崇永記   作:三寸法師

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またしても『尊卑分脈』の誤謬が……(前例は第拾伍章◆3参照)
室町時代前期作の系図が、何をどうしたら後北条氏の記載を……
本来なら祝賀の一つでも申し上げるべきでしょうけれども……
校正について全く他人事とは思えないので、明日は我が身と思ってより一層細心の注意を払おうと思います。くわばらぐわばら……


◆10

〜1〜

 

 

 師直(高武蔵守)の合理主義を確かめたかった。俺は佐々木惣領、近江国守護にして尊氏様の烏帽子子である。天下の美女に勝るだけの価値があると自負している。大体、守護大名なら全員がそう思うだろう。

 それでなお、師直(高武蔵守)がこの俺に怒りをぶつけるのであれば、高一族そのものを擾乱前の現段階で見限ろう。尊氏様なら必ずや理解してくれる筈だ。手段はさておき、直義が擾乱で師直(高武蔵守)を沈めた後の事に思いを馳せる。尊氏様が、師直(高武蔵守)討伐以降大きくなり過ぎた直義に逆襲せんと欲する時、間違いなく俺を味方にするよう計らう筈だ。

 近江国守護の俺を取り込んだ勢力が、真に京を制するのだから。

 

 

「あれは……細川九曜紋か」

 

 

「……ええ。如何にも」

 

 

 ここを見下ろす山の上に細川軍の旗が掲げられている。別に本当に彼らがいる訳ではない。ただの見せ掛けだ。牽制するための。

 師直(高武蔵守)は現段階で真偽を確定し切れない筈だ。俺とかねてより付き合いのある頼之(弥九郎)か、猪突猛進な本家の元氏(清氏)かでも迷いどころだ。

 本当に見守らせるつもりであれば、わざわざ旗を見せびらかすまいという考え方も今は無効である。実際にあそこに細川勢が居たとしても、衝突回避目的で旗を掲げて牽制するに違いないからだ。

 師直(高武蔵守)は所詮非源氏の身である。宇多源氏の名門の佐々木惣領が、仮にも足利一門の端くれの細川氏と結託していると思えば、おいそれと動けまい。結果、師直(高武蔵守)は不快感を露わにするのが精一杯だ。

 

 

「立ち合い人が居る可能性が、一分ないし一厘でもあるとなれば、天下の執事とてお前に無体はできない……そう考えたか、氏頼(大夫判官)

 

 

「万が一にも逆上なされては困ります故。これにて、先に手を出した方が尊氏様から大目玉を喰らう事になりまする。如何です?」

 

 

「……戦利品を勝手に使い物にならなくした口で何をほざく」

 

 

「では、こう考えましょう。敵の美女に傾国の輩になられては厄介極まるので、第一発見者の六角家が処分しておいた。これなら誰の面子も潰れますまい。師直(武蔵守)殿が吉野を制する前から南朝美女に目星をつけていた……という噂を聞いた時は驚きましたが、噂は噂」

 

 

 方々へ伏兵の存在を探りに入っていた、郎党や忍びたちによる意外な報告を思い出す。それと細川元氏(清氏)らに行った裏取り作業だ。

 一連の話を統合すると、何でも師直(高武蔵守)は四條畷合戦の少し前、鬼の如き斥候──十中八九、天狗衆の事──を派遣して、南朝一の美女こと弁内侍を拉致しようと企んでいたらしい。偶然居合わせた正行(まさつら)のお陰で弁内侍とやらは難を逃れたものの、叔母が内通していた咎で立場がなく、臨幸に同道できなかったという。やむを得ず山奥の尼寺に逃げ込み、ひたすら師直(高武蔵守)の魔の手に怯えていたのである。

 はらわたが煮え繰り返りそうだった。塩冶高貞たちの最期が鮮明に記憶に残っているからだ。彼らが南朝に通じていたとは今でも信じ難いものがある。それを師直(高武蔵守)があらぬ事をしでかして、彼らが京から逃げ出すような状況を作ったのだ。あろう事か、将軍執事ながら高貞(塩冶判官)の妻・顔世御前を奪おうと企んでいた公私混同が原因で。

 今、また同じ事が繰り返されようとしている。確かに楠木正行(まさつら)は敵だったが、結局は尊氏様に直接危害を加えるでもなく、見事な戦振りをして散った。幼馴染として称賛せざるを得ない。楠木軍に()()たちを殺された恨みは、正行(まさつら)の最期を見て気が晴れた。なので、俺は決して弁内侍に辱めを受けさせない。そう決めたのである。

