崇永記   作:三寸法師

153 / 202
◆6

〜1〜

 

 

 洛外に真如寺という寺がある。我が同族の夢窓疎石の息が掛かっていると同時に、執事(師直)派閥からの影響も強い。必然、佐々木惣領の俺と将軍執事(高武蔵守師直)が猶子・師冬の待ち合わせに適した場所の一つだ。

 元逃若党軍師の吹雪が執事猶子の師冬になって十年、関東執事の職を重茂(高大和守)に明け渡す形で帰京して一年以上が経った。既に三河守ではなく、播磨守となり、俺とは大国*1の国司同士という立場だ。

 家格を無視すれば、今の俺たちはほぼ同格と言って良い。真如寺で碁石と碁盤を借りて、話をしながら白黒の凌ぎ合いに興じる。

 

 

「うん。思ったより調子が良い。このままだと俺の勝ちだな」

 

 

「……それで、氏頼(大夫判官)殿。どうして密かに上洛などと」

 

 

「ま、俺には俺なりの考えがあるという事よ」

 

 

 佐々木荘近くの寺院で我が次弟・定詮に誤魔化さ、もとい面倒を見させている目付け役の直冬を尻目に、俺は京に潜入している。

 後醍醐天皇の菩提を弔う事に未だ釈然としないものの、幕府肝煎りの天龍寺供養で佐々木惣領の俺が除け者というのも、それはそれで如何なものだろうか。幾ら延暦寺の動きがきな臭いとはいえ。

 

 

「直冬の目があっては……軍を動かしたくない。十年以内に必ずや敵対する武将に、我が六角氏の将兵の動きを見せられるものか」

 

 

「そこも含めて、直義の読みのうち……という事はどうやら理解している様子ですね。元より寺社に甘い顔をしがちな直義が、本当に延暦寺を倒したい訳ではない。佐々木六角氏の臨戦態勢移行を今、止めるのも難しいが、牽制程度に留めておきたい。だからこそ直冬を派遣して、貴方の動きを封じる……その報復がこれですか?」

 

 

「ああ。俺が天龍寺供養の日に突然、衆目の目を浴びれば、目付け役の筈の直冬の顔は泥に塗れる。安心しろ、持明院統からの密命があった事にする。その上で、直冬が我が動きを感知していなかったという方向に持っていくのよ。そうすれば、俺への処罰はない」

 

 

 当日、俺は六角邸から派手な格好で院前に参上するつもりだ。

 供養の列には参加しない。あのヒゲ親父には()()()()してきた。

 

 

「如何にも西国武士らしい考えですね……氏頼(大夫判官)殿、持明院統からの密命があった事にすると申されましたが、本当にお墨付きを?」

 

 

「……今月十三日の幕府軍の怠慢ぶりは聞いているだろう?そこで俺が供養の日、京に呼ばれた事にする。不在の間の軍の差配は弟に任せてあるから、そこの調整も心配ない……ともあれ、目付けの直冬が蚊帳の外にされたという筋書きを用意する。尊氏様はお喜びになる筈だ。何しろ、直冬と会う度に顔を歪められるのだからな」

 

 

「顔を……あれは何だか楽しんでおられる気もしますが」

 

 

「楽しむ?何を?」

 

 

「……いえ、何でも。それより持明院統の方々と随分、関係が良いのですね。先代以前からの縁ですか?佐々木氏嫡流ならではの」

 

 

「まぁ……尊氏様こそ尊崇すべき御方だが、彼らには彼らなりに帝や院を名乗るに足るだけの徳はあるという事さ。光厳院の形ばかりの譲歩案が良い例よ。お前も聞いただろ?あれは本当に笑えた」

 

 

 康永四年(西暦1345年)八月十四日、北朝の名目上のトップ・光厳上皇は日付をズラすだけで、天龍寺へ足を運ぶという方針を打ち出した。過激な主張と完全にかけ離れた形式的処置だが、耳を貸してやるのだから矛を収め、普段通りの仏事に励むようにと延暦寺に命じたのだ。

 また、現役の現人神という立場の光明天皇は、朝議における日野(柳原)資明(大納言)のような延暦寺の肩を持つような主張と裏腹に、近年増加傾向の強訴は古来非道なばかりと批判的姿勢を公然と示したらしい。

 このように、朝廷が比叡山延暦寺をあしらうような姿勢を示した事は実に画期的だ。当然、佐々木惣領として歓迎すべきである。

 

 

