崇永記   作:三寸法師

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◆9

〜1〜

 

 

 貞和五年(西暦1349年)八月十四日、室町幕府の主力武将の大半*1が高師直(武蔵守)の号令の元に集まり、大軍で将軍邸を包囲した。囲まれている屋敷の主人こそ確かに尊氏様なのだが、矛先は違うところに向いている。

 我らの標的はあくまで副将軍の直義(左兵衛督)である。勿論、今日を以て殺害とまではいかない。尊氏様がそこまで許していないのだから。

 既に師直(高武蔵守)は要求を公にしている。戦前の対華二十一箇条の要求に比べれば、随分と呑みやすいだろう。僅か五箇条の要求である。

 

 

「第一の狙いは、上杉重能(伊豆守)らの引き渡しか……」

 

 

「三条卿、何卒御理解の程を。関東執事・上杉憲顕(民部大輔)の介入を防ぐためには、交渉で直義公(副将軍)即時罷免要求を見直す代わりに、重能(伊豆守)殿が泥を被る形こそ最善なのです。これで上杉家も矛を納めせざるを得ないという筋書きにて。流罪か処刑かまでは何とも言えませぬが」

 

 

 検非違使として新帝(崇光天皇)避難の手伝いを終え、俺は北朝公卿の三条(権大)(納言)と話し込んでいた。無論、また直ぐ将軍邸包囲に戻る算段だ。

 今現在、将軍邸の塀を挟み、尊氏様と師直軍の間で交渉が行われているようだ。尊氏様の遣わす使者が、須賀清秀──師直(高武蔵守)のとばっちりで職を追われていた男──なのだから、茶番も茶番である。

 

 

「たとえ上杉重能(伊豆守)たちは流罪で落ち着くとしても……その後で誅殺という運びになるのではないか?既に足利兄弟の母・上杉清子は故人となっている。たとえ足利将軍家の外戚でも、どうなる事か」

 

 

「その辺りも含め、分からぬとしか……少なくとも重能(伊豆守)殿たちの命運は師直(高武蔵守)殿の胸三寸に委ねられる筈です。三条卿、師直(高武蔵守)殿は嫡男の師夏(武蔵五郎)殿を積極的に登用し、北朝への恭順を示しています。師夏(武蔵五郎)殿は北朝公卿の娘の子。師世(越後将監)殿や師冬(高播磨守)殿を差し置いてまで、幼少の師夏(武蔵五郎)殿に副将の座を与えたのですから、これは師直(高武蔵守)殿が北朝政府を重視している証と言えましょう。逆に心配なのは直義(副将軍)派の連中です」

 

 

「直義派?……氏頼(大夫判官)殿、どういう事だ?」

 

 

 一瞬ポカンとして訝しむ三条公忠の様子に対し、()()()()()()という思いを抱く。観応の擾乱では足利直義があろう事か、南朝と結託するフェーズがある筈だが、今この話を予見している者が天下に果たして居るのだろうか。当の本人ですら考えていないだろう。

 何しろ直義はかつて護良親王弑殺に深く関与した。否、それどころか直義の指示で決着がついていた。これで誰が直義の南朝転向という奇想天外な一手に思い至るだろうか。腹黒坊主の道誉(佐渡判官)でも無理に違いない。だからこそ、今後も持明院統との蜜月を維持すべく、更なる混迷を目前に示唆しておくのだ。半信半疑を装いながら。

 謂わば、後に北朝政府が抱くだろう直義への失望感が、佐々木惣領の俺に対する信頼強化に繋がるようにするための布石である。

 

 

「お忘れを。口が滑り申した……ともあれ、三条卿。落ち着くところに落ち着くかと存じます故、北朝政府の皆様方におかれては出来得る限り、ドンと構えて頂きたく……それでは、失礼致します」

 

 

「う、うむ……氏頼(大夫判官)

 

 

 あまり将軍邸包囲の持ち場を離れるのも好ましくない。絶対に有り得ないとはいえ、佐々木惣領(六角家当主)──京の隣の近江国に勢力を張る外様有力大名──でも将軍烏帽子でもある身として、仮に高一族ないし他の武将が暴走し、罷り間違って尊氏様諸共の殲滅を企てた際、土岐頼康(刑部大輔)らと共に抑止力にならなければならない立場だからだ。