 

 

「この事は黙っておきます。さすれば、師直殿の面子については未来永劫、心配御無用……お帰りを。師直(武蔵守)殿、今こそ再追撃に向けて準備し直すべき時。総大将が無闇矢鱈と本陣を離れられますな」

 

 

「……いいや。氏頼(大夫判官)、お前は既に俺の面子を潰している」

 

 

「……若造の言葉が耳に障りましたか」

 

 

 正直なところ、手は尽くしたが、やはり師直(高武蔵守)の意に染まぬ方向へ舵を切る以上、リスクをゼロには出来ない。俺は今年で齢二十三の武将である。老将の師直(高武蔵守)にして見れば、まだまだかもしれない。

 何を生意気な。こう思われる可能性がどうしても生じてしまう。

 しかし、俺の警戒とは裏腹に、師直(高武蔵守)は首を横に振って頓珍漢な事を言い始めた。師直(高武蔵守)が言葉を進めるにつれ、ここまで事前の俺の命令によって淡々と構えていた六角党たちも表情が強張っていく。

 

 

「そうでない。我が派閥の結束を高めるため、道誉(佐渡判官)殿の御息女を何とかしろと申したではないか。あれからどうなった?聞かせろ」

 

 

「……はい?」

 

 

「此度の事は別に不問にしてやっても良い。だが、何でもかんでも我が意に反して動かれるとなれば、派閥の長としても尊氏様の股肱之臣としても立つ瀬がないのだ。分かるだろう?氏頼(大夫判官)、お前は我が懐刀よ。なればこそ、偶には言う事を聞いて貰わねば。のう?」

 

 

 師直(高武蔵守)の合理主義は本物だった。この俺を確実に派閥内に組み込む事によって、間接的な近江国の掌握を内乱に向け、決して揺るぎないものにしようとしたのだ。尤も、ただそれだけではない筈だ。

 俺が何を最も嫌がるか知っているのだ。これで完全に逃げ道が無くなったと自覚せざるを得ない。口内で小さな歯軋り音がする。

 いい加減、魅摩を側妾という名の人質として飼い殺す方針に限界が生じている。加冠の儀における俺を尊氏様の娘婿にという公言が果たされる芽が無くなり、今は同じ師直派として同族の京極家と協調するしかない。あの直冬の存在を思えば、直義派(御舎弟派閥)復帰案も次期将軍の義詮の心証から長い目で見るに、決して良策とは言えまい。

 

 

「今日中に吉野の行宮を焼く。もぬけの殻だったのだ。北朝軍の体面のため、せめて南朝施設を焼くくらいしなければ、上皇たちの気も収まるまい。分かるな?氏頼(大夫判官)……風が要る。お前が妻に命じて、大風を吹かせろ。その働きの褒美はお前が出せ。如何なる褒美とするのか、お前の裁量次第だが……悦ばれる褒美は一つだろうな」

 

 

「……ッ!」

 

 

 師直(高武蔵守)の言わんとする事を察し、俺は屈辱に感じて震え始める。

 今すぐにでも殴打をかましてやりたい。だが、こちらから手を出せば破滅だ。流石に言い訳が効かない。躊躇の時間が生まれる。

 無論、その隙を見逃す高師直(武蔵守)ではない。さっと距離を詰められ、俺が殺気の欠如を不審に思う間に、耳元でねっとりと囁かれた。

 

 

「お前の子種をくれてやれ。それで道誉殿も満足だろう。それからの事は追って伝える。何、妻は所詮夫の持ち物。褒美を出すという事は即ち、夫が妻の上位たる存在という事だ。当たり前だがな」

 

 

「くっ……」

 

 

 忸怩たる思いが溢れる。きっと弁内侍の件が無くとも、正行(まさつら)との戦が終わった時点で既に詰んでいた。いや、確実にそうだ。斯くなる上は、京極家出身の魅摩を正妻待遇に据え、派閥の長の師直(高武蔵守)を満足させるしかない。自然と道誉(佐渡判官)のドス黒く嘲り笑う顔が浮かぶ。

 後の古典『太平記』では、幕府軍五万騎が四條畷の勝利に乗じて吉野に押し寄せ、皇居や南朝公卿らの宿舎を悉く焼き払い、またその際に「魔風」が盛んに吹いていた事が、明記される事になる。