「とはいえ、そうした朝廷の徳も、幕府の武力があればこそなのは間違いないだろうがな。つまり、尊氏様ありきの朝廷の皇威よ」

 

 

「それはそうですね。道誉殿の件でお嫌いかと思っていましたが」

 

 

「俺が北朝を?……いや、それはない。持明院統とはこれからも末長く付き合いたいと思っている。京極と北朝なら俺は迷いなく後者を選ぶぞ。俺とお前の支える義詮様の政権に、北朝は不可欠だ」

 

 

「……そうですか。まぁ構いませんが。氏頼殿、天龍寺の供養は知っての通り、二十九日の予定です。ただ、その前に朝廷の勅使が(夢窓)(疎石)殿に金襴紫衣を授ける事になっています。あまり下手に動かないようお願いしますよ。成り行きが容易に読めなくなるなので」

 

 

「なぁに。大丈夫、大丈夫。任せておけ……さぁ、終局だ」

 

 

 山徒の動きは現在、甲賀忍軍の衆が十分に探ってくれている。

 万が一、延暦寺の山法師たちが朝廷のそっけない対応に業を煮やして武断的対応に動くなら、本職の俺たち武士が応戦するまで。

 彼らが幕府や朝廷の余裕ぶりで我に帰るのであれば、引き続きおよそ五年後に迫る擾乱を見据えて動く。ただ、それだけだ。師冬との未来を勝ち取り、直義直冬親子を地獄に突き落とす。その先にあるのは義詮時代に繋がる、尊氏様が真の意味で君臨する天下だ。

 まずは蓋を開けてみよう。天龍寺供養がどう転ぶのかという事に思いを馳せつつ、俺は師冬との碁石勝負に終止符を打ち込んだ。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 康永四年(西暦1345年)八月二十九日、京の人々は浮き足立っていた。いよいよ天龍寺供養当日を迎えたからだ。ここまでのお祭り騒ぎとは正直に言って予想外な部分がある。供養というより一種のパレードだ。

 久々に検非違使庁の別当の隆蔭(四条大納言)と連絡をとり、俺は密かに呼ばれた護衛という体で、光厳上皇の院前に参じた。光厳上皇は在位の頃に六波羅滅亡を迎えるなど様々に苦労をしている。後の土岐頼遠事件でもそれなりに……否、かなり忸怩たる思いを抱いただろう。

 

 

氏頼(大夫判官)……武士たちがこぞって天龍寺に向かった今、こうして汝が密かに来てくれた事はありがたい。ただ……宿泊の京屋敷から白昼堂々参ったというのは……もう少し何とかならなかったのか?」

 

 

「おや。上皇陛下、夜に参った方がよろしかったので?」

 

 

「……いや、比叡山の間諜に汝の姿を見られておらぬかと少しばかり心配になっただけだ。だが、天龍寺供養は始まっておる。帯刀の武士たちが数多く集いし時に、めったな行動は早々できまいか」

 

 

 どこか自分に言い聞かせるように光厳院は言葉を紡いでいる。

 その瞳には恐れ、というより畏れの色が見える。よもやこの上皇もまた吉野の亡き後醍醐帝に畏怖の念を覚えているのだろうか。

 延暦寺と同様、南朝怨霊の脅威論も依然として根強いのである。

 

 

「ご安心を……山法師たちがここへ奇襲を掛けて参ろうが、我が刃の錆にしてご覧にいれましょう。また、何か動きあらば、留守居の我が次弟・定詮を大将に軍勢が東坂本へ渡る手筈にございます」

 

 

「心強く思うぞ、氏頼(大夫判官)。汝は生前の土岐頼遠すら恐れていなかったと聞いた。その武力は若手最強。汝を超える護衛はあるまいな」

 

 

「過分な御言葉、感謝申し上げます。尊氏様の次代・義詮様の天下では私が幕府軍の先鋒を務めるつもりでおります。如何なる敵も尊氏様より頂いた『黄竜偃月刀』の元に、一撃で斬り捨てまする」

 

 

「うむ、尊氏が頼みに思う武将という諱名に恥ずかしくない心意気であるな。溌剌としておる……して、丁度次代に話が及んだが」

 

 

「は」

 

 

「義詮が次代……佐々木大明神の化身たる汝に確認しておきたい。その話、確かだな?もし間違いあらば……南朝に付け入られる」

 

 