 故に話を早く切り上げたい。俺は苛立ちを隠しつつ振り返った。

 

 

「何でしょう?三条卿」

 

 

「これだけは聞いておきたい。全て……尊氏卿の意のままか?」

 

 

 どうやら既に疑われ始めているようだ。俺や仁木頼章(左京大夫)をはじめとする忠臣たちが多く将軍邸包囲網に参加している訳は、実は征夷大将軍の尊氏様から師直(将軍執事)派に密命が下っているからではないかと。

 つまり、一連の将軍邸包囲の動きは、尊氏様の自作自演によるものではないかという説だ。勿論、通常なら臣下に命じて自宅を囲ませるという主命など、考えられまい。だが、忘れてはならない。

 尊氏様こそ他でもない古今無双の英雄である。前代未聞の命令は十分に有り得る話なのだ。見識ある者ならば、必ずその事を分かっている。それに、きっと数日前の篠村八幡宮参拝の動きが、皆の尊氏様への畏怖に拍車を掛けている。全て尊氏様の思い通りなのではないかと世間に思わせる事に成功しているのだ。これで将軍邸が囲まれようとも、幕府権力に傷は付くまい。むしろ尊氏様の深謀遠慮に誰しもが敬服するだろう。否、()()()ではない。現に()()()()

 俺は振り返ったまま、北朝公卿・三条公忠(権大納言)に対し、人差し指を口元に立てて見せた。見るからに三条公忠(権大納言)は呆気に取られ、その間の抜けた顔が、二つ歳下の俺の微笑を誘う。黙って尊氏様を信じてさえ居れば良い。そうする者だけが、栄光に辿り着けるのだから。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 北朝皇族(持明院統)の警護手配の確認を済ませ、俺は再び師直(将軍執事)派の大軍に身を投じた。何しろ五万余騎という大軍である。いつ誰が高兄弟の専横を勘違いして、本当に将軍邸に攻め掛からないとも限らない。

 無論、師直(高武蔵守)ほどの名将なれば、そのような間違いを許す筈もないのだが、赤松円心──既に播磨国に布陣し、直冬(長門探題)軍に備えている天下第一の名将──からの注意喚起もある。念には念を押すべし。

 そう思って師直たち主力の居る辺りに向け、包囲網を掻き分けようとした矢先だった。見る見るうちに、味方の軍勢が旗を下ろして前進し始める。俺は訝しんだ。俺の居ぬ間に何があったのかと。

 

 

「何だ?これは戦闘用意の……まさか直義(御舎弟殿)が未だ強情に」

 

 

兄様(あにさま)!あれをご覧に!」

 

 

「あれは……ん゛ん゛!?」

 

 

 目を疑った。前線の方で煌びやかに陽の光を反射する物体が掲げられている。遠い昔に見たような何かだ。それも十年以上前に。

 四方八方で兵たちの雄叫びが響き渡る。揃って興奮状態らしい。

 それでも、武将ならではの優れた聴力が確実に拾った。前方で(高武)(蔵守)が年甲斐も無く意気揚々と叫ぶ声、並びに寝耳に水の内容を。

 

 

「弟殿ォ!ご覧を!全金属製の直義像を作りました!こいつに全てを譲って引退なされ!さもなくば、将軍ともども御命は無い!」

 

 

「……はァ?」

 

 

 何がどうしてそうなった。俺は耳を疑い、次弟の定詮(山内五郎)と目を見合わせた。いつの間に師直(高武蔵守)は反撃準備の合間を縫い、全金属製直義なんて玩具を作っていたのだろう。そう言えば、十一年前の黒血川合戦の後、近江国守護職を一時没収されるついでに、似たようなものを見せびらかされた。だが、とても懐かしんでいる余裕はない。

 沸々と煮え(たぎ)るものを感じる。話が違う。そう叫びたくなった。

 よもや師直(高武蔵守)は老衰して完璧執事の本分を忘れ、血迷ったのか。

 

