崇永記   作:三寸法師

16 / 201
第弍章 中先代の乱
◆0


〜1〜

 

 

 鎌倉幕府滅亡から一年以上が過ぎ、謂わゆる建武の新政の影響により各地で混乱が生じていたある日のこと。

 俺は故あって二条高倉にある尊氏の屋敷を訪れていた。六角の屋敷から徒歩でも容易く行ける距離なので、近所の知り合いに挨拶するのと感覚的にはあまり変わらないのが複雑である。

 

 

「おぉ、千寿丸。よく来てくれた」

 

 

「はい。先日は土産を持って我が六角邸に来て下さりありがとうございました。これは心ばかりの礼です。お納め下さい」

 

 

「うむ。それで、近習の件なのだが──」

 

 

「はい。喜んで御役目勤めさせて頂きます」

 

 

「その……だな。千寿丸。話を持ち掛けた我の方から言うのも申し訳ないのだが、実は無かったことにして欲しいのだ。師直にこれでもかと叱られてな。直義も良く思ってないようだし……」

 

 

 模範的な武士と言われることもある尊氏でも家臣である師直に諌められることがあるのかと驚いたが、俺はすぐに場に直って了承の意を告げることにした。

 

 

「承知しました。では、この件……私は一切忘れまする」

 

 

「う、うむ。本当に申し訳ない」

 

 

 つい先日に尊氏本人に持ち掛けられた側仕えの誘いは、前世の記憶を持つ俺からして見れば、室町幕府開闢後に政権内で有利な地位を確保するための布石になり得るものだったが、その道は呆気なく塞がれてしまった。

 確かに今世の父親である時信や尊氏の右腕である師直から名門武家の嫡男である俺の身分では普通とは違う意味で相応しくないという意味で辞退を勧められた覚えがある。

 完璧執事とされる師直と言えども、尊氏の意思には逆らえないだろうと強引にでも受けるつもりだったのだが、恐らく数日の間に根回しが行われていたのだろう。

 

 

「尊氏様には常日頃からお世話になっておりますから、今後とも何かあれば、遠慮なく仰って下さい。全力を尽くします」

 

 

「そう言って貰えるとありがたい。千寿丸、今丁度師直が昼餉を用意してくれているところだ。良ければ一緒に食べないか?」

 

 

「是非に。あのお人の作られる料理は私の好みに合いますから」

 

 

「師直も鼻が高かろうな。六角の若当主からのお褒めだ」

 

 

 続けて尊氏は言う。京に移り住んでからと言うもの、師直は以前にも増して京風の味付けをすることが多くなっているらしい。

 きっと政権内における役所勤めが多くなった尊氏の生活習慣の変化に合わせたのだろうなと思っていると、もう見るのは何度目かと言う何故かエプロン姿の師直が現れた。

 

 

「今日の御膳は殿だけでなく六角殿の趣向も鑑み、鱧尽くしということでお作りします」

 

 

「どうだ?千寿丸。気に入ってくれたか?」

 

 

「お二人の心遣いに感謝致します。叶うものなら、この屋敷に住まわせて頂きたい程です。三河権守様の料理が毎日のように食べられるのでありましょう?」

 

 

「六角殿。お戯れは程々に」

 

 

 どう云う訳か知らないが、エプロンらしきものだけでなく三角巾まで装備する師直は、そう言いつつも市場の鱧売りにも勝っているだろうかという見事な手際で鱧を捌いた。

 そこから一人で全ての献立を用意する様は圧巻だった。主婦のような姿の師直の挙動一つ一つが、さながらプロの料理人であるかのようだった。

 

 

「流石は師直様。美味です。小骨が悉く断ち切られています」

 

 

「うむ。小骨が無いのは良いことだ」

 

 

 一端の料理人であればともかく、本職は武士である筈の師直がここまで料理上手であることこそが今世に生まれて最大の衝撃と言えるかもしれない。

 それこそ鱧というのは他の魚介に比べてもかなり骨が多く、全てを処理するつもりなら、相当な技量が必要となる筈だ。

 鱧を捌くのでこの出来栄えならば、戦場で人を捌くのはどれだけ上手なのだろうかと思うと、その技量にはただただ敬服するしかない。

 

 

「直義もここに居ればなぁ。直義が一緒ならもっと飯を美味しく食べられるのだが」

 

 

「相模守様は鎌倉に居られるのですから、関東庇番衆の方たちと何かしら美味いものを食べられているのでしょうか。鎌倉で美味いものと言えば確か……」

 

