〜1〜
貞和五年十二月一日となり、次期将軍・足利義詮の天竜寺参詣が予定通り実施されている。国師・夢窓疎石の薫陶を受け、次代の武家政権を預かる身として持つべき、禅律界との気脈の足掛かりとするのである。その光景は、近江国守護の俺にとっても喜ばしい。
比叡山延暦寺のならず者どもは今頃、歯軋りしているだろうか。
「足利将軍家の治世は、白河院の御代のような昔と異なり、強訴で乱す事は極めて困難……夢窓国師との結び付きが強ければ強い程、我ら佐々木一族が思う存分、山門の抑止力になれるというもの」
「同感ですなァ。本日の義詮様の御姿、在りし日の宗家のような使命感が滲み出ておられましたぞ。懐古心でしみじみ致しました」
「とはいえ、願わくば山法師の根城を燃やしたいという我らが心、発展途上の義詮様にも求めるのは些か酷。気長に続けなければ」
「……仰る通りかと」
この手の対延暦寺の反抗意識なら、庶流の腹黒坊主・京極道誉とも共有できる。天竜寺における義詮同伴の公務が終わり、俺は京の六角邸で久しぶりに、現政所執事の道誉と面会する機会を得た。
娘の話を持ち出されては顔も強張るところだが、来年にも改元して擾乱に突入するというタイミングだ。佐々木一族の方向性を再確認する場が、不可欠である。戦国時代の分国法で名を残す我が六角家にしろ後の幕府四職の京極家にしろ生き残る事は間違い無い。
問題は如何にして力を温存しつつ、擾乱を切り抜けるかである。
「先日の男山参拝、そして今日の天竜寺参詣……義詮様は順調に武家政権の次の頭が歩むべき道を進んでおられる。合理主義者の師直殿の心象、如何ばかりやら。否、むしろ師泰殿たちが興味深い」
「宗家……ここ最近、我ら外様の源氏武将に向ける師泰殿や師世殿の眼差しが、心なしか厳しくなっております。お二人とも、もはや弟殿も直冬軍も敵に非ずと思っておられるのでしょう。師直殿の預かり知らぬところで、次の権力闘争に思いを馳せているのです」
「はン。ご苦労な事よ。比企能員を倒した後、畠山重忠や和田義盛を討伐した北条氏にでも自分たちを重ね合わせているつもりか」
ある意味、案の定だ。師直は既に嫡子の師夏と外戚・二条氏の縁で余裕がある分、これ以上の権力闘争は蛇足でしかない。しかし、他の高一族が同じ思いとは限らないだろう。まだまだ自分たちの取り分が不足であると欲に目が眩んでいるのだ。このまま観応の擾乱が進行すれば、築き上げた栄光が水の泡に帰するとも知らずに。
その筆頭格の師泰・師世父子に比べれば、師直すら幾らか慎み深く思える。直義が失脚して以来、かなり忙しくしているようだ。
あるいは義詮のお守りが想定以上に労力を伴うのかもしれない。
ならば、師泰たちの不遜な野心にも合点がいくというものだ。
「道誉殿は義詮様の手腕……如何に思われる?」
「おや。師冬殿からお聞きでないので?」
「……何でも師冬殿は以前の関東執事在任時、出征ばかりで義詮殿と大した関わりが無かったそうで。もう当てにしておりませぬ」
実際は幾らか聞いているが、ここは尤もらしい嘘を吐いておく。
単騎の武力なら兎も角、見識において師冬は策士・京極道誉に遥か及ぶまい。単純に魑魅魍魎犇めく京での経験値が違い過ぎる。
無論、道誉は梟雄の鏡である。思った事をありのまま、この俺に話す保証は無い。とはいえ、ある程度の判断材料にはなる筈だ。
道誉は熟慮したのか、暫く黙りこくった後、やっと口を開いた。
「意欲は旺盛そのものです。ですが……如何せん確固たる芯をお持ちでないようで。ある者がああよと申さばあっさり従い、別の者がこうされよと違う事を言えば、簡単に掌を返す。誰かが義詮様の知恵袋になる必要がございましょう。さもなくば、次世代の足利幕府は方針が定まらず、政策が右往左往する事にもなりかねません」
「やる気のある何とやらという事か。して、道誉殿。その知恵袋は誰が務めると思われる?関東執事の片割れを辞めて西国にお戻りの重茂殿か?それとも……我が佐々木一族の有力者たる貴殿か?」
「!」