 

「どけ!俺は将軍烏帽子子だぞ!」

 

 

「「「!?」」」

 

 

「あ、兄様(あにさま)!?お待ちを!」

 

 

 刀を鞘ごと手に持ち、密集する兵たちを突き飛ばして突き進む。

 なぜ今、師直(高武蔵守)は落とし所を失うような事を口走ったのか。その言動に釈然としないものを感じた。よりにもよって、尊氏様の御命すら何とも思っていないような事を、あの高師直(武蔵守)が公然と叫んでくれるとは夢にも思わなかった。もはや了解の有無の問題では無い。

 というより、尊氏様の指示があろうとも、(うやうや)しい態度を衆目にも崩さないまま、将軍御所を囲むものとばかり思っていたのだ。

 

 

『宗家。御所を囲んだ後、このような段取りを予定しております。まず将軍が須賀殿を使者に遣わします。そこで、源義家公以来の主従関係から順に説いて頂き、逆説的に高一族の必要性について明らかに致します。最後に師直(武蔵守)殿が事の次第を確かめず、国家簒奪を企んでいるのなら、捨て身の戦いを行った後、黄泉の国から大業成就の成否を見届けん。こう将軍に謙遜して頂く予定にございます』

 

 

『成る程……して、師直(武蔵守)殿は何と返すおつもりで?』

 

 

『無論、手始めに最大級の謙遜で返す。ここまで仰って頂けるとは思っておりませんでしたとな。続け様にすかさず(直義)を非難する』

 

 

『とはいえ、将軍が(直義)殿の排除をそう易々承知なさらぬ事、宗家も想像しておられましょう……師直(武蔵守)殿の将軍執事再任要求は言うまでもないでしょうが、この御所巻*2における最大の目的は、(直義)殿を骨抜きにする事にございます。よりて、手始めに直義(副将軍)派閥の中枢に居る者たち、中でも非力な文官武将を讒臣*3として指定致します』

 

 

『具体的には上杉重能(伊豆守)、畠山直宗(大蔵少輔)、奉行人の斎藤利康(左衛門大夫)や飯尾宏昭(修理進入道)、それとまぁ妙吉だな。この五名の引き渡しを求める。こいつらを庇い切れずに引き渡したとなれば、(直義)の武威の欠如が致命的であると世に知れ渡る。(おさ)が構成員を守れぬ派閥なぞ空中分解するのがオチと相場が決まっておろう?……かと言って、御所を囲まれた状態で引き渡し要求を突っぱねてでも庇う程の価値は、無き者たちだ』

 

 

『確認ですが、将軍御自身の威光に傷が付く事には──』

 

 

『ならん。何故なら、将軍こそ絶対の神であるからだ。絶対の神は何があっても傷の付かぬ威光をお持ち故、絶対で居られるのだ』

 

 

『ッ!得心しました!では早速、兵の手配に入ります!』

 

 

『ああ、任せた』

 

 

 忿懣遣る方無い思いである。あのやり取りは一体何だったのだ。

 次期将軍・足利義詮の招聘案を呑ませて、二頭政治を足利兄弟(尊氏様と直義)ではなく将軍父子(尊氏様と義詮)で行うよう誘導する策も、光王(足利基氏)を新たな直義(左兵衛督)の猶子にさせ、直冬(左兵衛佐)の地位に楔を打つ目算もどこに行ったと言うのか。

 

 

「本当に戦とは……聞いてないぞ!早過ぎる!」

 

 

兄様(あにさま)!お待ちを!」

 

 

 このままでは開戦かもしれない。場合によっては、この俺自ら(高武)(蔵守)を封じ込め、続け様に六角軍を動かさねば、尊氏様の御身を狙う輩が現れないとも限らない。そんな不安が俺の脳裏を支配する。

 元号が「観応」に変わる前だというのに、この混迷では先が思いやられるというものだ。そこまで思い詰めた時、突如として矢が一閃して飛んで来た。鞘付きのまま刀を操り、地面に叩き落とす。

 

 

