崇永記 作:三寸法師
〜1〜
きっと後の江戸ほどでないにせよ、当世の京でも折に触れて火災が発生するものだ。
当代の近江国守護であるだけでなく検非違使でもある身として、眉を顰めざるを得ない事件だった。只の火事では無かったのだ。
「矢が……飛んで参っていたと」
「左様です、宗家。大炊御門卿の意気消沈ぶりは言うまでも無いでしょうが……我が愚息の
「南朝の破壊工作か、豪胆な盗賊でも居たか。それとも……」
「はい。心外な事に……どうやら
「……何と見当違いな」
勿論、
しかしながら、どちらかと言えば、尊氏様の屋敷周りの警護を更に厳重にする方が先では無いかと思う。俺はこの件について楠木正儀の暗躍を疑っていた。今も正儀軍は南河内の地の利を活かして、師泰軍を翻弄しているようだ。この現状で焦る楠木氏新当主ではないだろうが、後ろから
「宗家はやはり……南朝の破壊工作の線が濃厚とお考えで?」
「……婆娑羅大名が尊氏様を傷付ける事は、万に一つもあり得ん。だが、南朝は別だ。今も賀名生に追い込まれ、師泰軍の目を気にして吉野に戻れずに居る。なりふり構わず、奇策を用いかねまい」
「つまり、用心の観点で対南朝を意識すべきと?」
「然り……して、実のところは如何で?
一旦、
すると、腹黒策士の
「やはり何か知っておられたか」
「ご明察です……宗家。共に一条今出川へ参りましょう。
一条今出川に
しかし、
「
「そこを含めて御説明がありましょう。ささ、お早く」
「……」
相変わらず
俺は一条今出川に向け馬を進める。きっと思いも寄らない話を聞かされる事になるのだろう。何とも言えぬ予感が胸に渦巻いた。
〜2〜
大炊御門邸焼失事件からほぼ四ヶ月後の八月下旬、既に足利直冬は紀伊国に出陣し、腹立たしい事に
今、直冬と戦っている南朝武士は、生前の
「今日はここまでェ!」
「はい!」
後進の指導に当たっても気が晴れない。否、晴れる筈がない。
図らずも月に一度、刀の稽古を付ける事になった少年は、確か今年で数え十歳と言ったところである。太刀筋は決して悪くない。
だが、如何せん身体能力がパッとしない。男子の身体能力は母親の血の影響を濃く受けると先世の記憶にある。幾ら父親の武勇が秀逸でも、必ずしも子に引き継がれる訳では無いという事だ。俺の場合で言えば、母親の実家が文官一族でありながら、存外武力のある
母親が関白の血筋とあっては身体能力に期待する方が間違いだ。
「
「はい……
「……父君に感謝なされよ。全て
半ば恨み節で目の前の
思い出すのはそれこそ去る四月二十九日だ。分家当主の
あそこで俺は呆気に取られた。大炊御門邸焼失の真相を聞いて。
『ふ。度肝を抜かれたか?
『……確かに大炊御門卿の好色について噂は存じていましたが』
『ああ。俺もあそこまで見境ないとは思わなかったぞ』
『はい。結局のところ……自業自得であるとしか』
蓋を開けて見れば簡単な話であった。好色家の元内大臣・大炊御門冬信は、二条道平妹──十年程前に
だが、「壁に耳あり障子に目あり」という格言もある。大炊御門冬信の裏工作の動きは、遅かれ早かれ高
『流石に公卿が相手だ。将軍の名をお借りし、大炊御門を罰するのも憚られよう。とはいえ、黙って見過ごせば高
『そこで、です。宗家……
『天狗衆を動かす手も考えたが、ここは河津と高橋を動かした』
『……四條畷で次鋒を担った両名ですか』
『そうだ。あの二人は我が郎党でも屈指の切れ者だ。見事に大炊御門の屋敷を燃やしてくれた。しかも、本人が傑作だったらしい』
文化人の大炊御門冬信だが、僅か数え七つの孫娘が焼け死んだ怒りのせいだろうか。殊勝な事に、水干の下に萌黄色の鎧を着込んで伝家の宝刀・鳳凰丸を携帯して心を決めた様子であったらしい。
そこを河津と高橋が嘲笑うかのように遠矢を仕掛けたのである。
『所詮は公家だ。泣き寝入りする他ない。問題は──』
『直義派の出方……でしょうなァ』
『ああ。今も侍所の頭人はあの
『北朝の意思を隠蔽に統一しろ……そう申されますか』
『ああ。北朝の武力を担うのは我ら足利幕府だが、より深く持明院統の安全を保障する者と言えば、佐々木六角氏だろう?先代以前からの付き合いがあると聞いている。お前が何も無かったと言えば、北朝の公卿は勿論、皇族たちも黙って引き下がるしかあるまい』
『……随分と無茶な御話ですが、やるだけやってみましょう』
確かに北朝の警察権限は、守護大名が本業の俺のような存在ありきの機能と化しているきらいがある。極論を言うと、この俺の匙一つで
俺は
結果、大炊御門邸焼失事件に関し、
「ま、それで
「何を呟かれておられる?
