崇永記 作:三寸法師
〜1〜
年が明けて
軍神の再来・楠木
「
「ええ。多くの武士団を集め、徹底的に猛者を発掘して遠征軍に加えます。無論、弱兵が居ても足手纏いになるだけなので、不合格者は男山の警護をば……いざ出陣すれば、あっという間に決着が着くでしょう。
内々に聞いたところでは、
そのため、高兄弟はギリギリまで兵を集めると決めた。兵糧は京の直義たちが手配する手筈だ。直義は今頃、頭を悩ませているに違いない。男山に残って守る兵たちが飢えれば、京周辺の民家に押し入りかねないのだ。更なる大軍の兵糧の捻出はさぞ大変だろう。
高兄弟の方針は直義への嫌がらせの意味が大きいかもしれない。
「確認しておくが、
「それはないでしょう。
「……うん、師冬殿が言うと説得力が違う」
数年前まで、
はっきり言って、今の親房は南朝の癌だ。本質は顕家と同じ好戦的な公卿だが、それを現場軽視と両立させてしまうのだからタチが悪い。しかも武士への口出しが執拗ときている。その指揮下に置かれた武士たちは黙って見ていろと言いたくて仕方がないだろう。
勿論、北畠親房ほどの公卿を相手に直接物申せる武士は極めて限定的なので、大概の場合は結城
「あれだろ?親房が何通もしつこく、
「ええ。真偽は不明ですが、大の大人の
「そりゃそうだ。時行や義興なら分かるが、陸奥将軍府で評定衆なり引付頭人なり務めていた
後から分かった事であるが、結果的に白河結城氏当主・親朝はこの頃に死んだ。どうやら病だったらしい。もし
閑話休題。今の楠木
「野戦……となれば、どこが戦場になると思う?」
「はて。摂河泉の地域は湖や川が入り組んでいるため、我らが大軍を展開できる場所は限られます。楠木軍としても川での決戦はあまり考えていないでしょうね。出来るだけ内地を選びたい筈です」
「ふむ。どうやら誘うか誘われるか。ここが肝になる気がする」
「同じ意見です。
かつて知将・春日顕国を死に至らしめただけあって、
まず
〜2〜
既に四條畷の陣営で軍議が始まっている。現在、
先遣隊ではないが、東南の生駒山に
しかし、軍議冒頭。俺は仮にも近江国守護として参加した身で、首を捻り掛けた。耳を疑うような人事が発表されたためである。
「先鋒大将は京極家郎党・赤田下野守に決定した」
「あ、赤田……?」
「おい、知ってるか?」
「いや、そういえば
諸将は騒然とした。
赤田氏は京極家郎党なので、存在自体は既知だ。だが、この大一番の先鋒大将に起用される器かと訊かれれば、役者が不足していると言わざるを得ない。残念ながら今の俺に真っ向から言う権限はないので、佐々木惣領として責任転嫁されないよう努めるのみだ。
「赤田には先鋒五千余騎を率い、南の四条口に入って貰う」
「おお、これまた嬉しい限り。良かったなァ、赤田……誉ある先鋒大将を我が郎党より輩出できた事、拙僧も心より嬉しく思うぞ」
「は!身に余る大任!粉骨砕身!全う致します!」
諸大名の座る椅子の後ろに、各家の主力武将たちがズラリと並んでいる。赤田下野守はその中でもかなり後方の立ち位置である。
「次鋒は河津・高橋両名。三千騎を率い、飯盛山に控えろ」
「「御意!」」
これも特に今更名前を覚えるに及ぶとも思えない武将たちだ。
先鋒や次鋒がこれでは、
「小沼の堤に中軍を置く……既に知っている者も多かろう。大将は若き猛将・細川
「「「は!」」」
「外様武将から
「「「応!」」」
順当に考えて中軍からが本命だろう。経験不足で俺から見ても危ういところの否めない
これと生駒山の京極軍を除けば、後は総大将・
四條畷が如何なる地か。東に飯盛山があり、西には広大な池が広がっている。率直に言って、大軍を縦横に用いる事が極めて難しい土地だ。しかし、高
「このまま南の八尾に進撃していれば、楠木軍は難所の後ろで待ち構えていただろう。我らから攻めれば却って不利だ。だが、逆に消極的な姿勢で待ち構えれば、有利となる。これで楠木軍を倒す」
「
「数日以内に決戦だ!楠木
「「「「応!」」」」
こうして、俺たち幕府軍が四條畷に布陣した。五つの部隊が各々持ち場に就いた。きっと
だが、
この時、幕府武将たちはどれだけ気付いていただろうか。湊川の戦いの再現を狙うなら、我らも相応の痛手を要するという事に。
〜3〜
開戦間近だ。今回の戦で私……
他の郎党たちは大概が反京極派のため派遣候補から落選。目賀田一族出身の六角党たちは、近江国で新たに留守居の
「
「……ええ、どうぞ」
「有り難く……宗家、御挨拶に参りました」