 当然、この強力な「魔風」のために鳥居、仁王門、神楽殿など金峯山寺周辺の建築物が激しく炎上した。北野天神の(やしろ)も同様だ。

 これらの光景を俺は苦々しく傍観していた。社壇が瞬く間に灰となって煙と共に天高く舞い上がる。室町幕府軍の大勝利の証であると同時に、佐々木一族の命運が更に拗れていく狼煙でもあった。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 まだじんわりと温かい。随分と久々の感触が、ありったけの風で南朝首都焼き討ちを助けた私に対する惣領サマの御褒美だった。

 ただし、夜目でも分かってしまうものだ。幼馴染の三郎(氏頼)が事を済ませて、しょげている程度の事は。それも手に取るように。三郎(氏頼)の心境の変化を今更信じてなんかしていなかった。信じる方が端から間違いだ。幕府重鎮からの圧力という体裁さえあれば良かった。

 ただただ私は寝ずに起き続けて待っていた。三郎(氏頼)が堪え切れなくなって、心中を吐露する事を。それこそ次代惣領の母の務めだ。

 

 

「これで……これで満足かよ。お前」

 

 

「まさか。ちゃんと孕むまで毎日こうだよ。あれな日は別だけど。穢れの状態でも抱いてくれなんて無茶は幾ら何でも言わないよ」

 

 

「……調子に乗ってくれる。敬語はどこに行ったんだ?

 

 

 少し前まで、もし私がこんな口を叩こうものなら三郎(氏頼)は頭に血を昇らせ、掴みかかってきた事だろう。だが、現在は状況が違う。

 先日の四條畷の合戦で親父たちの京極軍は、楠木軍の一部を正行(まさつら)の本隊から引き離して大いに軍功を挙げた。勿論、私自身も佐々木氏本家所属の者としてではあるが、吉野炎上で北朝に貢献した。

 方や一族惣領の三郎(氏頼)はどうだろうか。藤井寺や住吉で敗戦の汚名に塗れ、四條畷では特に何もしていない。自害寸前の正行(まさつら)に刀の素振りを見せて脅した程度だ。だが、あの状況なら三郎(氏頼)が何をしていなくても自害するだろうから、軍功に数えられる筈がない。それどころか、南朝美女・弁内侍の件で幕府軍総大将──将軍執事にして今や天下の誰もが知る最強武将の高師直(武蔵守)──に食ってかかった。

 はっきり言って、三郎(氏頼)はほぼ失策続きなのだ。だから分家ながら幕府の有力一族の京極家、ひいては私へのデカい態度を維持する事に限界が生じている。それで私を抱かざるを得なくなったのだ。

 

 

「一つ聞くけどさ、あんた私以外に女居んの?」

 

 

「……」

 

 

 きっと三郎(氏頼)はこれまで公家たちの誘いを上手く躱してきた筈だ。

 将軍権力のお零れに預かり、貧乏貴族の生活支援の代わりに妻子の貞操を献上させる、他の幕府武将たちとは()()()違っている。

 小姓・馬廻は百人単位で抱えているようだが、女の影は見ない。

 

 

「亜也子は無いだろ?もう法体で男扱い。昔の婚約者、北条仲時娘だっけ?あれも論外だ。間違いなく野垂れ死んでる。他の関係者の娘にしたって、どうせ嫌なんだろ?もう私しか居ないだろ。尊氏様の姫君だってもう無理だ。この十年で相次いで産まれたけど次々とお亡くなりだ。残ってる鶴王様だって、入内しなきゃいけないから望むだけ無駄……もう一つの理由は言わなくても分かるよね?」

 

 

「チッ」

 

 

 鎌倉幕府や建武政権があった頃と違い、三郎(氏頼)が一挙手一投足に気を遣う理由はすっかり少なくなった。元服して晴れて尊氏様の烏帽子子になり、御舎弟殿(足利直義)でも将軍執事(高武蔵守師直)でも外様有力武将の域を超えて一目置かざるを得ない存在になった。だから三郎(氏頼)の自制心が以前に増して低下した。表向きの立ち振る舞いで大衆は今も騙されているだろうが、見る者が見れば婆娑羅な本性が取り繕い難くなった。