 暗に直冬について聞かれている。俺は瞬く間に含意を察した。

 やはり権謀渦巻く京育ち、それも皇室の者には分かるのだろう。

 将来の後継について考えれば、否が応でも庶長子・直冬が怪しく思えるという事を。本来なら門前払いすべき輩なのだと。将軍実弟たる副将軍、それもほぼ全ての権限を持つ男の養子に据えるなど言語道断と。足利兄弟には直接言えない事をこの俺に尋ねている。

 何世代も前から続く佐々木氏と持明院統の縁故あっての確認だ。

 

 

「この氏頼にお尋ねとの事なので、率直に申し上げます……義詮様こそ二代将軍。他の者などあり得ません。尊氏様も同様にお考えの筈です。陛下はどうぞ心にお留めください。尊氏様は、庶長子を名乗る直冬殿に全く良い顔をしておられず……誰とは申しませぬが、無理矢理にでも直冬殿を推し上げようとする人物がおるのです」

 

 

「……十分だ。それ以上は、密かな場でも汝の安全に関わる」

 

 

「……は」

 

 

「それにしても武家もまた将来に頭を悩ませるものであるのだな。今は源頼朝の東大寺供養に倣い、武士の大行列を成して幕府の武威を下々に見せつけておるが……いや、氏頼(大夫判官)。今の言葉は忘れよ」

 

 

 一連の光厳上皇の言葉から不思議と温情めいたものを感じた。

 佐々木惣領に泥を一方的に被せてはならない。前言撤回の光厳上皇の脳裏にそんな考えがあるように思えた。そう言えば、守護大名たちでも俺が一際、北朝の「公」の部分に近いような気がする。

 古来、京近くの南近江に根を張る大名の生まれ故なのだろうか。

 本来なら尊氏様こそが最高位に立つべきだと考えているのに。

 

 

「御意……陛下。此度の武家の大行列、陣容はお聞き及びで?」

 

 

「……まだよ。帝の方には既に話がいっておるやもしれぬが」

 

 

「院よ、お口挟みをお赦しください……氏頼(大夫判官)、遠慮は無用。勿体振らず教えて差し上げるのだ。上皇陛下は汝を重んじておいでだ」

 

 

四条(油小路)卿……では、此方で予め把握したものを申し上げましょう。折角ですから心の片隅にでもお留めあれ。もし違えているところがあったのであれば、お手間を掛けまするが、ご放念の上で四条(油小路)卿より私にお伝えを。将来に備えた情報網の確認と御心得くだされ」

 

 

 この後醍醐供養の列には様々な有力武士たちが参加している。

 例えば先頭の列だけでも現侍所所司の山名時氏を皮切りに武田家当主の信武や小笠原家嫡男の政長らが続く豪華ラインナップだ。

 恐らく貴族たちは日記に書き記しておく事になるだろう。俺としても幕府における各将の立ち位置の確認は必要だ。観応の擾乱まで残り五年になっている。もしかしたらこれが室町時代初期における幕府一丸の最後の行事になるかもしれない。そんな予感がする。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 何年振りの京だろう。長く見ぬ間に、人々の風俗に確かな変化が生じている事が手に取るように分かった。三郎(氏頼)と一緒になりたいと馬鹿げた考えに囚われなければ、足利幕府における流行の移り変わりを楽しめたかもしれない。どうしても悔しくて震えてしまう。

 そんな私の肩を、世が世なら義理の母になる筈だった"奥方様"がさすった。三郎(氏頼)の母、つまり前佐々木惣領・六角時信の正室だ。

 

 

「申し訳ございません……大奥様」

 

 

「良いのですよ、魅摩殿。こちらこそ私の力不足で氏頼の勝手を」

 

 

 彼女……長井時千娘は近年、体調を崩して寝込みがちだった。

 これでも三郎(氏頼)が探してあげた薬のお陰で、何とか持ち堪えていたらしいが、限界が迫っているらしい。時千娘の実家である大江(長井)家から寄越された数名の護衛も、心配そうに彼女の様子を見ている。

 一方、無数の天龍寺供養の見物人たちは眼前の幕府武将たちの行列に夢中であった。彼らの姿が美々しさで群衆を魅了していく。

 

 

「おお!今度は帯刀の役の列か!」

 

 

「これもこれで名家や有力大名の子弟ばかり。贅沢な事よ」

 

 

「佐竹、二階堂、武田、小笠原、三浦、他にも……壮観なり」

 

 

「むむ。あそこには伊勢貞継様がおられる」

 

 

「あれは京極佐々木家の三男・高秀様……何と美々しい」

 

