崇永記   作:三寸法師

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◆4

〜1〜

 

 

 年が明けて貞和四年(西暦1348年)になった。近年は正月になる度、観応の擾乱の幕開けが近付いている事をひしひし感じる。だが、今年は京や近江国ではなく男山で年越しを迎えただけあって、やはり異様だ。

 軍神の再来・楠木正行(まさつら)の脅威が天下に知れ渡り、一日も早い鎮圧が幕府に求められているのである。実際、京は今かなり騒然としているようだ。先々月(昨年十一月)の住吉合戦の敗戦直後に足利兄弟が取り乱したという情報が流れている上、先月(昨年十二月)相次いだ火災を楠木軍の仕業と見做す向きが広がっているため、官民を問わず動揺しているのだ。

 

 

師冬(播磨守)殿。高兄弟はまだ軍勢を集められるおつもりか?」

 

 

「ええ。多くの武士団を集め、徹底的に猛者を発掘して遠征軍に加えます。無論、弱兵が居ても足手纏いになるだけなので、不合格者は男山の警護をば……いざ出陣すれば、あっという間に決着が着くでしょう。正行(まさつら)の命運は既に見えました。後はどう片付けるか」

 

 

 内々に聞いたところでは、正行(まさつら)は何と吉野へ向かったらしい。

 そのため、高兄弟はギリギリまで兵を集めると決めた。兵糧は京の直義たちが手配する手筈だ。直義は今頃、頭を悩ませているに違いない。男山に残って守る兵たちが飢えれば、京周辺の民家に押し入りかねないのだ。更なる大軍の兵糧の捻出はさぞ大変だろう。

 高兄弟の方針は直義への嫌がらせの意味が大きいかもしれない。

 

 

「確認しておくが、正行(まさつら)はまさか金剛山にでも籠ってやり過ごそうなんて考えちゃいないだろうな?そうなれば結構な長期戦だぞ」

 

 

「それはないでしょう。顕氏(細川陸奥守)殿や時氏(山名伊豆守)殿、それと貴方や範資(赤松信濃守)殿に勝利して得た戦果が無に帰します。たとえ正行(まさつら)にそれを許容する潔さがあったもしても、南朝の公卿たちが認める筈がありません。特に北畠親房なんかが許さないでしょうね。この私が保証しますよ」

 

 

「……うん、師冬殿が言うと説得力が違う」

 

 

 数年前まで、師冬(高播磨守)は関東で南朝軍と対峙していた。春日顕国は言うまでもないが、北畠親房も交戦相手だった。故に師冬(高播磨守)ほど親房に詳しい北朝武将は珍しいかもしれない。しかし、北畠親房が『神皇正統記』の著者だと前々から知っていたが、まさかあの後醍醐天皇の如く、武士を無為に酷使するほどイカれていたとは予想外だ。

 はっきり言って、今の親房は南朝の癌だ。本質は顕家と同じ好戦的な公卿だが、それを現場軽視と両立させてしまうのだからタチが悪い。しかも武士への口出しが執拗ときている。その指揮下に置かれた武士たちは黙って見ていろと言いたくて仕方がないだろう。

 勿論、北畠親房ほどの公卿を相手に直接物申せる武士は極めて限定的なので、大概の場合は結城親朝(大蔵大輔)のように音信不通になって離れていく。宗広の後継者・親朝(大蔵大輔)の北朝転向の理由は、劣勢に追い込まれての苦境に加え、親房の存在に嫌気が差した事が大きい筈だ。

 

 

「あれだろ?親房が何通もしつこく、親朝(大蔵大輔)殿に書状であれこれ無茶を言ってたんだって?説教も度々あったと。模範的親父仕草だ」

 

 

「ええ。真偽は不明ですが、大の大人の親朝(大蔵大輔)殿を童蒙と呼んでいたらしいと聞きました。事実なら心外だったでしょうね。親朝(大蔵大輔)は」

 

 

「そりゃそうだ。時行や義興なら分かるが、陸奥将軍府で評定衆なり引付頭人なり務めていた親朝(大蔵大輔)殿を童蒙呼ばわりはあり得んわ」

 

