崇永記   作:三寸法師

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▲9

〜1〜

 

 

 大和国で南北和平の動きが微かに見られた一方、河内国では師泰軍が東条総攻撃を実行していた。新生の名将・正行(まさつら)が死んでなお、楠木氏は警戒に値すると踏み、烈火の如き猛攻を仕掛けたのだ。

 南朝武将・岸和田助氏*1は危機感を露わにする。東条にある楠木氏の屋敷も容赦なく燃やされた。きっと師泰(高越後守)の攻撃は一週間やそこらで止むものではあるまい。実際、師泰(高越後守)翌年(貞和五年)になって京で政変が起こるまでの間、紀伊国守護の畠山国清(阿波守)と共に楠木族滅を目指して励む事になる。だが、これについて裏を返せば、どういう事か。

 

 

「あかん!ジリ貧や!前は顕氏(細川陸奥守)に撹乱戦術がよく効いて、翻弄できとったけど、師泰(高越後守)はちゃう!えらい知将がついとるわ、これ!」

 

 

「……畠山国清か。他に思い当たる節がござらん」

 

 

(畠山国清……昨秋の戦では明らかに手を抜いていた。まるで今はまだ自軍を擦り減らしたくないかのように……きっとその意図は)

 

 

正儀(まさのり)はん!どないしよ?」

 

 

「岸和田殿。方策に変更はござらん。ここよりもっと山奥に退いて撹乱戦術を続ける。我慢比べにござるよ。兄者たちを討って軍功第一になった高師直が、幕府で無事に済むとは思えん。田楽三昧の尊氏はいざ知らず、真面目な直義が高一族の暴走に快く居られる筈がござらん。機を見て変を待つ。これこそが最良の策にござろう」

 

 

 この楠木正儀(まさのり)こそ南朝最後の名将と呼ぶべき偉人かもしれない。

 正成(河内判官)の三男坊──先日死んだ、正行(まさつら)正時(左馬介)の弟──にして軍神の戦い方に酷似しているところがあったのだ。ただ、忠義から逃げられなかった親兄弟と違い、楠木正儀(まさのり)はどこまでも逃げ上手であったのだが、それが証明される機会はこれよりずっと後の話である。

 閑話休題。南朝の危機的状況は依然、続いている。最たるものはやはり南朝首都・吉野だろう。後村上天皇は渋い表情であった。

 

 

「やはり……師直たちは攻撃して朕を捕えるつもりなのか?四条」

 

 

「は!明日にも北朝軍が吉野を襲撃するものと聞こえております。帝、どうかご叡慮を賜りたく存じます。実のところ、この辺りは山こそあれど、防御設備が心許ないかと存じます。何より防戦のための兵がございません。今宵の内に、更に南へ避難して頂きたく」

 

 

 正平三年(西暦1348年)正月における後村上天皇の避難時期および場所につきては史料によって記載が異なっている。四條畷合戦の同日とするものもあれば、正月中旬とするものも。同時代の僧侶による『醍醐地蔵院日記』では、三十日に紀伊国阿氐河荘に入ったとされている。

 ただし、後村上天皇が最終的に賀名生に辿り着いた事は確かだ。

 

 

「何と……和睦交渉は何だったのだ。西大寺の長老が仲介に入ったのだから、てっきり師直は和睦に前向きと……これでは、時間稼ぎの意味がないではないか!大体、四条!誰のせいで兵が……!」

 

 

「ははッ……!」

 

 

 四條畷の戦い直前、周辺諸国の野武士二万騎という大軍勢を付与されていた筈の四条隆資は、平身低頭するばかりである。投降兵や逃亡兵が続出し、実際には三千騎で北朝軍の次鋒部隊と戦う羽目になったばかりではない。碌に成果を上げられず、何と正行(まさつら)たちを見捨て逃げ帰ったのである。お陰で、後村上天皇の心象は最悪だ。

 否、何も正行(まさつら)の件ばかりではあるまい。後村上天皇は十年以上前の親王時代において顕家と共に各地を転身していた。その最後の戦いこそ、般若坂の戦いである。当時の記憶が鮮明に甦ったのだ。