 

 マズい。イタリアンだの寿司だの少なくともこの時代の日本では見られないような例ばかりが思い浮かぶ。

 まさか亀寿丸もとい北条時行に教えて貰った漁師秘伝の生しらす丼など尊氏や師直相手に言える筈も無し。詰みだ。

 

 

「ん?やはり鯛ではないか?……直義は今頃、憲顕辺りと膾を食べているのか。我も鎌倉に行きたいなぁ」

 

 

「……は、はぁ」

 

 

 目の前の尊氏の様子に困惑していると、蜜柑汁を使用した甘味を用意している師直が、すかさず口を挟んだ。

 

 

「直義様の関東派遣は、北条残党の気配に勘付いた殿が、ご兄弟で東西を盤石にさせるため、直義様ご本人に直接お話になって決まったことでしょう」

 

 

「だからと言って、我も鎌倉に行ってはならぬということはないだろう。そのまま帰って来ない訳ではないのだぞ」

 

 

「だとしても、帝が許可を下しません」

 

 

「……」

 

 

 シュンとして困ったような表情を浮かべる尊氏からは、どこか物悲しい雰囲気が醸し出された。

 前世では全く体験したことのない気まずさを感じた俺は、場の空気を変えるべく別の話を切り出すことにした。

 

 

「鎌倉で思い出しましたが……先だって一品中務卿親王殿下に鎌倉に行って来て欲しいと言われたことが」

 

 

「尊良親王が?妙だな。政にはあまり関心がないと聞いていたが」

 

 

「はい。何でも弟の大塔宮殿下の様子が気になるとかで。取り敢えずその場では丁重にお断り申し上げましたが」

 

 

 後醍醐帝の長子であり、護良親王の兄でもある尊良親王は、かつては皇太子の有力候補として従兄弟や持明院統の皇子と争い敗れた過去を持つ御仁である。

 有力者としての地位は維持しているものの、専ら詩歌管弦に没頭しがちで、政への関心の低さは自他共に認めるところである。

 

 

「鎌倉の御代に六角邸でかのお方を預かり申し上げた際に、歌や音楽を教わって以来、それなりに懇意にさせて頂いたのですが、よもやそのような依頼をして来るとは夢にも思わず。ただ、気になるのはご本人から一切邪気が感じられなかったことです」

 

 

「……となると単なる心配か、それとも裏に誰か居るのか」

 

 

「うん。その二択だろうな」

 

 

 将軍宮として成良親王を担いだ直義の働きにより、鎌倉が足利の支配下に収まったことは公然の事実である。

 もしその様子を探りたいのであれば、事実上の足利党でありながらも足利宗家にかなり近い家格を持つ六角の人間である俺を利用するのは、理に適った手段と言えるだろう。

 

 

「千寿丸。我からも頼みたい。鎌倉に行ってくれないか」

 

 

「!?」

 

 

「殿?」

 

 

「殿下からの頼みを無碍にするのも都合が悪かろう。それに、我も直義の様子を確認して来て貰いたいのだ」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

 それは足利の家臣が行えば良いのではと訝しんでいると、師直から直義に話を通しておく旨を告げられ、俺は否が応でも再び鎌倉に行かざるを得なくなった。

 後日、意外とすんなり父親である時信の許可を得て、家臣たちの中から今は近江国に居る青地重頼を供として選んだ俺は、東海道を馬で駆けて下り、再び鎌倉の地に降り立った。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 男性アイドルグループのライブでも行われているのだろうかと勘違いしそうになる黄色い歓声が、場を包み込んでいた。

 

 

「「きゃ〜!」」

 

 

「千寿丸様可愛い〜!」

 

 

「孫二郎くんもっとくっ付いて〜!」

 

 

「岩松様素敵〜!」

 

 

「やーん!」

 

 

 どうしてこうなった。庇番メンバーと共に関東在住の良家の女子たちに囲まれたまま、牛車に揺られて七里ヶ浜を進む俺はあまりの状況に言葉を失っていた。

 

 

「孫二郎……庇番はいつもこんなことを?」

 

 

「ああ。直義様の金策の一環だ」

 

 

 庇番衆牛車旅という名の江ノ島半日旅は、富裕層の女子が五十貫文というバカみたいな大金を支払って参加し、庇番メンバーと海の幸や木彫りなどの体験を楽しむイベントである。

 一日で一戦分の軍資金が稼げるらしく、中世においてこの稼ぎ方を考案した直義の発想力には脱帽させられる。

 

 