 

 後から分かった事であるが、結果的に白河結城氏当主・親朝はこの頃に死んだ。どうやら病だったらしい。もし正行(まさつら)たちが跋扈してきた時期に元気であれば、奥州からすっ飛んで来て、北畠親房への落とし前をつけようとしたかもしれない。それ程の仕打ちを受けてきたのだ。顕家の父・親房がこれなのだから、南朝の風土は根深いものがある。やはり武士たちのため、滅ぶべき存在と言えよう。

 閑話休題。今の楠木正行(まさつら)は連戦連勝が過ぎたせいで、北畠親房などの重荷を背負って決戦に臨まざるを得なくなっている。正行(まさつら)が新たに募った兵も、この淀・八幡周辺に足利軍十万騎が集っている事を知れば、大半が逃げ出すに違いない。下馬評は我らに有利だ。

 

 

「野戦……となれば、どこが戦場になると思う?」

 

 

「はて。摂河泉の地域は湖や川が入り組んでいるため、我らが大軍を展開できる場所は限られます。楠木軍としても川での決戦はあまり考えていないでしょうね。出来るだけ内地を選びたい筈です」

 

 

「ふむ。どうやら誘うか誘われるか。ここが肝になる気がする」

 

 

「同じ意見です。正行(まさつら)が南に師直様(義父上)を誘き出すのか、師直様(義父上)が北に正行(まさつら)を誘き出すのか。決戦となる前に駆け引きがあるでしょう」

 

 

 かつて知将・春日顕国を死に至らしめただけあって、師冬(高播磨守)の戦略眼は冴え渡っている。数日足らずでこの通り運んでいったのだ。

 貞和四年(西暦1348年)正月二日、高兄弟は南朝における正行(まさつら)の吉野離脱の報告を聞いて即断した。これまでの精鋭発掘作業を打ち切り、満を持して出陣したのだ。師直(高武蔵守)は完璧執事。故にまず敵の意表を突いた。

 まず師泰(高越後守)軍二万騎が渡辺橋を急襲して一気に堺浦を獲り、師直(高武蔵守)の本軍は別行動。河内路の東高野街道を下って四條畷に到着した。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 既に四條畷の陣営で軍議が始まっている。現在、正行(まさつら)は河内国往生院に滞在して、渡辺橋の敗残兵を受け入れているらしい。そう見せ掛けて不意を突く、というのが楠木軍の常套手段だが、そこは室町幕府の誇る完璧執事・高師直(武蔵守)だ。抜かりなく対策済みである。

 先遣隊ではないが、東南の生駒山に道誉(佐渡判官)の軍勢から七百騎ばかり裂かれ、警戒任務に務めている。また、天狗衆の存在も心強い。

 しかし、軍議冒頭。俺は仮にも近江国守護として参加した身で、首を捻り掛けた。耳を疑うような人事が発表されたためである。

 

 

「先鋒大将は京極家郎党・赤田下野守に決定した」

 

 

「あ、赤田……?」

 

 

「おい、知ってるか?」

 

 

「いや、そういえば道誉(佐渡判官)殿の郎党にそんな者が居たような……?」

 

 

 諸将は騒然とした。師直(高武蔵守)の猶子・師冬(高播磨守)も寝耳に水だったらしく、俺に向かって視線を送っている。俺は「知るか」と目で返した。

 赤田氏は京極家郎党なので、存在自体は既知だ。だが、この大一番の先鋒大将に起用される器かと訊かれれば、役者が不足していると言わざるを得ない。残念ながら今の俺に真っ向から言う権限はないので、佐々木惣領として責任転嫁されないよう努めるのみだ。

 

 

「赤田には先鋒五千余騎を率い、南の四条口に入って貰う」

 

 

「おお、これまた嬉しい限り。良かったなァ、赤田……誉ある先鋒大将を我が郎党より輩出できた事、拙僧も心より嬉しく思うぞ」

 

 

「は!身に余る大任!粉骨砕身!全う致します!」

 