 

 

(いや……正行(まさつら)について最終的な責任は朕にもあるか。不覚にも先帝の同類になってしまっている。過剰な期待で、徒らに能臣を)

 

 

「すまぬ。今のは忘れよ。つい取り乱した。許せ……親房は?」

 

 

「……段取りの手配に追われておられます」

 

 

(親房は和睦と降伏に何の差があろうかと端から否定的であった。朕もそうあるべきだったのやも。公卿たちに甚く苦労を強いる)

 

 

「四条。朕も早速、支度に掛かる!急げ!」

 

 

「は!」

 

 

 この賀名生行きは悲惨の極みだった。古典『太平記』によれば、賀名生で待っていたのは古の大陸の聖人・堯舜にも劣る質素な暮らしであったという。女院や皇后も粗末な庵で雨漏りに濡れ、涙に暮れていた。南朝公卿たちはまるで未開人のように暮らし、昔を懐かしむ余裕すら無かった。陪臣たちに至っては寒さに震えていた。

 一連の経験が後村上天皇たちの精神を蝕んでいく。この後にも待ち受ける波瀾と合わさり、南朝はますます深刻に病んでいった。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 貞和四年(西暦1348年)正月二十四日、幕府軍の先鋒が吉野に入った。これを機に各部隊が続々と吉野へ入っていく。敵の軍略を警戒しながら。

 六角家当主(佐々木惣領)氏頼(大夫判官)は人一倍気にしていた。元より半信半疑だったのである。南朝が潰れるにしては大分早過ぎるのではないかと。

 

 

(南朝は今、正平という元号を用いている。正平の一統というワードは聞いた覚えがあるが……あれ擾乱の前だっけ?違う気がする)

 

 

定詮(五郎)!入念に調べろ!徹底的にだ!家々に助燃剤が仕込まれておらぬか、よーく調べるのだ!嗅覚も含め、五感を研ぎ澄ませ!」

 

 

「は……は!」

 

 

「そうだ。寺も注意しないと……美濃部、忍軍の者たちと探れ!

 

 

「御意!」

 

 

 次弟の定詮(山内五郎)や傍付きの忍びの美濃部たちをして隈なく不審な点がないか探らせている。そんな氏頼(大夫判官)の様子はまさに繊細そのもの。

 そんな様子が暫く続いた。相変わらず氏頼(大夫判官)は警戒し続けている。

 今なお立場上は氏頼(大夫判官)の側妾の魅摩も、これには白い目を向けざるを得ない。隣で護衛役の甲賀三郎──とうの昔に男として出家済みの望月亜也子──に耳打ちした。流石にみっともなさ過ぎると。

 

 

「今あんな心配してるの三郎(氏頼)だけだよ……先に入った執事配下の切れ者の高橋だか河津だかが、もう調査済みって話なのに……定詮(山内五郎)も何しに大和国まで来たんだか。あいつがたった五百騎で持ってきた荷駄の兵糧も、夢幻の和睦交渉期間中に全軍の腹にすっぽりさ」

 

 

「……それは前に殿様が言ってたよ。直義様が将軍執事の動向を探るために派遣したんだろうって。お魅摩様、聞いてなかった?」

 

 

「煽るな!……成る程ね。副将軍の和睦交渉命令は表向き。内実は師直軍の動きを把握するためか。その期間分の兵糧補填で態々定詮(山内五郎)が此方に送られたと。合点がいったよ。要は埋め合わせの駒か」

 

 

「定詮様に自覚はないと思うよ。多分、早く殿様にお会いしたくて直義様の話に乗っただけ。定詮様は昔から殿様に首っ丈だから」

 

 

「……六角党はそんな連中ばっかだから困る」

 

 

 庶流の京極家出身の魅摩は呟いた。六角党の合流によって目算が崩れていたのだ。案の定、氏頼(大夫判官)は郎党と一緒に居なければならないと言い出し、魅摩もあれよあれよと道誉(佐渡判官)に送り出された格好だ。

