崇永記 作:三寸法師
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基本的に足利直義という人物は、贈品に良い顔をしない。副将軍という幕府の大権を握る身として賄賂を決して受け取らないように努めているからだ。たとえ返しそびれ床に転がる一粒の菓子でも、
しかし、待望の実子・如意丸が産まれた日……
「凄ぇな。こりゃ、侍所の連中にも警備させねェと危ないぜ」
「桃井殿。流石にここまでは想定外なのでは……」
「返す言葉もありやせん……ですが、直冬様。あの進物のどデカい山や人々の大群……公正な副将軍にして稀代の名君・直義公への信頼の現れでしょう。それはきっと同時に御子への期待です。如意丸様は大果報の御方……あ。あんた様にも皆、期待してますぜ?」
「……いえ、桃井殿。良いのです。如意丸殿が産まれて、肩の荷が降りた気分です。やはりオレに直義様の子は……荷が重かった」
上洛より幾年も経ち、直冬は実父・尊氏の変顔や師直派の嘲笑に晒されてきた。見かねた直義の養子に迎えられても、それはそれで却って非直義派の偏見に拍車を掛け、肝心の直義派からも武力の象徴と見做されるようになり、居住まいが悪くなるばかりだった。
如意丸が産まれても依然、直冬が
「お互い、如意丸殿の御誕生を喜びましょう。桃井殿……次代将軍は義詮様で、副将軍は御成長された如意丸殿。オレは遠く地方で敵なり賊なりを討伐できれば満足です。元々、一人の武士として名を上げたい一心で上洛した身故……これぞ我が本意です。桃井殿」
「直冬様……その心意気、感服しやした。俺は九年程前から直義様を御守りすべく京におります。ですが、いずれは直義様の御子たちを守り抜くため、力を奮わむ……これが男・桃井の誓いですぜ」
この二人は、まもなく始まる室町幕府軍と南朝最強武将・楠木
勿論、かつての諏訪頼重のような未来視でもない限り、当時を生きる人々にそんな宿命を知る由はない。とはいえ、誰もが後の災禍に思い至らず、嘴を揃えて如意丸を「大果報の人」と呼んだとする古典『太平記』の皮肉は、どこまで信じられるべきものなのか。
閑話休題。翌々月になり、桃井直常も足利直冬も驚いた。内々に楠木
「さ、佐々木氏頼……あの狂将を討伐軍に加えるのですか!?」
「そうだ、直冬。あれと
「いや、しかし……」
「直義様。お忘れですかい?六角は幾月か前、将軍執事の命令で、湖上輸送の違乱を取り締まって師直派再転向の姿勢を明確にしたばかりでございやす。起用は……慎重になった方がよろしいかと」
もし前線へ送り込んで手柄を立てさせれば、師直派の勢いを助長するのではないか。今となっては九年前の般若坂合戦の後、高兄弟に軍功を認められず、恨み骨髄ともされる
勿論、頭脳明晰な直義は、驍将ではあれど知恵が今一つな
「直冬、桃井。勢力争いとは、流動的な者を如何に取り込めたかで勝負が決まるものだ。どれだけヤツが二転三転しようとも、諦めた時点で決定的に、師直の後塵を拝してしまう。佐々木一族の嫡流筋の
「何と……義父上がそこまであいつを買っておられたとは」
実際、内政では断固毅然とした態度の直義だったが、
尤も、
だが、ここに居るのは須く当事者である事を忘れてはいけない。
皆が未知の時代を手探りで生きている。聡明な直義も然りだ。
「それにな、直冬。確かに佐々木氏頼は……私やお前、それに赤子の如意丸にまで厳しい目を向けているようだ。だが、その根底にあるのはひとえに兄上への狂信とも呼ぶべき忠誠……いや、崇拝だ。今になって師直派に属しているのも、兄上や義詮殿を思っているからこそだろう。我が派閥の者たちの手前、あまり大きな声で言える事では決してないが、
「……
「崇拝……塩冶の事件でオレが見た六角の異常性はそのせいで……」
「そもそも……私は遠からず必要となる楠木
「「!?」」
古典『太平記』には
正行の敵は決して直義派だけではなかった。佐々木六角氏頼の党以外にも、
その総大将とは、従四位下・細川顕氏である。昔年の顕家軍撃滅に多大な貢献をした名将として、今や
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一方その頃、東北地方でも南北両朝の趨勢に変化が見られた。
既に
「な、あの妖艶な女性画の旗……石塔軍か!」
「如何にも。京の将軍の命を受け、この元北朝奥州総大将の石塔義房が南朝の権中納言・北畠顕信を討ちに参った!当家の女神である満子ちゃんの御前ぞ!即刻成敗してくれん!皆の者、掛かれ!」
七月下旬、霊山城をはじめとする南朝諸城が相次いで陥落した。
規格外貴族の顕家の猛威からおよそ十年が経ち、東北地方における北畠氏の威光は風化の一途を辿っている。白河結城氏や南部家の生き残りは続々と北朝へ降り、伊達家からも離反者が続出した。
無論、全員が全員ではなかったものの、尊氏による土地の利権をチラつかせた調略は実に巧みで、遠方の武将にも効果的だった。
『伊達、結城。そこの南部も……今夜一晩、共をせよ。言葉責めの引き出しを増やしたい……夜通し正座で、余の罵倒を拝聴せよ』