 

 諸大名の座る椅子の後ろに、各家の主力武将たちがズラリと並んでいる。赤田下野守はその中でもかなり後方の立ち位置である。

 道誉(佐渡判官)が声を張って郎党の赤田下野守に声を掛ける絵面だ。俺は白い目で見ざるを得ない。総大将・師直(高武蔵守)の考えは知れているのだ。

 分家の郎党(赤田下野守)に置かれては玉砕して楠木軍の兵を少しでも削って貰う事を願うばかりだ。くれぐれも余計な残兵を出さないように。

 

 

「次鋒は河津・高橋両名。三千騎を率い、飯盛山に控えろ」

 

 

「「御意!」」

 

 

 これも特に今更名前を覚えるに及ぶとも思えない武将たちだ。

 先鋒や次鋒がこれでは、師直(高武蔵守)の考えは明らかだろう。格落ちの武将たちに取り敢えずの兵を預け、適当に敵を抑制させる考えだ。

 

 

「小沼の堤に中軍を置く……既に知っている者も多かろう。大将は若き猛将・細川元氏(清氏)に任せる事に決めてある。副将は足利一門より仁木頼章(左京大夫)と今川心省(五郎入道)を。また、荒川と吉見*1もここに配置する」

 

 

「「「は!」」」

 

 

「外様武将から貞胤(千葉介)殿、武田信武(武田伊豆守)殿、それと宇都宮道眼(三河入道)*2。助太刀を頼んだ。特に武田殿。火急の際は八千騎の援兵を率いて貰う」

 

 

「「「応!」」」

 

 

 順当に考えて中軍からが本命だろう。経験不足で俺から見ても危ういところの否めない元氏(清氏)は兎も角、他は名のある武将揃いだ。

 これと生駒山の京極軍を除けば、後は総大将・師直(高武蔵守)自ら率いる本隊である。師直(高武蔵守)の考えは明らか。包囲殲滅策を用いるのである。

 四條畷が如何なる地か。東に飯盛山があり、西には広大な池が広がっている。率直に言って、大軍を縦横に用いる事が極めて難しい土地だ。しかし、高師直(武蔵守)は敢えてこの地を決戦に選んだ。ここなら一か八かの選択しかない正行(まさつら)が、飛び込まざるを得ないためだ。

 

 

「このまま南の八尾に進撃していれば、楠木軍は難所の後ろで待ち構えていただろう。我らから攻めれば却って不利だ。だが、逆に消極的な姿勢で待ち構えれば、有利となる。これで楠木軍を倒す」

 

 

師直(武蔵守)殿こそ幕府随一の名将……尊氏様も鼻が高いでしょうなァ」

 

 

「数日以内に決戦だ!楠木正行(まさつら)、何するものぞ!」

 

 

「「「「応!」」」」

 

 

 こうして、俺たち幕府軍が四條畷に布陣した。五つの部隊が各々持ち場に就いた。きっと正行(まさつら)は斥候の報告に面食らい、憤ったに違いない。軍神の再来なのだ。師直(高武蔵守)の布陣の意図に気付いた筈だ。

 だが、正行(まさつら)はもう引き返せないところまで来てしまった。師泰軍の速攻で堺浦までが奪還された。後ろから一日も早い勝利を願う北畠親房ら南朝公家たちの視線に晒されている。正行(まさつら)は刺し違える覚悟で突撃するしかない。あの湊川の戦いで散った軍神(楠木正成)のように。

 この時、幕府武将たちはどれだけ気付いていただろうか。湊川の戦いの再現を狙うなら、我らも相応の痛手を要するという事に。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 開戦間近だ。今回の戦で私……甲賀三郎(望月亜也子)は、殿様から命じられて佐々木庶流・京極家の軍に派遣されている。近年の実態は兎も角、体裁上は今も殿様の側妾という立場である魅摩の護衛のためだ。