 このままでは再び戦前の人質状態まっしぐらである。氏頼(大夫判官)にまたかつてのように魅摩に心を許す気なくとも、人質としての利用価値は未だ見出しているのだろうか。魅摩は焦燥感に駆られていた。

 

 

(親父も何考えてんだか……!何か手があるとでも!?正行(まさつら)が死んでからというもの、三郎(氏頼)の精神状態も妙に安定してる。まるで連敗の過去が帳消しになったかのように……あれか?窮地の正行(まさつら)に大見え切った直後に、楠木軍が次々自害した事、まさか自分の手柄とでも思ってんじゃねぇだろうな?だとしたら思い違いも甚だしいぞ)

 

 

「お魅摩様。結局さ、この吉野って焼かなくていいの?」

 

 

「あ〜、どうだろね」

 

 

(多分、焼く事になると思うけど……そう言えば、お達し無いな)

 

 

 唐突な甲賀三郎(望月亜也子)の質問に毒気を抜かれ、魅摩の思考は違う方向に向かい出す。依然、魅摩には神力使いの使命が残っているのだ。

 幕府軍総大将・高師直(武蔵守)は未だ吉野入りを果たしていない。二十四日時点で先鋒部隊が吉野に入っていたのに対し、師直(高武蔵守)の本軍は橘寺に居た。山を避けて迂回するにせよ、橘寺から吉野まで、師直(高武蔵守)の本隊だけなら半日とあれば、余裕で着けてしまう距離に過ぎない。

 何か止むに止まれぬ事情があるのか。そう魅摩は訝しんでいた。

 

 

(総大将自ら乗り込む前に間者を派遣して、南朝の帝の所在地を炙り出そうとしてる?いや、それにしたって動きが遅過ぎる。天下の高師直が伏兵を恐れた……というのも考え難いな。とすると──)

 

 

「まさか女絡みか」

 

 

「……え?」

 

 

「いんや、何でもないよ……流石にそれだと話変わるな

 

 

 亡き分家当主の塩冶高貞とその妻・顔世御前の事件は、今でも世間の記憶に残っている。魅摩はあの夫婦が本当に南朝に渡りをつけていたのだろうと踏んでいたため、同情心を全く抱いていない。

 それどころか恨み辛みに思うところがあった。何故か。塩冶夫妻の事件のせいで、氏頼(大夫判官)が女性全般への拒絶心を強めたと考えているからである。既に法体の男扱いされている筈の亜也子(望月甲賀三郎)さえ、近頃は心なしか干され気味に感じるのも、その証拠だろう。もしかすると望月亜也子(甲賀三郎)という存在そのものが忌避されている可能性もある。

 何せ幼少の時分だったとはいえ、敵軍の女騎を降らせて股肱之臣に仕立て上げようとしたのだ。氏頼(大夫判官)の深層心理において、消したい過去と認定されていてもおかしくない。勿論、亜也子(望月亜也子)に今更台頭されても、それはそれで困るのが魅摩の立場なので、わざわざ本人を焚き付けるが如き本末転倒な真似はしない。次代惣領の生母になるという野心実現のため、魅摩の心の内はドス黒く染まっていた。

 

 

(逆手に取る……という手は何か無いものかね)

 

 

「女と言えばさ、南朝の人たちって全員ずっと遠くの山向こうに逃げたのかな?公家たちだけでも大変そうなのに、帝や女院のお世話のために女房たちも大勢付いていかなきゃなんでしょ?大変だ」

 

 

「ん?……ま、私らみたいに逞しい女は、南朝じゃ稀だろうね」

 

 

 この時、魅摩は確信めいて言っていたが、後に南朝にも女傑が居た事を知る。後の楠木正儀の妻・伊賀局である。かつての新田四天王最強・篠塚重広(伊賀守)の娘で、未だ存命の阿野廉子に出仕していた。

 説話集『吉野拾遺』では、伊賀局が南朝の吉野落ちで目立った活躍をしている。曰く、阿野廉子(後村上天皇の生母)の一行は女たちばかりで、まともな侍もほぼ同行せず、後村上天皇たちから取り残されたも同然の窮地に立たされた。何と廉子たちが渡る前に、吉野川の橋を落とされていたというのである。そこで伊賀局が男勝りの怪力を発揮した。