途端に道誉が居住まいを正そうとする。どうやら図星らしい。
今以上に室町幕府の中枢に入り込まんと虎視眈々と構える上で、この俺のお墨付きが欲しいという事だろう。あさましい。一見すると殊勝な態度だが、実は違う。道誉は予め見透かしているのだ。
惣領でありながら、この俺が庶家の道誉に否とは言えない事を。
ならば、態々言わせる事もあるまい。俺は先んじて手を翳す。
「道誉殿。かつて北条高時に近付いた経験は得難きもの。当時に比すれば、義詮様の懐に入り込むは幾分容易かろう……それが佐々木一族のため、惣領の我がためになると心得ておる。よりて氏頼は見守る所存。道誉殿が如何にして、武家の伏魔殿を泳ぎ切るのか」
「は。宗家の武力の後ろ盾あればこそ、拙僧も安心して動けるというものです。改めてお聞きしますが……高一族はお見捨てに?」
「……」
もしや婆娑羅仲間の情で惜しむ気持ちが芽生えているのかと訝しんだが、直ぐに腹黒坊主は知己の者でもスパッと縁を切ってこそと思い直した。道誉と昵懇の南朝関係者とて少なくなかったのだ。
況んや高一族をや。家格なら我ら佐々木一族に比べ、師直たちは遥かに及ばない。甘く見積もって仁木氏や細川氏と同等だろう。
「これが源氏の武将ならまだしも……な」
「そうですなァ……宗家は、弟殿さえ切り捨てられるべき存在とお考えでしょう?まして高一族如き、本来なら眼中に入れまじと」
「その通り。師冬殿とて関東に行けば……要らぬ不安か」
「あちらにはもう一人の関東執事・上杉憲顕が。義兄の上杉重能次第で反旗を翻さぬ保証があるとは……恐れながら言い難いかと」
「何、そちらは既に布石を打ち申した」
来春の頭になれば、前任の重茂と交替する形で師冬が数年振りに関東執事の職に復帰するべく、現地に向けて出発する見込みだ。
心配なのが上杉憲顕だが、八月下旬の幕命受理を思い出しても分かるように、直義の腹心だった割に今の幕府に従順だ。夢窓疎石の仲介で元通り幕政が再スタートする段階を一旦挟み、それから直義が自主的に引退した体とした事で、穏便に済んでいるのだろう。
尤も、それを抜きにしても、義詮上洛に先んじて九月に関東下向の光王──後の足利基氏──に釘を刺しておいたから、そこまで気を払う必要はないと思っている。問題はやはり今後の京である。
「道誉殿。今暫くは政所執事として内情を逐次把握してくだされ。同時に今後の形勢変化にも対応できるよう、何時でも高一族から離脱できるよう、お備えを。最終的に将軍や義詮様の元、我ら源氏が全てを併呑できるように……難しい役目なれど、道誉殿ならば」
「は……万事、拙僧にお任せあれ」
不幸中の幸いだろうか。観応の擾乱を間近に控え、佐々木惣領と娘の間の赤子という餌が機能しようとしている。次の惣領の外祖父という夢を実現すべく、佐々木氏宗家の存続に力を尽くす筈だ。
これが五歳以上の子であったなら、道誉は直ぐにでもこの俺を当主の座から追いやり、外祖父という立場を絶対的なものにしようと画策したかもしれないが、あと数年その心配は無用だ。俺にとって好都合な形で、腹黒策士の本領を内紛攻略に活用してくれよう。
「当面、この氏頼も京に居るつもりにて安心召されよ。南近江の軍事は留守居の直綱を筆頭に、馬淵・目賀田をして調練させねば」
「宗家。老婆心ながら、勢多橋の警護は万全でしょうか?もし旧直義派が京の実権を奪い返すつもりなら、必ずや狙われましょう」
「大事ない。伊庭を置くつもりだ。守りの戦に長けておる。たとえ桃井が急襲しようとも、俺が着くまでの時間稼ぎは出来ようぞ」
「……成る程」
貞和五年も残り一月を切った。観応の擾乱はもう目前である。
しかし、この時の俺は知らなかった。この十二月の間に、もう一波乱ある事を。否、結果的には二・三の波乱が起こる事になる。
十二月の初旬、世間は漸くの新帝即位式実現に心躍らせていた。
〜2〜
北朝政府で新帝即位式の具体的な段取りが定まって三日後の十二月八日の事であった。寝耳に水な話が、公武の要人を驚かせた。