 他の郎党たちは大概が反京極派のため派遣候補から落選。目賀田一族出身の六角党たちは、近江国で新たに留守居の直綱(四郎)様の武を補うために今回出陣不可。それで私にお鉢が回ったのだ。元の私の立場が立場なので、殿様も渋々だったが、もしかすると買収される警戒が誰より薄いと判断したのかもしれない。殿様は近頃の連戦連敗のせいで、過敏症がますます悪化した。強気に構えている内側で疑心暗鬼の状態なのだ。今の私がどうにかしてあげるのは難しい。

 

 

師冬(播磨守)殿、少し場を借りますぞ」

 

 

「……ええ、どうぞ」

 

 

「有り難く……宗家、御挨拶に参りました」

 

 

 現在、私は魅摩の後ろを着いて回っている。そのため、道誉(佐渡判官)様と魅摩の父娘が殿様に挨拶する場に立ち会う事ができているのだ。

 殿様の反応は素っ気ない。三弟・光綱(六郎)様の戦死を引き摺っているのもあるだろう。不謹慎なので、誰も触れようとしないけれど。

 

 

「ああ、そう……師冬(播磨守)殿、ちょいと外してくれ」

 

 

「嫡流・庶流揃って御注文とは……分かりました。良いでしょう」

 

 

「すまん」

 

 

師冬(播磨守)殿。我が宗家がご迷惑お掛けしております」

 

 

「「……」」

 

 

 今きっと殿様も師冬も「お前が言うな」と内心一致していた。

 それにしても、忍び込んだ賊を逃したとかで中軍大将を外されたと聞いていたのに、師冬(高播磨守)は全くめげていなさそうだ。確か次代執事は師泰(高越後守)の息子・師世、師直(高武蔵守)の息子・武蔵五郎が有利で、師冬(高播磨守)は三年前の春日討伐の功があっても不利らしい。元逃若党という立場では難しいのかもしれない。それでも諦めないところが凄いと思う。

 

 

「さて……道誉殿。今日は何用かな?」

 

 

「は。宗家、朗報をお持ちしました」

 

 

「朗報だと?」

 

 

「黒田殿、こちらへ……宗家。緊急事態の備えです。この黒田殿に兵馬を率いて頂き、本軍に加える御許可を師直殿より頂きました。もし何か御入用とあらば、気にせず手足の如くお使いくだされ」

 

 

「ッ……」

 

 

 さしもの殿様も驚いた様子だ。私も信じられない思いなのだ。

 宗満(黒田判官)様は佐々木氏の重鎮の筈だ。確か道誉様の叔父で、私と出会う前の殿様に兵法を教えていたと聞いた事がある。勿論、誰でも甘い話を持ち掛ければ身構えるもの。そう甘い話でもないようだ。

 

 

「道誉殿……先生、ゴホン。宗満(黒田判官)殿は今や御歳七十。激戦は……」

 

 

「何の、何の宗家……この宗満(黒田判官)、まだそこまで老いぼれては──」

 

 

「ああ、はいはい。分かりました……」

 

 

 要は体の良い厄介払いだ。私が渋い顔をする一方、魅摩は澄ました顔で目だけ笑っている。その様子が、私には恐ろしく見えた。

 殿様は心の内で怒っている筈だ。仮でも道誉様に礼を言わなければならなくなってしまった。勿論、それを逃す道誉(佐渡判官)様ではない。

 私は堪らなくなって殿様に視線を送った。知っていても、私では手の打ち様が無かったのだと。だから、どうか赦して欲しいと。

 その思いが伝わったか、殿様は深い溜め息を吐いて言い放った。

 

 

「道誉殿……御配慮に礼を言おう」

 

 

「宗家。提案したのは魅摩にございます。故に御礼とあらば──」

 

 

「大儀である。今回ばかりは負ける筈がないと思うが、まぁいざとなったら神事を尽くせ。お前の神力が最後の頼みの綱だ。されど、もし万が一にも危なくなったら、そこの亜也子に自害を手伝って貰う事を忘れるな。くれぐれも一族の名に泥を塗る事の無きよう」

 

 

