崇永記 作:三寸法師
〜1〜
大将首は魅力的だ。北朝軍総大将・高
「清げなる百騎の猛者よ。今は一人たりとも動いてはならんぞ」
「じゃっどん!大将首が逃げもんそ!」
「左様!将軍の御心を安んじるためにも!」
「島津、曽我……この愚か者共が」
「「ッ!」」
この時、
呆れたように一息吐き、皆の顔を見渡してから、
「あんな見え見えの罠に嵌る義理はない。黒田、説明してやれ」
「は……ご覧の通り、楠木軍は残り僅か五十数名の歩兵。これでなお自害せず、我ら百騎の騎馬隊に背を見せている。状況を見れば、あの逃走は反転攻勢に持ち込むための演技。真に迫った演技も斯く考えれば、見破れるものにございますれば。我々が今致すべきは愚直に彼らを追う事ではなく、むしろ大将旗を高々と掲げ、御味方が安心して戦えるようにする事。これで宜しいですかな?師直様」
「上出来だ。
「は……自らの功に拘らず、旗を掲げて味方の功を後押しすべし」
「そうだ。それこそ幕府軍の最中核部隊の我々が為すべき仕事よ。という訳だ。
「……は」
あれやこれやと丸め込まれ、
手に持つのは白き大旗だ。何だかんだ言って、源氏の血筋を誇りに思う身としては粋な仕事だ。後に
「我こそは近江国守護・佐々木
「「「応〜!!!」」」
「な……ッ!?」
幼馴染の敵将・
その時であった。
「千載一遇の好機と思いましたが……こうも完璧に防がれるとは」
「何奴……いや、その銀髪と仮面!噂の高
天下の名将・楠木
古典『太平記』によれば、高
「今の技、足利か高一族の奥義か?威力は絶大だが──」
「必殺の機会と思って使った技ですが、手数は他にもまだまだ沢山あります。尊氏様の天下の邪魔はさせない!楠木正行、貴方を討ち取って遥か高みへ!我が直属の精鋭たちに命ずる!掃討開始!」
「迎え撃て!
「「応!」」
日没間際、楠木
忠義の教科書・楠木
結論から言えば、終盤のこの競り合いは楠木軍の圧勝であった。
〜2〜
嬲られ続けている。圧倒的有利と思っていた筈が、いつの間にか窮地に立たされていた。今は差し詰め、崖際で大人が子供に胸ぐらを掴まれて、一方的に揺すられている状況と言うべきだろうか。
珍しく決められる場面と思って初手で仕掛けた「逆さ凶」ばかりではない。「破邪連衝」も「薬叉蜻蛉」も「剣陰如矢」も他のあらゆる技も全てが真正面から打ち砕かれた。実力の差は如何程か。
古典『太平記』によれば、斬撃が風を切り裂き、長物が土埃を上げるような熱闘の末、師冬隊は元の兵力の半分が討たれていた。
北朝本陣の向こう半里にまで押し込む程、楠木軍は圧巻だった。
「残りの兵は全員、戦意喪失して逃げた。お前自身もう動けまい」
「六花、六花……!」
「お前を餌に師直を討つ!そして京へ攻め上り、尊氏を……!」
既に日が暮れている。新春の極寒の夜風が突如趣きを変えた。
「兄者!敵の救援が!師直です!」
「良いぞ!これを待っていた!」
「されど……あれは今の我らが戦うには、数が多過ぎます」
既に楠木軍は精神的な高揚はあっても、身体の気力が確実に尽き掛けていた。一方、師直軍は万騎以上と兵力を復活させていた。
源氏の大旗の元に、幕府武士たちが再び集結していたのである。
「楠木
「拙僧も久々に本物の勇者を見ましたぞ。楠木氏……雑草根性をお持ちで、あれだけの奮闘を。散ってしまうのが惜しい位ですなァ。さりとて、花は散るからこそ美しいもの。これが世の倣いにて」
「貴殿の多聞天が如き戦振り……この
「俺からも言わせてくれ。南北違えど、同じ武士として敬服する」
「
「……もう一度言おう。討死と自害、好きな方を選べ」
総大将・
まさに絶体絶命だ。再び突撃を敢行するにしても、夜戦となる。
楠木軍は五十騎足らずという寡兵だ。四条軍はもうとっくの昔に飯盛山攻めを諦めて吉野へ引き揚げたのだろう。援軍は益々期待できない。対して師直軍は良将が再び揃い、天下最高峰の水準だ。
「兄者……!もはや」
「……ッッッッ!」
(正時、誉田、開地、野田、石楠らがとうに重症……これでは)
古典『太平記』の各写本・伝本で名将・楠木
だが、楠木氏と今後も長く戦い続ける、佐々木氏について詳述する天正本はどうか。実に印象的な
「
「弟・和田新兵衛!高師直の首、頂戴仕る!」
「待て!」
「正季の子らか。湯浅、お前は降兵。相手せよ。
「「は!」」
(マズい……!湯浅・安保たちを突破できても、まだまだ敵将が!それなら皆で一緒に自害した方がずっと面目を保てる!なら!)
