〜1〜
風雲急を告げている。貞和五年八月十日という将軍邸の再築終了日を迎えて、官民誰もが固唾を呑んでいた。尊氏様が前将軍執事の屋敷に身を寄せ、四六時中師直と一緒に居る期間が終わるのだ。
言い換えれば、師直が自ずと労力を前ほど尊氏様のお世話に費やさなくなる。皆が察していた。師直は能力だけでなく、プライドも随一と呼べる程に高い。将軍執事を解任されて、いつまでも甘んじているような男ではない。今日を境に一気に動き始めるだろう。
そうしたところで、尊氏様の突然の篠村八幡宮参拝だ。表向きは二度と自宅が燃えないよう祈ると説明されても、ジンクスが重視されがちな当世において、真に受ける者がどれだけ居るだろうか。
「氏頼……汝なら何か聞いておらぬか?尊氏の真意を」
「上皇陛下。直接のお召しは大変有り難き事なれど……申し訳ありません。聞いていないと御返事申し上げるより他に無いのです」
「……」
光厳院はこの時代にあって室町幕府と共存し、院政を展開する賢君である。面識自体は六波羅探題滅亡前からあるが、そのキレ具合は建武新政期の苦渋を経て、磨きが掛かっているように思える。
だからこそ光厳院は人一倍危惧している。俺は擾乱が師直と直義の共倒れで終わると知っているため、悠然と構えられるが、光厳院は全く違う。尊氏様の真意を訝しんでいるのだろう。その取り越し苦労の様子に対して、思わず失笑を浮かべてしまいそうになる。
尤も、いつかの京落ちの際に野武士の矢で負傷していたという話のだから謁見の時は冷や汗ものだ。七年前に頼遠が牛車ごと投げ飛ばしてくれたお陰で、その話が塗り替えられたのは僥倖だった。
「何時だったか。汝の父・時信が生前申しておった。次期佐々木惣領は大陸の三国時代に殊の外熱心だが、あまりその話を振らないでやらないよう、近臣たちに言い含めておいて頂きたい……とな」
「?」
急に何の話だろうか。俺は首を傾げたくなるのを堪えた。仕草一つとっても、持明院統に不敬と見做されるような事は避けたい。
今まさに観応の擾乱に突入しようという頃合いなら尚更だろう。
故に黙って聞くしか無い。齢三十七の光厳院の言葉の続きを。
「朕は快く引き受けた。だが、今日ばかりは破ろうと思う。氏頼、汝は曹一族や司馬一族について如何に思う?率直に述べてみよ」
「……大陸の悪しき風習の例であると。君主が内側から力ある臣下に塗り替えられ、更にその臣下が塗り替える。このため、大陸における帝位の価値が安っぽくなりました。翻って本朝はこれまでも、これからも万世一系の理が続きます。北朝こそ正統な皇室です」
この場は一先ず、模範的と思われる答えを紡ぐ。人払い済みの場とはいえ、勧められるがままにつらつらと答えられる筈がない。
本当は尊氏様こそ最上位にあるべきなのだが、致し方あるまい。
「うむ。壬申の乱や両統迭立の危機がありながら、幸いにも皇室は今なお連綿と未来に繋がろうとしている。だが、新帝が即位しながら即位式が未だ実現できていない……当座の不安要素の一つだ」
「当座の、にございますか」
「左様。分かっておろう、氏頼。本朝の政権交代劇は、帝位よりも臣民間での実権を巡って発生する……本当に良いのか?朕は決して直義の肩ばかり持つと言う訳ではないが、師直の奸雄ぶりが古の大陸で言うところの曹操や司馬懿に比する事、誰の目にも明らかだ。その後継者が師世になるか、師冬になるか、それとも実子の師夏になるか。未だ不明とはいえ、その勝者が足利幕府において、曹丕や司馬昭の同類となる可能性は充分に有ろう。足利氏の天下は有名無実化してしまう。このままでは苦心して取り戻した源氏の栄光が、鎌倉幕府のように再び能臣によって食い潰されかねんのだぞ?」
きっと光厳院は耳にしている。妙吉侍者が遺恨ある高兄弟を失脚させるべく、盛んに政権中枢で広めて回ったという噂について。
その讒言は何種類かある。一応、どれも心当たりがなくも無い。
『師直殿、何やら土地について一部で不満の声が出ているとか』
『ふん。不満を吐く暇があるなら近隣の寺社領を制した方がずっと建設的だろうに。全く。罪科で所領を没収されても、素知らぬ顔で実効支配を続けられるような気概が無くば、武士とは呼べまい』
いつかの宴において、師直と道誉がこんな話をしていたような気がする。尤も、これについては多くの武士たちがわざわざ師直に言われるまでもなくやっている事だろう。かく言う俺も、一昨年から比叡山への聖供米の支払いをサボっている。要は枚挙に暇無し。