 付近の松や桜の枝を次々と折って、緊急渡河のための橋に仕立て上げた。このお陰で廉子たちは九死に一生を得たという。因みに、女たちが渡り終えた後、護衛の武士が同じ芸当を試そうとして失敗したというのだから、伊賀局は非凡な女傑と言えるに違いない。

 閑話休題。少し前に吉野周辺でそんな修羅場があった等とはつゆ知らず、元逃若党便女の亜也子(望月甲賀三郎)は、さも涼しげな顔で放言した。

 

 

「武家の娘ならまずまず平気だろうけどさ……貴族の娘たちに本当の山暮らしなんて出来ないよ。ここも遷幸から十年以上経って大分寂れてるらしいけど、建物があるだけマシだよ。本当の山奥暮らしはこんなもんじゃない。山奥で獣と隣り合わせで暮らさなきゃ」

 

 

「……そんな環境じゃ最低限の食事も取れるか怪しいね。幕府軍に攻撃されなくても、飢えて自滅一直線だよ。餓死しちゃった南朝の女たちの死体を、帝や公家たちが齧るなんて事になってみ?南朝どころか、北朝の権威も危うい。皇室自体が、ただ脆弱な張りぼてなんじゃないかって気付かれるからね。そしたら本格的に尊氏様が人の心の拠り所になるよ。既に三郎(氏頼)から崇信されてるみたいにさ」

 

 

 北条政権(鎌倉幕府)の苦肉の方策・両統迭立によって、南北朝時代という花が咲き、皇室の権威はかつてなく揺らいでいる。二兎追う者は一兎も得ずではないが、端から持明院統と大覚寺統のどちらかに絞っていれば、朝廷が二つに分かれる異常事態に発展しなかった可能性は十分に考えられよう。かつて承久の乱で勝利して院や帝を島に流した強大な政権でありながら、思い切りを欠くどっち付かずの優柔不断な態度をとってしまったがため、日本国を危機に陥れたのだ。

 貞和五年(西暦1348年)正月下旬、武力が皇威に勝る例が、新たに誕生しようとしている。幕府軍総大将・高師直(武蔵守)本隊がいよいよ吉野に入った。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 師直(高武蔵守)が本隊の兵を率いて吉野入りを果たした日付は、先鋒隊侵入から四日後の正月二十八日である。師直(高武蔵守)の目はギラついていた。

 垂涎ものの情報をキャッチしていたからである。生前の正行(まさつら)に下賜される筈だった南朝美女・弁内侍が、どうも吉野に取り残されているらしい。こんな情報を天狗衆の一人が持ち込んでいたのだ。

 

 

(弁内侍……!阿野廉子の周辺の女官たちが揃って逃げ仰せたという話は憤飯ものだったが、斯くなる上は弁内侍さえ手に入れられればそれで構わん!最優の南朝美女を得たとなれば、益々男として弟殿の上になる!あの弟は生涯で渋川頼子しか抱いた事がない!)

 

 

「お、叔父上……何やら目が血走っておられる」

 

 

「師世……ふ。師泰の勧めを聞いて、お前も盛んに女を抱いているそうだが、まだまだだな。当世の武家の喜びは、やんごとなきを誇る皇族なり公家なり……その手の妻や娘の顔を床で歪ませる事にあるのだ。子でも産ませれば、その家の持つ教養も吸収できよう」

 

 

 貴族階級の女性が優美たる所以は、各家々が持つ教養ノウハウを少なからず得ている点にある。子育ての際、京の政治に必要な素養を自然と身につけさせてしまうものだ。有象無象の孕み袋としての人妻にはない女の魅力が、合理主義者の師直(高武蔵守)を惹きつけるのだ。

 師直(高武蔵守)の次代に必要なのは朝廷と渡り合える力だ。古の木曾義仲のような武勇一辺倒では困る。皇室や上級貴族に文化面でも匹敵できるだけの若者を養成するためには、それこそ皇室や摂関家の縁者が相応しい……というのが、稀代の好色家・師直(高武蔵守)の理屈であった。

