崇永記 作:三寸法師
〜1〜
四條畷周辺に幕府軍五部隊が布陣している。密な連携と堅固な布陣の有り様から、抜山蓋世の項羽や勢い盛んな孫武・呉起が突撃しても勝負になりそうもない陣容だったと後に評される事になる。
それでも軍神の再来・楠木
「はン。お公家さんが朝っぱらから!ご苦労な事で!」
「四条隆資……今度ばかりは真面目に兵法を学んだようですね」
「どうだか。兵の統率もまともに出来ているかどうか」
南朝軍の搦手大将・四条隆資が明朝になって攻撃を開始して戦いの火蓋が切られたのだ。確かに般若坂合戦の頃を思えば、
真正直に南から攻めるのではなく、幕府軍本陣から東の飯盛山を狙ったのである。成る程、ここを南朝軍が獲れば形勢への影響は確実だろう。少し前は四条軍は何と二万騎と聞いていたのが、実際は三千騎になっている事情は置いておいて、発想自体は悪くない。
「
「まぁな。決定権は北畠親房にあれ、
「あれ?」
「要は権力争いさ」
四条軍の構成部隊は湯浅党*1などかと察しながら、俺は考えた。
先世の記憶に思いを馳せる。豊臣政権から江戸幕府への過渡期に起こった同じく天下分け目の関ヶ原合戦に答えが隠されている。
開戦にあたり、先鋒の加藤清正だか福島正則だったか──どちらにせよ豊臣恩顧の大名──から先陣の役目を、井伊直政や松平某が策を弄して奪ったという話があった。確か、東軍があくまで豊臣家の代理者に過ぎないのか、徳川家の軍勢そのものかを決めるための策略だった筈だ。一般的な先陣争いとは少し意味合いが異なる。
要するに、勝った暁の特権が豊臣に帰するのか徳川に帰するのかという問題である。今の合戦にも本質的に同じ事が言えそうだ。
「勝者が楠木家なのか南朝なのか……これをより明確にするための先陣だ。南朝公卿の四条隆資が務めたという事は、つまり──」
「吉野朝廷が直接勝者の特権を握る、という事ですか?」
「そゆこと。哀れな
「……よくそんな考えがポンポン浮かんできますね」
「でなきゃ、あんな腹黒坊主と渡り合える訳ないだろうよ」
「確かに十年前に近江国守護職を奪還したという意味では、貴方が唯一政争で
「分かってる。赤田が持ち場を離れてる。初っ端から独断専行は俺でもせんわ。ところで、
結論から言えば、四条軍の突撃は謂わゆる陽動作戦であった。
ここまで、応戦のために赤田下野守の先鋒軍五千騎と河津・高橋の次鋒軍三千騎が阿吽の呼吸で挟撃しようとした行動があった。
幕府軍という名の連合部隊なのだから、この手の連携も大切と言えば大切だ。しかしながら、やはり赤田下野守は
隣の陣屋から
「あーあーあー。楠木軍が二手に分かれて……いや、数が意外と。ま、あれじゃ土壇場で四条軍から兵を借りた訳ではなさそうか」
「二隊合わせて三千騎弱居ますか。今は朝で霞がかって、大抵の者には遠視が利きにくい時間帯です。そこに木々から突然現れて奇襲を図るとは。合点いきました。
「……ん?」
少しカチンと来た。藤井寺や住吉の敗戦を
俺は冗談の風を醸しつつ、隣の
「おい。開戦早々味方に喧嘩売ってんのか?」
「どうでしょうね?無能な味方は敵より厄介と言いますし」
「言うな、確かに。うんうん、連敗という結果だけ見れば、無能と謗られても仕方ない。だが、敵の強さを考慮せずに謗る者こそ無能なりと俺は言いたいな。そもそも左様な無能なら、幕府屈指の武勇も大乱を乗り切る力も京で通じる学識も身に付いてないっての」
「……ここまでムキになるとは、連敗が相当堪えたようで」
「何か言った?」
「いえ、別に」
今なお楠木軍の強さは健在らしい。動きを見れば分かる。あの三千騎弱──正確には二千八百騎だろうか──の中には、急拵えの兵も混ざっている可能性が高い。しかし、それでいて楠木軍の将兵は突撃態勢でも一糸乱れぬ戦列を維持している。もしや
「あれは魚鱗の陣ですね。
「輪違の旗。明らかにあれ狙いだ」
たとえ敵に居場所が知られるとしても、味方に大将ここにありと示すための旗は、統率の観点から誰しもが構えるものだ。合理主義者の高
「
「あいよ。お前も気を付けろよ?今までで最強の敵と思う事だ」
「楠木正成よりもですか?……まぁ良いでしょう。警戒はします」
「……何だか不安になってきた」
「早く行ってください」
決戦はまだまだ序盤である。楠木
両軍に圧倒的な戦力差があったにも関わらず、終戦後は北朝公卿の洞院公賢が日記『園太暦』に「合戦頗火出程事」──明快に言うと火花の散る激戦──と形容した程の白兵戦が展開されていく。
この四條畷合戦において、楠木軍はまず最初に
〜2〜
生駒山に京極軍が潜んでいる。私も実家の者たちと肩を並べるのは十年振りだ。石津の戦い以来である。今はまだ戦見物しているだけだが、楠木軍の手並みは素人目にも見事としか言い様がない。