「
信濃国守護・小笠原
格下だった筈の諏訪頼嗣が、北朝転向の上に直義派に加わって信濃国の国司となっているのだから、内心では忸怩たるものがあるかもしれない。今はこうして
帰宅の途に着く。擾乱が始まれば、この京の風景も再び地獄絵図と化すかもしれない。果たして建武大乱の比で収まるだろうか。
「
「ッ……
南に向かって自宅への道すがら、仕事帰りの
「その様子、下らん感傷にでも浸っていたと見える」
「御容赦を。
「ふん……
「?」
街中において、俺と
俺は思わず目を見開いた。北朝にとって確かに重要な話だった。
「安心しろ。この件で俺が妨害工作を行う謂れはない。程なくお前のところにも話が行くだろうが、そう構えず業務にあたる事だ」
「承知」
二十八日、直義が室町幕府の実質的な最高権力者として参入し、新帝即位と新たな皇太子の擁立、要は北朝内部における譲位実行について意見表明。関係者たちを沸かせた。直後から、京の政権ではおよそ十年振りとなる践祚に向け、準備が進められる事になる。
〜3〜
中継ぎとして即位した筈の天皇が、大暴れして既定路線をぶち壊した例が記憶に新しいのだ。他でもない後醍醐天皇である。大覚寺統だけで考えても、後二条天皇が厳しく
「そもそも叔父と甥は揉めやすいと相場が決まっている。皇位や天下人の座が懸かっているとなれば、権力闘争に発展するのも無理からぬ事だ。壬申の乱が良い例だ……それが当代の朝廷では無事に譲位まで手続きが済んだのだから、光厳院の喜びも
「朝廷では……だね。三郎」
「ああ。もしかすると
仕事を終えて帰宅し、今朝方に取り寄せを命じておいた書籍を受け取りながら経過を思い出す。無論、観応の擾乱を意識してだ。
今回の譲位について直義の動きが目立っていた。巷では光厳院の意思が直義に伝わったために、幕府の方から年内の譲位実行を勧める形にしたらしいと言われているようだ。しかし、実態は意味深長ではなかろうか。光厳院にしろ直義にしろ、裏の意図があるような気がしてならない。幕府内乱を見据えての措置ではあるまいか。
単に南朝軍殲滅作戦が順調だからという理由ではなかった筈だ。
「既に直義派と師直派の争いは始まっている。本格化する前に北朝の皇位の権を自身の御子に渡しておきたかった……恐らく光厳院の狙いは此処に尽きる筈だ。幕府内部の対立が、北朝の叔父と甥に波及しては泥沼だ。下手をすれば新たな皇統対立に発展していた」
「……光厳院は直義派に肩入れなさる気じゃ無いんだろうね?」
「片方への加担は考え難いな。武力均衡が崩壊すれば、流石に話が別だろうが……直冬凱旋で今は前ほど偏りが無い。ただ、二年以内に抗争が本格化する事は、俺でなくとも分かるだろう。
だが、肝心の尊氏様はどうか。相変わらず渋い反応をしている。
直冬が活躍すればする程、嫡男・義詮の脅威になると認識しているのだろう。あの変顔は明らかにそのサインだ。だからこそ俺も師直派で御方の意図を周知する。直冬が人心を集めつつある様に警鐘を鳴らしているのだ。婆娑羅武将たちも直冬の存在は面白くないに違いない。端的に言って、自分たちの利権拡大に差し障るのだ。
直義の猶子・直冬の贔屓振りは目に余る。直義派の連中は一門末席レベルの不当な待遇の埋め合わせと主張してやまないが、むしろ仁木氏や細川氏と同等の扱いで何が不満なのかと思う。両氏が外様の名門武将に劣らず、守護国を獲得している事を棚に上げた寝言でしかないだろう。そんな贔屓をしているから、諸将が直冬に対して反発するのだ。あの売女の息子は諸大名の秩序を乱す輩なのだ。
「三郎、内乱で私の風は要る?必要なら出産どころじゃ──」
「……やむを得ん。師直派の結束が優先だ。義詮様を御輿にするためには
「うん……ねぇ、三郎」
「ん?」
「くれぐれも……出る杭になるんじゃないよ」
俺は目を丸くした。一体誰に向かって言っているのか、ミマは分かっているのだろうか。まるで釈迦に説法だ。世渡りは西国武将にとって日常茶飯事なのだ。俺は溜め息と共に書籍を読み始める。
その間際、半年以上前から温めていた腹案をぽろっと口にした。
「……機を見てお前の近江国帰国の段取りを整える。顔世の二の舞にはさせないから安心しろ。だから余計な心配をしてくれるな」
「ッ」
擾乱は目前だ。何がきっかけで暴発するか知れたものではない。
崇光天皇の在位期間が始まる。この時、代始改元*1はやはり行われなかった。元朝では現代お馴染み
果たして必然なのかどうか甚だ怪しいところだが──科学的には只の偶然に過ぎないのだろうが──翌