 きっと三郎(氏頼)はまたすぐに問題を起こすだろう。どうせ心の内では自分が正しいと頑なに信じているに違いないだから。そんなところは昔からだ。故にこそ時信(先代当主)の心情を無視した真似が出来たのだ。

 

 

「ねぇ……私に何か言う事ない?」

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

「何でもないよ」

 

 

 明らかに、三郎(氏頼)は近年の私の扱いについて反省も後悔も全くしていない様子だ。求めるだけ徒労でしかない。ただし、道理を知っていると自負するだけあって、どうやら良心が皆無という訳でもないらしい。先の弁内侍の一件が証拠だ。きっと顔世御前の罪滅ぼしのつもりなのだろう。御大層な自己満足だが、ある種の婆娑羅だ。

 尤も、ただただ潔癖症が発動されただけという疑いも拭えない。

 私はふと十五年前に思いを馳せた。もう幼馴染のあの頃の姿を直接見る事は出来ない。ただ今の三郎(氏頼)に僅かでも面影を探すのみ。

 

 

「本当さ。私にしときなよ。いい加減」

 

 

「……嫌でもそうせざるを得なくなった」

 

 

「うん……まさか六波羅の娘に未練、なんて事はないよね?」

 

 

「……何を藪から棒に」

 

 

「……?」

 

 

 少しやましそうな三郎(氏頼)の態度に、私は戸惑った。三郎(氏頼)はとっくの昔に仲時娘──確か咲耶という名前だったか──について忘れている筈だ。まだ十三歳で可愛げのあった頃の三郎(氏頼)が石津で女装した際は仄かな記憶のせいか、その名前を騙っていた事は置いといて。

 何となく触れてはいけないような気がする。なので冗談めいた事を口にしてみる。まるで在りし日の幼馴染を揶揄うかのように。

 

 

「それとも、あれ?実は弁内侍に首っ丈とか?」

 

 

「おい、どこまで調子に乗れば気が済む?分を弁えろ」

 

 

「あーはいはい」

 

 

 三郎(氏頼)の睨みを軽くあしらうような態度を見せる。それだけでも満足だった。まるで昔に戻ったかのようで、どこか心地良かった。

 将軍執事(高武蔵守師直)は気付いているだろうか。弁内侍がまだ生きているという事に。少し前、甲賀三郎(望月甲賀三郎)がひっそり私に漏らしていた。執事(高武蔵守師直)殿が血眼になって六角軍陣営を訪れた時、三郎は赤い刀身を油紙で拭いていたらしい。だが、それは甲賀三郎(望月甲賀三郎)が言うに鹿の血らしい。

 甲賀三郎(望月亜也子)は心配していた。人の血と鹿の血は匂いが違うのにと。

 ただ、三郎(氏頼)もその事は先刻承知で博打に出たのだろう。将軍(高武蔵)執事(守師直)が激情で鈍っていたのか、全て呑み込んだのか知らないが、賭けは結実。成功させる辺り、流石は将軍の烏帽子子と褒めるべきか。

 

 

「何で弁内侍なんか助けたのさ?危ない橋、渡っちゃって」

 

 

「言っておくが、あらぬ誤解をしてくれるなよ?弁内侍の顔のどこが良いのか。俺には全く理解できなかった。顔世殿と同じでな」

 

 

「そうじゃなくてさ」

 

 

「……正行(まさつら)の戦振りが天晴れだった。故に尊厳を守った。もし弁内侍が師直(武蔵守)殿の手に掛かれば、下賜の話のあった正行(まさつら)が、あらぬ誹謗中傷を世から受けていた。それは我が本意ではない。正行(まさつら)はこの俺に勝った。なれば、とことん伝説になって貰わねば……それでもまだ文句があると申すか?俺の家臣たちは黙って従ったと言うに」

 

 

 嫌味ったらしい三郎(氏頼)の言い分に決して辟易しない訳ではない。

 三郎(氏頼)は惣領らしく高い視座から見下して意味深長に言っている。由緒正しい武士ならではの気高さが理解できないのかと。六角党の大半と比べ、家格で劣らない筈の京極家当主の娘でありながら。

 ここで私は、三郎(氏頼)の我儘に六角党が付き合った原因は大なり小なり思考停止している者だらけ故だろうと冷めた思いに駆られた。

 

 

信者どもと一緒にするな……本当にそれだけ?」

 

 

「……多少は顔世殿の意趣返しも」

 

 