「誰だ!?この一触即発の状況で矢を放った大馬鹿者は!」

 

 

兄様(あにさま)!やっと止まられた!」

 

 

「──いや、矢文なら良いのか?」

 

 

「?兄様(あにさま)……その()()()は?」

 

 

 どこか花の香りの漂う小紙に認められた内容に、俺は面食らう。

 幕臣として見覚えのなくも無い筆跡だ。細字でびっしりと書き込まれている。随分と小賢しい真似をしてくれる者も居たものだ。

 次弟の定詮(山内五郎)の困惑を他所に、俺は溜め息を吐く。大名でもない小者に動かされるのは癪だが、尊氏様の御意向の代弁と受け止めるのが筋であろうか。やむを得まい。文にある通りに動いてやろう。

 貞和五年(西暦1349年)八月十四日、将軍邸の内部から息巻く気配が()()()()となく漏れ伝わる中、「御所巻」は最終局面に入ろうとしていた。

*1

ここで『参考太平記』等から、各陣営の所属武将たちについて纏める。

なお、直義の将軍(足利尊氏)邸避難前の各リストにつき、途中で直義邸から師直勢に加わった者でも直義勢として挙げられているかもしれない。また、畠山国清のように、その場に居たのか疑わしい武将が記載される場合もある。

色分けは、現時点で考えられる、()()()()()()()()重要度に準じている。

 

①師直勢 高一族などは勿論、周辺諸国の将兵が五万余騎集まる。

 山名時氏今川範国今川頼貞、吉良貞経、大島義貞仁木頼章仁木義長仁木頼勝桃井義盛、畠山国頼、細川清氏土岐頼康明智頼兼土岐頼雄京極秀綱、佐々木秀貞、佐々木氏綱、六角氏頼六角直綱山内定詮大原時親千葉貞胤宇都宮道眼武田信武武田信氏小笠原政長、逸見信茂、大内弘直、結城直光佐竹師義、佐竹義長、三浦行連、三浦行家、大友頼時、土肥高連、土屋範遠、安保直実、小田伊賀守、田中下総三郎、伴野長房、木村基綱、小幡左衛門尉、海老名季直大平義尚粟飯原清胤二階堂行元中条秀長伊勢貞継、設楽助貞、宇佐美三河三郎、清久泰行、富永孫四郎、寺尾新蔵人、厚東武村冨樫高家、疋田成宣、土屋三河守、伊藤祐忠、小山備中守、二階堂行重、寺岡大市、京極高秀、摂津時親、摂津能直、摂津能重、丹後入道崇奇、細川清邦、宇都宮貞泰、荒尾海東、畠山国清佐々木道誉

 

②直義勢 天正本では二千余騎。他の伝本では三千余騎ないし七千余騎。南都本は七千六百余騎と記す。

 石塔頼房石塔頼基石橋和義、石橋宣義、斯波高経斯波氏経斯波氏頼荒川詮頼細川顕氏畠山直宗上杉重能上杉朝房、上杉朝貞、和田宣茂、高師秋、千秋惟範、大高重成宍戸朝里二階堂行通佐々木顕清里見義宗、勝田助清、狩野下野三郎、苑田宗清、波多野宣直、波多野通貞、祢津小次郎和久四郎左衛門尉斎藤利康飯尾宏昭須賀清秀秋山光政島津光政饗庭尊宣(命鶴丸)岩松直国吉見氏頼桃井直常、桃井直顕、渋川直頼長井時春

 

 途中で離脱者が相次ぐ筋書きについて、千騎足らずにまで減ったとするものがある一方、西源院本では三百騎未満、金勝院本では二百騎未満とまずまず差異が見られる。

 

③その他 諸本で直義勢か師直勢か分かれる者たち

 細川頼春吉良満義吉良満貞長井広秀、梶原景広、曽我師助、南宗継

*2
実際には、道誉(佐渡判官)氏頼(大夫判官)と同時期の一次史料において「御所巻」という表現は見られず、少し時代が降って用語「御所巻」が使われ始めたらしい。

*3
讒言をして主君に媚びへつらうタイプの佞臣。

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