麓向こうの平地で、つい先程まで楠木軍と幕府軍先鋒の赤田隊が戦っていた。戦い、と言っても良いのだろうか。赤田下野守が一蹴されていたのだ。後で分かった話では、赤田は兵力の三割強を討ち取られて本人も重傷。堪らず
「ふむ。楠木
「親父……これで良かったの?」
「楠木
「……で、楠木軍の強さの感想は?」
「楠木軍五百騎で顕家軍五万騎に匹敵。この見立てはあながち誇張でもないかもしれないね。常軌を逸した精鋭揃いだ。もう少し様子を見ておこうか。
親父の予見した通り、次は西側の田んぼ近くで待機していた北朝方中軍部隊が姿を現した。何でも鶴翼という名前の陣形らしい。
大軍で寡兵を包囲殲滅するためのものだと長兄・秀綱が呟いた。
「父上。中軍大将の器量が気になります。一応は定石通りですが」
「細川
「ええ。武力は桃井も一筋縄で勝てる相手ではないと噂されているところを聞いた事がございます。それこそ新田義貞か木曾義仲に匹敵するか。しかし、あれは話していて……不安になるところが」
「……秀綱。父に尋ねるより自分自身の感覚を大事にする事だ」
何だか親父たちは退屈そうな話をし始めたので、そちらへの意識を浅くする。今はまだ多くの京極党が、勝負の行方を固唾を飲んで見守っている。潜伏の縛りさえなくば声高に応援していた筈だ。
楠木軍の陣形がみるみると変わっていく。前進しながら、後方の五百騎が先頭の兵と入れ替わった。二つの部隊に分かれている。
「
「……何か殿様の戦い方に似てる気がする」
「へぇ……そっか」
まともに
日が高くなるにつれて視界は良好になっていく。勿論、生駒山に潜んでいる状態なので、木々が大分邪魔だが、楠木軍が流石に中軍相手だと簡単に対処できず、拮抗しているらしいのは分かった。
ややあって再び親父が私の方を向いた。出撃準備に入るようだ。
「魅摩。お前は高秀たちと一緒に引き続き山で待機だ」
「……出るの?親父」
「いいや、まだだよ。中軍部隊の幕府武将たちが今、随分と
腹黒坊主・佐々木
出雲国守護となって年月が経ち、在りし日の塩冶党の力を幾らか吸収しているとはいえ、
必ず策謀を用いて軍功を得ようと企むものだ。今回の戦もその例に漏れず。楠木軍が中軍部隊を撃破して、いよいよ
自称孫子顔負けの智謀を誇り、
〜3〜
楠木軍の強さに本陣は騒然としている。経験不足の若大将の細川
死屍累々の戦場を見て、だから言ったではないかと思う。武器を握る力が僅かに強まる。もしかすると本当に尊氏様の御力を借りる羽目になるかもしれない。または魅摩が西の水辺に密かに渡って洪水を起こし、敵も味方も壊滅させる手が実現されるのだろうか。
だが、総大将の高
「ここまでは想定内……ですか?
「ああ。藤井寺、教興寺、住吉。これら三つの戦いを分析すれば、当然この結果は読めていた。見ろ。楠木軍も少なからずの死者を出している。住吉とて奴等は山名に犠牲を強いられていた。勝負はここから。一度敗れても仁木たちならば残り三回程度は戦えよう」
「……飯盛山を攻めようとしていた筈の四条軍は依然、戦意に欠けています。あの稚拙さなれば、次鋒の部隊は全く心配要りません。やはり私なら今
「ほう。確かに援護の武将を送る手は考えて……何だ?あれは」
総大将の
彼らは正気なのだろうか。楠木軍は惣領の俺でも二度に亘って敗れた強敵だ。それを分家の京極家が何とか出来ると思っているのだろうか。生前の塩冶
前々から聞いていた話では、京極軍はあくまで魅摩のちゃぶ台返しが必要になるまで、じっと生駒山で待機。もしも敵兵が登ってきたら歩兵の射撃と騎兵の下山を巧みに用いて反撃する筈だった。
実際あのように戦うのであれば、それは俺の役目であるべきだ。
「あんの腹黒坊主……!」
「
「三手に別れて……いや、山から駆け降りる勢いを借りて、どうにか出来る相手では……申し訳ござらぬが、私も意図がさっぱり」
「……京極軍は兎も角、楠木軍にまともに戦う気はないようだ」
背水の覚悟で攻撃したも同然の楠木
よって、
「ふむ。結果、道誉殿の出撃は助攻として最高の働きとなるか」
「……
「案外、これが後になって振り返れば、楠木
「!」
「そう驚くな。
高一族は俊英が多い。
軍の差配は総大将の
彼らが包囲殲滅を狙えば、楠木軍は敢えて分散して戦う。彼らが魚鱗の陣を敷けば、似た陣形で応じる。こんな戦が三度続いた。
「ま、
「申し上げます!中軍部隊、繰り返し再戦して敵軍の数を著しく減らすも、大将
「……皆、策を伝える。心して聞け」
「「「は!」」」
「楠木軍の志は前進しかない。これほど思い切った敵を包囲殲滅しようとしても、兵の損失は甚大だろう。故に楠木軍の後ろは敢えて囲まん。逃げる敵は勝手に逃げれば良い。肝心なのは我ら幕府の主力が一箇所に固まって、楠木軍と戦う事だ。さすれば、勝てる」
完璧執事・高
それでも我ら幕府軍は、この四條畷にて