 殿様は途中から話の落ちどころが分かっていたのだろう。道誉様の言葉に被せるように捲し立てた。だが、場が一気に冷え込む。

 魅摩に情を持っていた頃の殿様でも、万一の自害の言い付け位はしたに違いないが、今の口調では欺瞞が丸分かりだ。殿様は切羽詰まっているのかもしれない。平時の殿様なら、皮肉を言うにしても相当上手くやる。東国出身の私が感じるのだから、かなり拙い。

 あわよくば死んでくれという本音が丸分かりなのだ。幾ら楠木軍が天下最強を誇っていても、私が居たら危なくなる事ないのに。

 

 

「畏まりました。私は廷尉様のもの。故に命を惜しみませぬ」

 

 

「……励め」

 

 

 冷静な魅摩の切り返しと素っ気ない殿様の返答で場は落着した。

 この時、魅摩が何を考えていたのか。本心なのか、只の虚言か。

 私はどちらかはっきり分からなかった。師冬(高播磨守)の陣屋から退去して陣営内を横切る道のりでも悶々とする。だから思い切ってみた。

 

 

「ね、お魅摩様」

 

 

「……何さ?軽々しく口を叩くんじゃないよ。小声でな

 

 

さっきのって?

 

 

半分嘘で半分本当……昔のあいつを少し感じられたから

 

 

 青天の霹靂だった。魅摩はどうやら殿様の様子を窺う過程でその内心に「千寿丸」の面影がないか楽しんでいたらしい。強者だ。

 信濃国の変態たちの遠かりし思い出が蘇る。鍛えに鍛え抜かれて微かに笑う今の魅摩は、あの変態たちにも負けていない様子だ。

 再び静寂が満ちる。暫くして味方の陣営の間を通過した。ここから街道を外れて生駒山へ向かう。すると魅摩が再び口を開いた。

 

 

「佐々木源氏の惣領にして将軍の烏帽子子。その肩書きが今のあいつの心を支えてる。もう元に戻れなんかしない。でも残滓は残ってるのさ。それを引き出す事が、私の生き甲斐に繋がる。今日は楠木軍との決戦が近付いてて良かったよ。あいつに余裕が無かった」

 

 

「これからもそうやって?」

 

 

「さぁ?どうしようかねぇ。将軍執事が派閥内の同族同士の歪み合いをどこまで是とするか。そこに活路がありそうなものだけど」

 

 

 寂しく笑う魅摩の姿が、非凡な奥方様の素質を物語っている。

 端から敵う相手じゃ無かった。そう昔の自分に言いたくなった。

 

 

「ッ……?」

 

 

「何だい。そんな後ろ向く事……いや、妙だね」

 

 

 不意に異変を感じ取る。後ろからだ。何やら騒ぎの気配がする。

 先を歩んでいた道誉(佐渡判官)様が号令を出す。冷静に構えろと。時を置いて京極家雑色の一人が調査から戻ってきた。意外と顔が明るい。

 

 

「申し上げます!大事なく!御味方の陣で少しばかり誤報があって暫時慌てる者が続出したご様子!それで一悶着ございました!」

 

 

「一悶着……内容が気になるね。喧嘩かい?」

 

 

「いえ。ただうっかり者が誤って将軍執事の鎧を着て、周囲が咎めただけらしく。取り押さえの際、異様に騒がしくなったそうで」

 

 

「師直殿の鎧。師直殿の鎧か」

 

 

 意味深な道誉(佐渡判官)様の呟きで、皆が顔を見合わせている。後で分かった話によると、うっかり者は上山六郎左衛門*3という名らしい。

 近日中に始まる合戦のせいで、うっかり者の名前は天下に広く伝わる事になる。だが、私も魅摩もこの時は訳が分からず、独り小さく呻いて悩む腹黒坊主・京極(佐々木)道誉(佐渡判官)の不審な様子を訝しんでいた。

*1
蒲冠者こと源範頼の子孫。当時、能登国守護を任されていた。

*2
宇都宮公綱の従兄弟。元伊予国守護で、室町幕府では引付衆の一人。

*3
長井修理亮とする場合もある。

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