崇永記   作:三寸法師

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◆5

〜1〜

 

 

 貞和五年(西暦1349年)十二月一日となり、次期将軍・足利義詮の天竜寺参詣が予定通り実施されている。国師・夢窓疎石の薫陶を受け、次代の武家政権を預かる身として持つべき、禅律界との気脈の足掛かりとするのである。その光景は、近江国守護の俺にとっても喜ばしい。

 比叡山延暦寺のならず者どもは今頃、歯軋りしているだろうか。

 

 

「足利将軍家の治世は、白河院の御代のような昔と異なり、強訴で乱す事は極めて困難……夢窓国師との結び付きが強ければ強い程、我ら佐々木一族が思う存分、山門の抑止力になれるというもの」

 

 

「同感ですなァ。本日の義詮(左馬頭)様の御姿、在りし日の宗家のような使命感が滲み出ておられましたぞ。懐古心で()()()()致しました」

 

 

「とはいえ、願わくば山法師の根城を燃やしたいという我らが心、発展途上の義詮(左馬頭)様にも求めるのは些か酷。気長に続けなければ」

 

 

「……仰る通りかと」

 

 

 この手の対延暦寺の反抗意識なら、庶流の腹黒坊主・京極(佐々木)道誉(佐渡判官)とも共有できる。天竜寺における義詮(次期将軍)同伴の公務が終わり、俺は京の六角邸で久しぶりに、現政所執事の道誉(佐渡判官)と面会する機会を得た。

 (ミマ)の話を持ち出されては顔も強張るところだが、来年にも改元して擾乱に突入するというタイミングだ。佐々木一族の方向性を再確認する場が、不可欠である。戦国時代の分国法で名を残す我が六角家にしろ後の幕府四職の京極家にしろ生き残る事は間違い無い。

 問題は如何にして力を温存しつつ、擾乱を切り抜けるかである。

 

 

「先日の男山参拝、そして今日の天竜寺参詣……義詮様は順調に武家政権の次の頭が歩むべき道を進んでおられる。合理主義者の師直(高武蔵守)殿の心象、如何ばかりやら。否、むしろ師泰(高越後守)殿たちが興味深い」

 

 

「宗家……ここ最近、我ら外様の源氏武将に向ける師泰(越後守)殿や師世(越後将監)殿の眼差しが、心なしか厳しくなっております。お二人とも、もはや弟殿も直冬軍も敵に非ずと思っておられるのでしょう。師直(武蔵守)殿の預かり知らぬところで、次の権力闘争に思いを馳せているのです」

 

 

「はン。ご苦労な事よ。比企能員を倒した後、畠山重忠や和田義盛を討伐した北条氏にでも自分たちを重ね合わせているつもりか」

 

 

 ある意味、案の定だ。師直(高武蔵守)は既に嫡子の師夏(武蔵五郎)と外戚・二条氏の縁で余裕がある分、これ以上の権力闘争は蛇足でしかない。しかし、他の高一族が同じ思いとは限らないだろう。まだまだ自分たちの取り分が不足であると欲に目が眩んでいるのだ。このまま観応の擾乱が進行すれば、築き上げた栄光が水の泡に帰するとも知らずに。

 その筆頭格の師泰(高越後守)師世(武蔵将監)父子に比べれば、師直(高武蔵守)すら幾らか慎み深く思える。直義が失脚して以来、かなり忙しくしているようだ。

 あるいは義詮(次期将軍)のお守りが想定以上に労力を伴うのかもしれない。

 ならば、師泰(高越後守)たちの不遜な野心にも合点がいくというものだ。

 

 

道誉(佐渡判官)殿は義詮(左馬頭)様の手腕……如何に思われる?」

 

 

「おや。師冬(高播磨守)殿からお聞きでないので?」

 

 

「……何でも師冬(高播磨守)殿は以前の関東執事在任時、出征ばかりで義詮(左馬頭)殿と大した関わりが無かったそうで。もう当てにしておりませぬ」

 

