有り難みが薄れてしまうようで、どうも釈然としない。尤も、北陸の大名の吉見氏当主も同じ諱名を持っているので、これを言い始めたらキリがないが。

 閑話休題。諱名被り問題は、通称なり官職名なりの別で解決できるから兎も角として──孫四郎(斯波氏頼)のヤツが何故か、以前の(高経)亡き(斯波)()()のような国司ではなく、我が取り分の筈の左衛門佐に任じられた事も同様に首を傾げたくなるが──直冬の訪問理由こそ今は最重要問題である。最も考えられるのは俺への釘差しの可能性だろう。

 

 

「予め認識を共有しておきたいのだが……此度の山法師の騒ぎ立ては国師(夢窓疎石)殿ばかりか、貴殿のお義父君(左兵衛督直義殿)の顔にも泥を塗る蛮行なり」

 

 

「……詳しく伺いたい」

 

 

「直冬殿。ご存じあらぬか?『夢中問答集』について」

 

 

「ッ!」

 

 

 

 三年前(康永元年)以来、直義と夢窓疎石の応答録のような『夢中問答集』は老若男女に広まり、禅宗振興に大いに貢献した。しかし、これは同時に延暦寺に限らず、様々な他宗派の危機感を煽る事になった。

 足利直義という実質的な為政者の肝煎りで禅宗が日本国に根付こうとしていると認識されたのである。禅宗自体は元より、鎌倉幕府や建武政権にも大事にされていたが、『夢中問答集』の影響力はあまりにも大き過ぎた。旧仏教勢力も世俗の人々と同じく、この()()武将(重成)の支援にもよる大々的な刊行物を読み、従来の禅宗への侮りを捨てざるを得なくなった。聞けば、浄土宗その他も同様らしい。

 

 

「比叡山延暦寺は確実に興福寺や東大寺のような連中にも声を掛けている。直義殿が深く関与の『夢中問答集』への報復がてら、国師(夢窓疎石)殿を流させ、更に日元交易の利益による天龍寺を破壊……彼らの要求が通れば、直義殿の努力は灰燼に帰し、当然面目も丸潰れよ」

 

 

「……そうか。六角殿は本気で旧仏教勢力を止めるつもりか」

 

 

「……悪いか?」

 

 

 今一つ後醍醐供養に乗らない気持ちは今でも変わっていないが、近江武士たちに声を掛ける以上、延暦寺の好きにさせる訳にはいかなくなった。俺は幕府からの使者の直冬に警戒心を露わにする。

 制止されては敵わない。また、直冬が使者の仕事を成功させたとして手柄にされる危険もある。尊氏様の烏帽子子の俺にとって最も気に入らない展開だ。次期将軍の義詮や将来の関東公方の基氏なら兎も角、拝謁への度に尊氏様から遺憾を呈されるような直冬にまで従ってやるつもりは毛頭ない。まして直冬は出自が出自である。

 

 

「もし止めたくば……尊氏様直筆の書状。寄越されよ」

 

 

「いや、オレは止めるために来たんじゃない。逆に六角殿の背中を押すためだ。臨機応変の準備に、義父上たちは頷いておられる」

 

 

「ほう」

 

 

 ワンチャン直義はいつもの馬鹿真面目な寺社優遇策を貫く気ではないだろうかと思ったが、直冬(義息)の口振りからすると違うようだ。

 今回ばかりは直義も心を鬼にするというのか。俺は口を緩める。

 

 

「面白い……実に面白いぞ。直冬殿」

 

 

「言っておくが、六角殿。遊びではござらぬぞ。幕府の方針だ」

 

 

「無論。だが、これで我が心は晴天なり」

 

 

 既に幕府の方針は決していた。形だけの譲歩で花を持たせるのは構わぬものの、それでも山法師たちが折れないならば……持明院統の血を引く責任者、もとい門跡たちの更迭は勿論、身代の没収も厭わない。こうした場合、一体誰が山法師を武力で押さえるのか。

 言うまでもないだろう。近江国守護の俺だ。例えば東坂本にある財物を強制的に差し押さえたら、どれだけの穀物や金銭に換えられるだろう。心が踊る。山徒どもの阿鼻叫喚の地獄絵図を夢見て。

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