瞬間、
人質にして
「ッ……!」
「
「いえ、父上が正確過ぎるだけです」
二本の矢が楠木
直後、和田兄弟も後ろの
だが、直後である。戦場に似つかわぬ品のある声が響いていた。
「待ちな!そいつ、死んでない!」
「「「!?」」」
(神力……?なんで楠木
「チッ……声がデカいぞ、分家の娘が」
天正本『太平記』によれば、
「多聞丸ぅぅぅぅぅ!」
「……千寿丸」
敢えて二人は互いの幼名を呼んだ。二人の視線が交差している。
「お前とは……もう藤井寺や住吉で白黒付けて……」
「勝手に勝った気でいるじゃねぇぞ!多聞丸!あれは豚平焼きのせいで全力を発揮出来なかったんだ!無効だ!無効!端から俺が総大将を務めて戦に臨んでいれば、お前が負けていたんだ!多分!」
(((((豚平焼き?)))))
「敵味方の前で……見苦しいぞ。おい」
「だから……見ろよォ!」
愛馬に乗ったまま、
風圧を感じた。冷たくて心地良い。
対して
「誰が……お前のようなつまらん敵の手に掛かるものか。正時」
「は……!」
「もはやこれまで」
弟の
同時に、
〜3〜
南朝最優の将・楠木
それ程、
「う〜ん。良かった!良かった!師直がこの半年近くの憂いを取り除いてくれたぞ!直義、これで南朝の戦意は挫けたであろう!」
「は……既に
(兄上がうどんを啜りに楠木殿の首を持参して、無理に遺族訪問しなければ、こんな大事に至ってなかったのでは……いや、この考え方は良くないな。
いずれにせよ、尊氏が本気なら弟の直義でも止められないのだ。
結局は現状のように運んでいたに違いない。直義はある種の境地に達していた。だが、今となっては別の憂慮が生じている。勝ったからと言って必ずしも喜んでいられる訳ではないのだ。むしろ禍福は糾える縄の如しという道理に基づけば、今こそ懸念すべきだ。
(勝ったら勝ったで心配なのだ。最大の懸案は高師直!楠木殿の御子を討ち、本格的に増長しかねない……!戦が終わる前は、生前の後醍醐の帝や近頃の北畠親房のように後ろから砂を掛ける真似は絶対にすまいと決めていたが……
「直義……直義?」
「ッ……申し訳ありません。考え事をしておりました、兄上」
始皇帝と王翦ではどちらが上か。劉邦と韓信ではどちらが上か。曹操と司馬懿、孫権と周瑜・陸遜ではどちらが上か。劉備と諸葛亮ではどちらが上か。日本国では源頼朝と源義経のどちらが上か。
この他にも様々な事例があり得るだろう。主君より有能かもしれない臣下という議題だ。直義は学識豊かであるからにして、当世以前の和漢のあらゆる例が脳裏で駆け巡っていた。もしかすると高師直という完璧執事がそうした先人たちの轍を踏むのではないか。
転覆か粛清か。どちらかの未来を決めなければならなくなるかもしれない。直義はある意味、戦前より危機感を覚えていた。一方、尊氏は全く深刻な顔をしていない。超然というより、能天気だ。
「ふむ……まぁ、良いや」
(呑気な御方だ。若い頃とちっとも変わっておられん。師直はああも変わってしまったというのに。どこで違ってしまったのやら)
確かに新田義貞を基準にすれば、
懸念は尽きないが、直義はとりあえず兄の尊氏に平静を装って、直近に採るべき次の手について認識を共有しておこうと決めた。
「兄上。吉野の帝は、楠木
「ふむ……直義は、滅ぼすより和睦すべきと?」
「……少なくとも兄上にその気があったにも関わらず、後になって師直が既に滅ぼしていたと分かれば、話が拗れてしまうかと思い」
「……師直は今どうしておる?まさか独断で吉野に進駐を?」
ここだと直義は思った。尊氏が不愉快げに顔を歪めているのだ。
体面を気にする尊氏なら絶対に気にする筈なのだ。南朝を完全に滅ぼした場合、承久の乱に勝って後鳥羽上皇を流した北条氏以上の悪名は誰に帰されるだろう。勝てば官軍という言葉は決して万能ではない。持明院統は確かな皇族だからまだしも、尊氏はその域に達していないのだ。それでいて
情報操作に一度でも
「それが……詳しくは分かりません」
「何?」
前出の日記『園太暦』によれば、四條畷の戦いから十日が経った正月十五日になっても、北朝政権はその後の南方情勢についてよく分かっていなかったらしい。依然、非常用の警固体制下だった。
この間、足利兄弟は忙しない思いで一杯になっていた事だろう。
「まともに師直が取り合うかどうか、今となっては覚束無き限りでございますが……どうでしょう?南朝軍と和睦交渉の席を設けるように命じてみては?その返答次第で、実態が把握できる筈です」
「……師直に南朝との伝手はあるのか?」
「はい。ですので、西大寺の長老を仲介役に推薦すべきかと」
正月十五日、西大寺長老を介して、南北朝の和議について動きがあったと史書『後鑑』が記す。言うに及ばず、これが上手く運ぶ筈がない。現場総責任者の
この時、
楠木