崇永記 作:三寸法師
〜1〜
どうもこの時代の戦では、休憩時間のようなものを得られる場合も少なくなったらしい。古典『太平記』には軍勢が戦の合間に一息つく描写が折に触れて見られる。四條畷合戦の楠木軍も然りだ。
北朝屈指の精鋭揃いの中軍部隊と幾度も戦い、さしもの楠木軍も疲弊が著しい。開戦当初は三千騎弱程度いた筈の兵たちも今や三百騎未満とすっかり少なくなってしまった。畔道を背に、傷の応急処置などをして静かに佇んでいたらしい。束の間の小休止である。
(武田信武と仁木頼章は元々警戒していたが……細川
「師直の本隊……固まって動きませんな。兄者」
「包囲する気ならそれで構わなかったんだが。肝心の師直付近の防御が薄くなるからな。一点突破の陣形で仕留めてくれたものを」
「どうも後ろが空いているようですが……臭いますな。兄者」
「ふ。師直の詰まらぬ細工だ。どうだ、皆?逃げたい者が居れば、留まる由はない。今すぐ逃げるんだ。正儀の元なら暫し安全だ」
「いいえ!」
「我らは命懸けで戦います!」
「どこまでも
「師直の首、何としてでも獲りましょう!」
楠木軍の士気は今も変わらず旺盛だ。一人一人が湊川の戦いで絶対的棟梁の
彼らの顔を当主実弟の正時が見渡す。ゆっくりと
「だそうですよ。兄者」
「ああ」
古典『太平記』によれば、
決意の弁に違えては恥と思ったのか、命運既に尽きていたのか。
『高兄弟の首を獲るか、拙者ども兄弟の首が獲られるか!今度の決戦では、この二つに一つでございます!仮に師直の首を獲って帰る事が叶わなければ、この首が京の六条河原に晒されるのみ!故に今一度だけ、帝より拝謁を賜らねばと思い、馳せ参じたる次第!』
「……勝利のために目指すは只一つ!奸賊・高師直の首を獲る!」
「「「応!」」」
小休止が終わった。楠木軍は再び高
一方、
幕府の著名で屈強な武士たちが、今の楠木軍よりずっと多い七千余騎という兵力となって、将軍執事の威名の元に集まっていた。
「質量ともに我らの有利だ!お前たちは尊氏様が擁する最高で最強の勇者たち!天下無双の最精鋭よ!楠木軍の小勢を押し潰せ!」
「「「応!」」」
(よっしゃあ!待ってろ!リベンジだ!
「待て、
「……はい」
「宗家。ここは堪えてくだされ。他の者にお任せしましょう」
この師直本陣には佐々木惣領の六角
しかし、楠木正行軍の真骨頂はここから発揮されていく。彼らは全く怯むところが無かった。まず周囲の北朝兵を次々と蹴散らしていった。そして、一箇所に颯と集まって鎧の袖を揺り動かした。
「今だ!一斉射撃!」
(師直よ!それこそ我らの思う壺だ……!)
「も、師直様!弓矢攻撃が通じません!」
「チ。早過ぎたか……
「「は」」
(この戦、間違っても
「頃合いか……楠木軍、拙者に続け!斬って斬って斬りまくれ!」
一斉射撃の不発で足利軍が怯んだ隙を見て、
ずっと後方では師直が未だ悠然としている一方、本隊の前衛たちはたじろいでいた。
「ひっ……に、逃げろ!」
「あ、おい!待て!……グハっ」
「師成*1殿!?……おのれ!この松田次郎が相手ゴフッ」
「和田賢秀!早くも北朝軍本隊の将を討ち取ったり!」
精鋭部隊でありながら、
野戦において恐慌状態はあっという間に伝播してしまうものだ。
追い立てる楠木軍と追い立てられる前衛たちの存在も相まって、
(嘘だろ?もうとっくに勝利に転じなければならん頃合いだというのに何だこの有り様は?それに楠木軍の強さはこの数ヶ月、嫌というほど思い知らされたが、幾ら何でもこんな急に……まさか毘沙門の加護とやらで。あの強さに対抗できる武将は、もはや……!)
「師直殿!あいつはマズい!今直ぐにでも──」
「情け無いぞ!お前たち!」
「「「!?」」」
この天下において経験豊富な武将は北朝に偏って在籍していると言っても良い。中でも
その声は逃げる兵たちに本来の活力を取り戻させる。幕府武士たちに尊氏の配下として在るべき姿を思い出させようとしていた。
「とって返せ!何度言えば分かる!?敵は小勢だ!京で一緒に酒を呑んで、連敗の恥を一緒に
「そうだ……」
「尊氏様のために……」
「「「尊氏様の御為に!」」」
(これが完璧執事……人間の極みにあり、神に仕えし者!)