 

 実際は幾らか聞いているが、ここは尤もらしい嘘を吐いておく。

 単騎の武力なら兎も角、見識において師冬(高播磨守)は策士・京極(佐々木)道誉(佐渡判官)に遥か及ぶまい。単純に魑魅魍魎(ひし)めく京での経験値が違い過ぎる。

 無論、道誉(佐渡判官)は梟雄の鏡である。思った事をありのまま、この俺に話す保証は無い。とはいえ、ある程度の判断材料にはなる筈だ。

 道誉(佐渡判官)は熟慮したのか、暫く黙りこくった後、やっと口を開いた。

 

 

「意欲は旺盛そのものです。ですが……如何せん確固たる芯をお持ちでないようで。ある者が()()()と申さばあっさり従い、別の者が()()()()()と違う事を言えば、簡単に掌を返す。誰かが義詮(左馬頭)様の知恵袋になる必要がございましょう。さもなくば、次世代の足利幕府は方針が定まらず、政策が右往左往する事にもなりかねません」

 

 

「やる気のある何とやらという事か。して、道誉(佐渡判官)殿。その知恵袋は誰が務めると思われる?関東執事の片割れを辞めて西国にお戻りの重茂(高大和守)殿か?それとも……我が佐々木一族の有力者たる貴殿か?」

 

 

「!」

 

 

 途端に道誉(佐渡判官)が居住まいを正そうとする。どうやら図星らしい。

 今以上に室町幕府の中枢に入り込まんと虎視眈々と構える上で、この俺のお墨付きが欲しいという事だろう。あさましい。一見すると殊勝な態度だが、実は違う。道誉(佐渡判官)は予め見透かしているのだ。

 惣領でありながら、この俺が庶家の道誉(佐渡判官)に否とは言えない事を。

 ならば、態々(わざわざ)言わせる事もあるまい。俺は先んじて手を翳す。

 

 

道誉(佐渡判官)殿。かつて北条高時に近付いた経験は得難きもの。当時に比すれば、義詮(左馬頭)様の懐に入り込むは幾分容易かろう……それが佐々木一族のため、惣領の我がためになると心得ておる。よりて氏頼(大夫判官)は見守る所存。道誉(佐渡判官)殿が如何にして、武家の伏魔殿を泳ぎ切るのか」

 

 

「は。宗家の武力の後ろ盾あればこそ、拙僧も安心して動けるというものです。改めてお聞きしますが……高一族はお見捨てに?」

 

 

「……」

 

 

 もしや婆娑羅仲間の情で惜しむ気持ちが芽生えているのかと訝しんだが、直ぐに腹黒坊主(京極道誉)は知己の者でもスパッと縁を切ってこそと思い直した。道誉(佐渡判官)と昵懇の南朝関係者とて少なくなかったのだ。

 況んや高一族をや。家格なら我ら佐々木一族に比べ、師直(高武蔵守)たちは遥かに及ばない。甘く見積もって仁木氏や細川氏と同等だろう。

 

 

「これが源氏の武将ならまだしも……な」

 

 

「そうですなァ……宗家は、弟殿(御舎弟殿)さえ切り捨てられるべき存在とお考えでしょう?まして高一族如き、本来なら眼中に入れまじと」

 

 

「その通り。師冬(播磨守)殿とて関東に行けば……要らぬ不安か」

 

 

「あちらにはもう一人の関東執事・上杉憲顕(民部大輔)が。義兄の上杉重能(伊豆守)次第で反旗を翻さぬ保証があるとは……恐れながら言い難いかと」

 

 

「何、そちらは既に布石を打ち申した」

 

 

 来春の頭になれば、前任の重茂(高大和守)と交替する形で師冬(高播磨守)が数年振りに関東執事の職に復帰するべく、現地に向けて出発する見込みだ。

 心配なのが上杉憲顕(民部大輔)だが、八月下旬の幕命受理を思い出しても分かるように、直義の腹心だった割に今の幕府に従順だ。夢窓疎石の仲介で元通り幕政が再スタートする段階を一旦挟み、それから直義(副将軍)が自主的に引退した体とした事で、穏便に済んでいるのだろう。