とはいえ、あれについては思わず口を噤みたくなる話なのだが。
「直義派筋からの情報故、俄かに信じ難く、まともに取り合うつもりはないが……高兄弟の片割れが申したそうではないか。京で皇室が土地を有し、内裏や院御所があるせいで下馬も楽でない。万事を司っているのは幕府なので、皇室は無用の長物。仮に無くて支障が生じるなら、代わりに木で造るか金属で鋳すかのどちらかだと」
「あ……」
「挙句、朕たちや帝はどこかに流して捨ててしまった方が天下のためになり、不公平が無くなるとまで……朕は嘆かわしい。高兄弟のいずれかが本当にこう申したかではない。高兄弟を扱き下ろしたいがために、直義派すら皇室を軽んじる発想を用い始めた事がだ」
「!」
今までにない光厳院の言葉に目から鱗が落ちた思いであった。
直義はいずれ、窮地に陥って南朝に転向するものとばかり思っていたが、それにしては北朝政府との距離が近過ぎるような気がして不思議だった。前時代からの縁故がある我ら佐々木一族を除けば、直義こそ最も北朝の貴人に顔の効く幕府関係者と言えるだろう。
成る程、既に直義も北朝の不審を買い始めているようだ。北朝の了承の有無はさて置き、首都において将軍執事誅殺という血生臭い所業の試み・失敗があったのだから、当然の帰結かもしれない。
そう思っていると光厳院は御簾の裏で益々顔を険しくしていた。
「況んや高一族はどうか。氏頼、朕はどうしたら良い?高兄弟は足利政権乗っ取りどころか皇位簒奪すら疑うべき奸雄で、直義派は目的のためなら手段を選ばない危険性を秘めておる。本来なら尊氏に上手く治めて貰いたいが……一体何を考え、篠村まで行ったのか。よもや十六年前の討幕の如く兵を集めておる訳でもあるまいに」
「……上皇陛下。どうかこれだけ御心にお含み頂きたく」
「……聞こう」
後の新井白石による九変五変説ではないが、政権交代は自然の道理であろう。蘇我氏から藤原氏へ。平家から源氏へ。北条家から足利氏へ。将来もこのまま運べば、戦国時代の三英雄が順に天下を席巻し、幕末では徳川氏に代わって薩長の英雄たちが台頭する。
言うまでも無いが、この時代の道理は只々一点に尽きるだろう。
「最終的な勝者は尊氏様です。尊氏様こそ唯一の勝利者。佐々木六角氏はこの未来にひたすら突き進みます。その先に皇統が北朝に一本化される悲願達成がございます。ですので、どうか御安心を」
「……」
しっとりとした笑みと共に、俺は実に確信めいて奏聞を終える。
尊氏様は深謀遠慮だ。正確には特に意識して考えるまでもなく、直義と師直の共倒れという最高の未来に向けて突き進んでいる。
佐々木惣領の俺にしろ、光厳院を筆頭とする北朝にしろ、室町幕府初代征夷大将軍・足利尊氏公という古今無双の英雄を信じ抜く事が肝要だ。その上で、ただ在るがまま流れに身を任せれば良い。
夜にも尊氏様が篠村八幡宮から土御門東洞院の新邸に入る事になるだろう。十二日には新邸で弓技のイベントを行うそうだ。尊氏様の大胆さは留まるところを知らず、凡百の者では到底理解が及ばないだろう。俺は心底思っていた。もっともっと魅せられたいと。
〜2〜
貞和五年八月十一日、師直邸において一つの動きが起こった。
名将・赤松円心が挨拶に現れたのである。師直派の外様大名はこの俺の他に、美濃国守護の土岐頼康や信濃国守護の小笠原政長らが居るが、現状の実績で円心は遠過ぎる。我らの前任者──俺の場合なら時信、頼康や政長の場合は土岐頼遠及び小笠原貞宗──と比べても間違い無く総合力で上回るだろう。それこそ軍神・楠木正成と勝負してもどちらに軍配が傾くかという程の天下の名将である。
赤松軍の下向直前、俺は佐々木惣領として密かに接触を試みた。
「齢七十三にしての出陣。円心殿は廉頗の如く盛んであられる」
「おや。廉頗とは……氏頼殿は嬉しい事を申される」
当初からある程度分かり切っていた事であるが、赤松円心が本拠地の播磨国に布陣し、中国地方の防波堤を務める運びになった。
あるいは円心の高齢を考慮し、三男坊の則祐──庶子とはいえ、護良の股肱之臣だっただけあって、兄の範資や貞範以上に評価する声もある──たちの派遣になるかもしれないと思われたが、実際にはそうならなかった。円心と則祐ら父子が七百騎を揃え、これから下向する手筈だ。長門探題を意識しての差配なのは明白だろう。
「円心殿に御出馬願うとなると……師直殿はやはり直冬の野郎を」