 

 群衆による弟・高秀への賞賛で心が落ち着いた。現在、佐々木党は誰しもが比叡山対策やら天龍寺供養やらで忙しくしている。

 目付けの直冬が気に入らないという理由で何処かへ行ってしまった三郎を除いて。今の南近江の六角軍は当主舎弟の一人の定詮が統括している。直冬は誤魔化しを見破って三郎(氏頼)の不在を知るや否や、連れ戻しに出て行ったらしいが、これで肩の荷が降りたのはやはり定詮だ。先代の正室である時千娘が、人生最期の思い出に天龍寺供養の列を見物したいと伝えたところ、あっさり頷いてしまった。

 ついでに、この私が目障りだったのか。同行させたいという時千娘の言葉も全く制止しなかった。後で三郎(氏頼)がどんな反応をするか見ものだ。怒るならまだ何とかなるかもしれない。期待はないが。

 

 

「大奥様……せっかく無理を押して来たんです。幕府の武将たちの晴れ姿を目に焼き付けましょう。廷尉様たちはおられませんが」

 

 

「廷尉……その呼び方も、あの子の命令で」

 

 

「……はい。もう子どもじゃないので、通称で呼ぶなと」

 

 

「……氏頼は昔も今も幼稚さは変わりせんよ。強いて言うなら顕家軍が江南に迫った時……ああ、あの子はあそこで死ぬべきだったのかもしれません。なのに、生き延びたせいで将軍の虜になって」

 

 

「大奥様……冗談でもそのような事は」

 

 

 涙ぐむ彼女にどう応じたものか。不慣れな私は戸惑うしかない。

 思えば、時千娘もかなり波瀾万丈だ。嫁ぎ先の当主と仲睦まじく暮らしていたと思いきや、鎌倉幕府が滅び、幼い嫡男・千寿丸が新時代の武家の棟梁・尊氏様に近付き、夫の時信は面目を失って自ら政界を退いて世を捨てた。新たに千寿丸が幼いながら江州守護の座に就いたかと思えば、今度は中先代の乱や建武の乱が勃発した。

 そこで起こったのが佐々木城陥落だ。あの時の事は今でも忘れられない。忘れられるものか。占領の京で私がどれ程絶望したか。

 

 

「いいえ、いいえ。魅摩殿……顕家卿が、顕家卿が、あの子を討ってくれれば……皆に迷惑を掛けず、千寿丸は御立派に最期を遂げられたでしょう。ですが、生き残ってしまった。あれ以来、千寿丸は拍車が掛かってしまった。氏頼になっても将軍の威光を笠に着て、どんどん悪しき面を露呈していく。何故あんなに(おぞ)ましく……」

 

 

(おぞ)ましく……?」

 

 

「そうでしょう?将軍の……あのような小姓たちと変わらない事を名門武家の身でされておきながら、平気でいられる。氏頼となった今では、あの人ではなく将軍を父と慕い、自らも小姓たちを抱え、夜な夜な……しているそうではないですか。一方で、亜也子殿は今や甲賀三郎などと名乗って女と思われず、貴女に至っては──」

 

 

「大奥様!」

 

 

 誰もが天龍寺供養に夢中になっている今だから助かった。だが、もし誰かが聞き耳を立てていれば、私が親父に口添えを頼んでも只では済まない。済む筈がない。三郎(氏頼)が誰よりも激怒するからだ。

 確かに三郎(氏頼)は元服して家長(かちょう)らしく威厳に満ち、父母や弟たちの様子に注意する。しかし、その根底にあるのは尊氏様への狂信だ。

 

 

「あいつは……ちょっと婆娑羅なだけなんです。だからそう悪し様に三郎(氏頼)を罵らないでください。御自分で産んだ御子でしょう?」

 

 

「……産みました。ええ、確かに……けれど、私が産んだのは怪物だった。若い頃は平和に、幸せに暮らしていた筈。なのに時代が変わって……今はマシになりましたが、夫は心を病んだ。嫡男は思考も行動も将軍に汚染された。貴女は正室になる筈が、空手形のため側妾となり、あまつさえ城の牢に……その首の傷痕だって……」

 

 

「これは……盛り上がり過ぎたせいで……いえ、違います」

 

 