「……そ。まぁ良いや」

 

 

 佐々木惣領の本音が見えた事に安堵する。顔世御前が南朝に通じていただろう事は察しの良い者なら全員、気付いているだろう。

 間違いなく三郎(氏頼)は気付いていない振りをしているだけだ。ただ、問題はそこじゃない。曲がりなりにも一族の体面を思っていた事が確認できた。幼馴染としても次代惣領の母としても安心できた。

 

 

「あのさ。乳母も教育係も私、人事に口出しする気ないから」

 

 

「……何?」

 

 

「私にあんたの子を産ませて欲しい。それだけで十分だから」

 

 

「……」

 

 

 暗に親父の傀儡にさせるつもりはないと告げる。これで三郎(氏頼)の警戒心は幾らか解れる筈だ。間違いなく()()も良くなかったのだ。

 十年前の親父による一時的な近江国守護職奪取。あのせいで三郎(氏頼)が薄々抱いていた京極家への警戒心が顕在化したのだろう。その前から要らぬ事を吹き込んだ輩は居る筈だが、着火点はあそこだ。

 

 

「ね?これで()()()でしょ……三郎」

 

 

「何のために……京極家の欲が収まるとでも?」

 

 

 仮にも西国武将の代表格なのだ。容易く信用する三郎(氏頼)ではない。

 だからこそキッパリ言い切る事にする。次代惣領に私の実家の影響力が及ぶような事態にさせない。こうでも言わないと無理だ。

 

 

「実家は関係ない」

 

 

「……ほざけ」

 

 

「私はとっくに六角家の人間のつもりだよ。この間までちょいと実家の軍に帯同したけど、あんたさえしっかりしてくれれば、二度と有り得べからざる話さ。私は見返したいと思ってる。あんたの妻になって、あんたの子を産んで、私を見下した奴等をギョフンと言わせてやりたいんだよ!ギョフンと!……これでも納得できん?」

 

 

「……」

 

 

 ここまで言って通用しないのか、三郎(氏頼)は今なお唇を尖らせているようだった。今更私に心を許したくない。そんな思いが未だに強いらしい。次代惣領の母として、それは困るのだ。三郎(氏頼)本人の思いがどうのという話ではない。有り体に言えば、次代惣領の不信感を誘発させる環境を作りたくない。将来的な三郎(氏頼)との不仲を招くに違いないからだ。時信(先代当主)との逆が起こると三郎(氏頼)に恐れさせては駄目だ。

 三郎(氏頼)が源氏政権再興を願って時信(先代当主)の意に背いたように、今度は次代が何かしらの動機で背くのではないか等と考えられたら、全てが水の泡になってしまう。父子の不仲は再生産されやすいものだ。

 静寂が流れる。私が唇をぎゅと噛み締めてどれだけの時が過ぎだものか。三郎(大夫判官)は仰向けになって、さも投げ槍な態度で放言した。

 

 

「好きにして良いから。夜の間は」

 

 

「……普通逆でしょ」

 

 

「婆娑羅が普通を語るか……乗るの?乗らないの?どっち?」

 

 

「乗るよ!私の体力舐めんな!朝までやってやんよ!」

 

 

「絵に描いた餅め……やれるもんならやってみろ。俺は寝る」

 

 

「ッ……!」

 

 

 これでもかと言う程、再認識させられる。三郎(氏頼)が私に心を開く事は二度と無い。その上で次期惣領を設けなければならないのだ。

 何はともあれ、意気込みが無駄にならないならこっちのものだ。

 こればかりは授かり物とはいえ、今年の内には孕みたい。失われた十年を取り戻す。そう息巻いて三郎(氏頼)の身体に跨った時だった。

 

 

びえええん!

 

 

「……何で赤子の夜泣き声?在陣中に?」

 

 

「……」

 

 

 唐突に遠くから微かに届いた、思いも寄らない横槍に面食らう。

 互いに気不味さが募るが、私は分かってしまった。居心地悪そうな三郎(氏頼)の顔が如実に語っていた。不本意な厄介事を何かしら背負い込んでいると。それも避けようと思えば避けられた類と見える。

 この時、私はもっとはっきり危機感を覚えるべきだったのかもしれない。年を経るにつれ、三郎(氏頼)の問題児気質はより露骨に現れるようになる。貞和四年(西暦1348年)正月末現在、それはまだまだ序の口だった。

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