ここ暫くの間、豚小屋暮らしの直義が突如として落髪したのだ。
師直は明らかに怒り浸透の様子である。思わぬ手段で自身の面目を潰されたのだ。斯く言う俺自身、想定外の事態に驚いている。
「氏頼……これがどういう事か、お前には分かるか?」
「……即位式を日延せざるを得なくなりました」
少し前まで幕府の実質的指導者を担っていた副将軍・足利直義の突然の出家により、北朝政府は対応を迫られている。というのも、直義ほどの有力者が出家した場合、慣例では政務が中止される。
無論、周知の事実として直義は政界から離れている。故に、必ずしも慣例に従わなければならないという事はない。とはいえ──
「八方塞がりだ。七日ほど幕政を中止せねば、将軍の気が収まらんだろう?あの御方の事だ。一つ間違えば、直義を蔑ろにするなら我も出家したいと仰りかねん。だが、幕政を中断すれば、朝廷も即位式を延期せざるを得まい。そうなれば、我が手腕にケチが付く」
「確かに……世間では今、師直殿の怒りが収まらず、密かに殺害する気であったため、弟殿が疑いを避けようと考えて出家した等と噂で持ちきりです。しかしながら、師直殿の圧力故となれば──」
「公武の連携が疑問視されよう。世情不安の種となる。知っているだろう?つい一昨日、北陸で不穏な動きがあったばかりだ。それ故の拙速と誰もが思うだろう。高師直は直義派の逆襲を恐れる余り、朝廷の日取りを台無しにしたとな……このままでは済まさんぞ」
「ッ!」
遡って二日前──つまり十二月六日──上杉重能並びに畠山直宗が配流先の越前国で大胆にも逃亡を図ったという情報があった。
当初は関係者が皆一様に驚いたが、続報で直ぐに鎮まっている。
百騎ほどで逃げようとするも直ぐに足羽荘という場所に追い詰められたというのだ。これでは落命も時間の問題だろう。近辺に確か布陣に便利な山があった筈だが、如何せん多勢に無勢である。
長く見積もって二週間も保てば上出来といったところだろうか。
「氏頼。弟殿の法名、既に聞いたか?」
「は……恵源と号したそうで」
何という贅沢な名前だろうか。以後、足利直義もとい恵源は在りし日の官職・左兵衛督に因み、武衛禅門と呼称される事になる。
わざわざ「源」の一字を法名に盛り込んだのだ。その意図は明白だろう。佐々木惣領の俺でなくとも手に取るように分かる筈だ。
やはり愉快ではないのか、師直はさも忌々しそうに口を開いた。
「あの弟め。お前ら源氏諸侯の憐憫を誘おうという腹だ」
「……全く意味のない話です」
「ああ……七日という政務停止期間の意図は分かるな?鎌倉幕府の北条貞時・高時の故例に倣った。要は弟殿がかつての北条得宗家と同様、源氏政権に似つかわしくない権力者だった事を天下に喧伝するのさ。この期間で将軍の機嫌も収まるだろう。一石二鳥だ」
「卓見でございます……しかしながら、七日の政務停止期間に朝廷が腹を立てませんでしょうか?強いて考えても三日が限度かと」
この半年以上、公卿たちは度重なる即位式延期で、忸怩たる思いをしてきた。年末に滑り込みセーフで執り行おうとした矢先に武家の都合で再び延期しなければならないとなれば、心象が最悪だ。
幕府は幕府で、朝廷は朝廷で期間を置くとなっても限度がある。
「ふ。調度品が間に合わないとでも言わせば良いのさ。埋め合わせて余りある分の金銭を担当者に握らせれば、全て思いのままよ」
「ッ!あくまで朝廷の責任において即位式を延期させると」
「そうだ。氏頼、即位式の日程に関して最後の予備日はいつだ?」
「二十六日と聞いております。ただ吉日なら二十一日も」
「ふむ……まぁそれより早く済ませるか」
「?」
結果、新帝即位式は一時、十七日に執り行おうという方針が示されたものの、調度品の不首尾に関して報告があったため、二十一日に実施される運びとなった。結局は朝廷の不手際に帰したのだ。
貞和五年十二月下旬、間近に迫る擾乱に向け、事態が着々と進行し始める。北陸の地で重能一家が不幸に見舞われんとしていた。