 ただ、何故この庇番衆のイベントに部外者の俺が参加することになったのだろうか。この疑問は、俺の考えを読んだらしい関東庇番衆の寄騎である斯波孫二郎がいとも簡単に解決した。

 

 

「お前が来ると決まってからというもの、直義様は限定企画の開催や期間限定商品の開発を命じられてな」

 

 

「うわぁ」

 

 

 要するに、六角コラボという訳だ。

 隙のない直義のことだから、俺に渋られることを見越して師直伝いに時信に圧を掛け、許諾を既に取っているだろう。

 つまり、俺は嵌められたのである。

 

 

「期間中はいつにも増して多くの利益が庇番に入るだろう。その分で初日に僕らが総出でお前と一緒に狩りに出たことによって発生した損害を補填する」

 

 

「損害て……狩りは武士の嗜みだろうに」

 

 

「勿論、損害分を差し引いた上で出た余剰分の一部は、最終日にお前に良銭で直接渡す予定だ。これで文句ないだろう?」

 

 

「本当に隙がないな。直義様の考えることは」

 

 

 しかし、この状況が一週間近く続くとなると、ある意味で六波羅陥落の時以上の地獄である。これなら魅摩でも誘って来るんだったと俺は今更ながらに後悔の念に襲われた。

 

 

「安心しろ。お前の要件は明日の午後には果たせる」

 

 

「なら良いか……あ、酒は結構です。申し訳ない」

 

 

 牛車旅に参加している女子に勧められた酒を断りながら、一時は討幕の功労者として征夷大将軍に任じられる勢いだった護良親王に思いを馳せた。

 

 

『それでは行って参ります。千寿丸殿』

 

 

『はい。道中お気をつけ下さい。殿下の武力は並大抵のものではありません。くれぐれもご油断なきよう』

 

 

『ご安心を。この佐渡判官道誉、宮将軍に後れを取るつもりは毛頭ございません。必ずや殿下を直義殿の元まで送り届けてご覧に入れましょう』

 

 

 護良親王が道誉の護送によって京から直義が掌握する鎌倉に送られることになったのはひとえに尊氏との政争に敗れ、後醍醐からの信任を喪失してしまったからである。

 元々、護良親王の勢力に属する荒くれ者が揉め事を起こすようなことがあって信用を落としていたところに、尊氏を幾度となく誹謗中傷しては遂に襲撃事件を引き起こし、挙げ句の果てには帝の制止を無視する形で令旨を連発し続けた結果、三位内侍こと阿野廉子の讒言を招くこととなり、帝の堪忍袋の尾が切れたという話だ。

 

 

 京においては帝が護良親王を鎌倉に送ったのは、彼の不在で赤松円心をはじめとする従う者たちが完全に力を失い次第、死を賜るつもりだからなのではないかと噂する者も居る。

 その護良親王は今、鎌倉の二階堂と呼ばれる地域に拵えられた小さな御所にて直義の監視下にあった。

 

 

「六角様、こちらでございますぅ」

 

 

「……どうも」

 

 

 極めてありふれた中年男性らしい顔付きでありながら、どこか挙動が不気味な男に案内され、俺は遂に護良親王に謁見した。

 

 

「汝は……確か」

 

 

「佐々木六角大夫判官時信が子息千寿丸にございます」

 

 

「成る程、大体分かった。一宮殿下に頼まれ、余の様子を確かめに来たのだろう?」

 

 

「!……お察しの通りにございます」

 

 

 流石に賢い。これなら唐崎において時信が六波羅軍の大将でありながら、当時は天台座主の地位にあった護良親王に従う僧兵たちに大敗を喫したというのも頷ける。

 当代最高という訳ではないが、それでも兵法に通ずることにおいては確実に上澄みの部類に入る程の賢さを持つ男だ。

 時信の息子が会いに来たということだけで、ここまで容易く正解を導く辺り、やはり異色と言って良いだろう。

 

 

「されど、汝は余の長兄ではなく尊氏の従順なる僕。そうだな?」

 

 

「良くぞお分かりで」

 

 

「ああ。でなければ、わざわざ直義が佐々木氏宗家時信の跡継ぎである汝をここに引き入れる訳がない。今後を見据え、一宮殿下の判断力を鈍らせたいがため、この対面を仕組んだ。これが足利のやり口よ。汝はそれでも、足利に従うつもりか」

 

 

「無論です。尊氏様こそ真なる武家の棟梁であり、源氏総大将。殿下にはお分かりにならないことやも知れませぬが」

 