現在、私は魅摩の後ろを着いて回っている。そのため、
殿様の反応は素っ気ない。三弟・
「ああ、そう……
「嫡流・庶流揃って御注文とは……分かりました。良いでしょう」
「すまん」
「
「「……」」
今きっと殿様も師冬も「お前が言うな」と内心一致していた。
それにしても、忍び込んだ賊を逃したとかで中軍大将を外されたと聞いていたのに、
「さて……道誉殿。今日は何用かな?」
「は。宗家、朗報をお持ちしました」
「朗報だと?」
「黒田殿、こちらへ……宗家。緊急事態の備えです。この黒田殿に兵馬を率いて頂き、本軍に加える御許可を師直殿より頂きました。もし何か御入用とあらば、気にせず手足の如くお使いくだされ」
「ッ……」
さしもの殿様も驚いた様子だ。私も信じられない思いなのだ。
「道誉殿……先生、ゴホン。
「何の、何の宗家……この
「ああ、はいはい。分かりました……」
要は体の良い厄介払いだ。私が渋い顔をする一方、魅摩は澄ました顔で目だけ笑っている。その様子が、私には恐ろしく見えた。
殿様は心の内で怒っている筈だ。仮でも道誉様に礼を言わなければならなくなってしまった。勿論、それを逃す
私は堪らなくなって殿様に視線を送った。知っていても、私では手の打ち様が無かったのだと。だから、どうか赦して欲しいと。
その思いが伝わったか、殿様は深い溜め息を吐いて言い放った。
「道誉殿……御配慮に礼を言おう」
「宗家。提案したのは魅摩にございます。故に御礼とあらば──」
「大儀である。今回ばかりは負ける筈がないと思うが、まぁいざとなったら神事を尽くせ。お前の神力が最後の頼みの綱だ。されど、もし万が一にも危なくなったら、そこの亜也子に自害を手伝って貰う事を忘れるな。くれぐれも一族の名に泥を塗る事の無きよう」
殿様は途中から話の落ちどころが分かっていたのだろう。道誉様の言葉に被せるように捲し立てた。だが、場が一気に冷え込む。
魅摩に情を持っていた頃の殿様でも、万一の自害の言い付け位はしたに違いないが、今の口調では欺瞞が丸分かりだ。殿様は切羽詰まっているのかもしれない。平時の殿様なら、皮肉を言うにしても相当上手くやる。東国出身の私が感じるのだから、かなり拙い。
あわよくば死んでくれという本音が丸分かりなのだ。幾ら楠木軍が天下最強を誇っていても、私が居たら危なくなる事ないのに。
「畏まりました。私は廷尉様のもの。故に命を惜しみませぬ」
「……励め」
冷静な魅摩の切り返しと素っ気ない殿様の返答で場は落着した。
この時、魅摩が何を考えていたのか。本心なのか、只の虚言か。
私はどちらかはっきり分からなかった。
「ね、お魅摩様」
「……何さ?軽々しく口を叩くんじゃないよ。小声でな」
「さっきのって?」
「半分嘘で半分本当……昔のあいつを少し感じられたから」
青天の霹靂だった。魅摩はどうやら殿様の様子を窺う過程でその内心に「千寿丸」の面影がないか楽しんでいたらしい。強者だ。
信濃国の変態たちの遠かりし思い出が蘇る。鍛えに鍛え抜かれて微かに笑う今の魅摩は、あの変態たちにも負けていない様子だ。
再び静寂が満ちる。暫くして味方の陣営の間を通過した。ここから街道を外れて生駒山へ向かう。すると魅摩が再び口を開いた。
「佐々木源氏の惣領にして将軍の烏帽子子。その肩書きが今のあいつの心を支えてる。もう元に戻れなんかしない。でも残滓は残ってるのさ。それを引き出す事が、私の生き甲斐に繋がる。今日は楠木軍との決戦が近付いてて良かったよ。あいつに余裕が無かった」
「これからもそうやって?」
「さぁ?どうしようかねぇ。将軍執事が派閥内の同族同士の歪み合いをどこまで是とするか。そこに活路がありそうなものだけど」
寂しく笑う魅摩の姿が、非凡な奥方様の素質を物語っている。
端から敵う相手じゃ無かった。そう昔の自分に言いたくなった。
「ッ……?」
「何だい。そんな後ろ向く事……いや、妙だね」
不意に異変を感じ取る。後ろからだ。何やら騒ぎの気配がする。
先を歩んでいた
「申し上げます!大事なく!御味方の陣で少しばかり誤報があって暫時慌てる者が続出したご様子!それで一悶着ございました!」
「一悶着……内容が気になるね。喧嘩かい?」
「いえ。ただうっかり者が誤って将軍執事の鎧を着て、周囲が咎めただけらしく。取り押さえの際、異様に騒がしくなったそうで」
「師直殿の鎧。師直殿の鎧か」
意味深な
近日中に始まる合戦のせいで、うっかり者の名前は天下に広く伝わる事になる。だが、私も魅摩もこの時は訳が分からず、独り小さく呻いて悩む腹黒坊主・