「間違いなく警戒を強めておられるでしょう。この円心としても新田義貞以上の難敵と考え、播磨国で備えなければ。氏頼殿こそ頼みますぞ。師直殿の計略は良くも悪くも、佐々木惣領兼近江国守護の氏頼殿次第。頼康殿や小笠原殿、千葉殿との協調をお忘れなく」
「……」
円心下向という情報は、間違いなく直義派を刺激する。七百騎で京から動けば、遅かれ早かれ伝わってしまうだろう。ここ暫く雌伏状態の師直がどうして長門探題の直冬の上洛に備えるような措置を講じるのか。答えは明白である。この京で事変を起こすからだ。
以上を言い換えれば、本日八月十一日の円心下向を以て、師直派による直義派への宣戦布告が為されるという事である。長門探題の直冬を頼みとする直義派に対し、有力外様大名が多く属して義詮擁立を願う師直派という対立構造を浮き彫りにしようというのだ。
「重ね重ね申しますぞ。我らが高一族の栄光というよりか、源氏将軍の順当な嫡子継承を望む立場である事……御方が征夷大将軍の職に就いて初めて烏帽子子とした貴殿が、誰より明確に示さねば」
「心得ております……円心殿こそ幾ら建武大乱の日々から十年以上の年月が経ったと申せ、くれぐれも直冬の野郎に遅れを取られませぬよう。かつて我が先代の率いる精鋭部隊を鮮烈に破った円心殿の御名が、足利直冬の武威の肥やしになる事だけは御免被ります」
何でも円心は今回の任務を請け負うにあたり、太刀「懐剣」を師直から貰ったらしい。道長四天王の藤原保昌が持っていた由緒があるとも、源頼光から伝わるとも聞く、高一族累代の宝刀だ。
赤松円心ともあろう武将が果たせない仕事とも思えない。現地で兵を集めて三千余騎の軍勢で杉坂峠并び船坂峠を封鎖し、街道通過を防ぐという円心にとって格好の役目だ。真骨頂を魅せられる場と言って良い。加齢のため、かつて六十倍の敵軍の奇襲攻撃を対処したような猛将然とした武勇が錆び付いても、天下随一の老獪さで直冬軍を翻弄する程度、容易い筈だ。故に冗談のつもりだった。
「そうですなァ。もし直冬殿に将軍と同じ才覚があれば……いえ、その仮定で考えても、心配は御無用です。思うに、その方が半端に才能があるより却って我らに都合の良い行動をしてくれるかと」
「?」
この時、俺は名将・赤松円心の言葉を測りかねていた。兵書の読み込みは決して欠かしていないが、それでも亡き軍神と肩を並べ得るような最高峰の知将の思考は、容易に掴めざるところがある。
だが、結論から言えば──足利直冬という武将が、鎌倉時代末から建武大乱に掛けての生き残り・赤松円心を破る事は無かった。
これから始まる師直復活劇において、直冬はひたすら円心の威名を恐れてか、鞆の浦から東に進む事すら叶わなかったのである。
そして、遂に貞和五年八月十二日を迎える。土御門東洞院の将軍邸で弓場始という儀式が開催される中、両陣営が動き始めた。
「師直殿。たった今、京極・土岐・小笠原連合軍が琵琶湖東岸から船で西進していると報告が。直義派の石塔氏や伊勢国の南朝勢を警戒せねばならず、土岐軍の数が当初の見込みに満たないらしく」
「……結構。氏頼、お前の六角軍は?」
「は。我が次弟の指揮で、千葉殿恩顧の伊賀勢と共に南近江の陸路を通って、間も無くこの京に入る手筈です。出来れば二万騎ほど集めたかったところですが、我が軍勢も頼康殿と同じ理由で……」
「それでも有力外様大名の軍勢が大挙して押し寄せる。これと師泰が前線から連れて来た部隊を合わせ、かなりの数になる。まだまだ兵は増えるぞ。仁木兄弟や山名時氏だけではない。近国武士たちの多くが俺の派閥に属している。京在住諸将の護衛兵らも数えれば、五万騎にも達するだろう。ところで、弟の派閥はどうだ?ん?」
「察するに現在、将軍邸で弓場始を司っている上杉朝房の兵たちが駆け付けたとしても……やはり数千騎の域を出ないでしょう」
「ふん。見ものだな……今に笑える事になるぞ?三条坊門の直義邸に集まった兵どもの多くが、不利を悟って逃げ出すに違いない」
既に三条坊門の直義邸と一条今出川の師直邸にそれぞれ諸将が集い始めているが、兵力の差は歴然だ。十倍で済むのだろうか。
程なく完璧執事の師直が予測した通り、直義派では見る見るうちに離反の動きが見られるようになり、遂に千騎足らずと化した。
もはや直義は絶体絶命と誰もが思うだろう。明日の朝にも合戦が始まり、白黒はっきり出来ようか。しかし、ここで世が刮目すべき事態が起こっていた。尊氏様が弟を自宅に避難させたのである。
後に「御所巻」と称される事変が、今にも起きようとしていた。