「……顕家卿」
『慣れる。獣と同じ餌に慣れねば、獣の気持ちは分からんからな』
「顕家卿……申し訳、申し訳ございません……ッッ!」
齢五十過ぎの老将が摂河泉の方面……十年近く前の北畠顕家戦没地の方角を向き、額を床に擦り付け、書状を握り締めて涙する。
名将・伊達
劣勢において、衰えた自分への絶望はどれ程のものであったか。
さて、奥州の戦況はやがて遠く離れた吉野朝廷へと伝わった。
「親房。汝の次男・顕信が霊山城より命からがら落ち延びたるは、不幸中の幸いだった。朕も安心したぞ。それにしても、石塔義房に斯くも力があったとは。その嫡子・頼房も幕府でたいそう有望視されていると聞いた。足利政権にはどれだけの人材が居るのやら」
「……帝。南朝の人材も尽きてはおりません。既にご存知の通り、近く楠木氏が蜂起する手筈にございます。奥州の南朝軍の呼応は難しくなってしまいましたが、逆に九州の情勢は悪くありません」
「懐良か。征西大将軍としてよくやってくれている。だが、あまり急かして仕損じさせたくない。金ヶ崎の二の舞だけは避けねば」
後村上天皇は、親王時代に耳にした
金ヶ崎城陥落の間際、敵兵が迫る前に新田家嫡男の
「は……親王殿下があのような悲惨な最期を遂げられる事、二度とあってはなりません。ですが、帝。九州で征西大将軍の軍威が高まれば高まるほど、北朝は動揺し、楠木軍の挙兵がより効果的に」
「……そうだな。親房、汝こそ南朝の総帥だ。顕家の悲願はその実の父である汝の手に掛かっておる。
南朝首脳陣の楠木
この時、後村上天皇は失念していた。君主による大き過ぎる期待は時に罪深く、残酷に臣下を追い詰めてしまうものである事を。
今にも始まろうとしている小楠公伝説は、そうした罪深さであったり残酷であったりを元にして、形成されていったものである。
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どうやら勘付かれているらしい。
「京周辺から天王寺に掛けての物資の流れが不自然と思って探らせてみたところ、アタリだった。敵の軍が遠征の準備をしている」
「敵……兄者。その数は?討伐軍の構成武将は予想通り──」
「ああ。細川顕氏が総大将、これに近江国守護の佐々木六角氏頼、百戦錬磨の赤松範資・貞則らが加わり、三千騎以上の見込みだ」
「……さ、三千?」
「思ったより少なくござるな。
正時にしろ
現当主の
足利幕府は若い自分たちを舐めているのではないか。そう正時は憤慨してみせる。しかし、意外にも末弟の
「敵将たち……とりわけ直義は弱将との評判あれど、幕府の誰よりも頭脳に秀でています。きっとこの約十年、本人なりに楠木流兵法を研究していたに相違ござらぬ。三千余騎の軍がその証拠です」
「つまり……正儀。小回りが効かなくなる事なく、さりとて我ら楠木軍を数で圧倒できる。そう思っての敵軍三千余騎であると?」
「正に。兵は多ければ多いほど良いというものでも無し。総大将の細川
三兄弟の次男の正時は、
「得心した……兄者、正儀はやはり知恵が効きます。次の戦でも従軍させれば、きっと有用です。まだ十代なのは承知の上で、顕家軍における時行殿の如き活躍が期待できます。考え直しては──」
「……いや、有用だからこそ後方支援に徹して貰いたい。正儀が後ろにいてくれれば、その分だけ我らが思い切り戦える。戦の相手は総大将の細川
決して大軍ではないが幕府の精鋭揃いにつき、油断は禁物だ。
その事を正行は重々承知している。細川顕氏対策は十年も前から配下の武将たちが対峙していただけあって、万全に近い。しかし、歴戦の赤松範資・貞範の兄弟は勿論、未だ底の知れない佐々木六角氏頼は、どれだけ準備を進めていても憂慮の対象になっている。
「細川顕氏、範資・貞範兄弟、佐々木六角氏頼。どの将も決して今まで無敗という訳ではなかった。しかし、彼らに土をつけた武将はいずれも天下の名将。また、
「……逆に申せば、兄者。彼らを倒せば、兄者は新田義貞や北畠顕家卿にも匹敵する英雄級の将として、天下に名を馳せられます」
「……そうだ。まず緒戦できっちり、彼らを撃ち破ろう。何としてでも足利尊氏を倒す。緒戦の敵はそのための試金石であろうよ」
楠木
その決意は固く、敵将と刺し違えようとしているのかという程の気迫に満ち溢れている。
「顕家卿、東国出身の将士諸兄、時行殿の娘軍師よ……貴方たちの犠牲を無駄にはしません。我ら楠木兄弟が必ずや仇を討ちます」
「最も狙うべきは……近江国守護・佐々木六角氏頼」
「正行兄者、正時兄者。御武運を。どんな策も軍神・楠木正成公の武名が肯定してくださいます。我ら兄弟こそ父上の子。北朝征夷大将軍の烏帽子子を討ち、証明するのです。軍神は今再び天下に再誕したと。北条に続き、足利の政権が軍神台頭を以て破綻します」
南北朝時代が始まって十年余り。北畠顕家や新田義貞の両英雄の戦死以来、南朝の勢いは既に見る影もなくなっていたが、いつまでも黙ったままではいなかった。
楠木