総大将・
だが、一度見せた隙を逃すほど、楠木
「まだだ。
「では……!」
「まぁ落ち着け。策はある。だが、その前に……
「ッッッッッ!?……
住吉合戦に引き続き、土岐
「
「無理からぬ事だ。誤魔化さんでも良い。
「ッ……!」
(これ訂正した方が……って、行っちゃった)
古典『太平記』によれば、土岐
疲労困憊にして調子が鰻登りの楠木軍と交戦するも、遂に戦死してしまったらしい。ついでに雑賀荘出身の
「
「まだだ。まだ忠臣は他にも居る」
「忠臣……?あの申し訳ないが、
確かにこの時、師直の周囲を安保直実や薬師寺公義、曽我氏や島津氏などの猛者たちがガッチリと固めている状況であった。だが、
そこへ、思いも寄らない人物が、晴れやかな表情で声を張った。
「
「応。景気付けに手持ちの酒一瓶、お前にやろう」
(上山、こいつ……!)
ここに来て、
上山六郎左衛門。本来は粛々と人生を終える筈だった男の一世一代の名演技が、四條畷合戦という大一番で始まろうとしていた。
〜2〜
古典『太平記』には手癖がある。和漢の古い逸話を隙あらば妙に長々と引用するのだ。例えば四條畷合戦が綴られている箇所では、秦国の繆公という人物の逸話が挿入されている。粗筋はこうだ。
ある時、兵たちが勝手に繆公の馬を食べてしまった。本来なら罰せられるべきところ、穆公はこれを許し、馬を食べると必ず病になるという謎の噂話を根拠に挙げ、逆に酒や薬を与えて治療した。
後に繆公が戦で敵軍に囲まれた際、その恩顧の兵たちが命懸けで戦ったお陰で、窮地を脱したというのだ。一種の教訓譚である。
「
「ほう。何故か分からぬか?
「いや、分かりますけど!」
上記の繆公の逸話と関連付けられたのが、将軍執事の高
この時、上山は戦はまだまだ先だろうと踏んで常在戦場の心得を忘れてしまっていた。あろう事か鎧を着ていなかったのである。
(やっばい!マズい!大将に叱られる!そうだ!あの鎧を!)
『すまぬ!二領ある鎧の片方、お借り致すぞ!」
『ちょっ……!何をなさる!師直様の鎧を勝手に!』
『嘘つけ!師直様の鎧がこんなところにある筈ないだろう!?』
借りパクは借りパクでも、高
周囲の兵卒がそんな蛮行を見れば、職務上必然的に止めようとするものだ。喧嘩の始まりである。これを
『この者は今、我が命に替えて戦おうとしていたのだ。それを止めるとは情け無いヤツめ。どんな甲冑でも惜しむ謂れなぞ無いわ』
『は!……申し訳ございません!』
『師直様!この上山、身命を賭して戦いまする!』
古典『太平記』において、高
道理であんな目立つ場所に
「あの誤報も計算尽く……凄腕の諜報部隊を擁する
「ほう。不満か?
「いえ……別に」
「そうか。では参るぞ。楠木に種を明かす。かつて湊川で軍神が用いた身代わり策……この俺が軍神の再来とやらに用いて見せた」
(あいつ……六波羅の生き残りの一人がここで散ったか)
上山六郎左衛門という男は、古典『太平記』の伝本によっては長井修理亮と表記される場合もある。長井氏といえば、大江広元の子孫であり、佐々木六角氏や
だが、上山氏が六波羅評定衆の系譜であった事を考えてみよう。
父・時信が六波羅の主力武将であった
〜3〜
楠木
ここからは掃討戦だ。
「兄者!遂に師直を討ち取ったと!」
「ああ、見ろ!間違いない!この肉付き!鎧の輪違紋!師直だ!」
弟・
『我こそは高
『ギッ!』
『ヤハ!』
『あれが高師直……瞬く間に我が兵五人を斬り殺すとは!』
明らかに幕府軍でも頭抜けた武勇があったと
だが、弟の
言い様のない違和感に取り憑かれ、死体をマジマジと見つめた。
「確かに、これは……いや、しかし」
「……どうした?正時」
「何と言うか……高師直にしてはイケ面過ぎませんか?」
「え?」
「決死の突撃、ご苦労だった。覚えておけ、其奴の名前は
「「!?」」
古典『太平記』によれば、上山六郎左衛門という武士は立派な体格で清潔感のある美男だったようだ。これが
方や
「弟殿の
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「兄者!?何も首を投げ飛ばさずとも!」
(……帰るか)
住吉の戦いでは尋常ならざる器の大きさを見せた
上山が目立って奮戦していた間に、
なお、上山六郎左衛門の首について、
ここで、花田与三という楠木軍の負傷兵が活路を願って言った。
「殿!師直の周りの兵は百騎ほど!恐れる事は……!」
「ああ、花田。よし、攻撃を──」
「お待ちを。今度こそ討ち漏らしてはなりませぬ。敵百騎は全く無傷の騎馬兵で、我ら五十余名は徒士になっております。機動力で敵が勝る以上、無闇に追うより追われる振りをするべきでしょう」
「賢秀……演技をやり返すか。伸るか反るか、かくなる上は!」
(師直が我らを追ってきたところを反転!一挙に首を狙う!賭けになってしまうが、正攻法の成功確率が皆無な今はこれしか無い!)
結論から言えば、経験豊富な
しかし、軍功に目のない武将にとって、楠木
高