 甥の師世は圧倒されるばかりだ。だから南朝の美女に拘っているのかと得心していた。南朝の美女は、北朝の美女にないノウハウに通じている可能性がある。それが狙いかなどと勝手に納得した。

 

 

「浅はかでした。ただ豊満な女体を抱けば良いものと」

 

 

「それではまだ青い。無論、腰つきは大事だろうがな。腰の細い女は猛将を産み出せん……まぁ見ておれ。天狗衆!隈なく探せ!」

 

 

「「「は!」」」

 

 

 次の作戦のための仕込みをしながら、天狗衆たちは主君のために南朝美女・弁内侍を探し回った。だが、どこにも見当たらない。

 美女の特徴──艶やかな黒髪の持ち主にして、深い知性と気品を感じさせる──を満たす存在など、天狗衆をしても発見する事が出来なかったのだ。完璧執事・高師直(武蔵守)の機嫌はみるみる下降する。

 ここである事に気が付いた。連絡可能な天狗が一駆ほど減っているのではないかと。どうやら消えた天狗は六角軍が陣を張った場所を探っていたようだ。当然ながら師直(高武蔵守)はたちまちピキリとした。

 

 

氏頼(大夫判官)……独自の間諜部隊を密かに持っているようだと前々から察していたが……まさか俺の企みに勘付き、要らぬ決心をしたか」

 

 

(くそッ!弟殿が和睦交渉命令がてら六角党どもの派遣をせねば、氏頼(大夫判官)は今も京極軍で預かりの身で身動きが……おのれ、弟ォ!)

 

 

「どうされます?叔父上。そろそろ力を解放しても──」

 

 

「俺が直接行く!師世!お前は秘密兵器!解放は慎重にだ!制圧はあくまで向こうが俺に殴り掛かる素振りを見せてからにしろ!」

 

 

「……御意」

 

 

(このために父上の軍勢から急遽呼ばれた身なれど……叔父上は将軍執事。将軍烏帽子子たる氏頼(大夫判官)には遠慮するところがお有りか)

 

 

「安保、薬師寺!お前たちも来い!」

 

 

「「は!」」

 

 

 師直(高武蔵守)は吉野の奥深く・竜門に向かった。六角軍の陣屋にズカズカと踏み込む。その剣幕は本来なら郎党たちが慌てて制止して然るべきものだ。しかし、今日に限ってそれがない。師直(高武蔵守)は確信した。

 間違いなく氏頼(大夫判官)は陣に隠している。南朝最優の美女・弁内侍を。

 氏頼(大夫判官)は奥で腰掛けていた。紙で真紅の刀身を拭き取りながら。

 

 

氏頼(大夫判官)……悪い事は言わん。弁内侍を隠しているな?渡せ」

 

 

「……死体でも宜しければ」

 

 

「お前……!」

 

 

(よもや……よもや予め殺したと……!正気を失ったか?顔世の当て付けだとでも?あれは確かに南朝政府と通じていたのにか!)

 

 

 将軍執事・師直(高武蔵守)は愕然とする。氏頼(大夫判官)の目はかつてないほど据わっている。まさにゴミを見るようだ。師直(高武蔵守)の額に青筋が浮上する。

 しかし、今や老将の師直(高武蔵守)にとって氏頼(大夫判官)は貴重な戦力だ。それに、氏頼(大夫判官)は尊氏の烏帽子子だ。実子ではないがため、逆に直冬のような次代将軍の義詮の脅威になる心配も必要ない。むしろ強力な戦力になり得る。将軍執事として重視せざるを得ない外様大名だった。

 頭の中で美女と猛将を天秤に掛ける。合理主義者として一体どちらを選ぶべきか。師直(高武蔵守)はその二択を頭の片隅に置き、開口した。

*1
岸和田治氏と同じ和泉国の住人。




逃げ若で師世が何故だか師直を伯父ではなく叔父と呼んでいる件。
作中世界において、師世だけ師泰兄説を採っていると個人的に解釈しています。それもあって、次代は師夏たちではなく師世自身の手に帰するものと考えていると。中々どうして好きなキャラです。
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