 

「……異形同士、惹かれ合うということか。口惜しい」

 

 

「?」

 

 

「一宮殿下に如何に報告するかは直義と決めているのだろう?もう十分だ。下がれ。余とて親王。これ位の命令は聞いて貰うぞ」

 

 

「御意。失礼致します」

 

 

 意味不明な嘆きを呟いた殿下は、突如表情を引き締め、帝の皇子としての威光を以て俺に退去を迫った。

 ここで逆らっても何の益もない。護良親王の言葉に従い、もう二度と訪れることはないであろう手狭な御所を後にした。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 宴の場は気が抜けない。酔った他の参加者に、酒を強要される危険があるからだ。だが、切り抜け方が分からないでもない。

 

 

「この六角千寿丸、宴の余興に遙か海の向こうの大陸より伝わりし剣舞をご披露させて頂きまする」

 

 

「「「おお〜!」」」

 

 

 基本的に武士というのは文武だけだなく、舞や笛といった技能も仕込まれているものだ。六角の嫡男である俺自身が良い例だろう。

 俺が好むのは剣舞である。人が舞っている時は鴻門の会の例から分かるように冷や汗ものだが、自分が舞う分には実に楽しい。

 

 

「いや〜、素晴らしい!」

 

 

「弓以上に見事な腕前であることよ」

 

 

「将来は一騎当千の猛者ですな」

 

 

 酔っ払いどもの適当な称賛をかき集め、無事に剣舞を披露し終えた俺は、直義から労いの言葉を掛けられた後、自席に戻った。

 

 

「お疲れ」

 

 

「ああ。孫二郎、お前が剣舞の相手してくれても良かったんだぞ」

 

 

「勘弁してくれ。あの動きに今の僕が追い付ける訳ないだろ」

 

 

「嫌味か?お前、剣の技量は相当なもんだろうが」

 

 

 軽口を叩き合いながら箸を手に取って、膳の上の食べ物を摘んでいると、不意に近くに人が寄って来た。

 

 

「六角様。先程の剣舞お見事でござった」

 

 

「どうもありがとうございます、石塔殿」

 

 

「六角様の剣舞、是非とも鶴子ちゃんの参考にしたく」

 

 

「はぁ……鶴子殿というのは石塔殿の御息女で?」

 

 

 関東庇番衆五番組筆頭である石塔範家は外見こそ実直そうな顔立ちが印象的だが、実年齢は意外と若い。

 剣舞を仕込める程の歳の娘が居るとは時代柄だろうか。そう思いながら尋ねると、あまりにも意外過ぎる返事が返って来た。

 

 

「いえ、娘ではありません。鶴子ちゃんは女神です」

 

 

「女神……これは失礼しました。知らぬことだったとはいえ、様を付けずに呼んでしまい。どうかご容赦を」

 

 

「六角様。詫びることはありません。確かに鶴子ちゃんは八幡神が遣わした天女ですが、日本一の白拍子。九郎判官のごとき六角様に親しく呼んで頂き、鶴子ちゃんも喜んでおります」

 

 

 どこか会話に違和感を覚えながらも、俺は話をし続けた。

 

 

「今の日ノ本にそのように高名な白拍子が居たとは。寡聞でお恥ずかしい限りです。それにしても八幡神の遣いとは」

 

 

「はい。彼女が脳内で私を鼓舞し続けてくれるからこそ、拙者は現実を超えて強くなれるのです」

 

 

「脳内……?現実を超えて……?」

 

 

 つまり、鶴子ちゃんが鼓舞してくれるというのは妄想の類なのだろうか。内心戦々恐々とした俺は、意を決して聞くことにした。

 

 

「失礼ながら、鶴子殿の似絵はあるのでしょうか?」

 

 

「しからば、蔵の方に案内しましょう」

 

 

 その日、俺はあろうことか建武年間において思わず称賛してしまうほど余りにも緻密で写実的な絵があることを知る。

 興が乗ってしまったのか延々と鶴子ちゃんについて話し続ける石塔との応答に、昔日の鎌倉攻めで搦め手の大将を務めた岩松経家が首を突っ込んで来て一悶着あったのは、また別の話である。




 この間執筆していた話で"逃"と"兆"、"弧"と"小"の使い分けを試みましたが、貫徹出来ませんでした。
 次回以降の投稿に関してですが、第弍章の残りは勿論、六波羅探題陥落について扱う前日譚のような位置付けである第零章も含め順次投稿し、北条絡みの話に一旦ケリをつけるつもりです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。