 尤も、それを抜きにしても、義詮(次期将軍)上洛に先んじて九月に関東下向の光王──後の足利基氏──に釘を刺しておいたから、そこまで気を払う必要はないと思っている。問題はやはり今後の京である。

 

 

道誉(佐渡判官)殿。今暫くは政所執事として内情を逐次把握してくだされ。同時に今後の形勢変化にも対応できるよう、何時でも高一族から離脱できるよう、お備えを。最終的に将軍や義詮(左馬頭)様の元、我ら源氏が全てを併呑できるように……難しい役目なれど、道誉(佐渡判官)殿ならば」

 

 

「は……万事、拙僧にお任せあれ」

 

 

 不幸中の幸いだろうか。観応の擾乱を間近に控え、佐々木惣領と(ミマ)の間の赤子という餌が機能しようとしている。次の惣領の外祖父という夢を実現すべく、佐々木氏宗家の存続に力を尽くす筈だ。

 これが五歳以上の子であったなら、道誉(佐渡判官)は直ぐにでもこの俺を当主の座から追いやり、外祖父という立場を絶対的なものにしようと画策したかもしれないが、あと数年その心配は無用だ。俺にとって好都合な形で、腹黒策士の本領を内紛攻略に活用してくれよう。

 

 

「当面、この氏頼(大夫判官)も京に居るつもりにて安心召されよ。南近江の軍事は留守居の直綱を筆頭に、馬淵・目賀田をして調練させねば」

 

 

「宗家。老婆心ながら、勢多橋の警護は万全でしょうか?もし旧直義派が京の実権を奪い返すつもりなら、必ずや狙われましょう」

 

 

「大事ない。伊庭を置くつもりだ。守りの戦に長けておる。たとえ桃井が急襲しようとも、俺が着くまでの時間稼ぎは出来ようぞ」

 

 

「……成る程」

 

 

 貞和五年(西暦1349年)も残り一月を切った。観応の擾乱はもう目前である。

 しかし、この時の俺は知らなかった。この十二月の間に、もう一波乱ある事を。否、結果的には二・三の波乱が起こる事になる。

 十二月の初旬、世間は漸くの新帝(崇光天皇)即位式実現に心躍らせていた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 北朝政府で新帝(崇光天皇)即位式の具体的な段取りが定まって三日後の十二月八日の事であった。寝耳に水な話が、公武の要人を驚かせた。

 ここ暫くの間、豚小屋(細川顕氏邸)暮らしの直義(武衛)が突如として落髪したのだ。

 師直(高武蔵守)は明らかに怒り浸透の様子である。思わぬ手段で自身の面目を潰されたのだ。斯く言う俺自身、想定外の事態に驚いている。

 

 

氏頼(大夫判官)……これがどういう事か、お前には分かるか?」

 

 

「……即位式を日延(ひのべ)せざるを得なくなりました」

 

 

 少し前まで幕府の実質的指導者を担っていた副将軍・足利直義の突然の出家により、北朝政府は対応を迫られている。というのも、直義ほどの有力者が出家した場合、慣例では政務が中止される。

 無論、周知の事実として直義は政界から離れている。故に、必ずしも慣例に従わなければならないという事はない。とはいえ──

 

 

「八方塞がりだ。七日ほど幕政を中止せねば、将軍の気が収まらんだろう?あの御方の事だ。一つ間違えば、直義を蔑ろにするなら我も出家したいと仰りかねん。だが、幕政を中断すれば、朝廷も即位式を延期せざるを得まい。そうなれば、我が手腕にケチが付く」

 

 

