崇永記 作:三寸法師
〜1〜
直冬を最も冷遇したと言える人物は、本当に尊氏なのだろうか。
実のところ、直冬冷遇説に異論がない訳でもない。幾ら副将軍の直義による熱烈な後押しがあったとはいえ、直冬の従四位という位階は次期将軍・義詮と同等だ。仮にも北朝政権樹立の大功ある室町幕府初代征夷大将軍・足利尊氏が本気で拒めば、
ただし、古典『太平記』において、仁木・細川氏の人々と同列に扱われ、恩賞も発給されなかったという叙述が残っている。無論、恩賞権は幕府において尊氏に帰する。この采配が副将軍・直義の歓心を益々買ったらしい。直義は対応策を考え、動き始めていた。
(宿老たちの多くが直冬を警戒している。我が派閥でも
「御台所。ご機嫌麗しゅう存じます」
「……」
尊氏の正室・赤橋登子は、室町幕府開闢から十年が経った今でも健在である。鎌倉幕府最後の執権・赤橋守時の妹だが、家族仲は存外悪くなかったようで、新時代でも時折一緒にお出掛けしていた形跡がある。だが、この登子こそ直冬冷遇の原因と疑われている。
それもその筈。北条一族が滅んで実家を失う結果となった登子にとって、腹を産んで痛めた子どもたちが生きる
「頼子」
「はい……義姉上。昨日は、御子たちに私どもの愚息・如意丸の遊び相手をお務め頂き、
「はい。稽古の合間の良き慰みになりました。如意殿がもう少し大きくなった暁には、鶴王と三人で楽曲を楽しみたいと思います」
この時期、義詮の実弟・光王──後の鎌倉公方の基氏──は既に直義の猶子になっていたのではないかという説もあるが、もう少し先の事であるという見方も根強い。何はともあれ、
渋川氏出身の妻・頼子が同伴であれば、現渋川家当主を婿としている
「光王殿。私は幕政を見なければならない身なので、月にそう何度も来れるとは限りませんが、頼子は暇を見繕い、如意丸と共にお訪ねする事も出来ましょう。勿論、私も折あらば是非に参ります」
「叔父上。今度お越しになる時は直冬殿も──」
「光王。如意殿は
場が凍り付く。直義も頼子も唖然とした。嫁入り以来、年々登子が気難しくなっている
僅か齢九つの
もしくは、実母・赤橋登子への不信感の成せる業かもしれない。
「母上……直冬殿の御母上は、賤しい女子なのですか?」
「ええ。遊び女が不遜にも父上の側室を称していただけ。その点、渋川氏は素晴らしい。渋川氏の先々代は、鎌倉幕府きっての風流人の娘を娶っておられた……頼子殿はその流儀を継いでおられる」
(ほ、北条時広*1公の血筋を持ち出されるか……!)
直接
だが、分かる者なら誰でも分かる。北条政権の理解に努めた過去のある直義なら尚更だ。それ以前に妻の祖母の出自くらい、当たり前に把握している。直義は反発したい気持ちをぐっと我慢した。
猶子の直冬のためを思えば、この程度で取り乱す訳にいかない。
「御台所。あまり光王殿に左様な御話は……」
「
堂々と
あくまで赤橋登子は、自分たちの野望の被害者だ。そんな意識を思い出して、直義は
赤橋登子は実家が滅んでいるため、初代将軍の正室の実家に乗っ取られた鎌倉幕府の二の舞──言い換えると政子が頼朝に寵愛された棚ぼたを活かした北条氏の再臨──を却って心配せずに済む。
言うまでもなく、尊氏の天下人らしい器の大きさの証にもなる。
(ッ……ここで直冬は我が猶子。直冬への侮辱は御台所と言えども許さぬと強硬主張するのは簡単だ。だが、それでは火に油を注ぐ)
「……御台所。足利一門の強化を思えばこそ、直冬に才能を試す機会を与えたのです。確かに今いる守護大名たちも強者揃いでございましょう。ですが、討伐を彼らに頼り切りで、足利本家それ自体の武力は世代交代を経て尚、保てましょうか?私や兄上が居なくなった時の事を考えての判断です……どうか御理解願えませんか?」
「貴方は!義詮や光王の才覚が、直冬に劣るとでも!?」
赤橋登子のヒステリックが始まる。次第に呂律が回らなくなり、直義たちは登子が一体何を言っているのか聞き取れなくなった。
副将軍の直義は訳もわからず、ただ圧倒されていたが、もし此処に完璧執事の
叫び疲れて登子の気力が衰えた頃、
「母上……武将の起用で、叔父上に物申されない方が」
「ッ!」
「光王殿……」
(武将……そうだ、武将だ!)