 今更な話だが、誤魔化せる事ではない。元より誰かに異変に気付いて欲しくて、一族の本拠地の佐々木荘で衆目に晒していた傷だ。

 そう、これは私が望んだ筋書きそのものだ。そのものの筈だ。

 時千娘は建武式目(婆娑羅禁止令)の発布以前から婆娑羅な私を不快に思っていただろう。彼女がここまで言うなんて機会は滅多にない。逃してはならない好機だ。ただ、どうしても三郎(氏頼)のかつての姿がチラつく。

 

 

「魅摩殿。貴女が望むなら再婚を認めて差し上げるよう、私が氏頼に願い出ますよ?あの子とて『人之将死其言也善』という道理を心得ている筈です。母が死に際にお願い申せば、何とかなるかもしれません。実を言えば、今日はその相談のために無理言って京に」

 

 

「そんな事……」

 

 

 天龍寺供養の行列には数多くの幕府の有力武将が並んでいる。

 もし私が再婚を願い出てそれが叶えば、一族にも親父(京極道誉)にも不利にならない相手を探し出すことになるのだろうか。だが、子沢山だった亡き顔世と違って、虚しく年月を重ねて娘盛りが過ぎただけの私では、碌な相手が見つかる気がしない。それにしても、どうして私がこんな考えを持たなくてはならないのか。十年前は婆娑羅を標榜して京の賭場で沢山の人々を絶望の淵に叩き落としていたのに。

 次第に腹立たしさが募ってくる。六角家の人々に。見返したいという思いが沸々と湧き上がる。おちおち逃げ出してなるものか。

 

 

「魅摩殿、遠慮せず仰って良いのですよ」

 

 

「大奥様は、本当に廷尉様の元へ将軍の御息女が参られると?」

 

 

「そんな……まさか」

 

 

「……大奥様。次の佐々木惣領正妻になるのは私です」

 

 

 このままでは終われない。今更、三郎(氏頼)の幸せなんて知った事ではないが、私の幸せは、もはや次の佐々木惣領の母親になる事でしか手に入らない。そうでもしなければ、親父(京極道誉)にも顔向けできない。

 いちいち列挙すればキリがない程の数の将たちを従える尊氏様の眼中に、元服済みの自分自身が入っていない事を、三郎(氏頼)が認識するのも時間の問題だろう。そうなったら、一気呵成に喰らい付く。

 気付けば、体内の神力がいつに無くドス黒いものになっていた。

 

 

「魅摩殿!?それでは、また!」

 

 

「大奥様……お気持ちだけ、ありがたく」

 

 

 もう何年も時間を無駄にした。だが、それは三郎(氏頼)も同じ事だ。

 我慢比べで三郎(氏頼)に負ける気がしない。十年前の佐々木六角千寿丸の姿を思い出す。あいつは本来、堪え性のないガキだ。幾ら将軍のためとはいえ、どこまで保つものか。供養行列でも一際目立つ将軍御車、ついでに直ぐ近くの刀持ちの一人の仮面武将に向け、不敵な笑みを浮かべる。首の傷痕に手を当てて、待っていろと呟いた。

 この康永四年、改めて貞和元年は、天龍寺における後醍醐供養の形を借りた幕府の示威行動が無事に完了した年として、天下万民の記憶に残った。一方、近江国では六角時信(前佐々木惣領)の妻が逝った年としても認識された。葬儀の日、三郎(氏頼)の姿がどこか力ないものに思えた。

*1
延喜式における国々のランク付けで最高のもの。親王任国では上総国、常陸国、上野国。それ以外に近江国や陸奥国、播磨国などの十ヵ国がある。




〈後書き〉
本誌の展開*1以上に、解説上手の記述に吃驚しました。
『平家物語』は軍記物語の代表だと認識していただけに、困惑が凄いです。諸説あるそうですが、歴史書としてというか、平曲と表裏一体の文学作品ではないか。『源平盛衰記』にしても物語的性格を増幅させた『平家物語』の異本、派生の一つなのではないかと。
確かに調べてみたところ、軍記という用語の誕生から再考するものもあるようですが……
基本的な理解としては下記のリンクを参照するのが良さそうです。詳しく明快な解説記事が載っているので。ご興味あれば。
https://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=2384 ※この記事はログインなしで読めます。

*1
この機会に改めてご承知おきください。この作品において原作の踏襲より『太平記』や史実の流れを優先する事はしばしばあります。
とはいえ此処まで読み進めてくださった方はよくご存知でしょう。
また、当作における観応の擾乱では逃若党からも犠牲者が複数出る可能性が。尤も、武蔵野合戦をやるかどうか未だに決めていません。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。