「確かに……世間では今、師直(武蔵守)殿の怒りが収まらず、密かに殺害する気であったため、弟殿(御舎弟殿)が疑いを避けようと考えて出家した等と噂で持ちきりです。しかしながら、師直(武蔵守)殿の圧力故となれば──」

 

 

「公武の連携が疑問視されよう。世情不安の種となる。知っているだろう?つい一昨日、北陸で不穏な動きがあったばかりだ。それ故の拙速と誰もが思うだろう。高師直(武蔵守)直義(旧副将軍)派の逆襲を恐れる余り、朝廷の日取りを台無しにしたとな……このままでは済まさんぞ」

 

 

「ッ!」

 

 

 遡って二日前──つまり十二月六日──上杉重能(伊豆守)並びに畠山直宗(大蔵少輔)が配流先の越前国で大胆にも逃亡を図ったという情報があった。

 当初は関係者が皆一様に驚いたが、続報で直ぐに鎮まっている。

 百騎ほどで逃げようとするも直ぐに足羽荘という場所に追い詰められたというのだ。これでは落命も時間の問題だろう。近辺に確か布陣に便利な山*1があった筈だが、如何せん多勢に無勢である。

 長く見積もって二週間も保てば上出来といったところだろうか。

 

 

氏頼(大夫判官)弟殿(御舎弟殿)の法名、既に聞いたか?」

 

 

「は……()()と号したそうで」

 

 

 何という贅沢な名前だろうか。以後、足利直義もとい()()は在りし日の官職・左兵衛督に因み、()()()()と呼称される事になる。

 わざわざ「源」の一字を法名に盛り込んだのだ。その意図は明白だろう。佐々木惣領の俺でなくとも手に取るように分かる筈だ。

 やはり愉快ではないのか、師直(高武蔵守)はさも忌々しそうに口を開いた。

 

 

「あの弟め。お前ら源氏諸侯の憐憫を誘おうという腹だ」

 

 

「……全く意味のない話です」

 

 

「ああ……七日という政務停止期間の意図は分かるな?鎌倉幕府の北条貞時・高時の故例*2に倣った。要は弟殿(御舎弟殿)がかつての北条得宗家と同様、源氏政権に似つかわしくない権力者だった事を天下に喧伝するのさ。この期間で将軍の機嫌も収まるだろう。一石二鳥だ」

 

 

「卓見でございます……しかしながら、七日の政務停止期間に朝廷が腹を立てませんでしょうか?強いて考えても三日が限度かと」

 

 

 この半年以上、公卿たちは度重なる即位式延期で、忸怩たる思いをしてきた。年末に滑り込みセーフで執り行おうとした矢先に武家の都合で再び延期しなければならないとなれば、心象が最悪だ。

 幕府は幕府で、朝廷は朝廷で期間を置くとなっても限度がある。

 

 

「ふ。調度品が間に合わないとでも言わせば良いのさ。埋め合わせて余りある分の金銭を担当者に握らせれば、全て思いのままよ」

 

 

「ッ!あくまで朝廷の責任において即位式を延期させると」

 

 

「そうだ。氏頼(大夫判官)、即位式の日程に関して最後の予備日はいつだ?」

 

 

「二十六日と聞いております。ただ吉日なら二十一日も」

 

 

「ふむ……まぁそれより早く済ませるか」

 

 

「?」

 

 

 結果、新帝(崇光天皇)即位式は一時、十七日に執り行おうという方針が示されたものの、調度品の不首尾に関して報告があったため、二十一日に実施される運びとなった。結局は朝廷の不手際に帰したのだ。

 貞和五年(西暦1349年)十二月下旬、間近に迫る擾乱に向け、事態が着々と進行し始める。北陸の地で重能(上杉伊豆守)一家が不幸に見舞われんとしていた。

*1
足羽山。後に豊臣秀吉が北ノ庄の柴田勝家を攻める際、山頂に陣を敷いたという。

*2
貞時・高時の両者とも、出家した際に七日間の雑務停止が施行された。なお、貞時の父が北条時宗。高時の父が貞時である。

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