かつて鎌倉幕府が蒙古襲来に備えて設置した役職・長門探題という名で、中国地方八ヶ国の管領職を樹立。これに直冬が就いた。
観応の擾乱に向け、舞台が着々と整備されつつあったのである。
〜2〜
そもそも観応の擾乱の根源とは何か。直冬という存在によって足利兄弟や義詮に不和が生じたせいなのか。高
意外にも古典『太平記』は、これらを根本的な理由としていないようだ。何と直義の子の如意丸にも関わる怪異が、その役割を担っている。謂わゆる「六本杉の怪異」である。事は三年前に遡る。
『な、何だ!?愛宕山から?いや、見間違いか?』
(も、もう少し観察して見よう…… な!?あれは
この後、二刻ほどの間に事態は着々と変化した。天台座主時代の装いの
要は古典『太平記』お馴染みのファンタジーだ。だが、どうにも一介のファンタジーとは一線を画する
『しかし、口惜しいぞ。このままでは武家の政治が天下を撫臨してしまう。それではつまらん。騒動なくば先帝陛下が浮かばれん』
『何、簡単な事だ。四つの策で足利氏の天下は容易に乱せる』
『四つの策?』
『ほう。二人で面白そうな話をしているではないか。聞かせよ』
『は!殿下!……丁度、殿下が最大の鍵と思っていたところです』
この後、古典『太平記』は驚くべき事を記す。何と護良親王自ら直義の妻こと渋川頼子の腹に依り、男子として生まれて世間を乱す策に乗ったという。つまり、如意丸こそ、護良親王の転生した存在であると仄めかされているのだ。その他にも、高兄弟や上杉
この「六本杉の怪異」に精神汚染のターゲットとして名前が登場する邪僧がいる。日記『園太暦』にも名のある謎の僧・妙吉だ。
時を
「神仏の御力をお持ちの御婦人出産のための薬……ですか」
「如何にも。
「はて……名前だけ見た限り、至って難産に備えるための品々としか思えませぬ。
「ああ。もう妊娠してるから、幕府への根回しは
「……それが宜しいかと」
まるで正室の出産に興味無さげな──というより渋々の事だったので厄介払いしたそうな──
てっきり北朝政府に話を通しておいたから、近江国に出向してくれと無茶を言われるのではないかと危惧していたのだ。如何にも拍子抜けである。和気仲成は逆にこのまま帰って良いのだろうかと不安に感じた。せめて物語りの一つでもしなければ、名医が廃る。
外様の有力大名・佐々木六角
「
「は?」
前出の「六本杉の怪異」には続きがある。護良親王たちの酒宴は満場一致で足利氏の治世を乱す方針で大笑いと共に決し、幻に帰したという。雨宿りの僧は呆然としながら夜明けを迎え、京の方に向かった。そこで知人の和気
だが、ここで問題なのは懐妊看破ではない。天下の名医・和気仲成が
(
「かれこれ三年前の事になりますな。私の友人が──」
「何を知っている?」
「!?」
急に肩を
床との衝突の痛みで顔を歪める。しかし、直ぐにそれどころではなくなった。覆い被さるような態勢を
──キュイイイイイイン
「ひっ……は、話す!洗いざらい話します!
「……それで良いのだ」
結局、和気
勿体ぶっておいて語られる筈だった内容が、突拍子も無い御伽噺だったと知ったのだから、
呆れた様子の
(一体何だったのだ?あれではまるで、天魔の王か何か──)
「おや。和気殿ではありませぬか?六角堂からの参拝帰りで?」
「ッッ……みょ、妙吉様。これはこれは」
和気
例の「六本杉の怪異」を知る和気
「妙吉様。今日は副将軍の御屋敷で如何様な有り難い御話を?」
「おお、聞いてくれるか?大秦帝国について、色々とな?」
「大秦帝国……ああ、始皇帝の」
「それよそれ。不死の薬の話*2は勿論したぞ。それと二世皇帝の胡亥にまつわる趙高大臣についてな。いやあ心躍る。実に愉快だ」
(この者……さては趙高の逸話に
古典『太平記』によれば、妙吉は幕臣の上杉
件の「六本杉の怪異」は、古典『太平記』の文脈において確実に機能している。天下という野心増幅装置のメタファーと言っても良いかもしれない。観応の擾乱の起因となるコンテクストなのだ。
何はともあれ、直義派と師直派の衝突が